「でも……もう、今日はお休み……」
そう一言残した後、鷹城久遠は自室の扉と鍵を閉める。
自室の中には眠る神倉楓。
決闘の相談を突如受け、自室で対策を講じたり、相手をシミュレートした決闘をしたりしているうちに眠ってしまったため、部屋に寝かせておくことにしたのである。
部屋から出た足で向かうのは、その間接的な元凶である万丈目準の部屋。
とはいっても本人には何も悪気はないはずではあるのだが。
部屋の前に到着し、チャイムを鳴らす。
移動中にPDAでメールを入れておいたので、来たのが久遠だとは解るだろう
…………。
……………………。
………………………………。
出て来ない。まさか寝たか?
寝る前に連絡するように言っておいたため、連絡がなかった現状寝ていないと思ったが。
もう一度チャイムを鳴らす。
…………。
……………………。
やはり出ない。
そうなると、久遠としては多少困ったことになる。
今晩の行き先がなくなってしまうのである。
頭の中ではいくつかの選択肢が渦巻いていた
自室に戻る……無理、楓が寝ている。自室のベッドは十分に大きいが、それでも一緒に寝るのは問題がありすぎる。床などで寝てもいいが、それですらためらってしまう。
同級生の部屋……却下、基本的に消灯時間後に別級の学生のフロアをうろつくことは禁止されている。
下位級の学生が上位学生のフロアに立ち入るのを禁止する規則だろうが、それを特待生が破るのは気が引ける。
ロビーで寝る……保留、別に久遠自体は構わないが、寮監に見つかると厄介といえば厄介。
亮さんの部屋……却下。今まで訪ねたこともないのにいきなり訪問したら怪しまれる気がする。
優介さんの部屋……却下。不思議と亮さん以上に危険に思える。負の感情には敏感だし。
吹雪さんの部屋……論外。男女間のイベントなんてあの人にとっては餌以外の何物でもない。あの人に見つかったら翌日には学園中に広まる。というか、近づくだけで危険な気がする。
仕方ない、もう一度トライしてだめならロビーで寝よう。
そこで誰かに見つかる様だったらその時考えるか。
……と半ばあきらめながら最後に一度だけチャイムを鳴らす。
……。駄目か。
仕方なく踵を返して階下へ向かうエレベーターの方へ歩き出そうとしたその時。
「うるさいぞ。何時だと思ってるんだ!?」
依頼主が飛び出してきた。その姿は、バスローブ。
髪が湿っていることから、シャワーでも浴びていたのだろう。
しかし、行き先のなかった久遠通してはそんなことはどうでもよく、ただ最後の望みが現れてきたことに歓喜し。
「おー、万丈目、居たのか。よかったよかった」
「何だ、鷹城か。来るなら来るとだな……」
「PDAでメールしたじゃんか。読んでないの?」
「何?ああ、すまん。風呂に入っていたんだ。メールに気づかなかったらしい」
「そっか、じゃあ仕方ない。いまからやるか」
「ヤる!?何をだ!!?」
「今夜は寝かさないぞ」
「ま、まて。お前そんな趣味があったのか!!?」
「は?何言ってんのお前。そのために呼んだんだろ?」
「ち、違うぞ!俺はただ純粋にだな!」
「まぁまぁ、シンドいのは最初の内だけだ。その内それすら快感になってくるから」
「お、お前、一体どうしたんだ!!」
「いいからいいから。そらやるぞーー。」
「まてーーーーーーーーーっ」
抵抗する万丈目を引き摺りながら。久遠は万丈目の部屋に突入を果たした。
誤解は何一つとして解けないままに。
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「………で?お前何してんの」
「く、来るな。俺にはそんな趣味はないっ!!」
無事突入を果たしたのはいいが、先ほどから万丈目がこの状態である。
なぜか部屋の片隅に逃げ、体を守るようにしておびえている。
正直見ていて面白いといえば面白い。動画にとってメール配信したくなる程度には面白いのだが……。
このままではらちが明かないと思い、落ち着いて話をするように促す。
「どうしたんだ。俺はデッキ構築の相談に来てくれって言われたから来たんだが……」
「デッキ構築?……ああ、そうだったな。そうだ、デッキ構築だ、うん、そうだ。よし、始めるか」
なぜかその一言だけで落ち着いたかのように納得をした。
……そうすると、納得がいかなくなるのは久遠の方で。
「でさ。」
「ん?何だ?」
「お前、今さっきまで何の話だと勘違いしてたわけ?」
「っっ!!?」
案の定、何か勘違いしていた様子である。
しかも、かなり変な方向で。
……気になる。ひっじょーに気になる。
「何と勘違いしていた。言いなさい」
「その……だな……」
歯切れが悪い。
そんなに言いにくい事なのだろうか
「………………その?」
「………………襲われると思った」
「…………………………は?」
あまりに突然の。あまりにあまりな万丈目の発言に久遠はフリーズする。
オソワレルトオモッタ?
