その日、ニュース、新聞のデュエルコーナーを飾ったのは一つのニュースだった。
『久遠帝プロ、海外挑戦を表明』
プロ入りより2年。その活動のほとんどが勝ちポイントの少ない種族リーグが主で、国内トッププロとのカードこそ組まれることはないながらも、その驚異的ともいえる戦績で一部から注目はされていた。評論家の見立てでは種族リーグを全制覇した後に共通リーグに打って出るともされていたが、突如報じられたその海外挑戦報道に驚いたものは少なくなかった。それ故にか、KC社にて開かれた記者会見では、平常以上に記者が集まる事態となった。
――久遠帝 海外挑戦表明記者会見を抜粋
『突然の海外挑戦報道となりましたが』
「さまざまな要因が重なりこのタイミングでの挑戦表明となりました。応援していただける方々には突然のお知らせとなってしまったことを、まずはこの場をお借りして謝罪申し上げます」
『何故、このタイミングなのでしょうか』
「元々、国内の種族リーグで活動していた時から共通リーグや各種大会へのお誘いこそ有りましたが、都合により参加することが叶いませんでした。主に私の学生としての立場が要因としてあるのですが、それらが解決したことによる挑戦表明です。海外挑戦というのもたまたまタイミングが合ったためという要因が大きいです」
『それは、デュエルアカデミアへの進学ということが影響しているのでしょうか』
「少なからずあります。決闘への理解がある学校である点が1点、そして分校であるアメリカアカデミアの留学制度があることがもう1点です」
『今後の予定は』
「まずは海外戦への足がかりをつかもうと思います。現在世界ランクは共通リーグにあまり参加してこなかったこともあり100位前後のため、向こうの主要な大会に対しては出場権もありません。幸いにして国内の主要な大会が近くにいくつかあるため、そこで結果を残し、ワイルドカードを狙おうと思います」
『やや大雑把な計画に見えます。それは国内大会で結果を残すのはわけないという意味ですか』
「あくまで目標です。最短で目指すうえで狙う道です。結果として国内大会で結果を残せなくても、海外には行きますので、そこから地道に挑戦していこうと思います」
『失礼ながら、国内リーグを踏み台にしているように聞こえます』
「結果的にそう聞こえてしまったのでしたら申し訳ありません。しかし、現在は私は日本のプロであり、それが目の前の試合に全力で挑むということを表明しているに過ぎません。海外挑戦にしても目の前のステージに対して挑むことを表明しているに過ぎず、決して国内戦をないがしろにしているわけではありません。いずれ国内リーグに復帰することもお約束いたします」
『現在保持している国内タイトルはどうされますか?他の上位プロと同じように返上し、殿堂入りということになるのでしょうか』
「可能でしたら続けたいと思います。無理のない範囲でということにはなりますが、今はその辺を調整している最中です」
『海外で注目するデュエリストはいますか』
「現時点では特には。名前を知っているデュエリストは多くいますが、やはり一度対峙して見てこそだと思います」
『海外での目標は』
「何らかのタイトルを目指したいと思います。それをして初めて日本に錦を飾ることができるかと」
『ありがとうございました』
「こちらこそありがとうございます。これからも応援よろしくお願いいたします」
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「ふぅん、優等生的な回答だったな」
「元々国内トップへの挑戦を無視しての海外挑戦表明ですから。正直反感を受けても仕方がないんです。あれくらい謙虚で当然って話だと思ってます。後半は結構敵対的な質問がありましたし」
「まあいい。しかしこの件を俺にも言わなかったとはどういうことだ」
「それは申し訳なかったですが、こちらにもいくつか事情があったんです」
記者会見を終えた直後、久遠は自身を呼び出した海馬瀬人への報告に来ていた。
今回の件に関しては結果的に久遠の独断で海外挑戦を決定した形になっている。その事情説明をするように要請されたことが久々の面会の目的であった。先行して事実を記載した報告書を提出はしていたものの、その内容に関しては客観視すれば久遠でさえふざけたレポートだと判断しただろう。案の定、説明に来るように命令があり、こうして面会に来た次第である。
