仮面の理   作:アルパカ度数38%

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ちょっと短めです。


7章6話

 

 

 

1.

 

 

 

 昼休みの六課の食堂。

陽光が降り注ぐ明るい内装の中、食事を終えた六課フォワードメンバーの面々が同じテーブルで談笑をしている。

そんな中、ふと、スバルが漏らした。

 

「魔導師の最強って何なのかなぁ」

「ウォルターさんでしょ」

 

 ティアナが間髪入れずに回答。

それもそうかと納得してしまうスバルだったが、言いたかった台詞は違うので、頭を振った。

 

「いや、そうっちゃそうなんだけどさ。ウォル兄だって、何度も負けそうになりながら戦ってきた訳じゃない」

「あー。最強の定義とか、そういう意味かしら」

「うんうん、そんな感じ。ウォル兄が最強だとは思うけど、単純なスペックなら同じレベルの相手も居たんだしさ、何でかなーって」

 

 と、スバルの言葉に頷くティアナ。

事実、ウォルターは次元世界最強の魔導師と呼ばれているが、無敗でも無敵でも無い。

加え、ティアナですらウォルターに勝る技術を、かなり部分的にではあるが持っている。

無論、それはウォルターに勝てるという意味ではないのだが。

 

「やっぱり、自分の強みを活かす戦術を持っているからじゃないかしら?」

「強み……。私は超近接戦闘と防御って言いたいけど、ウォル兄には勝てないからなぁ。それでも強みは強みか」

「僕は一応速度と、今だけですけど小ささ、低さも強みになるんですかね?」

「私は補助と召喚ですけど、やっぱり召喚魔法の方が強みかな?」

「言い出しっぺの私も言うと、高速精密射撃と、ウォルターさんには及ばないけど幻術かしらね」

 

 と、4人で意見を出し終えると、エリオは顎に手を、眉間に皺を寄せ首を傾げた。

それに気づき、眼を瞬くスバル。

 

「あれ、どうしたの?」

「いえ、強みと言っても、やっぱりそれだけじゃウォルターさんには手も足も出なさそうで……」

「だからこその戦術なんじゃないかしら。ウォルターさんだって、強いけど万能型って訳じゃないでしょ?」

 

 事実、ウォルターは剣を使った近距離戦闘では無類の強さを誇るが、他の距離では最強とは言い難い。

より近い距離での無手の技術ではザフィーラが、力では黒翼の書や三位一体の闇の書の方が上。

遠距離になるとウォルターは直射弾をばらまけるだけで、しかもスフィアが作れず連発ができないので制圧力を継続できないという有様。

一応砲撃魔法も誘導弾も使えるが、近接戦闘や直射弾のレベルに比するとかなりレベルは低い。

つまり、遠距離でウォルターを凌ぐ魔導師はニアSランク以上の遠距離型魔導師の殆どとなる。

 

「それでもウォルターさんが最強と言われているのは、自分の強みを活かす魔法や戦術を磨いているからじゃないかしら」

「そっか……。私で言えば、ウイングロードの変則軌道がそれなのかな? で、ティアなら幻術か」

「僕は強みがそのまま強みを活かす要素になって、好循環してるのかな。槍だから、早さをそのまま攻撃力に換えやすいし」

「私は補助だから、この場合連携を頭に入れる事、かな?」

 

 と、4人がそれぞれ口にしながら顔を見合わせていると、背後から声。

 

「ちなみに、私がウォルターさんのティルヴィングを解析した分では、やっぱり近づく技術が半端ないって事かな」

「わ、シャーリーさん!?」

 

 驚く4人を尻目に、にこりと笑いつつ現れたのはシャーリーだった。

それぞれのデバイス制作者であるシャーリーに、4人はまるで頭が上がらない物である。

恐縮する4人に、シャーリーは唇に人差し指を、豊かな口唇を震わせながら告げる。

 

「いやー、意外にウォルターさんの技術って魔法外技術も多いんだよね。フェイントとか、相手の思考推理とか、凄いのよほんと。魔法自体もとんでもない高度な魔法が多いのにさー」

「そうやな、さすがはウォルター君、SSSランク魔導師とかいうチートなだけはあるっ!」

「八神部隊長!?」

 

 と、続け何処からかはやてが出現。

肩の上のリィンフォース・ツヴァイと共に両手で拳を作り、片手を天に向け伸ばす謎のポーズを。

4人が顔をひくつかせているのに気付いているのか気付いていないのか、続け口を開く。

 

