仮面の理   作:アルパカ度数38%

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2章5話

 

 

 

 プレシアは、目を閉じ悪夢を見ていた。

アリシアを失った時の記憶が、瞼の裏に蘇る。

その時新型次元エネルギー機関であるヒュードラの起動実験に立ち会っていたプレシアは、その暴走に対し咄嗟に完全遮蔽結界を張る事で自らの命を永らえさせた。

一息ついたのもつかの間、プレシアはすぐさま今の規模の暴走であれば、アリシアが巻き込まれている可能性があった事に気づく。

アリシアの魔力資質は、零である。

当然遮蔽結界など張れる筈も無い。

半狂乱になったプレシアは同じ会社の人間に取り押さえられ、鎮静剤を打たれ気絶した。

次に目覚めた時には医務室に寝かされており、起きたプレシアはすぐに医者に連れられ娘の遺体と対面させられたのだ。

あれから何十年も経った今でも、プレシアはその瞬間の絶望を思い出せる。

プレシアは自分の本当にすべき事に、真の願いに気づくのが、いつも遅すぎた。

今も、昔も。

 

「……はっ!」

 

 覚醒。

プレシアは眼を開き、勢い良く上半身を起こした。

震える両手を目に、直前まで瞼の裏に描かれていた光景を幻視する。

瞼の焼き付いた光景。

黄金の光、アリシアの命を奪った光。

フェイトの魔力光。

余計な事にまで思考が横歩きするのに、ため息をつきながらプレシアは頭を振り、その光景を頭から追い出す。

 

 立ち上がろうとふとベッドサイドを見ると、木目調のサイドテーブルの上に一枚の紙が乗っていた。

寝起きの頭だからか、プレシアは何だろうととりあえず手にとって見る。

フェイトの書いたカードであった。

文面は短く、やや拙い字で「早く元気になってね、お母さん」。

破り捨てようか。

即座にそう思い、両手の指でカードをつまみ、引き裂こうとした瞬間である。

一瞬、理由の分からない躊躇がプレシアの中を巡った。

何か、何か違和感がある。

 

 プレシアはすぐに気づいた。

あの人形が書いたカードであれば、普通もっと綺麗な字で書かれていただろうし、文面も「早く元気になってください、母さん」だっただろう。

しかし、一体何故。

興味のままにプレシアはカードを隅々まで眺め、そしてふと思った。

もしやこれは、フェイトではなくアリシアの利き手、左手で書かれたのではなかろうか。

何故そう思ったのかは、プレシア自身分からない。

だが不思議とそれが真実らしい事のようにプレシアには思えたのだ。

 

 もしそうだとしたら、あの人形はアリシアについて何か知ったのか。

ウォルターとの戦闘で疲弊した自分が、何かを言ってしまったのだろうか?

疑問は尽きないが、それならば、とプレシアは思う。

フェイトは、アリシアを真似ようとしているのだ。

恐らくはある程度真実を知った上で、プレシアからの愛を求めて。

 

「くだらないわね……。所詮あの子は失敗作、無理に決まっているでしょうに」

 

 吐き捨て、プレシアは再びカードを破り捨てようと両手に力を入れる。

手が震える程に力を込めて、息を荒くして、しかし。

何故かプレシアには、カードを破り捨てる事ができなかった。

カードを書き、ほんの僅かな希望に縋って、己の人生全てを賭けるフェイトの姿。

それは決してアリシアには似つかない物だ。

どうやっても永遠にあの人形はアリシアにはなれないだろう。

なのに何故、今自分はこのカードを破り捨てられないのだろうか。

プレシアの疑問詞に、内心が小さく答えた。

 

 フェイトが、自分に似ているからではないだろうか。

 

 所詮アリシアを目指すなんて現実逃避、それしか無いと思い込んで視野が狭くなり、実現性に目がいっていない愚かな行為だ。

けれどそれは、アリシアの蘇生を目指す自分も同じなのではなかろうか。

死者蘇生などこんな筈じゃあなかった現実から逃げる為の言い訳に過ぎず、それしか生きる方法が無いが故にの行為なのかもしれない。

そんな考えが脳裏を過ぎった次の瞬間、プレシアは狂気の笑みを作った。

 

「いや、違うわ……、アルハザードの実在はあの男の存在が証明している。

アリシアの蘇生は、決して夢物語なんかじゃあないっ!」

 

 叫び、プレシアは全力でフェイトの作ったカードを引き裂いた。

何度も引き裂き、小さな紙片にまでなった所で、一気にそれをばら撒く。

紙吹雪のように宙を舞うそれを見ながら、プレシアは言った。

 

「違うわ、今躊躇したのは、少しだけアリシアに近づいた部分があったから。

あの人形の唯一の価値はアリシアに似ている姿だけ、その価値を見たから躊躇しただけよっ!」

 

