「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート 作:ダイスケ@異世界コンサル(株)
「そんなわけでビクトリア、しばらく地球には戻れそうにないよ」
「・・・それは・・・残念ね・・・」
映像通話の向こうの婚約者は、不自然なほど間を置いた後に悲しげに視線を伏せた。
遠距離通信によるタイムラグとは異なる不自然さは、リアルタイムの検閲による影響だ。
ソフトウェアで削除された発言と映像を自然な形で欠損を補ってはいるが、ジオンのものは連邦製のそれと比較して精度が低いのか、間接的にアランに検閲の存在を教える結果となっている。
独裁国家の長距離通信が検閲されていないはずがないよな、とアランは頭の片隅で諦めと共に納得する。
そういえば宇宙製のソフトは地球製と比べて出来が悪い、と同僚が嘆いていたような。
戦争が始まれば、この手のソフトウェアの優劣の差が勝負を決める、というのはあり得ることだ。
もっとも、ソフトウェア以前に国力、つまりハードウェアの生産力の時点でジオンは連邦とは数十倍とのレポートが出ており、そもそも比較にはならないのだから、アランの懸念は杞憂に過ぎない、と地球の上司達は嘲笑するだろう。
それに対しアランはかなりの時間を割いて、今やジオン公国と名乗るに至ったサイド3がどれだけ本気で戦争の準備をしているか上司に訴えようとしてきた。
だが、それでもこのサイドで人々が醸し出す戦争の雰囲気に比べれば、甚だ認識が甘かった、と言わざるを得ない。
ローカルニュースではザビ家の三男がいかに親しみの持てる存在か繰り返し流され、連邦が宇宙の移民達をどれだけ搾取してきたか、地球の金持ち達がどれだけ自分達の富を浪費し安楽な暮らしをしているか、怒りを込めてコメンテーターが語る番組が人気を泊している。
性質の悪いことに、後半のそれは多くが事実に基づくだけに移民達の公憤を掻き立てる。
なにしろ、地球の連中は大地に突然穴があく恐怖に怯えることもなく、好きなだけ胸一杯の新鮮な空気を吸い、綺麗な水を浴びることができるのだから!
その上、少し表面を引っ掻くだけで無限に生産される作物が実る豊かな土地を独占している連中なのだ。
ズム・シティのメイン通りには旧世紀の軍隊を模した軍服を着てキビキビと闊歩する青年達と、それを称える市民達が何かの熱に浮かされるように「宇宙市民の地球からの独立」を繰り返し叫ぶ。
少し大きな建物のホールや壁には「宇宙精神のシンボル」としてジオン・ズム・ダイクンの胸像や肖像画が飾られている。
驚いたのは、アランが軟禁されている高級ホテルのレストランにおいてさえ、ことあるごとに身なりの良い紳士淑女が立ち上がり「宇宙移民独立万歳!ジーク・ジオン!」とワイングラスを掲げるのだ。
酔っている。
このコロニー、ことによると、このサイド全体の数億の人々が、宇宙移民の独立というザビ家が掲げる夢に酔っている。
ザビ家は、煽り立てた人々の夢を実現するために10年も前から走り出している。
もうすぐ、戦争になる。
アランの抱くそれは、予想ではなく、強い確信だった。
◇ ◇ ◇ ◇
アランは、ギレンの依頼を地球の顧客との調整を口実に保留し続けていた。
今日で5日になる。護衛の兵士や連絡官の様子からも、引き延ばし工作はそろそろ限界だろう。
各所に連絡をつけてどうにかサイド3からの脱出を図りたいところだったが、周囲の警護の厳しさと通信検閲のせいで思うように進んでいない。
アランの焦燥は募る一方だった。
その日も、アランは日課となったビクトリアとの映像通信を行っていた。
ザビ家は不思議なことに家族との連絡については寛大であり、それに紛れてビクトリアに何かの符号を送ろうか、などと埒もないことを思い付かないでもなかったが、育ちの良いビクトリアにそうした機知を求めるのは難しかったし、そもそも検閲ソフトが粗雑な合図など無効化するに違いなかった。
「どうだいビクトリア、地中海の太陽は?」
「とてもいいわよ。あなたと一緒に来たかったわ」
アランがいないクリスマス休暇は気が滅入る、というのでビクトリアは叔母の住む南フランスへと来ていた。
地中海の太陽は冬のロンドンよりも遥かに強烈で、彼女の美しい赤毛を輝かせていた。
彼女はいまだにアランが普通の仕事で宇宙に来ている、と信じて疑っていないように見える。
たしかに毎日話ができているし、この程度の出張は何度もあったことではある。
「そうだな。帰ったら一緒に旅行しよう。オーストラリアなんかいいんじゃないかな。今はちょうど南半球は夏だし・・・ビクトリア?」
映像通信が唐突に切れた。
それまで普通に写っていた画面には「サービスを中断しています。しばらくお待ちください」という文字が写るだけだ。
しばらく待ってみたが、復旧する様子がない。
「太陽フレアの影響かな・・・」
今日の宇宙予報を見逃したのかもしれない。
仕方ない。今年の新年は一人寂しくホテルで過ごすとするか。
ふと、ホテルの窓から通りを見下ろすと新年を祝おうとする大勢の人々が外へ繰り出し灯りを掲げ、光の絨毯を作り出していた。
こうして遠目に見ると、宇宙移民も地球も人間の暮らしに変わりはない。
ただ幸せに生き、子を育て家族や友人達と暮らしていきたいだけなのだ。
そのときアランは、宇宙と地球の間に立ってなにかできることはないか、などと、らしからぬ幻想に浸っていた。
だが幻想的な光景の魔力はそこまでだった。
突然、光の絨毯の中央に黒い染みができると、それが各所に広がり、光の絨毯が千切れていく。
通りに出ていた人々が、早足で通りから去っているのだ。それも一斉に。
低い地鳴りが、人々の叫び声が聞こえる。
暴動か。それとも事件か。
「・・・だ」
「・・・じまった!」
「せ・・・ク・・・!!」
距離が遠すぎるのと、人々の声が重なりすぎて何を言っているのかわからない。
たまらず、アランは護衛の兵士を振りきるようにロビーまでかけ降りると、そこにも何かに興奮した人々の群れで溢れていた。
「いったいなんです?何があったんですか?」
「・・・ですよ!」
アランは手近の紳士を捕まえて尋ねたが、周囲の音が大きくてよく聞こえない。
「すみません!もう少し大きな声でお願いします!」
初老の紳士は興奮に顔を紅潮させ声を張り上げて教えてくれた。
「戦争ですよ!ついに独立戦争が始まったんです!宇宙移民万歳!ジーク・ジオン!!」
とりあえずプロットはできているので、書き続けます。
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