地球上ではないどこかで草薙護堂は目を覚ました。
辺り一面灰色の空間。見渡してもなにもない。
ただし、一つだけ例外がいた。
「久しぶりねゴドー」
声をかけられたので後を振り向くと自分より少し下、妹の静花と同じぐらいの年齢の少女がそこにいた。
整った顔立ちをしているが体の起伏は見られない俗に言う幼児体型というやつだろう。だが、それにもかかわらず少女は女としての艶があり、それはエリカやリリアナをも凌ぐものだ。
一瞬、護堂は目の前にいる少女が何者かわからなかったがすぐに思い出した。
「お久しぶりです。えーと、パンドラさんですよね?」
「もう、他人行儀な呼び方を相変わらずするのね。ママって呼んでくれたらいいのに」
「えっと、それは」
さすがに自分の妹と同じぐらいの姿形をした少女をママと呼ぶ高難易度のプレイはしたくないし、そんな趣味もなかった。
カンピオーネを誕生させる役割を持つパンドラを自分の母として扱うのはあながち間違いではないのだがやはりその姿のせいでパンドラは一度もママと呼ばれたことがない。
「えーと、それでここって生と不死の境界?でしたっけ?それといつも不思議に思うんですけどここで話した事とか起こった事柄はどうして元に戻ったら思い出せなくなってるんですか?」
「うーんと、まぁぶっちゃけると覚えてることはできるのよね。ゴドーはレベルが足りないから無理だけど」
「レベル?それじゃあ一郎とか他のカンピオーネだったら覚えていられるんですか?」
「無理ね。魂の浄化がすんで悟りを開いた。そうねぇ西遊記の玄奘三蔵、ゴドーに分かりやすく言うなら三蔵法師か。このぐらいになれば覚えていられると思うけどね。ま、そんな人が神殺しになるのはありえないんだけど」
パンドラは頬に手を当て考える素振りを見せながら話す。
「ああ、それとゴドーの言っていたここが生と不死の境界ってのは正解よ。ゴドーは一回死んだから現世との繋がりがあやふやになったから呼びだせたんだけど」
「あの、俺、『雄羊』の権能をちゃんと死ぬ前に使ったはずなんですけど」
「ええ、使ったわね。だから体の方は回復しているわ。実はあれ、一回しっかりと死んでから蘇るようになってるのよ。知らなかった?」
「……まぁなんとなく」
あまり知りたくなかった情報を聞き頭を抱えたくなる。
死んでもまた蘇る。まるであの有名なRPGだと護堂は思った。
「まぁいいじゃない死んだおかげでここに呼びだせたわけだし」
「はぁそれで用件はいったい何なんですか?」
言葉の軽さと見た目のせいで威厳が全くないが彼女はカンピオーネの母。れっきとした神なのである。
ここに護堂が呼ばれたのにも何か意味があるはずなのだ。
「ああ、それは警告してあげようと思って、偶然にも≪鋼≫の神格とその≪鋼≫の権能を持つ同族に出会っちゃったしね」
「鋼?神格の方はペルセウスだとしてその同族って言うのは一郎のことですか?」
「そんなとこよ。イチローのことについてはこれ以上深くは言えないけどね。あの≪鋼≫の神格の勇者様は……曲者?女の敵?まぁ厄介なのは確実だし≪鋼≫の連中はあなたたちカンピオーネにとってライバルなんだから気をつけなさい!それに負けちゃダメよ」
「呼ばれたのはその警告のためだけですか?」
気をつけろと言いたいがため呼んだのか。勝てと言われて勝てるなら苦労はしない。一郎と共闘するなら大怪我しなくても勝てるか。などと頭の中で考えている護堂に向かってパンドラは首を横に振りながら答える。
「いいえ。これはイチローにも言ったんだけど他の神殺しならともかくあなた達、二人が住む島国には最強の≪鋼≫が眠っているのよ。だからゴドーも注意していてね。いい?」
「最強...ですか」
「ええ、あなたをこてんぱんにした勇者様やイチロー、もちろんゴドーよりもずっと強いわ」
