――制裁決闘の夜、校長室にて
「しかし、当人を見てみるとつくづく不思議な存在だと思い知らされるな」
「ええ、しかしながら異常性の底は未だその深淵を見せてはおりません」
「確かにな……プラネットを持つレジーが負ける時点で只者ではないと思っていたが……」
校長室にいるのは2人。この校長室の主である校長の播磨と、ゲストとして制裁決闘に現れたMr.マッケンジーである。
しかしながら、その立場は普通のそれとは若干異なるものである。この部屋の主である播磨は自身の席には座らず机の前に立ち、本来その主を迎えるべき椅子に座っているのはマッケンジーの方。それはこの二人の力関係を如実に表していることであるとも言える。
その二人の話題となっているのは、当然ながら本日執り行われた鷹城久遠の制裁決闘。
「予定は崩れないのか? 元々は制裁決闘で半数程倒させた後で負けさせて退学にしてやり、私がゲストで来ていたことからアメリカ・アカデミアで引き取る手はずにする予定だったではないか。無条件で退学にすると、こちらを紹介するわけにもいかないために、ここまで面倒な方法を取ったのではなかったか? 今更やはり退学にするという無理押しもできないだろう」
「確かに、当初の予定のままとはいかなかったですが、誤差の範囲です。まさかあんな方法でこちら側の罠をかいくぐってくるとは思いもしませんでしたが、万一のために置いておいた保険が効きました」
「保険だと?」
「ええ、保険です。2人目に出てきたうちの教師の佐々木を始めとして、アカデミアの中でも比較的上昇志向の強い教師を今回の制裁決闘に出場させています。それが我々の敷いたストーリーを外れさせないための保険になるのです」
「ふむ……あまり話が見えてこないが」
「つまりはですね――」
その播磨校長の言葉と同時に、コンコンと校長の扉をたたく音。夜遅くということも考えて突発的な来訪者であるということはないだろう。つまりは、呼び出した相手が来たということ。
「おっと、来たようですね」
「ふむ……このような時間に訪れるとは……誰なのかね?」
「それはですね」
Mr.マッケンジーの問いかけに明確に答えることはなく、播磨は扉の方へ向かう。
静かに扉を開け、来訪者を招き入れる播磨。その顔に貼り付く表情はいつもの表情。アカデミアの長としての対外的な仕事を行うときに貼り付ける、穏やかな表情である。
しかしながら来訪者はその表情が貼り付けられたものであると気づいたのだろう。扉の陰に隠れてその表情こそ見えないが、若干緊張するかのように体を強張らせたのが見えた。それすら播磨は気にかけることはなく、相手を迎え入れる
「やあ、来てくれてありがとう。こんな時間に済まないね。――」
アカデミアの夜は、静かに終わりを迎える。
誰もが知ることがないままに、事態はさらに回り始める。
それを知るのは、播磨にマッケンジー、そして来訪者の――
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授業が半日で終わった日の昼。天上院吹雪は遅めの昼食を取ろうと食堂に向かっていた。
授業が終わった後、自分の教室に来てくれた女子と話をしているうちに、昼食のピークを過ぎてしまっていた。同級生である亮も藤原も、その姿を見てさっさと教室を後にしてしまった。午後の授業こそないものの、急がないと食堂も購買も閉まってしまう。気持ち早めに食堂へと移動する。今日の午後は久しぶりに『勉強会』がない日だ。好きで始めたこととはいえ、たまの休みはやはりうれしいものである。
午後は何をしようかな……などと考えているうちに食堂に着いたが、もうあらかたのピークは過ぎたようだ。しかしながら、まだ食堂が閉まる程ではなかったようで、学生もちらほらとは居るし、まだ昼食を求める学生の列はなくなりきってしまったわけではない。
何を食べようか迷ったが、結局日替わり定食を食べることにした。少々並んだあと、定食が乗ったトレイをとり、それを片手に回りを見渡す。
