仮面の理   作:アルパカ度数38%

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7章9話

 

 

 

1.

 

 

 

 開始1分で、ヴィータとエリオに加え、ザフィーラとシャマルが墜ちた。

現状、弾幕を張りながら全速後退する事で、辛うじてゆっくりと前進するウォルターとの距離を保っているに過ぎない。

その間中距離での牽制と共に見に徹していたシグナムは、かつてと現在のウォルターとの違いを明確に判断しつつあった。

一撃も受けていない以上、リニスの言っていた魔力ダメージ耐性の減少量は不明だが、ほぼ全ての能力が段違いに上がっている。

パワー、スピード、テクニック、どれをとっても人格改変前のウォルターより数段上。

特に半呼吸ほどの溜めで放てる斬塊無塵により、攻撃力は圧倒的だ。

 

 半ば分かっていた事だが、付けいる隙は、一つしかない。

リニス曰く度合いは未知数だと言う、魔力ダメージ耐性の減少量に賭け、強引に一撃当てる事だ。

何せ現在のウォルターは魔力によって人格固定を維持している身、魔力ダメージを受ければ人格に影響が出て、戦闘判断力も下がる筈である。

つまり、魔力ダメージを一撃当てるのは、単なるダメージ以上の意味が存在する。

その度合いは誰も試したことが無い為未知数、完全な賭けに過ぎないのだが。

 

 しかし、どうやって、という疑問符が当然ながらあった。

砲撃魔法は味方を巻き込まない為に刹那の自由をウォルターに許してしまい、その刹那の溜めでウォルターは斬塊無塵で砲撃魔法を切り払える。

射撃系はウォルターの圧倒的制圧力を突破できない。

加え、発生の遅い広域殲滅魔法はウォルターに当てるのは至難の業。

当然ながら、複数人で近接戦闘を行っても、すぐに斬塊無塵で堕とされる事を考えると、ダメージを与えるのは難しかった。

 

 だが、シグナムには一つ案がある。

ウォルターログを、そして彼の戦いを模擬戦とは言え機動六課で一番多く見て来た、シグナムだからこそ可能な案が。

 

(――という方法です。かなりの無茶になりますが、他に奴に一撃を与える方法は思いつきません)

(……しゃーない、ジリ貧やしな。ウォルター君相手に無茶するなとは言えへんが、代わりに必ず、一撃を頼むで)

 

 司令官たるはやてに確認、シグナムはレヴァンティンを僅かに強く握る。

吐息を細く。

眼に、意識に、集中を。

蛇腹剣から通常の直剣に戻し、レヴァンティンを構えた。

 

「――行くよっ!」

 

 なのはの咆哮と共に、後衛の後退が止まる。

それに呼応、無数の魔力弾とウイングロードがウォルターを牽制、それに紛れシグナムがウォルターへと突貫した。

 

「おぉぉおぉぉっ!」

 

 怒号。

それに眉をひそめ、つまらない物を見る目で、ウォルターが告げる。

 

「遅いし、鈍いぜ」

 

 一閃、両方のウイングロードが一撃で粉々に砕け散る。

二閃、紛れ飛んできたバインドを切り払う。

合間に張られた直射弾が、ウォルターへと降り注ぐ弾幕を全て遮断。

ついにシグナムとウォルターは、一対一の様相を示す。

当然、ただの一対一ではシグナムに勝ち目どころか、二合目を交える事すら至難の業。

故に。

 

「ディバイン……!」

『バスター』

「トライデント・スマッシャー!」

 

 桃色と黄金の砲撃が、シグナムを巻き込みウォルターへとたたき込まれる。

予想外の砲撃軌道に目を見開くウォルターだが、背面への防御を限りなくゼロに近づけたシグナムにより、威力はほぼ減衰無しでウォルターへと到達。

しかし。

 

「驚いたけど……それだけだな」

 

 斬塊無塵。

曰く単調な魔力波を持つという砲撃魔法であれば、ウォルターは2つの砲撃魔法を同時に切り払えた。

一太刀、砲撃魔法を切断し消滅させたウォルターだが、その顔が僅かに強ばる。

 

「おぉぉおぉぉっ!」

 

 絶叫。

全身がボロボロになったシグナムは、しかし寸前と違わぬスピードでウォルターへと追撃を仕掛けていた。

狂戦士の鎧。

ウォルターが親しい人間にだけ漏らしている狂気の業を、シグナムもまた用いていたのだ。

全身の骨が軋みを挙げ、物理設定であれば容易く骨が二桁は折れていただろうダメージ。

口内を噛みしめ、絶叫しなければ、それだけで頭が狂ってしまいそうな激痛の中。

それでもシグナムはありったけの闘志を籠め、剣を振るう。

 

『紫電一閃』

「ふん……断空一閃」

 

 半呼吸の間すら置かせず、シグナムの魔力付与斬撃がたたき込まれようとした。

が、ウォルターの魔力付与斬撃は、それこそ半呼吸の溜めすら要らない。

刹那の溜めでシグナムの紫電一閃を遙かに上回る斬撃がたたき込まれ。

金属音が、二つ重なる。

 

「――!?」

 

 目を見開くウォルターに、シグナムは虚勢の笑みを浮かべた。

透明化直射弾、かつてウォルターがナンバー12からデッドコピーした技は、ティアナに受け継がれ、彼女の超精密射撃と合わさりオリジナルを超えていた。

ウォルターの剣戟に合わせるという超弩級の技を成功させたティアナに畏敬の念を送りつつ、シグナムは勢いの弱まった剣戟に対抗する。

 

「が……ぁぁあああっ!」

 

 臓腑の底から出てくるような声。

全カートリッジ、全魔力をたたき込み、後も先も無い全身全霊を、シグナムは剣に籠めた。

走馬燈がシグナムの脳裏を過ぎる。

遠い戦乱の記憶、主はやてとの出会い、楽しかった日々、再び剣を持ち、そしてウォルターの剣と出会って。

 

