IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~ 作:Granteed
いつもの様に授業を受けて、昼休みに突入するIS学園。統夜は勉強道具をしまい込み、鞄を持って席を立つ。教室の出口へと向かう統夜に本音が近寄ってきた。
「ね~ね~とーやん。今日のご飯は何~?」
「今日は鳥そぼろとほうれん草の和物。簪さん、鳥肉は食べられるからね。野菜ばっかりじゃ飽きちゃうし」
「今日は食堂で食べようよ~。私の分もある?」
「のほほんさん、昨日自分で頼んだじゃないか。ちゃんと作ってきたよ」
そう言って統夜は自分の鞄を本音の目の前に掲げる。それを見た本音の目が輝き出し、統夜の服を右手でぐいぐいと引っ張り始めた。
「はやくはやく~」
「ちょ、ちょっと待って!自分で歩くから──」
「紫雲君」
教室を出ようとしていた本音と統夜に声がかかる。二人が声のした方向を見ると、廊下で簪が二人を無感情な瞳で見ていた。本音は簪を見ると統夜を引っ張ったまま、廊下に飛び出る。
「かんちゃんかんちゃん、一緒にご飯食べよ?」
「どうせいつもの通り……嫌って言っても……聞いてくれない」
「今日は食堂へ行くの。れっつらご~」
そのままむんずと簪の服の袖を左手で掴むと、統夜と簪を揃って引きずっていく。だが、統夜と簪も自発的に歩いているので本音に大した負荷はかかっていない。流石にいつまでも本音に引っ張られている訳にもいかないので途中で離してもらった。他愛の無い事を話しながら食堂への廊下を歩いていく三人。最近は簪も前に比べて良く喋るようになっていた。但し、本音と統夜に対してのみ、加えてあくまで“比較的”であり平均的に言ったらまだまだ口数は少ない方だったが。食堂に着いた三人は食券を買う事無く、そのまま席に着く。
「さ~、ごはんだ~」
のんびりと服の袖が余った両手を上に上げて喜びを表現する本音。簪は本音を横目で見ながら注意する。
「本音……はしたない」
「でもかんちゃんもとーやんのごはん、楽しみでしょ?」
「……」
図星だったのか、そっぽを向いてしまう簪。先程の本音の質問に対する答えは、その行動で十分示されていた。自分の鞄をごそごそと漁っていた統夜だったが、三つの弁当箱を取り出して簪と本音に手渡す。
「はい、どうぞ」
「いっただっきまーす!」
「い、いただきます……」
いつものように本音が元気良く弁当の中身を頬張り、簪はゆっくりと自分のペースで黙々と食べていく。やはり自分が作った料理を美味しく食べてもらうのが嬉しいのか、統夜はそんな二人を笑顔で見つめていた。度々会話を挟みながら食べていた三人に、声がかけられる。
「お、統夜じゃん!今日は食堂なのか?」
「ああ、一夏か。のほほんさんの提案でな。えっと……」
「何?アタシの顔に何かついてる?」
統夜は一夏の後ろにいる人物を見て固まってしまった。その生徒は朝に統夜を引っぱたいた女子生徒だったのである。一夏が統夜の視線に気づいて紹介した。
「ああ、こっちは鈴。二組のクラス代表で俺の幼馴染みだよ。それと一緒の席、いいか?」
「あ、ああ。いいけど」
元々六人は座れるようなスペースを統夜達で占拠していたのだ。一夏と鈴と呼ばれた少女が入るスペースは十分にあった。三人が詰めて空いたスペースに、一夏と鈴が並んで座る。
「アンタ、名前は?」
「ああ、俺は紫雲 統夜。こっちは布仏 本音さんと更識 簪さん」
統夜が手で二人を指し示す。本音は「よろしくね~」と口の中に食事を詰め込んだまま器用に挨拶し、簪も一応軽く頭を下げた。
「そういや鈴、お前いつの間にこっち来たんだ?それにこっちに戻って来るなら一言言ってくれよ」
「そんな事よりアンタ何やってんの?男でIS動かすなんて前代未聞よ?」
