仮面の理   作:アルパカ度数38%

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5章6話

 

 

 

1.

 

 

 

 遠く、魔力煙が匂う空間から響く声。

 

「いい加減、諦めたらどうですか?」

 

 呆れかえったアクセラの声に、それでも力強い、僕の足音をかき消す大音声が帰ってくる。

 

「諦めない!……私たちは、絶対に諦めない!」

 

 咆哮。

胸の奥の激情をひねり出したかのような、強い声。

聞こえているだけの僕の胸でさえも熱く燃えさかるような、魂の熱量の籠もった声。

 

「確かに、力の差は大きいよ。私一人じゃあ母さんに勝てはしない。でも、私は独りじゃない! そして、例え何で負けても、心でだけは負けない。何度挫けても、立ち上がっていけば……道は、必ずある! だから、私は、私たちは!」

 

 そんなフェイトの声の中にあったのは、かつて4年前に僕がフェイトに説いた言葉であった。

胸の奥が燃えさかるかの如き熱量を孕むのを感じながら、僕はようやく感じ取れた道先に、高速移動魔法を発動。

白い三角形の魔方陣を足下に残し、跳躍する。

そして、咆哮。

 

「よく言った!」

 

 同時、フェイトの目前へと放たれた紫電の砲撃魔法へと、ティルヴィングを振り下ろす。

プレシア先生の魔力をも超える僕の超魔力が、容易く魔法を破壊。

静電気の方がマシな程度の放電現象を残し、かき消える。

肩越しに振り返り、僕は今まで耐えてきただろうフェイトへと視線をやった。

 

「ウォルター!」

「あぁ、遅くなっちまったな。今まで良く耐え……」

 

 と、そこまで言ってから、僕は気付く。

フェイトのバリアジャケットが、もの凄い事になっていた事に。

一瞬思考を停止、目の錯覚という現実を期待し視線をリニスとアルフにやり、彼女達の格好がいつも通りな事を確認。

それから視線をフェイトへと戻す。

水着だった。

漆黒のハイレグ水着だった。

いや、ソニックフォームは4年前も使っていたので存在は知っていたが、まだ使っているとは思っても見なかったのである。

女性としての羞恥心は、果たして何処へ行ったのだろうか。

目のやり場に困る事この上ない服装だが、本人に自覚は無いようで、小首を傾げながら誇らしげな笑みを見せてくる。

僕が到着するまで耐えきったという意味なのだろうが、服装がこれなので別の意味に思えてきてしまい、僕は頭痛に頭を抱えたくなった。

が、小さく頭を振り、とりあえずその事は無かった事にして続ける。

 

「耐えたな、フェイト。頑張ったぞ」

「うん! ……今の間、何?」

「さて、俺はこれからアクセラの奴をぶちのめしに行かなきゃならない。その間、もう少しだけプレシア先生の相手、頼めるか?」

「勿論だよ、誰に言ってるの? ……ねぇ、それとさっきの間って」

 

 僕は極めて紳士的にフェイトを無視、アクセラへと向き直る。

僕の内心を見抜いているのだろう、あちらも微妙な顔で出迎えてきた。

 

「……苦労してるんですね」

「言うな」

 

 何とも言えない対話は一瞬。

すぐに視線は鋭さを増し、普段通りの空間に戻る。

 

「さて、ウォルターさん。一応聞いておきますが、貴方は本当に私たちの仲間になるつもりは無いのですね?」

「あぁ、当然。人が生き返る世の中なんて――」

 

 UD-182を斬り殺した感触。

空中で粒子と化し、消えてしまった彼。

 

「まっぴら、ごめんだね」

 

 言って僕はティルヴィングを構え直した。

アクセラの周りの大凡AAランク相当の魔導師3人が、同時にデバイスを構える。

激戦の合間を縫って、フェイトの声が届いた。

 

「ウォルター! その人達は3人とも元執務官だよ、気をつけて!」

「分かった!」

 

 とは言え、4年前にヴォルケンリッター4人に対し圧倒できた僕である、大した敵ではあるまい。

そんな僕に、何故か微笑みながらアクセラ。

 

「なら、仕方有りません。……散りなさい、理想の世界の為に!」

 

 という謎号令と共に、執務官3人が突進を始める。

後衛の1人から高い練度で放たれた直射弾を見切って避け、そのまま近代ベルカ式の槍使いの攻撃を、ティルヴィングの斬撃でデバイスごと破壊。

返す刃で1人目の首をはねる。

 

「え……」

 

 瞬間、粒子となって消える執務官を背後に、僕は高速移動魔法を発動していた。

遅れて2人目が詠唱していた範囲攻撃魔法が発動、僕の残像を空間爆撃する。

術後硬直で棒立ちになった2人目を、兜割りで真っ二つにし殺害。

迫ってくる誘導弾を打ち払いながら直射弾を30ほどばらまき、3人目をアクセラの防御に回す。

必死になって迎撃している隙に魔力煙に紛れて素早く近づき、3人目の首をはねた。

 

