仮面の理   作:アルパカ度数38%

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ちょっと間が空きましたが、再開です。


第六章 斜陽編・後 黒翼の書事件 新暦72年 (空白期)
6章1話


 

 

 

1.

 

 

 

「熱いな……」

 

 クラナガンの街を歩きながら、思わず呟く。

うだるような熱気に、溜息。

季節はまだ初夏だと言うのに、太陽は出さなくても良いやる気を出してアスファルトへ照りつけている。

熱された地表から温度を吸い上げた空気分子が、熱気となって辺りを彷徨っていた。

 

 久しく何の予定もない休養日。

掃除の邪魔だとリニスに追い出された僕は、とりあえずという事で繁華街をうろついている。

というのは、趣味のない僕にとって、他に行く場所がないのである。

やることと言えば、ギンガとスバルの様子を見に行く、鍛錬する、それぐらいしか思いつかない。

無論鍛錬はばれたらリニスに泣かれるし、ギンガは既に管理局員となって地上部隊で働いているし、スバルも陸士訓練校に入学している。

2人ともこちらから定期的に映像通話はしているのだが、程よく向こうからばっさり切られるし、沸いて出た休養日に会いに行けるような暇な立場ではない。

まぁゲンヤさんなど周りの人の話を聞くに、彼女達は僕のことさえなければ上手くやっているらしいので、心配する事も無いのだろうが、これも性分である。

 

 さりとて、魔法の研究やらをしようにも、僕はリニスに部屋を追い出された形になる。

恐らく趣味の一つも無い僕に、少しでも人間らしい幸せを望み、その切欠になればと外出をさせたのだろう。

僕としては受け取りづらい好意だが、リニスの思いを考えると無視もしづらい好意である。

かといって、なのはとたまにする喫茶店巡りは男一人でやるのは拷問に近く、フェイトと行ったことのある遊園地も一人で行くような場所ではあるまい。

どうしたものかと思いつつ、人通りの少ない通りを選びながら歩く僕。

 

 最早どうする事もできまいと、僕は直感に従い適当な道を歩く事にした。

頭の中で地図を思い浮かべる事すら拒否し、適当に道を選び進んでいく。

同じ交差点を通る事すらある、効率など考えもしない粗雑な直感。

それを元にぼーっと歩いていると、ふと見覚えのある道を歩いている事に気付いた。

 

 このまま真っ直ぐ歩いて行けば、ナカジマ家へとたどり着く。

 

「…………」

 

 胸の中を抉られるような痛み。

そういえば、かつてもリニスさんの事で悩んでいたとき、僕は勘に従って歩き、ここにたどり着いたのであった。

そして。

クイントさんと話して。

外れそうになった仮面。

心が潤むような、人の温かさ。

それらを感じ、僕は少しだけ長い旅路を歩む力を得て。

 

 ――クイントさんは死んだ。

 

 守れなかった。

そしてクイントさんは、僕のことよりも娘の事を想って死んだ。

当たり前の現実で、僕はクイントさんにとってただの仲の良い子供でしかなくって。

不意に胸の奥からこみ上げてくる物があり、僕は咄嗟に視線を外し、ナカジマ家の方向に背を向ける。

歯を食いしばったまま、靴裏で踏みつけるアスファルトに視線をやりつつ振り返ると。

どん、と。

 

「うおっ」

「おわっ」

 

 見知らぬ男とぶつかってしまった。

お互い予想外の衝撃にふらつくも、足でバランスを取り踏みとどまる。

すぐに相手の顔に視線を、口を開く僕。

 

「すまん、いきなり……」

「悪い、前見てなかっ……」

 

 と。

男がぽかんと口を開き、僕も同じようにして絶句した。

男は、金髪蒼眼の小太りの男であった。

短く刈り込んだ金髪は力強く天に突き立ち、蒼眼は何処か濁った感じがしており、多めについた贅肉が骨格を覆い隠している。

何より、何処か傲慢そうに見えるその顔立ちは、忘れるはずもない。

見覚えのある雰囲気の顔に、思わず記憶にある魔力波長と実測波長を合わせてみると、違い無く一致する。

遙か昔の記憶が呼び覚まされ、金属質な床板を裸足で歩く感触、薬品の匂い、閉塞的な空気が脳裏を過ぎった。

 

