遊戯王GX-至った者の歩き方-   作:白銀恭介

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幻想と真実と(前篇)

 夢を、見ていた。

 幼いころの、夢だった。

 

 夢の中の自分は、走っていた。

 目的地が何処なのかは、考えるまでもなかった。

 大好きなデュエルを心置きなくできるのは、今の自分にとってはそこだけだったから。

 デュエルをしてくれる、友達は、そこにしかいなかったから。

 

 目的の場所が、もうすぐなのがわかった、

 隣の町の、寂れかけた小さなカードショップ。

 目的の人物は、そこにいるのだ。

 

「やあ、またきたね」

「うん、来たよ。みんなは来てる?」

「うーん、まだ来てないかな?」

「そっかー」

 

 どうやらはやる気持ちが想像以上に早く自分をここにたどり着かせてしまったらしい

 周りを見ても人はまばら、しかも皆思い思いの相手と決闘(デュエル)をしている。すぐに自分の番は回ってこないようだ。

 仕方なく、ショップに売っているカードを眺めることにする。

 とは言え、毎日のように通い続けているカードショップ、どんなカードがあるのかなんて殆ど知っている。

 

「ねー、店長。なんか新しいレアカードない?青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)とかさぁ」

「馬鹿言うなよ。青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)なんか手に入るわけないだろう? 仮に手に入れるチャンスがあっても買えないだろう?」

「そうだけどさぁ、やっぱ生で見てみたいじゃんか」

「そうだけどね。あんなの僕にだって買えないよ」

 

 そんな話をしていると――

 

「こんにちは」

「……こんにちは」

「はい、こんにちは」

 

 年の頃は、自分と同じ。

 一人は、活発に見える肩あたりまでの髪型の少女。その内には、熱い投資と勝負へのこだわりを持っていることを、少年は知っている。

 もう一人は、おとなしい少年。少女に手を引かれるようにショップに入ってきたことからも、その少年の普段からの様子が見えてくるようだ。実力的には少女や自分に及ばないながら、時々そのプレイングに驚かされることもある。

 

「お、来たか! 今日も決闘(デュエル)やろうぜ~」

「隣町なのに何でこんなに早いの?」

「待ちきれなかった!! 決闘(デュエル)しようぜ!!」

「うん、そうだね。それじゃ十代君、あそ――」

 

 不意に夢が途切れる。

 それを不思議に思うよりも早く、次の瞬間に走る腹への鈍い衝撃。

 

「わわっ!!何だ!? つーかいてぇ!!」

 

 飛び起きるように目を覚ます。

 そのまま周囲を確認する。

 ここはデュエルアカデミアのレッド寮自室ベッドの上。自分の名前は遊城十代。

 ここまでは認識に相違は一切ない。問題はここからだ。

 

 自分の腹の上には対象の書籍。大きな辞書もある。先ほど感じた衝撃はこれだったか。

 いったい誰がこんなことをしたのかとベッドの外を見て文句をつけようとする。

 

 そこには

 

「やあ、じゅ~だ~いく~ん(Ju-Die-Kun)。あ~そ~び~ま~しょ~」

 

 夢の中のオドオドした様子はどこへやら。

 同じセリフで、全く違う威圧感で。辞書やらなんやらを落とした時であろう手の形そのままで、怒りのオーラを纏った鷹城久遠が笑顔でそこに立っていた。

 

 

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 話は、数分前に遡る。

 時間は、夜遅く。アカデミアからレッド寮へと移動する道中である。 

 

「悪いな、突発で」

「いや、それは別にいいんだが、まだ依頼の内容も聞いてなんだが」

「……それで依頼を無条件で聞いてくれるか。いや頼んだ俺が言えた義理じゃ全然ないんだけどさ。ちょっと勉強見てやってほしいんだわ、十代の」

「十代の?」

「なーんか教師に目をつけられてるポイんだわ。ちょっとその関係でトラぶったことがあってさ。とりあえず階級上げときゃ目もつけられないかな~と。礼はするよ」

 

 あの時、女子寮に呼び出された一件。

 その時は多少気が動転しており、冷静に観察、考察することができていなかったが、あの日、あの時に十代が呼び出されたこと――結果的にそれに食いついたのが翔だったにせよ――は、やはり何らかの明確な悪意のもとに成されたとみなしていい。