 こちらの方がずっとそれらしい事実だろう、と冷静なプレシアの内心が呟いた。

狂気と正気の間を行ったり来たりしている今の自分に、人形を憐れむような真っ当な感情など芽生える筈が無い。

そうだ、きっとそうなのだ。

僅かに心に芽生えた疑念を押しつぶし、プレシアは自分を無理やりにでも納得させる。

そうでなければ、プレシアは最早その両足で立ちあがり、人生を歩む事すらままならないのだから。

自分はきっと弱い人間なんだろう、とプレシアは思う。

世界には娘を亡くしても立ち上がり生きていく事のできる人間はいくらでも居る。

しかし自分は、それが出来るほど強い人間では無かったのだろう。

けれど、弱くたって、生きたいのだ。

自分の望みを、アリシアの幸せを望みたいのだ。

だからこのカードの事はこれでお終い。

さっさと4つ手に入ったジュエルシードの解析を始めねばならない。

 

 そう思い、立ち上がり部屋を離れるプレシア。

次第にその脳内は魔法術式が満たされ、先ほどのカードの事は消え去っていく。

しかし何故か、後味の悪さのような物が残る事だけは、避けられなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ディバインバスターっ!」

 

 怒号と共に、なのはの砲撃が炸裂。

先程までよりも更に収束率が上がったディバインバスターが、空中を駆け抜ける。

呆れるほどの才能であった。

10日ほど前に近距離型の僕と互角だったなのはの砲撃だが、今となっては僕の砲撃では彼女に押し切られてしまうだろう。

一応僕も、なのはのディバインバスターの強化からフィードバックし砲撃強化をしたのだけれども、なのはの成長率から見れば雀の涙である。

思わず遠い目になる僕。

隣では、動物形態のユーノも似たような目をしていた。

 

「俺が言うのも難だが……」

「うん?」

「天才って居るんだなぁ……」

「本当にお前が言うなよ……」

 

 呆れ声で言うユーノに肩を竦め、それからなのはへの出迎え用に笑顔を作ってみせる。

変わらずなのはへの劣等感はあったが、それを感じさせない演技ができないほどでは無かった。

こうやって対面している限り、僕の心も彼女の心に引っ張られるように明るく爽やかな感じになれるのだ。

代わりに一度離れるとより一層の劣等感が僕を襲ったが、今のところ僕はまだ自分のネジを巻いていける感じだった。

得意気な表情で降りてくるなのはに、評価を告げる僕。

 

「よし、これなら合格点だな。

あとは実戦形式の模擬戦闘だ」

「うぐっ、やっぱりそれも必要だよね」

「当たり前だろ、魔法戦闘に必要なのは魔力の大きさもそうだが、運用と判断も同じぐらい重要なんだぞ?

レイジングハートは超がつく高性能デバイスだが、それでも用意できるシミュレーターは何処か機械じみている。

有機的判断も磨かないと駄目だっての」

 

 ティルヴィングやレイジングハートは高性能なデバイスだが、それでも人間の判断力に比べると柔軟性がやや落ちる。

その為機械的な判断しかした事が無かったり、それでゴリ押しできる相手としか戦ったことが無いと、同格の相手には非常に苦戦する事になる。

かつての僕とティグラの関係も似たような物だったか。

僕は機械的判断を超人的な勘で補っており、何とか負けずに済んだのだが。

 

「俺の魔力回復が許容点に達するまで、後1時間って所か。

その間、レイジングハートの指示を守って訓練な」

「はーい」

 

 良い返事と共に、地面へと着地。

なのははバリアジャケットを解きつつ、近くの自販機へと向かう。

空き缶でも的にして、ディバインシューターの練習に入るのだろう。

それを尻目に、僕もベンチに座り、リニスは膝の上に置き、魔力の回復に勤める事にする。

 

 僕らのジュエルシード集めは、現在停滞していた。

4日前にこちらがジュエルシードを確保し、残り6つとなってから、どうにもジュエルシードが見つからない。

頼りの僕の勘も、今探している所にジュエルシードがあると言う感覚は全くと言っていい程無くなってしまった。

ユーノの探索魔法も同様、ジュエルシードの反応はゼロである。

恐らくは、海にでもあるのだろうか。

とすれば、専用のサーチャー魔法を組んで探し、更に海中探索魔法も組まねばならないだろう。

残念ながら、僕もユーノもそういった魔法の持ち合わせが無い。

 

 なら頑張って組めばいいのだが、それにも待ったがかかる。

というのも、管理局が取り掛かっていた事件が解決し、近日こちらへ向かうと言う通達があったのだ。

当たり前だが、管理局の次元航行艦にはその程度のシステムは装備されている。

という訳で、僕らは襲撃に備える以外やる事が無くなってしまったのであった。

といっても暇にしているのもどうかと思うので、一応サーチャーを回しつつもこうやって訓練漬けの毎日を送っているのである。

 

「さて、俺も新バリアジャケットでも組むかねぇ」

「あれ、君、バリアジャケットを変えるのかい?」

「あぁ、つっても既存のものをちょっと改造するだけさ。

思ったよりプレシアの電気変換資質が厄介だったんで、念の為対策を加えようと思ってな」

 

 結構な重装甲である僕のバリアジャケットだが、特に対電撃を考えて作った訳ではないので、電撃は普通に通る。

かといって、絶縁すればデバイスと生体電流を介したラインが切れてしまうので、それもやりたくない。

それに幾つかの懸念事項もあるので、この際バリアジャケットの術式をいじる事にしたのだ。

 