「(誰か知ってる人はいないかな)」
あらかたピークは過ぎているからか、そもそも残っている人が多くない。見知った顔といえば、それまで『勉強会』に参加していたものの、途中で辞めてしまったY組生徒が何人かいるようだが、流石に少々顔を合わせづらい。
その彼らはというと、何か1方向をちらちらと見ながらこそこそと話をしている。その視線の向きを負ってみると……成程、合点が行った。躊躇なく、その視線の先にいる人物に近づき声をかける。
「やあ、久遠くん。此処いいかい?」
「ん?あ、吹雪さん。どうぞ」
視線の先の人物、鷹城久遠が ノートパソコンに向かって何か真剣な表情でいた。傍らにはドローパンの包みが2つと缶コーヒー、これは昼食用に買っておいたのだろうが、手がつけられていない。
久遠は吹雪が近づくと同時にノートパソコンを閉じ、そのままカバンにしまった。食事をするのならば、ノートパソコンで作業するのはマナーに反すると考えたのだろう。吹雪はそれに即座に気づき。
「別にいいんだよ?マナーが悪いとは思うけど、こっちから来たんだし」
「ほぼ終わりなので、後で適当にまとめます。それよりはせっかく来てくれたんで、吹雪さんと話する方が大事です」
「そう?」
「ええ」
そこまで言ってもらっては、立ち去るのも何か悪い。元々用が合って話しかけたわけではないのだが、せっかくだし、このまま食事をしていこうと、席に腰を下ろす。目の前の久遠はようやく食べ物に手を伸ばした。そんな姿をみると、
「(他の学生と何一つ変わらないな……)」
そう、思ってしまう。
あの日、前代未聞のルールによって執り行われることになった制裁決闘。
100人もの相手をたった一つのデッキで制圧しなくてはならないという、誰が考えても勝ち筋が見えない決闘に、そこにいた誰もが想像していなかった戦い方で真っ向から立ち向かった鷹城久遠。しかしながらその結末は、その結末はデュエルモンスターズ史上誰もが見たことのない大ダメージを与え、なおかつ本人は1もライフを削られることなくこれまた圧倒的なライフ差での圧倒劇だった。
それによってアカデミアに起こった波紋は決して小さくなかった。自身を含む三王や、特待組を始めとする久遠に近しい者たちの参加こそなかったものの、参加者の中には教師もプロもいた。彼以外の者に同じ条件での制裁決闘で勝ちを拾えと言われたならば、それこそ皆声を揃えて無理だということだろう。
制裁決闘が行われる前から、鷹城久遠の強さというのはアカデミア内には知れ渡ってはいた。歓迎会での三王制圧はもとより、その後に明かされた正体である久遠帝としてのプロの実績がそれを物語っている。しかしながら、その前提知識を持ってしてもあの制裁決闘は異常な光景であり、結果であった。
そして、制裁決闘が終わった後、彼に対する人々の反応は3種類に大別されてしまうことになる。
一つは、恐怖。制裁決闘に出た者が多かったが、鷹城久遠に対して敵対することに躊躇なかった者たちが、その敗北により立場をなくしたものである。この中には取巻、慕谷のような久遠がメンバーでもある『勉強会』の一員もいたが、敵対すると決めた際にほぼ全数が退会している。このような立場になってしまっては戻るわけにもいかないのだろう、その後の音沙汰は一切聞こえてこない。
もう一つは、憧憬。数はそこまで多くはなかったが、あの決闘から何かを得た者が居たのだろう。その後に『勉強会』への参加を希望した者が居た。もちろん、思惑こそ一つではないだろうが、当の本人がそれをよしとしているのだから、これに関して他の人が口を出すものではないのだろう。
そして、最後の一つは――
「あれからどうだい?」
「特に変わりません。強いて言うなら極端になった感じですね」
「極端?」
「遠ざかる人はより遠ざかるようになりましたし、近づいてくる人もいます。変わらない人は変わらないですから」
「あはは、そうかい」
