遊戯王GX-至った者の歩き方-   作:白銀恭介

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道の果てに―神倉楓―

 その日はとても晴れた日だった。

 授業が終わるのも待ち遠しいほどに、いい天気の一日。夏休みも開けたばかりの一日。

 午後の日差しの中で、神倉楓は放課後の出来事に想いを馳せていた。

 今日も楽しみなのは、授業が終わった後のこと。いつものように授業を終えて、同じクラスの友達を待つ。彼は今日、日直だったから少しだけ遅くなるかもしれないけど、それでもよかった。

 今日は、特別な日。

 いつも行くカードショップで、普段ならなかなか見られないレアカードを展示してくれるというのだ。伝説の決闘者(デュエリスト)の一人、武藤遊戯の最高の僕とも魂のカードとも言われている《ブラック・マジシャン》とその弟子、《ブラック・マジシャン・ガール》 決闘者(デュエリスト)ならばだれしも一度は憧れるそのカードカードたち。特に魔法使い達を操る楓にとっては、それは特別なものだった。

 何度思い描いたかはわからない。デュエルモンスターズの黎明期よりも前、創世記から第一線で活躍し、今や3人の伝説とまで言われた決闘者(デュエリスト)のように、いつかは自分もあの人たちのように、栄光の舞台へと立つことを。そして、そんな自分に相対する最強のライバルが、今か今かと自分との決闘を待つ光景を。

 一人は、伝説の決闘者(デュエリスト)の一角、城之内克也と同じように戦士族デッキを愛用するムードメーカー。デュエルにおいて限りなく前向きで、ここぞという時の引きの強さを持つ、自分たちの通うショップで一番強い少年。

 もう一人は、あの伝説の頂点のように華麗に魔法使い達を操る自分。

 最後の一人は、少しだけイメージから離れているけど、ドラゴン族でデッキを組んだ同級生。そのモデルの人物である海馬瀬人のように自信家な性格では決してないし、始めたばかりで全然実力不足ではあることはわかっているけれど、それでも自分がデュエルモンスターズに誘った彼に、いつかその舞台で相対することができたらいいと願う相手。

 そんな、幼いながらも小さな夢が、神倉楓という少女にとって、デュエルモンスターズの世界に対して臨んだ世界。

 輝かしい未来を望む少女にとって、晴れた日は、自分の未来を祝福しているかのように見えた。

 ――そう、それが続くことに、何も疑問など起こらなかった。

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「おまたせ、かえちゃん」

「あー、くーくん来たー」

「いこっか」

「うん!」

 放課後、しばらく待つ楓の前に、ようやく待ち人である同級生が現れた。

 少年の名は、鷹城久遠。以前教室でデュエルモンスターズをやっていた時に、何となくうらやましそうな顔をしながらこちらを見ていた際に声をかけ、それ以来、こうして同じショップへと通うようになっていた。

 今日は目当てのイベントがあるため、はやる気持ちはあるものの、彼を置いて行こうという気はしなかった。今日はどんなことがあるだろうと、取りとめのない事を話しながらショップへと向かう。それもまた、一つの楽しみであったからである。

「はやくはやく!ブラマジ見れなくなっちゃう!!」

「そんなにあわてなくても逃げないよ」

「でも早く見たいもん!」

「じゃあ、ちょっとだけ急ごうか」

「うん、いこ!」

 それでも待ち遠しいという気持ちは抑えられない。道中の話題は当然ながらいまだ見たこともないレアカード。もっぱらテンションが高いのは楓の方で、久遠という少年は、大人しくそれに相槌を打ちながら話をしていく。いつもの光景が、今日は一段と判りやすい形で現れた形だった。自分の目標とするデュエリストが最も信頼を置いたレアカード。それを見ることを、何日も、何日も楽しみにしていたのだ。

 ――それ故に、神倉楓という少女は気付かなかった。

 ――夏休みの最後から、自分の傍らにいつもいた少年の様子が異なっていることを。

 ――何かに迷いを持っていて、それを切りだそうとしている少年の様子に。

 ――幼すぎる少女には、決してたどり着くことができなかった、一つの別解。

 終わりの瞬間は、近かった。

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 いつもなじみのショップは、まるで別の店のように見えた。

