IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~ 作:Granteed
週末、日曜日の良く晴れた休日。こんな日は、家族であれば団欒のひとときを過ごし、友人がいれば、遊びに繰り出すだろう。しかし現在人混みの中で人を待っている少年はそのどちらにも当てはまらない。
(少し早く来すぎたかな?)
左手首に巻かれている腕時計を見ると、時刻は午前十時十分前。約束の時刻は十時丁度なので、十分程早く来た事になる。壁に寄りかかると、周囲の人の流れを何の気無しに見つめる。
(まあいいか。待ってればいいし)
先日楯無から誘われた簪へのプレゼント探し。統夜の目的はそれだった。ここはIS学園から一番近いショッピングモール“レゾナンス”。何でも揃っていると言う謳い文句が売りの、巨大な複合施設である。楯無と統夜はここでプレゼントを探すつもりだった。
(簪も今日は出かける所があるって言ってたっけ)
朝出る時に簪も“私も行く所がある”と言っていたのを唐突に思い出した。まあのほほんさんか鈴と何処か遊びにでも行くのだろう、と考えて一つ大きくため息をつく。
(そう言えば、何で楯無さんはあんな事言ったんだろう?)
思わず自分の服装に目を向ける。いつも来ているIS学園の制服ではなく、今日は私服に着替えて外に出ていた。
『統夜君は絶対私服で来るのよ。制服なんて着てきたらおねーさん、怒っちゃうんだからね?』
(っていうか、外に来てまで制服着る馬鹿いないだろ……)
「……と、統夜?」
楯無の言葉を思い出して嘆息すると、不意に横から声がかけられた。楯無さんにしては呼び方がおかしいな、と思いつつも声の方向に振り向くと、統夜の体に電撃が走った。
「な、何で統夜が……?」
「……か、簪?」
いつも見ている制服姿ではないので一瞬のうちに判別がつかなかったが、何度も瞬きを繰り返すと目の前にいるのは確かにルームメイトの更識 簪だった。統夜と同じくいつもの制服ではなく、おしとやかな白いワンピースを着ている。
「何で簪がいるの?」
「と、統夜こそ……私はお姉ちゃんと一緒に、買い物に……」
「ちょっと待って。今“お姉ちゃん”って言った?」
「う、うん。言ったけど……」
「……もしかして、簪は楯無さんに誘われてここに来た?」
「うん」
こくりと頷く簪を見て、統夜の頭の中のピースがカチリと音を立ててはまった。思わず取り出そうとすると、それより早くポケットの中の携帯電話が震える。取り出しながら簪を見ると、ポーチから携帯電話を取り出していた。
「……やっぱり」
携帯電話を開くと一通だけメールが来ていた。送信者は既に予想がついているので目もくれず、文面を開く。それを見た統夜は思い切り脱力した。
「ど、どうかしたの?」
「簪の携帯に今メールが来ただろ?その文面当ててあげようか」
「えっ?」
「『ごめんね。生徒会の急な用事で行けなくなっちゃった。でも実はもう一人呼んであるからその子と一緒に楽しんできてね。追伸 怒らないでね?』って書いてあるんじゃないか?」
簪の顔を見る限り、どうやら図星らしい。種明かしのために自分の携帯電話を手渡すと、その画面に映っている物を見て簪の目が大きく見開かれた。
「どうせ簪にもこれと同じやつが来たんだろ?」
「う、うん……」
簪がおずおずと自分の携帯を差し出してきた。その文面を見ると一言一句同じ言葉が書いてある。しかもご丁寧に一斉送信せずに統夜と簪、個別に送っているという念の入れ具合。
「どういうこと?」
「つまり、楯無さんに遊ばれたって事だよ。あらかじめ俺と簪、二人に同じ約束を取り付けておいたんだ。それで当日自分だけ行かなければ買い物に来るのは、俺と簪二人だけになるって訳」
「……」
姉への怒りのボルテージが徐々に上がっているのか、顔を俯かせて拳をぷるぷると震わせる簪。統夜も楯無への怒りが湧き上がりつつあるが反面、少しだけ感謝していた。
「じゃあ、行こっか?」
「え?」
「簪のプレゼント探し。元々そのつもりで来たんだし、ここまで来ちゃったらもう行くしかないだろ」