「何せ、10歳の頃でさえうちのヴォルケンリッター4人相手に圧倒するレベルやからなぁ。あの人ほんまは戦闘民族か何かなんちゃうかな」

「その頃のSSランク魔導師でさえ詐称物だったよね……。もう今はSSSSランクでいいんじゃないかな」

「あ、フェイトさん」

 

 と、続けて現れたフェイトにエリオとキャロが反応する。

スバルは知ってしまった新事実に乾いた笑みをもらし、ティアナにとっては既知の事実であるため、フェイトの台詞に苦笑いを浮かべるのみ。

そこに、割り込む言葉。

 

「というか、この前ウォルター君が倒した黒翼の書って、溜め無しの一撃一撃が私の収束砲撃並の威力でしょ? SSSSSランクとか新設してもいいかもね」

「なのはさん……」

 

 と、冗談交じりに続けざまに現れたなのは。

黒翼の書戦のウォルターの負傷について詳しく知るはやては顔を暗くさせたが、それも一瞬の事。

すぐに持ち直し、明るい調子で口を開く。

 

「ふふふ、もうこれはウォルター君にSSSSSSランクという新ランクを授けるしか……!」

「……お前ら何やってんの?」

「ふぎょ!?」

 

 奇声を上げて飛び退いたはやての背面には、呆れた顔のウォルターが立っていた。

その眼は光なく、焦点は何処か朧気で、死んだ魚のような眼であった。

珍しい顔色のウォルターに、その場の面々が顔を引きつらせる。

 

「あのなぁ、SSSランクが測定不能ランクなんだからそれ以上なんてある訳ねーだろ。お前ら幼年学生みたいな事やってんなよ……阿呆か」

「なのっ」

「うぐっ」

「ぐげっ」

 

 酷い声を上げる3人娘を尻目に、ウォルターは深い溜息を。

ハイエナに突かれる死骸を見るような眼を3人に向け、それから真っ当な視線をフォワードの4人に。

忍び足でその場を去るシャーリーを尻目に、告げる。

 

「まぁ、飯食ってる合間にちらちら聞いてたが、大筋は合ってる。俺の強みは近接剣戟の強さと勘で、戦術も確かに重要だ。だが、それこそ俺の戦ってきた相手には、総合的に俺以上の近接戦闘が出来る相手も居たんだ」

「ウォル兄以上の近接戦闘? ほんとに?」

「まぁ、最近は必殺技を憶えたからな、更に一段レベルが上がったんで、最高レベルにようやく辿り着けた感があるが……、以前はな」

 

 肩をすくめるウォルター。

ウォルターの戦った相手でも近接戦闘が強い有名所と言えば、矢張り黒翼の書になるのだろうか。

確かに途中までは彼も劣勢だったと聞いていたティアナは、なるほどと、頷き続く問いを口に出す。

 

「それじゃあ、そんな相手にどうやって……」

 

 ――甲高いブザー音。

アラートの印に、全員が目の色を変える。

 

「やれやれ、講義の答えは出撃の後って事になりそうだ」

 

 告げ、瞳に炎を宿すウォルター。

彼に習い、全員が精神を切り替え、デバイスを手に視線を合わせた。

頷き、靴裏で床を蹴り出して行く。

 

 

 

2.

 

 

 

 ナンバーズと呼ばれる、スカリエッティの戦闘機人の出現による出撃。

フォワード陣と軽く交戦するナンバーズを尻目に、僕は自分にだけしかできない行動として、勘に従い廃棄区画の上空へと飛んでいった。

灰色のコンクリのガラクタが眼下に広がる空間に、僕の勘の正しさを証明する、フード付きの外套を羽織った男が浮いている。

 

「お前の相手は、流石に俺以外にできそうもねぇからな……」

『たかが魔力が高い程度でマスターに勝てる気になってきたのなら、愚かとしか言いようがありませんね』

 

 軽口を告げる僕とティルヴィングに、驚くべき事に、男はダーインスレイヴを構えながら片手を外套へ。

いとも容易く脱ぎ捨て、中の姿を露わにしてみせた。

 

「…………っ」

 

 息をのむ。

中の男は、僕と……つまりUD-182ともうり二つの男であった。

黒髪は僕よりやや硬質で跳ねており、顔は僕よりやや精悍、体格は僅かに良く、背は同じぐらいか。

何より、そのバリアジャケットは、趣味の悪いことに真っ白であった。

僕の黒いコートと真逆の、白いコートに、中には白いボディースーツにパンツ、ブーツと装備の形は僕と同じである。

デバイスの色を合わせれば、黒金と白銀。

相対する色。

 

