「おつかれさまでした。これで実技試験は終了です。最後に説明がありますので、全員部屋に戻ってください」
実技試験を終了した4人の受験生に対して、試験官は筆記試験を行った部屋へ戻るように促した。
そのまま部屋に戻る。
他の受験生はすでに帰ってしまったのか、筆記試験の会場はがらんとしていた。
席に戻るとすぐに万丈目が詰め寄ってきた。
「さぁ、話してもらうぞ。どうしてお前がブルーアイズを持っているのか」
さっきは『お前"なんか"が』と言っていたが、何か心境の変化でもあったのだろうか。
「……話さないとダメか?」
「当り前だろうが!あのカードは世界に4枚しかないレアカード中のレアカード、しかもその内3枚はここのオーナーの海馬瀬人が持ってるんだぞ!!」
「……ん、まぁそれは知ってる」
「ならお前が3枚持ってるのはどう考えてもおかしいだろうが!!」
「……それはそうなんだけどさ……」
まいった、と今更ながらにして久遠は後悔する。。
KC社のスタッフが大丈夫だといったので特に深く考えずに使っていたが、さすがにブルーアイズはまずかった。そもそもスタッフにもブルーアイズ使うことを言ってない。後で口止めの必要がある。
これは予測でしかないが、あの男に知れ渡ると、ロクなことがない気がする。
まあ、これは後ほど手を打っておくとして。
つくづく、テンションに任せて考えなしの行動をしてしまったと思う。
KCやI2社の庇護のもとにある『久遠帝』としてならまだしも、『鷹城久遠』としては度が過ぎる行動。
ここ数年では考えられないほどの愚行を犯してしまった気がする。
それほどまでに、不意の再会に驚いてしまったということになるが。
「私も気になるわね」
「……あんたもか、天上院」
「ええ、気になるわ。でも私が気になっているのはあなたがブルーアイズを持ってることではなくて、そのプレイング。カードは本人に借りたとかでもいいはずだから。」
「(理屈の上では正しいが、あの社長が人にブルーアイズ触らせるなんて考えられない)」
何せ、コントロール奪っただけで激昂するのだ。
一度【コントロール奪取】で自分フィールドに5体のブルーアイズ並べた時には危うく契約を切られかけた。
お詫びにと乙女を召喚して見せたら、1枚持って行かれ、2年半の間帰ってきていない。
この間、宝石をちりばめられた悪趣味な額縁の中に入った乙女をニヤニヤしながら眺めてる姿を携帯に収めてからかったら、5タイトル同日王者挑戦試合を組まされた。
副作用として年俸が微増したが。
話が脱線した。プレイングの話だったか。
「プレイングっていうほどのことか?同じデッキを使えば天上院にもできるよ」
「そんなことはないわ。少なくとも今の私には同じプレイができたとは思えない。しかも1回戦と2回戦であなた、違うデッキを使っていたじゃない」
「基本ギミック同じだから、そんなに難しくないって。万丈目だってできるだろ?」
「ぐっ…ふん、当然だ、ブルーアイズさえあればあれくらい俺だって…。」
「(自信ないのか)」
「簡単じゃないわよ。1ターンで最上級を何体もなんて」
「んー、最上級とかは関係ないけど、展開力は重要だと思ってるよ。なんか流行りはエースモンスターを置くことみたいだけど。」
「重要性は十分理解したわ。」
「神倉も展開力重視だったもんな。連続攻撃寄りだけど」
「おかげで1ターンキルされたわ」
「ご愁傷様」
「お前が言うな!!」
悪かったって。
しかし、今の話を聞く限り、デュエルモンスターズに関する姿勢に違いがあるのがわかる。
万丈目は単純なカードパワーにのみこだわってる。
それはブルーアイズにばかり注目していることや、シナジー0の【ヘル】なんてデッキを組んでることからもわかる。
それでここにいるんだから、よほど引きが強いか……筆記のみの頭でっかちか。
天上院はどちらかというと、デッキのギミックなどに主眼を置くタイプらしい。
それはプレイングからもある程度わかる。
【サイバー・ガール】デッキは回しにくいだろうとは思うのだが、まだ明らかにしていないギミックがあるのかもしれない。
楓はどっちかというと後者だと思う。
そーいや、楓はどこいった?と久遠は回りを見渡す。
いた。部屋の隅っこでぽーっとしてる。
「おーい、神倉」
呼びかけてみると、はっと気付いたようだ。
そのままこちらに寄ってくる。
「お疲れ」
「お疲れ様」
「あ…お疲れ様」
「どうしたの?ぽーっとしてたけど」
天上院も気づいていたらしい。