「……うん」
簪は顔を俯かせてこくりと頷いた。自分の緊張を悟られまいとして、思わず平坦な口調になってしまったが、心の中には嵐が吹き荒れている。
(き、緊張する……)
何しろ統夜の人生において、女性と二人きりで行動するなんて事はまずなかった。姉を女として見る事は一切なかったし、中学校の時は自分の殻に閉じこもってばかりでお世辞にも友達は多かったと言えない。寧ろ当然の反応だろう。仮にこの様な状況で女性と一緒にいても緊張しないなんて奴はきっと、阿呆か相当の朴念仁に違いない。
「うわ、凄い人だな」
「……」
二人一緒にレゾナンスの門をくぐると、予想通り中は人で一杯だった。統夜の後ろを歩きながら簪は何故か自分の右手を閉じては開いて、閉じては開いてを繰り返している。
「簪の欲しい物なんだから、やっぱり簪が行き先決めて……どうかした?」
「えっ?」
「いやさ、さっきからその手……」
「な、何でもない。何でも……」
そう言いながらも簪の目は周囲を歩いているカップルに向けられていた。彼らの手は例外なく繋がれている。思わず統夜も自分の掌を見つめると、ゆっくりと簪に差し出した。
「……」
「いやさ、この人だかりだし迷ったら困るだろ?それに人が多いからはぐれるとも分からないし。本当!本当にそれだけだから──」
統夜の様々な言い訳は、簪が差し出された掌を握る事で止まった。唐突に握られた左手を見て、次に簪を見る。
「統夜……行こう?」
「……ああ」
簪の微笑みを見て落ち着いた統夜も、その手を握り返す。極々自然に、まるでそれが当たり前かのように二人は人混みの中を歩いて行った。
二人は二十分程レゾナンスを歩き回って見つけた、アクセサリーショップに来ていた。店舗の中には所狭しとシルバーのアクセサリーや、おとなしめなネックレスまで何でも揃っている様子である。
「さて、ここで見つかるといいな」
独白した統夜の横で簪は既に店内へと目を走らせていた。そのままゆっくりと店の中を見て回る事数分、ふと簪が立ち止まった。
「それ、ネックレス?」
簪の背中越しに見えるのは、簡素な銀色のネックレスだった。その先端には銀で縁どられ、緑と白で彩られた小さな花が付いている。
「気に入った?」
「……」
コクリ、と小さく頷く簪。その表情は統夜からは見えなかった。そしてまるでそれが当然かの様に、簪が手に取っている物と同じネックレスを統夜が取る。
「じゃ、買ってくるからちょっと待ってて」
当たり前の様な統夜の声音に反応するのが少しばかり遅れた簪は一瞬呆けた顔をした。しかしすぐさまいつもの無表情に戻ると、統夜の服の裾をぐいっと掴んで動きを止める。
「ど、どうした?」
「何で……?」
「何が?」
「何で……統夜が買うの?」
「だって、簪のプレゼントだろ?当たり前じゃないのか?」
「……」
確かに、プレゼントとはそういう物である。本人が自分自身へのプレゼントを買うなど聞いたことがない。しかし、簪に取っては統夜のあまりに自然な動きに少し待ったをかけたくなった。少しばかり自分に言ってくれてもいいではないか、そんな感情が簪の胸の中に溜まっていた。
「じゃ、じゃあ行ってくるから待ってて」
沈黙している簪を見て、納得してくれたと思ったのか一人でさっさと会計に行ってしまう統夜。
(……そうだ)
統夜の後ろ姿を見ているうちに、ふとした考えが浮かんできた。会計の方を見ると少しばかり行列が出来ており、そうそう早くに統夜が帰って来る気配は無い。そして周囲を見渡すと、一人の店員が棚を整理しているのを見つけた。
「すいません」
簪が呼ぶと店員はにこやかな笑みを浮かべながら近づいてきた。簪は意を決して口を開く。
「お願いが、あるんですけど……」
数分後、二人は店の外にいた。簪の手には店のロゴが入った小さな紙袋が握られている。
「統夜……良かったの?あんな高い物……」
簪は先程見たレシートを思い出す。そこには学生の身分には相応しくない値段が刻まれていた。統夜は目の前で手を振りながら答える。