「まぁ、対策つっても、そんなに複雑な事をやる訳じゃあねーんだけど」

 

 と言いつつティルヴィングからバリアジャケットの術式を投影、空中のキーボードを叩きながら術式を弄る僕。

暫くの間、なのはの方から聞こえる金属音だけがその場を支配する。

そんな中、何時もはなのはの肩に載っているユーノは、僕の肩に乗ったままじっと僕の頬辺りを見つめていた。

正直気になって、作業が覚束ない。

数日前に仲直りと言うか喧嘩の約束と言うべきか、兎に角関係を何とか精算できたと思ったのだけれど、まだ僕に対し思う事があったのだろうか。

悩みつつもキーボードを打ち込むが、矢張り捗らない。

小さくため息をつきつつ、モニタを消し僕はユーノへと視線をやった。

 

「どうした、ユーノ、何か聞きたい事でもあったか?」

「あ、うん、分かっちゃうか……」

 

 前かがみになっていた姿勢からベンチに深く腰掛け、背中を預ける。

ユーノは僕の肩から飛び降り、ベンチの上に立って僕を見上げた。

数日前の熱い目と同じとは思えない、寂しげな瞳だった。

彼はちょろっとあたりを見回し、なのはが充分に離れている事を確認すると、口を開く。

 

「ちょっと前に、なのは、泣いちゃっただろう?

その時の君等の事、いけないと分かっていたけれど、見ちゃっていたんだよ。

君等、なんて言うか、すっごい熱い友情だったじゃあないか。

それを見ていると、何だか……」

 

 口をつぐみ、まるで言葉が自然に落ちてくるのを待っているかのように、ユーノは青空を見上げる。

多分数秒ぐらいだったと思う。

まるで青空に写った何かを見ていたかのような仕草で、一瞬目を細め、それからユーノは言った。

 

「僕の役割なんて、もう無いのかもしれないな、なんて思っちゃってさ」

「…………」

 

 どす黒い感情が、腹の底から湧いてくるのを感じる。

渋顔を作りつつも、僕は思わずユーノに罵声を浴びせようとしてしまう自分を抑えねばならなかった。

自分でも吃驚するぐらいの怒りようだった。

一体彼の何が僕の琴線に触れたのか、自分でもよくわからない。

何にせよ、僕は内心で燻る黒くてドロドロとした物を抑えるのに必死だった。

それでも表情には出ていないのだろう。

ユーノは僕の様子など何も分かっていないようで、堰を切ったように次々と言葉を口にする。

 

「僕はこれまで、なのはのサポート役だった。

最初こそ僕の願いを彼女がやってくれるだけだったけれど、すぐにそれはなのは自身の願いに変わって。

フェイトが現れてからは、もう僕が頼んだっていうのは形式だけで、僕はなのはの願いを叶える為のサポートをしていた。

しかもそれはなんて言うか、抵抗とかは全然無くて、僕の心からの望みだったんだ。

なのはに魔法を教えたり、その心をそっと支えるのが僕の役目だっていうのが、嬉しかったんだ。

つい最近まで、気づいてなかったんだけどね」

「……そうか」

 

 と相槌を打ちつつも、僕は自分の中に現れた怪獣の制御でいっぱいいっぱいだった。

この胸の奥から溢れ、喉を焼き今にも口から飛び出そうな感情は、一体何なのだろうか。

そう思った瞬間、天啓が僕の頭の中に降りてくる。

——嫉妬、だろうか。

唐突な思いつきだったが、僕の勘はそれを是としていた。

とりあえずそうだとして、なんだって僕はこんなにユーノに嫉妬しているのだろうか。

次々に疑問詞を浮かべる事で自分の中の嫉妬をどうにか紛らわそうとする僕に気づかず、俯き続けるユーノ。

 

「でも、今じゃあなのはに魔法を教えるのも、実践も理論もウォルター、君のほうが圧倒的に上だ。

僕だって同い年ぐらいでは相当魔法理論を学んだ方だし、実際防御と結界に関しては君と互角ぐらいかもしれないけれど、その他は君の方が上。

実践に関しては、手も足も出ない。

そしてなのはの心を支えているのだって、僕なんかじゃあない。

ううん、君は支えていると言うよりも、引っ張りあげているっていう感じかな。

けれど兎も角、心身の両方で、君は僕なんかよりもなのはに役だっている」

「……っ!」

 

 仮面を被っている僕の脳裏に、言うべき事がいくつか思い浮かぶ。

けれどそれをどうしてユーノなんかに言わなければならないんだ、と思う自分が居て、僕は咄嗟にそれを言い出す事ができなかった。

僕の嫉妬が、僕の信念より大事な筈なんて、あってはならない。

何故かは考えない。

あまり理論立てて考えてしまうと、理論の穴を見つけてしまった時に何もかもが崩れ去ってしまうような気がするからだ。

なので僕は、兎に角そうなんだ、と内心で何度も唱える。

無理矢理に内心を捻じ曲げ、心のなかで嫉妬に燃える自分に向けて何発もパンチを打ち込み、口を開いた。

 

「そう、か? 俺にはとてもそうは思えないけれどな」

 

 力強く、ユーノは僕に振り向いた。

フェレット形態なので表情がよく分からないが、歯を噛み締める様子が伺える。

 

「それは、君だから言える台詞だよ」

「本当にそうか? そりゃ戦闘魔法についてはお前の言う通りだけど、非戦闘魔法に関してはお前の方が上だろ?

