IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第三十五話 ~LINE-BARREL~

もう何度目か分からないため息が口から漏れる。太陽が真上へと差し掛かる時間に、統夜は一人旅館内の割り当てられた自室で寝転がっていた。その頭に浮かぶのは勿論、現在進行形で起こっているであろうトラブルについてだった。

 

(やっぱり何か起こってるのか……)

 

つい数時間前の光景は瞼の裏に焼きついている。命令口調の千冬を見るのは初めてだったし、逆にその事実が物事の重さを物語っている事の証左でもあった。染み一つ無い天井を見上げて、シャツの内側にあるネックレスを何の気無しに触れる。

 

(ちょっと位なら、大丈夫か……?)

 

しばしネックレスに触れたまま目を閉じる。次に開けた時、統夜の両眼は真紅に染まっていた。

 

(センサー展開、探索開始……)

 

一瞬だけラインバレルのセンサーを稼働させて、旅館周囲をスキャンする。結果は統夜の視界の端に映し出された。

 

(何も無し、か)

 

旅館の周辺にはエネルギー反応は愚か、人の反応すら無かった。念のため大雑把に金属反応なども調べてみたが、旅館の中と外に置いてあるコンテナ以外の反応は無い。

 

(当たり前だよな。そんな物あったら、今頃こうしてられない訳だし)

 

統夜がセンサーを切って一眠りでもしようかと目を閉じたその瞬間、部屋の隅で携帯電話が鳴り響く。ちらりと目線をやってから、右手を伸ばして携帯を掴んだ。

 

(……あれ?誰だこの番号?)

 

携帯の液晶画面に映る番号は全く見覚えが無い物だった。そもそも友人や家族であれば電話帳に登録してある為、名前が表示されるはずである。にも関わらず、液晶に写っているのは無機質な11桁の数字だけだった。不審に思いながらも、電話に応じる。

 

「はい、もしもし?」

 

『……』

 

「どちら様ですか?もしもし?」

 

『……るな』

 

「はい?」

 

『決してラインバレルになるな。これから何が起ころうとも、だ』

 

聞こえてきた機械音声に、思わず携帯を取り落とす。落下の衝撃でスピーカーホンのスイッチが入ったのか、先程よりも大きな声で電話の主は告げた。

 

『いいか、もう一度言う。決してラインバレルになるな。その身を大事にしろ』

 

「な、何で……」

 

体が虚無感に包まれる。それと同時に絶望、焦燥、不安、戸惑い。それらが一緒くたになって統夜の頭の中で不協和音を奏でていた。

 

『……』

 

「アンタ、何でそんな事知ってるんだ!?」

 

思わず携帯電話を取り上げて、怒鳴り声を上げる。まるで体の中で荒れ狂う感情の波を外に出すかの如く、統夜は激昂した。

 

「おい!教えろよ!!アンタいったい誰なんだ、俺の事を知っているのか!?」

 

向ける矛先が存在しない感情が、統夜の口から溢れ出る。しかし電話の向こうの人物はもう用はないとばかりに、あっさりと通話を切ってしまった。

 

「クソッ!!」

 

思わず携帯を壁に向かって投げつける。人外の膂力で投げられた携帯電話は壁に当たって弾け飛んだ後、畳の上に中身をぶちまけた。

 

(まさか……俺の正体が、バレた?)

 

最悪の事態が頭を過ぎるが、すぐさまそれを否定する。もし仮に統夜の事が他の国なり政府にバレたりすれば今頃IS学園にはいられないだろうし、そもそも今まで不干渉だった理由が見当たらない。今の所自分の事を知っているのは更識姉妹だけだが、彼女達が漏らすとは全くもって考えられなかった。

 

(何なんだよ……何が起こってるんだ……)

 

先程の言葉の中にあった『何が起ころうとも』という言葉が、現在進行形で何かが起こっていることの証明でもあった。

 

「……ったく、何なんだよ!」

 

思わず地団駄を踏む。数度深呼吸を繰り返してから、統夜はネックレスを取り出した。

 

(ラインバレル、こいつは一体……)

 

ラインバレルと一緒になってから何度目か分からない疑問が頭をもたげる。だがしかし、たった一つだけだが、IS学園に入学してから分かったことがあった。

 

(ISとの、類似点)

 

秘匿回線(プライベート・チャネル)に始まり、人が外骨格を装備するという概念、程度の違いこそあれど傷を受けたら自動で修復する自己回復機能。他にも類似点や共通点は多数あった。楯無に秘密を明かした後、彼女と簪も交えて議論を重ねたがついぞ答えは得られなかった。

 

(俺は特に弄ってないから、こいつは最初からこの機能を持ってたって事になる。でも何で父さんはこんな物を俺に……あれ?)

