遊戯王GX-至った者の歩き方-   作:白銀恭介

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たどり着いたその場所は

 太平洋に浮かぶ孤島に設立されているデュエルアカデミア高等部。

内陸地に存在する中等部とは異なり、より決闘に集中することを目的として隔離された空間で技能を鍛えることを理由にしているとされている。

 自然と、その地へと向かうには空を飛ぶか、海を進むかのどちらかとなる。

 プロデュエリストと言う花形職業とアカデミア生の二足の草鞋を履く少年、鷹城久遠は一寸の時間を惜しむ身である。自然と、その移動方法は時間のかからない空路を取ることになる。

 移動はヘリだったが、複数の客を運ぶことのできる大型のものである。

 

 機内には久遠とマネージャの那賀嶋の二人だけである。

 内部性は既に先行して高等部の施設に入っているらしいと連絡を受けていたし、外部性と一緒に行く手立てもないでもなかったが、別の仕事が押したためにそれに乗り合わせるわけにも行かなかった。

 

「全く、今日の仕事はなんだったんですかね!?」

「んー? 別に何か変なことありました?」

「向こうの都合でテレビ出演のオファーがあったから出たというのに、此方に対して何という無礼な態度なのですか」

 

 お互いに移動の最中も仕事があるので特に目を合わせるでもないが、那賀嶋の怒気だけは伝わってくる。

 どうやら今まで受けてきた仕事の話だったようだ。

 

「向こうもそういう仕事なんだから仕方ないんじゃない?」

「世界大会優勝者にノリで決闘挑んで負けたからって『空気読め』的なコメントはいかがなもんでしょうか」

「そのせいで収録伸びたしね」

「何とか時間内に収めようと急いだだけだというのに」

「那賀嶋さん合図してたもんね」

「それで何故あんな言われようをしなくてはならないのか」

「指示内容が『先攻ワンキルで沈めろ』だからじゃね?」

 

 空気を読めと言われて当然の内容である。

 支持を出す那賀嶋も那賀嶋だが、そのまま実行する久遠も大概ではあるが。

 結果的に、もう一度決闘する羽目となり、予定の時間をオーバーすることとなってしまった。

 

「おかげで外部生徒が移動するヘリに間に合いませんでした。余計な経費をかける物です」

「社長、出してくれんのかな?」

「出すのは局です、伸びたのを理由に交通費を出すことを納得させました」

「…………それってさ、ヘリってことは?」

「モチロン」

 

 それだけを返して手元の仕事に戻る。

 既に先の愚痴の間から久遠を圧倒的に上回るペースでキーをたたき続けている。

 

「(……もちろん、『言ってない』んだろうなぁ)」

 

 タクシーを想定して局側がOKと返したのなら、想定から1桁、あるいは2桁は異なる請求が後から飛び込んでくることになるのである。責任をとることになる担当者にはご愁傷様としか言いようがない。

 

「あと、数十分でアカデミアの島に着きます。既に入学式も終盤なのですが、急げば出てくる入学生たちを見ることくらいはできるかもしれません。どうしますか?」

「ん? そりゃ早く着くなら早く着いた方がいいんじゃない?」

「そうですか。では準備します」

「……ん?」

 

 何だろう、今のやり取りに嫌な予感を感じる。

 『急ぐ』から『準備』する。

 最近、それに関して何か変なエピソードを聞いたような気がする。

 確か、那賀嶋の夫(ジャスティス)新人プロ(エド・フェニックス)の話だったか。

 

「ちょっと待て、まさかスカイダイビングするってんじゃないよね?」

「あら、何を言ってるんですか」

「はは、そうだよね」

「当然に決まってるじゃないですか」

「やったことねーって知ってんだろ!?」

 

 嫌な予感はしていたが、まさかこんな方向で来るとは。

 

「大丈夫です。手順書は書いておきました」

「事前レクチャーすらねーのかよ!? ぶっつけ本番にも上限があんぞ!?」

「飛びながら見てください」

「此処で見ることすら許さねーってか!?」

 

