―――――――――あの日の事を今でも夢で見る時がある
「父さん!!ねぇ父さん!!しっかりしてよ」
――――――――自分の父が死んだあの日の事を
「泣くな息子よ。これはもう決まっていた事なのだ。誰が何をしようと回避出来なかった。運命なのだから。でもなぁ父としてはお前の事が心配だ。だからこの力をくれてやる。だから息子よ。お前だけは生き延びてくれ」
――――――――――カンピオーネになったあの日の事を
ジリリリリと目覚ましが大音量で鳴り響く。
少年、村沢一郎は無意識に手を伸ばすと目覚ましのスイッチを押した。
今年から高校一年生になる彼は春休みを謳歌していた。
「ふぅわー」
大きなあくびを一回すると一郎は二階にある自室を出ると食卓へと向かった。
彼は父であり師匠でもある人から剣術を学んでいるため昨日も夜中まで鍛練を積んでいたようだ。
カンピオーネとなり自分の基礎能力が爆発的に向上したとはいえこれまでの戦いで彼は訓練を積むことがどれほど大切なことか理解していた。
ただし、腕立て伏せといった基礎訓練はあまりしていないようだ。それもそのはずカンピオーネというだけでその体は超人並になるのだから。
食卓に行くと父である人が食事を作って待っていた。家事は一郎と二人で分担しているのだが彼は朝が弱くそのせいで朝食を作るのは父の役目となっている。
「おお、やっと起きたね。それじゃあ朝食にしようか」
そう言って彼を出迎えたのが一郎の父、村沢宗司である。
村沢宗司は一郎の父親が死んだ時に身寄りのない彼を引き取った死んだ父親の友人である。
妻を作ることもなく男手ひとつで育ててくれた。
一郎は言葉にはださないが彼が尊敬する人物の一人だ。
ワイシャツにジーパンという恰好で顔を見ても明らかに二十代でもとおる若さだが確実に四十歳は超えている。ただ、実際の年齢は息子である一郎でさえも知らない。
そんな年齢不詳な父親とカンピオーネである息子の一郎の一日は始まる
食事を済ませた後の食器洗いは一郎の役目である。
ゴム手袋をつけて食器にこびりついた汚れを落としながらいつもよ少し雰囲気が違う宗司に声をかけた。
「何かありました?師匠」
「うん、どうやら七人目のカンピオーネが誕生したらしいよ。いや、正確に言えば八人目か」
「まぁ世間的には七人目ですね」
なぜ一郎がカンピオーネであるのにカウントされていないかと言うと答えは単純明快で隠していたからである。
彼がカンピオーネとなったのは十歳の時、その時、彼はとある事情でそこまで派手に戦ったわけでもないのでカンピオーネとなった彼を大人達から守るために宗司が隠したのである。
一郎がこれまで倒したまつろわぬ神の数は三。権能の数も三である。
これほどの神を相手にしてこれまで露見しなかった事は奇跡に近いが彼が神と戦う時は必ず何か事件が起こっている時だった。単なる偶然なのだが。
それに宗司は世界的に有名な魔術師でもあった。人の身にして神獣をも倒してしまう彼の権力は弱くはなかったので隠蔽するときにもそれが役に立った。
「でも何でそんな事を知ってるんですか?何かがあったとしても正史編纂委員会がその事実を捻じ曲げますよね?」
「正史編纂委員会に知り合いがいてね。その人から聞いたんだ。報告によるとウルスラグナの軍神を倒したようだね。名前は草薙護堂。年齢は一郎と同じで今年で十六だね」
「師匠その人の出身ってまさか」
「うん名前からも分かるように日本出身だね」
正史編纂委員会、一般人から魔術の存在を隠したりと色々と活動をしている国家公務員なのだがカンピオーネとまつろわぬ神との戦いは一般人が見たら戦争があったとしか思えない傷跡が残る。
カンピオーネというのは神話nで語られている桁違いの力を持った神様を倒しその権能を奪った存在。
ただ、その神様というのは一般人には見えもしないし科学兵器は通用せずさらには魔術師だとしても倒す事なんか夢のまた夢の様な存在である。
そんな神様を倒すなんて簡単に出来るわけもなく現存しているカンピオーネの数が八人というのも歴史的に見ても珍しい事である。
それでいてこんなに狭い島国に二人存在するとはある意味奇跡に近い。
カンピオーネがいない時代も昔にはあったのだから。
「それにしてもその護堂君も大変ですね。甘い汁を吸おうとする奴らがわんさか寄ってきますよ」
「いや、それについてなんだが赤銅黒十字のエリカ・ブランデッリが彼に付いているらしいよ。いやはや手が早いね」
「ん?ブランデッリっていうことは」
「そうだよ彼女はパオロの血縁、たしかパオロの姪だったかな。それに彼女は君も知っての通り紅き悪魔の称号を持つ人物だよ」
パオロ卿、その人は赤銅黒十字の総帥にあたる人物であり、宗司の友人でもある。
その総帥と知り合いな辺り宗司の非凡さがうかがえる。
そのパオロ卿とは一郎も顔見知りであり、カンピオーネであるという事を気付かれてもいない。
だが、一郎はパオロ卿に紅き悪魔の称号を持つ姪がいたなんて聞いたことがなかった。