 少なくとも。

シグナムは、ウォルター本人を除けば、次元世界で最もウォルターの剣の事を知っていると自負していた。

なのは達は当然、リニスでさえ実際に剣を交えた訳では無い為、シグナム程はウォルターの剣を知りはしない。

コピーに過ぎないセカンドや、記録や記憶だけでウォルターの剣を知ったつもりになっているスカリエッティなど、問題外だ。

だから、完璧と化した今のウォルターの剣を崩せるのは、シグナムを置いて他には居ない。

 

 はやてとの、仲間達との家族としての暖かな感情。

戦乱の世を駆けた経験。

血を望む猛々しい部分。

ウォルターの剣を最も知るという自負。

それら全て、これまでの命全てを賭して。

シグナムは、吠えた。

 

「あぁあぁあぁあっ!」

「……惜しいな」

 

 それでも尚、ウォルターは圧倒的だった。

シグナムの空前絶後の人生最高の一太刀を相手に、必殺技の刹那の直後、ティアナの援護を受け、虚を突かれ、全力を出せず。

それでも尚、優勢なのはウォルターの断空一閃であった。

拮抗は数瞬、それも終わりウォルターがシグナムの剣を切り払おうとした、その瞬間である。

 

 ――奇跡が、起こった。

 

「――ぐっ!?」

 

 ウォルター自身ですら予想していなかった、急激な魔力消費による人格固定魔力への微量の影響。

それに周囲の環境、魔力素のバランス、ウォルターの体内栄養素の偏り、あらゆる要素が奇跡のように集まり。

ウォルターの剣が、一瞬鈍った。

奇跡がダース単位で集まり、ようやく出来た一瞬の隙。

普段であれば、その隙を突くなど誰もできない一瞬。

拾い上げる物の居ない筈の奇跡。

 

 だが。

今この瞬間だけは、その奇跡を拾い上げる、一人の剣士が居た。

 

「あぁぁ――っ!」

 

 全身から血を吹き出しつつ、全霊を籠め、シグナムはレヴァンティンを振るう。

僅かながら鈍ったウォルターの剣を弾き、そのまま再び狂戦士の鎧による慣性無視動作で紫電一閃をたたき込んだ。

 

「ぐぁ……!」

 

 寸前に左腕を防御に差し込む事に成功するウォルターだったが、それでもダメージは避けられない。

顔をしかめ、魔力ダメージにふらつく。

それを尻目に、シグナムは薄れ行く意識のままに地面へと墜ちていった。

 

 ――やったぞ、と。

意識が途切れる瞬間、僅かに掌を握りしめ、内心で叫び。

そこで、シグナムの意識は途切れた。

 

 

 

2.

 

 

 

 八神はやては、リィンフォース・ツヴァイは、シグナムを信じていた。

例え最強状態にある今のウォルター相手とは言え、他でも無い自分の家族であれば、必ず一撃を入れてくれると。

もし実力が届かなくとも、今この瞬間だけは奇跡を起こしてでも、その一撃を入れてくれると。

 

 果たして、奇跡は起きた。

全霊を賭して尚届かぬ筈だったウォルターの一撃をシグナムの一撃が退け、ついにウォルターに魔力ダメージを与えたのだ。

それを寸分の違いも無く信じていたはやては、その結果を見るどころか、成功を確認するよりも早く、それを発動する。

 

「デアボリック・エミッション!」

 

 ――広域殲滅魔法。

その魔法はウォルターどころかシグナムまで巻き込む距離で、シグナムの剣戟が命中した直後に発動した。

家族を誰より大切に想うはやてがその家族を巻き込む魔法という意外性に、ウォルターの反応が一刹那遅れ。

シグナムによる魔力ダメージによる人格固定の影響から、もう一刹那反応が遅れ。

 

「ぐ……うぉおおっ!?」

 

 黒球の広域殲滅魔法が、ウォルターに直撃。

切り払おうにも拡大した広域殲滅魔法は大きすぎて斬塊無塵では切断できない。

逃げようにもダメージを受けながらではデアボリック・エミッションの拡大を超える速度では動けない。

通常ならば加えて防御もダメージを受けながらでは痛みで発動不可能なのだが、ウォルターはその超人的な精神力で防御魔法を発動させようとして。

 

「――真竜召喚っ!」

『ぐるぁぁぁあぁ――ッ!!』

 

 エリオが墜ちて以来、タイミングを見計らい召喚魔法を準備していたキャロの、真竜召喚。

召喚されたヴォルテールは完全に制御されており、召喚と同時にその手をデアボリック・エミッションの中に突っ込み、ウォルターを握りつぶそうとする。

 

「なっ!? くそ、そりゃこのタイミングだよな!?」

 

 叫びつつ、ウォルターは発動しようとした防御魔法を身体強化魔法に変更、握りつぶされるのを辛うじて防いだ。

が、同時ヴォルテールの口腔に光が。

加え、砲撃魔法のクールタイムが終わったなのはとフェイトが、再びの砲撃魔法を杖先に準備する。

今度は交差する軌道でウォルターを狙い、白炎に加え桃色と黄金の光線がウォルターへと突き進んだ。

Sオーバーの魔導師達による全霊の攻撃が、防御不可能な状態でウォルターへと迫り来る。

一撃一撃が都市を一つ破壊しうる威力を秘め、それらは相乗効果で、意図して範囲を狭めなければ小国を荒地にする事すら可能な程。

到底一個人で持ちこたえられる攻撃ではない。

 

 ――が、しかし。

 

「舐める……なぁぁぁぁっ!」

 

 それでもウォルター・カウンタックは、次元世界最強の魔導師であった。

超弩級の魔力を一気に放出、デアボリック・エミッションの攻撃域に空白を作り、その中で全力の強化魔法でヴォルテールの握力を突破。

手を強引にはじき飛ばし、斬塊無塵でなのはとフェイトの砲撃を切り払う。

痛みに呻くヴォルテールの白炎のブレスは蛇行し、ウォルターを掠めるようにして僅かなダメージをしか残さない。

 

「お……おぉぉお!」

『斬塊無塵』

 

 加え、ウォルターは回転しながらティルヴィングをヴォルテールに振るった。

魔法生物は魔導師に比し単純な魔力波長をしか操れず、故に斬塊無塵を避ける事も叶わず、やはり一撃で堕とされる。

悲鳴を上げながら後方に倒れるヴォルテールを無視、ウォルターは続け無数の直射弾を生み出した。

 