 那賀嶋とのやり取りを余所に、久遠に器具をつけていくスタッフ。

 というか、何時の間に入ってきたのだろうか。 

 

「Are you ready?」

「Yes とか言うとでも思ってんのか!?」

「OK, Let's go!」

 

 そこからは一瞬だった。ヘリの扉があき、スタッフに投げ出される。

 

「ふっざけんなああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 空を切る轟音とあたりには空と雲の色。果てに小さく映る島の陰。

 ヘリの音は、もう聞こえなかった。

 

 

-------------------------

 

「お、俺の寮はオシリスレッドか」

「あ、僕もレッドだ」

「やあ2番、お前もレッドか?」

 

 入学式を終え、配布されたPDAを見ながら、同級生たちと語り合う少年。名を遊城十代と言った。

 入学試験の時に見知った顔が通りかかったので話しかけたのである。

 

「いや、僕はこの制服を見ればわかるだろう? ――ぐふぉっ」

 

 しかし、目の前にいた黄色い制服の知り合いは、不意に白い何かに包まれていった。

 

「お!? なんだなんだ?」

「何かいきなり白くなって消えてしまったっス」

 

 目の前で起こった光景に目を疑う二人。

 そして、それまで男が立っていたところに、入れ替わるかのようにして

 

「ふぅ…………一時はどうなることかと思ったが、流石KC社ってことか。開閉処理から落下位置調整まで自動でやってくれるとは思わなかった。那賀嶋さんの『ほっとけ』だけかかれたメモ見た時は死んだと思ったが」

 

 そんなことをぶつぶつと呟く、黒衣を纏った少年が立っていた。

 

「つか、アカデミアの入口っぽいが、人いたらどうするんだって話だよなぁ……お?」

 

 そして、目が点になっている二人を見つけると、何事もなかったかのように。

 

「よ、十代。きちんと入学できたんだな」

「お、おう……」

 

 そんな調子で話しかけ始めた。

 その突如として現れた黒衣の少年は、尚も話を続ける。

 

「そっちのは友達か?」

「お、おう、まあな」

「ん、よろしくなー」

「は、はいっす」

「ヘリに乗り遅れちまってさ、別便で来たら間に合わんとかで急ぐっつったら器具着せられてもうスカイダイビングさ」

「……た、大変なんだな」

「パラシュート片付けないとな……とりあえず丸めておいてどこかに放置しておくしかないかな? ガムテープ貰ってくるから丸めといてくれ……何か重いな? まぁいいや」

「わーーーーーーっ、ちょっと待て待て!!」

「三沢君が、三沢君がまだ中に~~~」

 

 高等部入学1日目。

 もぞもぞと動くパラユートと一緒に、早速主席候補を再起不能に陥れることとなった久遠であった。

 

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「ほんっと、マジでごめん。」 

「いや、幸いにして特に怪我もなかったし、大丈夫だよ」

「そう言ってくれるとありがたいけどさ」

「久遠、そういうところあるよな」

「普段だったら『テメェに言われたかねぇ』と返すとこだが、流石に今回ばかりは何も言い返せん」

 

 久遠がパラシュートによる直接攻撃で受験番号1番を捕まえてから5分。パラシュートに絡まる彼を引き剥がしてから 久遠は平謝りのしとおしだった。

 幸いにして、怪我もなかったためか、目の前の相手は寛大な心で許してくれているようだ。

 面倒な連中にぶつかったらと思うとぞっとしない部分があるだけに、まだラッキーな相手にぶつかった方なのだろう。

 まあ、誰にもぶつからないのが最良なのであはるが。

 

 こちらが謝り始めると同時に、引き剥がしたパラシュートを仕舞うための箱か何かを探すために青髪の少年がどこかに走り去っていた。

 何となく居たたまれない空気から逃れたかったのかもしれない。

 