食事を始めながら呟く吹雪と一つ目のドローパンに口をつけ、表情が晴れる久遠――どうやら好みの味をひいたらしい―― その二人の関係は、制裁決闘の事件が起こる前と何一つ変わることはない。
鷹城久遠に対する反応の最後、それは不変。鷹城久遠を目の前にした男子生徒、天上院吹雪を始めとする主に彼と近しい位置にいた人間は、彼に対しての態度を変えないことを選んだのである。
彼自身もそれを理解し、そのうえでそれをよしとしている部分があるようだ。
本当に……大人びている。若干12歳でどうすればここまで達観できるのか。あるいは……達観というよりは諦観とも言えるのかもしれない。見た目は、回りの学生たちと何ら変わりないというのに。
「ほんと……変わらないのにねぇ」
「何がですか?」
考えが言葉に漏れてしまったらしい。しまったとは思ったが、口に出してしまった以上、話を続けなくてはいけないか。別に悪い意味ではないし、別にいいかと思いなおす。
「ん?ああ、いや、こうして見ると、久遠帝が君だって信じられなくてね」
「いやいや、入学初日で正体ばらされてるじゃないですか」
「理屈では分かってるんだよ。実力もね。僕が言ってるのは……そうだね、僕がアカデミアに入るときにプロ入りした彼が、こうして後輩になったってことが既に驚きなんだよ。」
「そういうもんですか?」
「そりゃそうだよ。こう見えても僕だってプロ志望だ。でも現実的な線を言って、高校卒業か大学卒業のタイミングで目指すものだと思ってたもの」
「実力は、今のままでも十分通用するとは思いますよ」
多分、それは本心で言ってくれること。彼は謙遜こそすれど、お世辞を言って取りいるタイプではない。というよりその必要がない。そこにうれしさは感じるものの……。
「でも、それじゃ『通用する』ってレベルで終わってしまうんだよ。そして、そのままつぶれてしまう。どうせ挑むなら頂点を目指したいんだ。だから今は力を蓄えるしかない」
「僕のは例にはならないと思います、自分で言うのも何ですが……規格外なんですよ」
この話をする時、彼は本当に悲しそうな顔をする。そこには優越感も、驕りもない、ただただ純粋な感情。本人は隠しているつもりなのだろうが、吹雪からすれば見え見えである。
「そうなんだろうけど、捉え方からすると、それも一つの『才能』なんじゃないかな?」
「才能……ですか?」
「うん、才能。現に君は特殊なカードなしでも僕らより強いし、制裁戦もそれでクリアしている」
「………………………………」
どうにも納得してはいないようだ。言葉が返ってこないということは、何かを考えているのだろうが。どうせ此処まで言ったのだ。ちょっとくらい先輩風を吹かせてみようか。
「たとえばさ、世界で3枚しかないカード《青眼の白龍》を全て持ってる海馬社長。彼を卑怯だと思う?」
「いえ、思いません」
「何故だい?」
「勝てない相手じゃないからです。決闘は《青眼の白龍》だけでやるもんじゃないですし」
「それと同じなんだよ」
「??」
「君は僕たちが持っていないカードを持ってるし、戦術の幅も広い。でも、それだけで決闘の勝利が100%約束されたわけじゃない。そこに少しでも付け入る隙があるんなら、僕は、君に勝ちたいんだ」
「……………」
「それは僕だけじゃないと思う。きちんと言葉で交わしたことはないけど、亮も、藤原も、多分、楓君や明日香もそう考えてるんじゃないかな?」
「……………」
「だから僕は足掻き続ける。そして、そのために必要なことなら君から得られるものは全て得てやろうと思ってる。泥臭くても、傍から見て情けなくても、そうすると決めたんだ」
「そう………ですか」
「うん、そうだ。だから僕らは、少なくとも僕は君を忌避しない」
「…………………ありがとうございます」
それは多分、彼の心からの感謝の言葉。色々な者を背負っていても、中身は12歳の少年なのだ。それが見えてしまうだけに、彼の感謝の言葉に嘘偽りがないことがわかってしまう。それだけに、色々ままならないことが多いのだろう。それは……吹雪自身に解決すべき術を持たない。
