「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート   作:ダイスケ@異世界コンサル(株)

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地上侵攻はモビルスーツだけではできないのです


第32話 モビルスーツだけで戦争はできない

正直なところ、アランは現在の仕事の方向性に迷うこともある。

なにしろ仕事の前提となる戦略的な状況の変化が早すぎるのだ。

 

あえて最大公約数的に記述するならばアランの仕事は「次期主力モビルスーツを選定すること」のだが、周辺の仕事範囲がどこまで及ぶのか定義しにくい部分がある。

 

具体的に目の前にモビルスーツがあって、そのどちらかを選ぶということであれば話は簡単だが、戦略的状況の変化に右往左往しているのはジオニック社とツィマッド社のモビルスーツ製造企業も同じであろう。

組織の混乱は末端にいけばいくほど大きくなる。

上層部の方針の大きな変更で、末端の要求仕様が二転三転し、それに振り回される現場、という状況が容易に想像できる。

 

この状況下、現物のモビルスーツが存在しない中で自分ができることは、どちらのモビルスーツが優れているか、いざ現物が出そろった時に納得と説明性の高い評価基準を作る、ということに尽きる、とアランは考えている。

 

しかし、それとて容易なことではない。

これが宇宙用モビルスーツの評価、ということであれば、評価基準を作ることはある意味で簡単な話で済んだ。

成功した宇宙用モビルスーツであるMS06という基準があり、選定基準は「MS06よりどれくらい優れているか」で統一できたからであり、アランの仕事は最小限で済んだ筈だ。

 

だが地上侵攻作戦が発動し、そこでも役立つ次期主力汎用モビルスーツを評価する、という話であれば全く話は違ってくる。

 

宇宙用の対艦兵器であるMS06が地球上でどの程度まで戦えるか。

それはジオン軍中枢部でも正確には把握していない究極の問題である。

 

地上に降下した結果、よたよたと歩いているところを連邦の61式戦車やフライマンタにタコ殴りにされて「そもそも地球上ではモビルスーツ戦闘を行うべきではない」という戦訓が引き出される可能性もある。

 

実際アランは「地上戦でのモビルスーツ不要論が」確立する可能性は低くないと見ていた。

先日、ジオニック社の技術者からヒアリングを行ったときの自信なさげな様子も、その見方を後押ししている。

 

だがジオン軍には、地上戦でモビルスーツを役立たせなければならない理由があるのだ。

 

「ジオンに地球用の兵器はあるのかい?」と、アランは秘書に尋ねたことがある。

 

「地上車でありましたら、コロニー警備軍の装備を転用する、と聞いております」

 

「・・・ああ、そう」頭を抱えたくなる回答に、アランは絶句した。

 

戦争はモビルスーツだけではできない。

 

地上で戦闘しようと思えば膨大な数の地上車、水上・水中艦艇、航空機と、それらを支える装備と人員が必要である。

その程度の基本的な認識は、ジオンの上層部もできていると信じたいところだ。

 

地上戦闘用の装備という量だけでなく、質についても怪しいところはある。

 

たとえばコロニー警備隊のような、お上品な装備が地上でものの役に立つのか、とアランは疑念が隠せない。

 

一応、ジオン公国内にもコロニー内の暴動鎮圧のための警備隊は存在するが、たかだか数十キロメートルの大きさしかない人工的環境のコロニー内で必要とされるスペックと、あらゆる悪天候に晒されて数百から数千キロメートルを機動しなければならない地球上での戦闘に要求されるスペックは、文字通り桁が違う。

 

ズム・シティの街角でピカピカの装甲板を磨いているような兵隊は欧州やアジアの広大な平原の戦闘で敵を発見できるのか。それ以前に道に迷ったあげく遭難するのではなかろうか。

宇宙育ちが地球でまともに戦えるのか、根本的なところでアランは疑っている。

 

「ジオンに航空機はあるのか?」とアランが続けて尋ねたのにも理由がある。というのも、飛行機はジオン軍の兵器体系には存在しなかった装備だからだである。

 

全長数十キロ、直径数キロのコロニーは高速戦闘機を飛ばすにはいかにも狭いし、そもそも円筒形コロニーの中心付近は低重力地帯のために、強い揚力を必要とせず飛行できる。

 

結果として重力と揚力を均衡させて飛ぶ飛行機の設計開発に長けた技術者がほとんどいないのだ。模型飛行機については愛好者も少数いるだろうが、軍事的に役立つとは思えない。

 

「開発した新型航空機を投入予定、と聞いております」

 

新型ときたか。まあ、実際には設計とコロニー内の飛行テストだけは済んでいる程度の代物だろうが。

それをいきなり地球で飛ばすという神経には恐れ入る。

 

「・・・避雷針ぐらいついているよな」

 

「それはどういった装備ですか?」

 

「空を飛ぶと雷が落ちてくる。それを保護する装置だよ」

 

「雷という現象は聞いたことはあります。全ての宇宙船には太陽風から回路を保護する機構がついていますから対応可能なはずです」

 

「だといいけどね」

 

雨雲、雷、乱気流。調整された天候でしか飛んだことのないジオンの航空機パイロットは地球の自然環境の中で飛行機を飛ばせるのだろうか。

そして飛行機に必要とされる大量の航空燃料をどうするつもりなのか。

まさかサイド3から輸送するわけにもいかないだろう。となると・・・

 

「油田と精製施設も侵攻作戦のターゲットになるのか?」

 

まさか核融合炉を飛行機に積むわけにもいかないだろう。

 

人も装備も燃料も、何もかもが足りない。

そして、最も不足しているのは時間だ。

 

「こんな状態で本当に地球侵攻作戦を行うつもりなのか?」

 

「・・・作戦は順調、準備は万全である、と聞いております」

 

完璧に形式に則った秘書の回答に、アランはジオンの置かれた状況が理解できた気がした。

 

モビルスーツだけで戦争はできない。

それでも、ジオン軍はモビルスーツだけで戦争するしかないのだ。




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