「うん、さっきのデュエル思い出してたの」
「ああ……確かにすごかったわ。魔法使いのラッシュにブルーアイズ、バトルシティの準決勝を見てるようだったわ」
「"伝説"同士の一戦だな。天上院君、見たことあるのか?」
「兄がミーハーでね、バトルシティのDVDが家にあるわ」
「うらやましい……今度見せてくれないか。」
「兄が持っていったから今はうちにないわ、ここの学生だから入学したら聞いてみるわ」
「(俺もよく見させられたな……モクバさんに。兄サマはすごかったんだぞーって自慢になる話題ばっかだったけど)」
そうして、しばし4人で歓談をする。
出身はどこかとか、いままでどんな大会にでたか、などなど。
そして、
「ところで、あなたたち知り合いだったの?」
話題は天上院の一言から久遠と楓のカンケイに移る。
「……あ、私達?元々同じ学校のクラスメイトだったの」
「んで、神倉にショップに連れられて、俺はデュエルを始めたんだ」
「昔は私の方が勝率よかったのにね」
「後半は結構盛り返してきただろ」
「で、私が2年前くらいに転校してして以来になるわ」
「え……しかし、神倉は最初『4年ぶり』って言ってなかったか?」
痛いところを突いてくる。
「(万丈目……意外と洞察力あるな……。が…空気読めてないぞー。)」
となるとここは誤魔化しの一手。
「まぁ、色々な。ところで万丈目」
「なんだ?」
「なんで天上院は『君』で、神倉は呼び捨て?」
「なぁっ!?う…あ…それは……」
急にしどろもどろになる万丈目。この反応は、久遠にとって誤魔化しのつもりが、当たりを引いてしまったか。
「なんだ、天上院に惚れたんか」
「あっさり言うなぁっ!!」
「え、ちょっと待って。そんなの困る……。」
「天上院君!!?」
ネタゲットー。と思ったが、あまりに哀れだ。このネタは封印することにしよう。
誤魔化すことはできたわけだし。
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「あらためて、お疲れ様でした。それではこれから説明会を始めます。」
先ほど、部屋まで案内してくれた試験官が、再びやってくる。
結構待たされたのだが、そんなに準備が必要だったのだろうか。
どうしてだか知らないが、久遠としては腑に落ちない部分がある。
そして、こういう嫌な予感はえてして大当たりしてしまうものである
合格通知日、合格発表後の入学手続きの期限など、入学までの手順を一通り聞き。
ランク制度のこと、寮のこと、罰則と校則の注意点の説明を一通り受け、それらも終盤に差し掛かったころ。
「ふぅん、これが今年の候補者か。去年に比べればマシな顔ぶれといったところか」
何の脈絡もなく、オーナーが入室してきた。
「「海馬瀬人!?」」
声をあげて驚く天城院と万丈目
「!!!!!????」
あまりの驚きぶりに声すら出ない楓
「……………。」
そして別の意味で声が出ない久遠。
しかしながら、それらのリアクションを気にかけることなくずかずか部屋に入って来て。
一発久遠を殴り、耳元で小さな声で
「あとで話がある。俺の部屋に来い」
ということだけ言うと、何事もなかったように中央の演台まで歩いて行った。
何の話題でこうなったかは考えるまでもない。
「まずはご苦労だった、審査員をしていたこの者に聞いたが、なかなか見どころあるデュエルをしていたようだな。」
「「「ありがとうございます」」」「…………。」
「さて、ここに俺がわざわざ来たのは他でもない、ここに残った者たちの顔を一度見ておこうと思ったのだ。我がデュエルアカデミアに入る意思があるのか?ということをな。さて、そこの黒髪の小僧」
「は、はい!」
「貴様は我がデュエルアカデミアに入る意思はあるか?」
「はい、あります!!」
万丈目は入学する気がありありらしい。
「ふぅん、返事はなかなかいいな。次、そこの茶髪の女」
「はい」
「貴様はどうだ」
「もちろんあります」
天上院も、有りか。
「そうか、次、そこの黒髪の」
「もちろん、入りたいです」
楓も。ノータイムで答えた。
どうやら、いまだに迷っているのは自分だけらしい。と久遠は一人思う。
別に、断る理由はないにせよ……こうも安易に進路を決めていいのか……と。
迷いの原因はそこにある。
受験前からモヤモヤとしていた気持ち。その霧は、こうして選択を迫られ、即座に道を選べる同級生を見ても、いまだに晴れない。
「ふぅん、結構。ならばお前たち3名に関してはこの場で合格にしてやる。喜べ、しかも特待生扱いだ。」