それに心を引っ張るのと支えるのでは、役割が違うと思わないか?」

「それは……っ!」

「俺はなのはを引っ張って立ち上がらせた。

けれどもしお前が代わりに居たならば、お前はなのはが自分から立ち上がれるよう、支えられたんじゃあないか?」

 

 自分で言っている事に反吐が出そうになる。

何がなのはを立ち上がらせただ、僕にできたのだって、彼女が立ち上がる切っ掛けを与える事だけ。

何時もながら、自分がまるで遥か上から物を言っているようにしていると、まるで自分が皆よりも高い所に居るような錯覚を覚える。

違うんだ、僕はもっと低俗な人間なんだ、と必死に自分に言い聞かせなければ、僕など何時驕り高ぶるか分からないだろう。

想像の中で自分を鞭打ち、壁に頭を打ち付けるようにしながら、僕はじっとユーノの言葉を待つ。

ぽつりと、ユーノは零した。

 

「そう、かな……」

「…………」

「僕は、なのはの助けになれているのかな……」

 

 溢れそうになる嫉妬を抑えながら、必死で僕は男らしい笑みを浮かべ、言った。

 

「ああ。お前は、きちんとなのはの背中を支えられているさ」

 

 言った瞬間、ふと僕は気づいた。

僕は、確かにUD-182に憧れていた。

あんなふうに生きたいと、あんなふうになりたいと、心の底から思っていた。

けれど同じぐらい、僕はUD-182を傍で支えていくような生き方をしてみたいと、そうも思っていたのだ。

そしてそれは、目の前のユーノとなのはの関係に似ていた。

嘘偽りを吐き、紛い物の仮面でようやく望んだ生き方をしている僕。

それに対しユーノは、心からの本音を晒しながら、僕の臨んだ生き方をしているのだ。

 

 羨ましかった。

喉から手が出るほどに、羨ましかった。

果たして僕がUD-182を側で支えるような生き方ができたのならば、嘘一つなく正直に生きる事ができたとすれば、どれだけ良かっただろう。

けれどそれは、彼が死んでしまった僕には決してできない生き方だ。

そんな僕に、ユーノは見せびらかすように自分の生き方を相談してくるのだ。

勿論、ユーノにそんな気は無いし、仮面を被った僕の存在に弱気になるのも当然だと分かっている。

けれど、煮えたぎる憎悪が湧き出る事を、僕は避けられなかった。

それでも、たった一つの信念を守るために、それを必死で抑えこむ。

辛うじて笑顔を崩さずに、僕は耐えた。

ユーノは、そんな僕を見て微笑んだ。

 

「ありがとう、ウォルター」

「いいってことよ」

 

 肩をすくめながら視線を明後日にやり、僕は一体何をやっているんだろうと思う。

僕のやりたかった事を僕より上手くできているユーノを前にして、それをぶち壊しにするでもなく、むしろ応援しているのだ。

これじゃあ僕は、まるでピエロじゃあないか。

そんな風に思う感情を必死で押し込める。

UD-182はそんな風に人の人生を貶めたりなんかしない。

だから僕もそうすべきなんだ。

そう何度も思って、波のように打ち付けてくる感情をやり過ごす。

それでも、僕は思ってしまった。

思わざるを得なかった。

そんな感情を覚えてしまう自分の醜さが、まるで僕は永遠にUD-182のようになれないと訴えかけてくるようだと。

 

 

 

 ***

 

 

 

 なのはは小一時間程使い、6つの空き缶が砕け散るまでディバインシューターを練習した。

自分で缶を使ったのは最初の一回だけで、それからは公園のゴミ箱から空き缶を拝借する事にした。

新たに7つ目の空き缶を手に入れたなのはは、再び広場の中心で集中する。

その途中、少しだけ、とレイジングハートに言い訳をして、薄く目を開け公園のベンチを見た。

そこには足を大きく開いて座っているウォルターと、その横にちょこんと座っているユーノが居る。

ウォルターは空中にキーボードを出して物凄い速さでタイピングをしており、相変わらずリニスは睡眠中、ユーノはぼんやりとウォルターを眺めているようだった。

何時もは自分の肩に居る筈のユーノだが、一体何の為に自分の元を離れたのだろうか?