「ところで、新入生か?」

「ああ、ラーイエロー・三沢大地だ」

「鷹城久遠だ。一応ブルーってことになってる。イエローってことは、高等部から?」

「ああ、だがすぐにでもブルーに昇格してやるさ。そういえば十代とは知り合いかい?」

「まあ、幼馴染の一人だ」

 

 握手を交す久遠と三沢。

 それに何となく十代が加わる。

 

「そういや、俺も名前聞くの初めてだったな、俺も。今まで2番としか呼んでなかったから」

「それも大概ひどくね? つか、何で2番?」

「三沢は受験番号が1番だったんだよ。でも俺の方が強いだろ? だから新入生の中で2番なんだ」

「強いかどうかはやってみんとわからんし、内部生は目にないってか……あいつも居るのに」

 

 十代も強いとは思うが、神倉楓を始めとして少なくとも匹敵するレベルの生徒は何人かはいる。

 

「そんなことはねーよ、あの時点ではまだ三沢としか会ってなかったからな」

「……俺居ただろ?」

「そもそも試験に参加する予定なかったじゃんか」

「そうだがな。実際は深く考えてないだけてとこか」

「ひでぇ、まあそうだけどさ」

 

 十代とのいつもの掛け合いをしていたら話に加わっていなかった三沢が難しい顔をしている。

 

「なあ、違ったら悪いんだが、タカシロってことは、プロデュエリストに――」

 

 三沢がふと思いついたように質問を投げかけてくるが、それに反応したように十代が切り返す。

 

「あ、そうそう。久遠はプロデュエリストなんだぜ。久遠帝って名前で出てんだ」

「あ、バカ」

「く、久遠帝だと!?」

 

 十代を制そうとするももう遅い。耳に入ったその十代の言に想像以上のリアクションを返す三沢。

 

「久遠帝と言えば俺たちと同い年ながら僅か10歳でプロデビュー後、その後2年で国内リーグでリーグチャンピオン同時保持最多を記録。しかしながらも国内トーナメント戦に何故か進出しないと思ったら、3年前に突如海外進出を決めて即トーナメントで優勝。4大大会出場権を得たのを皮切りに、それらをを3年連続で制覇しながらもそれ以下の大会にはほとんど出場しない変わり種のあのプロか? あまりにそれ以外の大会に出ないから、年間チャンピオンを決める大会を別途創設させたと噂されてるあの? そういえば先日ジャスティス・エビル来日と同じくらいの時に帰って来ていたと聞いてたけど、まさかアカデミアに入るために……。サインしてもらうか、デッキ見てもらうか、それとも捕まえてデュエルの相手を山ほどしてもらおうか、カードトレードをしてもらうのも捨てがたい……」

 

 一息で、しかも早口でこれまで久遠がやってきたことをまとめたうえで、何か要望をいくつかあげてきた。

 久遠は後半の要望については聞かなかったことにして話を続ける。

 

「一息で説明どうも。詳しいなー」

「プロを目指す人間として、日本人最高ランクの選手を知らないわけないだろ?」

「国内ランクは50位くらいに下がってると思うけど……ここんとこ国内大会出てないし」

「世界ランク10位以内に入ったプロの日本人がどれだけいると思ってんだ!?」

「さあなあ……あれ、国内と世界のランキング連動してないの変だよな?」

「それは確かにそう思う……じゃなくて!!」

「へー、久遠ってそんなすっげーことになってたんだ」

 

 ド天然な回答をする十代に逆に呆れてしまうのが久遠と三沢。

 

「なんでお前は逆に知らないんだ。プロの世界に興味なさすぎだろ」

「……というか、これ、聞いていい話だったのか? 久遠帝なんて正体不明のデュエリストだっていう話じゃないか」

「アカデミア生、とりわけ中等部出身の生徒なら大体の奴は知ってる。あんまり口外してほしい内容でもないけど、義務教育はもう終わったから一応は問題はないはず」

「そ、そうか」

「ま、その辺は良心に任せる」

「わかった。心に留めておくよ」

「そういや、もう入学式は終わったんだよな?」

「ああ、各寮に戻って歓迎会待ちだ」

「じゃあ、俺はここで別れることになるな。学校側に帰還報告してくる」

「そっか。じゃあまた今度な。約束忘れるなよ」

「おう、そんじゃな」

 

