IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~ 作:Granteed
これを手渡されたのは俺が小学三年生の時、まだ両親が生きていた頃です
統夜の両親?
うん。楯無さんは知ってるみたいだったけど、俺の父さんと母さんは研究者だったんだ。まだ俺は子供だったから研究内容は知らなかったけどね。学校の授業参観とかには来てくれなかったけど、俺にとっては大切な家族だったよ。学校が終わると殆ど毎日、父さん達がいる研究所に直行してた。父さん達の研究チームの誰かしらが相手してくれてたから、退屈もしなかったし……ってすみません。脱線してますよね。
いいのよ。そのまま続けて。
学校から帰って父さん達の研究所に行って、仕事が終われば三人揃って家に帰る。それが俺の日常でした。でもあの時……あの夏の夜、全てが変わったんです。
変わった?
学校から帰った俺は荷物を置いて研究所に直行しました。でもあの日はいつもいる守衛さんがいなくて、入れなかったんです。休憩にでも行っているんだろうと思った俺はずっと門の外で待ってました。でも一時間経っても、二時間経っても誰も来なかったので、流石におかしいと感じたんです。それで門の隙間から研究所を見ると、火の手が上がっていました。
そんな……
とにかく父さん達に会わなきゃって考えた俺は柵の隙間から中に入ったんだ。火の粉が降ってくるのも構わずに俺は研究所に忍び込んだよ。
……それで、統夜はどうしたの?
父さん達の研究室の場所は分かってたから、一気にそこまで走ったよ。途中で何度も床に転がっている人を見たけど、俺には構っている暇は無かった……いや、考えない様にしてたって言った方が正しいかな。必死に思ってたんだ。“父さんと母さんは大丈夫、きっと大丈夫”ってね。
でも、統夜君のお母さんとお父さんは……
……俺が研究室にたどり着いた時見たのは、血塗れの父さんと母さんだった。
ッ!!
互いの手を握りながら倒れ込んでいたよ。俺は泣きながら二人に駆け寄った。母さんの方はいくら揺すっても返事すら無かった。俺はてっきり父さんも同じだと思ってたら、父さんの方は微かに息があったんだ。父さんを揺すって事情を聞こうとしたら、俺の手が掴まれて何かを手渡された。
もしかして、その時に?
ええ。父さんは俺の手にこのネックレスを握らせると、俺の両肩を掴んで俺に言ったんです。“すまない……本当にすまない、統夜”って。最後に“こいつがお前の力になる。絶対に離すな”と言って父さんは事切れました。俺は泣き続けましたよ。もうここで死んでもいいとさえ思いました。
どうやって、抜け出したの?
研究所が崩落寸前のタイミングで、当時父さん達と同じ研究チームに所属していた姉さんが俺を助けに来てくれたんです。泣き喚く俺を連れ出してくれて一緒に研究所を脱出しました。それ以降は良く覚えていません。いつの間にか家にいた俺はその後、姉さんに引き取られました。
そうだったの……
じゃあ、六年前の方は?
そっちも話そうか。あれは俺が姉さんに引き取られて二年位経ってからだったな。いきなり日本にミサイルが来た事、覚えてますか?
勿論よ。あんな衝撃的な事、そう簡単には忘れないわ。
あの日、俺は家で姉さんの帰りを待ってました。その頃はもう姉さんと暮らす事には何の抵抗もありませんでした。家事をして姉さんの帰りを待っていると、いきなりテレビの速報でミサイルが迫っているって知ったんです。俺は焦って姉さんの仕事場へ行こうとしました。でも、外は逃げ惑う人で一杯で、碌に進めもしなかったんです。
じゃあ、あなたはどこに行ったの?
何をどう歩いたのか、俺は家の近くにあった人気の無い廃工場にいました。穴の空いた天井から遠くの空を見上げてみれば、もうミサイルの大群で埋められていました。俺は思ったんです。“また、家族が消える”って。
家族……
俺は自分の無力を呪いました。家族さえ、大切な人さえ助けられない自分を。でもそんな時、泣き喚いている俺の頭に唐突に声が響いてきたんです。
声?
