IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第二十一話 ~眠れぬ夜に~

「とーやん、大丈夫?」

 

「平気だよ。姉さんに鍛えられたからね」

 

ラウラと対峙したその日の夕方。統夜と簪、本音は医務室にいた。向かいのベッドでは鈴とセシリアが寝ている。

 

「でも何でボーデヴィッヒさん、二人を攻撃したんだ?」

 

「そ、それは……」

 

「諸々の事情があったのですが……」

 

統夜の疑問に曖昧な言葉で答える二人。その時、部屋にシャルルと一夏が揃って入ってきた。にこやかな笑みを浮かべながら一人ひとりに缶ジュースを渡していく。

 

「譲れない物があったんでしょ?」

 

「ま、まあそう言う事にしといて……」

 

「そうですわね……」

 

「統夜、お前も大丈夫か?生身でISの装備使うなんて」

 

一夏も片手に缶ジュースを持ちながら統夜が寝ているベッドに近づいていく。統夜の両手は幾重にも包帯が巻かれており、見るからに痛々しい。

 

「学園に来る前に姉さんに散々鍛えられてたから。あの位はな。それに織斑先生も生身で武器、使ってたろ?」

 

「千冬姉は色々と……」

 

自分の姉の事を考えて苦笑いする一夏。だが実のところ、統夜は怪我など負っている訳ではない。そもそもISの武具を持った程度で壊れる様な体ではないのだ。今包帯をしているのは周囲へのカムフラージュに過ぎない。ベッドの隣に立っていた簪が統夜の耳に口を近づけて囁く。

 

「怪我とかしてない?」

 

「問題無いよ。大丈夫」

 

他の皆に見られないように腕を動かす統夜。一夏の方にいた本音は近づいて来て、統夜のベッドに寝転がる。

 

「本音、統夜の邪魔……」

 

「眠い……」

 

「簪、俺はもう大丈夫だから先に部屋に帰ってて」

 

「分かった……本音、行こう」

 

本音の首根っこを掴んだ簪は医務室の出口へと進んでいく。ドアノブに手をかけようとしたその瞬間、簪が開けるより先に外側からドアが開かれる。

 

「うわわわわっ!?」

 

「織斑君!!」

 

「紫雲君!!」

 

「デュノア君!!」

 

簪と本音は医務室に雪崩こんできた人の波に飲み込まれた。人混みはそのまま三方に別れて進んでいく。その先にいたのは一夏、シャルル、統夜達男子学生だった。

 

「紫雲君、私と組もう!」

 

「いや、私と!!」

 

「ちょ、ちょっと待って!何の事か言ってくれ!!」

 

「「「これ!!」」」

 

一斉に統夜めがけて差し出される紙の数々。統夜はその内一枚を手に取って読み始めた。

 

「えっとなになに?“今月開催される学年別トーナメントでは、より実勢的な模擬戦を行うため、二人一組での参加を必須とする。なお、ペアができなかった場合は抽選により選ばれた生徒同士をペアとする”」

 

「そう!だから、私と組んで!!」

 

「いや!私と!!」

 

人混み越しに一夏達を見てみれば、自分と同じ状態になっているのが見えた。

 

(いや、そうは言っても……)

 

統夜からしてみれば、こんなトーナメントなど出たくないと言うのが本音だった。何を好き好んで殺し合いまがいの事をしなければならないのか。正直言って理解に苦しむが、学校行事だと言うのならしょうがない。この学園に入ってきた時から覚悟はしていたのだ。

 

「ペアかぁ……」

 

「私と!」

 

「いや、私と!!」

 

周囲の生徒達の顔を見てみる。見覚えがある一組のクラスメイトもいれば、全然見た事が無い他のクラスの生徒も混じっていた。困惑していると、ふと集団の外にいる本音と一緒にいる簪の顔が目に入る。

 

「……」

 

統夜を囲んでいる周囲の女子を見つめる寂しそうな目。そして何かを言いたそうにする口と伸ばしかけている右手が、統夜の目に映りこんだ。

 

「……決めた」

 

「だ、誰!?」

 

統夜の声を聞いて周囲の女子が色めき立つ。統夜はベッドを降りると周囲の女子を押しのけてドア口に立っている簪の元へ向かった。

 

「……簪」

 

「な、なに?」

 

目の前に統夜がいる事に驚いているようで、珍しく目が見開かれている。隣にいる本音は笑みを浮かべながら簪と統夜を交互に見ていた。統夜はゆっくりと簪に右手を差し出して言い放つ。

