遊戯王GX-至った者の歩き方-   作:白銀恭介

38 / 40
騒動の末に始まる目的なき戦い

 古びたオシリスレッド寮、その起き出しは非常に遅い。

 元々、オシリスレッドのレッドは『レッドゾーン』と揶揄する者もいるほどである。

 そこに所属する生徒たちにも、またどこかで上を目指すことを諦めている節があり、自然とその私生活も覇気のない者が多い。

 結果的に、その生活習慣も乱れた物となってしまっていた。

 少数の例外を除いて。

 

「…………ねみぃ……が、起きる時間か」

 

 階級上の所属こそオベリスク・ブルーだがレッド寮に仮の宿を持つ鷹城久遠はその数少ない例外と言える。

 社会人の朝は早い。

 学生でありながら海外を主戦場とするプロである久遠にとって、目が覚めてから一番最初にしなくてはならないことは、寝ている間に海外から届くメールのチェックから始まる。

 小規模、中規模の大会の解説番組のゲスト依頼、エキシビジョン戦の依頼と言ったような、スケジュールを調整して直接出向かなくてはならない仕事から、新聞や雑誌と言ったメディア媒体におけるコラムや解説記事の作成といった〆切を定めて行わなくてはならない仕事までその内容は多種多様である。

 世界大会に進出して数年、既に大規模な大会を制している久遠にとって、前者の仕事の数をある程度調整することには成功している。一方で、それに反比例するように後者の仕事が増えていっている。

 日本に帰還することで想定される仕事の増加も、目下それ以上の注目選手の来日のおかげで相当影響が抑えられている。

 全てはあのお茶目すぎる敏腕マネージャの手のひらの上だというのが若干恐ろしくもあるが。

 

 手早く身支度を整えて、まだ静かなレッド寮を後にする。

 久遠は自分の部屋ではあまり仕事がはかどらないタイプだ。カードが沢山身近にあるとすぐにデッキ構築に走ってしまう傾向がある。

 早めにアカデミアに行き、食堂かどこかで仕事をした方がいいだろう。

 

「(どうせなら朝食もそこでとるのもありか)」

 

 所属上はブルーであることから、レッド寮の食堂はなかなか使いづらいものがある。

 中等部時代から知っていたことではあるが、アカデミアにおける格差社会は生徒間の確執を副作用として生んでいる。ブルー生がレッドの食堂にいようものなら見下しに来たと勘繰られても仕方がない。

 別に敵対する気はないが、無用な波風を立ててまで食べたい食事のラインナップでもない。

 結果として、他の場所で食料を求めることとなる。

 

 アカデミアまではレッド寮が一番遠いながら、朝の散歩と割り切れば割と不快な物ではない。

 元々気候が安定して快適がアカデミア島でもあることも理由だろうが。

 とはいえ、歩きながらでもできる仕事は山ほどある。

 手持ちの端末で大量に届いたメールを眺めながら歩く。

 マナー的にはあまりよろしくはないのかもしれないが、朝早くて人がいないこともあるし、そもそも車も通っていない。さほどの問題はないのだろう。

 

「やあ、朝早いですね」

「…………?」

 

 まさかこんな時間に自分に話しかける人がいるとは思わなかった。

 画面から目を離して顔を上げると、昨日パラシュート巻きにしたラーイエローの生徒。

 

「あー、おはよう。2番くん」

「貴方も十代みたいにそれを言うんですか」

「……冗談だよ。三沢だったな。あらためて、昨日は悪かった」

 

 表情を見るに怒りはなさそうではあるが、それはそれだ。

 

「気にしないでください。怪我もなかったわけですし」

「そっか。つか、敬語要らんぞ。なんで一晩経って変わったのかは知らんけど。同級生にはそうしてもらってる」

「そう、かい? じゃあお言葉に甘えて。しかし、2番か……まあ確かに君は実績からしても俺を2番と言う資格はあるけど」

「いや、俺が言ってるのはちょっと意図が違う。三沢は筆記1位だったんだろ? ブルーにも筆記ダントツの生徒がいるからな」

「もしかして、それは神倉楓か?」

「知ってんのか?」

「中等部時代に見たことがある。アカデミア中等部出身としてはあのカイザーに並んで有名だよ」

「へぇ……」

 

