「うあ~っ、遅れる遅れる遅れるっ!!」
少年は、駆ける。
周りを行きかう人たちが何事かとこちらを見ているが、気にする余裕などどこにもない。
目的地はまだ遠く、電車の事故が原因とはいえ、すでに目的地に到着している予定の時間を大幅に超えてしまっている。
デュエルアカデミア、高等部の入学試験が、始まろうとしていた。
こうして試験を受けるのは2度目。
中等部の試験も受けたが、その時は筆記で落ちてしまった。
高等部の試験では苦手な勉強も苦手なりに頑張った。その甲斐あって、なんとか実技試験に進むことができた。
筆記試験はかなりぎりぎりだったけど、実技なら、デュエルなら、昔から自信がある。
いつからか、自分と決闘してくれる人は少なくなっていったが、目指す場所は決闘者たちにとっての登竜門とも言える場所。求める決闘も、まだ見ぬ強者もいることだろう。
そして、3年近く前、中学に上がったばかりに交わした約束が、そこには待っていた。
その事実が、たまらなく彼をワクワクさせる。
「待ってろよっ!! デュエルアカデミア!!」
その先に待っているのは、目指していたものとはまた異なる、一瞬の邂逅と、果たそうとする約束。
後に「遊戯を継ぐ者」とも称される少年、遊城十代。
新たな一歩を踏み出すために、少年は全力で駆ける。
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「久しぶりだな、明日香、神倉」
「あら、亮。来ていたのね」
「丸藤先輩。お久しぶりです」
「ああ、俺の卒業以来だから2年ぶりだったか。…………神倉はまだ、その制服は着ているのか」
デュエルアカデミアの実技試験会場である海馬ランド。中等部から高等部へエスカレーター式に上がっていくため、同じく今年高等部へと入学する神倉楓と天上院明日香は、この日行われる試験を受ける必要はない。その彼女たちがここにいるのは、直に同級生となるであろう受験生を見学するというイベントがアカデミア中等部によって組まれていたからに他ならない。
「ええ。これは『覚悟でしたから』」
「その様子だと、中等部は変わらないようだな」
「あの時に比べれば格段に良くなっています。いろいろマズイことに手を出してたらしくて、どんどん立場がまずくなってるらしいです」
「そうか。確かに、俺が3年のころから色々と怪しい動きをしていた様子だったが。しかしそんなこと、生徒にまで情報が知れ渡ってるレベルなのか」
久しく会っていなかった3人の話題は、神倉楓が纏う制服の色。
中等部は高等部と同じくランクによって青、赤、黄の3色に分けられているものの、神倉が纏うのはそのいずれでもない『黒』である。3年前に一人の学生がそれを纏うことを命じられた一つの出来事。
その色を神倉は自分の意思で継ぐことを選んだ。
守られるだけではいけないという意志と。彼がいたという証を守るため。
そして、その出来事の発端、播磨校長の話題に移る。
中等部3年であった亮が卒業してから2年。その亮が知る由もないことではあるが、アカデミアにおける彼の地位と権力は、どんどんと削がれていくこととなった。
しかし、それはあくまでアカデミアの運営の話。一生徒に過ぎない彼女たちが知ることができる話ではないはずなのだが。
そうした亮の疑問に答えるのは、明日香。
「今度、校長の制裁決闘が開かれるのよ」
「先週公示されました」
「成程、それでか」
己の是非を問う制裁決闘。デュエルアカデミアの伝統ともいえるそれは、一種の最終ラインたる面がある。それに出なくてはならないということはすなわち、彼が相当追い込まれているということを闇に示してしまっているということである。それが公示されているという点も含めて。
「ところで、亮は今回の入学試験、注目している受験生はいるの?」
「ん? そうだな……」
見学に徹して数時間、既に試験は終盤に差し掛かっている。
明日香が亮に尋ねた問いは、今年の受験生のレベルを訊ねるもの。
既に2人の中ではある程度の評価ができているが、それでも上級生の立場から見るそれは、2人の意見とは異なる解が聞けると期待してのことである。
「実は弟が受験していてな、密かに注目しているんだ」
「あら、それってもしかして受験番号119番の?」
「ああ、お前たちはどう見た?」
「ちょっと弱気なところが気になったけど、まだまだ伸びそうだと思うわ。楓は?」