 そろそろ向かわなくてはマズイ時間帯になってきた。とりあえずの形でパラシュートをまとめるだけまとめて十代と別れる久遠。

 後ろで「約束?」と十代に尋ねる三沢の声が聞こえたが、もうそれは任せておいていいだろう。

 そういえば、箱を取りに行くのを口実に逃げたように見えたもう一人とは挨拶ができなかった。悪いことをしたとは思いつつ、約束を放っておくわけにもいかない。

 

「……ったく、十代は……」

 

 久遠帝のことをあまり話しては欲しくなかったのだが。

 軽率だとは思ったが、結果的に、最高のアシストになったのだから、何も文句は言うまい。

 

 ――そう、三沢大地は、『久遠帝』には自力で気付かなかったのだから。

 

----------------------------------------

 

 元々予定していた校長への報告の時間は、到着こそぎりぎりだったものの、報告自体はごく短い時間で完了した。

 既に大枠の話を入学前に終えていたことも大きい。

 とりあえず前回退場する時に黒服に担ぎあげられた件をチクリとつついてはみたものの、特に反応はなかった。

 あれでいて、なかなかつかみどころのない存在である。

 

 ともあれ、アカデミアに来てやるべきことは終わった。

 後はほかの生徒に合流すればいいので、まずは校舎を出て寮へと向かうことにする。

 その道中、建物の中央付近を通りがかった時、なにやら騒いでいる声が聞こえる。しかしながら、デュエルをしているときにソリッドビジョンシステムから発せられるものとは異なる。どうやら生徒間の揉め事のようだ。

 

「……ほっとくか」

 

 騒ぎの様子を見るに、喧嘩にまで発展しそうな感じではない。

 この程度の小競り合いは競争を是とするアカデミアではさほど珍しいことでもない。

 そのまま通り過ぎようとした折、見知った顔を発見した。

 

「あ、久遠君。戻ってきてたの?」

「…………」

「おっす。さっきな。で、何事よ?」

 

 こちらに気づいて挨拶をしてくる幼馴染の一人、神倉楓と若干険しい表情で騒動のほうを見つめる中等部で友人となった天上院明日香の二人がそこにはいた。

 

「どうも中で揉めてるみたいなんだけど」

「…………」

「それだけで明日香がここまで険しい顔になるか?」

「……なってないわよ」

「なってるよ、つか、こっちにも不機嫌ぶつけないでくれ。普段のお前ならこっちが挨拶した時点で普通に返すだろ」

「……そうね、ごめんなさい」

 

 周りが見えなくなっている時点で大分熱くなっている状態だ。

 それだけのことが、中にはあるのだろうか。

 中の様子が見えるところに移動すると……

 

「(……あ? 万丈目?)」

 

 そこには、かつて明日香や楓と同じく中等部で席を共にした最後の一人がいた。

 

「(ついでに、取巻と慕谷)」

 

 まあこいつらに関しては正直どうでもいい。

 もめている相手、どうやら赤の制服のようだが、そいつらともめているようなので事は単純である。

 例によって、隠したの相手を根拠なく貶めているのだろう。

 その目は、明らかに相手を見下している。

 気になるのは、万丈目自身。かつて、強さを求めていた時の目の輝きはそこにはなく、張り付いていたのは、二人と同じ、相手を見下し尽している目。

 

「(……成程……そういうことか)」

 

 明日香や楓が彼についての話題に触れたたがらなかった理由。それがあの表情だけで、はっきりとわかった。

 彼は、おそらく万丈目は。戻ってしまった(・・・・・・・)のだろう。

 