おそわれるとおもった?
襲われると思った。
「はああああっ!!?」
「……………スマン。というかお前そんなに大声出せるんだな。後夜中だから静かにした方が」
「誰のせいで叫んだと思ってんだ。アホかお前!!」
「……そうだな」
「参考までに聞くが、どういう状況でそう思い違いしたのか聞こうか」
叫んだせいか、ちょっとだけ落ち着いた。
万丈目がどういう思考回路でそういう風に至ったのかを聞いてみる。
「風呂上りにいきなり『今からやるか』って言われて……」
「デッキ構築の相談に乗ってくれって言われてたしな。つーか風呂上りについては俺は知らん」
「『今夜は寝かさないぞ』って続いたから……」
「今からスタートするんだぞ、デッキ回したり修正したりしたら朝くらいにはなるだろ」
「『まぁまぁ、シンドいのは最初の内だけだ。その内それすら快感になってくるから』」
「徹夜ってそんなもんよ?……まったく……この発情万丈目……通称『発情目』め……」
「ちょっとまて、紛らわしい言い方をしたのはお前なのに、なんで俺がそこまで言われなきゃならんのだ」
「そもそもこっちは善意100%で来てんだぞ。その挙句襲われると思ったとかいい放たれる身にもなってみろ」
正確には行き場がなく、泊まる場所を探していたので、善意は50%くらいではあるのだが。
交渉事は強気に限る。身近なとある企業の社長を見て学んだことである。
「だからスマンと言ってるだろうが」
「今度明日香の目の前で『おーい、発情目~』って呼んでやる」
「それだけはやめてくれ頼むから!?」
まあ、誤解が解けただけよしとしよう。
さすがに、そこまでしてしまうとかわいそうでもある。
「そういえばだな、何故お前は天上院君のことを名前で呼んでるんだ?」
「本人にそうしてくれって言われたんだが」
「なんだと!?」
「というか今更だな。入学式のときからだぞ」
「どういうことだ。俺はそんな風に言われていないぞ」
「知らないよ。そんなの本人に聞いてくれ。あの時お前俺たちの近くにいないで取巻きを囲ってたじゃないか。そのせいじゃない?天狗万丈目、通称『天丈目』だな」
「そのシリーズいつまで続くんだ。しかし天丈目……天上院……天上院準……いいな…」
「おーい、帰ってこーい」
やばい、こいつある意味吹雪さんより厄介だ。具体的には自分の中に浸るところとかが。
というか婿入りする気かお前。
しかし、そろそろ軌道修正しないと、いつまでも始まらない。
「なあ、まだこの話続くのか?そろそろ本題に入りたいんだが」
「ん、何の話だったか?すまん、思い出したからその無表情をやめてくれ。怖い」
「失礼な。ただ呆れていただけだ」
「しかし鷹城は余裕だな。恋愛とか興味ないのか?」
「お前ね……」
軌道修正に失敗した。何この真夜中のボーイズトーク的なのは。
と、そこまで考えたところでふと思い至る。
万丈目の場合、取巻きこそ多いが、同じ目線で話をする人間がほとんどいない。
何のかんのでこういう話題には飢えていたのか。年頃なんだし。
仕方ない、もうちょっと付き合うか。
とはいえ、自分の話が参考になるとは思えないのだが。
「そんな余裕ないしな……あんまり考えた事無かった」
「そうなのか?プロだしそういう話題に事欠かないと思っていたが」
「芸能系のメディアにはほとんど出てないしね、というか小学生に手を出したら相手のスキャンダルだろ」
「紬先輩に告白されたじゃないか」
「あれは勘違いだろ。あの時だけは教室全部が的に回った瞬間だったな」
正直種族リーグのタイトル戦よりも怖かった。
しかも誤解を解くのに丸3日かかったし。
「神倉は?」
「幼馴染だよ。今年2年ぶりに再会して、4年ぶりにまともに口をきいたっていう。それだけの関係」