「……………………ごめん、覚えてない。今日攻撃力10000超えか後攻ワンキル出たっけ?」
「待て、俺のイメージはそこしかないのか」
臆面もなくそう言い放つ楓。
あまりと言えばあまりの発言に、亮も明日香も苦笑いを隠しえない。
「まあ、今の段階では注目されていなくてもしかないか」
「ごめんなさい、100番台では別に気になってたことがあったから」
「気になってたこと?」
「私たちの古い友人がアカデミアを受けるみたいなんです。実技試験受験者の一覧にいたから気になってたんですが」
「あら、初耳ね。それで、その子はどうだったの?」
「出てなかったです」
「え?」
「110番で呼ばれていたんだけど、出てこなくて」
「ああ、あの時の。一体どうしたのかしら」
「さぁ…………」
「まあ、交通トラブルかもしれんな。ところで、他の受験生はどうだ?」
心配するのも無理のないことではあるが、さりとて心配していても仕方がない。
一度は離れた話題へと再び戻っていく。
「そうね……やっぱり今やってる受験番号1番かしら」
「中学から話題になっている奴だったな。確か――三沢大地だったか?」
「中等部の大会ではチームメイトに恵まれなかったから全国には出てなかったけど、個人としてはぴか一ね」
「うん、あの1番の人、もう勝ち筋は見えてるみたい。あと個人的に気になったのは、78番」
その楓の言葉に、驚いた表情を出す明日香と亮。
そんな序盤に、気になる人物がいたかと記憶を探るが、ちょうど中だるみしていた時でもあることだし、あまり印象が強くなければそういうものは記憶に残らない。
「78番? そんな序盤に気になる人いたかしら」
「俺も……覚えがないな」
「ぱっと見地味でしたから。ライフもギリギリでしたし。でもなんというか、あえてギリギリに持ち込んだような気がするんです」
「でも、そんな結果だと試験も通るかどうかじゃない?」
「……そうだね。でも、なんとなく、通ってそうな気がする」
その、静かな楓のコメントを聞いて。
「(あ、これは何か燃えてる感じね)」
「(こういう神倉は久しく見なかったな。こういうのは久遠がいた時以来か)」
そう明日香と亮の各々が思い、同時に顔を見合わせて、小さな笑いを浮かべる。
あれから色々と抱え込み、しばらく思いつめたような表情をしていたが、こういう顔ができるようになったのだと、少しながら2人は安堵する。
「そいういえば、今のやり取りで思い出したんだが」
「なんですか? 丸藤先輩」
「久遠の行方はどうなった? あれからまるで音沙汰がないが」
「あら、そうだったわね。言ってなかったわ」
「そうね、忘れてたわ」
そう言って頭に疑問符を浮かべる亮を余所に、PDAを操作する明日香と楓。
しばらく操作した後、二人はPDAの画面を亮に向ける。
それを見て、亮は理解する。先ほどの神倉楓の心境の変化を。
そこには――
『播磨元校長の制裁決闘に出る。早く着けば入学試験も見に行く 久遠』
それだけの、簡単な一文。
それを見て、微かな笑みを浮かべる亮。
わずかな期間だけだったが、学び舎を共にした後輩が、再び戻ってくるのが間もないと知ったから。
パーフェクト決闘者と呼ばれてしばらく、彼自身を奮い立たせる出来事がしばらくなかったことを含めても、戻ってくる彼が何かを巻き起こしてくれるかもしれない。
静かだった学生生活に、新しい嵐が起こるのを、亮は感じた。
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「…………こりゃ間に合わなそうかな?」
「久遠さんのせいですよ」
「なんで俺!?」
海馬ランドへと向かう道中。既にデュエルアカデミア高等部の実技試験は開始されている時間である。元々この試験に内部生である久遠が参加する必要はない。
そのため、久遠自信も、その車を運転する那賀嶋も特に焦った様子はない。
入学試験を見に行くと連絡した学友たちにも、『早く着けば』と断りを入れてある。
そのため、久遠と那賀嶋のやりとりもさほど緊張感をもったものではない。
「空港でファンの人につかまってたじゃないですか」
「あー、あれね。日本での知名度なんてほとんど消えたと思ってたけど、覚えててくれる人もいるもんだね。まあそんなに多くなかったけどさ」
「それにはカラクリがあります」