「いいっていいって。どうせ使い道なんて無いし。それならこんな風に使ったほうが俺も嬉しいしさ」
「う、嬉しいの……?」
思わず言ってしまった言葉を簪に言及されて初めて気づいた、という顔の統夜。自分の言った言葉の意味を考えたのか、顔を真っ赤にしてしまう。
「……ほ、ほら!次いこう次!!」
統夜は自分の感情をごまかすかの様に簪の手を引っ張って歩き出す。いつの間にか簪の顔には、紛れもない笑みが浮かんでいた。
その後、二人はレゾナンスを堪能した。数多くの施設を周り、日頃のストレスを晴らすかの様にはしゃいでいた。
とある店では、着ぐるみを見つめている簪がいた。
「これ……本音のお土産に……」
「着ぐるみ?」
「本音、こういうの好きだから……」
「いいんじゃない?」
「うん……買ってく」
ゲームセンターでは、簪に応援されて意気込む統夜がいた。
「パンチングマシーン?」
「統夜……やってみるの?」
「うん、やってみようかな」
「が、頑張って……」
「……ハァッ!!」
「……きゅ、999点?」
オープンカフェでは二人仲良く座ってクレープを食べていた。
「はい、簪。クレープ買ってきたよ」
「……は、はい」
「え?」
「あ、あーん……」
「え?ええ!?」
「食べてくれない、の……?」
「……食べます」
次は簪の方から手を伸ばした。
「……統夜」
「なに?」
「手……繋いで、いい?」
「……いいよ」
こうして二人の時間は過ぎていった。ついこの間は正体不明の敵と死闘を演じたと言うのに、そんな事は微塵も顔に出さず遊び倒した。しかし門限もあるので、陽が落ちない内に二人は寮へと帰ってきた。
「あー、遊んだな」
統夜は私服のまま、自分のベッドへと飛び込む。途中から簪のプレゼント探しではなくただのデートになっていたが口に出すのが恥ずかしいのか、二人はそれについて全く話さない。
「あんなの……初めて……」
簪も自分のベッドにちょこんと腰掛ける。空気に酔っていたのか、昼間の様子とは打って変わって大人しかった。
「でも簪もあんな顔するんだな」
「っ!?」
統夜の言葉を聞いて簪が明らかに動揺する。統夜はその時の光景を思い出しながら言葉を続けた。
「珍しかったよ、簪のあんな顔。まさか──」
ぷるぷると震えていた簪は我慢できなかったのか、統夜の言葉が終わらない内に自分の枕を引っ掴んで叩き始めた。
「な!ちょ!わぷっ!?」
痛くはないのだが容赦無く顔を狙ってくるので上手く息が出来ない。枕を振り続ける簪だったが体力の限界が来たのか、肩で息をしながら自分の布団に潜り込んでしまった。
「ごめんごめん。悪かったよ」
「……反省してる?」
「してるしてる」
何を考えたのか、簪はベッドの脇に置いてあった自分のポーチに手を伸ばした。訝しむ統夜の横で一人ごそごそとポーチを漁る。そして目当ての物を取り出すと、統夜に差し出した。
「え?それって……」
それは昼に見かけた店のロゴが入った紙袋だった。だが、昼間に買った品物は既に簪の首元にある。統夜は取り敢えず簪から紙袋を受け取って中身を取り出してみた。
「これ……ブレスレット?」
紙袋から出てきたのは、白と黒で染められたシンプルなブレスレットだった。輪の半分を白色が、もう半分を黒色が覆っている。
「ありがとう、統夜」
簪の感謝の言葉を受けながら、取り出したブレスレットをまじまじと見つめる。
「それは私からのお礼」
「お礼?」
「うん。作るのを手伝ってくれた……お礼。私の、感謝の気持ち」
「簪……」
統夜は光に翳したあと、ブレスレットを右手につけた。狙ってのことなのか、それとも偶然なのか。統夜の首と手首にあるネックレスとブレスレットの色は統一され、統夜によく似合っていた。
「……ありがとう、簪。大事にするよ」
統夜は微笑みを浮かべながらはめられているブレスレットを眺めた。傷一つ無いブレスレットの上で、幻想的な銀色の光が踊っている。
なお後日、生徒会室ではアイアンクローをかましながら笑みを浮かべている統夜と、冷や汗をだらだら垂らして引きつった笑みを浮かべる楯無がいたらしい。