「なんか聞いたらまずい話だったか?」
「悪い。うまく説明できる自信がないんだ」
「何か……複雑なんだな」
「そう、複雑なんだ」
俺たち二人の関係は俺たち二人自身が一番測りかねている。
だから、人に説明できるだけの言葉を、今は持たない。
そんな微妙な空気を残したまま、ボーイズトークもどきは終了した。
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「そろそろ始めるか。いい加減始めないとマジで徹夜コースだ」
「ああ、脱線してすまなかったな」
「まったくだ。で、どういうデッキにしたいのさ」
「強いデッキだ」
「返事はいいが、抽象的すぎる。せめて何を主軸に置きたいのかとかないのかよ」
たまにこいつが学年次席だと忘れてしまうのは、自分が悪いのだろうか。と久遠は一瞬不思議に思う。
「そうだなぁ……」
しばし考える万丈目。かなり時間がかかってはいるものの、これに関して久遠は先ほどまでのように急かしたり茶化したりはしない。
デッキコンセプトはデッキを考える上で一番重要な作業になる。ここでどういうデッキを作ってみたいかという考え方によって、そのすべてが決まるといっても過言ではない。
だからこれは必要な作業。そこにかかる時間はデッキ作成者にとって不可侵にして神聖な時間。
たっぷり10分程度迷っただろうか。
ようやく意を決したように
「ドラゴン族デッキを作りたい」
とだけ、言葉を発した。
「何故そう思ったか理由を聞いてもいいか?」
「鷹城が使ったガジェットのように攻撃力がすべてではないことはわかってきたが、それでも俺はパワフルなモンスターを使いたい。入学試験の時にお前が使ったドラゴンデッキのように、大型モンスターを従えてデュエルする姿が一番かっこいいと思う」
入学試験の時……【カオスドラゴン】か。あれは今のカードプールではまだできないけど、ドラゴン族は大型が多いから、自然とパワフルな構成にはなるか。
「ん、そういう考え方ならいいんじゃないかな。よし、その方向で進めるか」
「ああ、ただ、俺の手持ちのドラゴン族のカードはそんなに多くないんだ」
「ちょっと見せてみろ……なんだ、数は多くないけど結構いいのが揃ってるじゃないか。ただ……」
「ただ?」
「エースが居ないな」
「ううむ………」
そこで、久遠は自分が自室からカードパックを持ってきたことを思い出す。
万丈目の襲われる騒動と変なボーイズトークもどきで完全に忘れていた。
「これ使えるかな?一つしか持ってこなかったけど」
「ん?カードパックか。もらってもいいのか?」
「都合良くドラゴン族になるかはわからないけどね」
「……もらおう」
持ってきたカードパックを渡す。元々は一晩の宿代のつもりだったが、どうせなら役に立ってもらえれば幸いだ。
何かあまり表に出さないようにしているが、それでもちょっとウキウキしているように見える。
「あ………」
なにかいいのが出たらしい。
「何が出た?」
「光と闇の竜……」
「なかなか引きがいいな。どうする?せっかくだからそれを主軸にしてみるか?」
「そうだな……これを出会いだと思いたい」
「よし、じゃあまずは思うままに組んでみな。そしたら実際に回してみよう」
「わかった。ちょっと待っててくれ」
「おう」
----------------------------------------
――その後
「違うって、こんなピンポイントでしか使えないのよりももっと優先して入れるのあるだろ」
「む……これは入れてみたかったんだが……」
「お前の場合それが多すぎる。少しは妥協しろ」
「……仕方ない、わかった。もう一度いいか」
「よし。やるか」
「「デュエル!!」」
――つづいて