 意外と言えば意外だった。万丈目が有名になるならまだしも、神倉楓というデュエリストが表舞台に立つことはあの政権下ではないと思っていたのに。

 

「そう言えば、三沢は何故こんなに朝早く?」

「朝練だ。折角アカデミアに入ったんだ。俺も目指すところは十代と同じさ。本当の意味で1番になるためなら、こういう努力は惜しめないな」

 

 成程、と久遠。

 アカデミアにはなかなかいなかった珍しいタイプである。

 カイザーや楓と言ったようないわゆる天才型が目立つアカデミアの中で、こういう地道な努力型というのは珍しい。才能は彼もまた持ってはいるのだろうが、周りを変えることができるのは、どちらかと言うとこういう対応なのかもしれない。

 

「そうか、それじゃあ俺は行く。またあとでな」

「ああ」

 

 そうして三沢と分かれる。

 漁った後で、三沢と分かれた方向から『アン、ドゥ、ドロー』と掛け声が聞こえ始めたが。あれが何の役に立つのかはわからなった。まあ、頭がいいはずなので後で聞いたら何か答えが出てくるかもしれない。

 ブルー男子寮の入り口で中等部時代に見知った顔を含む結構な数の女子たちが、誰かを待っているのを横目に見ながら、おそらく吹雪でも待っているのだろうと思い、久遠は校舎へと急ぐのであった。

 

 後日、気になって聞いては見たものの、全体的に理解できない久遠、楓と説を支持する十代、三沢と後に出会うことになるドロー力を鍛えるために山籠りまでした男子生徒で論争になってしまったのはまた別の話。

 

 

----------------------------------------

 

 食堂に入った時間は割と早めだったものの、意識を仕事から外したのはチャイムの音を聞いた瞬間だった。傍らに置いていた購買で買ったパンもほとんど手をつけていない。

 チャイムを聞いて、そろそろいい時間かと時計の方に目を向ければ、時刻は始業5分前。

 片付けと移動の時間を考えるとほとんど余裕はない。

 

「(やべっ)」

 

 状況把握後の行動は早かった。

 途中まで作成していた文書を保存後、即パソコンを終了処理させる。その間、残りのパンを口に放り込んで紙の書類をクリアファイルにとじ込み、ちょうど終了処理が終わったパソコンと一緒にカバンに突っ込む。此処まで1分。

 道中、携帯で進捗をマネージャに報告する。

 本来の目標では朝の時点で終わっていたかったが、ほんの少しだけ残してしまった。

 

「(しゃーない、内職でいいか)」

 

 内部生出身とはいえ、間違っても入学2日目の発想ではない。

 新授業開始まで、4分。初々しさを欠片も持っていない新入生の学園生活、ただ今スタートである。

 

 

 駆けこんだ教室にはまだ教師は到着していなかった。

 まずはギリギリセーフである。とりあえず空いている席について荷物を広げ始めつつ周囲を見渡すと、当然の話ではあるものの見知った顔が何人もいた。

 最前列の一番見通しのよさそうな席には、当然といった感じで万丈目がふんぞり返っている。

 昨夜の出来事で一瞬見せた彼の本当の想いは、今ここにある彼の表情からうかがい知ることは出来ない。

 

 ブルー生徒が主に集まっている席の中央には見る限り明日香と楓、そして二人の友人である枕田と浜口。後者二人は中等部で海外に行ってから後、久しく顔を見ていなかったが、楓とも中々仲睦まじくしているようだ。

 ただし、何人かの男子生徒がその周囲で互いをけん制しているかのような陣形をとっており、遅れてきた自分が、いくら友人だと入っても割り込めるような空気ではなかった。

 

 そう言えば、隣に座ってるのは誰だろうか?

