IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第三十七話 ~原初への加速~

「巫山戯るな!こちらは生徒が一名負傷している!これ以上何を続けろと言うのだ!?」

 

壁のコンピュターやらプロジェクターが所狭しと並べられた部屋に千冬の怒号が響き渡る。本来であれば、宴会などの用途に使われるそれなりの広さを持った部屋だというのに、その怒号は端の方にいた簪の耳にも酷く響いた。

 

「……ああ、すまん。それで上の阿呆共は何と言ってきている?……ああ……そうか、分かった。ありがとう」

 

通信機を元の位置に戻して、自分を落ち着かせるかのように大きく息を吐く千冬。部屋の角に固まっていた専用機持ち達は、恐る恐る千冬に近づいた。

 

「織斑先生、何かあったんですか?」

 

「……委員会の馬鹿どもが、まだ作戦を続行しろと言ってきている」

 

「え?で、でももう僕たちは一回失敗してるし……」

 

「出来るまでやれ。委員会はそう言ってきているのですね?」

 

困惑しているシャルロットの疑問を、ラウラが解消する。ラウラはかぶりを振ると、言葉を続けた。

 

「この作戦はアメリカとイスラエル、両国にとって火種となりかねない実にデリケートな問題だ。正直言って、何故私達にこの任務が降りてくるのか最初から理解出来なかったがここまで強攻策に出るという事は、上の人間にはどうしてもあのISを確保しなければならない理由があるらしい」

 

「ボーデヴィッヒの言う通りだ。それとなく探ってみたが、情報は手に入らなかった。上の人間は最悪、お前達全員で行かせるつもりらしい」

 

「私達で、ですか?」

 

「ああ、といっても心配するな。そんな危険な事はさせられんし、させるつもりも無い。もしもの時は私が出る。先程、山田先生に言って──」

 

その時、部屋の出入り口のふすまが音を立てて開いた。入ってきたのは、ISスーツの上にジャケットを羽織っている真耶だった。生徒達にちらりと目を向けてから千冬の隣に移動して、ヒソヒソと耳打ちする。

 

「……了解しました。山田先生も準備に入ってください」

 

「分かりました」

 

いつもと全く違う雰囲気を纏いながら、真耶は入ってきた時と同じく静かに部屋から出ていった。

 

「先程の話だが、私が打鉄で出る。お前達は心配するな」

 

「で、でも今回持ってきた打鉄は試験用、です……あの福音にスペックで勝っている面は一つもありません……打鉄で相手をするなんて無茶です」

 

「問題無い、更識。私を誰だと思っている?」

 

戸惑いがちの簪の言葉を、自信たっぷりの一言で一蹴する。臆面もなく放たれた一言に続いて、千冬が止めの一言を放った。

 

「私の目が黒い内は、お前達に手出しなど一切させん。世界最強を舐めたらどうなるか、あいつらの体に直接教えてやるさ」

 

まるで獲物を狙う肉食獣の様な眼光と共に、千冬はその言葉を言い切った。専用機持ちが困惑する中、千冬はパンパンと両手を叩いて注目を集める。

 

「それでは各自、部屋で待機していろ。何かあれば、また呼びにいく」

 

拒絶にも似た口調で千冬が六人を部屋から追い出す。廊下に佇んだ彼女らは、それぞれの自室に戻るべく、足を動かした。

 

「……これから、どうなるんだろう?」

 

「さあな、少なくとももう一度のアタックはあるだろう。その役目が私達に振られるか、教官が行くのかは分からないがな」

 

「……じゃないわよ」

 

「鈴さん?一体どうしたので──」

 

「冗談じゃないわよ!!」

 

怒号と共に、鈴の拳が壁に突き刺さる。いきなりの行動に驚く五人だったが、怒り狂う鈴は機関銃の様に喋り始めた。

 

「一夏がやられてこのまま黙ってろって言うの!?アタシ達に何もするなっていうの!?」

 

「鈴、それは……」

 

「なによ!アンタ達は悔しくないの!?私は──」

 

「いい加減にしろ」

 