「だから、ここでこの回し方はありえないだろうがよ」
「ちょ、ちょっと待て、もう3時を回ってるんだぞ」
「選抜まで1週間切ってるんだぞ。今日最低限の構築と基本的な回し方理解してないと1週間で完全新作のデッキ調整なんかできねえって。言ったろ、今夜は寝かさないって」
「しかしだな……」
「こっちもつきあってやってんだから諦めろ。こんどは俺の方はバーンデッキだからな。」
「うう……なんでこんなことに……」
「行くぞ」
「「デュエル!!」」
――さらに
「何かくらくらしてきた」
「徹夜でハイになってきたってとこかな。よし、もう一息だ」
「まだやるのか!!?」
「ったりまえ。俺が監修してんだ。最低限ベスト10に食らいつけるくらいの完成度は必須」
「ちなみにそれ、あと何回回してみれば」
「最低10回」
「鬼ーーーーーっ」
――そして
「よし、まだまだ調整必要だけど、それは今週でもできるだろ」
「うーん……ウィッシュドラゴンを蘇生、生贄に捧げてトークン生成、生贄に捧げてライトアンド……」
「まずは動かし方も理解したみたいだしな……もう明方か……」
最初は部屋を借りて寝床の確保のつもりだったが、熱中するうちに明け方までデッキ調整を繰り返させ、回し方を理解させるために繰り返し決闘をしていた。
ちなみに、勝敗は58戦全勝。新デッキでの初勝利はもうちょっと先に先延ばしになったようだ。
当の万丈目はというと、机に突っ伏して何かをぶつぶつ言いながら落ちている。
「(これは、動かしたら悪いなぁ、仕方ない、このままにしておくか。うん、そうしよう)」
そう勝手に納得し、結果的に空くことになったベッドを一時的に借りることにする。
仮眠程度になるが、それでも大分ましだろう。
楓の時と似たようなことをしているのだが、今回の方が自己本位に聞こえるのは黙殺することにした。
さて、今日も長い。
とりあえず、自室の楓をどうしよう……などと考えながら、久遠は短い眠りに着いた。
----------------------------------------
神倉楓は自分を朝は得意な方だと評している。
というより、体質的にあまり眠りが深くないタイプなのである。
寝起きにはたいてい意識がしゃっきりとしているし、二度寝することもほとんどない。
そういう生活がずっと続いてきた。
それなのに、今日は久しぶりに眼が覚めても頭がぼーっとする朝だった。
「ん…………いま……なんじ……?」
頭が全く働かない。こんな感覚は相当久しぶりである。よほど深く眠っていたらしい。
壁にかけてある時計を見る……が、時計はそこにはない。
不思議に思うが、それよりも今何時であるかということの方が大事なようで、仕方なく手探りで周囲を探ってみるが、何も手に当たらない。
そうしてしばらくごそごそとやっていたようだが、やがて自分の服のポケットにPDAが入っているのを探り当てる。
「んん……じかん……」
PDAを見ると時間は6時を少し回ったところである。
今日は休日のはずだが、普段から割と規則正しい生活を送っているため、この時間に目が覚めてしまったらしい。
そして、そこでPDAが自分の服のポケットに入っていることから、
「あ……私、制服で寝てた…………」
ということに気づく。
制服で寝てしまったということは、風呂にも入らず寝てしまったということである。
さすがにそれは女子としては放って置ける問題ではない。
シャワーでも浴びればこの全く回転していない頭も少しは回ってくれるはずだ。
よし、次にするべきことは、シャワーを浴びることと決めた。
「(……うう……眠い)」
普段からするととても緩慢な動きでベッドから抜け出す。
ふらふらとしながら部屋から浴室に向かう。