無表情のまま、胸を張る那賀嶋。
表情にこそ出さないが、こうして細かい仕草で心情を表わすところが彼女には結構ある。
「カラクリ?」
「ええ、帰りの同じ便に有名人が搭乗していることを日本のマスコミに連絡していましたから」
「有名人ねぇ……誰だろ? 知ってる人かな?」
「ジャスティスです。来シーズンから日本のリーグにも参加することを表明しましたから」
「あいつかよ!? え、日本進出すんの? なんで……って、まさか……」
「久遠さんが日本に戻ってくるということは私も日本に戻ることになるでしょう? 活動の基盤が日本になるので、ジャスティスも日本で活動してもらおうかと思いまして」
「やっぱりアンタが原因かよ!? つか、完全に主導権握ってんのか」
「それはもう、もちろんです」
「そういや、那賀嶋さんはもう立派なセレブなんだよな。なんつーか、自分より上位のプロの嫁をマネージャにするの――」
申し訳ないから、人事配置を社長に相談しようかと言いかけたその瞬間。
「却下します」
「まだ全部言ってねぇっ!!」
「皆まで言わずともわかります」
本当に、自分のこと以外に関してはほぼ完ぺき超人なスペックを発揮してくれている。
それに、ここ2年半、あるいはそれよりもずっと前から助けられてきたのだ。
改めて、かなわないなと思い知らされる。
「そもそも、わざわざ空港を使おうとするから時間がかかるのです」
「どういうこと? よく意味が分かんないんだけど」
「飛行機は海馬ランドの上を通るのですから、スカイダイビングすればいいんです。プロデュエリストなのですから、それくらいできるでしょう?」
「できねぇよ!? プロデュエリスト何だと思ってるんだよ!?」
「え、この間プロ試験に合格した若手が『できる』と言ってましたよ。確か……フェニックス」
「マジか……。フェニックスって、エド・フェニックスだよね?」
「楽しそうでしたよ『イヤッッホォォォオオォオウ!』と絶叫してました」
「そんなキャラだっけあいつ!? つか何で知ってんの!?」
「夫がプロ試験の試験官をやってましたから。USのプロでは必須技能らしいですよ」
「俺、日本でライセンス取って正解だと今心底感じてるよ」
「負けてられないですよ」
「そうだなぁ……って乗せられねぇよ! そもそも国際線でそれやったら密入国でしょうが」
「それは盲点でした」
「うそつけ、絶対わかってただろう!」
「はい」
「あっさり認めてんじゃねぇ!」
こんなふざけたやりとりも久し振りであった。
「漫才はさておき、十代が受かってるかどうかは入学式までお預けかな?」
「たしか、昔の友人でしたっけ」
「うん、高等部で会おうって約束してた。この調子だと会えるかどうかは五分かもね」
「どんな子なんですか?」
「一言でいえば、デュエルバカなんですが、なんでか妙に人を引き寄せるというか、そういうやつです」
「明るい子ですか?」
「明るすぎる感があるけどね」
「成程、ちょうどあんな感じの子ですかね?」
「ん?」
そんな那賀嶋の言葉に、眼を落していたタブレットから目を上げる。
いつの間にか車が止まっており、目の前には海馬ドームとそこに立つ数人の人。
その中の一人、学生服を着た少年が、何やら訴えかけている。
「あ、到着してました」
「遅いって! 「しました」じゃなくて「してました」なのかよ! わざとやってない?」
「はい、わざとです」
「アンタ俺に対してのみドS過ぎやしませんか?」
「失礼な、夫に対しても同様です」
「聞きたくなかった、そんな夫婦の生活!!」
そんないつものやり取りはさておいて再び窓の外に目をやると、確かに学生服を着た少年の顔は見覚えのあるもの。
中学生で一度会ったときから更に大きくなったその姿を懐かしく思う反面、気になるのは目の前で行われてるやり取り。
ぱっと見、もめているようにも見える。
「あのバカ…………受かってる受かってない以前にまだ受けてもいねーとか」
「面白い子ですね」
「いや、その反応は変」
「試験に遅れたんですかね?」
「かもな、ちょっと行ってみようか」
「私は車を停めてきます」
「あ、そう? じゃあよろしく」
そう那賀嶋に頼んで車を降りる久遠。
車の外に出ると同時に、目の前で広げられているやり取りが直接聞こえてくる。
「だから今、中のスタッフに確認中だと言っているだろう」