 呼び出しの偽ラブレター、女子に発見されうる場所の指定、中庭への侵入を可能にする切られたチェーン。それぞれ明確な目的があってのことだろう。

 もしかしたら、あの場にその犯人が忍んでいたのかも知れないと思うと、つくづく周囲の観察を怠ったのは痛手だといえる。

 

 それを踏まえて、なぜ十代なのか。

 アカデミアの階級社会は重々承知の上でも、入学数日の話である。十代に対して恨みを持つ人間などたかが知れている。そして、そのどれもが、ブルーに属する陣営のメンバーであることには疑いの余地がない。

 

 だから、手っ取り早く十代を昇格させておけば、風当たりも収まるのではないかという目的があったのだ。

 そこで、入試1番と聞いているラーイエローの同級生――三沢大地に声をかけた次第である。

 

「君の友人で成績優秀者ならば神倉楓が居るだろう?」

「楓はパス、今回は声をかけてもない」

「何故だい?」

「逆質問で悪いが、夜遅くに、女子を、一人、男子寮に連れて行こうって行為が問題にならないとでも?」

「ああ……そうか、すまなかった。」

「や、いいんだよ。ただ、一生徒だったら問題にはなっても注意で済むかもしれんけど、これでもいろいろスキャンダルとかには気を使わなきゃいけない立場でね」

「そういうものなのかい?」

「そりゃそうよ。有名税の節税は日々の後ろめたいことなき生活から来るんだぜ?」

「ふむ、なんだかやけに真剣に言ってるが、過去に何かあったのかと思ったが」

「そ、ソンナコトナイデスヨ~」

 

 そんな他愛のない話をしながら、目的地であるレッド寮へとたどり着く。

 

「十代の部屋は……、たしかここだな」

 

 特に了解を取るでもなく、そのまま扉に手をかけて開きながら。

 

「おっす、入るぞ」

「さっきの日々の後ろめたい云々はどこに行ったんだい?」

 

 三沢のツッコミはスルーする。確かに失礼な行為かも知れないが。

 

「どーせ集中して勉強なんかしてないだろうからな…………ほらな」

 

 扉を開けると、そこには想像以上の光景が広がっていた。

 中には3人分の人影。しかし、机に向かっているのはただ一人。

 一番上のベッドにいる人影は、何やらごそごそとしている様子。どうも机にこそ向かって位はいないものの、何らかの勉強をしている様子。

 まあ、これはいい。勉強のやり方など、人それぞれだ。

 

 もう一人、ある意味この相手が目的の人物ではあるものの、その相手はというと、ベットの中で大いびきをかいている。

 夜とは言え、まだ時間も浅い。試験勉強に勤しもうというものならば、間違いなく起きていなくてはならない。

 

 唖然としすぎて一瞬フリーズする三沢。しかしながら久遠は特に気にするでもなく、部屋に入り、教科書と辞書を取り出し、机の前で何やら怪しい風体で祈りをささげている翔をスルーし。机の上で早くもほこりをかぶり始めている十代の子女も合わせて重ね――ためらいなく十代の腹の上に落とす。

 

「ぐぉふっ!!」

 

 おおよそ、人から出てはいけないような効果音の元に書籍が十代に腹の上にヒット。

 そのまま5秒程しただろうか。

 

「わわっ!!何だ!? つーかいてぇ!!」

 

 慌てて飛び起きる十代。

 しかしながら、あれだけの声を出しておいて『いてぇ』で済ます十代も大概である。

 一方で、それを行った当事者といえば

 

「やあ、じゅ~だ~いく~ん(Ju-Die-Kun)。あ~そ~び~ま~しょ~」

 

 その久遠から発せられた怒りの声に

 

「(こ、これが世界を制した久遠帝の真の力か……なんという禍々しい力だ)」

 

 どこか勘違いした三沢大地。歳不相応に冷静な少年も明後日の方向に勘違いする程度には、この状況に動転していた。

 

 