 

ここで何かが統夜の頭を刺激した。得体の知れないもやもやとした物は統夜の胸に重くのしかかる。集中すべく、統夜は腰を落として畳の上に胡座をかいた。

 

(何かを見落としてる……後もう少しで……)

 

今まで歩んできた、ラインバレルと出会ってからの日々を振り返る。幸せな日々が壊れたあの日、姉に引き取られてからの二人の時間、そして全ての転機となったあの白鬼事件。幾年もの歳月が頭の中で走馬灯の様に浮かんでは消えていく。そしてとうとう、統夜は謎の尻尾を掴んだ。

 

(……そうだ、俺が初めてこいつを使ったのはあの白鬼事件の時だ。でも、俺はこいつを弄った事も無い。だったら最初からこいつはこの機能を持ってた事になる)

 

先程と同じ思考を繰り返す。遠回りな様に見えても筋道を立てて考えることが、最短な道だと直感的に理解した。

 

(俺がこいつを父さんから受け取ったのは、8年前のあの日だ。でも、俺がISを見たのは白鬼事件の時、あれが初めてのはず)

 

思考はどんどん加速していく。一つの足がかりから始まり幾つものピースを繋ぎ合わせ、今一つの絵が完成しようとしていた。

 

(長く見積もっても事件の一ヶ月位前には、表に出なかっただけでISは既に完成していたはず。じゃあラインバレルが完成したのはいつだ?)

 

とうとう統夜が自分の疑問のたどり着く。双眸を大きく見開きながら右手を開くと、そこにはメタリック色に輝くネックレスが統夜を見上げていた。

 

「違う……ラインバレルがISに似てるんじゃない」

 

疑問は統夜の無意識の内に口から湧き出ていた。一人しかいない和風の宿の一室に重々しく声が響き渡る。

 

「ISが……ラインバレルに似てるんだ」

 

疑問がはっきりとした瞬間、それは起こった。開かれた視界の端に映っていたセンサーが急に色を帯び、統夜に危険信号を伝える。

 

「な、何だ!?」

 

やっと今まで自分がラインバレルのセンサーを展開したままだった事に気付く。しかし瞳に映ったものを見た瞬間、統夜はセンサーを切らなくて良かったと心から思った。

 

(これ……白式か?)

 

自分がいる地点から遥か彼方、ラインバレルのセンサーでもギリギリ捉える事が出来るかどうかという地点に良く知ったISの反応があった。それだけでは何も問題は無い。しかし、それだけではないのが問題だった。

 

(何かと……戦ってる?)

 

白式の傍には二つの光点が映し出されていた。三つの反応は尋常ならざる速度で動き続ける。統夜は慌てて頭の中でラインバレルに指示を下す。

 

(探知されない様に周囲の通信を傍受しろ、急げ!!)

 

主人の無茶な要求にも、従者は素早く答えた。息を一つ吐き終える前に、頭の中に探索結果が映し出される。その内一つを脳内で選択すると、耳に幾つもの声が聞こえてきた。

 

『……──斑、何があった!!』

 

『船だ!海の上に船が──』

 

『一夏、前を見ろ!!』

 

普段の様子とは全く違う彼らの緊迫した叫び声は、そっくりそのまま統夜の耳朶を打つ。何が起こっているのか分からない統夜は耳に手を当てながら立ち尽くす事しか出来なかった。

 

『うおっ!?』

 

『作戦中止だ!織斑、篠ノ之両名は直ちに帰還しろ!!』

 

『りょ、了か──』

 

『それがそう簡単に行かせる訳にはいかねえんだよな、これが』

 

それは聞いたことも無い女性の声だった。そして千冬や一夏が声を上げるより先に、まるでその女性の声が合図だったかの様に、統夜の視界の端に映し出されているセンサーが新たな影を捉える。