しかし、少ししんみりとした話にし過ぎてしまったか。折角の食事の場なのだ。もうちょっと楽しい話題にしたかった。となれば、どんな話に変えようかといえば答えは一つしかない。天上院吹雪の本領発揮だ。
「で、そんな才気あふれる久遠くんには、色々引く手数多なんじゃないのかな?」
「はい?いやいや、ここでその話に行きますか!?何かせっかくいい話っぽくなってたのに、全部台無しじゃないですか」
「本命は楓君かい?それとも紫君かい?それとも石原姉妹?しかーし、僕の妹のアスリンを忘れてもらっちゃ困るなあ~」
「待って待って、一気にトップギア入りすぎでしょ!?どーしたんですか吹雪さん」
「確かに楓君のような守ってあげたくなるような感じもいいし、紫君のように三歩下がって付いてくるようなおしとやかさもいいと思う。しかーし、僕のお勧めはもちろんアスリン一択だ!」
「もしもーし……聞いてまーすか―?」
「そこらの軟弱な奴にアスリンを預ける気はないが、君ならいいだろう、僕に次ぐ2人目のファンクラブ保持者である君ならば!!」
「ちょっと待って、今聞き捨てならんこと言いましたね!?ファンクラブ!?聞いてないんですが!?」
今日一番の驚きを返してくれる。制裁決闘でもその片鱗を見せてはいたが、クールを装ってこそいるものの、結構素の部分は熱い部分があるのかもしれない。こういう反応は珍しいが、何というか、さっきまでの接し方よりもありのままっぽい。少し楽しくなってきた。
「学内サークルとして正式登録されてるらしいよ」
「恥ずかし過ぎる!だから教師とかに目つけられてんじゃないの俺!?」
「ちなみに共同代表は楓君と法子君だって」
「何してんくれてんのあいつら!?まだ入学して数カ月ですよ!?」
「おいおい、先輩に対してあいつらなんて君らしくない、胸キュンポイントマイナス1だぞ?」
「そういう話じゃないでしょう!?つか、胸キュンポイントって何!?」
「話を明日香の話に戻そう、君は気付いていないかもしれないが、明日香は本当に魅力的な女の子なんだよ?」
「うわー……話聞いていないよこの先輩……。や、まあ明日香が魅力的だというのはわかりますが」
久遠の反応に、悪くない反応を感じ取る吹雪。あまりこれまでこういう話に乗ってこなかっただけに、この突発的な状況に若干混乱しているのだろう。若干狼狽しながらも話に乗ってくる。これはいいチャンスだ。
「お、兄としてはうれしい反応だね。これは明日香の魅力を語りつくさなくてはならないね。」
「!!…………あのー、吹雪さん?」
「明日香の魅力といえば、まずはその内面だ。普段は強気で負けん気が強いが、ここぞというときには女の子らしいところを見せてくれるんだ。もちろん優しさも包容力も兼ね備えている。君もわかるだろう?」
「あ、えーと、わかるんですが、吹雪さん?」
「さらに忘れちゃならないのが、そのルックスだ。今でさえ中学生で年相応よりかなり成長がいいけど、高校生になったらそりゃ抜群になることは間違いないだろう。加えてこの僕の妹だけあって顔の方も抜群さ。どうだい久遠くん?この天上院吹雪おススメの超一押し物件、君はモノにしたいと思わないかい?」
「え……と。大変申し上げにくいんですが……」
「なんだい、これで食指が動かないなんて君は本当に男かい?僕が君の立場なら即アタックしているよ?」
「じゃなくって……ですね」
「何だい?」
「後ろ……」
何だろうと思い後ろを振り返る。ゆっくりと……振り返り始めると、誰か人影が居る。話に熱中し過ぎて気付かなかったようだ。服装からすると女子生徒らしい。ふむ、女子を前に他の女子をアピールするなんて、まだまだ修行が足りない。
しかし、途中から様相が異なってくる。何というか、目に見えないオーラの様なものが漂ってくる。嫌な予感がし始めてくるが、ここまで見てしまったのだ、見て見ぬふりはできない。下から見上げていくと、長い栗色の髪の毛。どこかで見たことがある。もう少し視線を上にやってみる。中学生らしからぬスタイル。やはりどこかで見たことがある。まさかと思ってみなかったふりに戻ろうかと思った時に久遠のとどめの一言。