 

「学年別トーナメント、俺とペアを組んでくれないか?」

 

「……いいの?」

 

「何が?」

 

「私で、いいの?」

 

「勿論」

 

周囲には嬌声が響いていたが、今の二人の耳にそんな雑音が届く事は無かった。まるで二人きりの時の様に互いの目を見つめ続け、微動だにしない。簪は俯いて数秒思考する様子を見せた後、おずおずと右手を差し出して控えめに統夜の右手を握った。握手しながら頷く簪を見届けた統夜は周囲に宣言する。

 

「って訳だ。ごめん」

 

「……まあ、紫雲君の方は望み薄だったもんねー」

 

「織斑君とは違って鈍感じゃないっぽいし」

 

統夜の言葉を聞いてぞろぞろと部屋から出ていく生徒達。まるで嵐が過ぎ去ったかの様な室内で、鈴が刺々しい声を上げる。

 

「……アンタ達、いつまで手繋いでるの?」

 

「あ、ご、ごめん!」

 

慌てて統夜は手を離した。簪は大切な物を手放す時の様な名残惜しい表情を一瞬だけ浮かべるが、統夜がそれを見る事は無かった。そのまま自分のベッドに潜り込む統夜とは対照的に、簪は自分の右手を見つめて動こうとしない。

 

「……じゃ、じゃあ私達はこれで~」

 

今度は本音が固まっている簪の首根っこを掴んで部屋から出ていく。

 

「……何か強烈だったな」

 

「女の子って、凄いね……」

 

「でも統夜、アンタ意外と大胆ね」

 

鈴の言葉に反応せず、統夜は自分のベッドに入って包帯に巻かれた右手を見る。

 

(柔らかかったな……)

 

女の子らしい小さな手。初めて握ったその手はとても柔らかくて、暖かくて、心地よかった。

 

 

 

 

本音と寮の中で別れた簪は、歩きながら先程まで統夜と繋がれていた右手を目の前にかざす。

 

(大きかった……)

 

初めて握ったその手は大きくて、固くて、心地よかった。今もその手に暖かさが残っている。頬が緩むのが自分でも止められない。何の気なしに左手で右手をさする。その時、丁度曲がり角の所で声がかけられた。

 

「簪ちゃん。少しいいかしら?」

 

「……」

 

曲がり角から出てきたのは姉の楯無だった。正直言ってとても苦手だったが先日自分のISが完成した事もあり、少しは姉への気持ちも軟化していた。沈黙を肯定と受け取ったのか、簪の返事を待たずに一人で話を始めた。

 

「単刀直入に言うわ。紫雲 統夜君の事だけどあなた、彼の事何か知らない?」

 

「何って……」

 

「良く聞きなさい。あの子は不審な点が多すぎる。危険だわ」

 

「危険……」

 

簪は無意識の内に右拳を握りしめていた。姉の言葉は止まる事がない。

 

「詳しくは言えないけど、彼の事は警戒しておきなさい。同じ部屋が嫌だったら、私が──」

 

「止めて!」

 

思わず簪は姉の両肩を押して黙らせていた。倒れこそしなかったが、たった今目の当たりにした事に驚愕して目を見開く楯無。全身を震わせながら口を開く。

 

「統夜の事を全然知らないのに……そんな事、言わないで」

 

「簪ちゃん……」

 

「統夜は危なくない。統夜は、統夜は……」

 

「……また来るわ」

 

背を向けた楯無が一人で去っていく。簪は廊下で一人佇んだまま、姉の言葉の意味を考えていた。

 

『危険だわ』

 

(違う、統夜は危険なんかじゃ……)

 

頭の中では必死に否定するも、浮かんでくる考えを止める事は出来なかった。思い浮かんでくるのは先日アリーナで自分を助けてくれた統夜の姿。

 

(危険なんかじゃ……)

 

ISを装備した自分を受け止めたというのに問題無かった彼の体。血塗れに見えてもその下を見ればどこにも傷は見当たらなかった。そして自分を見つめる彼の瞳。それは彼が人間の範疇にいない事を如実に示していた。

 

(違う、違う……)

 

簪はとうとう頭を抱えて座り込んでしまった。彼女を助ける人間は今、誰もいない。

 

 

 

 

「先生、もう戻ってもいいですか?」

 

「うーん……」

 