「私、やっぱり止めてくる」

「……俺はいい」

 

 今のを見てわかった。どうせ、行っても変わらない。

 3年をかけてねじ曲がったものが、明日香たちがどうにかしようとしてどうにもならなかったものが、この一瞬で戻るなんて、そんな楽観的なものじゃない。

 

「私もいい、もうじき歓迎会が始まるし、どうにもならないと思うから」

 

 おそらく、楓もまたそれを判っていて、明日香はそれを諦めきれない。

 あの、僅かな時間でも4人の特待生でいた頃を。

 

 明日香がスタジアムの方に歩いて行き、楓と久遠が残される。

 さっきは行っても変わらないとは言った物の、万丈目がどうなっているかは気になるところではある。

 向こうのやり取りに気を向けつつも、同じくスタジアムの方に視線を向けている楓に現状を聞いてみることにする。

 

「楓、あれはずっとあんな感じなのか?」

「うん、1年の中盤、久遠くんが向こうに行ってからしばらくしてかな。私が『番外』になる直前くらい……」

 

 楓が久遠の後に番外に上がったことは聞いている。その時、何があったのかも。

 不幸にして対戦相手、久遠にとっても因縁の相手であるその男はその後の足取りをこちらに掴ませていない。

 

「すっかり昔に……いや、ある意味昔よりも悪化してるな」

「扱いの上では当時のカイザーと同等だったわ。恐らくだけど……」

「あいつのせいか」

 

 播磨は万丈目グループとつながりがあった。それは制裁決闘の時に奴が持ち出してきたデッキの出所からも明らかな話ではある。その交換条件として万丈目の三男たる彼を特別扱いしたというのなら、話の通りとしては筋が通っている。

 どこまで奴は話をこじれさせてくれるのか。

 

「……3年か……色々変わっちまったんだな」

「……そうだね」

 

 それを受け入れたことと理解していても、思うところはいくつもある。

 

「……でもさ」

「ん?」

「今、この場所で、こうして久遠くんは戻って来てくれて。少しでもやり直そうとしてくれてる」

「…………」

「私も、強くなったよ?」

「……俺は……どうだろうな」

 

 強く『なった』と胸を張って言えるのか。

 強く『なってしまった』あの時から、自分は何が変わることができたのだろうか。

 

「まだ足りないかもしれないけど、必ず追いつくよ」

「そうだな」

 

 ――俺もせめて、強く『なろう』。

 

 決闘がどうとか、それだけではなくて色々あって何がとは言えないけど、決闘『者』として、人として。

 そのために、『学び舎』に来たのだから。

 こんな紛い物を目指す未来の光の夢が覚めた時、そこに残る残骸が少しでも光を持てるように。

 

 ――俺もせめて、強く『なろう』。

 

 

 

 どうやらスタジアムでの十代、万丈目の小競り合いは明日香の乱入で一応の終わりを迎えたようだ。

 

「どうする?一応行ってみようか。もう万丈目達は行ったことだし」

「そうね、久しぶりに十代君にも会いたいかも」

「やっぱりあのレッドは十代かよ。なんで入学後速攻で小競り合い起こしてんだ」

 

 そうしてスタジアムへと移動していくと、中から話し声が聞こえてくる。

 十代と、先程まで険悪な空気を出していた明日香のものだろう

 

「――あいつら、ロクでもない連中なんだから」

「へぇ、わざわざ教えてくれるってことは、オレに一目惚れか?」

 

 何やら面白そうな話題が聞こえてきた。

 隣を見ると、表情にこそ出さないものの、隣の奴も面白そうな顔をしている。

 

「明日香は十代みたいなのがタイプだったの? 知らなかった」

「あー、そうなん? 確かに兄貴が似たようなタイプだしな」

「お、やっぱり? って久遠に楓じゃんか」

 

 十代がこちらに気づく。そういえば、楓とは此処で久しぶりの再会だったか。

 