「流石に……、様子見はもう止めさせてもらうぜっ!」

 

 射撃位置と召喚魔法の位置から捕捉された、ティアナとキャロの位置に直射弾が降り注ぐ。

うちキャロが視界内で墜ちるのを確認、歯噛みしつつも、攻撃が想像より上手くいった事に戸惑うはやて。

寸前まで見ていたウォルターの戦いの印象から、例えシグナムの攻撃が成功しても、その後の攻撃がここまで当たるようには見えなかった。

矢張り、魔力ダメージによる人格固定の揺らぎは確かな物らしく、明らかにウォルターの判断力には陰りが見える。

とは言え。

 

「次ははやて……お前が一番厄介なんでなっ!」

「くっ、やっぱこっち来るかっ!」

『ぐぬぬですぅ!』

 

 現状、ウォルターにとって驚異となりうるのはユニゾン中のはやてのみ。

フォワード陣は一対一では驚異たり得ず、なのはは主力の砲撃がウォルターに効かず、フェイトは得意のスピードが既にウォルターに追いついていない。

唯一、他の攻撃を合わせ発動時の隙を無くせば、ウォルターに大ダメージを与えられる広域殲滅魔法の使い手たるはやてこそが、ウォルターにとって最優先で排除せねばならない相手であった。

 

(みんな、10秒稼いで欲しいんやっ! 頼んだでっ!)

 

 返答を聞かず、はやては魔法のチャージを開始する。

発動する場所は既に決まっている、発生位置まで決めた上でのチャージであった。

 

「おぉおぉぉぉっ!」

 

 咆哮と共に空を駆るウォルターは、なのはの誘導弾を直射弾で相殺しつつ直進。

そこにフェイトが死神の鎌を構え突貫するも、ウォルターは眼を細め、その場で立ち止まり剣を振るった。

殆ど同時、地上から立ち上った二条のウイングロードがウォルターの動きを阻害しようとし、現れた瞬間に壊される。

 

「馬鹿なっ!?」

「見え見えの手に乗ると、思っていたのか?」

 

 凍り付くような声で告げ、ウォルターはしかしフェイトを超軌道で避けてはやての元へ。

逆説、今のウォルターは集中力不足のため、一瞬で斬塊無塵を発動しフェイトを鎧袖一触できないという事実でもある判断なのだが。

それでも、焦るなのはの誘導弾とフェイトの直射弾を避け迎撃し、ウォルターははやての元へと迫る。

 

「残念だったな」

 

 氷雪地獄の言葉と共に、ティルヴィングよりカートリッジを排出。

断空一閃が発動、黄金の巨剣が白光に包まれた。

はやてが目を見開き、対応しようとシュベルトクロイツを構える。

リィンフォース・ツヴァイとユニゾン中のはやては、近接戦闘の技術は兎も角身体能力は高く、スバルやエリオと数合であれば打ち合える程。

広域殲滅型としては破格の近接戦闘能力だが、ウォルターを前に、あまりにも儚い力であった。

 

「へへ、何が残念やって?」

 

 だが。

それでも、はやては諦めない。

 

 かつてはやては、ウォルターを自身にとってのヒーローだと感じた。

約束をし、果たされ救われ、心から彼を英雄だと信じた。

かつてはやては、ソニカを、自身と同じ境遇にある少女を殺す以外の方法で止められなかった時、ウォルターに向け言った。

“たすけて……”と。

そして、その時もまたウォルターははやてを助け、どうしようもない状況を救ってくれた。

 

 そして今。

ウォルター自身にとって、どうしようもない状況にあって。

人格的に死ぬ以外に方法など無い、袋小路に嵌まってしまった状況にあって。

だから。

はやては、彼に。

 

「私は、まだ墜ちん。今度は、私がウォルター君に”たすけて”って言ってもらって! 今度は、私がウォルター君を助ける番やっ!」

「……不可能だな」

 

 凍り付いた声と共に、果たして斬撃は振り下ろされ。

金属音。

目を見開き、軌道が大きくずれた斬撃が、はやての杖術で弾かれるのを見るウォルター。

 

「馬鹿な、今のはティアナっ!? さっきので墜ちてなかったのか!?」

 

 叫ぶウォルターに、はやては杖を待機状態に戻し、僅かな隙を縫って掴みかかる。

距離を取ろうとしないはやての抱きつきに、一瞬意図を読めず反応の遅れるウォルター。

そこになのは、フェイト、はやて、リィン、スバル、ギンガ、ティアナの7人より多重バインドがたたき込まれ、動きを拘束された。

 

「どういう事だ? ここまで全力のバインドをされれば俺は5秒は動けないが、逆に言えば俺に攻撃できる奴も……まさかっ!?」

 

 目を見開き、ウォルターは頭上へ視線を。

そこには、墜ちてくる巨大な黒い魔力光の球体があって。

 

「へへ……、一緒に墜ちてもらうで、ウォルター君」

『私も一緒ですから、ご安心を、ですっ』

 

 歯噛み、強引にバインドを破ろうとするウォルターだが、既に遅い。

特にはやてとリィンフォース・ツヴァイのゼロ距離バインドの威力が高く、命中までに逃れる事は叶わず。

はやては、ふと場違いなことに、自分はもしかしてもの凄く恥ずかしい格好をしているんじゃあないだろうかと考え。

触れるウォルターの肉体を意識し、顔を赤らめながら。

それでも、告げた。

 

「もいっちょ……デアボリック・エミッション!」

 

 逃れようのない黒い光が、3人を襲った。

 

 

 

 3.