「お前のレポートは一通り読んだぞ。『闇のゲーム』や『何者かの憑依』など到底信じがたい言葉が多く、到底まともな物とは思えなかったが、一応、内容は認めてやる」
「そうですか。正直レポートを投げ返されて契約解除されても不思議ではなかったんですが」
「ふん、昔の俺ならそうしたかも知れんが、忌々しい事にこの俺もいくつかデュエルモンスターズにまつわるオカルトを体験しているのでな」
その言葉に、若干の肩すかしを覚える久遠。超現実主義のこの男が、こうもあっさりとオカルト要素を認めるとは思いもしなかったためである。
「……意外ですね。それならもう少し早く相談すればよかったと思いますよ。制裁決闘の段階で報告してればもう少し別の道も有ったでしょうから」
「そればかりはお前の責任だな。しかし過去を振り返っても何も変わりはしない。肝要なのはこれから何をするかだ」
「そうですね。でも過去の全てを無視していいって話ではないです」
「お前のレポートに有ったアカデミアの体制のことか」
「正確には播磨校長を始めとする一部の権威主義者の問題だと見ていますが」
この事態の背景として、現在のデュエルアカデミアの状況に触れざるを得なかった。結果的にこれまでアカデミア側がオーナーに対してひた隠しにしてきた後ろ暗い部分が、初めて報告されることになった。密告の様な形になってしまったことに若干の後ろ暗差こそあるものの、当事者としては触れざるを得ない話題である。それこそ第2、第3の自分を出さないためにも。
「ふぅん、元々は力を持つ者はそれ相応の待遇を与えられてしかりだと考え、今の体制にしたのだがな」
「完全に裏目になってる状態ですね。『優れているから良い待遇を与えられている』というのが実際の目的のはずなのに、『良い待遇だから優れている』という意識になっています。しかもアカデミアによって『地位を与えられている』ということも理解していおらず、それすらも自分の権威と勘違いしているようにも見えます」
「何度か視察は行ったがな」
「そりゃ
「そうか……この件はきちんと調べる必要があるな」
「お願いします。一筋縄では行かないとは思いますが……。なんだかんだいって播磨校長は優秀だとは思いますので」
簡単な確認事項を終える。元々詳細はレポートに細かに記載して送ってある内容である。ここでは久遠の主観を伝えるだけである。
そして、話題は久遠の今後へと移っていく。
「それで、お前はこれからどうする」
「記者会見の通りです。いままで方針のこともあって不参加を貫いてきましたが、トーナメントに出ます。直近だと……ジャパンカップですね」
「今までよりもさらに忙しくなるぞ。それこそアカデミアに通う時間もなくなるが」
「仕方ないです。もともと猶予はそれほどないですから。できることは何でもやっておかないと」
「……大丈夫か?」
珍しくも目の前の男が発した気を使うような言葉。それは『何に』対しての言葉だったか。
「ええ、大丈夫です……」
それを知るすべこそないものの、久遠の答えは決まってしまっている。
そう答える以外に何一つとして解を持たないのだから。
「……いいだろう、お前のマネジメントについては引き続き那賀嶋を充てる。詳細スケジュールは奴とやり取りしておけ」
「那賀嶋さん、海外にも付き合ってくれるんですか?さすがにそれは悪いような……」
「本人も承諾している内容だ。『毒を食らわば皿まで』らしい」
「俺は毒ですか。でも……有りがたいです。後でお礼を言っておきます」
「そうしろ。話はここまでだ、行くがいい」
「わかりました、ではまた報告で」
「ああ」
そうして退出していく久遠。後に部屋に残ったのは、海馬瀬人ただ一人。誰も居なくなった自室で、彼が考えるのは直前まで相対していたわずか齢12の少年の姿。
「オカルトを体感か……。遊戯や神のカードの件もあったが、目下一番のオカルトはお前自身のことなのだがな……」
果たして先ほどまで目の前にいた少年は、それを判っているのだろうか。
「ああして、独りで虚勢を張って……その先に何があるというのだ」