「後ろ……明日香がいます」
「にーいーさーんー?久遠くーん?」
吹雪の親愛なる自慢の妹、天上院明日香が鬼の様なオーラを出しつつ仁王立ちしていた。
これはまずい。ひっじょーにまずい。罠、魔法、手札なしで亮にターンが回ったくらいまずい。
既にその危機感は目の前に座る久遠にも伝わったようで、既に表情はこの危機をどう乗り切るかを考えているように見える。
口火を切ったのは、久遠。
「やあ明日香、昼食か?」
「ええ、久遠くん。ちょっと用事で遅くなってね。遅れてきてみれば愉快なお話が聞こえてきたから」
顔こそ笑ってはいるが、その怒気は一向に収まるような気配を見せない。
しかし、久遠はそんなオーラに全く気付いていないかのように続ける。
「そっか、じゃあドローパン食べる?ちょっと確認したけど
「っ! ……そうね、いただこうかしら」
「俺はちょっと用事あるから先にお暇するよ」
上手い。吹雪は素直にそう思った。魅力的なアイテムを対価にこの場を逃げ切る選択肢を取った久遠に対してである。さすがのレアアイテムに明日香もちょっと心惹かれてしまったようだ。ならば、吹雪が取る選択肢は一択。便乗あるのみである。
「あ、じゃあ僕も……」
「吹雪さんあんまり食べていないじゃないですか、僕に合わせなくてもいいですよ。折角明日香が来たんですし、兄妹水入らずでどうぞ」
「そ、そんな」
目の前から立ち去ろうとする男の作戦の真意に今更ながらに吹雪は気付く。生贄は1枚だけではなく、2枚構えだったのだ。もちろん、そのもう一枚は、この場に残ることを勧められた吹雪自身である。
「そうね。ちょっと兄さんとは兄弟水入らずで『お話』しなくてはならないことがあるみたいだし」
「あ……明日香。ちょっと怖いよ?なんでそんなに『お話』を強調するんだい?」
「そう?その辺も含めてゆっくりと話しましょうね?に い さ ん?」
「あはは……お手柔らかにね」
「それじゃ、俺はこれで……」
吹雪の処刑が確定したと同時にこの場を立ち去ろうとする久遠。しかし、怒り全てを取り除くことはできなかったらしく。
「ちょっと待ちなさい。久遠くん」
「…………何、ですか?」
一瞬びくっとする久遠。あまりのことに隠しきれなかったようだ。既に諦観している吹雪から見てもわかりやすいほどに緊張してしまっている。あまりのことに同級生の明日香に敬語を使っている。
「用事って、何?まさかこの場を切り抜けるための嘘ってことはないわよね?」
「用事の内容?いやいや、正当な理由ですよ?」
「要件を聞いてもいいかしら?」
「ああ、楓と待ち合わせてるんだ」
「あら、デート?直前まで他の女性の話をしていてすぐまた別の女性とデートなんて、どこかの王子様と同じような目にあうわよ?」
「……その王子様には完全にとばっちり食らったんだけどね、俺。そうじゃなくて行くところがあるんだよ」
「やっぱり、デートじゃない」
「じゃなくってだな……」
しばらく話している間に緊張が抜けてきたように吹雪には見える。それは、もうこの場を逃れるための方便ではなく、明確な理由があっての話だからなのだろう。
そして久遠から告げられる理由は、至極まっとうな物。しかし予想はしていなかった物。
「今日行くのは、レジー・マッケンジーの見舞いだよ。まだ目覚めてないけどな」
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「悪い、待たせたか?」
「ううん、早めに来たのは私の方だから」
昼に食堂で
「あ……その格好」
「ん?変かな?とりあえず有る奴を着てきたんだが」
「んーん、見たことある奴だなって」
「そだっけ?」
「うん、でもどこで見たんだったかな? んー、まあいいや。それで、どうやっていくの?」
「移動はうちのスタッフに来てもらってる。移動中は俺ちょっと仕事しないとダメだけど、楓は自由にしてていいよ」
「わかった」
