カンピオーネ〜神の息子〜   作:大大魔王

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どうも大大魔王です。
最新話をどうぞ。


第十三話

ペルセウスとの激闘から数日後、一郎は家に帰って来た。

ポケットから鍵を取り出し鍵を開け無駄に豪華な造りをしたドアを開ける。

 

「ただいま」

「ああ、一郎。ようやく帰ってきたんだね」

 

家の中には書類を片手に優雅にコーヒーを飲む村沢宗司の姿があった。

 

「ああ、師匠。帰ってきたんですか」

「えらく冷たい反応だね。久しぶりに顔を合わせたというのに。僕は悲しいよ」

「冷たい反応されたくないんなら女遊びなんてせずさっさと良い相手を探して結婚して下さい」

「いやぁ~結婚は無理だろうねぇ。まぁしたとしても長くは続かないだろうけど。それはそうとこれ、はい」

 

宗司から一枚の書類が一郎に手渡される。

 

「ん?何ですかこれって………げっ」

「ようやく君がカンピオーネだってことが明るみに出たってわけだ。これでこそこそ戦うのは終わりだよ。やったね一郎」

 

一郎が渡された書類というのは賢人議会が発行しているカンピオーネについてのレポートだった。ちなみにこのレポートは賢人議会が運営するサイトに登録しておけばメールで送られてくる。勿論、魔術師限定だが。

青銅黒十字に自分の存在が露見した以上、自分の正体がバレて賢人議会がこのような書類を作るのは想定済みだったがまさか、ここまで仕事が早いとは思いもしなかった。

どうせ書いてある内容は甘い汁を吸おうと近づく結社や魔術師を牽制するために恐ろしい人物として紹介されているに決まっている。以前、見た草薙のものも恐ろしい魔王だということが書かれてあった。

そんなことよりも一郎には気になることがあった。

 

「うわ、これこの前の権能の名前決められてるじゃないですか」

「ああ、そうだね。勝手に決められることに不満を持つ王がいそうだからやめといた方がいいと思うけど一郎は別にいいだろ?」

「そんな、俺だってどんなのにしようか考えていましたよ!!」

「なら、賢人議会に殴りこめばいいさ。僕は止めないよ。ただ、一つだけ聞かせて欲しい。どんな名前を考えていたんだい?」

 

宗司に問われると一郎は満面の笑みを浮かべながら答えた

 

「スーパー海神ガード」

「却下だ」

 

一郎の答えに宗司は頭を抱える。一郎のネーミングセンスは皆無でまともに名前がつけられたのはフェリぐらいなものだった。そのためこれまでの権能の名前も宗司が幾つか考えてその中から一郎が気に入ったものを選ぶといった方式をとっていた。ちなみにフラガラッハの時には一郎は初めハイパーソードという名前を付けようとしていた。

 

「『主を守護する海神の加護(エノシガイオス)』ですか。うーんスーパー海神ガードの方が良いと思うんですけど」

「本当にそうしたいって言うのなら僕は止めないけどその名前はさすがに不味いよ」

「師匠がそこまで言うのなら殴りこみはやめにしておきます」

 

一郎は不満顔で宗司の言葉に頷きながら自室へと戻って行った。

 

 

 

 

そんな会話を一郎と宗司が話していた頃、正史編纂委員会では大騒ぎになっていた。日本で二人目のカンピオーネが出現したというのも要因の一つだがもう一つは隠していたことだ。報告によると草薙護堂と共に戦った村沢一郎は三つの権能を使っていたという話だ。カンピオーネになった時期は判明していないが少なくとも草薙護堂がまつろわぬアテナと戦った時点ではすでにカンピオーネになっていて、あの新潟に接近していた大型台風もまつろわぬ神だったのだろう。そして、何をここまで大騒ぎしていたのかというとそれは一郎に仕事をさせたこと、しつこくコンタクトを取ろうしていたこの二つが原因だ。

判明していなかったとはいえ仕えるべき王に仕事をさせ、嫌がっているのにも関わらずしつこくコンタクトをとっていたのだ。今ではすぐにでも消されてしまうのではないかという噂も流れて軽くパニック状態に陥っている者もいる。

そんな中、冷静に話し合っている二人がいた。

男装していたら間違えなく美少年と間違えられるであろう中性的な面持ちをした沙耶宮 馨と眼鏡をかけた冴えない男、甘粕 冬馬である。

 

「やっぱりカンピオーネだったかー」

「やはりそうでしたね」

 