 右の方をちらりと見ると、制服の色はぱっと見青。オベリスク・ブルーの生徒である。

 若干好ましくない状況かもしれない。中等部時代のこととはいえ、制裁決闘で現ブルーの生徒は一通り叩きのめしていることになっている。しかも相当のオーバーキルをした上で。

 これは不味いか? と思うと同時に、此方が席に着いたことに気付いたためか、向こうから声をかけてきた。

 

「あら、久遠様ではございませんか」

 

 意に反して、駆けてくる声には敵意はなく、むしろ透き通った声。

 女子生徒だったかと若干の安心をする久遠。

 中等部時代に同学年の女子トップだった明日香達、そして女子生徒の中で大人気であった吹雪や亮と付き合いがあったためか、男子生徒ほどに敵意を感じておらず、苦手意識も薄かった。

 

 実際には、中等部時代に新設された彼自身のファンクラブの影響も少なからずあるのだが、彼自身その存在を渡米と共に消滅したと思いこんでおり、その活動が尚活発になっていることを知らない。自覚がないのは本人ばかりなりである。加えて言うなら彼に対しての男子生徒の敵意はこの辺にも起因していたいるする。

 

 ともあれ、久遠をわざわざ様付けで呼ぶのだから、敵意はないのだろう。何の気なしに声の方向に顔を向けると。

 

「……紫さん?」

「はい、ご無沙汰しておりました」 

 

 1年生の教室にいるはずのない、上級生が当然の様子で座っていた。

 紬紫。中等部時代は特待生の一人だった生徒である。学年は1つ上、自分たちとカイザーこと丸藤亮達との間の世代に当たる。

 当然ながら、1年の教室にいる人間ではない。

 

「2年生の教室は此処ではないはずですが?」

「久遠様に会いたくて、こうして潜り込んでまいりました。」

 

 こういうことをする人だっただろうか。

 昔のイメージでは奥ゆかしいという言葉がこの上なく似合う人だったはずだ。

 同級生に毒されてねじが変な方向にねじ曲がったか?などと本人(石原姉妹の姉の方)が聞いたら殴られそうなレベルで失礼なことを考える久遠。

 その唖然とした久遠の様子を見かねてか、恥ずかしそうに言葉を添えてくる。

 

「……あの……冗談です」

「あ、あはは。そうですよね?」

「本当は、同学年になったのです」

「まだ続けますか!?」

 

 本格的に毒されてしまったようだと頭を抱える久遠。

 一度あの先輩とはきちんと話し合った方が良さそうだ。自分たち後輩の世代にも悪影響を及ぼしかねない。 

 そう決心する久遠。対して紫の方はと言うと、若干想定外の反応なのか、逆にどぎまぎし始めた。

 

「あ、いえ。久遠様?」

「はい、今諸悪の根源をどうするか考えているところです」

「それなんですが……私が同学年になったのは、冗談でも何でもなく本当のことなのです」

「……はい?」

 

 何やら風向きが変わってきた。

 

「昨年、体調を崩してしまい、出席日数が足らず、もう一度1年生として学園に通うことになってしまいました」

「あー……そういうことですか」

 

 留年。端的に言ってしまえばこの2文字だが、この文字の意味することは非常に重い。

 義務教育期間を終えた高校生において、制度上留年というものはなくはない。

 ただし、それが適用されることはというと、非常に稀なことである。

 成績不振なら追加課題などの救済措置などで助けられることもなくはないが、出席日数という絶対的な制度として運用されている基準に対しては、救済措置が取られていないのが常である。

 

 どうにも気まずい。特にギャグの一環だと思っていただけになおさら。

 しかし、一方で目の前の相手はと言えば、そんなことはどくふく風といった様子。

 

「でも、こうして久遠さまと一緒の教室で授業を受けられるようになったのですから、それもまた、一つの巡り合わせなのでしょう」

「いいんですか?」

 

 後悔は、ないのだろうか?