うん。今でもはっきり覚えてる。“力を望みますか?”ってね。俺は思わず顔をあげて周りを見渡したけど、勿論誰もいなかった。その間にも声は俺に話しかけ続けてきた。“力を望むのなら、私が与えましょう。ですが、選択した時からあなたは大いなる運命に飲み込まれ、茨の道を歩むでしょう。決して抜け出せない、茨の道を……それでもあなたは望みますか?”
それで、統夜は……
俺の耳に入ってきたのは、“力”って単語だけだった。それがあれば姉さんを助けられる。俺は考えもせずに答えたよ。“そんな事はどうでもいい!それで姉さんが助けられるのなら、それを早く俺にくれ!!”って。声はその瞬間、俺の頭から消えていった。その代わりに、父さんから貰ったいつも身につけてたネックレスが、光始めたんだ。
それが?
はい。慌てて胸に目を落としてみると、ネックレスが光になって俺の体に沈み込んでいきました。不思議と痛みは無くて、体に何かが満たされていく感覚だけがしたんです。でもその感覚はすぐに消えて、代わりにとてつもない痛みが体を襲いました。まるで体中の血が沸騰するみたいに。その痛みに耐え兼ねて、俺は意識を失いました。
でもあなたはラインバレルとなって、ミサイルを迎撃した。そうよね?
はい。数分も経たずに俺は目を覚ましました。痛みは引いて、俺の体には何も起きてない……様に思いました。
って事はつまり……
俺の体はその時、変わっていたんです。でもその時の俺は何も気づかなくて、怒鳴り散らしていたらまた声がしたんです。“呼んでください、私の名前を。それがあなたの力になります”。俺はそのまま頭の中に浮かんできた名前を叫んだんだ。
それが、ラインバレル……
その先は……良く覚えていません。でも結果は二人も知っての通りです。
夕暮れが差し込む医務室に沈黙が宿る。話っぱなしだった統夜は大きく息を吐きながら椅子に体を預けた。
「すみません。話っぱなしで少し疲れました」
「いいのよ。話してくれって頼んだのは私達なんだし」
「それが……統夜の秘密」
「秘密って程、大仰な物じゃないけどね」
楯無も統夜と同じくベッドに体を沈めた。静まり返る部屋で簪が小さく呟く。
「……ありがとう、統夜。話してくれて」
「ううん。俺も誰かに話してスッキリしたかったのかもしれない」
二人に全てを話した事で、幾分かすっきりした事は確かだ。事実、胸に溜まっていた何かが溶けていくように感じる。
「……ごめんなさい、統夜君。あなたの事、疑ったりして」
「な、何ですかいきなり!?」
目の前で楯無が頭を下げている。その行動の意味が分からない統夜は狼狽した。
「あなたの事を危険視していたわ。てっきり簪ちゃんに危険が及ぶと思ってね」
「お姉ちゃん……」
「……いいんですよ。簪に危険が及んでいるってのは否定できませんし」
「統夜、私は別に──」
「事実だ。構わないよ」
「お姉ちゃん、教えて……何で統夜の事を、危険だって思ったの?」
「これよ」
楯無はポケットから携帯電話を取り出して素早く操作をする。同時に懐からSDカードを取り出すと、携帯電話に挿入した。無言のまま、ディスプレイを二人に見せる。
「これって……」
動画が再生されている画面内には一機のISが飛び回っていた。地上では、機械片手にISを見つめている少年の姿もある。だがISが飛び立って一分もしないうちにISの一部が爆散、そのまま地上へと落下を始めた。少年は一瞬躊躇う様子を見せるが、持っていた機械を投げ捨てるとISの落下地点へと駆け出した。人とは思えないスピードを出しながら走り続ける少年は、落下地点で停止すると両手を差し出して上空を見上げる。ISはそのまま地上に落下し、粉塵を巻き起こした。そこで楯無は一旦映像を止める。
「俺だ……」
「そう、この間簪ちゃんがISのテストをやったでしょ?アリーナの監視カメラで覗いてたんだけど、その時の映像よ。統夜君はこの時、その体で落ちてきた簪ちゃんを受け止めた。違うかしら?」
