IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第十七話 ~一時の休息~

「私は更識 楯無よ。よろしくね」

 

「知ってますよ。簪さんから教えてもらいましたから」

 

「そう。取り敢えず座ったらどう?立ち話もなんだし」

 

「いえ、授業があるので。これで」

 

「……紫雲 恭介博士」

 

「ッ!!」

 

扉を開けかけていた統夜の手が止まった。楯無の言葉を聞いて、ぴくりとも動かない統夜の背中に、楯無は更なる言葉を浴びせる。

 

「それと紫雲 咲弥博士。あなたのご両親にして恭介博士は機械工学の、咲弥博士は生物学の権威だったわね」

 

「……それがどうかしましたか?」

 

「少しお話ししないかしら?紫雲 統夜君」

 

統夜には背中側の楯無の表情を知る事は出来ない。だがその声音から察するに、彼女の顔は笑みを浮かべているだろう。統夜はゆっくりとドアノブから手を離すと、目の前のソファに腰を落ち着けた。

 

「それで、何を話すって言うんです?」

 

「まあ、簡単な所から行きましょうか。IS学園での生活はどう?不自由してない?」

 

「不自由はしてませんね。でも言わせてもらえば、皆騒ぎ過ぎですよ。俺と一夏が歩くたびに騒ぐから、こっちとしては閉口してます」

 

「あはは、勘弁してあげて。皆男の子が珍しいのよ」

 

「まあ、多少は理解していますけど……」

 

「じゃあ次の質問。ISの事、あなたはどう思ってる?」

 

「……それ、答えなきゃダメですか?」

 

「私が個人的に知りたいのよ。どう思う?」

 

統夜の答えは決まっている。その答えはISだけに留まらず、その他の兵器にも言える事であり、統夜自身が自分を忌避している理由でもあった。

 

「……怖い、ですよ」

 

「怖い?」

 

「ええ。何で皆あんな風に楽しみながらISを動かせるんですか?一歩間違ったら人が死ぬのに」

 

「……」

 

「俺は怖いですよ。ISを動かすのは少しだけ楽しいけど、実際にそのISで何をするかって考えると……とても怖い」

 

「……そう。話してくれて、ありがとう」

 

「もういいですか?」

 

「ええ。あと、授業の方は心配しなくていいわよ。私の方から、織斑先生に伝えておくから」

 

楯無としては、この話はここで終わりのつもりだったのだが、統夜は一歩も動こうとはしなかった。楯無が口を開く前に、今度は統夜が言葉を発する。

 

「あの、質問いいですか?」

 

「ええ、いいわよ。何かしら?」

 

「何で俺の両親の名前を知っているんですか?」

 

「紫雲 恭介博士と咲弥博士の名前は、その筋じゃ有名なのよ。生徒の事を知っておくのは、生徒会長として当然でしょ?」

 

「……あと一つ、何で父さんと母さんの名前を出したんですか?」

 

「そうすれば紫雲君が話を聞いてくれると思ったからよ。気に障ったのなら謝るわ。ごめんなさいね」

 

ぺこりと頭を下げる楯無を見て、統夜は毒気を抜かれてしまった。先程まで胸の奥で燻っていた怒りの感情も、今は霧散してしまっている。謝罪一つで許すとは我ながら単純だなと思いながらも、統夜はソファに体を沈めた。

 

「さて、固い話はこれでおしまい。おしゃべりしましょうか?」

 

「でも、俺は授業が──」

 

「あら、もう一時間目は半分過ぎてるわよ?」

 

楯無に指摘されて統夜が壁に掛かっている時計を見ると、一時間目の開始から既に30分は経過していた。今から行っても半分ほどしか受けられない上、千冬のお説教は免れないだろう。目の前の人物がいくら地位が高く口利きが出来ると言っても、それだけであの千冬が許してくれるとは思わなかった。

 

「今から行くんだったら、ここでのんびりしていかない?織斑先生には私から断りを入れておいてあげられるし、ゆっくり休めるわよ?」

 

「……分かりました」

 

「人間、諦めが肝心よ。なにか飲む?紅茶か、コーヒーか」

 

「あ、紅茶でお願いします」

 

楯無が立ち上がって部屋の角に置かれているティーポットを手に取る。黙ってても居心地が悪いので、楯無の背中に声をかけた。

 

「あの、生徒会長って何をしてるんですか?」

 

「そうね、主に学園の秩序を守るってとこかしら?」

 

「よく分からないんですけど……」

 

「どこにも、血の気の多い人って言うのはいるの。それにこの学園の規則で“生徒会長は学園で一番強い人間がなるべし”っていう物があってね。それで私が生徒会長になったのよ」

 

「じゃあ、楯無さんって強いんですか?」

 

「勿論。はい、紅茶。砂糖はいる?」

 

「あ、大丈夫です」

 

統夜の目の前のテーブルにソーサーに乗ったティーカップが置かれる。楯無も自分のカップを持って統夜の対面に座った。

 

「まあ、当然とも言えるわね。学園に候補生はいても代表はいないから」

 

「あの、何の候補生ですか?」

 

「ん?国家代表」

 

「……え?」

 

あっさりと言う楯無だったが、聞いている統夜は驚愕していた。確かに知り合いにも何人か、代表候補生はいる。しかし、本物の候補生を見るのは初めてだった。

 

「知らないの?」

 

「はい。でも国家代表が学園にいるのって色々と大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫よ。ロシアの方からも私のISの稼働データを取る様に言われているしね。むしろここは都合がいいのよ」

 

そこで一息ついて楯無が優雅に紅茶を口に運ぶ。統夜も釣られて紅茶を飲み干すと、ふと思い出した。

 

(そう言えば簪さんが言ってたけど、楯無さんって一人でIS作ったんだっけ?)