「……以前スカリエッティから聞いていただろうが、俺の名はセカンドだ」

 

 至極あっさりと、セカンドは口を開いた。

僕の声を録音して聞くのと全く同じ声。

なんとも耳心地が悪く、思わず顔をしかめる僕に、同じように嫌そうな、というよりは見下すような眼でセカンド。

 

「俺が前回喋れなかった理由は、お前にも分かるか?」

「……同族嫌悪で、斬らずにはいられなくなるから、か?」

「哀れ過ぎてな」

「って事は、今回は俺を倒す準備が出来たって事かい」

 

 告げると、は、と鼻で笑うセカンド。

何がおかしい、と視線を向けると、嘲笑混じりに彼は言う。

 

「正確には違うな。スカリエッティの奴が善い事を思いついたと言うんでな、来てやったのさ。お前を倒す事自体は、何時でもできる」

「…………」

 

 僕は、静かに胸の奥で、怒りの炎がとぐろを巻くのを感じた。

スカリエッティ。

クイントさんの仇であると同時、僕にとって様々な意味で宿命の敵である男。

そこに復讐の念は感じないでもないが、どちらかと言うと、この身の宿命の決着をつけたいという感情の方が大きい、気がする。

と言っても、僕の自己診断など当てにならないのだろうが。

 

 無言でティルヴィングを構えたままの僕に、セカンドは小さく肩をすくめた。

続け、セカンドの隣に空間投影ディスプレイが生まれる。

当然の如く、そこに移っていたのは紫髪に金眼の男、ジェイル・スカリエッティ。

 

(やぁ、出来損ないの失敗作君)

「……スカリエッティ」

 

 静かに、闘志を籠めて言葉を。

眉をひそめ、蛆の沸いた屍肉を見る目で、スカリエッティ。

 

(あぁ、今回は君に素晴らしい事実を伝えようと、この場を借りさせて貰ったのだよ。聞いてくれるかね?)

「素晴らしい事実、ね。プロジェクトHとやらの詳細でも教えてくれるのか?」

(その通りだよ)

 

 思わず、息をのんだ。

目前の男がどうやら僕を失敗作として扱っているらしいのは知っていたし、僕の戦闘能力を警戒しているのは何となく分かっていた。

それ故に、親切心で僕に真実を伝えるなどという事はありえない。

加えて何故今このタイミングでなのか、という事も分からなかった。

セカンドと相対した瞬間が良ければ、前回の対峙でも良かったというのに。

疑問詞にまみれながらも、それでも僕の口は自然と開いていた。

 

「……聞こうじゃねぇか」

(ふん、予想通りの言葉で面白味が無いね)

 

 肩をすくめ、冷たい視線のままスカリエッティが続ける。

 

(プロジェクトH……つまり、プロジェクトHERO。プロジェクトFATEが運命を作り出す計画ならば。プロジェクトHEROは、英雄を作り出す計画だったのさ)

 

 眉をひそめる。

何故か心臓の鼓動が高まっていくのを感じるが、それとは別に、理性はじゃあ何故高い戦闘能力を持つ僕が失敗作なのだと言う疑問詞を思いつく。

そんな僕を尻目に、スカリエッティの口から、恐るべき言葉が零れ出た。

 

(もっと正確に言えば……、英雄の人格を生成する計画)

「…………え?」

 

 乾いた言葉が、こぼれ落ちた。

剣を抜き、闘争心で消し去っていた筈の不調が全身に満ちる。

ぐらりと、揺れる視界。

 

(プロジェクトFの記憶操作技術が原形となっていてね。あの脳みそどもの依頼で私が作った人造記憶を刻み込み、人格を強制的に変容させる計画さ)

 

 どうしてだろう、理解したくも無い言葉の意味は、すんなりと僕の心の中に入っていった。

それはまるで、何度も言い聞かされたかのような。

今まで忘れていた何かが蘇ってくるような。

そんな感覚。

 

(プレシア・テスタロッサのプロジェクトFは完璧だった。ただ、元となるアリシア・テスタロッサの記憶データが死後の摂取だったため齟齬があった上に、懐疑心に満ちたあの頃のプレシアではどんな相手だろうと娘には見えなかったからね。それ故に失敗となったが、事実、人格は記憶データによって作成できるのだよ)

 

 これ以上聞いちゃ行けない気が、する。

もう遅いような、気がする。

 