わずか8歳で全てを失った瀬人と、同い年で異端に目覚めた久遠と、重なる部分は少なからずある。そこからたどることになった苦渋の道のりも、方向性こそ違えど、重なる部分はなくもない。しかし、そんな人生の中でも、瀬人には弟が、心の支えとなる肉親がいた。そして、倒すべき明確な敵もいた。しかし、久遠には……なにもない。
脇に追いやってあった報告書を一瞥する。久遠が瀬人に送った物とは別のものである。報告書のタイトルは、『鷹城久遠の親族の行方について』 アカデミア入学に際し、久遠が寮へと入ることになってしばらくして、久遠の両親が行方不明となったとの報告を受けて開始した調査である。謎のプロとして正体を隠せていた時はまだ良かったものの、その水面下では色々と限界が来ていたのだろう。久遠がアカデミアに進学して以降、行方が分からなくなっていた。その話を当の本人にしたところ。
『…………そうですか』
と、ある意味ではそれを予想していたかのような反応しか返ってこなかった。
失うことに慣れ過ぎている。それがその時の久遠を見た時の瀬人の感想であった。それ故に、失わないために、失うとしてもその猶予を持つために、彼は足掻き続けているのだろう。しかしその結果として失ってしまった物に対しては、諦めてしまう。もう、手に入らないことを判ってしまっているために。
「歪んでるな……」
ある意味で歪んだ人生を歩んできた瀬人をして、久遠の人生と価値観は歪み切ってしまっている。
それに気づけている者すら多くないままに、久遠は歪みを加速させていくのだろう。
それでも、それが久遠の選んだ道なら、できることは見守ることだけである。
それが、彼の選択だった。
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「終わりです。3体でダイレクトアタック!」
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
『決まったーーーーっ! 突如海外挑戦を表明した久遠帝、突然のジャパンカップ参戦表明からいきなりの優勝ーーーーーっ! 今まで種族リーグのみの参戦だったことから『共通やトーナメントでは通じない』という評判もあったものの、ふたを開けてみればその実力はトーナメント戦でも何一つ変わらず!終わってみれば今大会での被ダメージはわずかに300!圧勝といっていい成績で本大会を締めくくったぁーーっ!!』
大歓声が包む中、久遠―久遠帝―は勝利を持って国内大会の最後を締めくくった。事前の宣言通り、国内トーナメントで十分な結果を残し、続く海外トーナメントへの出場資格を得た形になる。そして、その国内最後の大会での優勝を持って、久遠帝は一気に国内トッププロと肩を並べる存在となった。
周りの歓声に手を振ってこたえる。しばらくしてインタビューにやってくるアナウンサーともやり取りをする。それはこれまで幾度となくやってきた慣例。それ故にそつなくこなすことができた。
控室に戻り、一息つく。これでようやくスタートラインに立つことができた。
Mr.マッケンジーとの約束、それはアメリカの大会で相応の成績を残すこと。ただし、普通にそれを成し遂げようとするなら、それにかかる時間は少なくとも1年やそこらでは済まない。それを成し遂げようとするには、多少の無理はどうしても必要不可欠であった。ジャパンカップの優勝者は、アメリカのトーナメントへの無条件参加資格を得ることができる。参加するまでに2年以上はかかるといわれているアメリカトーナメントに最短経路で参加できるようになるには、何としてもここで優勝する必要があったのである。
しかしながら、実態としてその壁は厚かった。プロリーグの発足より数年、若年層のプロの参戦も増えてきたものの、個人タイトルを10代から20代前半で獲得てきたプロは未だにいなかったのが主な理由である。今回の大会には参加はしていなかったものの、10年連続国内トップに君臨するDDを始めとする黎明期より参加しているプロの層が未だに厚いのである。今回のジャパンカップもその層を始めとするメンバーが多数参加していた。
しかしながらそれに億するわけにはいかない。自分の目的のためには立ち止まっている余裕はないのである。
「お疲れ様でした。まずは順調に事が運んで良かったと思います」
「ありがとう、那賀嶋さん。ふぅ……何とかなりましたね」
「終わってみれば圧倒的でしたけどね」
「どっかで間違ってたら負けてましたけどね。ところで……状況は?」