「は?」

 

 惚けた声を残すアクセラへと高速移動魔法を発動。

そのまま非殺傷設定の斬撃をたたき込もうとした瞬間、水色の光がアクセラの目前に。

先ほど瞬殺した1人目の近代ベルカ式使いが現れ、僕の斬撃を受け止める。

 

「アクセラ様、距離を!」

「は、はい!」

 

 悲鳴を上げるアクセラを尻目に、僕は剣を支点に回転、超速度の蹴りを放ち、1人目の頭蓋を破壊。

再び粒子となる彼を尻目に視線をやると、アクセラの周りには水色の粒子をまき散らしながら、12人もの魔導師が現れた。

いや、遅れてベルカ式使いが現れたので、13人、アクセラを含めて14人か。

魔力量と勘からの判断では、うち10人がAランク、3人がAAランク、アクセラがSランク相当という所だろう。

 

「ちっ、あと少しで楽勝だったのになぁ……」

「あ、貴方人間ですかっ!?」

 

 とアクセラが悲鳴を上げる。

当然人間だ、と答えたい所だが、”家”謹製の僕なので、厳密に人間と言えるかどうかは不明だ。

故に僕は肩をすくめて答え、ティルヴィングを構え直す。

何もかもが予想通りで、吐き気がするほどに正解だった。

AAランク相当と感じた魔導師の呆気なさ。

蘇生された魔導師の反応。

どちらも僕が考えていた結果にたどり着く、一欠片となっていた。

 

 内心でわき起こる憎悪を胸の奥へと押し込める。

狂いそうなほどの激情を押し込めたからだろう、目の奥が熱くなってきて涙がこみ上げてくるのを、必死で押しとどめた。

吐く息一つにも灼熱が含まれているかのような感覚であった。

殺意に似た感情さえわいて出てくるのを避けられず、僕の内心は黒い炎となって燃え始める。

 

 だが、それは僕がUD-182を殺してまで続けようとした、仮面を被り続ける事を止めるという選択なのだ。

僕は僕自身の信念らしきもののために、この殺意を殺さねばならない。

深い呼吸と共にそれをどうにか押し込めて、代わりにできる限り大きな声で叫んだ。

 

「さぁ、行くぞ……。てめぇの遊びに付き合うのは、もうこりごりなんでな!」

 

 咆哮と共に靴裏に白い三角形の魔方陣が発生。

蹴り抜き、急加速と共に14人の魔導師へと突っ込んでゆく。

 

「遊び……? この世界を善くする為の革命の事を言っているのですか!?」

 

 アクセラの声が号令となり、アクセラ以外の魔導師が動き出した。

アクセラはどうやら蘇生魔法を待機でもさせているらしく、莫大な魔力自体は感じるのだが、動きは見られない。

代わりに他の魔導師達がバインドや直射弾の雨を放ち、前衛魔導師達がそれを守ろうとデバイスを手に防御魔法を発動寸前にして待機した。

 

 僕は敵陣に突っ込んでゆき、次々に前衛魔導師達を切り裂いてゆく。

肉を裂く最悪の感触を手に残しながら前衛魔導師達は消えてゆくが、アクセラの元で蘇生させられるペースの方が早く、撃墜速度が間に合わない。

ほぼ1合で切り捨てられる魔導師達だが、バインドやら直射弾を避けながらなので、一人一人を切るのに相応の魔力が必要だ。

対しアクセラの蘇生用魔力はさほど要らないらしく、明らかにアクセラが使った魔力より、蘇生者の持つ魔力の方が多いという、理不尽な状況である。

とは言え、アクセラが他者を蘇生する時間を作らせない事で、再びUD-182を蘇生されたり、最悪の事態としてクイントさんまで蘇生される可能性は防げている。

最も、フェイトにとって次に恐るべき死者であるアリシアは、どうせ蘇らせる事はできないだろうが。

 

「おぉぉおぉぉっ!」

 

 咆哮と共に、ちらりと脳内に韋駄天の刃という選択肢が浮かんだ。

僕の現在の韋駄天の刃での最高攻撃回数は、どうにか体を壊さない範囲内では15回。

攻撃回数は敵の数を上回り、無茶をすればそれ以上も行けるが、それでもこの場では無意味だ。

というのは、そもそも韋駄天の刃は、あらかじめプログラムしておいた動き通りにしか動けない事を代償として、攻撃力と攻撃速度・頻度を最大限に上げた魔法である。

当然ながら出現していない敵は対象外であり、復活位置の法則性が今一分かっていない今、有効性はさほど高く無いのだ。

つまり消耗戦となるが、それだと燃費で劣る僕が不利。

 

「くす……、先ほどは焦りましたが、あれが貴方の唯一の勝機。それを逃してしまった今、貴方に勝ち目はありません!」

 