 

「なっ!?」

 

それは一瞬の出来事だった。不意に三つの反応の周囲に、複数の光点が出現したのである。続いて統夜の耳に届いていた一夏達の声が掻き消え、ノイズだけが残った。何が起こっているのか皆目見当もつかない統夜だったが、たった一つの事実にだけ理解が追いつく。

 

「一夏が……危ない!」

 

思ったときにはもう動き出していた。部屋の端にある窓を目一杯開け放ち、窓の縁に足をかける。旅館の真裏に面した窓からは、雑木林しか見えなかった。

 

「はっ!!」

 

掛け声と共に、統夜は一息に窓から飛び降りる。落下の最中に枝や木々が顔と腕に切り傷を作るも、地上に着く頃にはそれら全てが綺麗さっぱり消えていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

体は全く疲れていないのに、口から吐き出されるのは荒い息だけだった。そして数十秒後、雑木林を抜けると海が一望出来る断崖絶壁の上に辿り着く。ネックレスを右手に握り締め、口を大きく開けて叫んだ。

 

「来い、ライ──」

 

『決してラインバレルになるな。これから何が起ころうとも、だ』

 

「っ!」

 

先程の言葉が頭をよぎる。自分が行けば何かまずい事が起きるのかもしれない。あの言葉はそんな警告なのかもしれない。“もしかしたら”という仮定ばかりが浮かんでくる。

 

「……それが、どうした」

 

言葉に言葉を重ねて思いを払拭する。今何よりもはっきりしているのは大切な友人が窮地に陥っている。その事実だけが統夜を突き動かしていく。

 

「ここで使わないで、何の為の力だ!!」

 

ネックレスを握り締めた右手に一層の力を込める。右手から溢れ出る粒子は統夜の周囲に滞空し、主の言葉を今か今かと待っていた。統夜は走り出して、その一言を叫んだ。

 

「来い、ラインバレル!!」

 

声を皮切りに光の粒子が動き出す。統夜の体の各所に取り付き、その肉体を変容させていく。振り出した腕はより太く、一歩を踏み出した足はより固く、体全てが戦うためだけの存在へと塗り替えられていく。そして光に包まれた統夜は断崖絶壁から体を投げ出した。

 

『行くぞ!!』

 

誰に聴かせる訳でもなく、吠える。落下の最中に既に紫雲 統夜という人間は掻き消え、その代わりに世界に現れたのは鋼鉄の鬼だった。背後のスタビライザーを展開して空を飛びながら、頭をフル回転させる。

 

(座標固定完了、各所チェック終了。機体状態、オールグリーン!!)

 

大気を切り裂きながら、全ての準備を完了させる。ここまで距離が離れていると跳んだ後に何が起こるか分からないが、迷ってる暇は無かった。

 

『跳べ、ラインバレル!!』

 

その瞬間、目の前の景色が色を失う。段々と色彩を失った空と海がぼやけていき、現実感を失っていく。だが次の瞬間、統夜の視界は色を取り戻した。

 

「っ!!」

 

無事にオーバーライドを完了したラインバレルは眼前の光景を見て両目を見開く。目の前で繰り広げられているのは惨劇、それ以外の表現方法が見つからなかった。

 

「一夏、一夏!しっかりしろっ!!」

 

空を滑る様に逃げ回っているのは紅いISを纏った篠ノ之 箒。小脇にはISスーツを着た一夏を抱え、しきりに呼びかけている。一夏らを追いかけているのは、先月IS学園を蹴撃した正体不明の機動兵器だった。飛行するためだろう、背中には飛行機の翼をそのまま取ってつけたような大型の飛行ユニットが取り付けてある。

 

『ハハハハッ!逃げろ逃げろぉ!!』

 

そしてその逃走劇を遠巻きに眺めるのは、一機の機動兵器だった。ラインバレルに背を向けているので全体のフォルムははっきりしないが、他の機動兵器と同じ飛行ユニットを装備している。ラインバレルは両手にそれぞれ太刀を握り締めると、全速力で一夏達に追いすがる。

 

『ハアアアアッ!!』

 