(実験材料は高い戦闘資質を持った子供達。その中に、私謹製の英雄っぽい人造記憶を流し込んだ。君もご存じの記憶だよ。君が妄想だと思っていた、その割りにはやたらとリアリティのある妄想だった、君の良く知る、君の言う所の――)

「やめ……」

 

 口から漏れた声は、弱々しくて。

とてもスカリエッティの楽しそうな声を止める事はできなかった。

 

(UD-182という人格。私が設定し作った、人格)

 

 震える。

脳がその意味を理解するよりも早く、スカリエッティ。

 

(そう、UD-182は、君の言う仮面の人格は、君の妄想ですら無かった。――アレは、私の妄想。私の考えた……そうだな、”ぼくのかんがえたかっこういいヒーロー”という奴さ。全く、我ながら反吐の出る妄想を作り出したもんだ)

 

 怖気が体の底から這い上がってくるのが、嫌でも分かる。

揺れる視界は今にもそのまま振り切って墜ちてしまいそうで、それでも辛うじて剣を手放さずに居られるのは、幸か不幸か。

仮面を被る余裕すらなくした舌を噛みそうな口で、無理矢理言葉を。

 

「馬鹿な、じゃあ、なんで僕はUD-182になれなくて、今のままだったって言うんだ……?」

(そりゃ当然、失敗作だからさ。君は流し込んだUD-182という英雄人格が自分だと思う事に耐えられなかった。自分が英雄である事に、耐えられる材料は少なくてね。彼は自分じゃない、自分の妄想なんだという現実逃避を行って精神崩壊を免れたのだよ)

「じゃあ、僕の仮面は。信念は。僕の中から、浮き出てきた物じゃあ、なくて」

(だから言っているだろう? 私が考えた設定だよ、それは)

 

 頭蓋を、大槌で殴られたかのような衝撃だった。

僕が。

僕が全てを賭して守り続けてきた信念は。

妄想ですらなかった。

借り物ですらもなく、押しつけられた妄想だった。

吐き気と頭痛で、今にも気を失いそうで、それでも両手で握るティルヴィングの明滅する宝玉だけが僕を辛うじて支えていてくれる。

それでも顔色が土気色になっているのを自覚している僕は、何かせめて口を開かねば今にも狂いそうで、せめて告げた。

 

「じゃあ、そいつは、セカンドは何なんだ? どう見ても、プロジェクトFの……」

 

 と、言ってから気付く。

スカリエッティは、僕を失敗作とだけ呼んだ。

セカンドは、名前で呼ぶ。

その対比に嫌な予感がした、その瞬間。

 

(ご名答。セカンドは、プロジェクトF+Hの成功作。君の戦闘能力と、UD-182の人格を併せ持つ存在さ)

「……え?」

 

 思わず視線を、セカンドへ。

見れば僕へと向けられる視線は、侮蔑でも殺意でもなく、哀れみの視線でしかなく。

反射的に僅かに反骨心が沸いたのを、全力を賭して燃え上がらせ、悪あがきの言葉を。

 

「馬鹿言え、戦闘機人だけでも相応に時間がかかるのに、それに加えてもう2つもプロジェクトを勧めるなんて、いくらお前が天才と言われていても無理に決まってる。ハッタリに決まってる!」

(だが、出来たのだよ。他ならぬ、君という存在を用いる事に限るのならばね)

 

 再び、ぞっとするような予感。

それでも、対し何をすればいいのか思い浮かぶよりも尚早く、スカリエッティは気軽に告げてみせた。

 

(君のデバイス・ティルヴィングを、一体誰が作ったと思うんだい?)

『私……?』

 

 怪訝そうな声をあげるティルヴィング。

比し、僕は半ば分かってしまった結論に、違うと信じるための言葉を紡ぐしかない。

 

「馬鹿な……。嘘だ、例えそうだとしても、そんなはずは……」

(ティルヴィングは、私謹製のデバイスだ。さぁ、証拠に私の事を呼んでくれないか?)