短く言葉を発すると、小さい影が鈴を無理矢理押さえ込む。壁に押し付けられた鈴は苦し紛れにくぐもった声を出した。

 

「ラ、ラウラ……」

 

「ここは廊下だぞ。我々には守秘義務が課せられている。誰かに聞かれでもしたら、どう責任を取るつもりだ?」

 

「……ごめん」

 

鈴の言葉の後に、拘束を解くラウラ。一変した空気の中で、口を開く者は誰もいなかった。そんな空気を打破するかの様に、ラウラが背中を見せる。

 

「済まないが、先に戻らせてもらう。行くぞ、シャルロット」

 

「う、うん」

 

同室の彼女を連れて、先に戻ろうとする彼女の背中に声をかける者は誰もいない。先程まで荒れていた鈴でさえ、ラウラに抑えつけらた首をさすりながら彼女を見つめるだけだった。

 

「それとな、鈴……先程の事だが、そう思っているのはお前だけではないぞ」

 

「え?」

 

「腸が煮えくり返るような思いをしているのはお前だけではない、という事だ」

 

煮えたぎる様な感情を込めた一言を残して、ラウラは立ち去っていった。ラウラと四人の間で戸惑っていたシャルロットも、ラウラの後を追おうとする。しかし、途中でその足を止めた。

 

「……鈴、さっきのラウラの言葉だけど僕も同じ思いだよ」

 

「シャルロットさん……?」

 

「僕だって一夏と箒がやられて悔しいし、何かしたいって思うよ」

 

「あんた……」

 

「一人で抱え込まないで僕たちにも相談してよ、できる限り力になるから。じゃあ、また後でね」

 

最後に言葉を残して、シャルロットもラウラと同じ方向に去っていった。誰が言うでもなしに、残された四人もそれぞれの部屋へと戻るため歩を進める。部屋へと戻るため廊下を歩く簪の目に一つのドアが映りこんだ。

 

(……どうしよう)

 

ドアノブへと伸ばしかけた手が、途中で止まる。つい数十分前に、部屋の中で見た彼の顔がありありと脳裏に浮かび上がる。何度も彼に助けられたのに、自分が統夜の傍にいても何もしてやれない、

 

(無理、私なんかじゃ……)

 

彼が思い悩む問題に、自分は酷く無力だった。抱え込んでるその問題は自分には大きすぎ、一緒にいても何もしてやれない。目の前の扉から目を背けるように、簪は自室へと繋がる方とは逆の方向へと走り出した。

 

「……」

 

走り出しながらポケットをまさぐり、携帯電話を取り出す。何度も何度も間違えながら、やっと望む相手に電話をかける事に成功した。

 

『はい、もしもし?』

 

ワンコールもしない内に、相手が電話に出る。その声を聞いた途端、膝から力が抜け落ち簪は廊下へと崩れ落ちた。

 

「……お姉ちゃん、助けて」

 

 

 

 

 

 

「父さん!父さん!!」

 

(ああ、またこの夢か)

 

業火に照らされながら、幼い自分を見下ろす。自分が父親を必死に揺すぶっている、その光景は何度も何度も見てきたものだ。ただ一つ違う点があるとすれば、こうして自分を見下ろす形でこの光景を見るのは初めて、と言う事である。

 

(結局この頃から……俺は何も変わっていないんだな)

 

始めは大好きだった父と母を、次は家族となってくれた姉を、そして高校に入って出来た友人達を危険に晒した。その結果無事だったのは姉だけで両親は死に、友人は床に臥せっている。そこにいるだけで大切になった存在が傷ついて行く、そんな自分に嫌気が差した。

 

「父さん?ねえ、返事してよ……父さん……」

 

(また、周りの人間が……)

 

なまじ異質な肉体を持つせいで、自分が傷つかない事実が統夜の心を更に掻きむしっていく。何度思っただろう、彼らの傷を引き受けたらと。何度望んだだろう、代わりに自分が傷つきたいと。自分の周囲で傷ついていく人間を見るたびに、堂々と助けたい衝動に駆られる。しかし、幼い日の記憶がそれに歯止めをかけ続けていた。

 

「父さん、母さん……」

 

(だから、俺は……)

 

目の前の少年は、父親の骸を抱いて泣きじゃくっていた。固い床に両膝を突き、ぽたぽたと流れ落ちる涙は物言わぬ父を濡らしていく。そのままの映像が数秒程続いた。

 

(……あれ?)

