IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第二十八話 ~苦悩と葛藤~

夏を思わせる風が吹き始めた七月。統夜達はいつもと変わらぬ日々を過ごしていた。タッグトーナメントも終わり、前学期に残る大きなイベントは臨海学校のみ。それまでは特にやる事も無いので、生徒達は日頃の勉学に勤しむ事になる。それはこの学園でただ二人の少年達も変わらない。

 

「統夜、ありがとな。教えてくれて」

 

「気にするなよ。俺も今日やった所は再確認したかったからさ。丁度良かった」

 

勉強道具を鞄にしまい込みながら、教室で言葉を交わす二人。既に他の生徒は寮に戻ったり部活に行っている時間だ。一夏と統夜は部活に所属していないので、こうして二人揃って教室に残って勉強をしている。

 

「それよりも早く特訓に行った方がいいんじゃないのか?」

 

「ああ、今日は統夜と勉強するから遅くなるって言ってあるからな。大丈夫だ」

 

「それでも早く行ってやれよ。篠ノ之さん達、首を長くして待ってるぞ」

 

「そんなに待ってないだろ。ひとりでも特訓は出来るし」

 

「いやそうじゃなくて、皆お前を待ってる……って言っても無駄か」

 

「何だよ統夜、はっきり言えよ」

 

「いや、鈴とかシャルロットが可哀想だなって思ってな」

 

「何だそれ?」

 

疑問の声を上げながら席を立つ一夏。統夜も自分の鞄を背負って席を立った。廊下に出た所で、一夏と統夜は別々の方向に向かう。

 

「じゃあな、統夜。また明日!」

 

「ああ。またな」

 

一夏は駆け足で廊下を走り去っていった。統夜も一息ついてから寮への道を辿る。

 

(簪、楯無さんと一緒にいるのかな?)

 

姉と仲直りした簪は、今まで疎遠だった時間を埋めるかの様に楯無と日々を過ごしていた。最近では生徒会での姉の仕事もぽつぽつと手伝っているようで、今まで整備室に行っていた代わりに、生徒会室に出入りする様になっている。寮に着いた統夜は一直線に自室へと向かう。途中何度か顔見知りの生徒と挨拶を交わしながら廊下を進み、自分の部屋に到着した。

 

「ただいま」

 

何の躊躇いも無くドアを開く。だが次の瞬間、目の前の光景を見て統夜の表情が固まった。

 

「か、簪……?」

 

簪は部屋の入口でに立ち尽くしていた。その事は何も問題ない。しかし問題なのはその服装だった。

 

「お、お帰りなさい……ご飯にする?お風呂にする?それとも……」

 

統夜の目の前にいる簪の服装は、俗に言う裸エプロンだった。白いエプロンから伸びる、白い肌がとても眩しい。顔を真っ赤に染め上げながらたどたどしくセリフを言う姿はとても可愛らしくもあるが、統夜にそんな事を考える余裕は無い。

 

「その格好……何?」

 

「わ、わた……」

 

簪は最後の言葉を言えずに何度もつっかえていた。そしてとうとう顔をゆでダコより真っ赤にすると、統夜から顔を背けて固まってしまう。そして頭の中がごちゃごちゃの統夜の前にもう一人、エプロン姿の少女が現れた。

 

「まったくもう。簪ちゃん、ちゃんと言わなきゃダメでしょ?」

 

「な、何ですかその格好!?」

 

バスルームに続く扉から出てきたのは、最近統夜達の部屋に遊びに来る事が増えている楯無だった。何を考えているのかその服装は、簪と同じ白いエプロン一つである。

 

「これ?可愛いでしょ」

 

「そうじゃなくて服!早く着てくださいよ!!」

 

半ば悲鳴の様な声を出しながら統夜は自分の制服の上着を脱ぐと、慌てて簪に放った。簪は統夜の制服を受け止めると、急いで体を隠す様に上着を羽織る。楯無はその光景をにやにやしながら見ていた。

 

「あら簪ちゃん、役得ね。統夜君の服もらえるなんて」

 

「そんな事どうでもいいですから、早く服着てくださいよ!」

 

「これ、下に水着着てるから裸じゃ無いわよ?」

 

「そういう問題じゃありません!!」

 

その後、わめきたてる統夜を二人がかりで落ち着かせるのに数分かかった。椅子に座る統夜の横には、並んでベッドに座っている楯無と簪がいる。既に二人の服装は元の制服姿に戻っていた。

 

「全く、なんであんな事してたんだ?」

 

「だって、そうすれば……統夜が喜ぶって、お姉ちゃんが……」

 

「……楯無さん?」

 

「嘘は言ってないわよ。眼福だったでしょ?」

 

「ま、まあ……その……」

 

横目で簪を見ると、統夜の次の言葉を待っていた。一見無関心を装っているかのように見えるがちらちらと統夜を盗み見ており、興味があるのが丸分かりである。

 

「……可愛かったです」

 

「……」

 