 このアカデミアにおいて、留年という事実は、すなわち『ドロップアウト』の烙印を押されたに等しい。元特待、しかも学年主席の彼女に、その烙印は厳しいものではないのだろうか。

 

「ええ、1年の廻り道こそしましたが、きちんと決闘ができるほどには回復しました」

「じゃなくて……」

「よいのです。例え正道から逸れようとも、今ここにまた再び道に戻れたのです。遅くとも、私なりの歩幅で歩くことができるのですから、その事実を幸福にこそ思えど、誰に対して恨みなど持ちましょう」

「…………そういう、ものですか」

「そういうものなのです」

 

 幼いころから駆け続けてきた久遠にとって、すんなりと身にしみてくる言葉ではない。

 それでも、目の前に穏やかな表情で居る女子生徒のその様子をみて、久遠は。

 

「……そっか、それでいいのか」

「はい」

 

 そういう歩き方があるのだと、知る。

 それは、多分。

 

「(俺たちに足りてないのは、多分、そういうものなんだろうな)」

 

 久遠帝として走ってこなくてはいけなかった、自分。

 その影を追うため、限界まで背伸びをし続けている、楓。

 焦るがゆえに、安易な道へと進んでしまった、万丈目。

 そして、高等部に入ってから、どこか落ち着かない様子をふいに見せる、明日香。

 

 四社四様ながらに、急いで、焦って。

 それゆえに、脆さと危うさをはらんでいる。

 何か小さな綻びで、すべてが台無しになりそうな危機感を感じながら、一方で。

 

「(あいつがいれば、なんとかしてくれそうな気がするのは……安易なのかね?)」

 

 どこまでもポジティブな少年が、それを和らげてくれそうな予感がしているのは、買いかぶりだろうか。

 

「(でも、お前はもうちょっとだけ危機感もっとこうな?)」

 

 息を切らせながら、教師の教室入りの直前に飛び込んでくる赤い制服の少年にを見て、少しの期待と、買いかぶったかという後悔の感情が入り混じったものを、ほんの少しだけ向けていたことに気づくのだった。

 

 

「静かにするノーネ、授業を始める前に、みんなに紹介する人がいるノーネ」

 

 教団の中央に立つクロノス。

 授業の始まりの合図にしては、内容がおかしい。

 紹介する人がいるのなら、通常なら入学式のときにでも紹介するのが常ではないか。

 ――参加はしていないが。

 

「入ってくるノーネ」

 

 扉を開けて、静かに入ってくる人物が一人。

 

「(あれは…………)」

 

 間違いない、中等部卒業式の日、校長室で会った、一人の男。

 言葉を交わすことはなかったものの、一瞬こちらに向けた視線が何となく気にはなっていた。

 

 しかし、他の学生の反応は全く異なるもので、ザワザワとどよめき出す。

 一方で、そのざわめきが何によって起こっているのかが分からず、困惑する久遠

 横を見ると先ほどまで話していた紫も驚いた表情でその相手を見ている。

 

「ねえ、紫さん。あれは……誰?」

 

 小声で聞いてみる。

 

「ご存じないのですか?」

「んー、特には」

 

 その男が何者であるかを紫が説明するのを先んじるがように

 

九条四鬼(くじょう しき)だ。実技担当の臨時講師を務めることになった。知ってる者も居るかも知れんが、プロデュエリストでもある。国内ランキングは4位だ」

 

 そう、説明をしてきた。

 

「(プロデュエリスト……ねぇ)」

 

 意図こそ読めないが、タイミングが良すぎる。

 すべてが自分に関わっているなどと自惚れる気はないが、それでも。

 思い起こされるのは3年前。アカデミアの長が敵に回った時。

 その時のような、言いようのない違和感がぬぐい去れない。

 

「久遠さま? どうかいたしましたか?」

「…………いや、なんでもないです」

 

 拭い去れない不安。

 でも、そこには何も根拠がなかったから。

 久遠はそう答えるしかできなかった。

 

 

----------------------------------------

 

 

「(んー……ありゃ、勘違いなのかな? いや、しかし……)」

 

