IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第二十話 ~サイアクな放課後~

五月の終わり、草木も眠る丑三つ時に二人は整備室にいた。既に他の生徒は寝入っており、こんな時間まで起きていたら授業に差し支えること必至だが、幸い既に日付は変わって今日は日曜日。遅くまで起きていても問題は無いという訳だ。そして今、統夜と簪は整備室で一機のISを前に佇んでいた。

 

「出来た……」

 

「……」

 

「これで終わり、なのか?」

 

「正確には、微調整が残ってる。それに……ミサイル関係のロックオンシステムがまだ……未完成」

 

全体的に洗練と無骨さを兼ね備えたフォルムを持ったそれは、武士と言うより騎士に近かった。スカート状のスラスターは大型と小型の物を含めて全部で三つ、展開されている。背部には大型の砲台が二機装備されており、打鉄に比べて火力と機動性重視なのが見て取れる。

 

「でも……ひとまずはこれで、おしまい」

 

「やった……」

 

統夜は脱力して地面に座り込んだ。簪も手近にあった椅子に座り込む。簪の顔にははっきりとした充足感が浮かんでいる。

 

「……ありがとう」

 

「ど、どうしたの?」

 

いきなり簪が姿勢を正して統夜に頭を下げた。統夜は立ち上がって簪の肩を掴んで頭を上げさせる。

 

「あなたがいたから……こんなに早く作れた」

 

「それは勘違いだよ。簪さん一人でも、ちゃんと作れたさ」

 

「私一人だったら……こんなに早く、作れなかった。だから……ありがとう」

 

「それより、お祝いとかしようか。やっと終わったんだ」

 

「お祝い?」

 

「うん。今まで頑張ってたISが完成したんだし、それぐらいしてもバチは当たらないだろ。何か欲しい物とかある?」

 

「欲しい物……」

 

簪はじっと考え込む様な仕草を見せたが、ふと統夜の顔をまじまじと見る。

 

「どうかした?」

 

「な、何でもない……」

 

頬をほんのりと染めて顔を背ける簪だったが、ふと何かに気づいた様に再び統夜の顔を覗き込む。桜色の唇をゆっくりとなぞりながら、何かを呟いた。

 

「簪さん、何か言った?」

 

「……要らない」

 

「何を?」

 

「……名前で、呼んで」

 

「え?」

 

「“さん”は……要らない」

 

簪の言葉の意味を理解した統夜は顔を赤く染める。簪も恥ずかしそうにもじもじと体を揺らして落ち着かない。

 

「それで、いいの?」

 

「うん……」

 

「じゃ、じゃあ……簪」

 

「……それで、いい」

 

頬を更に染める簪。統夜はそんな簪を見つめてから、ふと思いつく。

 

「じゃあ、俺もいいよ」

 

「何が?」

 

「俺も名前で呼んで」

 

「……いいの?」

 

「一夏とか鈴は名前で呼んでるからね。簪さんの好きなように呼んでいいよ」

 

自分の言った言葉を言い終わってから理解した統夜。簪の顔をまともに直視出来なくなり思わず背けてしまう。

 

「……思ったけどこれ、別にお祝いでも何でも無いな」

 

「ただ……名前呼びにしただけ」

 

「やっぱり、そうだよな」

 

「……ふふふ」

 

統夜の言葉を聞いた簪が口元を抑えて笑い出す。それは統夜が初めて見た、簪の心の底からの笑みだった。

 

「……はははっ」

 

「ふふふ……」

 

二人揃って笑い続ける。二人だけの整備室に、年相応の笑い声が響き渡っていた。

 

 

 

 

簪のIS完成から一週間経った。名前呼びになった二人の間柄は鈴にいじられ、本音からはのんびりと突っ込まれた。その度に顔を赤くする二人だったが、決して名前呼びを止める事は無かった。

 

「そう言えばのほほんさんから聞いたけど、この間ボーデヴィッヒさんに襲われたんだって?」

 