二人は正史編纂委員会でまとめられた報告書と賢人議会が発行しているカンピオーネとしての村沢一郎の情報を見ながら呟く。

 

「うちの中では村沢さん怒らせてないかって大騒ぎになってるけど甘粕さんは大丈夫?」

「大丈夫じゃないですよ。多分、正史編纂委員会の中で村沢さんに最後に電話をしたのは僕ですよ。それにその前だって留守電を無視されてますし怒ってるんじゃないですか?」

 

甘粕は残念そうに呟くが表情に怯えた様子はない。

 

「いや、大丈夫なんじゃないのかな?甘粕さんの留守電は面倒だから無視したんだろうし、それにお怒りを買っているなら正史編纂委員会は一瞬で壊滅だよ。甘粕さんも分かってるでしょう?」

「ええ、まぁそうなんですけど」

 

そう答えると甘粕はずれたメガネを指で直す。それを横目で見ながら沙耶宮 馨は書類を手に取った。

 

「それで本題に入るけど。報告書を見るに村沢さんの権能の数は三つで決まりかな?」

「いや、そう決めるのは早計だと思いますよ。例の空白の五年間だってありますし」

「そうなんだよね。その事が分からないことには何とも言えないか」

「それで村沢さんは草薙さんのようにこちらについてくると思いますか?」

 

甘粕の問いに沙耶宮 馨は一瞬、間をおいて答えた。

 

「う~ん、どうだろうね。これまでは村沢宗司が睨みを利かせてたから近づこうとする組織は少なかったけど、それは何でか甘粕さんは分かる?」

「甘い汁を吸おうとする術者から息子を守るためにとしたことではないでしょうか?」

「多分ね。でもだからと言って組織を毛嫌いしている風はないんだよねぇ。最近はその睨みも緩くなってきているって言うし最終的には自分で決めさせるつもりじゃないのかな?勿論、怪しい所ははじくだろうけど」

「そうですか。では、村沢さんをこちらに引き入れるためにどうされます?やはり、草薙さんの時と同じように女の子を送り込みますか」

「それが一番だろうね。これまでの情報を見るに邪険に扱うわけでもなさそうだし。それにもう候補もいるんだよね」

 

沙耶宮 馨は一枚の書類を取り出すと甘粕に渡す。その書類にはその候補の情報が書かれてあった。

 

「へー彼女を送り込むんですか?ですが、これは」

「うん。ほとんどねじり込まれたような感じだね正史編纂委員会で吟味して決めたかったんだけどあの”古老”の意見でもあるからね無視するわけにはいかないんだよ」

 

甘粕は書類を沙耶宮 馨に返すとまた、村沢一郎についての情報を見始めた。

 

「それで草薙さんと村沢さんが対立してしまった場合、どうされるんですか?」

「草薙さんと村沢さんが対立した場合かぁ。これについてはどうとも言えないね様子を見て優勢な側につくほかないと思うよ。どちらともメリット、デメリットがあるし。まぁこちらとしては仲良くしてくれることを願うしかないね」

 

この意見には甘粕も同意だった。災厄のような存在であるカンピオーネがこの狭い島国の中で本気でぶつかり合えば冗談なしに日本が崩壊してしまう。

幸い今の所仲良くしているとの情報が入ってきているので安心だが。

 

「それともう一つ、最近、エリカ・ブランデッリが色々な方面に声をかけているとの話ですが」

「村沢さんに対抗するためにと言うのが一番、大きな理由だろうね。まぁ上手くはいかないと思うよ。村沢家と四家のうちの二つが繋がりを持ってるからね」

「それは村沢宗司さんが主導となって?」

「そうだろうね。一郎さんのほうは政治に興味ないみたいだし」

 

そう言って沙耶宮 馨は窓から外を見る。村沢一郎と草薙護堂のせいで四家の血で血を洗う争いが起こらないことを願うばかりだ。そう思いながら彼女は仕事に戻った。

 

 

 

 

 

翌日、リリアナ・クラニチャ―ルはしかめっ面で私立城楠学院高等部1年5組の席に着席していた。なぜ、このような表情をしているのかというとそれは今朝まで時間を遡る。

本人は騎士と言い張っているが実質、草薙護堂の愛人としてカレン・ヤンクロフスキと共に日本に入国した。そして、彼が在籍しているクラス1年5組に入り込んだまでは良かったがそこからが問題だった。