 ある程度こぢんまりとしたいつもの店には、まるで別の店のように賑わっていたのである。毎日のように通っていた楓と久遠にとって、見慣れた顔も随分といたが、その大半は見たこともないような人たちが何人もいた。改めて、『伝説』のデュエルキングが愛用したカードを展示するということのすごさを感じた二人だった。

「……すごいね」

「うん、さすがにこんなに人が来るとは思わなかった」

 普段以上に言葉少なになってしまう久遠と、それに答えるように感嘆を返す楓。店の入り口には既に入れない人達であふれかえっていた。店の中があまり広くないことを考えても、目的のカードをみることができるようになるまで、たっぷり1時間ほどはかかるだろう。

 

「並ぼっか」

「そーだね」

 目的のカードを見た後で、いつもの友達とデュエルをしようと思ったが、この混雑具合ではそれもかなうかどうかわからない。それも仕方ないかと二人ともあきらめ、大人しく列に並ぼうとする

「お、楓と久遠じゃんか」

「あ、十代。来てたのか」

「十代君もやっぱりブラマジ見に来たの?」

「おうよ!遊戯さんのデッキの象徴なんて、めったに見れるもんじゃないからな。今日は学校終わってからすぐにこっち来た!」

「ちょっと遅くないか?」

「学校が隣だから仕方ないじゃんか」

「あ、そうか」

 列に並んだ時にすぐ前にいた少年の名は、遊城十代。楓や久遠がデュエルを始め、このショップに通うようになってから知り合った、隣の学校の生徒である。そのキャラを一言でいえば、いい意味でのデュエル馬鹿。デュエルをこよなく愛し、それ故にデュエルから愛された少年である。このショップでは有名人の一人であり、初心者をようやく脱した久遠はともかくとして、既にそれなりのキャリアを積んでいる楓ですら勝率で言えば分が悪い程である。

 十代を加えて、列に並ぶ。しかしながら話題は変わらない。普段イベントなどほとんどない小さなショップで行われる大きなイベントなので無理もない話ではある。

「やっぱソリッドビジョンで見てみてーよなー」

「ソリッドビジョンまでやってくれるのかなあ?」

「カードの値段がケタ違いだからね、傷つくようなことはしてくれないかもしれない」

 ワクワクを隠そうともしない十代に、同調する楓。そしてコメントを返す久遠。

「あれ、久遠どうかしたのか?」

「ん?」

 

 そこで久遠に生じた微妙な違和感に、十代が疑問を抱くものの、久遠は曖昧な返事を返す。

 しかしまた、十代も。目の前の大イベントに心奪われたのか特に追求することもなかった。

 

 ――そしてそのままに列は進み、店の入り口は近づく。

 ――もう一つの、終わりもまた、同じように。

 店に入ると中の混雑具合は店の周辺の比ではなかった。

 楓が小さいころに、親に連れられて一度だけ見に行ったプロの試合のように、人々の活気が、熱気があふれんばかりに広がっていた。

「……人すっげー多いな」

「うん……これは……」

「とりあえず、はぐれないように……っ!!」

 小さな体では、大きな人の流れには逆らうことはできない。その人の圧に流されて、それまで楓の隣にいた久遠がはぐれてしまう。その方向へと彼女が目を向けようとしても、身動きができない。同じくらいの年の大人しい友人を一人にしてしまうのは気が引けるが、こうなってしまっては仕方がない。せめて、自分が十代とはぐれないようにしないといけない。

 しばらくそうして人の流れに逆らわないように、十代とはぐれないようにしていた楓であったが、そうしていることで違和感を持ち始める。待てども先ほどから列が進む様子がほとんどないのである。そして、わずかながらに感じた小さな違和感が――

「いってーなっ!!!ンだよ、何すんだこのクソガキがっ!!!あァン?」

 喧騒の中で響き渡るその声が、一瞬の静寂を生んだ。

 楓が一瞬考えたのは、はぐれた久遠が何らかのトラブルに巻き込まれたのではないかということ。それを考えると、それまでの人の圧力など、何とも感じなくなってしまった。あの大人しい友達が、こんなことに巻き込まれてしまったら。そう考えるだけで居てもたっても居られなくなった。