 違和感を感じて以降、九条の様子を目で追いながら授業を受けていたもの、結果として現時点でのそれは杞憂としか言いようがなかった。

 彼は至って普通に、しかも、一度も此方に視線すら向けることなく淡々と授業をこなしていたのである。

 そうすると逆に混乱してしまうのは久遠の方。

 初めて会った時に感じた視線と、今まるで、久遠が居ないかのように授業をこなす九条の行動が、全く一貫していないのである。

 そればかり気になって、放課後に回してしまった仕事の進捗は思わしくなく、終わって学校を出た時間は夜遅くになってしまっていた。

 

 購買も終わってしまった時間だし、レッド寮の食堂ももう終わる時間だろう。部屋に何か備蓄でもあったかなと思いだしながら、自室への帰路につく。

 

 道中、そろそろレッド寮が見えてこようかという場所で――

 

「ああ、いいところに、久遠。ちょっと来てくれ、大変なんだ!!」

「どうした? つーか何でお前はいつもそんなに慌ててるんだ」

 

 慌てた様子で駆けだしてくる十代。

 入試、初登校と来てこれで走ってくる十代を間近で見るのは3度目である。

 

「そんなことはどうでもいいんだよ、翔が攫われたんだ!!」

「何だと!? 攫われた!?」

 

 入学早々大事件である。

 学生が昏睡したりといった事件は中等部でもあったが、こと誘拐となると中等部でもなかった事件である。

 ちなみに、学生昏睡事件の犯人は久遠自身である。

 

「……犯人から何か連絡はあったのか?」

「ああ、あった。」

「要求は何だ?」

 

 金銭か、カードか。

 それ相応の対価を要求されるのだろう。すぐに支援できる限りは手配に協力してやらなければならない。

 端末を手に取り、マネージャに連絡する準備をしながら十代に問う。

 

「女子寮に来いって言われた」

「女子寮に!? ……くそっ!! それで何を要求して来たんだ!?」

「いや、来いって言うだけだ!!」

「…………はぁ?」

 

 来いっていうのが要求? 具体的な引き渡し物の指定もなく?

 誘拐で直接会う? 全体的に何か雲行きが怪しくなってきた。

 

「なあ……それ本当に誘拐か?」

 

 少なくとも対価を求めない誘拐など聞いたことがない。

 

「さあ? そもそも翔を『預かった』としかきいてねーからなぁ?」

「ふーむ……とりあえず行ってみるしかないか」

 

 警戒こそ必要だが、とりあえずは相手の出方が分からないと対応策の練りようもない。

 

「ああ、ついてきてくれるか?」

「いいんだが、あと一つだけいいか?」

「ん? まだ聞く内容があるのか?」

「ああ、大事なことだ」

 

 行くことは決まった。状況は不確定だが、まずは出方を見なくてはならない。

 現状、十代から聞いてわかることと言えば、あとはたった一つ。

 

「……ごめん、そもそも翔って誰?」

 

 初めて聴く名前である。攫われた対象がそもそも誰だということである。

 攫われた対象すらわからない誘拐事件捜索、開始である。

 

 

----------------------------------------

 

 

「……で、何だ。俺はこいつを湖にでも沈めりゃいいのか? ん?」

「わーっ!!待て待て待てぇ~っ!!」

「待ってほしいッス~」

「ざけんな、誘拐だと思ったら実は単に覗きで捕まったとか人騒がせにも程がある」

「誤解なんスよ~~~」

「覗き、痴漢の類で容疑者に擁護の余地があると思ってんのか?」

「まぁまぁ、久遠くん。ちょっとは落ち着いたら?」

「被害者がお前らって時点で……てか、なんでお前らの方が落ち着いてるんだ?」

 

 捜索事件、到着後5秒で終了である。

 

 呼び出し先に行ってみれば、不審者は結局どこにもいなかった。

 居たのは楓、明日香に中等部で一緒だった浜口、枕田を合わせた4人の女子生徒と、入学式のときに名前も聞かないで別れたレッドの生徒が腕を縄で括られて立っていたのである。