疑問詞と共にユーノを見るも、ただぼんやりとウォルターの事を眺めているようにしか思えない。

その視線を追ってウォルターへと目をやると、ふとウォルターが顔を上げ、目があった。

臓腑を貫くような熱い瞳に、なのはは思わずドキリとする。

 

「~~っ!」

 

 飛び上がるような仕草でなのはは体ごとウォルターから体を背け、同時に空き缶を手放し落としてしまった。

柔らかな芝生の上で止まった空き缶を、真っ赤な顔をしながら持ち上げるなのは。

顔が火照り、火が出そうなぐらいだった。

自分が魔力制御の練習を放っぽって、ウォルターの事を見つめていた事に気づかれてしまったのだ。

思わず今ちょっとだけ見ただけで、サボってなんかいない、と言いたくなるが、それが言い訳がましく思えてなのはは我慢する。

何にせよ、なのははウォルターと対等のように約束をしてみせたのだ。

なのに、ウォルターは休憩中であっても何やら魔法の術式を作っているのに対し、なのははサボってウォルターの事を見ていたなどと思われては、恥ずかしくて穴に入りたいぐらいだ。

けれど言い訳もしたくなくて、なのははきりりと口を横一線にし、行動で自分の心を示すことにする。

再び空き缶を持ち上げ、魔力制御の練習を再開しようと思った、その瞬間であった。

 

 どくんと。

何かが揺れた。

 

「ウォルターっ!」

「応、フェイト達の魔力流だなっ!」

 

 男二人が立ち上がるのを尻目に、なのはは空き缶を直射弾でゴミ箱へシュートし、すぐにセットアップ。

ウォルターがバリアジャケットを装備し、ユーノが人間形態になり、三人は矢のようにその場から飛翔する。

然程近くも無いこの場からも分かる、魔力流が打ち込まれたのは、海であった。

残るジュエルシードは6つとも恐らく海、その全部が発動する感覚がなのはらに届いている。

 

「けど、こんなに大きな魔力を使った後、フェイトちゃんはジュエルシードを6つも封印できるの?」

「……ほぼ無理、かな。他に、方法が無かったんじゃ?」

「可能性はある訳だし、な。しかし、もしジュエルシードが融合暴走を始めたら、全力の俺でなければ手に負えない事になるかもしれねぇぞ!」

 

 警笛を含んだウォルターの言葉に、思わずなのはは見開く。

回復した魔力の殆どをリニスの再起動に使い、残る僅かな魔力をなのはとの訓練と戦闘補助、自己の回復で使い減らすウォルターの魔力量は、依然半分以下である。

それでも模擬戦ではなのはに全勝していると言えば、ウォルターの強さに想像がつくだろうか。

そのウォルターでさえ、現状では手に負えない事象が待ち受けているかもしれないのだ。

フェイトが目前にする困難の大きさに、思わずなのははレイジングハートを強く握り締める。

そんなに恐ろしい事に、アルフとたった二人で挑まねばならないフェイトの心は、どれほど辛く切ない物だろうか。

憂いを含んだ表情を浮かべるなのはに、男らしい笑みでウォルターは告げた。

 

「そう不安がるな、対ロストロギアでは技量よりも純粋魔力量の多さがモノを言う事が多い。

そりゃ、お前一人ならばジュエルシードを6つも相手にできないかもしれない。

フェイトだって同じだろうさ。

けれどお前たちは、決して一人じゃあないだろう?」

「……それじゃあっ!」

 

 例え総魔力量は同じだとしても、一人と二人ではできる事に大いに差がある。

ウォルターの言葉は、一人でできなくとも二人ならあるいは、と思わせる物だった。

期待に花開くなのはの笑顔に、力強くウォルターが頷いた。

 

「ああ、二人でジュエルシードなんかぶっとばしてこい。

俺もユーノも、補助にでも回っているさ」

「そういう事。

なのはは、胸を張って自分の気持ちをフェイトに伝えてきて」

 

 グッと親指を立てるウォルターに、同様にしてみせるユーノ。

こんなに厳しい状況だと言うのに、二人が自分の我儘を聞いてくれる事に、なのはの胸が熱くなる。

涙さえ出そうになるのを、ぐっと歯を噛み締めなのはは我慢した。

二人が折角送り出してくれたのに、泣き顔で登場じゃあちょっと締まらない。

代わりになのはは、ウォルターを真似た、あの燃え盛るような笑みを浮かべる。

 

「分かった。ありがとう、二人ともっ!」

「いいって事よ」

「ま、サポートは任せてね」

 

 軽快に二人が答えた頃である。

三人は海上に張られた結界に到着、停止した。

ユーノが前に出て、両手を広げる。

 

「それじゃあ、結界内の上空に転送する!

二人とも、準備はいい!?」

「うんっ!」

「応っ!」

 

 緑色の閃光が視界を専有、一瞬なのはが目を閉じ開いたその時には、既になのはは雲ひとつ無い青空の元に居た。

自由落下に臓腑が引っ張られる感覚に、思わずなのはは目を瞬く。

フェイトもアルフも見当たらないが、どうしたのか。

と思った次の瞬間、なのはの眼下を地平線まで覆う雲が見えて、自分が雲の上に転送されたのだと理解した。

自然現象からできるだけ遠ざけた地点に送ることで、転送直後の事故を防いだのだろう。

ユーノの心遣いに胸が熱くなるのを感じつつ、なのはは胸に手をやった。

 

「レイジングハート」

『はい』

「私、起動ワード、あれからもう一回覚えなおしたんだ」

『勤勉で良い事です』

 

 既にレイジングハートを起動している今、起動ワードを唱える必要性は一つも無い。

けれどなのはは、ともすれば自分の心を見失ってしまいそうになる自分を鼓舞する為に、その言葉を口にする。

 