 

 

 

 まだだ。

黒光に包まれるウォルターを視界に入れながら、しかしフェイトはそう確信していた。

防御力不足の状態で、シグナム全霊の紫電一閃をくらい、デアボリック・エミッションを2発くらったウォルター。

喰らった攻撃は一撃一撃が並のエースであれば防御の上からでも堕とす程、ウォルターのように防御を弾かれた上でくらえば、オーバーSの魔導師でさえ一撃堕とされる程だ。

 

 それでも、ウォルターなら。

あの次元世界最強の魔導師なら、必ず立ってくる。

そう信じているが為に、フェイトは油断せず、かつ自分にできる最大の準備を行う。

 

 戦況は依然六課不利。

ウォルターがまだ立っているのならば、終盤、斬塊無塵が使えないレベルまでダメージを与えるまで牽制以外できないなのははまだ戦力外。

ティアナはウォルターに秘していた訓練で憶えた新魔法もあり、幾度もウォルターのとどめの一撃を阻んでいる。

そんな鬼神の如き奮戦を見せているティアナだが、近接戦闘能力は低く、前線に立つには向かない。

ウイングロードを持つスバルとギンガも、ウォルター相手に近接戦闘をできなくはない。

が、どうしても空戦魔導師に機動力で劣るウイングロードでは時間を許し、斬塊無塵で堕とされるだろう。

 

 故に。

ウォルターを抑えるのは、唯一フェイトを置いて他には居ないのだ。

 

「バルディッシュ」

 

 呟く。

黄金の光に包まれ、フェイトのバリアジャケットが変化した。

流れ弾を警戒していた通常のフォームと違い、防御を捨てスピードに特化した真・ソニックフォーム。

極限まで容量を削るため、衣装の子細すら削り最小限の服パーツに抑えられたそれに、フェイトの肌を蒸し暑い燃えるような空気が撫でた。

 

 続け、バルディッシュがフルドライブ。

形状変化し、黄金の光の刃を持つ双剣と化す。

その柄同士を黄金の綱が繋ぎ、フェイトの背を回っていた。

 

 ――魔力煙から突き抜ける物がある。

はやてとユニゾン解除されたリィンフォース・ツヴァイが墜ちて行くが、それに視線をやる余裕など無かった。

白光、風圧により魔力煙が晴れた。

黒衣に威圧感と莫大な魔力、ウォルターは健在であった。

 

「ぐ……っ、くそっ」

 

 頭を抱えるウォルターだが、映像の中で知る限り絶不調でさえあの黒翼の書と渡り合った彼である。

微塵の油断もせず、かといって過剰に警戒するでもなく、自然体でフェイトはウォルターへと突進した。

僅かでもウォルターに回復する間は与えられない、という判断故にだ。

 

「おぉぉおぉっ!」

 

 裂帛の咆哮と共に振るわれる剣戟は、シグナムとでさえ打ち合える程の物。

右の袈裟切りは、苦悶の表情を浮かべたウォルターに容易く防がれる、どころか弾かれた。

加えウォルターは神速の踏み込み、切り返すが、フェイトの左の剣が辛うじてそれを防ぐ。

 

「ちっ……」

「やっぱり、もう斬塊無塵にはある程度の溜めが要るようになったみたいだね。それに……」

 

 告げ、フェイトは高速移動魔法を発動。

ウォルターの背後に回り剣を振るい、ウォルターに容易く反応され切り払われるも、そのまま堕とされる事は無かった。

戦いが始まった時の速度であれば、斬塊無塵無しでも連撃で容易く堕とされていただろうに。

 

「やっぱり、スピードが落ちている……。今の君なら、私のトップスピードとほぼ互角っ!」

「……パワーも技術も俺の方が上だぜ?」

「でも、それを扱う判断力が鈍っている……」

「…………」

 

 事実に、ウォルターは眼を細めた。

言外の肯定に、フェイトは胸を熱くさせる。

とは言いつつも全開のフェイトと互角の機動力を持つウォルターを、スバルやギンガが空中戦で捉えるのは至難の業。

なのはの砲撃魔法も当てるのは難しく、フェイトを巻き込んだ方法でさえ二番煎じは通用しないだろう。

唯一ティアナのサポートだけは可能だが、ティアナがウォルターを撃ってもまだ堕とされない原因の魔法はあまり燃費が良くない、多用は禁物だ。

故に。

 

「次の一撃……私が、たたき込んでみせるっ!」

「やってみろ……、まぁ不可能だがなっ!」

 

 言葉面に違い臓腑の冷えるような響きの叫びと共に、ウォルターが吠えた。

応じ、フェイトがウォルターへと突進する。

 

 右の剣線。

唐竹の一撃をウォルターは受け流し、そのまま蹴りを放つ。

魔力の装甲を纏った蹴りに、続け振るわれたフェイトの左の剣が跳ね上げられ、ウォルターを外した。

半回転する形になったフェイトは背を晒す事になる。

眼を細め、袈裟に剣を振り下ろすウォルター。

 

「パージっ!」

 

 が、フェイトの叫びと共に双剣を繋ぐ雷糸が弾け、ウォルターを襲った。

目を見開き、咄嗟の魔力防御でそれを防ぐウォルター。

それを尻目に、フェイトはもう半回転し斬撃を横に振るう。

ティルヴィングで防御しようとするウォルターだったが、直後、金属音。

 

「しまっ!?」

 

 ティアナの援護で防御ががら空きになったウォルターは、歯噛みしつつ狂戦士の鎧による慣性無視高速移動魔法で背後へ逃げる。

空振ったとみるや、フェイトは牽制の直射弾を放ちながら自身も高速移動魔法を発動。

退くウォルターを追う形となる。

 

 刹那で追いついた事実に、フェイトは確信した。

矢張り、単純なスピードはフェイトの方が僅かながら上。

狂戦士の鎧による無理な動きが出来る分、ウォルターの方が小回りが利く為、端から見れば互角のスピードができるだけに過ぎない。

なのはの誘導弾が待機し牽制している事もあり、追いかけっこは終了。

剣戟が噛み合い、再びの鍔迫り合いが始まる。

 

「くそ、本当に厄介になったぜ、ティアナはっ! こいつは、時間差射撃だなっ!?」

 

 ついに言い当てられ、フェイトはしかし無反応を貫いた。

そう、ティアナの新たな魔法は時間差射撃魔法であった。

発動から数十秒まで、発射された直射魔力弾はその場に止まり、あらかじめ設定された時間を過ぎると発射されるのだ。

これなら発射時に居場所を悟られる事は無く、広域殲滅魔法でもくらわない限り場所をいぶり出される可能性は極小だ。

誘導弾とは違い発射時の軌道を変えられない為使い所の難しい魔法なのだが、これをウォルターの超剣戟中の剣にあてられるとは、ティアナの精密射撃と動作予測は人間業では無かった。