「ああ。何か知らないけど、目の敵にされてるみたいでさ。ほんと、参ってるぜ」

 

「一夏はこれから特訓か?」

 

「ああ、いつも通りな。統夜も何時でも来ていいぜ」

 

「分かった。じゃあまたな」

 

いつもの通りの放課後の言葉が二人の間で交わされる。統夜は一夏に別れを告げると、ルームメイトの少女を迎えに行くために教室を出た。

 

「とーやんとーやん。かんちゃんのお迎えに行くの?」

 

「ああ、そうだよ。のほほんさんも行く?」

 

「うん。行く~」

 

本音も鞄を両手で持って統夜の後をついてきた。緩んだ笑みを浮かべながら、二人揃ってとある教室めがけて廊下を歩いていく。

 

「そーいえば、何でかんちゃんの事を名前で呼んでるの?」

 

「ああ。少し前に簪さ……簪のISが完成しただろ?その時に名前で呼ぼうって決めたんだ」

 

「仲良しだね~」

 

「……統夜」

 

四組の教室の前に二人が着いたとき、統夜が開けるより先に扉が開かれる。そして教室の中から青髪の少女が出てきた。

 

「かんちゃん、相変わらず可愛いね~」

 

「や、やめて……」

 

本音が両腕で簪を抱きしめる。口では文句を言いながらも、簪もそこまで嫌でもない様子だった。

 

「統夜……行こう?」

 

「ああ、ごめん」

 

「何処か行くの?」

 

「うん……今日は、弐式のデータ取り」

 

一段落したとは言え、打鉄弐式はまだ未完成な部分が残っている。戦闘行為は出来るがロックオンシステムが未成熟な上、稼働データも満足に取れていない。そのため、データ取りは急務だった。

 

「じゃあ、整備室に?」

 

「うん……早く行こう」

 

「そう言えば簪。眼鏡かけなくていいの?」

 

「あれは、ディスプレイだったから……もうISが完成したから、付ける必要も無い。一週間前から……外してた」

 

「とーやん、女の子の変化にはすぐ気づいてあげなきゃダメだよ?」

 

「いや、前から気づいてはいたけど眼鏡が壊れたのかなと思ってさ」

 

「統夜は……前の方がいい?」

 

「いや、今の簪もいいと思うよ」

 

「じゃあ……もう着けない」

 

にこりと笑う簪。ついこの間と比べて簪も豊かな表情を浮かべる様になっていた。三人で笑いながら談笑していると、アリーナに向かう途中で人混みに捕まった。ガヤガヤと騒ぐ生徒達でアリーナの入口が塞がり、整備室にたどり着けない。

 

「どうかしたのか?」

 

「ねぇねぇ、何かあったの?」

 

「今、第三アリーナで代表候補生同士が模擬戦やってるんだって」

 

「そうなんだ。ありがと~」

 

教えてくれた生徒も人混みに紛れて見えなくなっていく。統夜達三人はひとまず生徒達から離れた。

 

「第三アリーナって言うと……一夏達が特訓している所か?」

 

「でも……鈴とオルコットさんが模擬戦するだけでこんなに人が集まるなんて、考えにくい」

 

「じゃあ、誰と戦ってるの?」

 

「そう言えば……ラウラ・ボーデヴィッヒはドイツの代表候補生、だったはず……」

 

「それじゃ、戦ってるのは鈴達とボーデヴィッヒさんだってのか?」

 

「もしかして~、相当危ないんじゃない?」

 

「それ、詳しく聞かせて!」

 

ぽつりと呟いた本音の言葉に統夜が食いつく。豹変した統夜に戸惑いつつも、本音はいつものペースを崩すこと無く、ゆっくりと話し始めた。

 

「あの子、ドイツの軍人さんだって友達が言ってたの。それにこの間、おりむーに襲いかかった時も容赦無かったって言ってた。今戦ってるのがラウラさんだったら……」

 

「……急ごう」

 

「う、うん……」

 