「我、使命を受けし者なり。契約の元、その力を解き放て」

 

 思えばクサい台詞だろう。

なのはには自分の使命も契約も分からない。

けれど、これまで胸を疼かせる何かに突き動かされてきたし、ウォルターとの約束はいつも胸を熱くしてくれる。

そう思えば、今の自分にこれほど合った台詞など他に無かった。

 

「風は空に。星は天に。輝く光はこの腕に。そして不屈の心はこの胸に」

 

 そう、なのはは何にも屈したりはしない。

本当はフェイトに対する気持ちがまだ上手く表現できず、もどかしさが胸の奥にある。

けれど、それでも、フェイトを知りたいと、その寂しさから助けたいと思った気持ちは、本物だから。

そして背中に、あの燃えるような熱い視線を背負っているから。

だからなのはは何者にも屈しはしない。

 

「この手に魔法を!」

 

 その願いを叶える手段が魔法だと言うのならば。

思いを伝え合う為の力が魔法なのだとすれば。

約束を守る為の力が魔法なのだとすれば。

ならばなのはは、それを手に取る事に何の躊躇も無かった。

 

「行くよ、レイジングハートっ!」

『イエス、マイマスター』

 

 いつも通りの機械音と共に、レイジングハートが明滅する。

なのはは自由落下から飛行魔法による自発的落下に移行し、雲を突き破ってフェイトが待つ所へと突っ込んでいった。

 

 海は、荒れ果てていた。

雲は漆黒に染まり雷を大量に落とし、風は高い波が海面に叩きつけられるように吹き荒れ、6つもの竜巻が暴れまわっている。

そんな中、フェイトは一人必死で竜巻に立ち向かっていた。

黒いマントを翻らせ、時に海面に落ちそうになり、波に攫われそうになり、それでも必死でジュエルシードに魔法を叩きつける。

しかしそれで一つの竜巻が収まりかけても、すぐに他の竜巻に弾き飛ばされ、封印は失敗。

更にバランスを崩して雷やら波やらにやられそうになり、何とか体勢を立て直すので精一杯のようだった。

それがどうしようもなく寂しい行為のように思えて、胸が疼くのを感じつつ、なのははフェイトに駆け寄る。

 

「フェイトちゃんっ!」

「フェイトの邪魔はさせないよっ!」

 

 が、乱入者を待ち構えていたアルフがそれを遮った。

足裏に円形の橙色の魔方陣を、全身には橙の光をまとわせながら、構える。

慌てて説明しようとしたなのはの言葉を遮り、ユーノが間に入った。

緑色の魔方陣とアルフが激突、軋みながらもアルフを止める。

 

「違う、僕らは君らと戦いに来たんじゃないっ!」

 

 叫びつつも、ちらりとなのはに振り返ってみせるユーノ。

なのはは無言で頷き、フェイトが戦う空を見上げる。

正に、その瞬間であった。

 

「まずは、ジュエルシードまでの道を作るぞ!」

 

 体が芯から響くような大声と共に、雲に穴が空いた。

ウォルターが天を裂き現れたのだ。

まるで陽光がその場に降りてきたかのような圧倒的存在感と共に、ウォルターは黄金の二股槍を掲げ、叫んだ。

 

「今日はカートリッジの大盤振る舞いだ!

基本、俺自身の魔力は使わずに行くぞっ!」

『ロード・カートリッジ』

 

 薬莢を一気に3つ排出、右手一本で支えるティルヴィングで嵐の中に狙いをつける。

同時、太陽が現れたかのような白光がティルヴィングの先に集まった。

圧倒的魔力光を携えながら、ウォルターは叫ぶ。

 

「フェイト、じっとしていろ!」

『強化・突牙巨閃』

 

 次の瞬間、なのはは暗雲の中がいきなり晴れになったのかとさえ思った。

世界を白く照らす魔力が、一条の光となって竜巻を貫く。

一瞬で三つの竜巻が沈黙、しかしウォルターはそれだけでは終わらない。

 

「うぉぉおおぉっ!」

 

 絶叫と共に、ウォルターは右手一本で槍を動かしてみせた。

砲撃を放つ際の自己空間固定を解除、砲撃を放ったまま向きを変えたのだ。

それはさながら、ウォルターが巨大な光の剣で竜巻を切り裂くような光景であった。

残る三つの竜巻は、逃げる様子すら見せたものの、すぐに白光を浴びて沈黙、暗雲こそ消えぬものの竜巻は収まる。

なのはの全力でも2本が限界だろうに、それを安々と一人でやってのけるのだ、矢張り、ウォルターは凄い。

知らず胸に闘志が湧いてくるのを感じるなのはに、二人の声が響く。

 

「今だ、なのはっ!」

「道は作った、後はお前の番だっ!」

「……うんっ!」

 

 叫びながらなのはは飛翔。

ウォルターの声に止まっていたフェイトの元へと近寄る。

見れば、その体が傷ついているのは手に取るように分かった。

薄い防御をそれでも補おうとしたのだろう、マントは既にボロ布と化していた。

雨を良く吸ったそれがべったりとフェイトに張り付いている。

それに体温を奪われているのだろう、唇は青色が差していた。

呼吸も荒く、肩で息をしているのが見て取れる。

更に雷を防御しきれなかったのだろう、軽い火傷が幾箇所かに見受けられた。

 