「なんでそんなものが日本に?いや、今はそんなことはどうでもいいですからその最強の≪鋼≫について詳しく教えてください」
「ごめん、無理なのよ。人を縛る法律があるように神様の中にも決まり事が色々あるのよ。それに忘れちゃうだろうし」
「ああ、そうでしたね」
彼女から授けられた知識は無意識の領域に残り現世に戻ると忘れてしまう。だが、まつろわぬ神と戦うときに起こるカンピオーネの卓越した直感は彼女から授けられた教えのおかげだったりする。
「今回はイチローと共同で戦うことになるけど一応、気をつけなさい。あの方とゴドーの相性は最悪だしイチローは抜け目ないけど詰めが甘いことが時々あるからサポートしてあげて!あんな女の敵に絶対負けちゃだめよ!!」
ああ、この人、体育会系だと思いながら護堂はまどろみ中へと落ちて行った。
護堂が目を覚ます数十分前、一郎はというと少し困ったことになっていた。別に害があることではないのだが。
青銅黒十字のナポリ支部の応接間でソファに深く座り淹れられた紅茶に口をつける。
深くため息をつきながらカップを置く。後を振り向くとそこにはリリアナから紹介された魔女見習いカレン・ヤンクロフスキが顔を少し上気させ姿勢正しく立ち真っすぐ前を見つめている。
一郎は後を見るのやめて、視線を元に戻すと後頭部辺りに視線を感じる。
昨夜、護堂を運び終えた後、一郎はその時すでにカンピオーネであることが一部の者に露見しておりこの支部のリーダー格であるディアナ・ミリートと話をしていたのだが一郎がとりあえずこの一件が落ち着くまでは自分がカンピオーネであることが広まらないようにしてほしいと言ったところ。一郎の言ったことを実行するためディアナ・ミリートは大急ぎでこの場から出て行ってしまった。そして朝になっても未だに帰ってきていない。そこで残されたのが一郎と給仕のために残ったカレン・ヤンクロフスキである。ちなみにリリアナは草薙を看病している。権能で体が回復する上に一郎特製の霊薬を飲ませたので看病する必要は全くもってないのだが彼女がそう言ったのだから仕方がない。ただ、リリアナが別れる直前にカレンが粗相があるかもしれないが許してやってほしいと言われた。
一郎は自分の侍女を心配しての発言かと思ったがどうやらそうではなかったようだ。先程から一郎が視線をそらすとずっと凝視している。そのせいで落ち着くことができない。
タイミングを見計らって後を振り向いているのだがそのたびにカレンが何も見てなかったかのように先程のような姿勢になっている。
カンピオーネを初めて生で見たので珍しく思い見ているのかはたまた後頭部に何か付いているのか。何故見ているか理由は分からないがもし、一郎や草薙以外のカンピオーネならば何か制裁を受けてもおかしくはない。
「威厳ってものがないのかな俺には」
そう呟きながら後頭部をさするが何もついていなかった。
問題解決の手段として直接本人に聞くというのが最も良い手段だろう。だが、一郎は女性に対してはそこまで積極的に動こうとはしない。今風に言えば草食系男子となる。
以前のような万理谷祐里の場合は携帯ショップで携帯が欲しいと叫ぶなど突飛な行動をしたから一郎はそれを哀れに思い声をかけた。ただ、そこに下心がないというならウソになるが。
しかし、今は万理谷祐里のときとは違いカレンは少し緊張はしているように見えるがただ、それだけだ。いっそのこと神殺しである一郎を恐れてガタガタ震えていた方がまだ声をかけやすかったかもしれない。
ただ、一郎は草薙が来るまでの辛抱だと思っていたがその肝心の草薙はいつまで経っても目覚めない。
もうこのカレンとの訳のわからない攻防戦をするのにも限界が訪れた。
「あの、俺の頭に何か付いてますか?」
一郎が後ろを振り向き尋ねる。
「い、いえ何にもございません」
カレンは時々、チラリと一郎の眼を見ては視線を逸らす。
