「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート   作:ダイスケ@異世界コンサル(株)

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少し間が空きました。今週は連続して掲載します。


第29話 戦争景気と勝利の期待値

ギレン=ザビが地球侵攻作戦を発動して数週間、サイド3の民衆達は戦争準備景気、とでも呼ぶべき奇妙な活況の中にあった。

 

戦争準備という国家をあげた巨大な消費活動が全力をあげて行われる中、それと比例して経済活動も加熱する。

食料、医薬、弾薬の必需品の多くがが軍需に回ったとしても、それが全く民需に回らないということはない。

 

結果として連日連夜の生産活動に参加している市民達、そして重力適応訓練のためサイド3に戻ってきた兵士達の懐にはたっぷりと配給チケットとジオンマルクがうなることになる。

手元にあぶく銭を得た上に気分の高揚した彼らが赴くところ、すなわち盛り場であり、酒場である。

 

とくに一時帰宅を許された兵士達が戦争報償と手柄話を手にコロニー中のパブや酒場に繰り出すと、年寄りから若い女性までが群がって彼らの武勇伝を聞きたがるのであるから、兵士達の舌も酒の力でなめらかに言葉を紡ぎ出すのだ。

 

「それで、連邦の戦艦を沈めてやったのかい!あんた、あのザクのパイロットだったんだろう?」

 

「そうそう!あのエリートぞろいのモビルスーツのパイロットだって聞いたよ!そのジオン青銅勲章は、戦艦を沈めた証ってね!」

 

軍事に疎い市民にとって、兵士と言えば戦艦乗りかモビルスーツパイロットなのである。

酒杯を勧められた若い兵士はアルコールで大きくなった気分も手伝い、今日で何度目になるか、少しばかり膨らませた話を聴衆にぶち上げた。

 

「おうよ!ザクが、正式にはMS06って言うんだが、あいつの腹の中には核融合炉が詰まってるて知ってるかい!核融合炉だぜ!!」」

 

「知ってるぜ!イヨネスコ式とかいうやつだろ!」

 

酔客の方も慣れたもので、ときどき合いの手が入る。

 

「おっ、今日のお客さんは詳しいな。そう。超小型の核融合路、連邦なら戦艦なんかに積む奴が俺の背中2メートルの場所で唸ってるわけだ。こいつはなかなかのスリルだぜ。で、そいつのパワーで、背部のブースターをガツンと吹かしてやるとな、連邦の宇宙戦闘機も戦艦もこっちを見失ってオロオロするわけだ。で、哀れなそいつらを、大砲みてえなマシンガンでズドンってすんぽうだ!地球育ちの連邦の連中なんて、どれだけ来ても宇宙育ちのジオン軍人の敵じゃねえってことよ!」

 

「おうよ!連中は宇宙服の着方も知らなけりゃ、宇宙に出たら酔っぱらっちまって使い物にならねえって聞いたぜ!」

 

「オレんとこの現場に来た地球育ちの管理主任の若造なんてよ、どんなエリートだか知らねえが宇宙服の中で吐いちまってすげえことになってたぜ、ったくザマぁみろってんだ!」

 

地球の連中は宇宙では戦えない、いい大人のくせに宇宙服の着方も知らない、というのはスペースノイドが地球育ち(アースノイド)をくさす時の定番の文句だ。

実際、サイド3の人々はコロニー内の災害と戦争に備えて月一で空気漏出対応訓練をしているし、小学生でも高学年になれば一人で宇宙服を着られて当たり前。

中学、高校ともなればコロニー外の職業体験訓練が行われる。

 

そうした生粋の宇宙育ちからしてみれば、地球育ちの連中が宇宙で何をできるものか、と思っていたし、それが現実化して戦争の勝利がもたらされたのだから酒が不味いはずがなかった。

 

だからモビルスーツパイロットのはずの兵士の肩章が、パイロットになるには少しばかり位階が足りなかったり、ジオン青銅勲章が対空砲座から連邦の宇宙戦闘機を撃ち落としたものであったりすることは、些細などうでも良い問題なのだ。

 

ジオン公国の市民達は、勝利の美酒を存分に楽しんでいた。

 

◇ ◇ ◇

 

「この景気は長続きしない。ジオンが勝利するには短期決戦しかない」

 

「なぜです?」

 

「戦争資金(かね)がなくなる」

 

戦争景気に湧くズム・シティのざわめきもホテルの奥まった場所にある事務所までは聞こえてこない。

アランは秘書を相手に戦争の今後の見通しについて議論をしていた。

 

「戦争国債は人気だと聞きますが」

 

戦争には資金がかかる。が、それを単独で調達できる国家は希だ。

そのために国家は通常、戦争のための国債を発行して国際市場から資金を調達して必要な資金を賄うことになる。

 

国力が地球と比較して圧倒的に劣るジオン公国が初戦で地球と勝負できるだけの軍備を整備できた絡繰りがこれだ。

おそらくは水面下で他のコロニーや地球連邦政府内の反連邦勢力などへ極秘に債権を販売したのだろう。

そして債権の引き受け手は、それを分割し「高利回りの金融商品」として、他の金融商品に紛れ込ませ、世界中にばらまくことで利益を得る。

ある種のマネーロンダリングである。

「最近もうかると評判の資源衛星開発債」に「ジオン公国軍備充実のための資金」が含まれていると、誰にわかるだろう?

 

このあたりの絡繰りはアランも承知している。

というか、おそらくはロンドンのアランの元の職場も積極的に関与した可能性がある。

戦争協力行為で反国家的行為であろうが、利益は正義、利率は倫理。

金融ルールブックに記された唯一のルール、それは「儲けるためなら手段は選ぶな」であるのだから。

 

「戦争に勝っているのです。戦時国債の販売は好調なはずです」

 

秘書の言葉は正しい。ジオン戦争国債は空前の売れ行きを示している。

 

戦時国債の購入は、投資家にとってある種のギャンブルである。

勝てば利率の良い投資になるが、負ければ只の紙切れになる可能性がある。

また、勝ったところでピュロスの勝利のごとき犠牲の大きすぎる勝利であれば、そこに返済体力のない国家が残るだけなので投資は無駄になるリスクがある。

 

かように戦時国債というのは投資家にとってロマンに属する商品なのであるが、勝率が十分に高ければ投資しても構わない手堅い商品に変貌する。

 

つまり、現在のようにジオン公国が戦前の予想に反して大勝利を納めたために、事前に戦時国債を購入していた投資家達は大幅な利益を獲得しているはずであり、乗り遅れた者達は更なる発行を、つまりはより完璧なジオン公国の勝利を望んでいるのである。




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