統夜は身体検査を受けながら、話しかけていた。対面のベッドでは今だ鈴とセシリアが寝ている。現在、午後十一時。医師を兼任している教師の診察を受けながら統夜はしきりに頼み込んでいた。

 

「本当に大丈夫なの?」

 

「ええ。体調に問題はありませんし、もう大丈夫ですよ」

 

「……分かったわ。但し今週のうちに、もう一回診断を受けに来る事。それだったらいいわよ」

 

「ありがとうございます」

 

脇にかけてあった制服の上着を羽織ると、医務室から出ていく。最低限の光が灯った廊下を特に何も考えずに歩いていく。

 

(あっちの方が寝心地いいもんなぁ……)

 

統夜が医務室を抜け出した理由としては至極単純な物だった。ただ単に部屋の方が眠りやすいからである。意外と子供っぽい一面を発露した統夜は望むがままに自室へと到着した。

 

(あれ?鍵、空いてるのか)

 

てっきり既に閉まっている物と考えていて回したドアノブ。しかしそれは止まることなく扉を開け、統夜を中へと誘った。少し疑問に思いながらも統夜は部屋の中へと入る。

 

(簪、もう寝てるのか?)

 

膨らんでいるベッドを見る。寝息は聞こえてこないが、恐らく寝ているのだろうと辺りをつけた統夜は自分も寝るべくベッドに潜り込もうとした。だがその時、いきなり服を後ろから掴まれてつんのめる。

 

「うわっ!?」

 

「……統夜」

 

「簪、まだ起きてたの……ってどうかしたのか?」

 

暗闇に目が慣れ、徐々に簪の顔が見えてくる。彼女の瞳は濡れぼそり、目は赤く腫れ上がっていた。思わず目元を拭おうとした統夜を簪が服を掴む手に力をいれて半ば強引に自分のベッドへと座らせる。

 

「統夜は……危険じゃない」

 

「……何があったんだ?」

 

「……お姉ちゃんに、言われた。統夜が……危険だって」

 

「……そんな、まさか」

 

簪の言葉を聞いて愕然とする統夜。傍目から見たら一般人を演じている統夜にそんな評価を抱く理由など、一つしか見当たらない。頭の中がごちゃごちゃになっている統夜の横で簪が更に涙声を上げる。

 

「私だって、分かってる……統夜が優しいって事。でも、でも……あの時の統夜の顔が頭から離れないの」

 

「あの時の……」

 

「統夜の目が赤くなって……傷が治って……それで……」

 

簪は統夜の服を手放して両手を顔に当てて蹲ってしまう。統夜は目の前の少女を見ながら、その言葉の意味を考えていた。

 

(……そうだ、それが普通の反応なんだ)

 

過去にも向けられた事のある恐怖と忌避の視線。自分の体を理解している以上、そんな目で見られる事は統夜自身十分過ぎる程理解していた。統夜は深呼吸して落ち着くと、ゆっくりと簪の肩を持って顔を上げさせる。

 

「大丈夫だよ、簪」

 

「統夜……」

 

「寧ろその反応が普通なんだ。俺みたいな化物を見て、そんな事思わない方がおかしいんだよ」

 

「だけど──」

 

「いいんだ、俺の事は。それより楯無さんの事だけどあの人、そんなに悪い人じゃないよ」

 

「……何で、そう思うの?」

 

統夜の言葉を聞いた簪は表情を一変させた。今まで涙目で統夜を見つめていたがその名前を聞いた途端、視線が攻撃的な物に変わる。初めて見る簪のそんな表情に少し物怖じする統夜だったが、意思を固めて訥々と語り始めた。

 

「この間少し話したんだけどさ、簪の事心配してたよ」

 

「嘘。あの人がそんな事……」

 

「本当だって。それに俺の事を簪に言ったのも、簪の事を本気で心配してるからだよ。自分の妹を守ろうと必死なだけだ」

 

「……」

 

「俺が思うに、あの人は簪を守りたいだけだよ。打算とか感情じゃないんだ。ただ守りたいって思うから守る。それだけだと思うよ」

 

「……もう寝る。お休みなさい」

 

統夜の言葉を聞き終えた簪はベッドに潜り込んでしまった。統夜もため息をついて自分のベッドで毛布を被る。

 

(難しいな、姉妹って……)

 

言い表せない焦燥感が統夜を苛む。気持ちよく寝るために部屋へと戻ってきたはずなのに、その夜は気持ちよく眠る事は出来なかった。

 

 


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