「UD-213……?」

「UD-265……?」

 

 UD-213。

“家”で僕が脱出するまで実験体の中で君臨していた、ガキ大将。

UD-182とよく喧嘩をしていた、僕より幾つか年上の子供だった男。

 

 ――仮面無き僕を知る男であり、UD-182を知る男。

 

 僕は頭の中がぐしゃぐしゃになっていくのを感じた。

仮面を無意味にしかねない相手にどうすればいいのか泣きじゃくりたくなる反面、冷静な部分が人格の差異など10年の月日で言い訳できると告げる。

しかし、彼はUD-182本人を知っているのだ。

僕の言動がUD-182そのままである事などすぐにばれてしまうだろうし、それを元に糾弾されれば、僕は全てを……。

いや、僕が偽りではなく彼の意思を継いだと誤認させれば?

そんな風に混乱の局地にある僕だったが、それはUD-213も同様のようだった。

お互い呆然としたまま立ち尽くし、無言で立ちすくむばかりである。

そんな中、先に我に返ったのは、UD-213の方であった。

 

「えっと……とりあえず、どっかで座って話さないか? いや、その前に時間はあるか?」

「あ、あぁ。ぼ……俺は今日は完全な休養日のつもりで居たからな……」

 

 告げ、ぎこちない動きで先導するUD-213についてゆく僕。

僕らは無言で住宅街を抜け、一番近くにある喫茶店へと足を踏み入れる。

繁華街から外れた所にある喫茶店は人も少なく、低めの音量で落ち着いた音楽が流れていた。

言葉少なに窓際の席に着き、僕らは向かい合う。

口火を切るのは、今度は僕の方からであった。

 

「まずは、”現在”の自己紹介といこうか。俺は、ウォルター・カウンタック。フリーの賞金稼ぎをやっている」

「ウォルター……。そうか、写真で似ているとは思っていたけどよ、まさか本当にとはな。俺はハラマ・エスパーダ。管理局の地上部隊で捜査官をやっている」

 

 UD-213……、ハラマの言葉でハッとする。

もしも”家”出身の子供が生きて外に居れば、そこそこ有名な僕である、その見目から一方的にUD-265=ウォルター・カウンタックとして認識されているかもしれない。

とは言え、それはハラマに聞いた所で判明する事ではないだろう。

胸の奥に疑念は秘めておきつつ、運ばれてきたアイスコーヒーを口にしながら、僕らは近況から口にする。

 

「へぇ、地上部隊か……。地上部隊とは協力する事も多かったが、最近は専ら海との連携が多いな」

「お前の外での事はニュースで聞いている以上の事は知らないがよ、7歳の頃から賞金稼ぎをやってたんだって? すると脱出してすぐって訳か?」

「あぁ。ストリートチルドレンで点々としながらクラナガンに着いて、そっから賞金稼ぎコースだ。お前こそ、一体何時脱出したんだ?」

「お前の脱出に応じてだよ。俺はストリートチルドレンから孤児院、魔力測定で陸士訓練校に推薦、そっから管理局員コースだ」

 

 そういえばハラマの魔力量は子供の頃でさえAAランク相当はあったな、と思いつつ、疑問点に口を挟む。

 

「あれ? 俺の記憶だと、”家”の入り口を吹っ飛ばして逃げた気がするんだが……」

「あぁ、入り口は複数あったんだよ。ま、今なら分かるが、突入されても逃げ出す為の常套手段って奴さ」

「なるほど。中々脱出できなかったことだし、結構警備に気を遣っていたのかね」

 

 と、ハラマが視線を跳ね上げ、瞼を閉じてコーヒーを口に。

数秒思案する様子を見せ、口を開く。

 

「中々? お前は一発で脱出してみせたじゃあないか」

「おいおい、あの2回は数に入れてないのか? UD-182と一緒に脱出しようとして、2回失敗した奴。あれで確か、”広場”の出入りに監視が付くようになってさ……」

 

 と、僕が記憶の通りに話すのに、訝しげにハラマが告げた。

 

「UD-182? 誰だそりゃ」

「……え?」

 

 思わず、頭の中が真っ白になった。

パクパクと口を開け閉めする僕に何を思ったのか、ハラマ。

 