一夏と鈴は幼馴染みらしく近況について話をしていた。流石に統夜達が参加出来る内容ではないので、三人は三人で話をしているが。話しているといきなり机に箒とセシリアが群がってくる。
「さあ、説明してもらおうか一夏!その女は一体誰なのだ!?」
「私も聞きたいですわ!可及的速やかに!!」
「い、いや俺の幼馴染みだよ。前に言ってなかったか?」
「は、初耳だ!!そもそも──」
その言葉を皮切りに箒とセシリア、鈴が騒ぎ出した。女三人寄れば姦しいとは良く言った物で、一夏すら会話に入る事は出来なかった。「あーアンタ達の事、興味無いから」や「一夏の初めての幼馴染みは私だ、残念だったな」などという不毛な会話が食堂に響きわたる。居場所を無くした一夏は目の前のテーブルに視線を這わせると、統夜に話しかけた。
「なあ、統夜。この弁当って誰が作ったんだ?」
「ああ、俺だけど。どうかしたか?」
「マジか!あのさ、ちょっと質問なんだけど鳥そぼろの調味料って何使う?俺も色々試した事あるんだけど、そこまで上手くいかないだよな」
「一夏もこういうの作るのか?」
「ああ、中学の時とかはよく作ってたんだ。で、何か入れてるのか?」
「俺もそこまで冒険はしない主義だからなあ。精々一回自分で作ってみて上手くいったものしか基本作らないし……そうだな、最近試したやつだと醤油の比率を下げて代わりにラー油とか入れてみたぞ。本当に少しだけだけどな」
「うーん。でもそうすると味が少し辛めになるんじゃないか?」
「だからほんの少し、なんだよ。一夏はどうやって作るんだ?」
「俺も統夜と同じかな。基本の分量決めといてその比率を変えるだけで味は結構変わるもんだからさ。そのぐらいしかしたことないかなあ」
一夏と統夜が料理についての意見をぶつけ合っている中、ふと統夜が気づくと周囲が静まり返っていた。統夜と一夏が辺りを見回すと、箒を始め周りの全員が統夜と一夏を奇異の目で見ていた。思わず統夜は隣に座っている簪に質問する。
「えっと……どうかした?」
「あなた達の会話……おかしい」
「俺たち、何か変な事言ってたか?」
統夜はまるで訳が分からない、と言った顔つきで横にいる一夏を振り返る。一夏も統夜と同じような顔をしつつ、ぶんぶんと首を横に振った。
「いやいや、どう考えてもおかしいでしょ!世界中探したって、こんなに料理の話で盛り上がる男子高校生なんて、アンタ達くらいでしょ!?」
「鈴、流石に世界中は言いすぎだろ」
「ああ、せめて日本にスケールダウンして欲しいよな」
「でもとーやんもおりむーも、普通の男の子じゃないのは確かだねー。だってIS動かせちゃうんだもん」
本音の言葉にうんうんと頷く一同。さりげなく簪も小さく首肯していた。
「俺たち、そんなおかしいか?」
「……分からない」
一夏と統夜が揃って首をかしげると同時に、その光景を見ていた一同がゆっくりと笑い出す。数秒後には、一夏と統夜を除いて全員が笑っていた。今日もIS学園は平和である。
その日の授業も終わり、統夜はいつもの様に整備室にいた簪を迎えに行っていた。今日は統夜が行ってすぐに作業が終わり、特に問題もなく二人揃って寮の廊下を歩いている。
「簪さん、明日の弁当何かリクエストとかある?」
「特に無い……美味しいから、いい」
何の気無しに歩きながら喋っている統夜と簪。そのまま歩いていると、いきなり曲がり角で統夜が誰かとぶつかる。統夜にぶつかった相手は、地面に倒れ込んでしまった。
「あ、すいません──ってあれ?君、確か……」
「ア、アンタ……」
統夜と簪の目の前には、地面にへたり込んだ鈴がいた。何故か表情は崩れ、今にも泣き出しそうな顔をしている。
(も、もしかして俺のせい!?)
