IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~ 作:Granteed
元々食堂は寮の中だったので自室には五分とかからずに到着した。統夜はドアノブを回すが何故か途中で引っかかる。
(あれ?)
いくら回してもガチャガチャと途中で突っかかる。疑問に感じた統夜はポケットから鍵を出して鍵を開けると、部屋にゆっくりと入り込んだ。
(また整備室かな?)
部屋の中には誰もいなかった。統夜のベッドはもちろん、もう片方のベッドにもルームメイトの姿は見当たらない。まだ四月下旬なので外は少し寒いだろう、とあたりを付けた統夜は荷物の中から自分の制服の上から私物である黒いジャケットを羽織ると、再び部屋の外に出る。目指すは何度も言った事があるIS整備室だった。
「すぅ……すぅ……」
(やっぱりいた)
寮から抜け出して歩くこと十分、統夜はアリーナに隣接する様に建てられた整備室にいた。無駄な装飾が一切無く金属質なその部屋の中央に、一機のISが佇んでいる。その正面には長机が一つ置かれていて、机の上には三つのディスプレイと一つのキーボード。そしてキーボードを枕にしてうつ伏せの体勢で寝ている簪がいた。
(今日も、か……)
この約一ヶ月間、この光景は何度も見てきた。大体三日に一回は統夜が整備室に行って簪を起こす。統夜と一緒に帰る時もあれば、後少しで帰ると約束して統夜が先に帰る事もあった。
(とにかく起こさないと)
そう言って寝ている簪に近づいてゆっくりと肩を揺さぶる統夜。少々心苦しいが、こうでもしない限り簪は起きない事を統夜は良く知っている。
「簪さん。簪さん」
「ん……ううん……」
統夜に体を揺さぶられ、やっと声を発する簪。それでも起きない簪を見てふといたずら心が湧いた統夜は、簪の首筋にあるものを押し当てた。
「ひゃんっ!?」
「おはよう、簪さん」
統夜が押し付けた物は缶飲料だった。先程ここに来る途中に自動販売機で購入した物である。起きた簪はまず周りを見渡して自分がどこにいるかを確認し、次に統夜の手の中にある飲み物を見つけ、最後に恨みがましい目で統夜を睨みつけた。
「もっと……普通に起こして、欲しい」
「ごめんごめん。もうこんな時間だからさ、帰ろう?」
「あと、少しやってから……」
簪はディスプレイを起動させ、手元にあるキーボードを再び叩き始めた。統夜は“邪魔してはいけない”と思い壁に体を預けて様子を見ている。言葉通り、作業は数分で終了して簪は片付けを始めた。
「簪さん、何か手伝おうか?」
「いい、見てて……」
統夜の誘いを蹴って、簪が一人で整備室を綺麗にしていく。流石にそこまではっきりと断られては無理矢理やる訳にもいかず、統夜は手持ち無沙汰のまま壁際に立っていた。
(そう言えば、簪さんがISを一人で作る理由って何だろう?)
統夜はふと疑問に思う。前に本音に聞いた事があったがその時は教えてはもらえなかった。余程の理由があるのだろう。
(でも確か……)
統夜はこの間のクラス代表決定戦を思い出す。あの時簪は確かに何か言いかけていた。
(“あの人に”だったっけ?)
しかしこのフレーズだけでは意味が全く分からない。いくら考えても答えにたどり着きそうもない、と悟った統夜はとうとう思考を放棄した。
(まあ、いいか)
丁度簪の後片付けも終わったようで簪がこちらに近づいてくる。統夜は片方の缶飲料を手渡しながら、一緒に外へ出た。
「お疲れ、簪さん」
「……うん」
街頭が照らす夜道を二人で歩く。片手に握った飲み物で喉を潤しながら、他愛の無い会話を交わす。簪は元々口数が多い方ではないので統夜から話題を振る事が多いのだが、いかんせん相手は女子である。多少なりとも緊張して会話が滞ってしまうのは男子としての悲しい性だった。
(こういう時は一夏の性格が羨ましいなぁ……)
「……どうしたの?」
「い、いや、何でもないよ」
「……紫雲君のお姉さんって、どんな人?」
「姉さん?そうだな……一言で言うと大人、かな」
「大人?」
「うん。自分でしっかり考えて、何でもって訳じゃないけど自分の事は自分できっちり出来る。そんな姉さんは大人だと思うよ。まあでも、それなりに抜けてる所もあるんだけどね」
「……私にも、姉がいる」
その言葉を聞いた統夜は驚いた表情をする。珍しく簪が自分の事を統夜に話したのだ。少なからず驚くのも無理の無い事だろう。
「そうなの?会ってみたいな、簪さんのお姉さんに」
「……いつか会える。
そう言って簪は黙り込んでしまう。こうなったら何を言っても答えてくれない事を統夜は経験則で理解していた。
(でも、“いつか”ってどういう意味だ?)