「そもそも、俺の記憶がただしけりゃ、UD-200未満ナンバーは、俺たち200番台ロットが実験体として扱われるようになった時に、廃棄処分されてた筈だ。そうだろ、親友?」

「しん、ゆう……? 俺は結局お前と話した事なんて数えるぐらいしかなかった筈だったが……」

「……え?」

 

 訪れる沈黙。

先ほどの僕と同じように、蒼白になった顔でハラマが叫ぶ。

 

「おい、お前は俺の親友のUD-265だろ!? 俺よりチビだったくせに、誰よりも勇気があって、熱血していた、あの!」

「……俺はUD-265だったが。お前はUD-182と敵対していた、ガキ大将で、いつも取り巻きの居るUD-213だった筈じゃあないのか?」

 

 口を突いて出た言葉は、あまりにも動揺の色の濃いハラマを目前にしたからか、冷静な物であった。

そんな僕の様子に、ハラマはこみ上げてきたのであろう言葉を飲み込み、静かに力のこもった握り拳をテーブルの上に置く。

けれど内心の混乱が大きいのは、僕とて同じだった。

座っている感覚すらあやふやで、今にも倒れそうなぐらいの動揺に、体は微細に震え、ともすれば歯がカチカチと鳴り始めかねないぐらいだ。

視界が真っ暗になりそうな動揺の波にどうにか耐えきると、ハラマも同じように落ち着いてきた様子が見えてくる。

 

「……まずこれからすべきだったのかもしれねぇが。”家”の位置や周りの環境とか、すりあわせようか」

「……あぁ」

 

 言って口を開く僕ら。

けれど中身は全く一緒。

“家”の位置どころか内装もほぼ一致しており、周りに木々が茂っている事、脱出の季節さえもが一致している。

けれど、記憶の相違点は無視できない量があった。

 

 例えば、実験は麻酔無しで行われる事も多く、痛みを伴う凄まじい物だったとは、ハラマの言い分である。

僕の記憶が正しければ実験は必ず麻酔をもって行われ、臓器を回復する程度の小ささだが取って行かれる事すらあった。

輪切りにしてホルマリン漬けにされた自分の臓器を見せられた事は、一種のトラウマとなって僕の記憶に残っている。

 

 この事をどう捉えればいいのかすら、今の僕には分からない。

情報が足らなさすぎるし、そも、足りたとして何をどう捉えるかなんて、今の僕は脳が思考を拒否すらしていた。

かといって、この問題は放置しておくには大きすぎる問題だ。

故に。

 

「ハラマ。これから数日、休みを取れるか?」

「あぁ。ウォルター、お前こそ、予定は大丈夫か?」

「山籠もりしようとしていた所だったんでな、予定はキャンセルだ」

 

 互いに考えている事は一緒だろう。

それでも、と確認の為に僕らは答えを口に出す。

 

「”家”に行こう。真実を見つけよう」

 

 結果がどんな物であれ、ここで悠長に話しているよりはマシな結論が出るだろう。

早速僕はリニスと連絡を取り、休養日の取り消しを伝える事にするのであった。

 

 

 

2.

 

 

 

 うっそうと茂る木々を手で除けながら、道なき道を歩んでゆく僕ら3人。

高くまで伸びた木々の葉が陽光を遮る影になると同時、地熱を籠もらせる原因ともなり、汗を滲ませる結果となる。

思わず、溜息。

 

「ったく、飛んでいければすぐなんだがなぁ……」

「無茶言うなよ、どういう理由で飛行許可を取る気なんだっての」

「まぁな……」

 

 ハラマの言い分に肩をすくめながら、僕は肩越しに僕とハラマから数歩遅れて歩くリニスへと視線をやる。

その顔はこの熱さだと言うのに蒼白で、僕とハラマのじゃれ合いのような掛け合いにも反応しきれていない。

当然と言えば当然と言えよう、彼女は僕の本当の人格を知っており、故に現状の危うさも知っている。

僕は確かに、UD-182の疑似蘇生体を斬り殺した。

けれど結局貫いているのはUD-182の信念だと僕が信じる物、根底に彼の記憶があるのは間違いない。

そして今、その記憶があやふやになっているのだ。

 

「…………」

「…………」

 