 

いつもと違う光景に、統夜が首をかしげる。普段だったらここで姉が自分を助ける為に姉が部屋に突入してくるはずなのに、そんな気配は全く無い。後ろを振り向こうとしたが何故か首は全く動かず、視線は正面の少年に固定されていた。

 

(何でだ……いつもだったらこれで姉さんが来て──)

 

「……お前のせいだ」

 

(え……?)

 

目の前の少年が父親から手を離してゆらりと立ち上がる。光が消失した双眼は、真っ直ぐ統夜に向けられた。頬に残っている涙の跡は黒く染まり、枝分かれを繰り返して少年の顔を彩っている。

 

「な、何で……?」

 

「……お前がいるから、父さんも母さんも死んだんだ」

 

「そ、それは違……」

 

その言葉を、統夜は否定出来なかった。心の奥底に溜まっている淀みの様な昏い感情が、頭をもたげて少年の言葉を肯定していた。一歩々々ゆっくりと統夜に近づいてくる少年は、言葉を吐き出し続ける。

 

「何が違う?一夏も傷ついた。楯無さんも、簪も、あと一歩で消えない傷を負う所だった。間に合ったのはただの結果論に過ぎない」

 

「あ……うあ……」

 

もはや統夜の口は正常な機能を成し得なかった。酸素を求める金魚の如く、口をぱくぱくと開閉する事しか出来ない。少年は統夜を指差して、止めの一言を告げた。

 

「お前のせいで、周りの人間が傷ついて行く……その手を見てみろ」

 

「俺の、手……」

 

思わず両手を顔の前に持ってくる。人のそれであるはずの両手はまるで金属で出来ているかのように、炎の光を受けてぎらぎらと鈍く輝いていた。人間の皮膚は影も形も無く、指先は全てを刺し貫けそうな程鋭く尖っている。

 

「うわぁっ!?」

 

「それがお前だ。血にまみれ、近づく者を尽く傷つけるお前の手だ……」

 

「止めろ、やめろやめろぉっ!!」

 

少年の言葉を締め出そうと両目を思い切り瞑って、自分の物ではない両手で耳を塞ぐ。しかしそれでも頭に直接響いてくるかのように、少年の言葉は統夜にはっきりと伝わってきた。

 

「自分でも分かっているはずだ……その手で誰かを抱けば、傷つくだけだと。お前の傍にいる限り、彼らは常に危険に晒されているのと同義だ」

 

「俺だって……俺だってそんな事!!」

 

「分かっている、とでも言うつもりか。だったら何故お前はすぐさま彼らの傍から離れない?」

 

少年の言っている事は全て統夜自身が心の何処かで認めていた事でもあった。しかしそれは統夜が直視したくなかったものであり、ずっと目を背けていたかったものであり、揺るぎようがない真実だった。

 

「お前自身気づいているはずだ。お前が彼らの傍にいたいと望んだから、一夏は傷ついた」

 

「……めろ」

 

「お前の様な存在がその様な事を望めば、周囲の人間が危険に晒されるのは分かりきっていたはずなのに、お前はそれを望んだ」

 

「止めてくれ……」

 

「織斑 千冬にも言われただろう。お前は化物だ。簪や一夏とは違う、ただの化物だ」

 

「止めろおおおおっ!!」

 

 

 

 

 

 

「……はっ!!」

 

脂汗が額を流れ落ちるのを感じながら、統夜は荒い息を繰り返す。沈みつつある太陽が放つオレンジ色の光が、嫌に眩しく感じた。とにかく意識を覚醒させるため、何度も頭を左右に振る。

 

(ゆ、夢か……)

 