そう考えながら統夜と簪は寮へと繋がる道を歩いていく。今日もIS学園での一日が終わろうとしていた。
一夜明けていつも通りの日々を過ごす統夜と簪。起床し、一緒に朝食を食べ、授業の準備を済ませ、着替えも終わり、統夜が簪に弁当を手渡して、部屋から出ていく。そしていつもの通りに一年一組の教室の前で簪と別れるはず……だったのだが、今日は少し様子が違った。
「何だあれ?」
「……」
何やら一年一組の教室のドアの前で何やらぶつぶつ言っている女子生徒がいたのだ。統夜と簪は顔を見合わせて、揃って首を捻る。しかし二人ともその女子生徒に心当たりは一切無い。勿論統夜が記憶している限り一組の生徒でも無いようなので、完全に知らない生徒である。統夜は簪を後ろに従えながら、謎の生徒に声をかける事にした。ゆっくりと近づくが、こちらが目に入っていないようで何やら必死に呟いている。
「……まずは“久しぶり”よね。それでその後は……何て言おうかなあ。いや、でも意外性も考えて……よし決めた!ここは一気に──」
「あの、ちょっと」
「わひゃあぁ!?」
驚きのあまりその女子生徒は文字通り飛び上がった。簪は不審者を見るような目でその生徒を見ている。
「あのさ、君誰?」
「ア、アンタもしかして……今の、聞いてた?」
(さっきの変な言葉だよな……)
その女子生徒は統夜の質問を無視して一方的に問いかけてくる。その質問に対する返答はイエスなのだが、女子生徒の顔色を見る限り相当恥ずかしい内容の様だ。ここは敢えて聞いてなかった振りをするのが優しさだ、と思った統夜はすかさず嘘をつく。
「な、何が?」
「……それならいいわ。それで、アンタたちは何よ?」
「あ、ああ。俺はこのクラスの生徒なんだけど……誰かに会いたいの?」
「……」
後ろにいる簪は先程から黙ってばかりだが、初対面の人間に気さくに話しかけろというのは無理な相談だろう。そういうのは一夏の役割である。それはともかく、統夜の質問に女子生徒は肯定の意を示した。
「まあ、そうなるわね」
「誰に会いたいの?」
「アンタさ、織斑 一夏って知ってる?」
「そりゃ知ってるよ。なんだ、一夏に会いたいの?」
「あ!ちょ、ちょっと待ち──」
統夜は少女の横を通り過ぎて教室のドアに手をかける。少女が止めるが間に合わない。そのまま一気に開いて教室内にいる一夏に、大きく呼びかけた。
「おーい一夏、いるか?」
「よお統夜。どうかしたか?」
「ああ、何かお前に会いたいって人がいるんだけ──イタッ!?」
そこで統夜はいきなり痛みを覚える。背中に何かが当たった様で後ろを振り向くと、少女が自分の鞄を構えていた。どうやら少女は構えている鞄で統夜の背中を殴りつけたらしい。簪は少女のいきなりの行動に目を見開いて驚いている。
「な、何を──」
「うるさいわよ!!ア、アンタのせいで──」
「あれ?もしかして、鈴か?」
そこで一夏が教室から出てきて謎の少女と対面する。なにやら一夏の方はこの生徒を知っている様で気さくに声をかけた。統夜はまた殴られてはかなわないと思い、簪の隣に移動する。するとちょいちょいと簪が統夜の服の袖を引っ張ったので、統夜は簪に顔を向けた。
「何?どうかしたの?」
「あの子……確か中国の代表候補生。どこかの資料で……見たことが、ある」
「え!?嘘だろ!?」
統夜は叫んで一夏達の方をもう一度見る。二人は既に談笑モードに入っていて、傍から見ればとても微笑ましいものだった。少女の方も、先程統夜に向けていた感情はどこかに霧散してしまった様で笑いながら一夏と話をしている。
「あ……」
しかしそんな時間にもいつか終わりは来るものだ。統夜がある人物の接近に気づき、慌てて一夏に声をかける。
「お、おい一夏!早く教室に──」
「貴様ら、何をしている?」
「うるさいわね。邪魔するんじゃないわよ!!」
少女が謎の人物を見ないで攻撃的な声を上げる。丁度少女の背後にその人物が立っているので、少女はその人物が誰かは分からなかった。しかし少女以外はその人物が誰なのか分かっているため、誰も反論の声を上げない。
「ほぉ?いつから貴様は教師に口答え出来る身分になったのだ?」
「教師が何よ!私は──」