端的に言葉を発した統夜が二人を促す。と言ってもアリーナの入口は既に人で塞がっている。統夜は脇道に入り込んで、一つの扉を開けた。

 

「とーやん、どこ行くの?」

 

「アリーナへ直接つながる通路だ。あそこだったら人もいないし、アリーナの中の様子も見られる」

 

三人は止まらずに走り続けた。数分後、いくつもの自動ドアを潜り抜けてとうとう三人はアリーナにたどり着いた。

 

「何だよ、あれ……」

 

「何で……」

 

統夜と簪が揃って戸惑いの声を上げる。三人の視線の先では、蹂躙劇が繰り広げられていた。

 

「何であんな事を……」

 

三人の目の前では鈴とセシリア、ラウラによる戦闘が行われていた。だがそれは戦闘と呼ぶには異常な光景だった。鈴とセシリアはラウラの展開するワイヤーブレードに捕まり、身動き一つ取れない。対するラウラは二人に拳を打ち込み続けている。やり過ぎなのは火を見るより明らかだった。

 

「止めろおおおおっ!!」

 

その時、光と共に観客席のシールドが破れ、白式を纏った一夏がアリーナに躍り出てきた。片手には雪片を握り締め、顔は憤怒の感情で覆われている。そのまま加速をかけてラウラめがけて突貫した。

 

「一夏……」

 

「あ、しゃるるんも来たよ!」

 

一夏に続いてシャルルも観客席から飛び出して来た。鈴とセシリアを担いでアリーナの端へと避難していく。だがその間にも、形勢は逆転していた。

 

「ッ!一夏!!」

 

優勢だったのは最初だけで、それ以降一夏は押されっぱなしだった。軍人のラウラとつい最近まで一般人だった一夏では、地力が圧倒的に違うのだろう。

 

「あれじゃ、絶対防御も……」

 

「……簪。弐式の装備に近接用の武器、あったよな?」

 

「う、うん。けど、何を……」

 

「出してくれ。今すぐに」

 

「で、でも統夜。ここでそんな事したら──」

 

「いいから、早く!!」

 

「っ!」

 

「とーやん、何する気なの?」

 

躊躇いながらも簪は右の中指にはめられた指輪に左手を添える。目を瞑って集中すると、簪の右手に青色の光が集まっていく。光が収束すると簪の右手は鎧に包まれ、その手には超振動薙刀“夢現”が握られていた。

 

「……はい」

 

「ねえ、何を──ってええええっ!?」

 

統夜は簪の右手から夢現をもぎ取ると、両手で構えて突貫した。背中に聞こえる本音の声を意に介する事無く、両足を動かす。

 

「はあああああっ!!!」

 

地面を蹴って弾丸の如く飛び出した統夜が向かう先にいたのは、今にも一夏に殴りかからんとするラウラだった。ふとラウラが気配に気づいて目を横に向けてみると、自分めがけて薙刀を大上段に振りかぶっている統夜が瞳に写りこんだ。

 

「何だとっ!?」

 

「一夏から、離れろっ!!」

 

夢現を振るってラウラに攻撃を加える統夜。袈裟がけに振り下ろされた一撃は、ラウラのプラズマ手刀に阻まれた。

 

「貴様、何のつもりだ!!」

 

「統夜!?危ない、下がれ!!」

 

「うおおおっ!!」

 

統夜が吠えると、薙刀が手刀を押していく。ジリジリと手刀は体に迫り、とうとう支えきれなくなったラウラは手刀を振るって統夜と距離を取った。

 

「一夏、大丈夫か!?」

 

「お、俺は平気だけど……統夜こそ平気なのかよ!?」

 

「生身の人間が、出てくるなっ!!」

 

再びラウラが手刀とワイヤーブレードを振るって統夜と一夏に迫る。統夜は再び夢現を構え直し、一夏は雪片をラウラに向けて握り締める。そして三つの影が重なり合う直前、もう一つの影が割り込んだ。

 