これで会話が一旦ストップしてしまう。だが、二人とも姿勢はそのままである。カレンも相変わらず一郎をチラリと見ている。
どこのB級恋愛映画の告白シーンだとツッコミたくなるような状況だが一郎はそれどころでなかった。
どうにかして会話を繋げようと頭をフル回転して考えるが何も思いつかない。一郎は一種のフリーズ状態に陥っていた。
そんな彼を天は哀れと思ったのか一郎に救いの手が差し伸べられた。
「ごめん遅れた」
「もう歩いても大丈夫なのですか?草薙護堂」
待ち望んでいた二人が部屋へと入ってきたのだ。だが、この状況を見て草薙は固まりリリアナは頭を抱える。
「えっと………俺達邪魔だった?」
草薙がリリアナに部屋にいる二人に気づかれない程度の大きさの声で尋ねた。
今まで色々な経験をしてきた草薙だが他人が今にも告白しようとしているような場面に遭遇したのはこれは初めてだった。なのでどうしていいか分からずリリアナに話しかけた。
「お、おう草薙にリリアナじゃないかそんな所に突っ立ってないで座れよ」
フリーズが解けた一郎が二人を座るように促す。特に拒否する理由がないため向かいのソファに二人は座る。
そこにカレンがぎこちない動きでティーカップに紅茶を淹れ二人の前に置く。
一郎は近くにあった本を開いて読み始める上下逆さまだが。
そんな二人を尻目にリリアナは草薙に耳打ちする。
「草薙護堂。あなたが思っているようなことはないかと。彼らは間違いなく初対面です」
「そうなのか?だったら告白ってのはないか。それにしてもカレンが何処かおかしくないか?さっきから一言も話さないぞ」
「それには理由がありまして。カレンは村沢一郎に憧れているのです」
「憧れてる?あのエリカみたいな子が一郎に?」
「ええ、草薙護堂。村沢一郎はあれでも魔術師の中では有名です。彼の話はエリカから聞かれたのでは?」
草薙はエリカから聞いた話を思い出す。
魔術に関して天才だったという話と五年間の失踪の話。確かにこれだけのことがあったら有名になるとは思う。
「ああ、聞いたぞ五年間、失踪していたっていうのと魔術の天才なんだろ」
「はい、それにそれだけでなく村沢一郎は数年前からフリーの魔術師といて活動していて解呪が難しいとされる魔道具の呪いを解いたり誰も触れることが出来なかった魔導書に触れ解析したりとやっちることが様々なのですがそんな彼に憧れる見習いの魔女や魔術を覚えたての子供は少なくないのです」
カレンが一郎に憧れているのは本当は別の理由があるのだがそんなことをリリアナは知らない。
ただ、今はそんなことでこの謎の桃色空間を続けるわけにはいかず、リリアナが話を切り出す。
「それで村沢一郎。ディアナ・ミリートはどこに?」
「ん?ああ、あの人ならこの件が片付くまで俺がカンピオーネだってことが広まらないようにしてくれって言ったら大急ぎでこの部屋出ていったぞ」
「また、無茶な問題を」
「あれ?なんかマズかったか?」
「それは!!…………まぁいい。あなたは昔からそういう人だった」
街中であれだけ派手に神と互角に戦っていたのならかなり情報が広まっていると思い少し説教でもしてやろうかと考えたが一郎にそんなことをしても無駄だということをリリアナは経験上知っていた。
「昔からで思い出したんだけどリリアナは俺がカンピオーネだと知っても接し方は変わらないんだな」
「変わった方がよかったか?」
「いや、そのままでいい。その方が楽だしな。それにしても驚きもしないのは少しがっかりだな。お前の驚いたときのリアクション面白いのに」
「人で遊ぼうとするな!それに今さらあなたが本当は怪物だったとしても私は驚かないぞ」
一郎の幼い頃を知るリリアナにとって一郎がカンピオーネと知らされてもああ、やっぱり程度にしか思わなかった。リリアナの知る一郎はそれほどまでにハチャメチャな人物だった。
「あれ?昔からってリリアナと一郎って知り合いなのか?」
「ええ、まぁ」