「十代君、久しぶり。入試見てたから来るとは思ってた」

「おう、高等部からにはなったけど、俺がナンバーワンになってやる」

「ふふっ、そう甘くはないと思うけどね? 私たちだけを見てると、どこかで足元をすくわれるわ」

「そうなったら何度でも挑ませてもらうさ」

「楽しみにしてるわ」

「つーかさ、さっき寮に戻ったんじゃねーの? 歓迎会がどうとか言ってたじゃないか」

「まだ時間があるからデュエルしに来た」

「お前……」

 

 思いもよらない思考回路を展開してきた。

 

「でも、デュエルしてう時間はないかもね。もう歓迎会だよ」

「ゲ、マジかよ。じゃあ此処でデュエルするのはまた別の機会だな」

「そうっすね」

 

 先程別れた小さいレッド生。彼も居たのかと此処で久遠は気付く。

 気付いたところでもう別れに入っている。何というかとことん巡り合わせが悪いものである。

 

「そんじゃな!!」

 

 そう言って駆けだして行く十代と名も知らぬ少年。

 そこで何かを忘れていたことを思い出し、先程から一言も発していない同級生が小刻みに震えているのに気づく。

 

「さて、楓。俺たちも行こうか」

「そうね、私たちも歓迎会が始まるわ」

 

 気付かなかったふりをして、話題をそらす。

 この辺は阿吽の呼吸。気付いてくれたのか話を合わせてくれる。

 

「ちょっと…………………待ちなさい」

 

 聞いたことがないレベルで怒気を孕んだ声が聞こえた。

 これは……やばすぎる。

 

「逃げるぞ」

「ええ」

「逃がすと思ってるの?」

 

 脇目を振らずに駆けだそうとした刹那に首を掴まれる。

 そのままあり得ない力で強引に正座の形に押し込められてしまう久遠と楓。

 

「貴方達、良くもからかってくれたわね」

「なんでだよ、満更でもなさそうだったじゃんか。中等部でもそういうアプローチ全部断ってきたって聞いたし、てっきりああいうのがタイプかと」

 

 小さな声で反論する。

 楓も言葉こそ発していないものの、ものすごいスピードで首を縦に振っている。

 

「確かに面白いタイプだとは思うけど、一目惚れなんてするわけないでしょう?」

「いや、それこそ知らんし」

 

 引き続き首を縦に振る楓。

 

「久遠くんはともかく、楓の方は、知らないわけないわよね?」

「……何の事かな?」

 

 怒りの矛先が久遠よりも楓に向いて行く。

 久遠が知らない何かがこの二人の間であるらしい。

 

「まあいいわ、その辺はゆっくりと話させてもらいましょう。歓迎会の後でね」

「ちょ、ちょっと待って明日香。見、見える!!」

 

 正座のままの楓の襟を引っ掴んで持ち上げる明日香。……片手で。

 当の楓と言えば服の襟で持ち上げられている形になるので、短いスカートの制服がずり上がりそうになってる。

 ……大丈夫。ギリ見えてない。暴れるとヤバそうだけど。

 そのまま楓を運んでいく明日香を久遠は見送る。

 

「で、俺はいつ解放されるんだろうか」

 

 未だに正座のままで。

 

 

----------------------------------------

 

 午前0時、アカデミアのステージ。

 昼間に一揉めあったステージへと久遠は向かっていた。

 

 歓迎会はサボった。

 ブルー寮にはどうせ人数分の用意しかされていないだろうし、レッド寮の集まりの中に行っても場違いな気がした。

 購買が正式に開くのが次の日と言うことで、次の日以降の食事はそちらを使えばいいとして、初日は持ちこんだ食糧で済ませた。

 