浴室でも動きは緩慢なまま、ちょっとだけ皺になってしまった制服と下着を脱ぎ、そのまま洗濯機に放り込んで洗濯を開始する。
替えの下着を探すが、
「(あれ……ない……)」
普段しまってあるはずのところに無い。最近洗濯物をため込んでしまったのだろうか。
しかし当初の目的はシャワーを浴びることだった。ならこの問題は後回しだ。
仕方なく何故か壁際に引っ掛かっているシャツを使おうと決め、浴室に入る。
「ん……つめた……」
水からお湯に変わり、気持ちのいい温度になってくる。
頭を洗い、体を洗い、お湯を止め、浴室を出る。
体をふき、先ほど目をつけていたシャツを着る。何かけっこう大きい。
それでもまだ意識はしゃっきりとしない。本当に久しぶりの感覚である。
部屋に戻るとテーブルの上にいくつか物が置いてあるのが目に入った。
置いてあるのは自分のデッキと2つほどのカードパック、そして書置き。
書置きに書いてあったのは。
起きて落ち着いたらPDAのメールで連絡してくれ。
朝飯でも調達してから部屋に戻る。
部屋の中のものは自由に使ってくれて構わない
久遠より
起きたら久遠にメールしてくれと書いてある。
ベッドの上に置きっぱなしにしてあったPDAを手に取り、メールを打つ
『おきたよー』
これでよし。これで久遠くんが来てくれる
「♪~~♪~~♪~~」
自然と鼻歌も出てしまう。
未だにしゃっきりとしない頭で「まだかな?まだかな?」と考える。
『朝飯でも調達してから部屋に戻る。』と書いてあったので、部屋で一緒に食べられるのだろう。
うん、楽しみだ。
「(アカデミアに入ってから決闘の話ばっかりだったから、たまには普通の話をしたいなあ)」
そこで少しだけ感じた違和感。
「(ん?『決闘の話』?)」
何だっただろうか。
決闘の話……決闘……。
「あ」
声に出ることでようやく思い出す。
同時にそれまで全然回転していなかった頭がゆっくりと活動を始める。
そうすると矢継ぎ早に現状を把握せんと一問一答が始まる。
――昨日の夜、自分は何をしていたか
丸藤先輩対策のために久遠くんを強襲し、指導を受けた。
――記憶があるのはどこまでか
5回ほど決闘をして、そのあと自分の弱点対策をしてもらった
――そのとき、何が起こったか。
だれかが訪問してきたので、ベッドの中に潜りこんだ。
――それ以降の記憶はあるか
ない。つまりはそこで寝てしまったのだろう
――つまりは
久遠くんの部屋で眠りこみ、一晩を明かしてしまった。
――起きた後どうしたか
シャワーを浴びた。替えの服がなかったのでそこらへんにあった服を使った。
――それを踏まえたうえで、現状を一言で言うと
男の子の部屋で一晩を過ごした揚句、シャワーを借りて借り物のシャツ1枚を着てるだけ。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
現状に気づき、声にならない叫びをあげたのとほぼ時を同じくして。
「楓、入るぞ」
部屋の主が、両手に料理を携えて戻ってきた。
----------------------------------------
万丈目の部屋で眠りについて1時間半程度。
PDAからの呼び出し音に久遠は目を覚ます。
アラームの設定はもう少し遅い時間に設定していた。おそらく目を覚ました楓がメールをしてきたのだろう。
完全には覚醒してはいないが、それでも睡眠をとれたのは大きかったようだ。眠りに着く前よりは大分意識ははっきりしている。
PDAを見ると、メールが1通。差出人は思った通り、神倉楓。
内容はというと
『おきたよー』
という簡単な一文。
普段の楓にしては何か文体がポップすぎるのが気にはなるが、ともあれ楓も目を覚ましたらしい。