 似たような結論を得たのだろう、偉そうに言うアクセラ。

対し僕は、肩をすくめて笑った。

 

「……俺にとっては、何時ものことさ」

 

 そう、いつものこと。

プレシア先生と戦った時も、後にリィンフォースの名を得る闇の書と戦った時も、いつも相手は僕より格上。

勝機は薄く、勝つと信じて戦い続ける他に何も無くて。

加えて心はいっぱいいっぱい。

今にも狂いそうなぐらいに荒れている心で、それでも精一杯の虚勢を張り、綱渡りの言葉が相手の心を動かす事を信じ、全てを賭して。

言うのだ。

叫ぶのだ。

信念だと必死で信じる事の為に、弱い心で考え出した、偽りの言葉を。

 

「UD-182は、俺がティグラを救えた事を知っていた!」

 

 叫ぶと共にティルヴィングを振るう。

デバイスごと前衛を切断、光の粒子を目隠しに他の前衛の槍が突っ込んでくるのを半身になって避け、あばらを折るどころか心臓を破裂させる蹴りを放った。

口から吐く血飛沫すら光の粒子となる前衛を尻目に、直射弾が雨のように降ってくるのを、こちらも直射弾で強引にこじ開け進む。

 

「公式記録じゃあ、ティグラは死んだだけで、奴が俺に救われてたと言っていた事を知る者は、今はこの世に俺とリニスだけ。なのに、何故UD-182はそれを知っていた!?」

「突然、何を……?」

 

 疑問詞を吐くアクセラを無視、直射弾の海を泳ぎながら途切れた箇所に飛び込むが、そこには必殺の構えととっていた前衛が。

裂帛の気合いと共に放たれる突きに、こちらもティルヴィングで突きを。

目を見開く前衛のデバイスを、超魔力を纏ったティルヴィングが魚の開きのように真っ二つに。

奥の前衛の喉を突き殺し、そのままティルヴィングを横薙ぎに変更。

突きを避けた所を狙っていた前衛を切り裂き、そちらも光の粒子に。

 

「そしてさっき俺が殺した元執務官は、蘇生されると同時に俺の攻撃を防いだ。そいつはどうやって俺の攻撃を知ったんだ? 死んだ後も魂がその辺に漂っていたから? んな訳あるか、それだったらUD-182は俺の事を知らなさすぎだ!」

「…………」

 

 UD-182は僕が仮面を被っている事に気付いたが、それは最初からでは無かった。

勿論魂が漂っておけるのはちょっとだけの間だよ、とか、ティグラ戦の時はUD-182の魂が力を貸してくれたんだよ、とかいう御都合主義設定が出てくるのかもしれないが、その可能性を意図的に無視して続ける。

 

「再生の雫は、死んだ人間を生き返らせているんじゃあない。魔力で作った肉に、誰かの記憶を参照して作った人格を詰め込み、死者蘇生に見せかけているだけだ!」

「…………」

 

 冷ややかなアクセラの反応。

動じているのは背後のフェイト達の気配と、プレシア先生の気配のみ。

アクセラの記憶を元に蘇生させられた疑似蘇生者達は、全く動揺していなかった。

胸の奥を貫くような、冷涼な言葉がアクセラの唇から発せられる。

 

「貴方は自分で言っている事の意味が分かっているんですか?」

「…………」

「貴方の言うことが正解だとして。それはあのUD-182という少年と貴方との戦いや対話は、貴方と貴方の記憶との独り相撲に過ぎなかったと言う事なんですよ?」

 

 胸の奥を穿たれる心地だった。

精神の炎で心の奥の重い物は溶けており、空いた穴から零れだした灼熱の鋼鉄がどろりと臓腑を焼き尽くす。

全身を漆黒の怒りが迸り、それでも僕はそれを必死で押さえ込んだ。

何故なら。

 

「……俺は、それでもあいつが、蘇生されたUD-182が確かにUD-182本人だったと信じている。少なくとも俺にとってはな」

 

 事実であった。

僕の妄想の存在であるとさえ言っていい疑似蘇生UD-182は、恐らく僕の深層心理によって歪められた部分もあっただろう。

もしかしたらアクセラに協力しようとしていたのも、その部分が影響したのかもしれない。

それでも、と僕は思うのだ。

それは自分を慰めているだけなのかもしれない。

真のUD-182は、そんな事欠片も思っていないかもしれない。

けれど先ほどUD-182に向けて放った言葉は、確かに彼に届いていたのだと。

必死でひねり出した、けれど源泉は確かに胸にあった事は確かな言葉は、彼の魂と響き合っていたのだと。

アクセラが独り相撲と言うあの戦いにも、意味はあったのだと。

 

「で、それなら例え私の再生の雫の機能が、誰かの記憶を参照した疑似蘇生だったとして、何の問題があるのですか?」

「ありまくりだろ」

 