 悲惨なフェイトが、それでもなのはに凛とした視線を上げる。

その奥には悲壮な決意があって、これでなのはがフェイトに襲い掛かれば、それでも応戦してみせるだろうと言うのが手に取るように分かった。

今、フェイトは明らかに一人きりだった。

その心の中にある弱音を吐き出す相手もおらず、それどころか一人になっても弱音を吐いてしまえばもう二度と立ち上がれなくなるあの感じ。

なのはもまた、一人きりだった頃に一言も寂しいとは唱えなかった。

唱えられなかった。

だからその気持ちが痛いほどに伝わってきて、胸の奥が痛む。

そんな彼女をできる限り安心させようと、なのははできる限りの笑みを形作った。

 

「フェイトちゃん、手伝って。一緒にジュエルシード、止めよう」

「…………」

 

 何か言いたそうな、それでも言い切れないような、何とも煮えきれない表情をフェイトは浮かべた。

そんなフェイトに、戸惑い一つなくなのははレイジングハートを向ける。

一瞬そのまま飛び退りそうになったフェイトへと、桜色の帯が伸びた。

ディバイドエナジー、魔力譲渡の魔法である。

 

「二人できっちり、半分こねっ」

 

 フェイトは耐え難い何かに突き動かされるように、何かを言おうと口を開こうとしたが、それも止め、ジュエルシードへと向かい合う。

どうやらフェイトは、なのはと協力する事に納得してくれたようである。

それが例えようもなく嬉しく、満面の笑みを浮かべながら、なのはもまたジュエルシードへと向き合う。

 

「それじゃあ、せーので一緒に封印ねっ!」

「……うん」

 

 鈴の音のような小さな声は、まるでどんな声を出していいのか分からないで言っているかのような声であった。

なのはにもそれは、少しだけ覚えがある。

ずっと一人で居ると、時々誰かに話しかける時、どうやって声を出したらいいのか判らなくなってしまうのだ。

しかしフェイトの声には、それ以外にも何か理由があるようになのはには感じられた。

 

 が、今はジュエルシードの封印が優先である。

両手でレイジングハートを握りしめ、なのはは先のウォルターを思い返しながら魔力を収束する。

あれはウォルター自身の力だけでなく、カートリッジシステムを利用した物だ。

そうと分かっていても、何時か肩を並べたい人の遥かな高みを見た気になって、なのはの心は熱く燃え盛った。

あの小さな太陽程の魔力を集める事はできなくとも、その真似ぐらいはしてみせる。

その思いが通じたのか、訓練時よりも幾分多くの魔力がレイジングハートの杖先に収束した。

視界の端には、フェイトも同じように限界まで魔力を収束したのが見える。

口元に小さな笑みを浮かべ、二人は叫んだ。

 

「せーのっ!」

 

 桜色と黄金の魔力が怒号を上げながら疾走、命中。

莫大な魔力光が、世界を満たした。

目を開けていられないぐらいの光が数秒走ったかと思うと、ぱっ、と灯りをつけたかのような感覚がなのはを襲った。

見あげれば、空は青く何処までも澄んだ、何時もの海鳴の空に戻っている。

眼下からは封印されたジュエルシードがデバイスに引き寄せられ、なのはとフェイトとの間に収まった。

 

 自分が一人ぼっちで寂しかった時、何をしてもらいたかっただろうか、となのはは思った。

大丈夫? と聞いてもらう事だっただろうか。

否、なのはは何度も家族にそうやって気遣われたけれども、大丈夫だよ、と笑顔で返す事しかできなかった。

むしろなのはの内心では虚ろな何かが広がり、疲労感だけが残るだけであった。

優しくしてもらう事だっただろうか。

否、なのはは夜家に返ってきた家族に優しく接してもらえたけれとも、だからといってそれが昼間の寂しさを解消できた訳でも無かった。

優しさと寂しさはまるで別物で、相殺できる物ではなく、別々に住み分けている物であった。

では、何だっただろうか。

 

 今なら、なのはには分かる。

あの後家族からたっぷりと愛情をもらったなのはは、それでも心の何処かに空虚な物を残していた。

それが解消されたのは、アリサやすずかと出会ってからである。

同じ気持ちを分け合える事、それがなのはの心を少しだけ慰めてくれた。

だとするならば。

なのはは思うのだ。

 

「フェイトちゃん」

「……何、かな」

 

 嵐が明けた後の、爽やかな風がなのはとフェイトの髪を泳がせた。

軽やかに広がる髪の毛が、陽光を反射し栗色に、黄金に、輝く。

輝きに満ちたその場で、なのはは言った。

 

「私、貴方と……友達に、なりたいんだ」

 