 騒ぎの中心から離れようとする人の流れに逆らって、小さな体を滑り込ませながら楓は動く。人の流れが変われば隙間ができる、その隙間を縫うように移動し、視界が開けた直後。少し開けた場所に居たのは、見知らぬ少年だった。

「(……よかった……くーくんじゃない)」

 見知らぬ少年と言ったら語弊がある。そこまで顔を合わせたことはないが、ショップに何度か来たことがある少年だった。そのことに気付いたのは、久遠でないということに安堵し、多少の冷静さを取り戻した後のことだった。そして改めて周囲を見渡す。

 店の奥に普段見たことがない台とケースが置いてある。おそらくあれが、今回の特別展示である2枚のカードなのだろう。そして、その少し手前に20代半ばくらいだろうか、ガラの悪そうな男2人が、件の少年の左右を取り囲むようにしている。そして、目の前にうずくまる少年は、真っ蒼な顔をしている。 

 目の前の見知らぬ少年には悪いが、これはどうしようもない、楓は素直にそう思った。もしそれが久遠だったら、どうしようかなど考えてもいなかったが、自分が飛び込んで行ってもどうにもならなかっただろう。大人の対応を待つのが正解で、この店の店長なら何とか収めてくれるだろう。

 そう考えて、大人しくしていようとした瞬間

「待てよっ! 大人二人でいじめなんてカッコ悪いぞ!」

 いつの間について来ていたのだろう。横にいた十代が、声を張り上げていた。

「あァン!? 関係ねぇ奴は引っ込んでろや!!」

「なら放してやれよっ!」

 なおも噛みつく十代。その姿に、楓はオロオロすることしかできない。

「関係ねぇだろうがよ、おめぇにはよぉ。こいつぁ俺のデッキケースからカード盗もうとしやがったんだぜ?」

「ちがっ……」

「誤魔化してんじゃねぇ!俺のデッキケースのフタが開いてんのが何よりの証拠じゃねぇかよ!」

 徐々にイライラを増している男たち、真相こそわからないものの、この場を収めることは最早できそうにない。お互いの意見が食い違う以上、小さな声は、大きな声にかき消されてしまう。

「そいつは違うって言ってんだろ?ならデュエルで決着付けようぜ!」

「デュエルでだぁ?」

「ああ、俺が勝ったら見逃してやってくれ」

「ガキが……粋がってんじゃねぇぞ、そもそもこっちは2人居るんだぞ」

 なおも食い下がる十代、デュエルで白黒つけようといいだすのに対して、あっさりと男は引き下がる。それまで子供に対して無言で威圧していたもう一人の男が、ここで初めて、十代の方へと視線を向け、言葉を発する。

「おい、坊主」

「何だよ!」

「お前さんがこの店でどんだけの強さを持ってるかは知らんが、大人に勝つつもりでいるのか?」

「当り前だ!デュエリストに上下なし!一度向かいあったらそこで対等なつもりだ!俺は一人だってやってやるぞ」

「そうか……ならいいだろう」

「待って」

 にらみ合っていた3人が、いっせいに視線を声の方へと向ける。そこに立っていたのは、神倉楓。デュエルで話がつくのなら、十代と同じくらいの実力の自分なら、勝率が増すと考えてのことだった。

「楓?」

「お譲ちゃんもやるのかい?なら2対2になったから、勝ち抜けでやろうか」

「ルールなんてどうでもいいぜ!こういう生意気なガキは一度痛い目見ないと自分がどんだけ無謀なことしたのか判らないんだろうからな!教育的指導って奴をたたきこんでやらぁ!!」

「まずは俺からだ」

「はっ、すぐ終わらせてやる」

「「デュエル!!」」

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「俺達の勝ちだな」

「くそ…………強えぇ……」

「…………………」

「ンだよ、噛みついてきたからどんだけ骨のある奴かと思ったら、雑魚中の雑魚じゃねぇか。やっぱりドマイナーなショップじゃあたむろしてる連中のレベルも高が知れてんな」

「お前、元とは言え、プロだろうが。何全力で叩きのめしてんだよ」

「るっせ、俺はこういう向う見ずなガキが大嫌いなんだよ」

 決着は、数分だった。先鋒の十代が僅か4ターンで敗れ。続く楓もダメージを与えることすらできずの敗北。完敗ともいえる内容だった。二人とも、幼いながらもこの店ではトップクラスの実力者。その二人が叶わなかったのは、一重に知る世界の広さが違いすぎたことに寄る部分が大きい。