加えそれに透明化直射弾も発動しているのだ、同時に3発しか準備できず、威力もかなり低いとは言え、超弩級の神業と言って違い無い。

とは言え、当人もここまで中るとは思っておらず、奇跡の連発に変な汗が出ているのだが。

 

 鍔迫り合いは、再びの金属音により1秒と続かず終わる。

ティアナの時間差透明化直射弾がウォルターの剣を跳ね上げたのだ。

刹那の判断、交差する斬撃でウォルターを切り裂こうとするフェイト。

超反応で後退するウォルターだが、その肉体を魔力ダメージがうっすらと撫でてゆく。

舌打ち、体の軋む超反応で交代後連続前進をし、袈裟に切るウォルター。

しかしそれも、思ったような速度が出なかったのだろう、フェイトは容易く避ける事に成功した。

 

 すれ違い、十数メートルを間に置く2人。

音速の10倍を超える速度で戦う2人にとっては、瞬く間に侵略できる距離でしかなく、未だ一足一刀の範囲であった。

故に緊張を解かぬままに、2人は睨み合う。

 

 凍り付くようなウォルターの気配は、戦ってみて恐ろしく感じる反面、悲しくも感じられていた。

唇を噛みしめ、フェイトはウォルターを睨み付ける。

何故なら。

 

「ウォルター……」

「ん?」

「ウォルターは、元のウォルターと違うウォルターに、なろうとしているんだよね」

「正確には、”なった”だな」

 

 フェイトは、弱々しく微笑んだ。

 

「私は、なれなかったよ」

「…………」

「10年前、私はアリシアになれなかったよ」

 

 PT事件。

アリシアを望まれて作られた事を知ったが故に、フェイトはアリシアになろうと望んだ。

その望みもなのはに負け諭され、捨てる事となったのだが。

 

「”人は、自分以外の他人になんか絶対になれないよ”。……これは、なのはの台詞だっけ」

「お前はこうも言った。”絶対? ううん違う、私はそんな事で諦めない”。俺の台詞の影響だった筈だ」

「……そうだね。貴方の台詞を、私が好き勝手に切り貼りして作った台詞、だったね」

 

 変わらず凍り付いたウォルターの言葉だが。

どうしてだろうか、フェイトにはその瞳の奥に、氷に囲われた炎があるように見えた。

小さく、弱々しく、息も絶え絶えだが、決して消える事のない炎が。

 

「貴方は、本当に人格改変を完全に成功させているの? ううん、魔力ダメージで戻るような状態じゃあ、まだ元の貴方は消え去ったとは言えない。今の貴方は、少しだけ元の自分の形をあやふやにしているだけ」

「……で?」

「今の貴方も、元々ウォルターが持っていた一部分。人格が元に戻っても、貴方が消える訳じゃあない、元の場所に戻るだけだよ」

 

 フェイトは信じても居た。

ウォルターが記憶改変による人格改変で英雄となれるのであれば、矢張り仮面はウォルターの内側に存在してはいたのだと。

ウォルターの言う仮面とは、己の人格の一部分を強調したに過ぎない状態であったのだと。

でなければ、あそこまでに誰にも本格的には気付かれない演技など、不可能だっただろう。

故に。

告げる。

 

「怖がらなくても、いいよ。貴方は消えて無くならないし、英雄も居なくならない」

「……ほざけっ!」

 

 咆哮。

ウォルターが突進、剣を振るうが、明らかに先ほどまでよりも遅く、鈍い剣であった。

想定外の口撃の効果に目を見開き、フェイトは容易くウォルターの剣を半身に避け、半回転しつつ右の剣をたたき込む。

ウォルターは縦回転で剣を振るい、体ごとフェイトの剣を避け、そのままの動きで追撃。

フェイトは左の剣で応じ、剣戟は刹那拮抗するも、フェイトの右の剣がウォルターを後退させた。

 

「おぉおおぉぉっ!」

 

 己の剣の鈍りを自覚し、それを認めたくないのか、ウォルターが再び吠えた。

突き。

胸中を狙ったそれをフェイトは半身に避けるも、横に突きが変化し、フェイトを襲う。

右の剣に膝をあて変化した剣を抑えつつ、左の剣をウォルターへたたき込むフェイト。

ウォルターは歯を噛みしめ、万力を籠めた。

超膂力と化したウォルターの斬撃が、攻撃が届く前にフェイトを防御の上からはじき飛ばす。

 

「……でも、ダメージにはならないよ」

「く、そ!」

 

 距離が空いた瞬間、直射弾の嵐が2人の間に吹き荒れた。

白と黄金の光が交錯、桃色の光が加わる事で僅かに黄金が優性となり、突き抜けた数本を避けつつウォルターが突貫する。

フェイトもまた、最大速度で突貫。

互いに音速の20倍を超える速度と化し、衝撃波をまき散らしながら進んだ。

 

「うぉぉおぉっ!」

「はぁぁぁっ!」

 

 怒号が重なる。

自身でも見えない程の超速度で、フェイトはバルディッシュを振るった。

剣閃もまた、重なった。

邂逅を終えて、数瞬。

フェイトは崩れ落ち、地上へと墜ちて行く己を自覚する。

泣きそうになりながらも視線を彷徨わせると、同じ空の元、黄金の巨剣を持った男が墜ちて行くのを視界に入れた。

 

 ――相打ちだったのだ。

 

 それを理解し、フェイトは僅かに口元を微笑ませた。

脳に登ってくる思考の麻痺に身を委ね、意識を手放そうとする。

最後に見えたのは、桃色の光線が墜ちて行くウォルターへと突き刺さり、咆哮と共にウォルターが健在を示す光景であった。

 

 

 

4.