紅き悪魔とは組織の中で筆頭騎士しか持つ事の許されない称号であり、それは協力な魔術師だという証明にもなる。
そんな人物にマークされるとは草薙護堂は運がないと一郎は思いながらもある事に気が付いた。
「師匠、そのエリカ・ブランデッリをつけたというのはもしかして」
「他の組織への牽制だろうね。あの紅き悪魔が近くにるんじゃあ他の組織も好き勝手にやることなんて出来ないだろうし」
「そしてそのまま愛人にするという流れですか」
「だろうねエリカを愛人にするなら赤銅黒十字が大きな顔が出来るだろうしね」
「俺がカンピオーネだともしバレたら」
「間違えなく送り込まれるだろうね」
色仕掛けなんて古典的な手段だが有効なのは確かだ。
昔のカンピオーネの中には何人も愛人を囲っていたなんて人もいる。
別に俺も道徳的にはどうかと思うが人の恋路にとやかく言うつもりはない。それよりも。
「俺にも送られてくるのか。はぁ」
「まぁ一郎は奥手だからね。これを機に少しは女性に慣れた方がいいんじゃないのかな?」
「女性と目を合わせただけで気まずさから目を逸らしてしまう俺がですか?それよりも俺がカンピオーネだという事が露見することになってません?」
「それについては君も分かってるでしょ。一郎がカンピオーネだって事は近いうちに必ず露見するようになるよ。むしろ今まで気付かれなかったのが幸運なぐらいだ」
「まぁあの太陽神を倒したときはさすがに気付かれるとヒヤヒヤしましたからね」
太陽神と戦って手に入れた権能の一つである剣を召喚し中学三年のときロシアで繰り広げた激闘を思い出す。
あのときはすでに権能を二つ持っていたがその内の一つは普段俺は使わない権能だしもう一つは何か俺が武器を持ってこそ真価を発揮できる権能だったため勝利するにはしたものの文字通り半殺しにされた。
「あ~ルーから奪った権能だね確か『全て斬り裂く回答者(フラガラッハ)』だったよね」
「そうです。あの時は本当に大変でしたからね」
二人で過去の激闘の事をしみじみと語りあっているとき突然、電話が鳴り響いた。
一郎が受話器を取ろうするが宗司はそれを手で制すと受話器を取った。
「もしもし、ああ君か。何かあったのかな?」
そう言って宗司は電話を続ける。
恐らく仕事の話だろう。宗司はまだ術者として現役で時々、大きな仕事が依頼される事がある。
そんな仕事があるからこそ今住んでいるような客室が何個もある屋敷に住めているんだが。
宗司の電話が終わり溜息をつきながら食卓に戻った。
「仕事ですか?」
「うん。そうだよどうやらアテネが現れたらしい」
「アテナですか?それはまた」
オリンティアの神が出てくると分かって緊張がはしると共に少し戦ってみたいという闘争心が沸いてくる。カンピオーネは戦闘が好きな者が多いと言われるが一郎もその例に漏れないようだ。
宗司は時々このような依頼で長い時には数カ月も家を開ける時がある。
この宗司の残念そうな顔から察するに今回の依頼は長くなりそうなんだろう。
「それと一郎。一回、幽世に行ってくれないかな?」
「爺さんからですか」
「うん。何か話があるみたいだけど僕は詳しく聞いてないんだ。行ってみれば分かると思うよ」
この世には現世と幽世があり現世は一郎達が住んでいるこの世界で幽世は簡単に言うと隠居したまつろわぬ神などが住む世界の事を指す。
幽世に行くためには大規模な魔術を行って幽世への門を開くか妖精の森や湖など霊的な場所に行ってそこから幽世に行くという方法と二種類存在するが一郎はもっぱら後者の方法で幽世に行っていた。
ただ、そこに行くためには一度イギリスまで行かないといけないので一郎曰くめんどくさいだそうだ。
ただ、呼び出されたのならまた女湯を覗きに行こうだとか着替えを覗こうだとか言い出すエロジジイがいるので行かないが大事な話があるというのでは行くしかなかった。
「了解です。イギリスまで行きますよ」
「ごめんね。まぁせっかくの休みだしいつも行っているイギリスではなくて少し遠くのイタリアでバカンスを楽しんでから行けばいいと思うよ。急ぎの話ではないらしいしね」
「お~イタリアですか。いいですね。それなら俺、ミラノに行ってみたいです」
「おお、いいね。ちょうど仕事で向かう場所もそこだよ。一緒に観光できるといいんだけど」
偶然だねと白々しく言う自分の師匠に一郎は少し呆れながら言った
「それって偶然なんかじゃなくて師匠がただ一緒に観光に行きたかっただけじゃないんですか?」
「親子の仲を深めるのも大切なことだよ」
「はぁまぁいいんですけど」
一郎は頭の中で持っていく物は何にしようか考えつつカレンダーを見た。
よし、まだ学校が始まるまでにかなり期間がある。
「それで師匠、いつ出かけるんですか?」
「えっ?明日だけど」
「時間がねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
こうして宗司、一郎のミラノ観光旅行は始まった。
ただ、宗司が仕事のせいでほとんど観光出来なくなるのはまた別のお話