ふむ、ならばお腹も空いているだろう。と思い至り、部屋に戻ることを決める。
ならばと、この部屋の主に一言言って去ろうと万丈目を探す。
その万丈目はというと、久遠が眠りに着く前と同じ格好で熟睡している。
とりあえず、ベッドは空いたので
「おーい、万丈目。きちんと寝るならベッドで寝た方がいいぞー」
空いていたので先ほどまで借りていた身で言うのは少々都合がよいというのは理解しているが。
「うーむ、リビングデッド、ダブルコストン、光と闇の……」
「光と闇の竜を闇属性として扱うのは永続効果だからダブルコストンは対応してないぞー」
「じゃあ……カイザーシーホース……なら……」
「正解。つーかものすごい寝言だな……いいからこっちで寝ろって」
頭の中が100%デュエルになってしまっている万丈目をベッドに引き摺り寝かせつける。
あとは万丈目の場合、実際にデッキを回してみて自分流に合わせる作業でそこそこのものにはなるだろう。
さて、朝食を調達して部屋に戻るか
----------
一旦食堂に寄り、部屋で食事をとる旨を伝えて準備をしてもらう。
プロ活動で深夜に食事を取ることになったり、逆に食堂が開いていないような早朝に食事できるように準備してもらうときに、こうして部屋で食べられるように配慮してもらうことはあったが、こうして使うことになるとは思っていなかった。
万丈目の食事も楓の分として部屋食用に準備してもらう。
万丈目には悪いとは思うが、2時間ちょっと前に眠りに着いたのだ。朝食の時間帯には目が覚めることはないだろう。
トレイにのった料理を持って部屋へと移動する。
人が込みだす時間よりだいぶ早いため、特に誰とすれ違うでもなく部屋へと到着する。
「(さて……)」
本来のマナーなら女子が居る部屋に入るならノックなりチャイムなりで中の様子を確認するのだが……。自室でそれをやってしまうと非常に怪しい。
静かに入り、入り口で中の様子を確認する方法にしようと決める。いくらなんでも男子寮の部屋でそんなに気を抜いたりはしないだろう。
そう決めると、鍵を自分で開け、部屋に入り。
「楓、入るぞ」
そう声をかけた久遠の視線の先には。
どう見ても久遠のシャツ1枚しか着ていない神倉楓の姿がそこにあった。
……。
…………。
………………。
……………………え?
まずい、状況に頭が追いつかない。
二度寝してるとか、ぼーっとしてるかもしれないなどは想定していたが、斜め上過ぎにも程がある。
自分の部屋に入ったら、幼馴染がワイシャツ1枚の姿でした。
うん、自分で言ってて意味がわからない。
よし、まずは落ち着こう。
部屋にはまず入る。出ることも考えたが、食事を持って自分の部屋の前で立ちぼうけなんて怪しいにもほどがある。
扉は閉める。鍵は当然、チェーンも閉める。
これで外部乱入者はなくなった。
部屋の中央のテーブルに持ってきた朝食を置く。
その間楓のことは一切見ない。というか、見れない。見れるわけがない。
「……………。」
その間楓は完全に沈黙。当然といえば当然ではある。
そして久遠は楓から完全に視線を外して。
「一体全体どういう経緯でこうなったんだ!?」
「……その……えと……あの……」
楓自身も完全に混乱している。判断材料は声だけだが。
「よし、まずは落ち着こう。できるか?」
「…………………無理」
「……だよなぁ」
久遠が楓の立場でも無理だと思う。
「俺、一回出ようか?そうすりゃ着替えられるだろ?」
「……服は寝起きに選択しちゃってて、洗濯完了するまであと4時間くらい。下着含めて……」
「そういうことなのか、だから意識がはっきりしたのにそんな格好なのか。あと最後の追加情報要らない。反応に困るから」
「うん、洗濯して、シャワー浴びてメール打った後に意識がはっきりしたの」