アカデミアの入口で待っていてくれたいつもの運転手、軽い挨拶をして二人で車に乗り込む。そのままノートパソコンを開いて作業を始める久遠と、所在なさげにしている楓。対象的な二人だった。
久遠の方は大枠を昼休みに終えていただけあってあまり時間をかけずに提出するレポートを作成完了した。そのまま送付し、送付したことをマネージャーの那賀嶋に伝える。しかしながら何のかんのと時間はかかっていたらしい、車が発進して30分強が過ぎていた。もうさほど時間もかからずに到着するだろう。
ふと楓の方を見てみると、居眠りしてしまっている。手元には雑誌が一冊。デュエル関係の雑誌を見ていたらしい。また詰めデュエルの問題でも解いていたのかと思い覗き込むと、そこには、
しかし、昔ほどではないが、やはりこういうのはちょっと落ち着かない。そして、先ほどの吹雪さん―結局コストとして生贄に捧げて逃亡した―との会話を思い出してしまう。
自分のファンでいてくれる人がいる。自分を倒そうと目標にしてくれる人もいる。そういう人たちにとって、鷹城久遠は、久遠帝は少なからず影響を与えることができる人間でいられているのである。吹雪はそう言ってくれていた。ならば、その有り様は、自分の歩いてきた道は、間違いだけではなく、正しい物も有ったのだろう。間違いも多かったのだろうが、それは、少なからず救いになること。
「(……結局、それしかできないんだよな)」
だから、進む。足掻く、必死に歩く。それしかできないから。
転機への邂逅は、刻一刻と近づいて行く。
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「さて、レジーに会いに来たわけなんだが、その前にちょっと寄るところがある」
レジーの見舞いに病院に到着したはいいが、その入り口で、久遠は楓に別に用事があることを告げる。楓としては、全く聞いていなかった話のため、どうすればよいかわからなくなってしまったようで。対応を久遠に尋ねる。
「どこに行くの?私、どこかで時間つぶしていた方がいい?」
「ちょっとした知り合いなんだが……来るか?」
「いいの?」
「別にいいんじゃないかな?聞いてないけど」
そのまま受付に向かう。受付には女性のスタッフがおり、こちらが近づくと同時に要件を聞こうと寄ってくる。
「外来ですか?」
「面会です。アポイントしていた
「少々あちらでお待ちください」
手で刺された方向には待合用の椅子。ちょうど空きもあったため、そこに座る。
たっぷり20分も待っただろうか。先ほどの女性スタッフがこちらに歩いてくる。
「響さんについては御準備が整いました。マッケンジーさんはご本人の意識が戻っていないのですが、保護者の方からの許可が下りているため、短時間ですが面会いただけます」
「ええ、結構です」
「それでは、響さんの方からです。こちらへ」
スタッフに連れられて移動を開始する。楓の方は何が起こっているのかわからないようで、若干うろたえている。確かに、事前の説明が全然なっていなかったと思い、移動中に説明しようとする。しかし、楓の方も状況を把握したかったようで
「ねえ、響さんって……もしかして響紅葉プロ?」
「ああ、ごめん。説明してなかったか。そう、紅葉さん。病院に行くって言ったらちょっと寄ってくれって言われてたからな」
「何か用なのかな」
「さあ……何も言われなかったからな」
「
「どうも。紅葉さん、久遠です。入ります」
案内してくれたスタッフに礼を言い、紅葉へと挨拶をしつつ病室に入る。
2か月程前に有ったばかりだが、その様子は変わった様子がなかった。
若干、前よりも弱っているようにも見えなくもないが、少なくともその意思に陰りは見せていない。
その精悍な顔は、かつてのHERO使いのままだった。
響紅葉、世界大会で優勝経験もある第一線級のプロである
「ああ、久遠くん。待っていたよ……なんだい、彼女連れかい?」
「いえ、違います。もう一つの用事の同伴者です」