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「試験前夜に寝てるとかありえなくね?」

「いや、実技で挽回すりゃいいかと思ってさぁ」

「これだよ、なんとかしてくれないか?」

「十代。それは筆記を精一杯やって、それでも及ばなかった人間が言っていい台詞であって、最初から筆記捨てたやつが言っていい台詞じゃないからな」

「お、何だ、三沢。居たのか?」

「居たんだよ!!」

「もう、アニキは仕方がないなぁ」

「えー……お前が言うんだ……」

「君も、試験の前日に何をしてるかと思ったら、変な祈りをささげてるだけじゃないか、あれはいったい何の意味があるんだい?」

 

 早朝のドロー訓練やってた奴が何言うんだよって話なのはこの際スルーしておくことにする。

 ただでさえ残りの一人机に向かっていた翔のやってたのが怪しいことこの上ない儀式だったのだ。これ以上突っ込みを入れて脱線しようものならいよいよ勉強時間がなくなる。

 

「やめよう、三沢。疑問に思う部分はひっじょーに多いが、それを一つ一つ解き明かしてたら夜が明ける。」

「そ、そうだな。時間はさほど多くない。それで、君たちはどこまで試験勉強やったんだい?」

「……それも聞くだけ無駄な気がするなぁ。もうしょうがないからとりあえず必ず出るとこだけ突っ込むしかないんじゃないかな? 予想は?」

「まぁ、大体は」

 

 試験勉強の作戦を練り始める久遠と三沢。

 最早完璧を求めるのは不可能と早々に判断してあっさりとヤマを張る作戦に切り替える。

 

「なあ、翔。久遠たちはいったい何の話をしてんだ?」

「さぁ……よくわからないっす」

 

 一方で、当事者にも関わらずおいてけぼりの二人。

 そうこうしてるうちに、久遠と三沢の作戦会議が終わる。

 

「……ん、そうだな。正直俺の予想よりも裏付けがきちんとしてるから三沢案のほうがいいかな」

「そうかい? 特待性らしからぬ言葉じゃないか」

「座学はトップじゃねぇもん、俺」

「そうか、彼女がいたな」

「どっちが勝つかな? ま、俺もなるべく離されないようにはするけど。……で、だ。そこの二人」

 

 不意に三沢との会話を打ち切ってぐるりと顔を二人のほうにむける。

 その表情は、その直前の発言に含まれた重苦しさとはまるで異なり、笑顔。

 ただし、その笑顔は、二人から見れば、まるで悪魔のほほえみ。

 

「今夜は寝かさないぜ?」

 

 かくして、オシリスレッドの一室から、悲鳴と怒号が深夜まで続く異様な一夜が始まった。

 

 

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「…………で、来ねぇとか」

「夜遅くまでやりすぎたかな?」

「同じ時間まで付き合った俺らがこうして来てる時点で、その言い訳はねぇわ」

 

 一晩明けて、アカデミア講堂。

 試験の座学を後数分に控えて、呆れ顔を隠すこともしない久遠と、困惑している三沢。

 ある意味で、アカデミア一年生における有名人の二人が頭を抱えているその光景。しかしな がら高校最初の試験前という空気から、それを気に掛けるものは、教室中にはいない。総じて、普段通りから対して逸脱しない授業前の光景が、そこにはあった。

 

「おはよう。どうしたの?」

「やあ、明日香。……アホが来ない」

 

 朝出合い頭に身もふたもない反応を返す久遠。

 一方でそんなものにはなれた様子で、大体の状況を察する明日香。

 

「アホって……」

「十代? 寝坊なんていつものことじゃない」

「アホで誰か判るのか、別にいいけど。つーか、試験当日じゃなかったら俺だってなんも言わんがなぁ」

「いつもなら気にしないでしょうに、今回はまだどうして?」

 

 そこで、昨晩三沢に対して行った説明を再度行う久遠。

 その説明に思い当たるもの――数日前の騒動を思い足して苦笑いをする明日香。

 そこに――

 

「間に合ったッス~」

「あら、翔君」

「間に合ったか」

 

 息を切らせながら翔が教室に飛び込んでくる。

 既に時間はギリギリ。にも関わらず後続が来る様子はない。

 そもそも普段からして弟分だからか十代の後ろにいる翔が一人で来るということが既におかしくはあるが。

 

「十代はどうしたんだい?」

 