 呆れたように言うアクセラに、僕は鋭く告げた。

軽く眉を跳ね上げるアクセラ。

気付けば彼女は、僕に対する攻撃を止めさせていた。

僕もまた、油断無く構えつつも動き自体は止め、口論に心血を注いでいる。

 

「いいか、お前がお前自身の記憶を参照して、死んでいく人間全てを生き返らせようとしても、結局アクセラ、お前一人の発想や知識を持った集団にしかならない。そして人一人の脳みそだけじゃあ、次元世界は維持できない」

 

 魔導師達はその所作や感じる魔力に技術と比して、戦闘判断は酷く疎かになっていた。

おそらくは実戦経験の少ないアクセラの記憶を元に疑似蘇生したが故の、弊害である。

魔導師達を戦う姿を見たことがあるのと、魔導師達の動きの根元にある戦闘理論を理解するのとでは、雲泥の差があるという事だ。

当然それは倫理観や政治的判断にも及ぶ。

疑似死者蘇生が何よりも善いと信じている、少なくともそう信じようとしているアクセラの倫理観は下っ端の魔導師にまで及んでおり、プレマシーが殺されたのもこのためだろう。

政治的判断のミスは善い事しかできなくなったんじゃあなく、政治の素人であるアクセラの記憶をベースに疑似蘇生させられたためだ。

 

「お前のやっている事は、この次元世界を滅ぼす行為でしかない!」

「中々立派な嘘ですね。そんな戯言に私が揺らぐとでも?」

「思ってはいないさ」

 

 小さく溜息をするアクセラ。

小馬鹿にしたように、上方から僕を見下し、号令をかけようとする、その瞬間。

その瞬間こそが、真の僕の戦いの始まり。

勘と観察頼りの、本当かどうか分からない嘘偽りを重ねた、綱渡りの始まり。

真実だと信じているからと言うよりも、真実であれば都合が良いからと言う言葉を、吐き出す瞬間。

僕は、告げた。

 

「お前はそんな事、本当はとっくに気付いていたんだから」

「――っ!!」

 

 アクセラの集中が乱れた。

僕は高速移動魔法を発動、アクセラへと一足に近づこうとするも、遅れて肉壁のように前衛魔導師達が群がってくる。

断空一閃。

魔導師4人を纏めて横一線に切り裂き、光の粒子に還してみせた。

 

「お前の目を最初に見た時から、思っていたよ。お前は自分の感情と善い事、どちらを優先する人間だ?」

「そんなの……善い事に決まっています!」

「そう、善い事を優先する。お前は自分の信念ではなく、社会や法律、倫理が、外的要因が決めた事に従うタイプの人間だ」

 

 蜂のようにむらがってくる直射弾を全方位に魔力波を放出し破壊、魔力煙に紛れてアクセラへと向かうも、アクセラの元では切った4人が最復活。

怒号と共にデバイスを振るい、しかしそれぞれ一合で僕に斬り殺されてゆく。

変わらぬ肉を断つ感触に吐き気がするが、必死でそれを押さえ込み、加速。

 

「なのに何故お前は、世界が滅びると知っていて、蘇生者の世界作成を止めない!? 何故正しさに従うと言っておきながら、世界を滅ぼそうとする!?」

「違う、滅ぼそうなんて……」

「信じられないから、か?」

 

 疑似蘇生の光の粒子が、震えた。

その一瞬の動揺に全てを賭し、僕は叫ぶ。

 

「気づいた時には、最早周りは蘇生者だらけ。何を聞いてもイエスマンばかり。全員が疑似蘇生世界を作り上げる事を正しいと信じていて、それを疑う者なんていやしない。そんな中で、ただ独り疑似蘇生による世界が次元世界を滅ぼす要因だと、信じている……」

 

 言葉を切り、直射弾で直射弾を相殺しつつ、再びの断空一閃。

粒子となって消える疑似蘇生者達を尻目に、告げる。

 

「お前自身を、信じられなかったからか!?」

 

 自己不信。

それがアクセラの根本であると気付いたのは、僕自身が自己不信が得意技の人間だからである。

それに当てはめた時のアクセラの行動を昨夜に考えておいたが、アクセラの言動は殆どがそれに一致していた。

加えて僕自身の自己不信力の高さが、僕の言葉に少しでも実感の重さを加えてくれたのだろう。

アクセラは。

震えながら目を瞬き、気持ち青くなった顔を動かし、呟いた。

 

「それ、は……」

「だからお前は、正しさをだけ信じてきた。周りの人間、つまり疑似蘇生者であり、疑似蘇生世界が素晴らしいと信じていた頃のアクセラ、お前の記憶を反映している奴らの言う正しさを」

 

 冷や汗が内心を伝う。

自己不信までは自信があったが、それ以降のアクセラの内心に関して僕はさほど知らない。

こうやって向かい合った今の言動を見て、修正しながら告げていくしかないのだ。

命綱無しの綱渡りに、心臓が破裂しそうな程強く鼓動する。

 