「レジ―さんですが、来週退院の予定に決まったようです。その後、即帰国されるように手配がされています」
「思ったより早かったですね。ほんとこのタイミングで大会がなかったらどうなってたことか」
「そしたらそれなりのスケジュールプランを練らせてもらうだけです」
「さすが、敏腕マネージャー。いつも申し訳ないです」
「いえ、仕事ですから」
「しかし、いいんですか?社長に聞きましたが、こっちに着いてくるなんて」
「いいんです。今の久遠さんを見てたら危なっかしくて放っておけません」
「重ねがさねありがとうございます。ってことは、一度アカデミアに顔を出さなくちゃいけませんね」
「予定は組んでます。明日が最後の登校となります」
「そう……ですか」
今更ながらではあるが、明日がアカデミア登校の最終だと伝えられると、色々と複雑な心境となってくる。それが自分の選択肢の結果であったとしても。
「今日はこれから優勝記念ということでTVの取材が3件入っています。移動まであと5分ほどなので準備をお願いします」
「わかりました。着替えるんでちょっと待っててください」
そんな久遠の想いを余所に、次の予定を告げる那賀嶋。時間は待ってはくれない、社会人として活動している以上わかってはいるものの、迷う時間すら与えられないというのはこの場合、良い事なのか悪い事なのか。
ともあれ、次が決まっている以上、目の前のことだけでも最低限こなさなくてはならない。折角無理がある中で色々と苦心して調整してくれている裏方がいるのだ。その思いだけは、無にしてはならない。世界は自分だけでまわってるわけではないのだ。わがままが言える範囲なんて、高が知れている。そういう世界に足を突っ込んだのだから。
「久遠さん、早くしてくださいね」
「……着替えるんですが」
「ええ、早くしてさい」
「出てて欲しいんですが」
「中学生の着替えを見てどうしようって話でもないでしょう?」
「いやー、那賀嶋さんのケータイのカメラが起動してなかったら俺も納得できるんですが、それ見て見て見ぬふりはできないですよ?」
「……仕事です。『未知なる世界に飛び立つ若手プロ、その等身大の姿に迫る!!』という雑誌特集らしいです」
「……なんでそんなん受けたんですか」
「取材料がよかったので」
「……………………………後で話があります」
せめて、仕事くらいは選べるようにしておこうと思った。最低限、それくらいのわがままは通したい。
制限時間が迫る中、カメラの前で着替えるというわけのわからないプレイにさいなまれることになった久遠は、そう思うのであった。
シャッターを切る那賀嶋さんのテンションが、普段よりも3段くらい高かったのは、気のせいだと信じたい。
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アカデミアの最終登校日、そこで行われたのは全校集会で発表された久遠の留学話だった。期間は3年弱、卒業直前のタイミングで戻ってくるということである。
幸いにして、アカデミア全体に広がった波紋はそう大きくなかった。後で聞いたところによると、久遠がジャパンカップに参加するために公休を取っていた際に、各クラス単位で連絡が行われ、生徒たちにとっては既知の話であったとのことである。
「わが校が誇るエースの一人、鷹城久遠くんのさらなる健勝を期待します」
そんな校長の発言に白々しさこそ感じたものの、つつがなく壮行会を兼ねた集会は終了した。その時に起こった拍手はほとんどが制裁戦に出ていたメンバーだったことも、何もかもが気持ち悪い。
それでも、学園を去る前に、余計な波紋を残したくはない。そんな思いから久遠は仮面を被る。紳士的なふるまいをする久遠帝と同じ仮面を。
「このような壮行の場を設けていただき、ありがとうございます。アカデミアの代表として、恥じないように努力してまいります」
その言葉に込めた真意と怒気に気づけたものは、おそらく久遠に近しい若干名。
でも、それでいい。有象無象にその真意を知らしめる必要はない。勝手に自身の作った偶像を相手に独り相撲でも取っていれば、それは久遠の敵となりえない。
そんなさまざまな思いが交錯する壮行会は『つつがなく』終了した。