自分が草薙護堂の騎士だと宣言したあとの事だ。草薙護堂に男子からの殺気が集まっていたがそれはいいとして、問題は以前のエリカと同じ手口で催眠系統の呪術を使い草薙護堂の隣の席を確保できたと思って満面の笑みを浮かべていたが実際は違った。草薙護堂から一番離れている席に座っていたのだ。何事かと思い辺りを見渡すと草薙護堂の後ろに座っている村沢一郎と目があった。彼はリリアナに向かって声は出さないが口の動きだけで自分の思いを伝えた。リリアナも読唇術の心得はないが二文字の簡単な言葉だったので理解することができた。一郎はリリアナにアホと言っていたのだ。それだけで自分の身に何が起きたかリリアナは一瞬で理解した。嵌められたのだ。気付くことは出来なかったが恐らく一郎に幻惑の術をかけられていたのだろう。そのあとの休み時間に一郎を問い詰めるとあっさりと自分がやったと答え。理由を聞くと

 

「こんな程度で一々席替えするような事になると面倒くさいんだよ。ブランデッリの時は急に催眠の術を使い始めたから対処出来なかったけど。よくよく考えてみたら俺が魔術で誘導したらいいだけの話なんだよな。これに懲りたらもう二度とこんなことをすんなよ」

 

一郎の言ったことは悔しいが正論だったため反論できなかった。だが、今でもモヤモヤする。あのエリカが草薙護堂の傍にいて自分はいないのかと。

そうくよくよ悩んでいるうちに昼休みの訪れを告げるチャイムが鳴る。リリアナも頭を切り替え今朝、自分で作った弁当を持って万理谷祐里、草薙護堂と共に屋上へと向かった。途中で村沢一郎の周りに集まる三人が草薙を拉致しようだとかこれは正義の鉄槌だなど、どこのテロリストだと言いたくなるような発言をしていたが問題なしと判断して歩を進めた。

一方、草薙は頭を痛めていた。勿論、身体的な意味ではなく比喩的な意味である。この日の朝は一郎にこの前の礼を言って出来れば同じカンピオーネとして仲良くしたいという旨を話そうと思っていた。草薙の周りの同世代で尚且つ魔術関係であり草薙から見てまともに見える男性は一郎ぐらいなものだからだ。本人に自覚はないが三人の美少女を侍らせているる草薙だがやはり異性といるよりも同性といる方が気は楽であった。そんなことを思って迎えた朝のホームルーム。これが終わったら一郎に話そうと思っていたのだがその前に大きな事件が発生した。リリアナが転入してきたのである。いや、そこまではまだいい。問題は彼女の発言だ。

 

「まず最初に説明しておこう。私は運命をともにすると約束した人物がいる。それがこの御方、草薙護堂だ」

 

そんな爆弾発言をしてくれたおかげでクラス中の男子からは睨まれ頼みの綱の一郎は後ろで

 

「一途な乙女って怖い」

 

と呟いただけであった。そのあとにエリカと同じ催眠の術を使って席を確保したのだが何を考えたのか自分とは離れた場所に席を確保していたため不思議に思ったがその後のリリアナと一郎の会話で一郎がリリアナに術をかけて誘導したことが判明した。このことに草薙は一郎に心の中で感謝しお礼に今度、アップルパイを買ってやろうと思った。もし、リリアナが隣の席を確保して自分の世話を焼きはじめたら男子からこれ以上の反感を買うのは必至だからだ。それに今、この場所にエリカが寝坊を理由にいないことにも安堵していた。彼女がいたら面白がってリリアナを挑発し面倒なことが起こっていただろう。

そしてこういう時に何かと助けてくれる万理谷も何故か今朝からギクシャクしてしまっている。話しかけても上の空ということが多い。こんな状態で屋上へ向かうことになってしまったが四バカがこちらを見ながらヒソヒソと話していることが草薙は気がかりの一つであった。あの様子だと何か仕掛けてきそうだ。あの中で比較的マシな一郎が丸く収めてくれることを願うしかない。

屋上へと到着し弁当を広げ、今まさに食べようかと言う時にエリカが現れた。

 

「みなさん、ごきげんよう。そしておはよう護堂。あなたの顔が見れて嬉しいわ」

 

昼休みから出席するといった重役出勤をする彼女だが悪びれる様子はなくむしろ堂々としていた。そして、ちゃっかり草薙の隣の席を確保する。

 