「……え!?」「まぁ!?」「……はい???」
突然のオーナーの発表にどうやら3人とも頭が追いついてこないらしい。
当然である、話題が唐突に過ぎる。
海馬を知る久遠ですら一瞬フリーズしたくらいである。しかし、これが致命的なミス。
本当の爆弾はここからだった。海馬はニヤリと笑い。
「よし、せっかくだから特待生として入学する貴様らに教えておいてやる。今日お前ら3人と共に試験を受けた鷹城久遠だが、実は最年少プロの『久遠帝』なのだ。俺のカードを使ってたのもそれが理由だ」
今度こそ。空間がフリーズした。完全に。
「はぁぁぁぁ!!!???久遠帝!!???」
「ええええぇぇぇぇ!!!??」
「………」
「………」
万丈目と天上院はこの上なく驚いている。
さすがに楓は知っているので、こちらでは驚かない。
一番長くフリーズしてたのは……勝手に秘密をカミングアウトされた久遠自身
「……………社長、待って。ちょっと状況が追いついてこないです」
「何だ久遠帝、今お前の正体をここにいる全員にばらしたところだ」
「久遠帝言わんでください!つかなんでそれをここでカミングアウトするんですか!!」
「よいではないか、そろそろ話題に乏しくなってきたところだ」
「お前そんな理由でばらしたんか!!?」
「誰に向かって物を言っている。ふん、それにお前のその態度でもはや認めたようなものだな」
だめだ、何を言っても通じない。
この男の唯我独尊差にはある程度なれたつもりだったが、深淵はより深みにあったらしい。
「それを踏まえてどうだ。お前もアカデミアに入学するか?」
「この状況でんなこと聞くんですか!?」
「この状況だからこそだ。もしお前が入ると約束すればこの話を広めることを禁ずる、入らなければ特に制限しない」
「脅迫じゃないですか!」
「ふん、雇われなのだから俺の言うように従っていればいいのだ」
「大概横暴だな!!……ったく、わかったよ。入ればいいんだろ」
「うむ、ではこの話は終いだ。あとはこの者に説明を受けろ」
それだけ言い残すと、颯爽と海馬は去って行った
「ふはははははははははっ」
と、高笑いを残して。
そして
「ハメラレタ……」
と残された久遠は落ち込むのだった。
最初っから、逃げ道なんてなかったのだ。
当然、残りの説明なんぞ耳に入ってこなかった。
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説明会終了後。
速攻で部屋を出ようとしたら。
「さぁ、話してもらうぞ!!!!」
「そうね、私も気になるわ。」
万丈目と天上院に捕まった。
まるでデジャビュである。剣幕が3倍増しになっていなければ。
「お前が久遠帝だというのは本当のことなのか!!」
「あなたが久遠帝だというのは本当なの!!?」
逃げ口はすでにふさがれた。もうこれは仕方ない
本当に…どこまで爆弾を落として行ってくれるのか。
「はぁ……わかったよ。おーけー、俺の負けだ。社長の言うとおり、俺が久遠帝だ。鷹城久遠の方が本名で、帝のほうはリングネームってことになってる。」
そう言ってパスケースからライセンスを取り出して見せる。こちらには登録名が印刷されているので、見せれば納得してもらえるだろう。
個人情報は内部チップに情報が入ってるらしいが、今は関係ない。
「……マジか……すごい……」
「まさかあの久遠帝がここにいるなんて……」
ようやく納得してくれたらしい。
というか、「あの」って何だろうか。
「そういえば、神倉さんは驚いていないのね」
「うん、私は知ってたから」
「店長経由か?」
「ううん、プロライセンス試験のデュエルを見たときにすぐわかった。」
「あれでわかったのか。久遠帝でやるときは基本変装してたのに。」
「うん、わかる。あの時と同じ目だったから」
「……そうか……。」
「うん……。」
若干のうれしさと、それ以上の物悲しさを感じる。
楓の言う「あの時」は、全ての転機の日のことを指しているのがわかったから。
「まあそれはいいや」
だから、そうやって誤魔化すしかない。
過ぎてしまったこと、どうにもならないのだから。
「そんで、これからどうする?俺はさっき社長に呼ばれたから会いに行かんといけないんだが」
「俺は……じゃない、僕は帰ります」
「私は、神倉さんとお茶しようかと思います。」
「今日の反省会をするの」
懸念はしてたが、やっぱりこうなるか。と頭を抱えたくなる。
社長はこの辺のフォローが全くないから困る。