精神的疲労が大きかった壮行会を終え、放課後。職員室でいくつかの手続きを終えた後に。良くしてもらっていた勉強会のメンバーに、せめて挨拶だけでもしておこうと、勉強会の会場へと向かう。到着すると、既に他のメンバーは勢揃いしていた。しかしながら、その雰囲気は、一様に重苦しいものであった。
吹雪や亮ら3年の特待生も、石原姉妹や紫といった2年生も、万丈目や明日香といった同級生も、皆心配そうな表情で部屋に入った久遠を導きいれる。この学園で最も多くの時間を共有したであろう学友たち。先輩もいるが、そんなことは関係なかった。久遠の学生生活の多くが、このメンバーと共にあった。
「久遠くん……」
誰も声を発することができないような重苦しい雰囲気の中、先陣を切って声をかけてくれたのは代表でもある吹雪。しかしながらその表情は、どんな言葉を続ければいいか迷っているように見える。
そうなると、この場で説明をしなくてはならない立場の久遠としては、引き継いで話を始めないといけない。
「吹雪さん、みんな。相談もないままにこういうことになってしまってすみません。結果的に制裁決闘で退学ということはなくなりましたが、それでも……それでも教師を倒してしまったのはまずかったみたいです。結局、こういう形になってしまいました。」
「久遠、結局これは学園側からの要請なのか?」
「亮さん……ええ、結果的にそうなります。」
「今からでも反対運動すれば何とかなるんじゃないかな?」
「どうにもならないと思います。退学騒動の罪状緩和ならまだしも、一応、形式上栄転ですから。」
この状況が学園側からの働きかけで行われたのかと聞く亮、反対運動で何とか食い止めようとする法子。皆、方向性こそ違えど、久遠を心配してくれ、あわよくば何とか残してやりたいと思ってくれている。
もう、どうしようもない事とはいえ、その心づかいが、本当に身にしみる。
「鷹城……」
「悪いな、万丈目。結局中学時代では俺の勝ち逃げになる」
「……………………」
「高校入学までには戻ってくるから、それまでに強くなっとけ。戻ってきたら、また決闘しよう」
「……………………」
多くの言葉は必要ないと思う。
あれだけ真摯に強くなりたいと願い、あれでもないこれでもないと試行錯誤していたのだから。進む道は誤らないでくれることだろう。少なくとも、自分と共に歩いて来てくれた者たちなら。
そうこうして、最後の別れを惜しんで来てくれた人達、一人ひとりと会話をしていく。惜しんでくれた人もいた。泣いてくれた人もいた。憤ってくれた人もいた。そんなことが、たまらなくうれしい。それこそが、自分の場所がここにあったのだと、再確認させてくれるのだから。
しかし、時間は永遠には続かない。もう、去らなくてはいけない時間だ。皆の前に立ち、久遠は最後のあいさつをする。
「俺は今日限りでこの勉強会から卒業しますが、向こうでも何かアドバイスできることがあったらぜひやらせてもらいます。本当に……本当にありがとうございました」
心の底から、この空間に感謝をする。
たった数瞬の時間だったが、別れの儀式は、終わりを告げた。
「久遠くん……神倉さんは……」
「今日は、休みでした。楓には……ちょっと前にきちんと告げていましたから……もう……いいです」
「そうかい……」
「ええ……もう行きます。ありがとうございました。」
部屋を後にする。もう振り返らない。
そうすると、決めたのだから。
もう、後戻りは、できないのだ。
迎えに来ていた那賀嶋の車に乗り、KC社へと移動する。
もうアカデミアに戻ることはなく、KC社経由ですぐにアメリカへと旅立つことになる。
荷物はかなりの数を残してはきたが、別途送られてくる手筈となっている。
その辺は、普通の留学生以上にサポートが充実しているので、深く気にする事はない。
気にしなくてはならないのは、心の在り処だけ。
――でも、それだけが、どこにも見つからない。
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迫りくる留学の日を前にドキドキしていたのも、終わってみれば何のことはなかった。
海外に出る飛行機は国内移動のそれとさして変わらず、移動時間が長いだけ。
言葉が通じないという違いこそあるものの、それだけだ。いずれはなれることもできるだろう。
世界は、思ったよりも狭かった。手さえ伸ばせば、何とかそれに触れることはかなう。