 

 

 

 なのはは、舌打ちした。

フェイトと相打った直後にウォルターに、カートリッジを十数個つぎ込んだ砲撃をたたき込み、直撃させたのだが。

それでも尚、ウォルターは健在。

怒号をあげながら二撃目の砲撃を避け、三撃目のショートチャージ砲撃は斬塊無塵で切り払われた。

 

「まだ、だ!」

 

 叫ぶウォルターは満身創痍であったが、依然六課側は不利。

何せ残る六課チームは、なのは、ギンガ、スバル、ティアナの4人のみ。

うち空戦可能なのはなのはのみ、ギンガとスバルが疑似空戦をできるだけだ。

しかも、溜めに時間がかかるようになってきたもののウォルターはまだ斬塊無塵を使えるので、なのはの砲撃はかなり限定的な場面でしか仕様できず、主力とはし辛い。

歯噛み。

どうすべきか、となのはが一瞬思考に気を割いた瞬間である。

 

「いい加減、面倒なんでなっ!」

 

 叫び、ウォルターは天に掌を向けた。

刹那で意図を察知、なのはは数十の誘導弾をウォルターに放つが、容易く避けられウォルターの集中を崩すには至らない。

数秒後、瞬くほどの時間で空中に千を超える白い直射弾が浮く。

 

「しまったっ!?」

「3人には、退場してもらうぜっ!」

 

 ウォルターが手を振り下ろす。

スフィア無しで千本以上同時射撃というウォルターの超弩級の魔法は、最早広域殲滅魔法と言って差し支えの無い領域に達していた。

超音速で地上に、雨のように降り注ぐ直射弾。

1本1本の威力も恐るべき事ながら、爆発し1本でも広範囲を埋め尽くす射撃は、瞬く間に地上を舐めるように破壊した。

魔力煙が地上を覆うと同時、ウォルターは眼を細め、何も無い場所で剣を振るった。

金属音。

 

「悪あがきか。だがティアナ、お前の射撃はもう憶えたぞっ!」

「…………っ!」

 

 なのはは、思わず息をのんだ。

透明化され、射撃手が見えず、魔力反応すら無いに等しく、更に呼吸を読んでさえ時間差が無効にする、時間差透明直射弾。

威力は兎も角、射手の狙いを避けるのはまず不可能なそれを、ウォルターは剣で切り払ったのである。

常軌を逸した霊感の冴えであった。

何処が判断力が鈍っているんだ、と内心悪態をつきつつ、なのはは愛杖レイジングハートを握る手に力を込めた。

可能な限り悲壮な決意に見えるよう、演技をして。

 

「――っ!?」

 

 唐突になのはに背を見せたウォルターに、しかし想定内、となのはは誘導弾を差し向けた。

ウォルターから常識外に濃密な魔力波が放射状に放たれ、半径10メートルほどの幻術が溶けて行く。

現れたのは、二条のウイングロードの一部と、ローラーを使わず隠密軌道をしていたスバルとギンガの2人であった。

既に拳を握りしめ、ウォルターの動きと同時に足下のローラーのスイッチを入れ、高速起動に移り変わり2人が交差する軌道でウォルターを狙う。

 

「ぐ……って事はっ!」

 

 しかしウォルターは、迫り来る2人も誘導弾も無視し、空中に剣を振ってみせた。

再び金属音、橙色の魔力光の欠片が弾ける。

ティアナの無事が悟られた事に、なのはは内心歯を噛みしめた。

が、それでも刹那の時間を得られた事は事実。

誘導弾を繰る念に力を込め、同時隙を見据えて砲撃のチャージを開始する。

迎撃の白い直射弾が発射され。

 

「……え!?」

 

 次の瞬間、思わずなのはは声を漏らした。

あのウォルターが、なのはの誘導弾の迎撃に失敗したのだ。

無論40ほど放った誘導弾のうち2発だけだったが、僅かながら確実にウォルターの防御を抜くダメージが与えられる。

思った以上に、ウォルターは消耗していた。

その事実に僅かに勇気を貰う、六課の面々。

それを尻目に、不甲斐ない己にだろうか、吠えるウォルター。

 

「うぉぉおぉぉっ!」

 

 ティルヴィングが翻る。

陽光それ自体のように輝く黄金の巨剣は、超速度でスバルの喉を突く。

その恐ろしい速度に、しかしすんでの所で防御魔法が間に合い、スバルは後方に吹っ飛ばされるだけで済んだ。

が、しかしギンガは健在。

吐気、かつては母の死を前にウォルターに放った事もある、正拳を放つ。

 

「――ふっ!」

 

 空気が裂かれ、ウォルターへと拳が迫る。

寸前薄っぺらな防御魔法が間に合うも、濡れた紙のように突破され、彼の腹部へとギンガの拳が突き刺さった。

既に目を金色に輝かせていたギンガが、叫ぶ。

 

「振動拳っ!」

 

 瞬間、ギンガの拳の中で衝撃が増幅。

先のなのはのほぼフルパワーのディバインバスターに勝るとも劣らぬ威力が、ウォルターにたたき込まれる。

肺の中の空気を吐き出し、ウォルターが地面へと吹っ飛ばされていった。

すかさずなのはは追撃、誘導弾を速度優先にしてウォルターへと放つ。

 

「ま、だ、だぁっ!」

 

 怒号。

恐るべき事にまたもやウォルターは立て直し、なのはの誘導弾を直射弾で迎撃、抜けてきた残りを切り払った。

魔力ダメージに対する耐性が激減したウォルターに与えられたダメージは、Sオーバーの魔導師を一撃で堕とすレベルの物に限定してでさえ、既に6発に登る。

それらを全て防御を抜いてくらっているのだから、ウォルターのタフネスは尋常の域を逸していた。

 

 流石に血走ってきた目でなのはらを睨み、ウォルターは高速移動魔法を発動。

しかし気力で意識を持たせているウォルターはは、軌道に置かれたティアナの弾丸に喉を打ち抜かれ、鈍い悲鳴を挙げ空中に投げ出される。

 

「今だっ!」

『ディバインバスター』

 

 すかさずなのはは主砲を発射。

カートリッジ1ダースをつぎ込まれた砲撃を、しかしウォルターは辛うじて体制を立て直し、迎撃する。

白光と共に、断空一閃の叫び声と共になのはの砲撃は相殺された。

しかし、技後硬直のウォルターへとギンガ、スバルがすかさず距離を詰める。

 

 矢張り、ウォルターは判断力を大幅に失いつつあった。

その事実に勝機を見いだしたなのはだが、直後、寒気のするような気配がウォルターから漏れ出る。

 