 ステージへと向かうのには訳があった。

 絶海の孤島に学生として活動の拠点を置いたのである。自然とそのしわ寄せはプロ活動の方に来る。

 特に、国内戦だけならまだしも、久遠が近年活動のメインにおいている海外戦ともなると、この極東の国は自然と不利となってしまう。

 その問題点を解決するための方法が、久遠の目的地である。

 ソリッドビジョンシステムを活用した遠隔地との決闘システム。これを用いて移動を最小限にすることで、学生生活との両立を行おうというのである。

 むろん、全ての決闘をこれだけで賄えるわけではない。

 自分が挑戦者である決闘や、大きな大会の決勝戦等、現地で行わなくてはならない物はいくつでもある。

 それでも、そのいくつかを少しでも減らすために、こうすることを選んだのである。

 本来は、じきに新設される自分専用の寮に設置される設備のはずなのだが、新設の着手が遅くなったため、止むなくメインステージのスタジアムシステムを利用して臨時のシステムを組み上げることとなってしまった。

 

 時刻や深夜。申請を出した自分以外に此処にはいないはず――なのだが。

 

「(……誰だ?)」

 

 スタジアムでは煌々と明かりがつき、今まさに決闘が行われている。

 中から此方が見えないように隠れながら中を覗き込むと、決闘者はわからないまでも決闘の状況だけは何とか確認できる。

 

 方や《E・HERO フレイム・ウイングマン》。

 

「(もしかして、十代か?)」

 

 昼間、十代は此処で決闘をしたがっていた。

 深夜に忍び込んだのか。

 さて、十代の相手は……ともう片方を見ると。今にも新しいモンスターを召喚しようとしていた。

 

「俺は、《地獄剣士》を生贄に、《地獄将軍・メフィスト》を召喚!!」

 

 その姿に、久遠は全てを悟る。

 

「(そこまで捨てたか……万丈目。そこまで……否定するのか)」

 

 かつて彼が迷いの果てにようやく作ることができたデッキ。その面影はどこにもなく、目の前にあったのは中等部入学時に携えていた【地獄】デッキそのままの姿。

 迷いの果てにプライドを捨てて、久遠と共に作り上げてきたデッキを捨てた。

 播磨と関わりを持ったことは知ったが、ここまでとは正直思いもしなかった。 

 彼に与することで、彼は短いながらもあった久遠との関わりの痕跡を、全て捨てたのだ。

 

 決着を間近に迎えたが、警備員が近づくという横やりによって不意にデュエルは中断、十代は別方向から出て行った。

 万丈目達がこちらに駆けてくるが、反応が遅れた久遠は万丈目達に見つかってしまう。

 

「お前は……」

「……鷹城!」

「っ!!」

 

 此方に気づいたのか三者三様の反応を返す。

 万丈目はともかく、他の2人は制裁決闘でちょっとした因縁持ちでもある。

 

「お前たち、先に行け」

「「万丈目さん?」」

 

 食い下がろうとする取巻達を先に制して追い出す万丈目。

 残ったのは、久遠と、万丈目。

 

「…………今更何の用だ?」

「……何がだ」

 

 数年ぶりに交わした再会の挨拶にしては、あまりにもあまりな言葉の交わし合い。

 久遠は万丈目に対してに視線を向けることすらせず、万丈目はまっすぐに久遠を見据えて言葉を発する。

 

「今更お前が戻ってくる所ではないだろう!!」

「……俺が居るかどうかが今のお前に何の関係がある?」

 

 既に、中等部でお互いに積み上げた全てを拒絶しているのだ。

 久遠が戻ったかどうかなど、万丈目にとってはどうでもいいことのはずである。

 

「俺が、この3年で積み上げてきたトップの座を! 気まぐれで戻ってきたお前がまた掻っ攫うとでもいうのか!!」

 

 万丈目グループがどういう存在なのかというのは播磨と小競り合いをした時点で知っている。

 結果のみを絶対とする、そのためにいかなる手をも使う。そういう者達の集まりだ。

 万丈目もその一員であるならば、彼もまた結果を求められるというのは理解はできる。

 

 それでも。

 事ここに及んで、久遠が邪魔と言い放ってしまうことに、現実から目をそらしてしまうことにあきれ果ててしまう。

 