「ああ、そうだな。初めて会ったのは確か五歳の頃だったな。そういえばその頃からあの痛い小説を」
小説まで言いかけて一郎を口を閉じた。リリアナの愛剣イル・マエストロが一郎の顔の真横に突き刺されたからだ。
リリアナは満面の笑みだが目が全く笑っていない。
「村沢一郎。それ以上話すと私と一緒に死んでもらうことになるが」
「はいはいはいはい、俺が悪かったから。早くその物騒な物をしまってくれ」
冷や汗をかきながら手でリリアナを制しひとまずは事なきを得た。
そんな二人のやり取りを見ていた草薙は呆然としながらもあることを思い出した。
「そうだアテナとペルセウスはどうなった?」
「ああ、問題はまだ解決していけど今のところは落ち着いてるな。まぁあの二枚目は傷が癒えたら俺に決闘の招待状を送ってくるらしいけど」
「そうか。ああ!それとエリカに連絡」
神との一件はとりあえず今はどうにかなっていると知り安堵したがまた大事なことを思い出して騒ぎだす。
「連絡って言ったってブランデッリは今、ここにいないってことは日本にでもいるんじゃあないか?」
「いや、ルクレチアさんの所に行ったらアイツがいてだな」
草薙の言い訳タイムが始まったので一郎はため息をつきながらそれを止める。
「はいはい、ブランデッリとかその他のことは今は追及しないからいい。それよりも今、ルクレチアって言ったか?あのルクレチア・ゾラ?」
「ああ、そうだ」
「あの婆さまとも仲良いのかよ。まぁ見た目だけなら二十代だしな。まぁそれはいいとして。あの婆さまからだとここまでの距離はかなりあるはずなんだが………あの人がそんなアグレッシブに行動するとも思えないし」
「ああ………ええと、これはもうリリアナには言ったんだけど、ここまではアテナに連れられて来たんだ」
「………スマン、よく聞こえなかったもう一度」
「だから、アテナに連れられて来たんだ」
一郎は頭を抱える。まず敵であるカンピオーネとまつろわぬ神が仲良くなるなんて話、今までに聞いたことがない神祖となら有り得るのだが。
ただ、あのアテナがあの人と似ているのならそんなことが可能なのかもしれないと一郎は自分の記憶の中にある男の姿を思い浮かべる。そうあの人なら……
「村沢一郎!!」
「わっ何だよ驚かせんなリリアナ」
「それはこちらのセリフだ。話していると思えば急に黙りこんで。どうかしたのか?」
結構な時間思い出に浸っていたようでリリアナに肩を揺すられながら大声で名前を呼ばれ現実に引き戻される。
「いや、スマン。何でもないんだ。それでブランデッリに連絡する件だったか」
「ああ、そうだ。早くエリカ達に連絡しないと」
「あの、少しよろしいでしょうか?」
カレンがおずおずと言った感じで手を挙げた。
「ええと何かな?ヤンクロフスキさん」
「カレンとお呼びください。村沢さま。リリアナさまが付きっきりで草薙さまの看病をそれはもう!それはもう!献身的になされていた時に連絡を取ろうと思っていたのですが念のためやめておきました」
「何か問題でもあるのか?」
カレンの芝居かかった言葉に草薙が疑問を投げかける。
彼女は先程とは違い生き生きとした表情で話している。これが彼女の素なのだろうと一郎は思った。
「わたくし、エリカさまの侍女をしているアリアンナ・ハヤマ・アリアルディと面識がありまして彼女から聞かせてもらったのです。今回、エリカさまとは違う日本人の美姫を連れてイタリアへいらし、サルデーニャ島の現地づ......失礼、口が過ぎました。とても深い親交があるルクレチア・ゾラさま、御四人でバカンスを楽しまれていたと」
「うわぁ日本人のほうは多分、万里谷さんだろ。それにブランデッリと婆さままで加えて。さすがは色狂いの魔王様だな恐れ入った」
「おい、ちょっと待て!なんで万里谷だとわかってるんだ!?それに俺は色狂いの魔王なんかじゃない」