少女の言葉が最後まで一夏達に届く事は無かった。何故なら謎の人物が手に持った出席簿を少女の頭を思いきり振り下ろしたのである。少女は痛みで涙を滲ませると共に振り返ると、ようやくその人物が誰かを理解した。
「ち、千冬さん……」
「ここでは織斑先生と呼ばんか。さて、私の記憶によれば貴様は二組だったはずだが?さっさと教室に戻れ」
「は、はいっ!」
千冬の言葉を受けた少女は脱兎の如く駆け出して千冬の横をすり抜ける。そして千冬と十分な距離を取ると、再び一夏の方を振り向いた。
「一夏、また後で来るからね!逃げるんじゃないわよ!!」
そう言い残すと再び走り去っていく少女。廊下には三人の生徒と、一人の教師が残された。
「さあ、お前らも早く教室に入れ。更識、お前は四組だろう。早く行け」
「あ、じゃあ簪さん。また後で」
「うん」
簪も統夜と別れて自分の教室に移動する。一夏と統夜も一緒になって一組の教室に入っていった。
「なあ一夏、さっきの子って誰なんだ?」
「ああ、あいつは俺の幼馴染で転入してきたみたいなんだよ。後で──」
「貴様ら、さっさと席に着け!
千冬の声に促され、統夜と一夏も急いで席に着いた。いつもの通りに千冬の出席を取る声が教室に響く中、統夜は自分の席で頬杖を突きながら考える。
(転入生か。なんだか騒がしくなりそうだな……)
IS学園から遠く離れた海の底、そこに彼らはいた。
「さて、それでは報告を聞こうか」
上座に座っている男が声を上げる。彼らは会議室にあるような大きな長机の周りに座っていた。上座の男から見て右手にいる青年が、クリップボード片手に発言する。
「はい。プロトタイプのアルマの生産は予定通りです。まもなく第一ロットが仕上がるかと」
「そうか。それは戦闘に耐えられる物かな?」
「ええ、あの篠ノ之 束博士が作った物と十分に渡り合えるスペックはあります。流石に今はまだ確実な勝利は保証できませんが、目的を果たすだけなら満足な性能と言えるでしょう」
その声を聞いて青年の反対側にいる女性が大きく椅子に体を預ける。部屋は全体的に暗く、顔はよく見えないがシルエットでかろうじて女性だと判別がついた。
「全く。彼女が私達を裏切ってあんな物作るから、こんな面倒な事になるのよねぇ」
「それよりも司令、その様な事をお聞きになるとは……そろそろですか?」
「戦力は十分に整い、機も待った。相変わらず人員は少ないが、もう頃合だろう」
「あの時彼らに邪魔されてから8年、ようやく動けるのですか……」
青年が感慨深い眼差しで上座の男を見る。その視線に答えるように、男は立ち上がった。
「ようやく動ける、とは言ってもまだまだ表に出ることはない。だが、これまでのように全く動かないということもない。当面は偵察や情報収集が主になるだろう。手始めに──」
男が机の上にある機械を操作すると三人の目の前にディスプレイが浮かび上がる。そこには二人の少年の経歴が顔写真付きで書かれていた。
「これは、この間騒がれていた……」
「そうだ、しかも片方はあの博士達の遺児。何かがあるのは確実だろう」
「でも司令。今更あの兵器に関する事を調べたって、何かの役に立つの?」
「そうだな。だが、軽視できないのも事実だよ。何故彼らがISを動かせたのか、この原因を解明しなければ今後我々の障害となる恐れもある。取り敢えず片方のデータだけでも採取しておきたい」
「そう言う事でしたら、私の方で作戦案を出しておきます」
「頼んだ。これで終わりにしよう。二人とも、ご苦労だった」
「それでは、失礼します」
「お疲れ様でした」
二人の目の前のディスプレイが消え、席を立って青年と女性が部屋から出ていく。男は立ち上がったまま、部屋の壁に設置されているモニターに近づいていった。男の正面のモニターには、数々の衛星写真や、グラフが映し出されている。男はモニターを見ながらこれからの事を考え、笑みを浮かべた。
「ふふ、会うのが楽しみだよ、織斑 一夏君。そして彼らの忘れ形見である君もね……」
そこで男は一旦言葉を切って、再び席に戻った。そして今だに消えないディスプレイの中に映っている顔写真を喜びの瞳で見つめる。その目はまるで、これから買って貰うおもちゃに心躍らせる子供の様だった。
「──紫雲 統夜君」