 空間に、奇妙な沈黙が満ちる。

視線をやれば、ハラマもまた何処か苛つきの混じった、乱暴な手つきで木々をかいくぐっていた。

ハラマの……UD-213の記憶を知らない僕には想像しかできないが、彼の言動から、彼の記憶において僕の占める大きさとて少なくないだろうと推察できる。

そして、僕とハラマの記憶は、そのすれ違いからどちらか片方しか正しくはない。

僕らは行動を共にこそしているものの、潜在的には利益を共にできない、いわば敵同士とさえ言えるような存在なのだ。

僕はまだしも、親友であったと言う人間と記憶の正誤を分かつハラマの気持ちは、一体どのような物なのだろうか。

それは、UD-182の疑似蘇生体と殺し合った時の僕と似ているのかもしれない。

だとすれば彼は、精神的にも僕の同胞であり、そして僕はその同胞と記憶の正誤を奪い合っているのだ。

 

 ただでさえ蒸し暑い中、陰鬱でジメジメとした考えをしていると、気が滅入るどころでは済まない。

それでも、親友と思わしき僕とまともに会話できない事は、ハラマの精神衛生上良くないのだろう。

口を開くハラマ。

 

「なぁ、”家”を出てからの事、話してくれよ」

 

 僕は、思わず口をつぐんだ。

僕にとって、ハラマは敵とまでは言わずとも、利益を共に出来ない人間だ。

そんな人間相手に、過去語りなどするのは奇っ怪に過ぎる。

 

「……あぁ、いいぜ」

 

 だが、僕はそう答えねばならなかった。

僕はウォルター・カウンタックだから。

記憶が不確かで、”家”の記憶が間違っていたとしても、それで揺らぐような人間でいてはならないから。

 

 けれどどうしてか、僕がそう答えた理由は、それだけではないような気がした。

もしかしたら僕は、寂しかったのかもしれない。

この広い次元世界の中、真の僕を知るのは今やリニス一人なのだ。

けれどハラマは、UD-213は、僕の記憶が正しければUD-182を知っており、弱く惨めな僕自身を知っている相手で。

 

 僕は夢想した。

UD-213はこの記憶を巡る旅で真の記憶を取り戻し、UD-182の事を思い出すのだ。

そして彼は自然僕が仮面を被っている事に気付き、弱くて格好悪い、けれど本当の僕を知る人間となる。

そうなれば、勿論待っているのは僕の仮面の破滅が妥当だろう。

けれどもしかしたら、かつてリィンフォースがそうだったように、彼が僕の秘密を守ってくれるのであれば。

僕の友達となってくれるのであれば。

それは、想像できないぐらいの幸せな事なのではないだろうか。

 

 勿論、クイントさんとの約束で幸せを捨て信念に生きなければならない僕にとって、そんな夢想は唾棄すべき物だ。

実際にUD-213に僕の仮面が知れたのならば、万難を排してでも彼を黙らせなければならない。

最悪、この刃を向けてでもだ。

当然そんな相手に過去を語り自身の情報を渡すなど、正気の沙汰ではない。

 

 けれど、夏のうだるような暑さがそうさせたのだろうか。

それとも、自覚している以上に僕は、記憶の不確かさという現状に混乱し、何も考えたがらないで居たのか。

僕は気付けば、僕の戦いについて語っていた。

ティグラ、プレシア先生、リィンフォース、アクセラ。

彼女達のような超弩級の魔導師ばかりではなく、それには劣るSランクオーバーの強敵達の事さえも。

 

「そうか、相変わらずお前はすげぇ奴だな……」

「……まぁ、な」

 

 何時もなら即答できる返事も、やや遅れてになった。

普段は弱い僕を覆い隠す仮面に語りかけられているだけなのだが、今はもっと複雑だ。

弱い僕を間違った記憶で勇敢な人間だと言うハラマの勘違いと、弱い僕が被る仮面が何故か一致し、間違っている筈のハラマの考えが表面上正しいという、ややこしい状態になっているのだ。

そんな僕に応じて、半歩ほど先行しながら、ハラマ。

 

「俺は……お前と違って、最初は底辺からだったよ」

「…………」

「賞金稼ぎなんてできなかったからな。ゴミ箱あさって泥水すすって……、なんとか公開の魔力値測定まで生き残って、そこで魔力値目当ての孤児院に拾われた。そこでも、俺は所詮よそ者だからな、虐められてそだってきた。あの頃は辛かったが……」