機体性能に物を言わせて、すぐさま機動兵器達に追いつく。抜き去りながら太刀を煌めかせると、箒達を守るように空中で静止した。箒を追いかけていた機動兵器達は何故か、ラインバレルが来た途端、二人から離れていく。

 

「ラ、ラインバレルか!?」

 

『篠ノ之さん、無事か!?』

 

「わ、私は無事だ。しかし、一夏が……」

 

『やっと来てくれたな、白鬼さんよぉ!!』

 

スピーカーと通したような大音声に振り返ると、そこには宙に浮いている機動兵器がいた。その後ろでは、まるで部下の様に綺麗に隊列を組んで並んでいる機動兵器がいる。何故かその中には一機だけ、鈍色の羽が特徴的なISがいた。

 

『お前達……何者だ?』

 

『いやー、正直言って半信半疑だったんだよな。いくら司令の言う事とはいっても、たかがガキ共を追い込んだだけでお前が来るとは予想してなかったけどよ。ズバリ、司令の読みは当たってたって訳だな』

 

『……質問に答えろ』

 

『しっかしお前もバカだよな。こんなガキ二人の為にわざわざアタシらの口の中に飛び込んで来るとはよ』

 

隊長と思しき機動兵器が独白を続ける。何処かズレのある二人の会話は、鬼が激昂する事で断ち切られた。

 

『質問に答えろ!!』

 

ラインバレルはテールスタビライザーから素早く何かを抜き放つ。取っ手がついたそれは、先端部分を真ん中から開口すると、緑色のエネルギーを蓄積し始めた。ラインバレルの正面にいる機動兵器は頭をぽりぽりと掻きながら、臆面もせずに言い放つ。

 

『ああ?何が聞きてえってんだ?』

 

『……人間が乗っているのか?』

 

『ああそうだよ。ラインバレルのファクターさん』

 

『何っ!?』

 

「ファ、クター……?」

 

ラインバレルの後ろで箒が小さく呟く。明らかに狼狽したラインバレルの隙をついて、対面の相手は言葉を浴びせ続けた。

 

『まさかいつまでも秘密のヒーロー気取れるとでも思ってたのか?秘密をいつまでも自分一人の物に出来ると考えるのは、ガキのする事だぜ』

 

『……何の為に、ここに来た?』

 

武器を持つラインバレルの腕はゆらゆらと不確かにぶれ始める。動揺している事がはっきりと分かる程、言葉は震えていた。

 

『いやー、結構苦労したんだぜ?この日の為にわざわざアメリカとイスラエルの両方にスパイ潜り込ませて、一週間前からずっとこの海域に留まって、ついさっきまで何もない海の上でクルージングと来たもんだ。この苦労が報われる位の事があってもいいと思うよな?』

 

『だから一体何の為に──』

 

『ああもう!察し悪いな!だーかーらー、お前だよお前!!』

 

大仰な仕草を見せながら、人間味あふれる言葉遣いで目の前の隊長が言い放つ。対するラインバレルは動揺の余り、銃口を下げて呆気に取られていた。

 

『な……に?』

 

『お前一人の為にこんな大掛かりな事したんだよ!つまりそこのガキ二人は餌!お前をおびき出す為の餌なんだよ!!』

 

『俺をおびき寄せるための……餌』

 

敵から目を切って、背後を振り返る。その視線の先にはどこまでも青い空をバックに、両手で一夏を抱きしめている箒が両目を大きく見開いてラインバレルを見つめていた。

 

『そう、全部お前のせいなんだよ。IS学園の生徒が危険にさらされるのも、お前のだぁーい好きな織斑 一夏が傷つくのも。全部お前のせい』

 

『俺の……せい』

 

『そうだよ。だから……大人しく喰らっとけぇ!!』

 

『っ!!』

 

意識を切り替えて振り返る。そこには先程まで腰にあった槍を大きく振りかぶっている敵がいた。思わず逃げようとするが、後ろの二人を見て、一瞬だけ踏みとどまってしまう。

 

『そぉらっ!!』

 

放たれた原始的な攻撃は一直線にラインバレル目掛けて迫っていく。ラインバレルは後ろにいる二人を一瞥した後、両手を前に突き出した。

 

『くうっ!!』

 

タイミングを揃えて両手を握り込む。金属同士が擦れ合う時の特有の音を響かせながら、槍はラインバレルの両手によって動きを止めた。

 

