転機は8歳の夏休みだった。
普通に生まれ、普通に育ち、普通に友達を作り、友達に誘われる形で趣味を始め、それは世界中で人気のゲームで、みんなと一緒になってそれを楽しんでいた。
――デュエルモンスターズ。
数年前より天才ゲームデザイナーであるペガサス・J・クロフォードによってデザインされたゲームは一大ムーブメントを起こしていた、
プロリーグの設立、専門学校の設立などにより、それらはただのカードゲームにとどまらないいわば社会現象にまで発展していた。
誘われて始めたデュエルモンスターズはとても楽しかった。
カードを集め、デッキを組み、コンボを考え、デッキを見直し、勝負して、勝って、負けて、デッキを組みなおす。
勝てることはそんなに多くなかったが、それでもデュエルモンスターズの世界に魅了されていた。
転機は8歳の夏休みだった。
きっかけはわからなかった。
ただ、朝起きたらすべてを「理解」していた。
手にした、異端の正体を。
手にしてしまった、禁忌の正体を。
デュエルモンスターズにおける"カード"という可能性を手中にすることが、異端の正体。
異端の一つは、世界に遍く存在した歴史の全て
過去から現在に存在した、全てを得ることができる異端
異端の代償は、友とともに歩くことができなくなること。
異端の一つは、未来に存在しうる可能性の全て
現在より後に存在しうる、全てを得ることができる異端
異端の代償は、まだ見ぬ物へのあこがれへの永遠の別離と世界の限界を知ること。
異端の一つは、存在しえない可能性
未来に存在しえない、誰も手にすることができない可能性を手中に収める異端
異端の代償は、永遠に訪れることのない、決闘の公正さ。
異端を手にしないことはできた。
異端の力を使わなければいい。
デュエルモンスターズと別離すればいい。
しかし、決断を時間が待ってくれなかった。
それゆえに、少年は進み続けなければならなかった。
転機は、8歳の夏休み。
それから、2年
いまだに少年は縛られ続けている。
異端に、世界に。
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静かな部屋に少年は一人でいる、
少年にあてがわれた、控室。
これから始まるイベントで、そのメインとなる少年はその時を待っていた。
「(こんなの、あれから何年にもなるのに、いまだに落ち着かない・・・。)」
2年。全てが始まった時からそれだけしかたっていないのだ。
まして、少年は若干10歳。
すでに年不相応の落ち着きを持っているようにも見えるが、舞台が舞台である。
最年少プロデュエリスト認定試験
あと1時間もしないうちに開かれるこのイベントは、過去類をみないほどに大掛かりな宣伝で行われている。
本来、プロ候補とスポンサー企業との間でのみクローズドで行われるのにもかかわらず、ここまで大きなイベントとして取り上げられてしまったのにはわけがある。
一つは、デュエルモンスターズ産業における最王手のI2社とKC社が今回のスポンサー企業であること。
一つは、今回試験を受けるのが、三期連続で世界大会を制している少年であること。
加えて、2年目以降はシニア大会での成績であること。
そして最後は、これが一番の理由かもしれないが、彼の戦術が、操るカード群が非常に珍しいものであること。
それゆえに、人々はアマチュアとはいえ彼のプロ試験を見に集まるのである。
「(迷いは…もうない。それはあの時に捨てたんだから)」
思い返すのはこの道の始まり。
後悔ともいえない第一歩。
「(……さて、行こうか)」
意識を切り替える。
いつものように、衣装を着て、正体がわからない程度の変装をする。
青と赤のエクステとカラコンをつけるだけだが。
それで準備は整う。
コンコンと、ノックされるドア
はいと答えると静かに扉が開き、KC社の黒服さんが現れる。皆似たようなサングラスをしているため、いまだに誰が誰だかよくわかっていない。今日のイベントの裏方を担当してくれているため、少年を呼びに来たのだろう。
「時間です。準備はよろしいですか?」
「はい」
「それでは、お願いいたします、鷹城久遠(たかしろ くおん)さん」
「ええと……、もうこの格好なので……。」
「失礼いたしました。改めて、お願いたします。久遠帝(くどう みかど)選手」
「わかりました」
開かれるドア
一歩を踏み出す。
あの時踏み出した、踏み出さなくてはいけなかった一歩は、今日、実を結ぶはずだ。
そのために、僕は、夢を捨てたのだから。
目指す地は同じでも、それはもう届くことのない夢。
その残骸へとつながる道を一歩一歩踏みしめていく。
一歩踏み出すと、もう、それは別世界だった。
見渡す限りの人、人、人。
世界大会もあわやというほどに大きなスタジアムだというのに、それでも満員の人がどれだけこのデュエルに注目していようかということを表している。
一瞬、意識を持って行かれそうになるが、すぐに遮断する。
久遠帝はそういうデュエリストだ。
常に冷静、常に冷徹。
たとえ自分がそれにまだまだ及ばない子供でも、これまでそう振舞ってしまっている
プロになるというイベントでそれを崩すわけにはいかない
「ふぅん、少しは気圧されるかと思ったが、さすがに耐えるか。」
「ええ、これでもプロになろうっていう試験ですので、無様をさらすわけにはいきません」
壇上に立つは、海馬瀬人。まぎれもないトップデュエリストにして、伝説の一人。
ソリッドビジョンシステムの開発者であり、KC社の社長でもある彼は、今回のイベントの発起人の一人にして、デュエリスト久遠帝の査定人となる人物である。
「ならいい、お前のロードはお前自身で切り開かんとならんからな」
「どうも。で、あなたがそこにいるということは、僕の相手はあなたということになるんでしょうか?」
「いや、それはまた別の機会に取っておこうと思う。今回貴様のために用意したのは、こいつだ。」
壇上に静かに上がってくる人物。
プロの試合で何度か見たことがある人物だった。確か……。
「……"マスター"鮫島さんですか。歴としたトッププロが相手なんですね。しかも、サイバー流ですか」
「私をご存知でしたか。トッププロとは…それも過去の話です」
「こんな若輩に謙遜しないでください、僕らにとっては尊敬する先輩です」
「話に聞いていましたが、本当に10歳ですか。見た目以外はもう社会人の振る舞いだ。」
「普段はもう少し違いますけどね。"ここ"に立つってことはそれなりのものが求められると思いますので」
「なるほど、人となりも含めて最年少プロ候補としては十分なのですね。」
「ありがとうございます、……そろそろですね」
「ええ」
壇上の海馬社長を見る。
「顔合わせは終わったようだな」
「はい」
「ええ」
「ならば、始めようか」
「はい」
「ええ」
「今回のデュエルは久遠帝のプロ採用試験となる。勝利は必須ではないが、それなりのタクティクスは見せてもらわねばならん」
「わかりました」
「ふぅん、それでは双方、構えろ」
壇上の中央から離れる。
タクティクスを見せるという意味ではこのデッキはいいのか悪いのか。
それは自分が判断することではなく、今回の試験官が見ることだ。もはや考えても詮無きこと。
意識をもう一段会切り替える。
今"俺"が意識を向けるべきは相対する"マスター"とそのデッキ【サイバー・ドラゴン】
押しも押されぬ主流デッキとそのトップクラスの使い手。
どう立ち回らなくてはならないか、それだけを考えろ。
静かに、デュエルディスクを構える。
そして、始まる決闘。
「「