「で、だ。さっきあんだけ大見得切っといて、『負けました、はいさよなら』ってわけにはいかないよなぁ?」

「……なんだよ……」

 うずくまる十代を見降ろす形で声をかけるガラの悪い方の男。その表情を見ていたのは楓だけ。その時見たのは、醜悪な、この世の負の感情を集めきったかのような、他人の不幸を心から喜ぶような笑顔。 

「さっき、こっちの奴が言ってたように、これでも俺らは元プロだ。デュエル見せるのもタダってわけにはいかねぇ。お前が勝ったらチャラにするのも考えてやったが……こうも弱くっちゃ観戦料をもらわにゃ割にあわねぇ」

「金なんかないぞ!」

「んなもん見りゃわかる。だからよ――」

 

 その口から紡がれるのは、絶望の一言

「――デッキ、貰おうか。お前ら如きにゃ、勿体ねぇだろ、それはよ」

「ふざけんな!デュエリストの魂とも言えるデッキを渡せるわけないだろ」

「その魂とやらをかけた勝負で、手も足も出なかったんだろうがよ!」

「………………」

 なおも噛みつく十代に、言葉を発することもできない楓。楓の方はと言えば、心が俺かかってしまっている。十代の方は、ただ向う見ずに噛みついているかのようにも見える。しかしその実、腰は半ば引けてしまっている。

 もう二人とも判ってしまっていた。これは売ってはいけない喧嘩だったことに。

「オラ、テメェらデッキ出しな」

 そして、手を伸ばしてくる。二人とも、自分のデッキを抱えるように全身で守るしか成す術がない。

「(いやだ、デッキは渡したくない。私は、このデッキで……このデッキでいつか……)」

 楓も強い想いは持っていた。それでも、大人と子供の力の差は歴然。必死の抵抗のつもりで作った守りが、あっさりとはがされ始めていく。

 あと少しで、強引にデッキを奪われそうになったその時。

「君達。何なんだい?この騒ぎは」

「ん?あんたがこの店の責任者か」

 騒ぎを聞きつけたのか店長がやってくる。その姿に十代も、楓も安堵する。大人の店長が来てくれたなら、何とか収めてくれるかもしれないと、そんな期待を抱く。

「……ええ」

「見りゃ判んだろうがよ!胸っクソ悪いガキにデッキ盗まれそうになるわ、態度悪いガキどもに喧嘩売られるわ、マジで気分ワリーよ。テメーの店じゃこんなんが常連なのかよ、あァン?」

「店長、俺たちはっ!!」

 そのあまりに一方的な物言いに十代が噛みつく。しかし、店長は。

「十代君、今はいいから」

 そう言って、十代を制する。今渦中に居る彼が何を言っても火に油を注ぐ結果にしかならないからである。商売柄、いろんな人と接することはあるからわかる。こういった手合いは、自分の意見が通らないことを最も嫌う。そして、感情的にわめき散らす。だからこの場では相手の意見を先ずは聞いてやらなければならない。

「成程、状況は判りました」

「でよ、店としてどういう風に責任とってくれんのよ?」

「このままお引き取りいただけるなら、多少ではありますが迷惑料をお支払いいたしますが」

 その言葉に。男の目つきが変わる。人生経験が子供たちと比べて豊富な店長だからわかった。あれは、獲物が罠にかかったのを喜ぶ目。

「そうかい、そりゃーよかった。でも俺たちは、もうこの件をデュエルで収めちまってる。だからよ、解決のための支払いもカードでやらねーと筋が通らねー。だからよ、店としてこの件を迷惑料なんて曖昧な物でカタ付けようってんなら、あんたにもそれなりのリスクを背負ってもらいたい」

「……どういう」

 嫌な予感はあった。でもそれに気付けなかった。目の前の相手はただのチンピラでそこまで考えているはずがないのだと高を括っていた。それが、最大の失敗。

 それ故に、次の言葉は予想できたものの、止めることができなかった。

「展示品のカード、それを出せば引いてやる」

「………………それは…………」

 まともに聞いたらそんな条件が飲めるはずがない。元々展示用のカードはレンタルしてきた物だ。それを店のゴタゴタで獲られようものなら、デュエルモンスターズを扱うショップとしての評判は地に落ちる。賠償金の額だってショップの経営に深刻なダメージを与えるレベルに達する。もう、再起することはかなわない。