 同じようにそれに気づいた三沢が、翔に問うも、

 

「ボクはハードボイルドデュエリストを目指すんス」

 

 等と言う答えになっていない答えが返ってくる。

 

「どういう意味か分かるかい?」

「さぁ? 考える気も起きねぇ」

 

 お互いに顔を見合わせても答えは出てこない。

 

 そこで不意になるチャイムの音。

 アホ(十代)は、まだ来ない。

 

 

 

 

------------

 

 

 

 結局十代が来たのは試験開始30分のあと。

 そこで試験もそこそこに居眠りしていた翔と十代、絡んだ万丈目の間に試験中にいざこざがあったが、とりあえずはつつがなく終わった。

 

「ZZZZ……」

「ZZZZ……」

 

 兄貴と慕う人間を置いて試験に来た男と、30分遅刻してきた挙句速攻で睡眠に入った二人を除いて、試験会場だった教室には人はいない。

 

「起きろ二人とも、試験はもうとっくに終わってるぞ!!」

「……三沢、なんだかんだ言って面倒見いいよなぁ」

「……それに付き合ってる久遠君も大概だと思うけど」

「お疲れ。筆記は……聞くまでもないな。明日香達は?」

「お昼ご飯の調達と、新カード欲しがってるジュンコたちに連れられて行ったよ。明日香も見るだけ見てみるって」

 

 がらんとした試験会場に残るのは5人。

 内部特待生でもある久遠と楓、試験に来たはいいが、速攻で眠りに落ちている十代と翔。それらを必死に起こしている三沢である。

 

「やっちまったぁ……何のために勉強したんだか」

 

 させられた、の間違いだろうとはツッコまない。

 

「気にすんなよ、午後からの実技が本番よ」

 

 もう何も言うまい。

 

「やっと起きたか。君たちは購買に行かないのかい? 新カードが購買で発売されるらしいが」

「あああああぁぁぁぁぁぁ、しまったッス。アニキ、早くいかないと~」

「三沢は行かないのか?」

「俺は今のデッキを信頼してるからね、むやみにデッキを崩すことはしたくない」

 

 テーブルに手をつき、足をクロスさせて立っているのは決めポーズなのだろうか。

 とりあえず、これもスルーすることにする。

 

「新カードがどんなカードで対策が必要か考えるだけでも情報にはなると思うけど?」

 

 そんな楓の言葉に

 

「なるほど、そういう考え方もありか。ならなぜ君は行かないんだい?」

「春の大会の入賞商品で先行入手済み。30パックぐらい」

「なるほど、久遠は?」

「I2社でテストプレイからやってる。段ボールで20箱くらい未開封だ」

 

 他の場所と比べてもKC社直轄でもあるアカデミアは確かにカードを他と比較しても早くに入手できる場所ではある。

 が、それでもカードを製造供給するI2社直轄の大規模な大会や、そもどもスポンサーでもあるプロデュエリストと比較するならば、優先度は次点といわざるを得ない。

 

「なるほど、そういうことなら見るだけ見てみようかな」

「お薦めするよ。場合によっては今日の試験にも生きるかもしれないしね」

「じゃあそろそろ行こうか。ぼさっとしてたら昼飯すら食いっぱぐれる」

「おうっ!!行こうぜ」

 

 何だかんだと5人の大所帯での移動となった。

 そのまま、教室を出ようとした瞬間

 

「おっと、失礼」

 

 ちょうど廊下を駆けてきた人影と交錯しそうになる。

 慌ててよけ、ぶつかることこそなかったものの、その姿を改めてみると、学ランにひ一昔前の学生帽といった、あからさまに不審者のそれ。

 

「すみませんのーね、ってギョギョ!? シニョールは公欠のはずデーハ?」

「……?」

「そ、そうそう、こんなことしてる場合じゃなかったノーネ、急ぐノーネ」

 

 こちらの疑惑を挟む間もなく、駆けていく不審者。

 それを後ろから覗き込んだ三沢から疑惑の声が上がる。

 

「なんだい? 今の不審な人影は」

「……さぁ?」

「警備員を呼んだほうがいいか?」

「いんじゃね? 多分大したことにはなんないとおもうなぁ」

 