「…………」

 

 もう、ここで言葉を交わす必要もなければ意義もない。

 諦めてそのまま視線を交さず立ち去ろうとする。

 

「待て、逃げるのか!!」

「……逃げる……ね」

「キサマ、何が言いたい!!」

「……別に? 相手する気がないのを『逃げる』って評すならそれでいいってだけさ」

「何だと!? ふざけるな!! いいか、お前が帰ってこようと、俺は――」

「そこで何をしている!!」

 

 暗い廊下に懐中電灯の光が当てられる。

 先程デュエルを中断した時に話題に出てきた警備員かとそこで気づく。

 万丈目はしまったというような表情をしながらも、光の方をにらみ返している。

 

「時間外のスタジアム利用は校則違反だぞ」

「……あ……くそっ」

 

 諦めかけたかのような万丈目に対して久遠は特に表情を崩さない。

 元々此処には目的を持って、正規の手続きを経てここにきているのである。

 

「オベリスクブルーの鷹城です。久遠帝としてのプロ戦のために来ました」

「……君がか。話は聞いている。そちらの生徒は?」

「同級生です、デュエルのスキル向上のために試合を見たいと言っていたので連れてきましたが、問題があったのなら帰ってもらいます」

「特に話は聞いていないから判断に迷うところだが……」

「後で此方から、KC社を通じて承諾を得ておきます。特に秘情報というわけでもないはずですから」

「ならば良いだろう」

「ありがとうございます」

 

 去っていく警備員。

 そのまま固まっている万丈目を放置し、スタジアムの方へと歩いて行く久遠。

 その、すれ違いざま。

 

「悪いけど、今のお前と話すことはねぇよ。正直眼中にすらねぇ」

「……」

「お前は馬鹿じゃねぇんだ。俺が何を言わんとしてるかは判ってるはずだ」

「うるさい」

 

 かすれるような声。

 それだけに、何を言わんとしているかは理解したようである。

 

「手を伸ばすべきは何か、手放さなくちゃいけない物は何か。見極めるのが遅くなれば全部なくすことになる」 

 

 手を伸ばすべきはあの夜に求めたような純粋な強さへの渇望。

 手放すべきは播磨によって植えつけられた無用なプライド。

 ただし、捨てるべきプライド自体がそれを決断するための足枷。

 大きく肥大したそれは、おそらく彼に決断を許さないだろう。

 

「俺はもう行く。決闘の時間だからな。許可は取ったから見て行きたければ見ていけばいい」

 

 だから、多分、彼は来ない。

 今の自分を見つめるのが怖いから。

 認めることができないから。

 何かを知ることができることを久遠の決闘を見ることで理解していても、彼のプライドがそれを許さない。

 去り際、冷静な自分が一度も視線を交さなかった万丈目をそう評す一方で

 

「(もし、俺が中等部に残ってたら。もし、俺が播磨やマッケンジーと対立してなかったら、こうはなってなかったんだろうか……)」

 

 全ては起こり得なかったIFの物語。

 そうはならなかったから、今の久遠があるし、今の万丈目がある。

 そう、もう済んでしまった話である。

 

「(さて、切り替えんとな)」

 

 気には掛かるものの、仕事は仕事だ。

 それを生きる糧にしている以上、一度立ったステージでの妥協は許されない。

 どんな精神状態だったとしても、そこから切り替えることはこの数年で幾度となくやってきたことだ。

 

 意識はデュエルの中に没入して行く。

 

 

----------------------------------------

 

 

 数十分の後、決闘を終えて。

 ソリッドビジョンが消えたスタジアムの観客席には。

 誰一人として座っていることはなかった。

 

「………………バーカ」

 

 昔は何のためらいもなく言うことができた軽口すら、こうして相手がいないとできなくなってしまったことに、捨ててしまった時の重さを感じてしまった。

 

 

 

 

 

 


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