こういうのに何度振り回されたか。
「万丈目、天上院、やめてくれ。今ここにいるのはただの同級生だ。俺が帝だとわかる前、そんな口調じゃなかったろ?」
「え…しかし。」
「帝として敬ってほしいなら、最初からもっとアピールしてる。だから、普通でいいんだ」
「……よし、わかった」
「おう、それでいいんだ。お前がかしこまるとなんか気持ち悪い」
「気持ち悪いって何だ。おいっ!!」
「ははは、まぁ春から同級生だ。そんときはよろしくな」
「ああ」「ええ」「よろしく」
受け入れてくれたようだ。よかった。
さて、社長に会いに行くか。
「じゃあ、行ってくる」
「あ、ちょっと待て」
「何だよ今度は」
「サインくれ」
万丈目……本当にさっきのわかってくれたんだろうか。
「あ、私も欲しいわ」「私も……」
天上院、そんで楓……お前もか
「お前らね……」
「同級生だろ?それくらいいいじゃないか」
「万丈目……早速したたかだね。」
結局迎えに来たKCスタッフに色紙を準備してもらうことになった。
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「瀬人様、久遠さんが到着いたしました、もうじきこちらにいらっしゃいます」
「わかった。」
KC社社長室
ちょうど自分の執務を一段落つけた海馬瀬人に部下の黒服が報告をする。
「しかしながら……よろしかったのでしょうか?」
「何がだ。」
「この2年、正体不明ながら圧倒的な強さで種族リーグを席巻してきた久遠帝、これまでどんなメディアがその正体を聞いてきても瀬人様もペガサス氏も明らかにしてこなかった男の正体を、あんなにあっさりとばらしてしまって」
「ふん、最近生意気にも態度が増長してきておったからな、いい薬だ」
と、高笑いする海馬。
部下は困った顔を一瞬し
「瀬人様……それはあまりにも……」
「いいのだ。別に久遠帝の名前を隠すことに俺もペガサスも執着していない」
「……と、いいますと?」
「我々の目的は久遠帝の名に地位を与えるということだけだ」
「どういう意味ですか」
「久遠帝を隠すことは話題つくりのためではないのだ。結果的に見たこともないプレイングをする謎のデュエリストという形になったが、それは結果論にすぎない。」
「はあ…」
いまだに話が見えてこないようだ。
海馬はふんと鼻息一つで続ける。
「考えてもみろ、何の後ろ盾もないものがそんなデュエルをしたらどうなる?確実に迫害の対象となる。デュエルと関係ないところでな」
それは今までの数多の歴史が証明している。
「!!では」
「大きすぎる力をふるうにはそれなりの立場が必要だ。そのための我々のバックアップだ」
「しかし、それでよいのですか?」
「何がだ」
「今の話を聞くとKC社、I2社に全くメリットがないように見えますが」
「プロ1人余計に飼うのなどそこまで大事ではない。しかも結果的にやつは活躍し、少なからずわが社に利益を与えている」
「そうなのですか?」
「そのため、すでにいくつかの企業が追加スポンサーを申し出ている。つまり久遠の『謎』による不気味さより久遠の『強さ』を買っているものが現れ始めているのだ。あとはそうなれば問題は『久遠』ではなく『鷹城』だ。一定の地位を得たものが奴だと広めることで『鷹城』にも自由が与えられる」
目を閉じ……何かを思い出している海馬。
「2年、いや、俺達が見つけた時から数えると4年か。そろそろ自由を与えてやってもいいだろう」
「それを本人には?」
「伝える気はない」
「そうですか」
「力をもつものは、それ相応の道が与えられるべきだ。しかし、その道には困難が伴う。あの小僧は自然とその道を拒む悪癖がある。大人としてはその尻を蹴りだしてやるくらいはせんとな」
「あなたがいうと重みが違いますね」
「野望がないというかその点は相いれんがな」
といって静かに笑う。そろそろ来るころだろう。
今日はどのようにからかってやろうかと、童心に返ったようにわくわくしているように見える。
普段近づきがたい雰囲気を持っている主をこのようにする存在、鷹城久遠。
海馬本人は気付いていないのかもしれないが、この出会いはお互いに益となったのだろう。
「それでは、お連れいたします」
「うむ」
部屋を引き差がりながら、黒服…磯野はそんな風に感じていた。
そうして少年は進み始める。
新しき道への1歩を。
それはまだ今は敷かれた道。
守られた存在であるが故に歩くことができる道。
それを祝福だと知る由もないままに
次回「アカデミアへ」