骨が折れるのは、歯を食いしばらなくてはいけないのは、それにしがみ続けることだけ。
「んっ、ああぁぁぁぁーーーーーーっ。さすがに12時間座りっぱなしはしんどいな」
「それくらいでネをあげるなんて、軟弱なんじゃない?」
「お疲れ様です。もう間もなく迎えが到着することになっています」
「二人ともぴんぴんしてますね。なんで?」
飛行機で移動すること約12時間。海外への移動が初めてとなる久遠にとって、10時間以上もの間座りっぱなしだったというのは初めての体験であり、相応に疲れるものであった。一方で、同行している那賀嶋、レジーともに、何事もないようにしれっとしている。
海外展開を進めていくことになると、こういうのにも慣れないといけないのか……と早速げんなりしていたりもするが、今はまず、それよりも考えるべきなのは新天地で何をしなくてはいけないかである。
会話能力、現地の風習、学ぶべきことは山ほどある。準備時間をほとんど取ることができなかったため、これからやらなくてはならないことも数え切れないほどである。
「失礼、クオン・タカシロの一行はあなた方ですか?」
「ええ、そうです」
「お待たせいたしました。事前にお約束しておりました迎えの者です。お車ですが、こちらにきておりますので、同行いただけますでしょうか」
「わかりました」
せっかくアメリカに来たのにもかかわらず、一番最初に聞いたのは日本語だった。しかし、てっきり迎えの人はアカデミアの関係者かと思ったが、それにしては対応が丁寧過ぎる。こちらの扱いがまるでどこかのVIPに対しての扱いのように見えてしまう。当然のように接している那賀嶋はともかく、レジーの方も、それに対して、不審な表情を浮かべている。
しかし疑問はすぐに溶解することとなる。そのまま、連れられるままに駐車場へと向かい、泊まっていた車がリムジンであったことから、迎えが誰であるのかを察したのである。
「おひさしぶりデース。久遠ボーイ。お元気でしたカ?」
リムジンに乗り込んだ久遠達を迎え入れたのは、ペガサス・J・クロフォード。言わずと知れたデュエルモンスターズの創造者である。I2社の会長をも務める彼がこうしてわざわざ迎えに来るなどとは久遠は夢にも想像していなかった。
「あれ、ペガサスさん?なんでまた」
「たまたま時間ができたので来てみたのデース。」
「またそんなこと言って……無理してスケジュール開けたんじゃないでしょうね?」
ちらりと運転席に座る男を見やると、苦笑いをしている。どうやら日本語を理解しているらしい。ついでに、久遠の予想は当たりらしい。
「ノーン!そんな些細なことはどうでもいいのデース。私が見たいのはまだ見ぬデュエルモンスターズの可能性。そのためなら、多少のことに足を運ぶことなどなんともないのデース。さァ、久遠ボーイ。デュエルをしまショウ。まだ見ぬ新たなカードを見せるのデース」
「何かやってることが日本のスポンサーと同じなんですが……まあ、今はやめておきます」
「ホワーイ!?そんな悲しい事を言わないでくだサーイ」
「すぐにこっちの大会に出るので我慢してくださいって」
「仕方ありまセーン。しかし、終わったら私ともデュエルをするのデース」
「ええ、約束します。そういえば俺、USオープンにゲスト枠で参加が決まってんですが、いつですか?」
「USオープン……明日デース」
「またか!また突然のスケジュールなのか!入試の時といい、心構えする時間すら与えてくれないのはどうなんですか!?」
那賀嶋の方を振り返り問い詰める。当の本人は知れっとした表情で、
「聞かれませんでしたから」
とすましている。しかし、すぐさま仕事モードになったようで、
「正確には、明日から大会はスタートしますが、日本からのワイルドカードはジャパンカップの日程の関係上、1回戦は後の方で組まれるんです。そのため、最初の数日は試合を組まれることはありません。さすがに、来て即決闘なんてことはさせませんよ」
その言葉に安心する久遠。そうすると今度は悪戯を仕掛けてきた那賀嶋に対して言い返したくなってくる。
「ならいいんですけど……那賀嶋さん、悪戯が心臓に悪いレベルになってんですけど最近」
「ふふ。もう付き合いも長いですからね」
「限度は見極めてくださいね?そういやレジー、さっきからおとなしいけどどうしたんだ?」