「…………」

「…………」

 ちらりと、店長は2人の少年少女を見る。怯えきった、こちらを縋るような眼をみて、彼は覚悟を決める。

「わか――」

「待ってください」

 『判った』と言おうとしたその瞬間、一人の少年の姿がうずくまる少女たちとガラの悪い男たちの間に立ちふさがる。

 あれは、店でいつも大人しく友達と遊んでいた一人の少年。

 十代や楓のようにみんなの前に立って中心に立つような子ではなかったはずだ。

「(まさか彼が……何故……)」

 それは、新たな局面。全てが変わることになる切欠の舞台の幕開け。

 しかし、その当事者である者達全てがそれを知ることはない。

 ただ一人立ち塞がった少年、鷹城久遠を除いて。

 そして――神倉楓は、後に想う。

 誰にも語ることのない、彼女だけの想いとして。

  

 ――私は、決して忘れない。

「ンだよ?今度はなんだ、てめーは」

「レアカード、欲しいんですよね?ありますよ。とびっきりの奴」

 ――そう言って、彼が持っているはずのないカードを取りだした時の、幼馴染の覚悟と諦めの混じった顔と

「…………そりゃあ……」

「ご存知ですよね?世界に4枚しか存在しないはずの超絶レアカード。そしてその内の3枚はあの『伝説』がオーナーであるカード。俺と決闘して、勝てたらこれで丸く収めてはもらえませんか?」

 ――新たな獲物がかかったことに歓喜する、目の前の男の醜悪な目を

「いいけどよー」

「何なら、1対2のデュエルでもかまいません。この場を次のデュエルとこの1枚で収めてくれるなら」

「よし、乗った!」

 ――もしかしたら避けることができたかもしれない、この結末を選んでしまった自分のことを

 

 ――もう、二度と見たくはない、この光景を

 ――私は…………忘れない

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「………………………!!」

 デュエルアカデミアの新任講師採用に応募してきた候補者。その顔を見た瞬間に、楓の表情は、凍りついた。

 新任講師採用試験の一報と、その採用対象となる男の人物像を聞いて駆け出し、校長室にいざたどり着こうかという時、タイミングを見計らったかのように、校長室の扉が開き、件の男と思わしき人物が校長と共に出てきた時のことだった。

 細いフレームのメガネに、若干白い色が混じった髪をバックにまとめ上げたその佇まい。

 そして、凛とした細い目の下に浮かぶ、人を見下しきったかのような表情。

 穏やかな紳士の風を装ってもその顔はもう二度と忘れることのないもの。

「おや、貴方は?」

「ああ、こちらは本学特待生の1年生、神倉楓さんです、特待生の中でも特に優秀で、学年主席でもあります」

「そうでしたか。私は教育実習生の龍牙といいます。未だ採用試験の途中ではありますが、合格の暁にはよろしくお願いいたします。」

 偶然鉢合わせになった形に楓に対して、そう言葉を交わす校長と男。もうそれだけで、楓は男の興味の対象から外れてしまったのだろう。

 だが、当の楓としてはそうして流すわけにはいかない。

「…………やっぱり…………」

 小さな呟きに気づくことのできた物はいなかった。しかし今はそんな瑣末どうでもいい事。

 目の前にいたのは、あの日、全てが変わることになった事件で、楓は後塵を拝し、久遠が全てを捨てることになったきっかけの相手。

 あの時、あの場所で、全てを変えることになった因縁の相手が。こうして目の前にいた。

 今の楓にとっては、それが全て。

「校長先生」

 それ故に、考える必要などなく、楓は声をかけていた。

「何ですか?」

「採用試験の途中と仰っていましたが、それに立候補できますか?」

「貴方がですか?しかし……」

 いぶかしげな表情を作る校長。特待生による立候補を想定していなかったのだろうか。勝利の報奨が無条件昇格では、今現在最上位である特待生による立候補を考えないのはやむなしと言えばやむなしか。しかしながら、楓の目的はと言えば、そこにこそある。