「そうなの?わざわざ連れてきてくれたから彼女紹介してくれるのかと思ったよ」
「……今日はそんなんばっかか」
「何だい?」
「いえ、なんでもありません。それで、用事というのは?」
「ああ……早速だね。これを受け取ってほしいんだ。」
そう言って、近くの棚から取り出したものはカードの束、というよりもデッキ。
「デッキ……ですか?」
「僕のメインデッキだ」
「!!それって……世界大会で使った?」
「その前に
「……あの話?」
自分が知らない話に怪訝な表情を浮かべる楓。しかし、その話に今は触れてほしくなかったのか、久遠はそれを優しく制し、話を本筋に戻そうとする。
「楓……後で話す。すみません紅葉さん。まだです」
「なら詳細は別で連絡をするよ。今は、これを君の目的へと連れて行ってほしい」
「……わかりました……お預かりいたします」
「うん、ありがとう。これは僕のわがままだ。それはわかっているんだが、それでも……ね」
「…………」
「今日は、このくらいかな。積もる話もあったけど、君にも用事があるようだしね」
「わかりました、いずれまた」
「そうだね、次は決闘場で会いたいね」
「ええ、その時はお手柔らかに」
「こちらこそ、少し……疲れたよ」
再びベッドで横になる紅葉。それを見届けた後、楓と病室を辞する。
楓を見ると先ほどの話がまだモヤモヤとしているのだろう。来る時と比較して表情が優れていない。
本当なら、すぐにでも伝えなくてはいけなかったのだが……タイミングを逃してしまっていた。
そのまま今日になってしまっていた。
伝えるなら今日しかないんだろうなとは思う。しかし、言い出しにくいのもまた事実。
そうこうしているうちに、次の目的地――レジー・マッケンジーの部屋――へと到着していた。
中に世話を担当している看護士が居るので、声をかけて入ってほしいと先ほど説明を受けていたので、その通り、一言入れて病室へと入る。
そこにいたのは、眠ったままのレジ―・マッケンジー。
その姿は、久遠と決闘する前の姿と何一つ変わらない。違っているのは、ただ目を覚まさないということだけ。
「どうも、お父上のMr.マッケンジーにご許可いただきまして様子を伺いにまいりました」
「あなたは?」
「
「そうですか」
「それで、様子は?」
「ここに運び込まれて2週ほど経ちますが、状況に変化はありません。外傷もないため、いつ目覚めてもおかしくはないのですが、未だにその兆候は見えません」
「そう……ですか、ありがとうございます」
「それで、どうされますか?私は少々席をはずします。しばらくここにいてくださっても構いませんが、それでどうこうなるものでもないと思いますが」
「もうしばらくここに居させてください。そしたらお暇いたします」
「何かあったらナースコールで呼んでください」
「わかりました」
そうして残りの作業を終えたのだろう、担当していた看護士は去っていく。
しばらく、楓と言葉を交わすことなく静かに時間は過ぎて行ったが、ポツンと楓が発した言葉を皮切りに、会話が始まる。
「結局……あの黒いのは何だったのかな?」
「ああ、お前も受けたんだったな。俺は楓の試合を見てなかったけど……。レジー本人は『闇の決闘』って言ってた」
「っ!久遠くんも受けたの?」
「ああ、楓が倒れた夜に挑まれた。それに勝ったら、こうしてレジーが気を失ったんだ」
「……そう」
「そこを校長に見つかって、制裁になった。勝ったから放免になったけど」
「そうだったの……」
「俺たちがここに来れば、当事者がここに集まれば何か変化は起こるかもしれないと期待してきてみたんだが……それも無駄になったな。午後の休みに時間を取らせて済まなかった」
「ううん、それはいいの。私も気にはなっていたから」
「せめて……意識だけでも取り戻してくれれば……な」
「そうだね……」
八方ふさがりになってしまっている。このままここにいても状況が好転するとは思えない。しかし、それでも、もう少し、もう少しだけでも待てば好転するかもしれないという当てのない願いと共に、ただいたずらに時間だけが過ぎていく。