 

 ハラマの過酷な幼少時代に、僕は思わず眼を細めた。

豊富な魔力と才能に恵まれた僕と違い、強いと言っても同じ未訓練者の間でのみだったハラマは、賞金稼ぎなど不可能だったのだ。

それだけの障害を乗り越えて生きてきたハラマは、矢張り僕なんかよりもずっと心が強い。

羨望と僅かな嫉妬を込めた瞳を、ハラマにやる。

けれど何故か返ってきたのは、燃えさかる瞳であった。

 

「お前の暑苦しいぐらいの言葉を思い出すと、何時でも立ち上がれたんだ」

「…………」

 

 絶句。

こちらを見据えるハラマの瞳には、明らかに心の奥底を燃やす、例えようのない光があった。

僕と会話する人々が良くその目に持つ、あの灼熱の瞳。

UD-182が持っていたような、炎の瞳。

 

「なんっつーか、恥ずかしい話だけどよ。挫折しそうになったとき、俺はお前の言葉を思い浮かべて、それで今までなんとかやってきたんだわ。だからま、これからどういう結果になるか分からないけどよ、お前ともう一度会えて良かったわ」

 

 何処か誇らしげに鼻の頭を擦りながら、枝を除けるハラマ。

その先には、ぽっかりと暗い口を開けた洞窟が。

僕らの”家”が待っていた。

思わず息をのむ僕を尻目に、ハラマが数歩進みながら言う。

 

「さて、入るか……」

「あ、ちょっと待て」

 

 言って僕は視線を周囲へ。

首元のティルヴィングを掴み、セットアップ。

黄金の巨剣を手に取り、うっすらと攻勢魔力を放つ。

野獣のような、と良く比喩される笑みを作り、告げた。

 

「何処の誰だか知らねぇが……、6人か7人って所か? さっさと出てこい」

「……っ」

 

 息をのむ音。

暫し迷っていたようだが、やがて木々に隠れていた気配が動き出す。

隣でパクパクと口を開け閉めしていたハラマが、呆然と告げた。

 

「び、尾行されてたって事か?」

「されてたが、途中からだ。どっちかっつーと、目的の場所が同じだったって所だろうな」

「……流石ウォルター君、規格外にも程があるわなぁ」

 

 聞き覚えのある声に、思わず目を見開く僕。

そんな僕らの前に現れたのは、管理局地上部隊の制式装備に身に纏った魔導師4人に加え、2人の専用装備を身につけた魔導師に、妖精のような小人が一人。

 

「久しぶりやな、ウォルター君」

「お久しぶりですー!」

「……どうも」

 

 八神はやてとリィンフォース・ツヴァイ、ギンガ・ナカジマの3人であった。

 

 

 

3.

 

 

 

「……って訳だ。こっちの事情は分かったか?」

「う、うん。そんなことがあったんか……」

「可能な限りオフレコって事で頼むぞ? あんまり吹聴したい事じゃあないからな」

「そ、そら当然やっ!」

 

 もの凄い力の入りようで頷くはやて。

他の隊員達……、陸士108部隊の面々も同様に驚いているようであった。

僕は戦いを生業にする魔導師達の中では割と有名だし、ハラマも管理局の地上部隊ではエースの一人として有名らしい。

知名度の高い僕らが実験体だったなどというのは、流石に意外だったのだろう。

 

 さて、一応理由を言いはしたものの、だからと言って僕らがここを捜査して良い理由にはならない。

せめて僕らが何も知らずに”家”に突入できていれば良かったのだが、”家”の中で挟み撃ちされる可能性から彼らをあぶり出してしまった今、後の祭りである。

かといって、管理局相手に黙って強硬手段というのもないし、誤魔化してもはやて達が突入した後からでは欲しい情報が入らない可能性は高い。

要するに僕らは現地協力者にして欲しいのだが、はやて達の状況が分からない今、僕にできるのは祈る事だけである。

はやて達が可能な限りの戦力が欲しい状況に陥っている事を祈るというのも、中々に下種な祈りなのだろうが。

それでも、できるだけ真摯な目ではやての目を見つめる僕。

 