「勝利による昇格の話ですか?」

「ええ、既にX組に所属する貴方には、美味しい条件とも思えませんが」

 おそらく、それも考慮しての採用条件なのだろう。そう直感的に感じた。それは、本当に強いメンバーを試験に参加させないための校長の戦術。それは採用対象がわざわざ校長室から出てくることも、この男と校長に何らかのつながりがあってのことなのかもしれない。

「そうですか?」

「ええ、勝利の報酬が無しになってしまうのですが……」

「それは勝ったら貰おうと思います」

「え?」

 もう、判った。

 こんな男を率先して採用しようとしたことも。最近万丈目を唆せていることも、全てこの人が発端だ。

 そうして、改めて考えてみると、久遠が番外に上げられた時も、留学の転機となった制裁決闘の発端も、全てがこの人だ。

 ――この人は、私たちの敵だ。

 だから、楓が紡ぐその言葉は、校長と敵対することを示す。一つの覚悟の証

「勝ったら、上げてもらいます。かつて此処に最上位の生徒として在籍していた。『番外』の地位をもらいます」

 あの時から守ってもらっていたことは判っていた。

 でも、いまのままじゃいつまでも何も変われない。

 それは幼かった少女の決意の証。

 旅立って行ってしまった幼馴染が帰ってこようとした時に、その場所を守ってあげるための物。

「……いいでしょう。」 

「ありがとうございます。それでは、いつからやりますか?」

「私は今からでも大丈夫ですよ」

「そうですか?ちょうどステージも空いていることですし、始めましょうか」

 移動する道中、楓の中では様々な感情が渦巻いて行く。

 

 勝手なことをしてしまったなという思い。

 アカデミアに入ってできた友人たちに迷惑がかからないだろうかという心配。

 敵がわかったことに対して、これからどうするか

 そして――

 あの時のリベンジをどうやって果たそうか。

 ――目の前の相手を倒さないと、楓はいつまでたっても前へと進めない。

 デュエルステージへと到着する3人。

 観客席すら無人の中、ステージへと上がる2人。

 相手の表情はうかがい知ることができない。

 お互いに、そのまま言葉を交わすことすらなく

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 決闘は、幕を開ける。

 未だに、アカデミアは動乱が収まる気配を見せない。

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 深夜、USアカデミアの校長室。

 USアカデミアの校長であるマッケンジーとの約束を果たした久遠が向かう先はそこであった。

 称号を得ること。それが彼の示した勝負の条件。

 

 自由を勝ち取るための決闘はまた、場所を異として、始まろうとしていた。

 その、道すがら

「Hey,此処にいたらお前が来るような気がしていた」

「確か……デイビット・ラブだったか?」

 日本にいたころ、留学生として来ていた片割れの一人。デイビット・ラブがそこにいた。

 しかしながら、その佇まいは、操られていたもう一人の片割れ、レジーと同じもの。

「……今はお前の相手をする気はないんだが」

「そう言ってくれるな、これも命令だ」

「…………命令、ね」

 やはり、操られているのか。そう確信するのに疑念の挟みようがなかった。

 ならば――――

「さあ始めようか」

「……………………」

(デュエ)――――」

「――邪魔だよ」

デイビット LP:4000 → -1000

 それは、一瞬だった。

 何が起こったのか知ることすらできず、そのまま倒れ伏すデイビット

 強制的に始めようとした決闘の、相手である久遠はデュエルディスクすら構えていないのである。

「闇の決闘に入ってなくて正解だったな。終わったころには起きるだろう。マッケンジーみたいに自分の目的がある奴ならまだしも、お前みたいな傀儡相手に今更茶番を繰り返すほど、この状況を楽しんではいないんだ」

 そう、目的はここではない。この先にこそあるのだ。

「終わらせよう。互いに譲れない物があるんだろうが、俺には俺の目的がある」

 ここで行われるのもまた、一つの分岐点の争い。

 もう、止まることは決してない戦い。

 

 




 少女は吼える。

 すべての始まりを乗り越えるために

 
 少年もまた、吼える。
 
 己の有り様の真実とともに。



次回「覚悟の決闘」

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しばらくぶりです。
なんとか生きています。

ぼちぼち再開していきますので、よろしくお願いいたします。

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