「一夏が……一夏がぁ……」
「え!?ちょ、ちょっと!!」
何と鈴は床に座ったまま、泣き出してしまった。いきなりの展開に統夜はどうしていいのか分からず、隣にいる簪に助けを求める。
「とにかく……このままじゃダメ」
「じゃ、じゃあ俺たちの部屋に……」
簪もコクンと頷くと、先に一人で廊下を歩いていく。既に統夜達の部屋は目と鼻の先にあり、取り敢えずそこに行くのが最善と判断したのだろう。統夜の視界の中で簪が部屋のドアを開けて待っている。
「とにかく一緒に……」
統夜が鈴の肩を抱えて立ち上がる。昼の威勢の良さはどこに行ったのか、今は涙声を上げながらうつむいている。そのまま急いで統夜達の部屋に入ると、取り敢えず鈴を簪のベッドに座らせた。
「ぐすっ……」
「取り敢えず……何かあったのか?」
統夜が鈴にゆっくりと話しかける。簪も統夜の隣に座って鈴をじっと見つめていた。始めの方は統夜の質問に答える余裕が無かったのか、喋らなかったが時間が経つにつれて段々と喋ってくれる様になった。
「……つまり一夏と約束してたけど当の一夏は約束を忘れていたばかりか、意味を間違えて覚えていたって事?」
「そういう事よ。ったく、ホントあいつは……」
鈴から話を聞く事数分後、鈴は調子を取り戻して統夜相手に愚痴っていた。流石にまだ目の周りは赤いが、それを除けば朝と昼に見た鈴と同じである。
「と、言うことは鈴さんも一夏の事が好きなんだ」
「へっ!?べべべ別にそんな事……」
鈴は手を左右に振りながら否定の意思を示していたが、途中から失速して顔を俯かせてしまう。耳まで真っ赤な鈴を見て、統夜の方も恥ずかしくなった。
「じゃ、じゃあ落ち着いたみたいだし、そろそろ──」
「アンタ達、私に協力しなさい!」
「……はい?」
「……」
鈴がビシッと人差し指を統夜と簪に突きつけて声を張り上げる。統夜は“何言ってるんですか?”という顔をして、簪に至っては現実を直視したくないのかメガネを外して布で拭いていた。無反応な統夜達に鈴が続いて言葉を投げつける。
「このままじゃ私の気が済まないの!一夏を一回ボコボコにしないと腹の虫が収まらないの!」
「……当人だけでやってくれよ」
「う、うるさい!アンタ、私の泣いてる所見たんだからそれくらい手伝いなさいよ!!」
鈴が立ち上がって統夜に詰め寄る。鈴が言っている事は事実な為、この点については反論が出来ない統夜であった。
「でもさ、そんな事言ってもどうするんだ?」
「そうね……そうだ!来月のクラス対抗戦、そこで一夏をギャフンと言わせてやるのよ!!」
「そう言えば君って、二組のクラス代表だっけ?」
「ええ。と言うことでアンタ達、私が勝つ為に協力しなさい!!」
「……丁重にお断り──」
「却下、と言うことで」
鈴が右手を統夜に差し出す。統夜は目の前の手と鈴の顔を交互に見つめるだけだった。簪はメガネを戻して鈴をじっと見ている。
「握手よ、握手。もう一度聞いとくわ、アンタ名前は?」
「俺は統夜、紫雲 統夜だ」
そう言って統夜も右手を差し出す。そのまま互いの手を握りしめて、ゆっくりと上下に振った。
「そう。私は鳳 鈴音よ。鈴でいいわ。よろしくね、統夜」
統夜との握手を終えると、次に鈴は簪の方に手を伸ばす。簪は目の前に出された手をみてぽかんとしていた。
「……何?」
「何って……握手よ握手!ほら!!」
鈴は座ったままの簪の右手を取ると、半ば無理矢理に握手する。簪は珍しい物でも見たかの様に驚きの表情で鈴を見ていた。
「アンタは?」
「さ、更識 簪……」
「簪ね。私の事は鈴でいいわよ、“さん”とかいらないから。これからよろしく」
鈴は簪と手を離すと出口へ向かおうとする。最後に「また明日ね」と言い残すと、バタリと音を立ててドアが閉まり、鈴は部屋から出ていった。
「なんか、凄い子だったな……簪さん?」
簪は統夜のベッドに座ったまま、自分の右手をじっと見ていた。普段の簪もぼーっとしている時があるが、その時とは何処か表情が違う気がする。
「簪さん?」
「な、何?」
「そろそろ明日の準備とかした方がいいよ」
「う、うん……」
そう言って二人が明日の準備を始める。準備自体は十分程で終わって、二人はジャージに着替えて床に着く。
「お休み、簪さん」
「お休みなさい……」
部屋の電気が消され、真っ暗になってもぞもぞと布団を被る音だけが部屋に響く。そのまま二人揃ってゆっくりと夢の世界に入っていった。