 

 止めろ。

嘘だ。

そんな馬鹿な。

そんな願いを込めて視線を手元のティルヴィングへ。

明滅、機械音声が告げる。

 

『安心してください、マスター。私が、”マイ・マイスター”のような男に作られたとして、この魂まで売り渡す筈ありません。 私は、ただの金食い虫のデバイ……す……?』

 

 激しい明滅。

何処か乾いた、機械音声。

 

『ば、馬鹿な。この、マイ・マイスター! お前は一体、私に何をした!』

(簡単だとも。君のブラックボックスには、私を”マイ・マイスター”と呼ぶように設定されている。他にも例えば、君の人格データに紐付いて――)

 

 にやり、とスカリエッティが邪悪な笑みを。

背筋の凍るような声で、告げた。

 

(そこの失敗作……ウォルター・カウンタックの全データを私に送信し続けているとか、ね)

『馬鹿な……私が、マスターに、裏切りを……』

 

 何処か遠いところから聞こえるような気さえする、ティルヴィングの動揺した声。

そんな声を背景に、ふと、僕は思い出す。

かつて地球で調べた、あの地に伝わるティルヴィングという、僕の愛剣と同じ名を持つ魔剣の物語を。

主に不幸をもたらす、裏切りの剣の伝説を。

 

(さて、7歳以前のデータは全て私の手に元々あって、それ以降のデータはティルヴィングから手に入れる事ができる。記憶も含めてね。だから、君をベースにしたプロジェクトF+Hに限れば、戦闘機人計画のついでにやる事ができたのだよ)

「ぁ……あ……」

(君の記憶をベースに、要らない部分の記憶を削除するだけで、そこまで手間をかけずにセカンドの人造英雄人格は完成できたよ。くくっ、人の魂の輝きを汚すようなつまらん研究とは言え、中途に終わっていた物を完成させる事ができた事ぐらいは、君に感謝してやってもいいかね)

「あ……ぅ……」

 

 最早僕は、言葉も出なかった。

何も考えたくなかったし、何もしたくなかった。

半ば放心状態で、それでも体に染みついた感覚が辛うじて構えを取らせていて。

電子音。

ティルヴィングのコアたる緑色の宝玉が輝く。

 

『マスター』

「てぃる、う゛ぃんぐ?」

『私はマスターにとっての道具たれと、そう誓ってこれまで貴方の剣として戦い続けてきました』

「……う、ん」

 

 頷く。

形だけの構えを残しつつも、僕は視線をセカンドから外しティルヴィングのコアへ。

何処か不安げな輝きに、こちらも胸騒ぎがするのを抑えられない。

 

『そんな道具が主を害する可能性があるというのは、私の誓いに反します。幸い、”マイ・マイスター”の言う通り、人格データに紐付いてデータの発信プログラムは見つけました』

「……何を、言っている、んだ?」

『戦闘用のアルゴリズムは隔離避難してあります。これからも、貴方の剣の力は衰える事無く共に有り続けるでしょう』

「待て、なに、を」

 

 呆然と言う僕に、ティルヴィングは明滅。

いつも通りの、冷たく無機質な音程の、なのにどうしてか、人肌の温度を感じるような人工音声で告げる。

 

『マスター、貴方の行く道に幸有らんことを。……ご武運を』

「てぃる、う゛ぃんぐ?」

 

 ぷつん、と音声信号の途絶える音。

ノイズ。

機械音声の再生。

 

『――10%……30%……』

「おい、何だよ、何のカウントダウンなんだ!?」

『……50%……70%……』

「待て、待つんだ。待てよ、止まれ、止まれ、止まれぇ!!」

『90%……100%。人格データの消去が終了致しました』

 

 今度こそ、構えを保つ余裕など無かった。

手が傷つく事も厭わず、ティルヴィングを両手で掴み、コアに顔を近づける。

嘘だ嘘だ、と呟きながら、ふと、僕は両の眼から涙がこぼれ落ちている事に気付いた。

 

「馬鹿な……嘘だ、あっけなさ……過ぎる……」

(やれやれ、主よりもデバイスの方が興味深いぐらいだったね。少し惜しいことをしたかもしれない)

 

 スカリエッティのあざけるような声にも、僕は反応できなかった。

体の芯から震えが登ってきて、吐く息の震えさえもが感じられる程だ。

目頭は熱く、零れる温度は嗚咽を携え頬を流れて行く。

 

 ――だって、僕には。

 

「182……」

 

 UD-182が居ない。

彼は実在しなかった。

妄想ですらなかった。

スカリエッティの考えた妄想設定で、僕にとっては植え付けられた理想でしかなく、自分から零れ出た物ですらなかった。

 

「リニス……」

 

 リニスが居ない。

彼女は僕を裏切った。

その時僕の精神を辛うじて支えていた仮面を、暴き晒そうとしたのだ。

そうしなければ僕の心が死ぬ事は分かっていても、それでも許せる物ではなく、僕はリニスへの信頼を失った。

 

「ティルヴィング……」

 

