「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート   作:ダイスケ@異世界コンサル(株)

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少ない情報から目標を推理する話


第31話 侵攻目標

大規模な戦争準備にサイド3全体が熱気に包まれている一方で、アランが居所とする事務所は冷涼な空気に包まれていた。

 

ことり、とコーヒーカップを置く音でさえ響きわたりそうな静寂な密室で、アランは秘書にその日、何度目になろうかという問いを繰り返していた。

 

「それで地球侵攻作戦は、正確にはいつになりそうなんだい?」

 

「お答えできません」

 

「次期主力モビルスーツの開発計画に関わる重要な情報なんだけど、密かに教えてもらうわけには」

 

「お教えできません」

 

「実は知らされてなかったりする?」

 

「答える必要を認めません」

 

と、まあこんな調子である。

 

(少しばかり苛めすぎたかな?)とアランも反省しないでもないが、一方で秘書を通じてギレン総帥に少しでもこちらの懸念を伝えておく必要性は感じる。

猜疑心が強く自己の才幹に肥大した自信を抱く独裁者であるからこそ、己が手配したスパイからの情報は重視するだろう。

 

ジオン公国による地球侵攻作戦はいつ実行に移されるのか。

 

実行の有無について疑念を抱く向きはすでに世間から消えていた。

問題はいつか、だ。

アランのみならず、地球圏全体がギレン総帥の一挙手一投足を息を詰めて見守っている。

 

実のところ既に実行されている可能性もある。

派手な発表を行い周囲の耳目を集めた上で、実質的な裏工作を行うというのは企業買収でもよくある手法だ。

 

「そもそも地球連邦も一枚岩とは言えないしな」

 

アランの独り言に反応して秘書が瞳をギラリと光らせた。

大変にわかりやすい。

 

「そもそも最初の侵攻地点はどこになるのだろうね?」

 

回答を期待せず口にしてみる。

 

アランの考えるところ、ジオン軍が執るべきシナリオは大きく3つに分けられる。

政治目標の追求、軍事目標の追求、そして経済的目標の追求である。

 

政治目標としてはニューヤーク。軍事目標としては南米ジャブロー基地を攻略する。

これらは以前、検討したときに考慮した目標である。

前者を落とせば連邦政府を降伏させられる可能性があるし、後者を落とせば自動的に地球圏の覇権はジオン公国の元に転がり落ちる。

どちらも、ジオン公国の政治的勝利を基準とした目標設定だ。

 

一方で、ジオン軍の宇宙覇権を確定させるため、ルナツー要塞を陥落させるという方向も考えられる。

ルウム戦役の敗残兵が逃げ込んだ宇宙要塞を落とすことができれば、連邦軍は宇宙軍と宇宙での軍事的拠点を失う。

宇宙での軍事的勝利を確定させることができれば、宇宙はジオン公国の手に落ちる。

宇宙戦はジオン軍の得意とするところであるし、MS06を地上用に改修する手間も省ける。

限定的ではあるが確率は高い。ジオン公国の軍事的勝利を基準とした限定的政治的勝利を目指す目標設定だ。

 

そして経済的目標。

これについてはアランも昨日までは考慮してこなかったのだが、意外と可能性が高いのではと思っている。

ジオン公国は借金に喘いでいる。となれば、投資家達の期待値を煽る見せ金として、連邦政府の何らかの資産を占領ないし強奪するのが手っ取り早い。

戦争は儲かる、ジオンが勝てばもっと儲かる、具体的にはこれだけ儲かった!とニュースを流せばよい。

「悪辣な連邦政府が一世紀にわたりスペースノイドから搾取してきた資産を正当な持ち主の元に返す」とでも宣伝すれば政治的効果も抜群だ。

 

「もし自分が強盗だったら・・・・」

 

仮定にそって思考を進めるのは、アランの得意とするところだ。

 

もしも自分が地球圏の資産を強奪できるほどの腕力を持った強盗だったら、何が欲しいか。

 

地球圏の軍事力はどうだろう。いや、軍事は金食い虫のコストだ。旧態依然とした組織と人材と兵器を抱えた組織は敵であった方が都合がよい。

 

連邦の金融資産については、アランは専門家としてその仕組みを熟知していることもあり高く評価はしていなかった。連邦が意図的にインフレでも起こせば目減りをするし、そも強盗であれば腕力に訴えて奪う方が手っ取り早い。法律で雁字搦めの金融商品を介する必要がない。

 

人材は欲しい。とくに技術者が欲しい。モビルスーツ関連の技術分野についてジオン公国は10年の先行リードがあるが、アランの見るところ技術全体を見渡せば歪であり、数年で連邦に逆転される程度の僅かなリードにすぎない。

ジオン公国という、たかが辺境サイドが新規技術に一点賭けした成功の産物がモビルスーツ関連技術のリードであって、ジオン公国の産業総体では技術者の不足は否めない。

とはいえ、誘拐してサイド3に連れてきても産業基盤がなければ技術の生かしようもない。現地で協力者に仕立て上げるのが責の山だろう。

 

資源はどうだろう?小惑星帯の鉱山開発を主要な事業としてきたサイド3は資源については比較的困っていない。

だが一部のレアメタルについては地球資源の鉱山から採掘する必要があるかもしれない。

MS06の製造に必要なレアメタル一覧と地球の鉱山のリストを比較することができれば何らかの示唆が得られる可能性はある。

もっとも、その種の軍事機密情報を得られるとは、とうてい思えなかったが。

 

「マリー、君ならどうする?軍人としての意見を聞きたい」

 

アランに軍人としての見識を問われれば、秘書としても士官学校出の自尊心として素人には負けられないのだろう。

ざっとしたアランの説明にうなずいた後で、宇宙軍の軍人としての意見を開帳した。

 

「いかにも素人の発想です」

 

「そうかい?じゃあ君ならどうする?」

 

「軍人ならば、まず撤退する際の退路を確保します」

 

「なるほど」

 

軍人は成果最大ではなく、リスク最小化の観点から考えるのか、とアランは発想の違いに感心した。

 

「となると・・・狙うのは宇宙空港?」

 

「私なら、ですが。軍港を含めれば宇宙基地の可能性もあります」

 

「となると、絞りきれないな。いや規模で絞ればいけるか?」

 

宇宙世紀の初頭、多くの人民を宇宙に打ち上げた宇宙空港ならば政治的、経済的、軍事的目標として申し分ない。

地球侵攻するジオン軍が降下できるだけの規模と設備を備えた空港や基地ともなれば、数はそれほどないかもしれない。

 

降下後の展開を考えれば、ニューヤーク、ジャブロー、レアメタル鉱山地帯の何れかに近い宇宙空港か基地を侵攻拠点にするだろう、という見方はそれほど的外れではないだろう。

アランの計画にとっても、都合がよい。

 

「戦地の絞り込みができれば、モビルスーツの性能評価基準にも方向性を持たせられるかもしれないな」

 

アランは胸中の想いを隠しつつ、秘書に微笑んでみせた。




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