 予定が変わって出席こそしているものの、当初の予定では仕事の兼ね合いもあり公欠の手続きを出していたことを知っていた事実。

 何よりも、あのしゃべり方。

 まあまず間違いなく対象は絞られる。

 

「(今度はな~に企んでんのかね?)」

 

 おそらくはターゲットになっているであろう同行者の方を一瞥するも、当の本人はといえば、なんのことだかわからない様子で、おそらくその興味はといえば、完全に購買のほうへと向かっている。

 

「(ま、何とかするか)」

 

 根拠はなくとも、なんとなくそうできてしまいそうな気にさせてくれるのだから、遊城十代という少年は不思議なのである。

 

「あん? なんだ久遠(くどう)、来てたのか。お前、公欠じゃなかったか?」

「??」

 

 不審者が去った方向とは別方向から、またも声。

 振り返ると、初回の授業で挨拶をしていた特別講師。確か名前は――

 

「九条せん……生」

 

 久遠(くどう)と呼ばれて、かつ入学式の時に同業者だと知らされて、一瞬『選手』と呼びそうになり、慌てて修正。

 九条四鬼(くじょう しき)。確か男の名はそうだったはずだ

 国内の試合を離れてしばらく、かつ落ち切った国内ランキングでは未だ相見えることのない相手たった。

 

「お前たちは先に行くといい、俺はこいつと話がある」

「え……でも……」

「いいよ、先行ってくれ。いい加減時間も余裕がないから」

 

 渋々となかなか引き下がらない楓たちを促すように先に行かせる。

 完全に足音が消えるまで数十秒、後に残ったのは2人のプロデュエリスト。

 

「さて、どう呼べばいいですか? 九条先生? 九条選手?」

「人目のある所ならともかく、今は誰も見てないんだ、どうだっていい。それより、どういうつもりだ?」

「はい?」

 

 教師と生徒、大ベテランプロと若手の関係、いずれにせよ久遠として相手に本来の性格、すなわち仲間に接する時のような、あるいは敵と相対する時のようなそれをを出す場面ではない。

 自然、もともとと何も変わらない表面上のやり取りとなる。

 

「何が悲しくて今更アカデミアの試験など受けようというのだと聞いている」

「よくわかりませんが、アカデミアの生徒だからというのは……回答になってないですよね」

「当然だ、そんなわかり切ったことを聞くためにわざわざお前を呼び止めたいなどしない」

「じゃあ、どういう意味ですか?」

 

 久遠の逆質問に、九条は盛大にため息をついて

 

「今更、こんなとこで試験を受けることに何の意味があると聞いているんだ」

 

 それを、さも当たり前のように、なぜこんな事も判らないんだといわんばかりの態度で、告げてくる。

 

「仮にもプロデュエリスト養成を専門にしているアカデミアの講師をしている立場で、その発言は不味いのでは?」

 

 冷静に返す久遠。

 

「間違ったことを言ってるつもりもねえよ? そもそもここはプロになる奴を見出し、育て、試す場所だ。すでにプロ、しかもトップランカーに現役で居座っている奴の、何を試せって話だろうがよ」

「それは……」

「『久遠帝はやっぱり強かったね』、なんぞ今更わかり切ったことを測るのか? ほかの生徒に『君たちの同年代にはこんなとんでもないのが一生立ちふさがってるんだ』なんて残酷な現実を突きつけるのか? 自分がプロたちの間で何て呼ばれてるか知らねぇわけじゃねぇだろう?」

「…………………………。」

「そもそも論を言や、べつにこっちについてはクビになったところで痛くもかゆくもねえけどな。プロ活動で得られる金に比べりゃ賃金も微々たるもんだし、恩人の顔を立ててやってるに過ぎねぇ」

「ってことは、やはり……」

「わかってんじゃねぇか。名目こそ技術指導に来てるプロっつーことにはなってるが、結局のところ、アカデミアはお前を持て余してるってのが現実だ。俺は、そのために呼ばれた。」

「持て余す? たかが15のガキを? そんな馬鹿な!」

「教師に現役プロなんているもんでもないし、元プロといったところで全教師の半分が精々、そいつらにしたって世界ランカーが居るってもんでもねぇ。そんな奴らがお前さんに指導するなんぞ何の冗談だって話だ。現実は権威がものをいう階級制度のアカデミアにあっても、実力社会を謳っている場所で、それが誰の目にも見える形で突出してるお前さんは、すでにアレ(・・)を教師に対してやっちまってることになる。」