「当たり、です……」
「でもお姉ちゃん、これだけで……統夜の事──」
「いいんだ、簪。楯無さんがそう思うのも仕方ないよ」
「統夜……」
「まあ、理由としてはこれだけじゃないんだけどね。大きな理由としてはこれよ」
「……楯無さん。お願いがあります」
「どうしたの?急に畏まっちゃって」
口を引き結んだ統夜はしばし楯無の顔を見つめる。そして大きく息を吸うと、思い切り頭を下げた。
「い、いきなりどうしたの?」
今度は楯無が狼狽する番だった。統夜は頭を下げたまま、楯無に頼み込む。
「お願いです。この事、誰にも言わないでください」
「統夜……」
「……俺、最初はここがあんまり好きじゃありませんでした。でも、今はここにいたいんです。俺はここを離れたくない。この事が知れればここにいられなくなることくらい、俺にも分かります」
「統夜君……」
「お願いします、楯無さん。何でも言う事聞きます。だから、この事は黙っててください」
「……お姉ちゃん、私からもお願い」
統夜の隣の簪も揃って頭を下げる。楯無は驚きの表情でそれを見つめていた。自分の妹がこれほどまで積極的に何かをする事など、ここ数年間無かった事である。
「私、統夜がいなくなるのは……嫌。だから……お願い」
「……全く。二人とも、私が悪い人だったらどうするの?」
「楯無さん……」
統夜は顔を上げて楯無の顔を見た。楯無は上半身だけをベッドから起こし、笑みを浮かべている。
「流石にそんな話聞いた後じゃ、何も出来ないわ。それに未来の義弟君に、そんな事しないわよ」
「ッ!?」
「未来の、義弟?」
疑問の声をあげる統夜とは対照的に、隣の簪は顔を真っ赤に染め上げていた。統夜を一瞥したあと、簪を見た楯無は何かを思いついたように指を鳴らす。
「そうねぇ……統夜君、さっき何でもするって言ったわよね?」
「え、ええ。」
「じゃあ今度、おねーさんの部屋に来ない?」
「な、何でですか!?」
「ゆっくりと話しましょうよ。二人きりで……」
楯無がその白い指で統夜の顎を撫でる。妖艶なその動きはとても魅力的で、統夜は思わず頷く所だったが、簪によって阻まれた。
「だ、だめ!」
姉の指を統夜の顎から引き剥がすと、統夜に抱きつく簪。驚きの余り目を見開く統夜の右腕に抱きつきながら、まるで威嚇する子犬の様な視線で姉を見ていた。
「統夜は……ダメ」
「か、簪?」
「大丈夫よ、冗談だから。簪ちゃん、逃しちゃだめよ?」
ウインクしながら笑う楯無を見て、やっと簪は姉にはめられたと気づいた。慌てて統夜から離れると今度は睨みつける様な視線を楯無に浴びせる。当の楯無はどこ吹く風といった様子で明後日の方向を見ていた。
「お姉ちゃん……騙したの?」
「人聞きの悪い。可愛い妹の本当の気持ち、それに気づかせてあげただけよ」
「楯無さん、何の事ですか?」
「さあ?いつか統夜君も気づくんじゃないかしら?それよりもこんな危ない物は……」
楯無は手にしていた携帯電話からSDカードを抜き出して指で弄んだ後、二本の指で摘んだ。そのまま思い切り力を入れると、パキンと小気味良い音がしてSDカードが真っ二つに折れる。
「あ……」
「これでおしまい。アリーナの監視カメラの方のデータの方もいじってあるから、ばれる心配は無いわよ」
「本当にありがとうございます……」
「いいのよいいのよ。それよりも、聞きたい事がたくさんあるんだけど……主に二人とも名前呼びの所とか、色々とね」
「あ、あはははは……」
統夜は笑いながら冷や汗を流していた。何故なら楯無の笑顔が自分をいじる時の姉の表情そっくりだったからである。“女の人って皆似た様なものなのかなぁ……”と思いながら統夜は楯無の質問に時には笑い混じりに、時には慌てながら答えた。隣にいる簪も統夜と同じく慌てたり笑ったりと大忙しだった。既に太陽は沈み、人工的な光に照らされる中三人は思う存分笑いあっていた。