「あら?リリィお弁当を作って来たの?一つ貰うわね」

「おい、待て。これは草薙護堂のために作って来たものだぞ!!」

「別にいいじゃない。それに私、朝起きてから何も口に入れてないの。もう、空腹で死にそうなんだから」

「それはあなたが寝過したのがいけないんだろう!」

「私は護堂のために作戦を練ったり他のカンピオーネの情報を集めたり色々頑張ってるのよ。だから、これぐらいの権利はあってもいいはずだわ。それに最近大きな動きがあったみたいだし」

 

そう言いながらエリカがサンドイッチを食べる。食べる時の仕草の一つ一つにも優雅さや気品に溢れている。

 

「村沢一郎のことか?」

「そうよ。リリィは賢人議会のレポートは読んだかしら?」

「ああ、もちろんだ」

 

二人とも真剣な表情になり話し始める。

話の内容は勿論、草薙と共闘した少年、村沢一郎のことだ。

上の空だった万理谷も真剣な表情になり話に加わる。

 

「村沢さんはやはり?」

「ええ、カンピオーネよ。それも何年も前かららしいわ。赤銅黒十字は彼がカンピオーネなんじゃないかっていう噂はあったみたいだけど完璧に把握できていなかったわ。青銅黒十字と正史編纂委員会のほうはどうなのかしら?」

「青銅黒十字も同じだ。急に一人現れたせいで今は大騒ぎになっているが」

「正史編纂委員会も同じような状態ですね。ただ、こちらでは村沢さんの手によって正史編纂委員会が滅ぼされるのではないかという噂のせいで軽いパニック状態です」

 

三人の話を聞いて草薙は驚いていた。カンピオーネが一人、出現したぐらいでそこまでの事態になるとは思っていなかったのだ。

 

「すごいな。一郎一人でそこまでなるのか」

「カンピオーネが誕生した時にはいつも大騒ぎになるのよ。それこそカンピオーネ一人で一つの国が簡単にい傾くほどだし」

「でも俺の時にも騒ぎにもなったし、色々あったけどここまでの事態にならなかったんだと思うんだが」

「それは私がいたからよ。護堂。それにあなたはこちらの世界には疎かったし」

「そうなのか。それでアイツは今、どんな状況なんだ」

「そのことなんだけれど」

 

エリカが以前のように一枚の写真を取り出した。

 

「村沢一郎のこれまで分かっていた情報は以前、話したし省くけどリリィもいいわね」

「ああ、いいぞ。その程度の情報ならもう知っているから構わないぞ」

「それじゃあ、これを見て」

 

一枚の写真を三人が身を寄せ合って見る。

そこには半壊した日本家屋が写っていた。その日本家屋は竜巻が発生したかのようにボロボロになっているが日本家屋以外は何もなっていない。

 

「以前、話してからも村沢一郎については調べていたんだけど一つ面白い事が分かったわ。時間はかかったけど」

「それがこのボロボロの日本家屋と関係しているのか」

 

草薙が写真を見ながら尋ねる。

 

「ええ、この日本家屋、ジャパニーズマフィア。ヤクザの総本山の一つだったらしいわ」

「だったとはどういう意味だエリカ?」

 

リリアナもこれが誰がやったのは大体、察しはついたがエリカの発言が気になったので疑問をぶつけた。

 

「そのままの意味よ。日本の四大氏族とまではいかないけどそれなりに大きい所だったみたいだけど本部支部含めて全て壊滅したわ」

「これは村沢さんが?」

「ええ、そうよ。初めは半信半疑だったんだけど。カンピオーネだと分かって納得したわ」

「これを……アイツが」

 

普段は温厚そうにしているのにこのような事をしたと知って草薙は一郎はトラブルメーカーだと思った。もっとも草薙自身も人の事は言えないが

 

「ええ、まぁ何かしらの事件があってここまでになったそうだけどこれ以上は分からなかったわ。それと護堂、あなたは人のこと言えないわよ」

「え!?何でだよ」

「コロッセウムを力を示すために破壊したりするような人は人の事は言えないわよ」

「くっ」

 

反論しようとしたがエリカの言葉に草薙は黙る。確かにコロッセウムは『猪』で破壊してしまったし戦いの末とはいえ東京タワーを破壊してしまったのは自分だと思っているからだ。もっとも東京タワーを破壊したのは一郎だが。

 