「正しさ。そう、お前の言う正しさっつーのは、何だ? さっきお前は、自分の信念ではなく正しさを、善い事を優先すると言ったな?」

「それが、どうしましたか!?」

 

 叫ぶアクセラの意思に呼応するかのように、僕へと迫る直射弾の嵐。

その量は凄まじく、最早正面から向かえば避けきる場所が無いぐらい。

誘導弾では捉える事のできぬ早さ故に、直射弾しか飛んでこないのが唯一の救いだろうか。

流れ弾がフェイト達の方へ行かないよう注意しつつ、僕はアクセラへと迫る。

 

「お前の言う正しさっていうのは、何なんだ? 信念じゃあ無いっていうなら、自分の中にある物じゃあないんだろう。法律や社会でもない、死者蘇生はどちらでも認められていないからな。じゃあ残るは、周りの人間の言う事。つまり……」

「蘇生者達の、言う事……」

「そう。つまり、死者蘇生が完全だと信じていた頃のアクセラ、お前自身の考えだ」

「私、自身の……」

 

 勿論それは、故意に歪めた認識である。

何せアクセラの記憶を元に構成された人格とは言え、それがそのままアクセラと同じ考えの集団とは言えない。

アクセラ一人の発想や認識を超える事が無いのは事実だが、意見が食い違う事ぐらいはありえるだろう。

というか、僕と疑似蘇生UD-182が正にその通りの関係だった。

だが、現実としてアクセラの周りはイエスマンばかりなのだろう。

故にか、アクセラは素直に僕の言葉を反芻する。

 

「なぁ、お前が正しさだと言って信じようとし続けてきたのは、自分に自信が無いから、きっとこっちの方が正しいのだと信じ続けてきたのは。元を辿れば、お前自身の考えだったんだ! お前は、これまでも過去の自分の考えを信じ続けてきた。だから……」

「……っ!」

 

 目を見開くアクセラ。

再び死者蘇生のスピードが落ち、僕は更にアクセラとの距離を詰める。

ティルヴィングの超常の魔力を込め、疑似蘇生魔導師達を切り裂き続ける僕。

 

「だからお前は、信じていいんだ! 自分が感じた、疑似蘇生の欠点を信じて! 止めていいんだ! 今の自分が信じた通りの事をやっていないと、心からそう感じたら!」

 

 どの口が言うのか、皮肉な言葉であった。

かつてUD-182を模してゆこうとした僕が、UD-182の信念を間違った形でしか受け継げていないと知った時、僕はそれでも間違った信念を貫こうと決めた。

そんな僕の言葉に真実の説得力は無く、あるのは自分に甘く他者に厳しい最低理論の薄汚さだけ。

けれど。

だけれども。

 

「無理、ですよ……」

 

 悲鳴を上げるようにアクセラ。

対し僕は、群がる直射弾を切り裂きながら、怪我を厭わず猛進してくる前衛を一合で切り捨て続ける。

何故だ、という瞳に乗せた問いが届いたのだろう、アクセラが絶叫した。

 

「だって私はとっくに、実の両親すらも殺して蘇生してしまったのだから!」

 

 ぶわぁ、と魔力が膨れあがる。

13人の魔導師達を疑似蘇生すると同時、アクセラは更にBランク以下の魔導師達を蘇生した。

その中にはアクセラによく似た銀髪碧眼の、中年の夫婦に見える魔導師も存在している。

が、代償としてアクセラが溜めていた魔力が切れ、蘇生用ストック魔力を再度展開せねばならなくなった。

魔導師の数は30人を超えたが、好機。

カートリッジを排出しながら、電子音声が響く。

 

『フルドライブモードへ移行します』

「行くぞ……ティルヴィング!」

 

 排出機構が露わになり、最強状態へとなったティルヴィングが、残るカートリッジ全てを排出。

超魔力が僕の全身に満ち、失策に目を見開くアクセラが慌てて魔力を練り上げようとするも、遅い。

体中に根を張っていた狂戦士の鎧が頭蓋を覆い、兜の形となって完成する。

 

『韋駄天の刃、発動』

 

 次の瞬間、白光に包まれた僕は、白い閃光と化してアクセラへと突進。

が、アクセラは何らかの方法で僕の韋駄天の刃の弱点を知っていたのだろう。

攻撃力の代償に、いわばプログラムした通りの攻撃しかできない韋駄天の刃は、音速を遙かに超える速度で動ける代わりに、単純な動きしかできない。

故にだろう、読んだ軌道上に魔導師達が次々に高速移動魔法で肉壁になりにくると、いたずらに攻撃回数が増えてしまう。

が、そんなことは予想済みだ。

何故なら――。

 

「お前は、俺のファンらしいからな」

「なっ、幻術!?」

 

 そう、白い光と化した僕はただの幻術。

さほど幻術適正の高く無い僕だが、早すぎて白い閃光としか見えない程度の幻術ならさほど労せずに発動できる。

これが何の変哲も無い場面で使ったのなら怪しまれただろうが、アクセラが見せた隙に一縷の望みをかけたように見えた今、アクセラの意表を突けた。

その隙を見て、透明化魔法と同時に高速移動魔法を使ってアクセラの背後を取った僕が、最後に告げる。

 