簪は統夜の言葉を聞くと顔を赤く染めたまま、そっぽを向いてしまった。統夜は“マズイ事言ったかな?”と思いつつ、楯無との会話を再開する。しかし、誰にも見えない場所で簪は小さく右手を握り、ガッツポーズをしていた。頬が緩むのを抑えきれず一人で笑っていると、姉から声がかかる。慌てて居住まいを直して振り向いた。

 

「何?」

 

「それで、簪ちゃん。ISの方だけど、マルチロックオンシステムはどうするの?」

 

「それは……おいおい作る。具体的には、夏休みの最中に」

 

「そっか、分かったわ。私の話はこれでおしまい。簪ちゃん、統夜君借りていい?」

 

「何で私に……?」

 

「もう、分かってる癖に」

 

「別に……構わない」

 

「ありがと。それじゃ統夜君、一緒に来て頂戴」

 

「あ、はい」

 

二人揃って部屋を出ていく。そして数分後、二人は学園の校舎内にある生徒会室の前に来ていた。楯無の用件は生徒会室に運ぶ大きな荷物があるそうで、それを統夜に運んで欲しいとの事だった。大きなダンボールを一人で持ち上げているにも関わらず、息一つ乱さない統夜を見て楯無は感嘆の声をあげる。

 

「凄いわね。さっすが男の子」

 

「楯無さんもこれくらい持てるんじゃないんですか?」

 

「私はか弱い女の子よ?持てる訳無いじゃない」

 

(自分で言うなよ……)

 

心の中でツッコミを入れながら、楯無が開けてくれた生徒会室の中に入る。

 

「荷物は角に置いておいて。一息入れましょうか」

 

初めて統夜が来た時と同じ様に紅茶を入れ始める楯無。統夜は荷物を部屋の角に置くと、ソファに座って楯無を待った。

 

「お待たせ。さあ、どうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

目の前にクッキーを乗せた皿と、紅茶が置かれる。統夜は目の前に置かれたティーカップを取ると、ゆっくりとすすった。

 

「……美味しいです」

 

「お世辞でも嬉しいわ」

 

「そんな事ないですよ。本当に美味しいです」

 

「それはそうと、統夜君。質問があるんだけど、いいかしら?」

 

発せられる真面目な気配を察して、統夜もティーカップを置いて楯無の目を真っ直ぐに見る。楯無は一口紅茶を飲んだ後、ゆっくりと口を開いた。

 

「答えたくない事だったら、答えなくて構わないわ……何故あなたはISを怖いと思うの?」

 

「それは……」

 

「と、言うよりあなたの言葉の端から感じるに“IS”と言うより“力”そのものを恐れている様に思うのだけれど。理由があるの?」

 

「……楯無さん。俺からも一つ質問いいですか?それに答えてくれたら、その質問に答えます」

 

「まあ……別に構わないわ。それで?私に聞きたい事って何かしら」

 

「あの日、俺の事を明かした日に楯無さん言ってましたよね。“まあ、理由としてはこれだけじゃないんだけどね。大きな理由としてはこれよ”って。あの映像が理由ってのは分かるんですけど、他の理由ってのは何ですか?」

 

「……いいわ、教えてあげる。あなた自身のことでもあるのだから」

 

楯無はやおら立ち上がると、生徒会長と書かれた机へと向かう。そして引き出しから大型のノートパソコンを取り出すと、再び統夜の対面へと座った。

 

「簪ちゃんの事が気になってね。少しあなたの事を調べさせてもらったの。それで真っ先に目に付いたのが、あなたの両親の事なのよ」

 

楯無が数度操作をした後、統夜にパソコンのモニターを向ける。そこには新聞の見出しが大きく映し出されていた。画面の大部分を占める写真には、黒い煙を上げる建物が映っている。

 

「この事件が、統夜君の両親が亡くなったやつでしょ?」

 

「はい……」

 

「でもこの研究所、少し……いえ、大分きな臭い所があってね。気になって調べたのよ。そしたら……」

 

楯無は統夜の方に画面を向けたまま器用にキーを叩く。すると画面が切り替わり、今度は色々な資料が大写しになった。

 

「多すぎる物資の流通、使途不明な金銭、おまけに運営企業が巧妙に偽造されていたわ。調べた結果、運営していた企業は今は存在しない……いいえ、当時も存在していなかった」

 

「それ……どういう意味ですか?」

 

「要するに、統夜君のご両親が働いていた場所はブラック過ぎるのよ」

 

「でも、俺の父さんと母さんは──」

 

「分かってるわ。もしかしたら、ご両親は知らずに働いていたって可能性もあるもの。何もお父さんとお母さんが犯罪者だと言っている訳ではないわ」

 

「……それが理由ってわけですね。話してくれてありがとうございます」

 

「いいのよ。私もいつか言おうと思ってたから。さて、じゃあ次の話に移りましょうか」

 

楯無はパソコンを元の引き出しにしまったあと、統夜の前に座る。統夜は何の気無しに首から下げられているネックレスを弄っていた。

 