額の脂汗を右手で拭いながら、固い壁に体を預ける。どうやら簪が帰った後、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。部屋に備え付けられた時計に目を向けてみれば、短針は5の数字を指し示している。

 

「……最悪だな」

 

統夜には、今の自分を表す言葉はそれしか思いつかなかった。体調はボロボロ、精神状態も不安定、おまけに激しい自己嫌悪に襲われている最中ときた。これ以下の状況はついぞ御目にかかれないだろう。しかも先程の夢の内容を全く否定出来ないものなのだから、更に始末が悪い。

 

「ハハッ……化物、か」

 

自虐的に小さく笑う。今まで何度かそう呼ばれた事はあっても、知っている人間に真正面から言われるのは流石に堪えた。

 

「俺はもう……戦いたく、ない……」

 

見返りを求めて戦ってきたわけではない。感謝が欲しい訳でもない。しかし、人から恐れられてまで戦う理由が、統夜には見つけられなかった。ぼんやりと目の前の虚空を眺めていると、不意に目の前の空気が揺れた。

 

「……お前はもう、要らない」

 

幻の様に現れたそれに、統夜は言葉を投げかける。統夜を悲しげに見下ろすそれは、言葉を発さぬまま統夜の眼前に立ち尽くすだけだった。

 

「何でお前、俺の傍にいるんだよ……」

 

まるで駄々をこねる子供の様に両膝を抱えて蹲る統夜へと、それは手を伸ばした。しかし、統夜の鋭い拒絶の言葉でびくりと手が震える。

 

「触るな!!」

 

『……』

 

「……お前にはもう二度と……二度とならない」

 

撥ね付ける様に言い放つ統夜の言葉に従ったかの如く、それは夕陽に溶けていくように消滅した。統夜はよろよろと立ち上がると、窓の縁までゆっくりと歩いていく。

 

「もう、お前は……いらないんだ」

 

がらりと窓を開け放つと、首にかけられていたネックレスを思い切り引きちぎる。ネックレスを握りこんだ右手を大きく振りかぶったかと思うと、開け放たれた窓から海目掛けて全力で腕を振った。

 

「これで、いいんだ」

 

海へと落ちていく銀色の輝きを見つめながら統夜が一言漏らす。窓を閉めようと手をかけたその時、聞き慣れた音が耳を打った。

 

(……ISの、風切り音か?)

 

閉めかけていた窓を再び開けて、空を眺める。その瞬間、旅館から遠く離れた海岸から一斉に幾つもの色の塊が明後日の方向めがけて飛び去っていく。

 

「あれは……鈴達か」

 

見慣れたIS達が、夕焼けに向かって飛翔していく。一瞬だけ右手がぴくりと反応したが、統夜は心の中で自分を叱咤する。

 

(何考えてるんだ!行ったらまた、誰かが傷つくだけだろ!!)

 

両頬を全力で打ち鳴らす。パシン、と小気味いい音は部屋全体に響き渡った。窓の縁に手をかけて、ISが飛び去っていった方向を見つめる。

 

(皆なら……大丈夫だ)

 

曲がりなりにも彼女達は国の看板を背負っている国家代表候補生である。自分一人がいなくても十二分に戦えるだろうと自分の中で結論を出す。数分程夕陽に照らされながら海を眺めていた統夜は、深いため息と共に窓に手をかけた。

 

(……もう戻ろう)

 

再び部屋の中へと戻るべく、掴んだ手に力を入れる。しかし、その動作は響いてきた轟音によって中断された。

 

「な、何だ!?」

 

押し寄せてくる爆発音のオンパレードに、思わず顔をしかめる。何処かで空気が爆ぜる度に統夜の顔に風が押し寄せてくる。あたふたと窓から身を乗り出して旅館の周囲を見渡すと、ISが飛び出した辺りの海岸上空で火花が上がっていた。

 

「……あれは!!」

 

海の上で荒々しい舞踏会を開いていたのは、何度も見た空色のISと無骨な武士の様に大刀を構えたISと、幾つもの物言わぬ機兵達だった。

 


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