「まぁ壊滅したしないの話はオマケみたいなものなんだけど、この話どうやって隠蔽したのか皆は分かる?」

「おおかた村沢宗司が隠蔽したのだろう」

「私もそう思います。村沢さんのお父様は有名な方だと聞きましたし」

「魔術でも使ったんじゃないのか?天才なんだろ一郎は」

 

三人が思い思いの意見を口にするがエリカは首を横に振る。

 

「いいえ、それは違うわ。いくら村沢宗司の力が強大だとしても一人ではやれることに限りがあるし護堂の意見も興味深いしありそうな話だけど今回は違うようね」

「どれでどうやって隠蔽したんだ」

 

草薙が回答を催促する。探偵物のドラマを見ているような気分だった。

 

「話は簡単よ。日本の四大氏族に頼ったのよ。あそこまで大きな所だと情報操作も出来るだろうし」

「ですが、私はそんな話は聞いていません」

 

エリカの話に万理谷が反論する。そのような話なら媛巫女である自分にも話が伝わってくるはずだと考えたからだ。

 

「これまで自分がカンピオーネだということを隠していたし騒ぎが露見して大きくなることを避けたかったんでしょう。恐らく一部の者にしか伝わっていなかったはずだわ」

「そうですか」

「それでエリカ何でそんな事が分かったのだ?」

 

エリカに今度はリリアナが質問する。

 

「私も護堂のために色々と根回ししようとしたんだけど思った以上に村沢一郎、村沢宗司の根が深いわ。そのせいで大変なのよ。特に四大氏族の九法塚家と連城家を懇意にしているわ。あの騒動もこの二家との繋がりを調べていくうちに分かったものよ」

「政治的に有利になるというのは難しい話か」

「そうね。村沢一郎は祭ごとに興味がないらしいけど村沢宗司が積極的に活動しているわね。それに村沢一郎の呪術の才も捨てがたいものだし」

「ん?一郎って魔術だけじゃないのか?」

 

エリカの言葉に草薙が首を傾げる。一郎が天才的な魔術に使い手だと言う話は聞いたが呪術などを使うなどの話は聞いたことがない。

 

「魔術の方が目立ちすぎて他は明るみに出ないけど彼、魔術以外にも呪術や方術、ルーン文字を使うものとかその他にも色々使えるものがあるらしいわ。リリィはこの話、知ってる?」

「ああ、知ってる。本人はぜんぜん出来ないと言っていたが悔しいことに魔術以外のものも一流だ。世界の中でも5指には入るだろ」

「こう言ってはなんですけど異常ですね」

 

エリカの話を聞いて万理谷がポツリと呟いた。媛巫女の中には神を自分の身に降ろす神がかりや魔力や呪力を打ち消すことが出来る禍祓いなど稀有な能力を有する者がいるがそんな者達を間近で見てきた万理谷でも一郎のことが異常に思えた。

 

「異常だからこそカンピオーネになれたのよ。ただの天才ならカンピオーネにはなれないわ」

 

エリカがもう一つサンドイッチを手に取りながら答えた。

 

「まぁ村沢一郎はいい加減な所があるが普段は温和な奴だ」

「あら?リリィ彼のことよく知っているわね。さすがは旧知の仲ってところかしら?嫉妬しちゃうわ。それで普段はって言っていたけど、どんな時に彼は怒るの?」

「茶化すなエリカ。それで村沢一郎が怒る時だがそれは彼の身内が攻撃された時だ。私も怒る瞬間を見たことがあるが今では思い出したくない記憶だな。草薙護堂、あなたもお気を付け下さい」

「え?俺か?」

「そうよ護堂。この中で問題を起こすとしたらあなたしかいないわ」

 

草薙を除く全員がその言葉に頷く。草薙はそのことに反論しようとしたが三人からの無言の圧力に負け黙った。

 

「まぁこの話は置いておくとして村沢一郎の権能の事なんだけど」

「ああ、そのことか」

「そういえば一郎の奴、色々持ってたな俺達が見たのは二つか?」

「いいえ、三つです草薙護堂。最後の一つは貴方が気絶したあとに村沢一郎が使いました」

「村沢さんの権能はどういう物なんでしょうか?」

 

万理谷の言葉にエリカが書類が取り出す。

 

「まずは『飲み込み奪う神狼(スワロウ・プランンダ―・ゴッドウルフ)』ね」

「神獣型の権能だな。村沢一郎の戦闘のアシストの他に情報を得ることによって相手の神格や権能を吸収できるようだな」

「俺の『戦士』の神獣版か」

「厄介な権能よね。ある程度、自由に動けるらしいし」

 