「いや、今、草薙が仲の良い女性一覧をあの三バカから聞いていてその中にブランデッリ関係が万里谷しかなかったからそう思ったんだが。それに色狂いの魔王様ってのは今、魔術師の間に出回ってるお前の評判だ。あきらめろ」
「くっ何て不名誉な称号だ。別に俺は何にもしてないのに。それにあいつら何てことをどんだけ暇なんだ。それと三バカじゃなくて一郎を入れて四バカだろ!」
「おい、待てやめろ!俺をあの枠組みに押し込めるな!」
「なんだとぉ一郎もけっこう楽しそうにバカな事やってるじゃないか!」
「それはだな!「二人とも落ち着いてください!!」」
草薙と一郎のしょうもない言い合いがカレンも言いたいことがあったのにも関わらずデッドヒートしてきたのでこのままでは埒が明かないと言いたげな表情でリリアナが止めにはいる。
「カレンもういいぞ」
「はい、コホンッ先程の続きですがそんな御仁がこの地域に突然、美少女と現れたのでわたくし、ピンっと来たのです駆け落ちしてきたのではないかと。そう思ったため愛人の皆さまに連絡をとるのは控えました。女の嫉妬は恐いものですから」
「な、何て爛れた生活、ゆ、ゆくゆくはハレムを築き上げ世界中から美姫を集め酒池肉林を楽しみ!「はいはい、落ち着け」」
リリアナが妄想の世界へと入りこもうとしたので一郎がそれを止める。リリアナはからかうのは面白いのだが妄想の世界へ行ってしまうと正常に戻るまで時間がかかる。
「もう草薙が色狂いだって話はとりあえずここで終了だ。さすがに婆さままで手にかけてるのは引いたけど。カレン...ちゃんもリリアナで遊ぶのはそれぐらいでな」
「は、はい村沢さま」
カレンと呼び捨てにできない一郎はへタレの極みであるが一郎と話すときに歯切れが悪くなるカレンを見るのはリリアナにとって初めて見るものだった。
リリアナの知るカレンはいつでも釈然としており口がよくまわる。エリカを小さくしたような存在だった。
「それでブランデッリに連絡してみたらどうだ?」
「ああ、そうだな」
一郎からの申し出に草薙は自分の携帯を取り出し電話をかける。
だが、繋がらなかった。
「あれ?繋がらない」
「携帯の不調か?じゃあとりあえず固定電話で試したらどうだ?カレンちゃん案内してあげて」
「了解しました」
数分後、どんな手段を用いても連絡することが出来ないことが判明した。
「あっちもあっちで何かきな臭いことになってるな」
「そうだな心配だ」
「ああ、心配しなくてもいいぞお前のブランデッリは赤銅黒十字の大騎士だからな大抵のやつは太刀打ちできない。それよりも今はペルセウスだ」
そう今さら心配していても仕方がない。エリカ・ブランデッリは赤道黒十字の大騎士それに加えイタリア人筆頭騎士の証である『紅き悪魔』を持っている。一郎の言うとおり彼女をどうこう出来る人物はカンピオーネと神を除いてほとんどいないだろう。
「それでここら辺ってあの剣バカで有名なサルバトーレの領内じゃないか?あいつはどうした?神様と戦えるなら喜んで戦いに行く戦闘狂だって聞いてたんだが」
「サルバトーレ卿は消息不明だ。あの方がそんな簡単に死なないとは思うが」
「重要な時にいないってどういうことだよ。ま、ないものねだりはしても無駄か。俺と草薙で何とかしましょうか」
「やってくれるのか?問題の解決を御二人に任しても?」
「ああ、青銅黒十字はお得意さんでもあるし今後とも御贔屓にしてくれるなら俺もやぶさかじゃあない。それに今、日本に帰ってもペルセウスがついてきそうだし。草薙もそれでいいか?」
「まつろわぬ神を倒す事が出来るのはカンピオーネの仕事なんだろ?それにここで遭遇したのも何かの縁だと思うし」
「それじゃあ俺と草薙で倒すのは決まりだな。リリアナは援護。カレンちゃんはバックアップって形で参加してもらうと思うけど問題ないな」
「私はそれでいいぞ」
「了解しました」