「で、どうしようかと迷ってるうちに俺が来てしまったと。」
「うん」
これでようやく全てがつながった。
同時に、若干呆れてしまったが。
無防備だなぁとは思っていたが、まさかここまでとは思いもしなかった。
本当にこいつは……危なっかしい……。
「まずはこれを着てろ」
クローゼットから青の制服を出して楓の方に向けて投げる。
もう使っていない制服だし、丈が長いコート状の制服なので、目のやり場に困ることもなくなるだろう。
「うん」
制服を受け取り、着始める楓。
しばらくごそごそと衣擦れの音が聞こえてくる。
それだけでも、本当に居たたまれない気分になってくる。
「終わったわ」
「もういいんだな?」
「ええ」
楓の方を振り返る。無事久遠が渡した制服を着たようだ。
本人は小さいので、久遠の制服は大分ブカブカだったが、それでも最初の姿に比べれば断然安全である。
無論それは久遠にとっては、の話であるが。
「じゃあ……まずは食事にするか」
「そうね」
「何かもうあんまりなイベントに味がわかるかどうか自信がないぞ」
「それは私も……」
ふたりで向かい合い、久遠がとってきた食事をとる。
やはりというか、当然というか、味は全く分からなかった。
普段は結構旨く感じるのだが……。
「そもそもお前そんなに寝起き悪かったか?」
「普段はむしろ寝起きはいい方なんだけど……」
「だよなぁ……普段もそんなに眠そうにしてるの見てなかったしな」
「うん、それより久遠くんは夜中どうしてたの?部屋にいなかったんでしょ?」
「万丈目の部屋に行ってたよ。新デッキを作りたかったんだって相談に来たから助言してた」
万丈目が聞いていたら『あれは助言じゃなくていじめだ!!』と言っていたかもしれないが、久遠的には歴とした助言である。
しかしながら、楓としては気になるのは万丈目の新デッキの方のようで。
「新デッキ?どんなのか聞いてもいい?」
「さすがにそれは俺の口からは言えないな。本人のデュエルでお披露目するのが一番いいだろう」
「強そう?」
「前の【地獄・ヘル】よりは明らかに強いと思うな。後は回し方次第だけどさ」
「そう、楽しみね」
「選抜会で公にはお披露目になるだろうな。基本的な回し方はたたき込んだけどまだ調整の余地ありだからな」
「選抜会で思い出したわ。続きをしないと」
「そうだなあ……中途半端に終わってた。あとはデッキ調整して実際に回してみるしか」
「そうね、万丈目君とは何回調整デュエルしたの?」
「58回だったかな?後半は覚えてないけど……なんで?」
「最低同数はやっておかないと気が済まないわ」
「何その変な対抗意識……俺ほとんど徹夜なんだけど。ああそうだ、あのパックは使ってもいいぞ」
「ありがと。まだ明けてないけどいいの入ってるかな?」
「そりゃ開けてみてのお楽しみだな」
朝のドタバタは何だったのか。
嘘のように落ち着いた空気で行われた朝食は、穏やかなままに終了した。
これが普通といえば普通ではあるのだが
そうして、食後に楓と昨夜のつづきのデュエル談義を始めて。
デッキを調整し、デュエルをし、またデッキを組みなおす。
それを何度か繰り返し、楓のデッキの完成度を上げていく。
楓の服が乾くころまでそれを繰り返し、デッキに納得がいった楓が自寮に帰る。
眠気がピークに達した久遠は眠りに落ち、夕方の仕事まで休息を取る。
そんなドタバタから始まった騒がしい一日。
何のかんのとあったものの、終わってみればただ平和な一日であった。
この後、新デッキを引っ提げた万丈目準は3年生のランカーを選抜戦で倒し、1年生2人目の10位以内の地位を獲得する。
神倉楓はこの日作ったデッキで、皇帝を下し、最強の一角に名を連ねることになる。
さて、本編は交流戦へ移ります。