リリアナはペルセウスと一郎との戦闘を思い出す。あの狼の神獣と一郎との連携は見事なものだった。戦う際には十分な注意が必要だろう。

 

「それで次は『全て斬り裂く回答者(フラガラッハ)』ね」

「それは俺も見ていたけど何もなさそうだったぞ」

「いえ、報告書によると鎧や盾を無視して攻撃できるそうよ。恐らく加護なんかも無視して攻撃できるでしょうね」

「防御不可の剣ってわけかよ。何でもありだな」

「あなたもね」

 

草薙の言葉に苦笑しつつ答えながらエリカはまた書類に目を落とす。

 

「そして最後に『主を守護する海神の加護(エノシガイオス)』ね。リリィは間近で見たんでしょう」

「ああ、澄んだ青色をした液体のようだったが村沢一郎は主に鎧のように使っていたな。どうやらあの液体に触れると動きが鈍るようだ。それに鞭のようにも使っていたな。ただ、液体の絶対量は決まっているようだった。鞭のように使っている間、彼が纏っていた液体の量が見るからに減っていた」

「弱点はあるわけね。あと、彼、ダヴィデの言霊も使っていたと書かれているんだけど本当?」

「ああ、そうだな。それも私達が使うものよりも格が上だった。最も魔術関係で村沢一郎が何をしようと今さら驚かないが」

 

エリカは書類を地面に置くと先程から黙りこんでいる万理谷を見た。何やら顎に手を当てて考え込んでいるが中々可愛らしい。

 

「どうしたの祐里?」

「少し気になることがありまして」

「気になること?」

「はい、村沢さんはカンピオーネということを隠していたんですよね?」

 

万理谷の問いにエリカが頷いて答える。

 

「ええ、そうね」

「それと今回、草薙さん達が戦った時に村沢さんは『全て斬り裂く回答者(フラガラッハ)』の鎧や盾を無視して攻撃するといった能力を使ったのでしょうか?」

「いや、さっきも言ったけど俺は見ていないぞ」

「私もだ」

「おかしくないですか?今までカンピオーネということは隠していたのに権能が知られているなんて」

 

万理谷の言葉に草薙は確かにと呟きながら頷く。

エリカはそんな万理谷を見て二コリと微笑んだ。

 

「さすがね祐里。そこに気が付くなんて偉いわ」

 

母が子を褒めるような声をあげながら書類を指差す。

そこには情報提供者、村沢宗司と書かれていた。その事実に三人は衝撃を受ける。

 

「えっこれって!!」

「村沢宗司が村沢一郎を裏切ったということか」

 

その言葉にエリカは首を横に振った。

 

「いいえ、私も最初は裏切ったのかと思ったけど恐らく違うわ」

「それじゃあどうして?」

「一部の情報を提示して怪しまれないようにするためだと思うわ。彼のカンピオーネになった時期って定かじゃないでしょう?書類には12歳の頃と書かれているけど」

 

エリカの言葉にリリアナはハッとした顔をする。

 

「空白の五年間か!」

「ええ、その時にカンピオーネになったんじゃないかって私は思っているの」

「いや、それでも一郎の親父さんがバラした理由になってないぞ」

 

草薙の疑問にリリアナは得意気な顔で答える。

 

「草薙護堂、恐らく村沢一郎はまだ権能を隠しています。なので、村沢宗司は隠していると疑われないために情報を提示したかと思われます」

「でも、そこまでして隠すメリットがあるのか?隠すために権能の情報をばら撒いていたら本末転倒だろ?」

「ええ、そうね。ただ、こうは考えられないかしら?そこまでして隠したい権能があるって」

「つまり、草薙さんの『戦士』の言霊の剣のような切り札ということですか」

「隠しておきたいところを見るに強力だけど何かしらの弱点があるってことだな」

 

四人は黙って村沢一郎の権能について考え込む。

強力だが弱点がある権能。恐らく対策が取りやすい。もしくは一度、使ってしまったら何かしらの代償を支払うというものだろう。

これからどう動こうか相談しようとエリカが口を開きかけたとき屋上のドアが開いた。

 

「何コソコソ人の批評会みたいなことやってんだ」

 

村沢一郎が力強くドアを開いて現れた。その多すぎる呪力を辺りに撒き散らしながら足元には件の神獣を従えている。その様子を見てリリアナは万理谷をエリカは草薙を守るように一郎の前に立つ。