一郎は満足そうに頷くとパチンと指を一回鳴らす。
そうすると机の上に水晶玉が現れそれがプロジェクターの働きをして部屋の壁にある映像を映し出す。
昨夜のペルセウスとの戦闘の映像だ。それが誰かの一人称視点で続く。
ペルセウスと攻防を続け途中で草薙一行が現れ『猪』を行使して最後にはペルセウスの放つ謎の光と共に『猪』は露の如く消えた。
「ええとこれは俺の昨夜の記憶の一部を映し出したものなんだが」
「ちょっと待て記憶の一部を何の問題もなく映し出したのか!?」
一郎の行動にリリアナが頭を抱える。
頭の中の記憶を自由に投影できる技術なんて聞いたことがないからだ。脳をいじって記憶を改竄したり自分の思うように動くようにしたりとそういう類の魔術はあるにはあるが扱いが難しいため出来る者をリリアナは見たことはないし、もちろん彼女自身も使うことが出来ない。脳という人間のデリケートな部分を扱うのはそれほどの事なんだが一郎は事もあろうか自分の頭の中の記憶を指パッチン一つで投影した。
ただ、リリアナは途中で考えることを放棄した。カンピオーネという生物に人間の常識が通用するわけがないからだ。案の定一郎は何故そのようなことを聞かれたか理由が分からずキョトンとしている。
「もういい続けてくれ」
「問題がないんならいいんだが。それでこの映像の中で一番問題なのが」
「俺の『猪』が消されたことか?」
「正解だ。何で草薙の権能が消されたのかが全く分からない。草薙の権能と関係があるのかそれとも権能を消す力を持っているのか。後者だったらかなり厄介だぞ」
「村沢さま。そのためでしたらペルセウスに関する書物が必要なのではないでしょうか?」
「ああ、そうだな。情報がないと俺も全力で戦えないし。それじゃあ本の準備を頼んでもいいか?」
「了解しました。ですが、時間が掛かりますゆえバルコニーに出てこの町の風景を楽しみながら待つというのは如何でしょうか?準備が済みましたらお呼びいたしますので」
「分かった。それじゃあ終わったら呼んで。行くぞ草薙」
「おう」
一郎が草薙と共に部屋から出ていく。
先程は口論になっていたが仲はそれほど悪いというわけではなそうだとリリアナは安堵する。
ここであの二人が本気で喧嘩を始めたら目も当てられない状況になる。草薙は既に前科がいくつもあるが一郎はまだ、わからない。ただ、これまでの経験でいくなら一郎は必ず草薙と同じで建造物を色々と壊すだろう。
「はぁ」
「どうかしたのですかリリアナさま?」
「いや、何でもないんだ。これからのことを考えて少し胃が痛くなっただけだ」
「それならよろしいのですが。お一つよろしいでしょうか?」
ニヤニヤと笑いながらカレンが話す。
「これからリリアナさまはどうなさるのかお聞きしたいのです」
「これから?」
「はい、現在、赤銅黒十字と青銅黒十字のパワーバランスはエリカさまが草薙さまのご寵愛を受けたことにより非常に危うくなっております。そのような時にリリアナさまはヴォバン侯爵と敵対しさらにはサルバトーレ卿も御しきれていません。そこでエリカさまの不在のこの時こそ草薙さまのご寵愛を受けるチャンスなのです」
「なっ!?」
カレンに唐突に言われ顔を赤らめるリリアナ。さりげなく一郎が抜かれたことについては気が付いていない。そしてカレンはリリアナの反応に満足し言葉をたたみかける
「これは運命だとは思いませんか?リリアナさま。一人の殿方と共に倒すべき敵が現れその上、教授の術のためとはいえキスをしなければいけない事情が重なるなんて私には運命だとしか思えません」
「運命だって!?それにキ、キ、キスも………ああ!?」
キスという言葉のせいで頭がパンクし一瞬、キスをしなければいけない事情が何か分からなかったがすぐに思い出した。