 

「何か気になったことでもあった?」

 

統夜の顔を覗き込みながら楯無が疑問の声を上げる。統夜はカップをテーブルに置くと、楯無の目を真っ直ぐに見た。

 

「質問があります」

 

「何でもいいわよ?」

 

「楯無さんは、本当に一人でISを作ったんですか?」

 

意外な質問に、一瞬呆ける楯無。だが次の瞬間、はにかみながら目の前で手を振った。

 

「違う違う。全部一人じゃ無いわよ。私がやったのは精々組立だけ。基礎となったデータは前からあったやつを使ったの」

 

「それじゃあ……」

 

「簪ちゃんは私より凄いわよ。あの子は設計から一人でやって、統夜君が手伝ってあげるまで本当に一人でやっていたのだから」

 

「そうなんですか……」

 

「もうちょっと自信を持ってもいいのだけれど、そこは簪ちゃんの性格かしらね。少し引っ込み思案が過ぎるのよ」

 

「……」

 

「あら、もうこんな時間ね」

 

統夜が壁時計に目を向けると、あと五分程で一時間目が終わる所だった。統夜は立ち上がって一礼する。

 

「ありがとうございました」

 

「いいのよ。それよりも簪ちゃんと仲良くしてあげてね」

 

「分かりました。失礼します」

 

統夜は部屋を出ていきながらのんびりと考える。楯無と話した印象は、“世話焼きお姉さん”と言った所だった。

 

(少し、姉さんに似てるかな……)

 

教室について、自分の席に座る。丁度席に座ると同時にチャイムが鳴った。する事も無いので机に突っ伏して目を閉じると、すぐさま睡魔に襲われた。

 

 

 

 

結論から言うと、千冬からのお咎めは無かった。どうやら生徒会長と言うのは楯無が行っていた通りそこそこの権力を持っている様で、昼休みに入っても統夜は千冬に何も言われる事無く過ごしていた。

 

「──って事があってさ」

 

「へぇ、山田先生って強かったんだな」

 

統夜と一夏の声が屋上に響く。現在、統夜は一夏達と一緒に屋上で昼食を取っていた。本来は一夏と箒の二人きりで食事をするはずだったのだが、一夏がシャルルと統夜を誘い、それを聞きつけたセシリアがついて行くと言い出し、更に隣のクラスから鈴が駆けつけた結果、屋上でテーブルを囲みながら五人で食事をとっていると言う具合である。

 

「い、一夏。私の弁当も食べてくれ」

 

「ほら、私の酢豚も食べなさいよ」

 

「こ、こちらのサンドイッチもどうぞ!」

 

箒達三人は意中の相手に自分の弁当を食べて貰おうと必死な様である。完全に蚊帳の外なシャルルと統夜は口元を隠しながらひそひそと会話していた。

 

「ねえ紫雲君。僕たちってここにいていいの?」

 

「それは一夏に聞いてくれ。俺も分からない。それと俺の事は名前でいいよ」

 

「うん、分かったよ。統夜」

 

「それでいいよ。そう言えば自己紹介の時にも言ってたけど、シャルルってフランスの代表候補生なのか?」

 

「うん。僕もそうだし、ボーデヴィッヒさんもドイツの代表候補生だよ」

 

「そんなに代表候補生ばっかり同じクラスに集めていいのか?」

 

「まあ、学園にも何か考えがあるんじゃない?」

 

「ぐあああっ!?」

 

その時、二人の目の前で異変が起こった。今までほんわかと食事していた一夏がいきなり喉を抑えて苦しみだしたのである。

 

「おい一夏!どうした!?」

 

「そ、それ……」

 

一夏が指差しているのは綺麗なランチボックスに入った色とりどりのサンドイッチだった。しかし、一夏の意図が理解出来ない統夜は勘違いをしてしまう。

 

「何だよ。喉にでも詰まらせたのか?」

 

「ち、ちが……」

 

「紫雲さん、デュノアさん。お一ついかがですか?」

 

「あ、うん。ありがとう」

 

セシリアがランチボックスを統夜に差し出してくる。断る理由も無いので統夜とシャルルは揃って一つずつサンドイッチを手に取り、口に含んだ。

 

「「!?!?!?」」

 

だがそこで思いもよらない事態が起きた。なんと口に含まれたサンドイッチは、その味を持って統夜を攻撃し始めたのである。

 

(何だこれ!?)

 

甘さ、苦さ、辛さ、渋み、いくつもの味が一緒くたになって統夜の舌を刺激していく。涙混じりの目を隣のシャルルに向けてみれば、同じくシャルルも手で口を抑えながら涙目になっていた。

 

(そうか!これで一夏は──)

 

「あの、お気に召しませんでしたか?」

 

セシリアが怪訝な顔をして問いかけてくる。鈴と箒は事情を理解しているのか、同情の視線を統夜とシャルルに送っていた。だがセシリアを気遣った統夜は脂汗を浮かべながら何とか笑みを浮かべる。

 

「そ、そうだね。もう少し頑張ればもっと美味しくなると思うよ」

 

「ありがとうございます!料理の得意な紫雲さんにそう言っていただけて嬉しいですわ!」

 

「ははは……」

 

額からダラダラと脂汗を流しながら統夜は乾いた笑い声を上げる。統夜を襲った痛みはその日ずっと消える事は無く寝るまで苦しみ、簪から心配された程だったという。

 


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