 

 九条の言う『アレ』が、先の久遠の異名とリンクして、言葉に詰まる。

 

「正直な、権威主義が横行しまくってる今のアカデミアは1%の天才と99%の凡才といっても過言じゃない有様だ。雇い主はお前さんくらいの年から負けてようが折れようが再び這い上がれるだけの気概にあふれた人物だったと聞く。が、大よその人間はそんな風にはできてねぇのよ。お前さんを他人として鑑賞するのならよくても、戦う相手としたとき、何が起こったかなんて、ここでいう必要もなかろうに。そんな99%に現実を見せようって崇高な意思があるでもなく、ただ『てめぇが居たいから』なんてしょーもねえ理由で喰らわれる(・・・・・)身にもなってみろってんだ」

「…………………………………………。」

 

 言葉は、返せない。

 目の前の相手が自分に指示しているのは、明確な、自分の意思に対しての否定。

 想いがあって、ここにいることを決めたのに。

 それを否定されたというのに。

 

 ――言葉を、返すことができない。

 

「俺たちの居る『プロ』って場所はその責を『敗者』に負わす。強いことが絶対的な正義な世界だから、客はお前を否定しない。だから、お前は『夢喰らいの悪夢(ナイトメア)』で生きていける。でもそれは、客が俺たちの世界を外から見てるから『観劇者』だからに過ぎねえのよ。それが『当事者』になる世界は、誰もお前を肯定してくれない。魔物は、排斥される道しか残らない。」

 

 そう、『夢喰らいの悪夢(ナイトメア)』。 それこそが、いつしか久遠につけられた仇名だった。

 いかなる才能も、いかなる努力も、いかなる対策も、いかなる賭けも、その全てを制し、喰らうプロデュエリストたちにとっての正真正銘の悪夢の光景を生む存在。それと闘わなくてはならないという悪夢のような現実。

 

 デュエリストキラーたる(エックス)が、デッキとの信頼を喰らってデュエリストを殺す存在なのだとしたら、『夢喰らいの悪夢(ナイトメア)』久遠帝はあらゆる希望と努力を喰らってデュエリストを殺す。

 いつしか、そう揶揄されるようになっていった。

 

「ま、俺が言ってんのはお前と同じプロとしての目線で語ってるだけだから、杞憂かも知れんがな」

「……。」

「そもそも、あーしろこーしろなんつーのは無責任な立場だからこそ言えるってもんだしな、俺にはお前さんに対してそこまで踏み込んだアドバイスなんぞできねえし、する気もないのよ」

「……。」

「ま、お前が居場所をなくすまでの猶予期間はどれだけかは知らんが、残ってるだろうしな。そのまま身の振り方を考えるのもいいことなんだろうさ」

 

 それだけいうと、こちらの応答を待つこともなく、九条は立ち去る。

 あとを、立ち尽くしたまま見送る久遠は、何も、言葉を返すことができなかった。

 

 ――それは、散々目を背けてきた現実を、余すことなく突きつけられてしまった一言。

 

 それから、自分がどうして先行したメンバーに追いついたのかも、その後、昼に何を食べたかも、どんなやり取りをしたのかも定かでない。

 その間、渦巻いていたのは、九条の言葉。

 その問い、指摘に対して返す言葉を、いつまで考えていても、出すことができなかった。

 

 

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 それから、どのようにして昼休みを過ごしたのか、まるで覚えがなく。

 ただ、昼休みを明けて午後の実技試験が始まっている現在、周りに誰もいなかったことから、おそらく九条と別れて後、一人で過ごしたのだろうということは推測できた。

 なぜ、そうしてある程度の冷静な判断が事後とは言えできているのかといえば、何のことはない。自分の実技試験の番が近づいていて、短くないデュエリストとしての本能というか習性で落ち着くように心掛けていたのが、この場でも発動していたに過ぎなかった。

 

「(職業病とは言え、因果なもんだねぇ)」

 