「そんなこと言っても電車が遅れたんだから仕方ないじゃんか」
「だからそれも含めて確認中だと!」
もめている十代と、KC社のスタッフが言い争いをしているが、半ば感情的になりかけている。
周りに女性スタッフがいるにはいるが、オロオロしていてこの騒ぎを抑えることはできそうにない。
仕方なく、仲介ぐらいはしようかと声をかける。KC社のスタッフなら、話くらいは聞いてくれるだろう。
そう思い、近付いていく久遠。
「どうしました?」
「誰だ君は」
「…………ん? KC社の人ですよね?」
「そうだが」
「…………」
知られてすらいなかった。
その事実に表情にすら出さないが、自意識過剰だったのかと軽く落ち込む久遠。
「あ、久遠」
「よう、十代、久しぶりだな。で、お前何してんの?」
「アカデミアの試験を受けに来たんだけどさ、電車が遅れたんだ」
「で、遅刻したはいいけど、入れてもらえないと」
「そうなんだよ」
「んー……」
ここであれこれ押し問答していても仕方がないかと方針を変えることにする久遠。
海馬社長か誰かにとりなしてもらおうかと思い、携帯を取り出そうとした瞬間。
「どうしました?」
「あ、あなたは!! プロマネ課の那賀嶋課長!?」
車を停めたあとなのか、那賀嶋がこちらのほうに寄ってくる。
片手には携帯を持っており、直前まで誰かと連絡していたようである。
「はい。アカデミア校長に連絡を付け、本日の試験の実技責任者に試験実施を進言するように依頼をいたしました。間もなく試験が行われるとのことですので、さきに受験生を入れておいて欲しいとのことです」
「はっ、承知いたしました。では、案内します」
「よっしゃ!! 誰か知らないけど、お姉さん、サンキュ!!」
「頑張ってくださいね」
「おう、絶対受かって見せるぜ、久遠も後でな」
そうして黒服のスタッフたちに連れられて行く十代。
後に残ったのは那賀嶋と、微妙にへこんでいる久遠。
「俺、マネージャー以下の知名度なのかよ」
「久遠帝の格好をしていないからじゃないですか? 私の知名度はある程度あなたのマネージャーしているからってのと、夫の知名度によるものが多いですから」
「そういや、課長とかいわれてたな」
「まあ、同期ではダントツに出世は早いですね。それもその功績が大きいとは思っていますが」
「そっか……ところで、見学はできるのかな?」
「久遠さんは中等部の生徒だからできると思いますが、私は入門には許可がいるかもしれません。ちょっといって確認してきますので、さきに入っていてください」
「そうだね。そうするよ」
そうして那賀嶋と別れてドームへと歩いていく久遠。
十代の決闘だけでも見れるかな? と思い門を潜ろうとしたとき、奥のほうから先ほどの黒服がこちらに向かって走ってきた。
「忘れるところだった、君も受験生なんだろう?」
「いや、俺は中等部――」
「いいからいいから、ほら、さっきの110番の後にすぐ試験だから、準備して!!」
「待ってください、話を――」
「ほら早く、急いで急いで!!」
「――聞いてくれーっ!!」
当初ののんびりした空気はどこへやら。
巻き込まれる形で、デュエルのフィールドへとズルズルと引きずられていく久遠であった。
仕方なくデュエルフィールドへ続く部屋に入った久遠の目に入ったのは、部屋に備え付けられたディスプレイに映る一面の魔天楼。
そしてその中央に立つ巨大な歯車仕掛けのロボットと、ひときわ高いビルの頂上に立つモンスター。
画面の端に表示された2名のステータスを見るに、もう目の前の決闘はクライマックスを迎えているようだ。
「(フレイム・ウイングマン……そっか、まだ使ってくれてんだな……)」
3年前に見た、十代のフェイバリットカード。それが、十代の新たな挑戦を切り開こうとしている。
『喰らえ! スカイスクレイパー・シュート!!』
素早い動きで
『マンマミーヤ、
『フレイム・ウイングマンの効果により、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを受けてもらうぜ!!』
それが決着の合図。
フレイム・ウイングマンの効果でクロノスのライフが0になることで、十代の入学試験は終了する。
『ガッチャ!! 楽しいデュエルだったぜ!!』
十代の心からの笑顔とともに。
さあ、次は自分の番だ。
――この上なく不本意ではあるが。