「そこまでだ」

 

「千冬姉!?」

 

「織斑先生!?」

 

割って入ってきたのは千冬だった。宙に浮かんでいたラウラのワイヤーブレードを手にしたIS用の大剣で全て叩き落とし、手刀を大剣の腹で受け止めている。

 

「教官!?何をなさるのです!!」

 

「私闘行為を見過ごす訳にもいかん。それに加えてアリーナのシールドまで破壊している。貴様は私の顔に泥を塗るつもりか?」

 

「……」

 

「何か言いたい事があるのなら、今月末のタッグトーナメントで言え。決着もそこでつければいいだろう」

 

「……分かりました」

 

千冬の言葉を聞いて落ち着いたのか、ラウラがISを解除する。統夜は夢現を下ろし、一夏

もISを解除した。統夜は千冬の言葉でしおらしくなったラウラを見やる。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

憎しみの感情で燃え盛る彼女の双眸は、真っ直ぐ一夏を見つめていた。

 

 

 

 

 

「次の作戦が決まったよ」

 

いつもの部屋でいつも通りの席順。だがいつもと違うのは、目の前のディスプレイに映っている映像だった。

 

「君たちの目の前にあるのが、次の作戦の概要だ。何か質問は?」

 

「司令、この作戦の意図が分からないんだけど説明してもらえるかしら?」

 

「貴様、少しは理解する努力を──」

 

「構わない。そうだな、いっその事最初から話すか」

 

上座に座った男は目の前のディスプレイに指を走らせる。すると他の二人の目の前のディスプレイも動き出した。

 

「この作戦の意図は二つある。一つはラインバレルの存在の確認。そして二つ目はアルマの可能性の模索だ」

 

「ラインバレルの存在の確認というのは分かりますが、アルマの可能性と言うのは?」

 

「無人のままのアルマでは、いつか限界が来る。人間は反射のレベルで思考が出来るが、機械はそれが出来ない。その他にも第六感や直感と言った人間の可能性がある限り、戦闘において機械は人間には勝てないのだよ」

 

「確かに、理解できますが……」

 

「先日ドイツの研究所から上がってきた報告書の中に面白い記述があった。代表候補生のISに、VTシステムを搭載したとね」

 

「ヴァルキリー・トレースシステムですか……それが?」

 

「私はこの間研究所に連絡して、もう一つシステムを搭載させた。“──”だよ」

 

その言葉を聞いた青年が腕を組んで唸る。

 

「確かに……それだったらアルマの可能性を試せますね」

 

「私は反対だわ」

 

「貴様、一体何を──」

 

「いいさ。君がダメだと思う理由を聞かせてくれ」

 

「司令の言葉は確かに正しいです。機械では人には勝てない。確かにそれは正しいでしょう。しかし、その実験の為にISを利用する必要はありません」

 

「……」

 

「私はISに頼らず、理想を成し遂げたいのです。それではいけないのですか?」

 

「……君の気持ちも分かる。だが今は我慢してくれないか?君たちで試すにはリスクが高過ぎる。アルマも大事にしたい。そうなれば取れる手段は限られてくるのだ」

 

立ち上がっていた女性がため息と共に席に着いた。男の方も悲しげな顔をしながら言葉を紡ぐ。

 

「今だけは我慢してくれないか?」

 

「……分かりました。司令がそう仰るのなら」

 

「さて、これで決まったね。そして決行する日は……」

 

男が三度ディスプレイに手を伸ばす。するとディスプレイの映像が変わり、今度は空から取った写真が映し出される。

 

「来月のタッグトーナメント、その日に動き出す。そしてそれが終われば、本格的に動き出せるだろう」

 

 

 

それぞれの思惑はまるで絡み合う糸の様に交差する。時の歩みと共に、それは段々と増していき、次第に誰もが目を背ける事が出来ない程大きくなっていく。

 

今その内の一本、白い糸の元に黒色の荒い糸が緩やかに迫ろうとしていた。

 

 

 


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