「自分を信じられないまま惰性で動くお前も、人が生き返る世界も、滅び行くだろう次元世界も、全部気にくわないんでな!」

 

 咆哮と共に超魔力を纏うティルヴィング。

白光に包まれたティルヴィングの非殺傷設定の刃を振り下ろす、正にその瞬間。

独りでにアクセラの胸元にあった、涙滴型の空色の宝石、再生の雫が動き出す。

主を守ろうとでも言うのか、ティルヴィングの刃の軌道上に。

 

「ぁ……」

 

 どちらともなく、小さく呟くと同時に、小さく響く堅い音。

砕けた再生の雫が、分かたれ、陽光に照らされながら落ちてゆく。

瞬き程の時間で再生の雫は光の粒子へと変化。

蘇生者達がそうであったように、どこかへと消えていった。

 

 そして、再生の雫を砕いたとは言え刃を振るう力は残ったまま。

再生の雫が持つ最後の力で一瞬止まった切っ先は、再びアクセラへ向けて進行を開始する。

それを認めたアクセラは、場違いな微笑みを浮かべ、呟いた。

 

「……ありがとう」

 

 次の瞬間、ティルヴィングがアクセラへと接触。

物理力を魔力ダメージへと転化し、彼女の意識を闇に沈めていった。

 

 

 

2.

 

 

 

 アクセラを抱き留めた僕は、彼女を横抱きにしたまま床へと飛行。

地面に足を付けた後に彼女をバインドで拘束し、浮遊魔法で空中に残す。

視線を、プレシア先生とフェイトの元へ。

どうにか僕が決着を付けるまで耐えきったフェイトは、足下からゆっくりと水色の光の粒子となるプレシア先生と抱き合っていた。

 

「最後に貴方の腕の中で逝けるなんて、思ってもみなかったわ。でもごめんね、フェイト。私は貴方の母親の、偽物にしか過ぎなくて」

「違うっ!」

 

 叫び、フェイトは頭を振った。

両目から溢れる涙が飛び散り、空中へと消えてゆく。

さながら彼女の魂がこぼれ落ちるかのような、美しい光景であった。

そんなフェイトを、聞き分けの無い子供をあやすような声色で、プレシア先生。

 

「いいえ、違わないわ。記憶が同じなら同一人物だなんて、少なくとも今の私は思っていない。だってフェイト、貴方はアリシアと同じ記憶を持っていても、貴方という人間はアリシアではないわ」

 

 道理である。

僕は疑似蘇生UD-182を本家本元のUD-182と同一人物だと感じると言ったが、それはフェイトには認める事のできない主張だろう。

何せ、彼女はかつて、アリシアにならなくては、という強迫観念に囚われてしまった経験があるのだ。

いや、他人事みたいな言い方だが、主に僕の責任でなのだが……。

兎も角、そんな彼女にとって、記憶が同一であると人格も同一だ、などと認める事は出来るはずの無い事だ。

その考えは、かつての彼女のトラウマを刺激する事になり、更にアイデンティティを揺らがしかねない事になってしまうだろう。

だが、それでもフェイトはプレシア先生の肩に手を。

体を離し、代わりに視線を合わせて、言って見せた。

 

「それでも! 世界中の誰しもが認めなくても、母さん! 今の貴方も私の母さんだったと、私が認めるよっ!」

「——っ」

 

 息をのんだのは、僕かプレシア先生か、はたまた両方か。

動揺する僕らを前に、フェイトは高らかに宣言する。

 

「だって、私の心は貴方を母さんだと認めている。この胸の奥にある感じが、貴方が私の母さんだって、認めている! 確かに、それは私の心を揺らがせる事実かもしれない。でも、それでも!」

「フェイト……」

 

 僕は、間抜けなことにフェイトの言葉に思わず惚けてしまっていた。

一体、何という心の強さだろうか。

思わず自分に置き換えてどうするだろうか考えてしまうが、どうしても僕は怜悧な計算で、プレシア先生に泣いて詫び、彼女を哀しい顔のまま逝かせる想像しかできない。

事実、僕はUD-182に彼が疑似蘇生体だと言う事を伝える事ができなかった。

勿論、フェイトの場合は僕がプレシア先生が疑似蘇生体だとばらしてしまったので、状況は違うのだが、それでも。

 

「……ありがとう、フェイト」

 

 そんな風に僕が間抜け面を晒している間に、プレシア先生の粒子化は首元まで及んでいた。

最後の言葉をフェイトに残し、プレシア先生は満面の笑みで辺りを見渡す。

視線の合った僕に、何故か少しだけ笑いかけてから、最後の笑みをフェイトに向け。

プレシア先生は、分子一つ残さずこの世から消え去った。

思わず僕は、似たような場所で似たように消えたティグラの事を連想する。

ムラマサに呪われた彼女本人は救われたと言いつつも、僕としては彼女を救う事はできなかったと言うほか無い。

 