「……うっ」

「…………」

「いや、そんな顔しても、駄目やからね? ……って言いたい所やけど」

 

 と、何故か赤面しながらこほんと咳払いするはやて。

それに応じ、ギンガが目を見開く。

 

「……っ! 八神分隊長、それはっ」

「最悪私らはロストロギアの暴走を戦闘で止めなあかん。それに2人の……、特に次元世界最強のウォルター君の力は有用や。ま、責任は私がとる」

「分かりました……」

 

 歯軋りをしながら、渋々と言った様子で頷くギンガ。

すぐに僕の視線に気付き、一睨み効かせてから、すぐに視線を逸らす。

明らかに嫌われていると分かる言動であったが、母の死の原因相手とすればむしろ優しい部類に入るだろう。

僕としては、僕が信念と呼ぶ物を貫く背中を、教師なり反面教師なりに使ってもらえるならそれでいい。

いい、筈なのだ。

胸の奥が軋むのを無視し、色よい言葉のはやてへと視線を。

堅い視線を向けながら、はやてが告げる。

 

「私らは現在、ロストロギアを強奪した犯罪者、クリッパー・デュトロを追ってここまで来てるんや」

 

 曰く。

管理局のロストロギア保管庫から、2つのロストロギアを盗まれたらしい。

盗まれたロストロギアは、黒翼の書と白剣の書。

対となるロストロギアで、黒翼の書は宿主に圧倒的戦闘能力を宿し、白剣の書はそのコントロールの為のロストロギアだと言う。

特に黒翼の書は適正が合えば、かつての闇の書並の戦闘能力を発揮できるそうだ。

これだけ聞けば条件付き貸与が認められるロストロギアのように思えるが、適正が高いと白剣の書で制御できないという欠点付きなのだと言う。

では適正の低い魔導師で運用しようと思えば、今度は宿主を侵食し、食らってしまうのだそうだ。

お陰でお蔵入りになっており、危険なロストロギアとして封印されていたのだと言う。

 

 そして、肝心の犯人だが。

保管庫の警護シフトを読み切った動きだったが、動き自体は素人の物で、ちぐはぐな印象だったと言う。

お陰で監視カメラの画像解析で人物特定が出来た。

クリッパー・デュトロ。

以前管理局に摘発された違法研究所数カ所の名簿に名があった人物で、いくつかの違法研究所を渡り歩いている男である。

後天的な魔導師資質付与に関する研究を行っているとされる違法研究者で、本人も推定総合AAランクの戦闘能力を持つ魔導師だと言う。

 

「……で、その足を追ってきた所に、ウォルター君の言う”家”があったんや」

「なるほど」

 

 と頷く僕。

何故クリッパー本人が直接ロストロギア強奪に現れたのかは不明だが、他はおおむね筋が通る。

後天的魔導師資質付与に関わっていると言う事は、リンカーコアの後天的変質に関わっているという事だ。

黒翼の書との相性は、要するにリンカーコアの質である。

つまりクリッパーは黒翼の書との相性が良い魔導師を製造している可能性がある。

加えて言えば、白剣の書で確実に制御できるようにした上で、だ。

 

「となれば、危険性はとんでもない事になっている筈だが……」

「でもでも、実現性が低いので、今回派遣されたのは私たちだけなんですー。それに最悪の場合、黒翼の書は白剣の書とリンクしているので、白剣の書を破壊すれば一緒に破壊できるんですよー!」

 

 言って、ふわりとはやての肩から飛び立つツヴァイ。

僕が軽く肩を空けてやると、そこに下り立ち、小人の体で僕の頭蓋を抱きしめてきた。

ぎう、と柔らかい感触。

額に少し冷たい体温が張り付き、頭にツヴァイが頬ずりをしてくるのを感じる。

そんな僕らを微笑ましい目で見つつ、はやて。

 

「でも、それじゃあ黒翼の書の宿主も死んでしまうんや。できれば黒翼の書が暴走しても勝ちたい所やったんやけど、ウォルター君が居るなら何とかなるかな?」

「応、そこんとこはまかせとけ」

「ハラマ二等陸尉も協力願えますか? 貴官の捜査官としてのキャリアも、私たちにとって有力ですので」

「それもこっちから願い出たいぐらいだ、頼むぜ」

 