草薙護堂の権能、東方の軍神には10の能力を持つがその中の一つに『戦士』がある。その『戦士』というのは無数の黄金の剣を用いて相手の神格を切り裂くという強力なものだ。ただ、その権能を行使するためには相手の神の事についてカンピオーネが相手なら権能のもとになった神について深い知識を持っていることが条件だ。ただ、草薙は最近まで魔術の存在さえ知らなかったド素人。もちろん神についての知識が深いわけではなく素の状態で『戦士』を扱うのは無理だろう。
そのために相手に自分の知識を教授の術を用いて教えるしかないのだがカンピオーネはどんな魔術であろうと体外からは受け付けない。直接、体内に魔術を吹き込む必要があるので必然的にキスをする必要性が出てくる。
「それに私は知っています。昨夜、看病をしてからというとも村沢さまとお話している時でさえ時々熱い視線を草薙さまに向けていたではありませんか」
「なっ…なっ…」
もうリリアナはフリーズ状態へと移行しており言葉が出なくなっている。こういう場面においてはカレンの方が上手なのだろう。ただ、カレンが迂闊だったのは話の中に村沢というワードを入れてしまったことだ。
パンク寸前だったリリアナの頭の中にもそれが引っ掛かった。そして、リリアナは打開策を思いつく。
「…カレンそういうことなら一人いるぞ」
「どういうことでしょうかリリアナさま?」
「村沢一郎だ。そうアイツがいるだろう。カレンが彼の寵愛を受けたらいいんだ」
「そ、それは」
思いがけない反撃をもらったせいでカレンがしどろもどろになる。
リリアナはこれは好機と先程のカレンのように言葉をたたみかける。
「そうだ。これこそ運命じゃないか。カレン、確か春ぐらいに私に村沢一郎と知り合いになれないか?彼と文通をし合うようになりたいといっていたじゃないか」
「それは違います!あの時は村沢さまにあの時のお礼をと思い直接会えるなら会いたいと思いましたが村沢さまは多忙なため私に会えないとリリアナさまが仰られたので文通をと思ったのです!!」
「それに下心がなかったわけではないだろう!」
「ぐっ…」
リリアナはカレンを攻め続けようとするがそれは叶わなかった。カレンがもしもの時のためにと取っておいた最終兵器があるなら。
「リリアナさまがそこまで仰るのなら仕方がありません。私はこれを使わせてもらいます」
「なっ!?それは」
ある一冊の本をカレンが取り出す。その本はリリアナが趣味で書いている恋愛小説だ。傾向としては強引な男にリリアナのような女性が惹かれていくというストーリー。中世ヨーロッパだったり現代のアメリカだったりと場面は様々だが内容はほぼ同じだ。
「この本を青銅黒十字いえ、赤銅黒十字にもばら撒きます」
「待て!!カレン!早まるんじゃない。私が、私が悪かった」
そのまま睨みあいが続く。リリアナはどうにかして奪おうと心がけるがカレンがそれをさせないように絶妙な間合いを取って威嚇する。事態は膠着状態へと陥った。
「…なぁやめないか虚しくなってきた」
「…はい私もそう思っておりました。早く書物を運んで村沢さま達をお呼びしましょう」
「ああ、そうだな。でもその前にその本「嫌です!!」おい、ちょっと待てカレン!!」
それからまたひと悶着あったそうだ。
ちなみに
「なぁ一郎?リリアナがさっき口止めしようとしていたのって」
「ああ、自分を主人公に見立てた恋愛物の小説を書くっていうやつだな。最終的には強引な男と結ばれるのがあいつの書く小説のパターンだ」
「………言っていいのかそれ」
「ん?ああ、大丈夫だぞ。あいつはバレてないと思っているだろうけど、リリアナの知り合いはほとんど知っているしな。言ったら殺されそうになるから言わないだけで」
ばっちりリリアナの趣味は一郎によって草薙に露見したそうな。
カレンと一郎の出会った経緯などはまたそのうち番外編で書こうかなと思っています。
カレンがヒロインになるのかは秘密ということで。
次回は戦闘には突入しないと思います。
それでは。