『まあ、一つだけだったら余裕で止められるよな。でも──』

 

『マズイっ!!』

 

『この数ならどうだい?』

 

隊長が上げた腕を振り下ろす。それを合図にISがエネルギーの弾丸を、背後にいた機動兵器達が一斉に槍を放った。思わず回避しようとするが後ろの二人が動く事がままならない以上、この場を動けば一夏と箒に全て当たってしまう。そう考えたラインバレルは空中で停止したまま、両手を大きく左右に広げた。

 

『ぐうううっ!!』

 

「ラ、ラインバレル!!」

 

ラインバレルが動きを止めても、槍の大群が動きを止めるなどと言う事はありえない。明確な殺意を持った物質は、ラインバレルに突き刺さっていく。エネルギー弾丸はラインバレルの装甲を撃ち砕き、幾つか弾かれる物もあるが返しの付いた槍は殆どがラインバレルに突き刺さった。ハリネズミの様に体から槍を生やしながら、ラインバレルはその場でたたらを踏む。

 

『おーおー、流石は化物だ。すげえ防御力だな。しかももう修復が始まってやがる』

 

隊長の言葉通りラインバレルの装甲に光が走り、傷ついた金属が修復していく。しかし、いくら装甲が回復しても、槍が体に刺さったままな以上、一定以上の回復は望むべくもない。

 

『さてと、あともう一撃ぐらい──』

 

『ウオオオオッ!!』

 

そこで初めてラインバレルが動いた。叫びながら両目を獰猛に光らせると、右手に握り締めるだけだった武具を大上段に振りかぶる。すると開いたままだった銃口にみるみるうちに光が充填されていく。

 

『おっと!こいつはやべぇ!!』

 

『ダアアアアッ!!』

 

振り下ろされる両手と同時に、武具から光の帯が噴出する。ラインバレルの全長の何十倍もの範囲を誇るその斬撃は、まるで緑色の雷光の如き一撃は一直線に敵へと向かっていった。

 

『散れ!!』

 

隊長の一声で、固まっていた機動兵器が動き出す。斬撃は敵の塊の中心を通る様に振り下ろされたが、惜しくも避けられてしまった。

 

『まだだ!!』

 

しかし、緑光の奔流は止まらなかった。更に加速を続けると、斬撃はそのまま海に叩き込まれる。一瞬だけ平静を保っていた水面だったが、海面が緑一色に染まったかと思うと、爆発音と共に海水が舞い上がった。

 

『うおっ!?』

 

敵とラインバレルとの間に、水の防壁が生まれる。ラインバレルは武器をスタビライザーに収納すると、槍が深く突き刺さるのも構わずに両手で後ろにいた一夏と箒を抱え込んだ。

 

「な、何をする!」

 

『つ、掴まれ……逃げるぞ』

 

口の部分から血ともオイルとも判別付かない液体をまき散らしながら、背部のスタビライザーの飛行ユニットを稼働させる。展開されたユニットは数秒空気を取り込むと、爆音と共に加速する。そして水の防壁を突き抜けてきたのは、隊長と機動兵器達だった。

 

『ちっ、意外と強かじゃねえか』

 

米粒程の大きさになった一夏達を見つめながら、先頭にいる敵が言葉を漏らす。隊長は雨の様に振り続ける海水が装甲を打つ音を聞きながら、右手を耳の部分に当てた。

 

『……ああ、アタシだ。奴は逃げた』

 

『──。──?』

 

『しょうがねえだろ。予想以上に奴が早く来ちまったんだからよ。それにこれで捕まえられたら儲けものって言ったのは、ほかならぬアンタじゃねえか』

 

『……──、──』

 

『はいよ、了解。それじゃあこれから戻るぜ』

 

耳に当てていた右手を離して、ラインバレル達が飛び去っていった方向を見つめる。覆われていなかったらその顔はきっと醜く歪んでいる、そう思える激情を言葉に乗せて、隊長は呟いた。

 

『もっと楽しませてくれよ……ラインバレルのファクターさん』

 

暴力的な言葉が、遥か彼方に飛び去った鬼に向けられる。十数機の金属の塊を、頭上に浮かぶ太陽が燦々と照らしていた。

 

 


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