二人とも一郎と戦ってしまえば瞬殺されることは目に見えているが相手な実力が不明瞭な以上、自分達が戦うしかない。万理谷は非戦闘員であるし草薙も大きな制限を受けるうえ一度、使ってしまったら一日経たないと再使用できない。それに加えここは学校だ。草薙の権能である東方の軍神はどれも強力だが力加減ができないここで使えば自分達の友人や関係のない人達を巻き込んでしまう。

そのため二人を逃がすためにも二人は前に立ったのだが草薙は前に進み出て三人を庇うように立ち一郎を睨む。

 

「護堂、あなた状況が分かっているの?」

「ああ、分かってるさ」

 

エリカが状況の危うさを話して草薙を止めようとするがそれを手で制して止めた。

 

「うわ正義のヒーローみたいで格好良いな。さすがはハーレムの主人だ」

「おい、一郎。悪い事は言わないやめておけ。お前とは仲良くしたいんだ」

「へぇー」

 

二人の話し合いを聞きながらエリカとリリアナはせめて自分達も戦いに加わろうと剣を手に取り草薙の横に立とうとするが

 

「止まれ」

 

その一郎の一言に足がセメントで固められたように動かなくなった。一郎の言霊のせいだろう。

 

「エリカッ!リリアナッ!」

 

二人の足が止められたのを見て草薙は少し焦るが動きを止められただけだと分かって安堵する。

今、殴りかかって先手を取ろうとも思ったが悔しい事に相手の方が上手だ。『雄牛』を使おうとも考えたが一郎は魔術などを使って自分の身体能力を上げていなかったため制限である相手が常識外の腕力、力を持っていることに引っ掛かり行使することが出来ない。

こうなったら一郎に一発もらってから『駱駝』を使って相手をするしかない。そう覚悟しながら笑いながら近づいて来る一郎を睨みつける。

一郎が腕を前に突き出し草薙が身構えた瞬間、一郎が一言

 

「和平協定を結ばないか」

 

と言って握手を求めるように手を出した。

 

「はっ?」

 

一郎の言葉に皆、呆気にとられる。リリアナはまたかと言いながら頭を抱えながら溜息を吐く。心なしか一郎の神獣も溜息を吐くように一回、吠える。

 

「だから、和平協定だ。それぐらい分かるだろ?」

「えっだって、お前戦おうと」

「何度も言わせんな和平協定結びに来たって言ってるだろ」

 

草薙は今度はフェリを指差して反論する。

 

「なら何で一郎は神獣までだして臨戦態勢で来たんだよ」

「それは…ほら気分だ」

 

一郎は頬を掻きながら答える。その答えにリリアナに引き続きエリカも溜息を吐いく。万理谷は硬直したままだ。

 

「ほら、俺ってカンピオーネだけど威厳とかこれっぽっちもないからな。こういう所で感じをだしておかないと」

「それじゃあ、変な術を使って二人を止めたのは」

「いや、お二人さん殺る気まんまんだったし。草薙は分からないと思うけどコイツら実力は魔術師の中じゃあ上位の部類だからな。俺を傷つけられるのは無理だと思うけど避け損ねて服でも斬られたらたまったもんじゃないしな。俺は裁縫はそこまで得意じゃないんだ」

「それじゃあ本当に」

「ああ、和平協定を結びに来ただけだ。こういうのは早めのほうが良いらしいしな」

「おい、ブランデッリって、ああ、ごめん術解くの忘れてた」

 

一郎が指を鳴らすと二人の術が解ける。その瞬間、リリアナが一郎に詰め寄る。

 

「またこんなことをして!!今回は本気で驚いたぞ!!」

「ごめんってお前、前に会ったときもそんなこと言ってたぞ」

「覚えているなら驚かせないようにしろ!!」

「別にこれぐらいのお茶目ならいいだろ」

「心臓に悪いわ!!」

 

一郎がリリアナに説教をされているのを見ながら草薙は先程まで座っていた場所に座りこむ。その隣にエリカも座った。

 

「ああ緊張した。一時はどうなることかと」

「私もよ。護堂」

 

二人同時にため息を吐き出しながら感情をあらわにして一郎を叱るリリアナを見る。

 

「それにしてもリリアナもよくあんなに叱れるな。俺のときは初めはもっと怖がっていたけど」

「昔からの知り合いだからでしょう。それにリリィからの話を聞く限り彼のことを弟みたいに思ってそうだし」

「手のかかる弟か。まぁ馬鹿な子ほど可愛いって言うしな」

 