 ――ありがとう、小さな英雄さん。

 

 そう告げて逝った彼女の言葉が、今更ながらに脳裏に蘇る。

最後の言葉すら似たティグラとプレシア先生だが、果たして、本当に相手を救えていたのは僕とフェイト、どちらなのだろうか。

反射的にフェイトだと思いそうになってしまうのを、ティグラに失礼だとなんとか思い直す。

 

「うっ、くっ……」

 

 嗚咽と共に、フェイトが体の力を抜こうとするのが見えた。

殆ど反射的に僕は走りより、フェイトの体を抱き留める。

するとフェイトも体温が恋しかったのか、僕の背に手を回し、泣きじゃくり始めた。

 

「わ、わたし、格好悪かったよね」

「そんなこと無いさ。お前は良くやった。プレシア先生の前でも、最後まであの人を安心させる振る舞いを続けられたじゃあないか」

 

 ぶるぶる、と僕の肩に顎を乗せたまま、首を左右に振るフェイト。

嗚咽と共に、震える声を漏らす。

 

「だ、だって、ウォルターは親友を、その手で……。なのに私は、母さんを最後まで手にかける事はできなくて。私がやるべき事だったのに! これじゃあまるで、ウォルターに殺人を押しつけたみたいで……」

「違う。俺たちは互いにやるべき事をやっただけ、自分の役割を果たしただけだ。お前は十分に自分の役割を果たしてくれたよ」

 

 事実ではある。

戦力比からしてフェイトにプレシア先生を殺す事など誰も期待していないし、逆に僕はUD-182を殺して然るべきだった。

そして当然、殺さないで済む相手を殺すべきだなどと、誰も言いはしない。

それでも心は重いのだろう、首を左右に振り続けるフェイト。

 

「そ、それに! アクセラはウォルターのお陰で、本当の自分に気付いて。ウォルターは、親友と戦って信念を貫き通して。なのに私だけ、二度目の母さんの死に、動揺しっぱなしで!」

 

 大きく息を吸い、フェイトは一端体を離し、視線を僕の目へ。

ぐしゃぐしゃになった顔を歪め、無理のある笑みと共に告げる。

 

「私だけ、格好悪いよね」

 

 言い終えると同時、フェイトは再び僕に抱きつき、涙をぽろぽろと零すのを再開した。

その背を撫でてやりながら、僕は思う。

 

 違う。

違うんだ。

アクセラは本当の自分が何を思っていたのか、少しは気づけたのかもしれない。

けれどこれから彼女は自分が殺してきた人々の命を背負わねばならず、大切なのは気づきよりも、むしろその重い物を背負っての一歩一歩の方だ。

そして勿論僕は、信念を貫き通したと言っても、結局は偽りの仮面を被り続けるという、信念と信じようとしなければ信念とは到底言えぬ物。

未練は結局振り切れないままで、彼を切った感触は未だに手の中だ。

これから長い時間を苦しみ続けるのを乗り越えて、初めて信念を貫き通したと言える。

では、今回の事件で本当に格好良かったのは誰か。

誰よりも自分を真摯に貫き通せたのは、誰なのか。

 

 ――そんなの、フェイトに決まっている。

 

 自分の出生にもかかわらずプレシア先生を認め。

新しい信念さえ見つけ、そしてそれを母に向けて宣言し、更にその力を示しさえしてみせた。

そして二度目の母の死を認め、これからも歩もうと、不格好ながらも必死で足掻いていて。

そんな彼女こそが、本当に格好良い人間なのだ。

 

 眩しかった。

闇夜を貫く雷のように、暗い中を貫く鮮烈な光のように、フェイトは輝いていた。

それがあまりにも綺麗で、美しくて。

だから僕は、精一杯の言葉を、こう告げた。

 

「ううん、お前は滅茶苦茶格好良かったさ」

 

 それは精一杯と言うには、普通過ぎる言葉だったけれども。

フェイトは僕を抱きしめる力を強くし、いっそう大きな嗚咽を漏らし、涙を零して。

そんな僕らを、涙ぐみながらリニスとアルフが眺めていたのであった。

 

 

 

3.