 無理に意識がデュエルに戻ってきたことで、それまで必死で考えてきた内容が霧散してしまう。 

 仕方なしに、スタジアムの観覧席の片隅でフィールドを眺めると、定期試験とは言え、あちらこちらのフィールドから白熱したデュエルが繰り広げられている光景があった。

 その中には、見知った顔がいくつもあった。

 イエロー同士でデュエルをしているらしい三沢は安定した戦いぶりで勝利を目前としている様子。

 少し離れたところで、明日香と楓。得意の速攻をいなして場は伯仲といったところか。

 レッドのほうを見れば、翔が勝利を収めてはしゃいでいる。

 そして、中央付近を見れば、十代と万丈目の勝負。おそらくはクロノスの差し金だろうか、レッド対ブルーの異常な組み合わせながらも、進化する翼でハネクリボーをLV10に進化させ、VWXYZを破壊にかかる、起死回生の一手が見えた。

 

 勝った者、負けた者、今まさに勝とうとしている者、負けようとしている者。

 ここには、いろんなものがある。

 今はまだ、願いが成就するかどうかもわからない、未来に輝くかどうかもわからない原石が、ここにはあるのだ。

 それを、壊すことが、無慈悲に砕くことが、自分に許されているのだろうか。

 いままで、理解こそしていたものの、あえて頭の片隅に追いやっていた問いを、不意に突きつけられた。

 ただ、それだけのことだったのに。

 

 迷いは晴れず、時間は進む。 

 答えは出ないまま、久遠の試験の順番は、刻一刻と近づいていく。

 

「………いっそ――」

 

 ――試すか 

 

 つぶやきが漏れたのは、僅か。

 手に取るのは、封じることを決めたカードたち。

 世界大会で、使うかを迷ったデッキ。

 それを手に、久遠はステージへと進む。

 それが、何をもたらすかわかっていたのに。

 2年以上を費やして、やっとこの場に戻ってきたのに。

 答えの出ない迷いは、異端をさらなる修羅へと突き落とす。

 

 

 スタジアムに出た瞬間に浴びる視線。

 いつ度となく受けてきた視線は、それがどれだけのものであっても、慣れるのに十分な時間を経てきた。

 目の前の相手が待つ場に歩みを進める。

 一瞥するに、女子生徒。留学生だろうか、日本人の顔だちではなく、知った顔ではない。少し前まではどんな相手だろうかと、興味を持ったのかも知れないが、どうでもいい。

 どうせ、数分の後にはこれまで相手にしてきた数多のプロデュエリストと同じく、忌避するようになるのだ。

 だから、どうでもいい。

 

『やっと来たのね!!! ここで会ったは百年目、今日はアンタを倒して、あの人に認めさせる!!』

「…………………」

 

 何やら叫んでいるが、全く頭には入ってこない。英語だからというわけではなく、ただ、相手に注意を向けることができないだけだ。

 初っ端から敵意前回は珍しい。

 だが、注意を向けることはなく、デュエルディスクのセットアップを開始する。

 

『アンタの連勝記録を打ち破るのは、この私!! あの人にもできない久遠帝討伐の実績を使って、私はプロへと進む!!』

「…………………」

 

 デュエルディスクの起動を待ち、デッキをシャッフルする

 どうせディスクのほうでもやってくれる挙動だが、テーブルプレイをすることもあるので、習慣化していた。

 

『ねえ!! 聞いてるの!?』

「…………………」

 

 相手のほうすら見ないままに、デッキをディスクへとセットしようとしたその瞬間。

 

「ワタシノ、ハナシヲ、キケェ~~~~~~~~~~~~~~~~っ」

 

 そんな大声の、片言の日本語とともに、目の前の女生徒がものすごい勢いで走り、そのままの勢いでジャンプ、飛び蹴りを食らわせてくる。

 もともと相手のほうを全く見ていなかったのもあったが、デッキをセットしようとしていた久遠は、その声に視線を相手のほうにやると、すでに視界に広がる、女生徒の足と、視界の恥に映る、制服とも肌の色とも違う別の色。

 それが何なのか判断する時間すらない。判断は一瞬。

 

「ぐっ、ぉっ!!」

 