―― クリクリー
そんなさなかに、一瞬聞こえた小さな声。効き違いかと思ったが、横にいる楓も聞こえていたらしい。当たりをキョロキョロと見渡している。
「今……聞こえたか?」
「うん、聞こえた。何?」
「わからない……けど……!?」
不意にレジーから黒い霧の様なものが噴きだしてくる。これは……闇の決闘の時と同じ光景。
「バカな……レジーが気絶しているのにこんなことが……」
「ちょっと待って、何か……変だよ」
確かに、落ち着いてよく見てみると黒い霧の噴出の仕方は何かが異なる。ただ広がっていくのではなく、天井付近の1点に吸い寄せられているような……。
「これは……どういうことなんだ?」
「わからないけど……レジーさんから出てくる霧が少なくなってない?」
「確かに……あと少しでなくなりそうな感じだが……」
その後もしばらく霧の噴出は続いた。3分ほどそのままが続いただろうか。次第に薄くなった霧が完全になくなり、その後も何が起こるかを警戒する久遠と楓を余所に――
「ウン…………ここは……ドコ?」
「レジー!?」
「レジ―さん!?」
不意に目を覚ますレジー。しかし、起きた先が病院であることに混乱しているようだ。一方で、久遠と楓も状況に完全に追いついて行けない。三者三様に混乱する中、一番最初に落ちついたのは久遠。
当初の目的を思い出し、話を始める。相手を興奮させないよう、静かに。
「レジー、意識はしっかりしてるか?」
「あなたは……たしか、タカシロ?」
「そう。鷹城だ。まずは落ち着いて欲しい、そして落ち着いたら答えてほしい。ゆっくりでいい。最後に俺に会った時のことは覚えてるか?」
「アナタと最後に会ったのは……交流戦の……夜?」
「そうだ。交流戦の夜だ。その時、俺に決闘を挑んだことをはどうだ?」
「決闘、タカシロに……うう……わからないわ」
「そうか……じゃあ交流戦で楓……神倉と決闘したときのことはどうだ?」
「カミクラ……たしか私の対戦相手?」
「そう、神倉楓、私があなたの対戦相手だったわ」
「カミクラ……ごめんなさい、何も……覚えていない」
やはり……予想の一つにはしていたが、何も覚えてはいないのか……。
「……そうか。済まないな。無理をさせてしまった。楓、悪い。ナースコールしてくれ。今日は……出直そう」
「…………そうね」
そのままナースコールによって看護士がレジーの部屋に集まり、慌ただしくなったので久遠と楓は部屋を後にした。
可能なら色々情報を得たかった。闇の決闘のことを、黒幕の存在を。そして、久遠の異端の正体を。
そして、もっと言うなら、あんな目に合わせてしまったことを謝りたかった。怒りにまかせて決闘してしまったことを。闇の決闘の罰を与えてしまったことを。
結局、何も得られなかった。それでも、少しは進んだ。レジーが目覚めてくれたなら、そこからか細いながらも糸はつながっているはず。それを信じるしかない。
ともあれ、今日この場でできることはもはやない。当初の予定よりも大分早く終わってしまった。
隣を見ると楓も何をしようかと考えてるようだ。ふむ……何をしようと一瞬考え、ここからならあそこが近かったかと思い至る。
「なあ、楓」
「何?」
「ちょっと、散歩するか」
「……うん。どこか行くあてはあるの?」
「いや、明確にあるわけじゃないんだが……ショップ、行かない?」
「ショップ?」
「カードショップ。お前が俺をこの世界に連れ込んでくれた場所」
「…………」
「何があるってわけじゃないだが、何か行ってみたくなった。それとももうちょっとまともなデートでもする?」
「ううん、ショップでいいよ」
「じゃ、行くか」
「うん」
のんびりと二人で歩き始める。昔のように。向かう先は、何度も何度も通ったカードショップ。それもまた昔の様に。多くの出来事に巻き込まれながらも、ようやく得ることができた。
――束の間の平穏
長くなってしまったので前後篇に分けます。
後編では……決闘するはず。