四バカの一人だしと付け加える。一郎もその言葉が聞こえのか反論しようとしたがリリアナに怒鳴られ押しとどめられる。

 

「それに彼……祐里?」

 

エリカは何かを言いかけたが突然、立ち上がった万理谷に声をかける。草薙も声をかけようとしたが万理谷の無言の圧力に負けて黙る。そして、万理谷はふらふらとリリアナに説教される一郎に近づく。

それに二人も気が付くが

 

「どうした?万理谷祐里?」

「万理谷……さん?」

 

様子のおかしい万理谷に二人も呼び掛けることしかできない。ただ、一郎は何となくだが次に起こることが予想出来た。

 

「村沢さん、少しお話よろしいですか?」

「……………出来るだけ短めにお願いします」

 

一郎は心の中でやっぱり話が始まるのかと思いつつも反抗することを諦め大人しく従う。万理谷は自分の妹であるひかりに話をする時のように話し始めた。リリアナは万理谷のせいで毒気を抜かれ一郎を叱ることを止め先程まで万理谷が座っていた場所に腰を下ろした。

 

「コホンッさっきの話の続きだけど彼、自分でも言っていたけど威厳がないと言うか。親しみやすいって言ったほうがいいか。とにかくカンピオーネだと分かっていてもあまり恐怖を感じないのよね」

「ああ、だから万理谷も普通に話してんのか」

「まぁ怒らなければの話だが」

 

三人は面倒くさそうにしながらも一応は話を聞く一郎を見る。確かに今は先程までの威圧感はなく姉に叱られる弟という感じであった。万理谷が草薙と出会った頃と比べると怯えがない。これはある意味、一郎の魅力と言えた。

15分後、学校の鐘が鳴りお話は中止となった。以前のようにフラフラしながらもこれ以上、何も言われないために迅速に出口に向かう。ドアを開けようとしたところである事を思い出し後ろを振り向く。

 

「ああ、忘れてた。ブランデッリ、和平協定結んだこと各種方面に伝えといてくれ」

「ええ、了解よ。それと私のことはエリカでいいわ。知り合いに同じファミリーネームの人がいたら、ややこしいでしょう?」

「ああ、パウロさんの事か。分かった」

 

そう言うと扉を開けて屋上から出て行くが扉が閉まる直前に顔をだけ出した状態で一言

 

「ああ、言うの忘れてた。こっちにちょっかいかけるなら容赦せずに潰すからそのつもりで。じゃあな」

 

明確な殺意を放ちながら言う。草薙以外の三人はその殺意に心臓が止まりそうになり、草薙からは冷や汗が流れる。普段は威厳や威圧感がないと言っても彼もカンピオーネの一人だと言うことを実感した瞬間だった。

 

その日の帰り、一郎は帰りで寄ったスーパーの特売で得た戦利品を片腕にぶら下げながら家を目指す。

家に近づくにつれて門の前に知らない制服を着た女性が立っているのが視認できた。

村沢家に用だろうか?もし、そうだとしたらきっと師匠に用だろう。玉砕覚悟で師匠に告白しに来たか?と考えながら一郎は足を進める。通常、村沢家で女性関係で何かあるのは宗司の方で一郎は女っ気のない生活を送って来た。一郎が中学生の頃、女子高生が顔を赤らめながら自分の師匠にラブレターを渡していた光景を今でも忘れられない。

ある程度、近づくとこちらに気が付いたのか一郎の方を向き二コリと微笑む。

抜群のプロポーションであり艶やかで長い黒髪を持つ美少女がそこにいた。背中には細い布袋を背負っており一郎の学校にも存在する剣道部を連想させる。

一郎は初見で大和撫子という言葉が頭に浮かぶ自分の知り合いの奇麗どころとは違うベクトルの美しさを持った女性であった。

 

「村沢一郎さまですね?はじめまして、清秋院恵那と申します」

 

一郎が門に到着するなり門の前にいた美少女、清秋院恵那が自己紹介が始まったのでうろたえることしかできない。

 

「縁あってあなたのお近くに控える身となりました端女にございます。わたくしも清秋院の家も、叶うならばあなたさまの御寵愛を末永く賜り、共に覇道と王道を歩ませていただきたく願っております。どうぞ、この忠義をお受け下さいませ」

「は?」

 

これが村沢一郎と清秋院恵那の出会いとなった。




やっとヒロイン1人目がだせました。
ここまで長かった。

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