 クリティカルに相手の攻撃をくらう。このタイミングでデッキを手放すことはできない。よければ相手は着地を見誤り怪我しかねない。それだけの勢いで飛んできたものを、結果として、受け止めることを選ぶ。

 全体重をのせた飛び蹴りといえども、女子生徒のそれである。多少声こそ漏れたものの、それで吹き飛ばされるということはない。

 うまいこと着地した女子生徒相手に、向かって。それでも冷静さを表に出して、相手に問う。

 

『なにしやがる』

 

 ある意味では当然ともいえる久遠の抗議に対して、しかしながら相手の女子生徒は怒りを隠そうとせず、早口の英語でまくしたてる。

 

『当然でしょうが!! 私がこんな極東の島国の、さらに隔離された島に来なくてはならなくなったすべての元凶がお前だってのに、その相手とやっとデュエルできると思ってきてみたら、相手のほうが明らかにやる気がない上に、無視するとか何の冗談よ!!』 

『あ? 何言ってる』

『私が日本のアカデミアに来なくちゃいけなくなったのは、あんたのせいだって言ってんのよ』

 

 今一つ要領を得ない。

 感情的になってるからか、話の前後もうまくつながっていない。

 

『言ってる意味がわかんねーよ。大体お前、アメリカ出身だろうが。そのままアメリカのアカデミアに行きゃいいじゃねぇか。あそこだって寮完備だからここと変わらねぇだろうに』

『私だってそうしたかったわよ!! でも、判っていても(・・・・・・)どうしようもない(・・・・・・・・)ことがあるのよ!!』

 

 そのフレーズに、あるデュエリストを思い出させる。

 幾度とのなく、そのフレーズを口にしつつも、決して挑むことをやめなかった男を。

 

 そうか、この少女は……。

 

『なるほど、わかった。お前は俺と『決闘』しようってんだな?』

『さっきからそういってるでしょう!!』

『OK、すまなかった』

 

 ディスクからデッキを取り出し、再度シャッフル。

 そして、その挙動の中で、相手に知れぬようにデッキを切り替える(・・・・・)

 

「(そうだよな、今更なんだよな)」

 

 2年前、あの事件のあと。自分が何を選んだか。

 力が要った。

 だから、2年を犠牲にして力をつけた。

 

 力をつける過程では、多くの敵を作った。

 敵だけでない。久遠を拒絶するものも多く目にしてきた。

 それを知っていたからこそ、さっきの九条の言葉が心に刺さったのだ。

 

 でも――

 

「(捨てることを選んだのは、もう過去の話だ。)」 

 

 多くを捨てることで、少しだけでも、この手に残すことを選んだ。

 その少しの中に、自分を対戦相手として選んでくれた相手に対して、正しく立ち向かうことは、あったはずだ。

 

「(迷うな、惑うな、後悔するな。そんなもん、一番最初に諦めてたはずだったろうが)」

 

 相手が自分にどんな背景を持っているかは、この際知る由はない。

 だが、知る由のないことはすなわち自分にはさして関係ないことだ。

 重要なのは、今相対している相手が、自分との血統を望んでいること。ただその1点。

 ならば、自分が成すべきは――

 

決闘(デュエル)しようってんならそれでいい。あとはどうでもいい。決闘(デュエル)を受けよう。お前の名前を聞いてもいいか?』

『ソフィア。ソフィア・ライト。覚えておくといいわ! アンタを倒す相手の名前を!!』

『OK、ソフィア。じゃあ――』

 

 捨てたものは、戻らない。

 故に、振り返ることは、最早ない。 

 前へ、前へ。

 その先に、何が待ち受けていたとしても。

 戻る道なんて、すでになかったのだから。

 

 賽が投げられたのは、遥か昔。

 だから、修羅の道を歩むのだ。

 

 そして、だからこそ。

 そんな中でデュエルをしようって者がいるのなら、相手に対しては敬意を以て。

 

「Get your game on(さあ、ゲームを始めよう)」

 

 そう、告げてやる。

 デュエルが大好きで大好きで仕方ない旧友が、かつて言っていたように。

 

 チラリとすでにデュエルが終わったスタジアムを見る。

 今から何が起ころうかとワクワクしている赤制服の生徒に、それを教わったのだ。

 憧れるべき、デュエリストの姿として

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 


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