「……緊張しないわけないでしょ?デュエルモンスターズの創造者が目の前にいるのよ?」
「久遠ボーイ、こちらの美しいレディはステディなのデース?」
「ステディ……違います違います。俺が通うことになるUSアカデミアの生徒です。ちょっと前まで日本のアカデミアに来てたんで、戻るタイミングと私の留学を重ねただけです」
「久遠は日本にガールフレンドがいるものね」
「誰のこと指してるのか知らんが、いないっての」
レジーもペガサスに何となく慣れてきたようで、それまでのぎごちなさが解けてきたようである。移動時間は那賀嶋やレジーを交えていくつかの雑談をする。それによると、こちらに来るまで久遠は詳細を知らなかったが、留学の受け入れは一旦待つことになるらしい。まずは明日から開催されるUSオープンに参加し、それが終了次第アカデミアへの編入が行われるらしい。つまりは、USオープンの成績を引っ提げてアカデミアに乗り込むことになる。実力主義といった観点では国内のアカデミアよりも数段シビアなUSアカデミアへ、大々的な成績を引っ提げての突入になるか、ただの期待外れとしての留学となるかは、この大会の結果次第できまるというのである。
判りやすくていい。素直にそう思った。欲しいものがあるなら全ては実力でつかみとらなくてはならない。久遠の求めるものは、勝利の先にある。その単純明快な1本道が決まってさえいれば、あとは力ずくで突き進めばいい。不幸中の幸いにして、突き進む力『だけ』は持っている。
――1歩目が始まる
――異端児が、新たなステージで歩みを始める
――波乱が起こらずにはいられない、世界最大の大会の幕開けが、刻一刻と近づいてくる
世界は、広かった。
知らないものがたくさんあった。
それでも、自分が唯一知るこの
歩みをづづける少年とともにある。
次回「世界の頂点への挑戦」
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この世界のプロ制度について
個人用のプロ制度として
・共通リーグ
・種族リーグ
・属性リーグ
・各種トーナメント
その他チーム用のプロ制度として
・プロチーム所属
があります。種族リーグ、属性リーグはプロになりたては必ずどちらかに所属しなくてはならないのですが、どちらともリーグで組まれる決闘のポイントが低いため、上位ランカーたちには不人気となっています。そのため、上位陣は、種族リーグ制覇後、返上し、殿堂入りすることによって種族リーグの試合を組まなくすることができます。そうしたプロたちの主だった活動の場が共通リーグと各種トーナメントとなります。もちろん、種族リーグに属したままでも共通リーグに参加することは可能ですが、組むことができる試合数は少ないため、自然と不利になってしまいます。
それとは別に、プロチームに所属し、チーム戦の試合を組むことができます。これは個人の成績とは別に、チーム対抗の年間成績があり、それの順位を毎年競う形になっています。
久遠の場合、プロになった時に種族リーグを選択。チャンプになっても殿堂入りせずそのまま持ち続けていました。結果的に参加リーグ数が現役プロではトップとなり、試合数こそ多いものの、共通、トーナメントで点を稼いでいないため、トップランカーには及んでいなかったことになります。ポイントが低いリーグでずっと戦ってきたため、「共通、トーナメントでは通用しない」という下馬評が合ったりしたのですが、いざ出てみれば御覧の通りだったというわけです。
ちなみに、チームプロはドラフト制度が高卒以上を対象としたものだったので、久遠は選ばれていません。しかし、誘われても断ったことでしょう。
実は久遠が殿堂入りしないため、殿堂入りできる枠が減り、共通専門に打って出るプロが減ってしまったことも上の層と下の層を分ける一要因だったりしています。
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…………デュエルしない遊戯王SSだなぁ……書いといてなんですが……いいのかなこれ。
中学編はほとんどオリジナルストーリーなので、場面移動が多くて結果的にデュエル描写が少なくなってしまっているという本末転倒。この辺はまだまだ精進が足りないです。
もっとデュエルしたほうがいいですよね?
はい、がんばります。