「さっきの質問の答えですけど……まずは謝らなくちゃいけない事があるんです」

 

「いきなりね。何?」

 

「俺……あの時、嘘ついてたんです」

 

「あの時って……この間、私達に統夜君の秘密を話してくれた時の事?」

 

「はい。あの白鬼事件の時の事……本当ははっきり覚えてるんです」

 

「……続けて」

 

「俺はラインバレルになったあと、一直線にミサイルの所へ行きました。着くと、頭の中に流れ込んでくる使い方の通りに武器を振るって、ミサイルを撃墜し始めました。視界の端には白いISが映ってたけど、あの時の俺はそれについて考える暇も無かったんです。それで、全部撃墜し終わって帰ろうとしたとき、いきなり包囲されました」

 

「軍による捕縛作戦ね。確かあなたはISも守ったはずだけど、それがどうか──」

 

「違う、違うんですよ、楯無さん。あの時の俺は……そんな事考えてなかったんです」

 

楯無の言葉を遮って、ぽつりと呟く統夜。否定されるとは思っていなかった楯無は、怪訝な顔を浮かべる。

 

「どういう事?」

 

「守ろうとか、何かを助けようとかそういうんじゃなくて……あの時の俺は、ただ邪魔をするこいつらを壊したいって思ってたんです」

 

「……」

 

楯無は予想外の答えに呆気に取られていた。眼前にいる少し内向的な少年の口から、そんな攻撃的な言葉が出てくるとはついぞ考えもしなかったからである。そこまで話した統夜は顔に両手を当てて続きの言葉を口にするが、先程までの覇気が全くなかった。

 

「……自分を一歩引いて見ている感覚でした。暴れる自分を抑えられなくて、ただ自分の前に立つモノが邪魔だから、武器を振るってた……ISを守ったってのはただの結果なんです。あの時の俺に、そんな気は更々無かった」

 

「それが、統夜君がISを……力を恐れる理由?」

 

「今でも思い出すんです。俺に向けられる目を……戦闘機で俺を攻撃してきた人や、船に乗っていた人たちの俺に向けられる視線を。そんな目を向けられる自分が怖くて……」

 

「そうだったの……」

 

「全部終わって家に帰って正気に戻ると、急いで布団に潜って毛布を被りました。“一日経ったらさっきのは夢になってる。きっと夢だったんだ”なんて、子供みたいな事考えて。でも結局、翌朝のニュースを見て、自分がしでかした事の大きさを知って……もっと自分が怖くなりました」

 

「……もういいわ。話してくれて、ありがとね」

 

いつの間にか空になっていた二つのティーカップを取って、楯無は立ち上がった。これ以上話を聞ける様な雰囲気でない事は、誰の目にも明らかである。ティーポットから紅茶を注ぐと、統夜の前に置いた。

 

「……ごめんなさい、そんな事を思い出させてしまって」

 

「いえ、悪いのは俺なんです。自分でも女々しいと思います。今だにあの日の事を吹っ切れないなんて」

 

「……さて、難しい話はこれでおしまい!楽しいお話に入りましょうか」

 

楯無は生徒会長の席に座ると、いつもの笑みを浮かべる。統夜も不思議と説得力のある楯無の言葉に従って、何を言われるのやらと待ち構えていた。

 

「楽しい話って何ですか?」

 

「嫌な事を思い出したりした時は、パーッと遊ぶに限るわ。という訳で今度の休日、私とデートしなさい」

 

「ブーッ!?」

 

思わず口に含んでいた紅茶を吹き出してしまう統夜。楯無はそんな統夜を見てけらけら笑っていた。

 

「もう、汚いわねぇ。あとで掃除しないと」

 

「な、なな何ですかいきなり!?俺と楯無さんがデート!?」

 

「そんな大層な事じゃないのよ。ただ単に、簪ちゃんのIS完成のお祝いをあげたいから、そのプレセント選びに付き合って欲しいって事なんだけど。どうかしら?」

 

「は、はあ……そういう事でしたら構いません。俺も何かあげたいと思ってた所ですから」

 

「それじゃあ、今度の日曜日空けておいてね。集合場所は追って連絡するわ」

 

「まあ、分かりました。失礼します」

 

紅茶を飲み干した統夜はカップを残して部屋から出ていく。それを確認した楯無は再び笑みを浮かべるとぽつりと呟いた。

 

「……これで片方は準備OKっと」

 

おもむろに机の上にある受話器を取り上げる。そして頭の中に入れてある番号を押したあと、耳に押し当てた。数秒で電話はつながり、楯無の耳に声が届く。

 

「あ、もしもし簪ちゃん?今度の日曜日、お姉ちゃんとデートしない?」

 

約二名の預かり知らぬ所で、思惑は着々と進んでいた。真実を知るのは、笑みを浮かべる生徒会長のみ。ここに、恋のキューピッド役を立派に果たさんとする、一人の少女がいた。

 


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