 と、ハラマとはやてが握手するのを見て、ツヴァイが僕の肩から飛び立った。

ふわふわと浮きつつ僕の目前に躍り出て、気持ちキリッとした顔で、胸を張りながら手を差し出す。

 

「ウォルター・カウンタック、貴方にも協力を要請するです」

「おう、協力させて貰うぜ」

 

 言って手を伸ばし、僕はツヴァイと握手をした。

するとツヴァイは見る間に頬を緩め、握手を終えるが早いか、はやての元へ飛び立つ。

 

「はやてちゃ……マイスターはやて、ウォルターさんが握手してくれたですー!」

「良かったなぁ、リィン。撫で撫でしてやるで」

「わーい!」

 

 と、はやてがツヴァイの頭を撫でてやる。

なんでか、その周囲だけが別次元のような、柔らかな雰囲気に包まれているようにすら思える。

胸の奥に暖かい物が生まれる感覚を覚えながら、僕は先ほどから堅い視線を送ってくるギンガへと視線をやった。

これから作戦だと言うのに、わだかまりがあったままと言う訳にはいかない。

ギンガの目前に立つと、僕はできる限り男らしい表情を維持しながら、告げた。

 

「ギンガ……、直接会うのは久しぶりになるな」

「……えぇ、そうですね」

 

 粘度を感じさせる声。

どろっと粘ついた憎悪が籠もっており、ギンガの体からは薄く殺気さえもがにじみ出ている。

痛かった。

許されるのであれば、僕はこの場で涙を流しながら頭を下げたかった。

けれど、現実に僕はウォルター・カウンタックなのだ。

クイントさんと、最低な形でとは言え約束をした男なのだ。

元々そうだけど、彼女の前では尚更に、僕は自分の信念に忠実でなければならない。

だから。

殺気を毛ほども気にならない様子で続ける。

 

「……大きくなったな。それに、さっきから見てたが、歩き方も洗練されてきてる。成長したな」

「……随分偉そうに言うんですね」

 

 底冷えする声に、歪みそうになる顔を、必死で制御。

男らしい笑みを意識して作り、告げる。

 

「ま、実際偉いからな。何にせよ、これから施設に突入する訳だ。その間だけでいい、協力して行こうぜ」

 

 言って僕が手を差し出す。

握手の催促に、ギンガは顔を歪め、俯いて歯を噛みしめた。

数秒、何かに耐えるように大きな呼吸を繰り返した後、面を上げる。

涙が滲みさえした目で僕を睨んでから、ギンガは僕の横を通り過ぎていった。

 

「八神分隊長、そろそろ出発の準備をしませんか?」

「え、あぁ、うん。……えぇの?」

「はい」

 

 背後でのそんな会話を聞きつつ、僕は薄く溜息をついた。

駄目だ、上手く行かない。

それもそうかもしれない、僕の被る仮面はUD-182の燃えさかる魂を原形としており、彼ならば自分を嫌う者にわざわざ救いを与えたりはしない。

やることはただ一つ、相手に自身が本当にやりたい事を見据えさせる事だけ。

そしてそれが敵対を意味するのならば、彼は容赦しなかった。

けれどそれだと、クイントさんとの約束を守れなくって。

何より僕は、ギンガと敵対する事に耐えられそうになかった。

その結果が、この様だ。

 

「やれやれ、だな……」

 

 半端者め、と己を罵る事も許されなかった。

何故なら、クイントさんとの約束を違えるのならば、僕の両肩にある人々の思いを裏切るのならば、僕は疑似蘇生UD-182を殺すべきではなかった。

僕は死んでいった人々の思いとUD-182の遺志、その双方を守り抜かねばならない。

それなのにこの体たらくだという現実には溜息が漏れるが、それでも進むべき道は他にないのだ。

僕もまた踵を返し、はやて達と共に作戦会議へと参加しようとする。

そんな僕に、ハラマが不思議そうな顔。

 

「どうした、年下のナンパにでも失敗したのか?」

「……何処を見たらそうなるんだ?」

 

 冗談で場を紛らわせるにしても、的外れもいいところであった。

なんだかどっと疲れが両肩にのし掛かってくるのを感じながら、僕は僕以上に蒼白な顔をしたリニスを引き連れ、靴裏で地面を蹴った。

 

 

 

 

 


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