 道中聞いた話だと、どうもこれが件のさらわれた『翔』らしい。

 開口一番、枕田が風呂を覗いたと言うや否や、久遠の対応は即この状況である。

 逆に、これで毒気を抜かれてしまったのは女子たちの方。

 結果として、助けに来た方(久遠)が止めを刺そうとし、被害者側(明日香)がそれをなだめるというどうにもおかしな現象になってしまっていた。

 未だ怒りが解けきれていない女子2名と、久遠をなだめる方に回ってしまった明日香とで状況を冷静に伝えられる人物が居なくなってしまったったため、普段は比較的デュエル以外で寡黙な楓が状況説明を始める。

 

「彼が言うには、ロッカーに明日香からのラブレターが入っていて、今夜女子寮に来るように指定されていたんだって」

「そのラブレターは?」

「これよ」 

 

 流石に付き合いが長い楓の説明なら素直に聞く気になったのか、当初程の怒りは見せなくなった久遠。

 そして久遠が怒りを一時的に納めると同時に明日香が泣きそうな顔をしている翔のフォローに回る。

 次いで楓から手紙を受け取った久遠はそれを見て、表情を変える。

 

「……字、汚くね?」

「うん、本人もそう言ってた」

「後さ、この封筒、キスマーク付いてっけど、明日香こんなことしねぇよな……」

「そもそもマークの唇が大きいしね」

「これで引っかかるバカはいるのか?」

「……現にそこに」

 

 庇っているようで、グサリと来るような言葉を放つのが流石の楓である。

 うう……と翔の落ち込む声が聞こえてくる。

 

「久遠様と楓さんはフォローしてるんですの? 止めを刺そうとしてらっしゃいますの?」

「やめてやりなさいよ、覗き野郎が泣きそうな顔してるわよ」

「……被害者側のお前らが納得できればどっちでもいいんだけどな……」

 

 冷静ながらじわじわと追い詰めていく形になった久遠と楓のやり取りを聞いてジュンコ、モモエの二人が口をはさんでくる。

 元々一番怒りが大きかった二人だ。納得させるには一番この二人の説得が一番大変だったと思ったが。

 

「そりゃ、覗かれた可能性が少しでもあるなら懲らしめておきたいけど……」

「あのお方が一人でそんな大それたことができそうにも見えませんしねぇ」

「ラブレター自体が自作自演の可能性は?」

「そんな手を込んだことをしそうな感じではないのですが……」

 

 今のところは白には近いがグレー濃厚。

 久遠としては、納得がいった話ではない。

 

「やっぱ確証には至らんな、もうちょっと本人問いただしてくる」

「あ、ちょっと!」

 

 そう言うと、縛られた翔を引き摺って裏手へと移動していく久遠。

 助けてっす~と悲しい叫びを後に、残されたのは女子4人と十代。

 全体から置いてけぼりにされた十代が此処でようやく明日香達の方に近づいて行って口を開く。

 

「なあ、そもそもなんで俺は呼ばれたんだ?」

「元々は翔君の開放と引き換えに貴方とデュエルしようかと思ったんだけど……」

「思ったよりも話が大事になってしまったので本題が切り出せませんでしたわ」

「ふーん……ならデュエルだけでもするか? それで納得してもらえるんだったら、今からでも俺は全然それでも構わないぜ?」

 

 話がデュエルなら話が早いとばかりに構えようとする十代。

 しかし、当の明日香はと言えば、それにも微妙な表情を返す。

 

「それでもいいんだけど、せっかく久遠くんが来てくれたのもあって……」

「? どういうことだ?」

「どうせなら久遠くんとも決闘してみたいのよ」

「ああ、それは俺もだ。せっかくできるなら久遠と決闘したいぜ!」

「多分楓もそう思ってるんじゃないかしら」

 

 だからこそ、当初の目論見が完全に狂ったが故の困惑が発生している。

 

「どうしようかしら……。」

「久遠と決闘すればいいんじゃないか?」

 

 そんなやり取りをしているうちに久遠が翔を連れてきた。

 しかし、連れて行った時にしていた手の拘束は、既に解かれている。

 

「久遠様、結論はどうなりましたか?」

「結論は白かな? 一応覗きの容疑は完全に晴れたとみていい」

 