 ティルヴィングが居ない。

この子は自覚無しに僕を裏切っていた。

そしてその人格は消え去った。

僕などよりも遙かに立派な信念を、主の道具たれと言う信念を貫き通し、己を犠牲に僕への不利益を消して見せたのだ。

信念よりも、僕への不利益などよりも、ただ側に居て欲しかったと思うのは傲慢なのだろうか。

 

「僕は……」

 

 僕は、独りだった。

僕は、何も持っていなかった。

だから。

 

「僕の、生きてきた意味は、無かった……?」

 

 疑問詞が、零れ出て。

 

「――いや、あった」

 

 何故か、セカンドがそう言った。

自分でも虚ろだと分かる視線を、セカンドへ。

静かな表情で、彼は僕を見つめている。

どうしてだろう、心が死にきっているからか、彼の精神状態が手に取るように分かる。

僕を哀れむと同時に、嫌悪が内側から沸いて出ているのが、否が応でも分かった。

続け、セカンド。

 

「お前に生きる意味はあった。お前は多くの人を救ってきた。その人生を、俺は決して否定しない」

 

 ダーインスレイヴに集まる魔力。

白い魔力光。

僕と同じ魔力光。

 

「だが、お前の生きる意味は、今はもうない。未来永劫にだ。自分を偽り続けた対価を……仮面の理が告げる対価を、今お前は受け取るべきなんだ」

 

 心震えるほどの、闘志。

僕のような弱虫とは格が違う、精神の化け物のような炎。

 

「安心しろ……お前の仮面が作った英雄は、俺が受け継ぐ。――お前の名、ウォルター・カウンタックと共に!」

 

 成り代わりを宣言し、セカンドは弾かれるように突進。

銀剣に白光を纏わせ、袈裟に斬りかかり。

 

「――黙れよ」

 

 僕の剣に、容易く弾かれた。

驚愕に目を見開きながら、後退するセカンド。

それを尻目に、僕は叫ぶ。

 

「僕には……まだ残った物がある! この、次元世界最強の力がだっ!」

 

 ティルヴィングのカートリッジを全て吐き出させ、超魔力を身に纏った。

全身から血が滲むのを感じつつ、狂戦士の鎧の兜を下ろし、頭蓋骨まで浸食させる。

 

「ああぁああぁっ! あ、あぁああぁ!!」

 

 喉が裂ける程の悲鳴を上げながら、それでも沸き上がる黒い感情の力に後押しされ、全霊を賭してティルヴィングを構えた。

爆発しそうな程の魔力を、気が狂いそうなほどの集中力で統制。

おかしくなりそうな狂気に満ちた精神を、がんじがらめに精神の鎖で絡め取り、手綱を取る。

 

「行くぞ……セカンドぉおおぉぉ!」

『――斬塊無塵』

 

 絶叫。

展開するは、かつてはカウンターでしか使えなかった斬塊無塵の、攻勢仕様である。

瞬間、僕の視界に満ちる青緑の光帯。

魔力素の動きを可視化した、”第六感”なる僕の希少技能によるそれらを頼りに、ティルヴィングを掲げる。

人格を無くした黄金の巨剣には、白く光る超魔力が。

 

「ぁぁあぁあ――!!」

 

 僕の全人生を賭けた、最深最高の読みと共に、最大威力の剣戟が振るわれ。

 

「哀れ過ぎるな……」

『――斬塊無塵』

 

 白銀の一閃。

至極あっさりと。

僕は負けた。

 

「ぁ……」

 

 非殺傷設定のお陰で僕は命を保ったまま、それでも全魔力を籠めていたが故に、地上へと墜ちて行く他無い。

もしかして気力が残っていればどうにかできたのかもしれないが、分からなかった。

負けを認めてしまった瞬間、僕の心は完全に折れきっていたのだ。

最早あらゆる気力が萎えてしまった僕は、指一本動かす気力もないままに、ただただ地上へと墜ちて行く。

 

 回転する体に、視線が揺れ、たまたま天空が視界に入る。

天に立つ白銀の男は、日中の月の如き輝きに満ちており。

とても遠いそれに手を伸ばすけれど、回転は止まらず、すぐに視界は入れ替わる。

最後に、衝撃と、柔らかな感触と、近くからリニスの泣きそうな声が聞こえてきたような気がして。

それでも、意識は遠くなる。

 

 ——今度こそ、僕は二度と立ち直れる気がしなかった。

 

 

 

 

 




表題回、兼、あらすじ回。
これで7章は折り返し地点です。
やっとウォルターさんの心が折れましたよ……。

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