 

 

 

 クラナガンの町の一角。

管理局の施設の一つ、その屋上にウォルターとフェイトは立っていた。

正方形の屋上にあるベンチに座る2人は、透明フェンス越しに空を見上げ、肩と肩が触れ合うような距離でいる。

2人のデバイスはクラナガンの無線ニュースを拾い、機械音声を流していた。

 

 再生の雫事件。

後にそう呼ばれるこの事件を終えて、幾ばくかの時間が過ぎた。

アクセラ・クレフは今裁判中で、軌道拘置所に送られる可能性が濃厚とされているものの、情緒酌量により減刑の可能性もあると言う。

フェイトとしては複雑な気分ではあるが、アクセラもまたロストロギアの力に飲まれてしまっただけの少女である事を知るが故に、どちらかと言えば後者を応援したいと考えていた。

一気に大人数の死者が出たアティアリアは政治的混乱が長く続く事になり、それに伴う貧困や圧政による死者が予想されている。

しかし歪な政治が行われていた状況は脱し、夢に燃える若者達が政治に人生を賭す事も増え、状況の悪化を食い止めようと必死なのだそうだ。

無論再生の雫の残した傷跡は大きいが、それでも人々は逞しく生きている。

後ろ髪を引かれる思いが無いとは言えないが、フェイトはウォルターと共にアティアリアを去った。

 

 フェイトは初めての勲章を、ウォルターは数個目になる勲章を得た。

フェイトは出来たことの少なさから遠慮する姿勢を見せたが、管理局としてはウォルターだけが活躍したように見えないよう、フェイトを引き立てたがっていたのだ。

結局リンディとクロノの言葉に折れる形となったフェイトは、過分な物だと思いつつも勲章を手に入れる事になる。

そしてその授与式を終え、再生の雫事件は完全に終わった。

 

「終わったね……」

「あぁ。いつも通り、やれやれって感じの話だったがな」

 

 肩をすくめるウォルター。

その目は言葉とは裏腹に熱い炎が宿っており、心の奥がじんわりと熱くなるような物だった。

愚痴っている時でさえ、ウォルターの魂は熱く燃えさかっている。

遠く、果てしなく遠い頂に立つ彼の精神に、フェイトは憧憬を憶えた。

同時、彼が完璧ではなく傷つきながらも戦う男であることも、思い出して。

半ば無意識に、フェイトは手を伸ばしてウォルターの手の上に置く。

手が重なってから気づき、それから少し躊躇したものの、フェイトはそのまま指をウォルターの指の間に挟み、絡める。

ごつごつとした男らしい手に、フェイトの滑らかで柔らかな手がしなやかに絡みついた。

 

「……ん」

 

 フェイトは、その扇情的な感覚に、小さく声を漏らした。

一瞬目を見開き、少し恥ずかしそうにするも、ウォルターの反応はそれだけであった。

フェイトは心臓が破裂しそうなぐらいにドキドキとしているというのに、なんだかそれは、ずるい。

とてもずるい。

が、何故それをずるいと思うのか、よくよく考えてみてもフェイトには分からず、内心首を傾げた。

それでも分からないので、仕方なしにフェイトはウォルターの横顔を見つめる。

 

 ウォルター。

今回の事件で、フェイト自身よりもフェイトの事を理解してくれていた男性。

夢に気付く切欠をくれた人。

とても強くて格好良くて、英雄という言葉が誰よりも似合う人間。

 

 どうしてだろうか、フェイトは彼の事を想うと、少しだけ胸の奥が痛くなってしまう。

まるで臓腑がキュッと縮まるかのような感覚。

切なさとは、果たしてこの感情の事を言うのかもしれない。

何を言いたいのか、何を伝えたいのか、それすら分からなくて。

けれど何かを伝えたいというのだけは確かで、フェイトは口を開いた。

 

「ウォルター、格好良かったね」

 

 意表を突かれた様子で、目を瞬きながらウォルターはフェイトへと振り向いた。

視線が合い、胸が跳ね上がるのをフェイトは感じる。

それでも、出来るだけの笑顔を保って、フェイトは続けた。

 

「何度も言ったけど、また言いたくて。ウォルターは今回、ううん、これまでもずっとだけど、特に今回も……」

 

 息を吸う。

澄んだ空気がフェイトの脳裏から霞がかった部分を追い出し、明瞭な思考を生み出した。

それでも言葉は変わらない。

心の奥で感じたままに、あの4年前の事件で得た教訓のままに。

フェイトはウォルターへと告げる。

 

「ウォルター、格好よかったよ」

 

 目を瞬き、続いてウォルターは口元を僅かに緩め、眼を細めた。

慈愛の表情と共に、ウォルターはフェイトと繋がっていないもう片方の手で、フェイトの頭を撫でる。

 

「ありがとう、フェイト」

 

 その言葉も、撫でる手も、吃驚するぐらい温かくて。

フェイトは破顔し、されるがままになっていた。

このままもう一度ウォルターに抱きつきたいという衝動さえ生まれたのを、必死で押し込めて。

この人に見て貰いたい表情を、形作る。

フェイトはにっこりと、満面の笑みを作った。

応じて、ウォルターもまた笑みを作る。

あの燃え上がるような鮮烈な笑みを。

何故かフェイトの心を鷲掴みにする、あの男らしい笑みを。

 

 ――曇り一つ無い、満面の笑みをウォルターは浮かべた。

 

 

 

 

 




ようやく5章完結。
次回は6章の前に閑話を1個入れます。

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