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「楓の言ってたの、あの子?」
「うん、面白いでしょ?」
「そうだな。いつかは決闘してみたいものだ」
遅れてきた受験生の受験実技の決闘は波乱尽くしだった。
実技最高責任者クロノス教諭が出てくることも異常事態だったし、使用するデッキも試験用に性能を調製されたデッキではなく、クロノス本来の【
亮曰く、そのデッキのエース
「まだ亮にかなう実力じゃないんじゃない?」
「まぁ簡単に負けてやるつもりはないさ。神倉へのリベンジも含めて今年の1年には面白いやつが多そうだ」
「そうですね。簡単に負ける気もありませんので、その際はよろしくお願いします」
「フッ……、楽しみにしている」
なにはともあれ、遅れてきた十代を含めて本年度の受験生の試験はすべて終わった。
後は特にすることもないため、中等部に戻ることになるだろう。
既に高等部の生徒である亮は高等部のある島へと戻ることになるのだろう。
受験生の退場を待ってからなのかどうかはわからないが、何にせよ、先生からの指示を待って行動することになるのだろう。
「あら?」
明日香が何かに気づいたか、声を上げる。
それに楓と亮が反応を示す。
「どうしたの? 明日香」
「なにかあったのか?」
「ええ、さっきのフィールド、誰か出てくる」
「試験は……終わったんだよね?」
「そのはずだが…………」
十代がフィールドを走りながら出て行くのと同時に、十代が出てきたときと同じくフィールドに穴が現れ、誰かが出てくることを示している。
そして、そこから1人の少年が現れた時、アカデミア生の半数にざわめきが走った。
中等部の生徒のほぼ全員、高等部の在校生に限ってもほぼ半数、特にオベリスクブルーの生徒のほとんどでざわめきが止まらない。
それもそのはず。今回の試験に参加している在校生は、次の年度の高等部の1年から3年に当たる生徒である。その世代の中等部出身の生徒たちの中には、一つの伝説が存在している。
曰く、「100人殺し」
曰く、「前人未到のオーバーキル」
曰く、「逆制裁事件」
それをなした少年が、クロノスと相対している。
「あれは…………なんでかしら?」
「よくわからんが、何かまた変なことに巻き込まれてるんじゃないか?」
「そうね……って、楓、何で制服を脱いでるの?」
見ると、それまで着ていた黒色の制服を脱ぎだす楓。その下から現れるのは、明日香が着ているのと同じ、アカデミアの青い制服。
「私のこれは、預かりものだから。彼が帰ってきたなら、返さないとね。言ったでしょ? これは覚悟『だった』って。彼の不在の間、彼の存在をみんなが忘れないように、私はこれを守ってきたのよ」
「そういえば、そんなことを言っていたな」
「まあ、せっかく戻ってきたのだし、みんなの前で改めて鮮烈デビューしなおすのもいいかもしれないですよね。だから、見てましょう」
その、戻ってきた少年が歩んできた軌跡を。
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走ってフィールドから十代が出ていくのと時を同じくして、久遠の立っているデュエルフィールドへとつながるステージが上がっていく。
そこに立っていたのは、先ほどと同じ長身の金髪教師。
「シニョールが遅れてきたもう一人の受験生ナノーネ?」
「えーっと、一応違うんですが……」
最早無駄だとは思いつつ、一応抗ってみる。
既に決闘は避けられないだろうとは何となくわかる。目の前の教師は今十代に負けたためか、はたから見て明らかなほど、機嫌を悪くしている。
「うるさいノーネ! ドロップアウトボーイに付き合ってられるほど、私は暇じゃないノーネ」
「…………」
さっきからこんな感じである。正直見ていて子供っぽいと素直に思う。
が、播磨のような明確な悪意も感じないので、特に怒りも感じない。
「さあ、さっさと構えるノーネ!!」
「……了解です。もうなんつーか、何言っても無駄な気がしてきたとこです」
デュエルディスクを取り出して構える。
ポケットから取り出した黒いそれは、携帯性に優れたKC社の試作品。
既存の機能を確保したまま、小型化に特化した品である。
合図とともに展開され、通常のディスクと同じ形を取り始める。