 浜口の言葉に端的に答える久遠。その表情には当初あったような怒りの感情は見えていない。

 そうなると、今度はその根拠が知りたくなるもの。

 

「どうしてそう言えるの?」

「そうですわ、納得できたというなら説明をお願いできますか?」

 

 当初女子側で怒りが最高潮に達していた二人が問い詰めてくる。

 

「ポイントは2つ。女子寮に来たのが本当に誰かに呼び出されたのかということと、本当に覗きをしてないのかということ。ここまではいいな?」

「そうね」「ええ」

「前者に関してはラブレター自体は偽物ということでいいが、それを自分で作ったかどうかが不明だった。まあそれに関しては真偽は不明なんだけど、入り口でこんなんを見つけた」

 

 そうして、久遠が差し出したのは南京錠がついた鎖。

 

「これは?」

「庭に入る門についてた鎖っぽいな。湖から以外で入るにはこの門を通らなきゃならないんだが、鎖が切れてんだ」

「本当だ」

「見ての通りそんな大それた道具を翔は持ってない、っつーことはだれか別の人間が切ったってことだ。ってことはラブレターによる呼び出しも誰かがしたことになる」

「誰かって?」

「さあなぁ? そもそも十代を呼ぼうとして入ってたラブレターだしな。今回はそこからイレギュラーだから考えるだけ無駄かもしれん。で、後者。覗きが本当にされていないかについてなんだが。これもコイツには無理」

「どうして?」

「一通り見て回ったが、覗きができそうな場所は3か所くらいしかないんだ」

「それがどういたしましたの?」

「その全部に対して、コイツ、背が届かない」

 

『………………………………』

 

 長い沈黙。仕方がないといえば仕方がない。

 高校生ともなればだれしも発生するであろう身体へのコンプレックスが、自身を救う証明になるというのだからこれ以上の皮肉なことはない。

 

「っつーことで、一応アリバイは証明された。さっきは沈めようとして悪かった」

 

 久遠は翔の方を向き直って頭を下げる。その本人はと言えば――

 

「……い、いや、わかってもらえたらいいんス。……身長かぁ……」

「沈めようとしてって……あれ、本気だったのですわね」

 

 余計落ち込む翔に対して、フォローのしようがない久遠。

 久遠自身は割と身長が高めであるがために尚更である。

 冷静な呟きに対して、茶々を入れる者はいない何とも言えない空気が流れる。

 

「つーわけで、女子寮の敷地に入ったことについては許してやってはもらえないだろうか?」

「アタシは、覗きをやってないっていうのなら、別にいいんだけど……」

「わたくしもですわ」

 

 ようやくこの騒ぎも終結しようかという時。

 

「なあ、久遠。決闘しようぜ!!」

 

 変な横槍を入れてくる奴がいた。当然十代である。

 

「はぁ?」

「俺を呼んだのは、そもそも決闘しようって言う話だったらしいんだ」

「あー? ん? で、それが?」

「だから決闘すれば納得してくれんじゃねーかと思うんだ」

「今それに関しては無罪ってことで納得してもらえたじゃないか」

「でも、相手がデュエルしてほしいってんだから、騒ぎの詫びにデュエルしてもいいじゃないか」

「ん~? んー……そうなの……かな?」

「何より、俺も久遠と決闘したいぜ」

「お前は敵側かい!?」

 

 何か深い思慮があっての話じゃなかった。ただ、決闘したいだけだという。

 らしいといえばらしいが……既に問題の大半は解決したからいいか。

 

「つっても時間も時間だし、何戦もする余裕はないぞ?」

「じゃあ俺とやろうぜ!!」

「なんでだよ!? おかしいだろそれ!? お前は翔を助けに来た側なのに何で俺と戦うんだよ!?」

 

 三段ツッコミをするも、尚もちぇっと呟く十代。埒が明かない。

 折角ここまで話が落ち着いてきたのに……という思いで、回りを見る。

 明日香、楓あたりはやる気満々らしい。枕田、浜口はと言えばどっちつかずな感じである。

 なんか、断りきれる空気ではなくなってしまった

 