 不安が無かったと言えば、嘘になる。

だが、本当に怖いのは断られる事じゃあなかった。

きちんと断られるならば、フェイトが本当は寂しくなんて無いのならば、それはそれでいい事なのだ。

一番怖いのは、自分の言葉に力が足りなくて、寂しくしているフェイトの元に届かない事である。

勿論、自信がある訳じゃあない。

なのはは自分が、ウォルターのように容易く人の心を感動させるような言葉が吐けると思う程、自惚れてはいなかった。

だから内心では必死で通じてほしいと願いながらの一言。

外面も見目には笑顔だろうけれど、それも不安で押しつぶされそうなのを無理に形作ったただの強がり。

つつけば壊れるような、砂上の楼閣にしか過ぎない。

けれど。

フェイトは、言った。

 

「………………」

 

 千の言葉よりも雄弁な無言であった。

目は見開き、手には汗が、心臓の鼓動も早いのだろう、胸に手をあて、フェイトは呆然となのはを見ていた。

気の所為か、その目には涙すら浮かぼうとしているような気がする。

——良かった、私の言葉は届いたんだ。

安堵で涙が出そうになるのを、必死でなのはは抑える。

ただフェイトが何でも言えるように、じっと待つばかりである。

そうやっているうちに、フェイトの中で反響するなのはの言葉が薄れていったのだろう、その意味を理解したフェイトの瞳に理性の色が戻った。

すうっ、と息を吸い、何かを言おうとした、正にその瞬間である。

 

「やばい、何か来るぞっ!」

 

 見守っていたウォルターが絶叫。

白い三角形の魔方陣と共に薬莢を排出、自身となのはらの上空に強化された防御魔法を張る。

その、次の瞬間であった。

空が、裂けた。

まるで水でふやかした紙に指で触れるかのように、空間に穴が空いたのだ。

そして同時にその中から、二条の紫の雷が落ちてくる。

一つはなのは達へ。

一つはウォルターへと突き刺さった。

 

「くっ!」

「なのはっ!」

 

 即座にウォルターの防御の内側に防御魔法を展開するなのはであったが、魔力が半減した後に全力の魔法を放ったのだ、残る魔力では雷の威力に比して心もとない防御でしかない。

必然、ウォルターが必死の魔力運用で防御を続け、虎の子の自身の魔力を追加して防御魔法を展開する。

しかし遠距離防御と自身の防御のマルチタスクは相当辛いらしく、ウォルターの顔には苦悶の表情が浮かんでいた。

そんな中、フェイトは防御魔法を張らずに呆然と空を見上げているだけ。

声をかけようとしたなのはだが、それを遮るようにしてフェイトは言った。

 

「母さん……そうか、そうだったよね」

 

 フェイトは目を閉じ、開く。

次の瞬間、なのはは気の所為か、フェイトがまるで別人になってしまったかのような感慨に襲われた。

どこか今までのフェイトよりも子供っぽく、それでいて靭やかな強さを持った感じが今のフェイトにはあったのだ。

防御魔法を張ることなく、フェイトは目前のジュエルシードを掴みとる。

てっきり一緒に防御に回るのだと思っていたなのはが、思わず目を見開いた、その瞬間であった。

ウォルターの防御魔法が決壊した。

 

「……きゃっ!?」

 

 急ぎアルフがフェイトに向かい防御魔法を張ろうとしていたが、間に合わなかった。

が、幸いにも雷はフェイトを避けて、雷の一条はウォルターを、一条はなのはへと降り注ぐ。

ウォルターの防御魔法で大分減衰していたのだろう、なのははどうにか防ぎきる事に成功した。

対しウォルターは防御魔法を突破されるも、間一髪でユーノの防御が間に合い、どうにか雷を防ぎきる。

 

「フェイトちゃんっ!?」

 

 雷の閃光で塞がれていた視界が戻ってすぐに、なのはは当たりを見回した。

なのは達と大きく離れた箇所に、転送の跡の僅かな黄金の魔力光だけが残っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「お返事、貰えなかったな……」

「これであっちのジュエルシードが必要量に達して居なければ、まだ会う機会はあるだろうが……」

 

 地上に降り立った三人は元の姿に戻り、なのはとウォルターは並んで歩き、ユーノは動物形態になってなのはの肩に、リニスはウォルターの腕にと、いつも通りの光景。

しかしなのはの顔には元気がなく、ウォルターも渋い顔を作っている。

それも致し方なかった。

ジュエルシードはこれで全部が回収され、過半数である12個がプレシアの元に運ばれた。

プレシアの目的にいくつのジュエルシードが必要なのかは分からないが、必要量を満たしていればフェイトとなのはが出会うことは最早あるまい。

それどころか、ウォルターの言う嫌な予感とやらが当たってしまえば、ジュエルシードを用いた目的の果たし方と言うのは、大災害に繋がりうる物だと言う。

そうなれば、地球も危ないかもしれない事になるのだ。

が、なのはらには時の庭園の場所は分からず、突入のしようがない。

唯一の救いはフェイトが21個全部のジュエルシードを集める事を命令されていた事だが、保険で多めに数を言われたのだとすればそれも霞む。

そんな風に三人で悩んでいた、その時である。

 

「ちょっといいか、君たち」

 

 幼気な声。

年齢に比して背の高いウォルターよりやや低い背の、紺色の髪の毛の少年がなのはらへと歩み寄ってくる。

そして掌を差し出したかと思うと、即座に立体映像が出現、身分証明証が表示された。

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。通報を受けてやってきた」

 

 

 

 

 


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