「この試験でシニョールは自分の実力を見せるノーネ。その実力を私たちが認めレーバ、入学が認められるノーネ」
「わかりました」
「それでは、始めるノーネ」
「「
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TURN 1
鷹城久遠(TP)【???】
- LP 4000
- 手札 5
クロノス・デ・メディチ【古代の機械】
- LP 4000
- 手札 5
----------------------------------------
デュエルディスクが指し示す先行は久遠。
「先行は、シニョールナノーネ」
「行きます。ドロー」
ドロー含めてカードは6枚。手札の並びはまずまず上々。
「モンスターをセット、カードを1枚セットして、ターンエンド」
とはいえ、初手でできることなど、このデッキではほとんどない。相手のデッキに依存した動きをするのがこのデッキの基本コンセプト。仕込みをするチャンスを得ることこそできるものの、なにも動きを見せることはできない。
まあ、それはそれで、こちらの出方を見せないという意味にもなるのだが。
これで相手がナメるかどうかで、実力が分かる。
「私のターン、ドロー!」
反応は見せない。これは警戒していると判断していいのだろうか。
さすがは実技最高責任者といったところか。一度十代に負けたことで警戒のレベルを上げたのだろう。
「私は、永続魔法《
発動と同時に、クロノス教諭の後ろに巨大な城が現れる。特殊召喚ができないことが多いアンティークギアにおける生贄軽減手段の一つを初手から展開して来た。
「更に、フィールド魔法、《死皇帝の陵墓》を発ドゥ! ライフを1000払うことで、生贄の代わりにすることができるノーネ。ライフを1000払い、《
フィールド魔法の発動とともに、ソリッドビジョンにより周りの風景が切り替わる。クロノスの背後には灯のともった燭台と1対のオベリスク。そしてお互いの間には橋がかけられ、下には毛鞭が立ち込める。そして、そのもとから無数の気配を感じる。
時を同じくしてその足元から2体の埴輪が浮き出してきて、生贄として消える。
その後にフィールドに現れたのは、さきの十代との決闘でも現れた機械の巨人。
「同時に機械城にカウンターが乗るノーネ。そしてバトルナノーネ」
「メインフェイズ終了時、罠カード《和睦の使者》を発動! これで、このターン俺のモンスターは戦闘破壊されず、ダメージも0になります。バトルフェイズどうぞ。攻撃されますか?」
「ヌヌッ……攻撃は止めておくノーネ。少しはアンティークギアの特性を理解してるノーネ」
「攻撃時、罠の発動を禁止する効果ですよね。もちろん、知ってますよ」
ミラーフォース、炸裂装甲、次元幽閉。攻撃に反応する罠は少なくない。
それを封殺するというのは、デッキによっては守りの手段をなくしまうことに他ならない。
「カードを1枚伏せて、ターンエンドナノーネ」
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TURN 2 EP
鷹城久遠【???】
- LP 4000
- 手札 4
- モンスター
セット 1
- 魔・罠
クロノス・デ・メディチ(TP)【古代の機械】
- LP 3000
- 手札 2
- モンスター
《
- 魔・罠
セット 1
《死皇帝の陵墓》(フィールド)
《古代の機械城》(永続魔:カウンター1)
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「ドロップアウトボーイにデュエルアカデミア実技最高責任者の本気の決闘を見せてやるノーネ」
「…………お手柔らかに」
決闘の開始は極めて静か。
ここからがまた、一つの始まり。
日常に戻る久遠の挑戦。
「(ま、別にどうしてもやらなきゃいけない決闘じゃないんだけど、せっかくだし楽しもうかね。アンティークギアデッキの使い手なんて珍しいし、実力も申し分なさそうだ)」
こんな気分になったのは久し振りだ。
それは、これから先の高校生活を暗示しているような気がいて。
久し振りに気分が高揚するのを感じた。
2014/6/18追記:
《死皇帝の陵墓》はアニメ効果扱いです。
生贄何体分でも1000ライフで賄える効果となっています。
アニメでエド、十代が使用しました