「ひっ……」

 

 思わず、なのはは悲鳴を漏らした。

心臓に直接氷を貼り付けられたかのように思える程の、寒気だった。

一気に脳みそが冷水で洗い流され、希望という希望が流れて行くのをなのはは感じた。

ウォルター相手では現状でさえ辛うじて互角。

あと一発大きなダメージを与える前に前衛が堕とされれば、なのはたちに勝機は無い。

 

 だが。

次は、斬塊無塵が当てられる。

つまり、また一人堕とされる。

理由無しに直感してしまうほどの圧倒的威圧感に、なのはは脂汗を滲ませる。

あと少しで、ウォルターを救う一歩が、果たせたのに。

仮面の奥の本当の彼と、お話をする事ができたと言うのに。

何故、と既に敗北の予感と絶望さえ感じてしまった、その瞬間である。

 

「――っ!?」

 

 息をのみ、ウォルターが半回転し背後上空に剣を放った。

瞬間、透明化の幻術が解除、魔力刃を展開し密かに近づいていたティアナが現れる。

 

「か、は……」

 

 流石に技量差からか、斬塊無塵は容易く成功。

肺の中の空気を吐き出しつつ、ティアナは数瞬滞空した後、地上へと墜ちて行く。

それでも尚、ティアナは残る意識を振り絞ったようで、こう告げた。

 

「後は、頼んだわよ……相棒!」

「……うんっ!」

 

 スバルが咆哮で答える。

ウォルターは歯噛み、既に先ほどの悪寒は霧散しており、斬塊無塵の溜めができていない事が、なのはにも感覚的に分かる。

決死の斬塊無塵を既に放ってしまったウォルターへと、ギンガとスバルの2人が迫った。

またもやほぼ同時にウォルターへと到達する軌道で、腰だめに、黄金の光を瞳から漏らしつつ、叫ぶ。

 

「振動拳っ!」

 

 声は、異口同音に発された。

合間を縫うように迫る誘導弾への迎撃に直射弾を消費、矢張り剣をしか残していないウォルターが2人を迎え撃つ。

眼を細め、息を吸い、吐いた。

目を見開く。

たった一瞬のその動作で、ウォルターは緊張感に満ちた威圧感を取り戻してみせた。

先ほどには劣るも、矢張りまた斬塊無塵の気配を感じられる、圧倒的感覚である。

不味い、となのはが思うも、スバル達を信じ追撃の砲撃を溜めていたなのはに、最早できる事は奇跡を祈るだけであった。

 

「斬塊無塵……!」

 

 叫び、ウォルターの黄金の巨剣が翻る。

絶妙のタイミングで前に出たウォルターの剣により、同時攻撃のタイミングは崩され、スバルの攻撃が先に命中確定し、交錯が待たれる。

向けられた超常の剣戟に、しかし一歩も退かず、スバルは怒号と共に拳を振るった。

 

「うぉぉぉおぉっ!」

 

 足下のウイングロードにヒビが入る程の踏み込みから、カートリッジを可能な限りたたき込んだ、超威力の一撃が放たれる。

対するはウォルター最強の奥義、斬塊無塵の完全版。

ただあらゆる魔力防御を抜くだけでなく、その刃には断空一閃の白光が宿っており、元々の威力でさえ超弩級である。

 

 ――次の瞬間。

剣と拳が、すれ違う。

本来なら攻撃を無効化した後、防御をすり抜け、一撃で堕とす斬塊無塵が放たれたのに、だ。

それも、ウォルターが未だ攻撃軌道上にその身を置いているのに。

失敗。

その二文字になのはが目を見開くと同時、ただの断空一閃と化した斬撃とスバルの衝撃拳が互いに直撃した。

 

「ぁ……」

 

 短い声を漏らし、スバルが墜ちて行く。

対しウォルターは。

 

「ぉ……おぉおぉぉ!」

 

 バリアジャケットにヒビを入れ、ふらつきつつも健在。

自分から向かう事で僅かに時間差を作ったギンガの拳へ迎撃の剣を放つ。

返す刃は再びカートリッジを吐き出し、断空一閃を形作り、しかしギンガの拳とまたすれ違った。

 

「ご、ほ……」

 

 互いに直撃。

墜ちて行くギンガを尻目に、しかし辛うじて意識を保ったウォルターだが。

ついに彼の動きが、止まった。

 

「ディバインバスターっ!」

 

 当然の如く、なのはの桃色の砲撃が突き刺さり。

為す術も無く、ウォルターは桃色の光に飲み込まれて行く。

 

 

 

5.

 

 

 

 桃色の光の洪水を、なのはは止める事なく放出し続けていた。

空中に貼り付けにされたまま、ディバインバスターを喰らい続けているウォルターは、常識的に考えればもう立ち上がってこない筈。

しかし、微塵の油断も出来るはずの無い実力差に、なのはは滝のように汗を流しつつ、ディバインバスターを放ち続けていた。

 

『ブラスター・1』

 

 レイジングハートの音声と共に、更なる強化をつぎ込まれたディバインバスターが、より一層強烈な奔流となってウォルターを襲う。

更なる威力の増加に、しかしウォルターは、吠えた。

 

「う……ぐおぁあぁあぁっ!」

 

 ウォルターの体から、白光が放出。

無志向性の魔力波で僅かに攻撃を弱めた瞬間、ウォルターは体制を立て直し、ティルヴィングを振るった。

すわ、斬塊無塵か。

なのはの背筋に冷たい物が走るが、流石にもう集中力が持たないらしく、ウォルターの剣は通常の断空一閃であった。

しかし、それですらなのはのディバインバスター・ブラスター1を超越する威力。

慌て、なのはは叫んだ。

 

「ぐ……レイジングハートっ!」

『ブラスター・2』

 

 更にカートリッジを1マガジン消費。

体が軋む音を聞きつつ、なのはは更にディバインバスターの威力を上げた。

流石に押され、抑えきれない光の筋にダメージを受けつつ、ウォルターが呻いた。

己を鼓舞する為に、咆哮。

 