「んー……しゃあねぇか」

「お、やんのか?」

「お前とはやらん。そもそも覗き疑惑の被害者側と容疑者・救出者の騒動なんだから、その組分けでやるのがいいだろ。そもそも明日香達の目的はお前と決闘するのもあるんだから」

「えー、久遠と決闘できないのかぁ……」

「軍勢戦……かタッグデュエルにするか?」

「軍勢戦?」 

 

 聞きなれない言葉に食いついてきたのは楓。

 

「チーム戦の一種なんだけど……メジャーじゃないのか?」

「チーム戦って言うと、プロチームみたいな? 勝ちぬき戦や星取り戦みたいな」

「国内リーグってそれだけなんだっけ?」

「むしろ何で貴方が知らないのよ……」

 

 すぐに説明を返す楓にどこか抜本的なところでボケる久遠。そしてそれに呆れる明日香。

 中等部で何度か行われていたやり取りを見て、顔を見合わせる枕田と浜口。

 

「んじゃあとりあえずルールを聞いてからやるかどうか判断するか?」 

「そうね」

 

 その言葉を始めに全員で輪になる。

 

「軍勢戦ってのはチーム戦なんだけど、コンセプトは『全員で1つのデュエルをする』ってのだ。どっちかというと、タッグデュエルの延長に近い」

「どういうルールなの?」

「墓地、除外ゾーンは共通、それぞれ1デッキずつ持ち込む。此処まではタッグフォースルールと同じだが、フィールドは各自で持つのが違いだね。一番違うのは『前衛』『後衛』『戦闘域』『0ターン目』の概念があること」

「『前衛』『後衛』『戦闘域』?」

「『前衛』『後衛』から説明しようか。デュエル開始時に前衛の人数を決める。そして、各チームはターンの開始時に、その人数まで前衛に出るメンバーを決める。前衛プレイヤーはそれぞれが、ドローフェイズ、メインフェイズを行うことができる。逆に言うと、後衛プレイヤーは自分のチームのターンでもドローも召喚も行うことができないっていうことになる。相手ターンでも前衛は選ぶ。もちろん、相手ターンだからメインフェイズの行動権は相手にあるからあまりできることは多くないけどな」

「『戦闘域』は?」

「バトルフェイズに戦闘できるプレイヤーは1人だけ。それを開始時に『前衛』から選出するんだ。もちろん守備側も1人を選出する」

「じゃあ後衛プレイヤーはなにもしないの?」

「後衛に禁止されるのは、通常召喚と起動効果、通常魔法の発動やカードセットってところかな。罠とか速攻魔法の発動とかはできる。」

「『0ターン目』ってのは?」

「さっきも言ったが、前衛プレイヤーじゃないとドローはおろかカードのセットもできない。だから全プレイヤーがデュエル開始時に初期手札の範疇でモンスターの展開やカードのセットが1ターン分できるんだ。ただし、相手のフィールド、ライフへの干渉はできない」

「効果の対象範囲は?」

「大きく分けると、自分を『0』、自分チームと相手前衛を『1』、相手後衛を『2』と分けるとカード効果の範囲にできるのは『1』まで。ただし、その枠に対象できる者がなかった場合、次の数字に移ることができる」

「…………どういうこと?」

「一例を出そうか。自分フィールドに5体モンスターが居る時に普通なら6体目を召喚できないが、この場合のみ、味方フィールドにモンスターが召喚できるってこと。他には《サイクロン》で相手の魔法・罠を破壊しようとした時に、相手前衛にカードがあれば、その中から選ばないとだめだが、相手フィールドに魔法・罠がなければ後衛の魔法・罠も破壊可能ってことになる」

「なるほどね」

「他にも細かいルールはあるけど、やりながら教えることはできる」

「何か難しそうっすね?」

「まあな。参加人数次第で普通のタッグデュエルでもいいけど、どうする?」

 

 既に目的すら見失った深夜の決闘のルールは――

 











軍勢戦とタッグルール。
どっちでやろうか考え中……。

こういう変なルールばかり妄想してるから本編が進まないのだろうなぁ……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。