「くそ……俺は、俺は負ける訳にはいかないんだっ! やっと完成しかけた俺を……、次元世界最強の英雄を、ここに来て諦める訳にはいかないっ!」

「……ウォルター君」

「僕は、いいや、俺はっ! 俺の仮面を、貫き通さねばならないっ!」

 

 最早ウォルターの言葉から窺い知れる人格は、元のウォルターの人格が半ば入り交じって居た。

悲壮で、心を抉るような響きの言葉。

他者の心を理由無く揺さぶる才能。

皮肉にも、なのはの良く知る次元世界最強の英雄の面影は、先ほどまでよりも今の方が、色濃くある。

哀れみと強がりとを一緒にして、なのはは言った。

 

「ねぇ、ウォルター君。変わろうとした後のウォルター君はね、次元世界最強の英雄なんかじゃなかったよ?」

「そりゃあな。今こうやって、無様に負けそうに……」

「違う」

 

 言い切るなのはに、ウォルターは苦しげにしていた顔をなのはに向けた。

桃色の光越しに、光量故に見えぬまま、それでも2人は互いの視線が合うのを感じる。

 

「ねぇ、自分を変えようとしたウォルター君の言葉。なんでかな、全然心に響かなかったんだ」

「……? それは……今までだって、大して……」

「違うよ。今までの、仮面を被って必死で戦ってきたウォルター君の言葉、とっても強く響いてた。沢山の人の心、揺らしてきていた」

 

 目を見開き、ウォルターは何事かを小さく呟いた。

なのはには、微かな音が届いただけで、唇の動きも正確な言葉も窺い知れなかった。

 

「きっと、だけど。私はそう感じるってだけだけどさ。……それは、今までのウォルター君の言葉がみんなの心に響いてきたのはね。本当は、普通の心の、弱い人だったからなんじゃないかな」

「…………」

「そんなウォルター君が、必死で強がって、仮面を演じて、痛む心でさえ隠して。その必死さが、貴方の言葉を響かせていたんじゃないかな、って」

「馬鹿、な」

 

 なのはは、静かに頭を振った。

ウォルターに見えているかは、分からなかった。

 

「だから、ウォルター君の今までの人生は。傷だらけの人生は。間違ってなんていなかったんじゃあないかな。辛かったし、苦しかったんだとは思う。でも……」

「…………」

「……でも、それだからこそ、他人の心を揺り動かす、力があったんじゃないかな」

「ちが、う」

「貴方はそれを自覚していなかったし、あんまりに一生懸命で横を見る余裕が無かったから、自分の人生の意味を無くして。自分を捨てようとさえしたけれども」

「やめろ……」

「その必要は無かった。でも、奇跡的に今私達が勝って、貴方に自分は間違っていなかったって、そう教えてあげられるかもしれなから。だから」

「やめろ……!」

「それで良かった。これで良かった」

「やめろぉっ!」

 

 悲鳴と共に、ウォルターの魔力が更に高まる。

互角に持ち直され、なのはは歯を噛みしめる力を僅かに強くした。

レイジングハートの収納スペースからカートリッジマガジンをもう一つ取り出し、装着する。

 

「そう思えないぐらいにウォルター君の人生は辛かったかもしれない。過去も、ティルヴィングの人格死も、他にも沢山辛い事はあったと思う。でもね?」

 

 告げると共に、なのはは更にカートリッジを1マガジンつぎ込む。

発射時に1マガジン、途中1マガジン継ぎ足し、今更にもう一つ足し、計3マガジン分、36発のカートリッジが一発の砲撃魔法につぎ込まれた。

 

「……貴方は、自分を肯定していいんだよ?」

『ブラスター・3』

「ぐっ……」

 

 機械音声と共に、爆発的な威力がウォルターへと迫る。

今にも敗れそうになるウォルターが、必死の形相で持ちこたえるのに、なのはは告げた。

 

「仮面をしか見ていない誰かじゃあない。ログでだけど、本当の貴方を、仮面の奥の貴方を知る私が言うよ! 貴方は、ウォルター君は……」

「おぉぉぉおおぉっ!」

 

 光の奔流に負け、ついに飲み込まれて行くウォルターへと、なのはは叫ぶ。

 

「次元世界一、格好良いんだからっ!」

 

 爆音。

広がる魔力煙。

それでも尚油断せず、間髪入れずになのははウォルターの居た位置に向けバインドを放つ。

手応え、あり。

数秒後、魔力煙が霧散しバインドに捕まった、未だ意識あるウォルターがなのはの視界に入った。

 

「でもね……。辛いなら、苦しいのなら。強がってもいいよ、それがウォルター君の強さだから。でも、貴方は一人じゃあない。ただ一言、”たすけて”って言ってくれれば、私たちが助けてみる。だからっ!」

『——チャージ開始。10、9……』

 

 叫びながら、なのは杖先に収束砲撃魔法を発動。

長時間に渡ったこの戦闘中に使われた魔力は膨大も膨大、先ほどのディバインバスター・ブラスター3をも超越する威力の魔力が、なのはの杖先に集う。

 

「だから、お願いっ! “たすけて”って言って!」

『3……2……1……チャージ完了』

 

 なのはは、レイジングハートをバインドで捕縛されたウォルターへと向けた。

発射よりも早く、ウォルターは震える声で、なのはに告げる。

今までウォルターに助けられてきた者達が、ウォルターに向けてきた言葉を。

今度は、ウォルターが、なのはに、今までウォルターが助けてきた相手に。

 

「……たす、けて……!」

「……っ! とうっぜん!」

 

 だから返事は、ウォルターと同じ内容で。

叫び、なのははレイジングハートのトリガーを引いた。

 

『——スターライトブレイカー』

 

 桜色の極太の光が、ウォルターを飲み込む。

最早永遠と思える程の時間、光はウォルターを魔力ダメージで焼き続け。

ふと、思い出したように光が途切れると、意識を失ったウォルターが落ちて行く。

六課のバックアップ部隊が超速度で作り出したフローターフィールドに受け止められ、ウォルターは今度こそ完全に墜ちた事が確認された。

 

 なのは達、機動六課のメンバーの勝利であった。

 

 

 

 

 




なのはさんにSLBをくらうというテンプレ。
にしても私は遅筆だなぁ。

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