「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート 作:ダイスケ@異世界コンサル(株)
この時代、人類は過半がサイドと呼ばれる宇宙コロニーへと生活の場を写していた。
月と地球の間の重力均衡点、いわゆるラグランジェ・ポイントには多数の宇宙コロニーが建設され、建設の順にサイド1、サイド2と連番で呼ばれることになった。
現在はサイド7が建設の最中にある。
アランは、後のジオン公国となるサイド3で生まれた。
サイド建設を手掛ける鉱山会社の役員の息子として、7歳上の姉ともども宇宙市民としては十分以上に裕福に育った、と言えるだろう。
高い教育をうけ、真っ直ぐに育ったアランは年頃の少年がそうであるように、ごく自然に外の世界に憧れ、留学先に地球を選んだ。
地球には超富裕層と高級官僚の子弟達が通う高度な寄宿制の教育機関があり、アランもそのコースを辿ることになった。
この時代、地球からは汚染物質を排出するエネルギー産業や製造業は駆逐されており、残るのは官僚と金融だけとなっている。
アランは宇宙出身者ということで差別の恐れがある連邦政府の高級官僚試験は受けず、ロンドンに残る金融街へと自身のキャリアを修正した。
そうして裕福な宇宙市民、金融街のエリートとして一定のキャリアを積みつつあった彼の前に突然の嵐を呼び込んだのは金箔捺された豪華な装丁の手紙だった。
「姉さんが婚約?ザビ家の一族と?」
サイド3に残してきた姉のマリアンヌが、サイド3の有力者であるザビ家の次男と婚約した、との知らせだった。
当時のアランはサイド3の鉱山セクターを担当するには利益相反の可能性がある、ということで別の産業部門の分析を担当しており、また長年の地上暮らしでサイド3の政治事情に疎くなっていたこともあって、単純な良縁として姉の婚約を喜んだ。
多くの地球市民がそうであったように、アランも地球連邦と宇宙の各サイドの関係については楽観視していたためである。
地球は宇宙に多くの投資を行っており、宇宙移民達はそのお陰で暮らせている。
多少の不満があったとしても、それはいつの時代も存在する不平屋の戯言であり、大多数の移民は平和の果実を享受している。
それが、果樹園を独占的に支配する地球市民の一般的な認識であり、限界というものであったろう。
アランは地球で遣り甲斐のある仕事につき、美しい婚約者と大きな家に住んで、週末には豊かな自然に繰り出す生活に何の疑問も抱いていなかった。
そんな穏やかで順風満帆なアランの生活を一変させる事件が起きる。
「サスロ義兄さんが暗殺!?」
第一報を受け取ったのは、役員室で今後のルナ・チタニウム合金生産量について鉄鋼業セクターの見通しについて説明していたときである。
慌てて携帯端末で姉に連絡を取ろうとしたアランだったが、政府による通信封鎖に直面し繋がらない画面を睨み付けるしかできなかった。
親族の関係者という立場と様々なコネとカネの双方を駆使してようやく連絡をつけることができたのは、事件から半日近くが経ってからのことだった。
姉はショックを受けているが怪我もなく身体的には異常がない、とのことで一応は安堵したアランだったが、表面上は平穏に見える地球連邦と宇宙市民の対立の実態には、その楽観的な認識を改めざるを得ず独自に専門技能を生かして調査を開始した。
そうして何事もなく数年が過ぎた。
◇ ◇ ◇ ◇
「戦争になりますね。少なくとも、ジオンはそのつもりです」
金融業には情報が集まってくる。
鉱石の算出量、エネルギー生産量、輸送船や人員の動き、債権や資金の移動を多角的に分析した結果、アランが辿り着いた結論がそれだった。
上層部は、アランの結論を一蹴した。
サイド3は鉱山開発に莫大な資金を投じている。造船業でも輸送船を発注し、機械工業では掘削機械の部品を多く注文している。
貿易ができなければ、サイド3の経済は立ち行かない。戦争などするわけがない。
アランは平和ボケした老人達の認識に舌打ちする思いだった。
ばかな。鉱山開発にこれだけ多くの資金が必要なものか。絶対になにか別の巨大な構造物を建設しているに違いない。あるコロニーの住人がまとめて異動するとの情報もある。
それに造船業といいながら、最終の艤装はサイド3の秘密の造船所で行っている。他のサイドに注文しているのは、推進器などのガワだけだ。
鉱山の採掘も装甲材に必要なレアメタルの採掘量が全体の採掘量に比較して不自然に延びていない。鉱山事故のためということだが、信じられるものか。
木星船団からの地球輸出分の核融合燃料も遅れている。
木星と地球圏を往復する巨大輸送船は地球資本だが、船員の補充と機材のメンテナンスはサイド3で行っている。
燃料を大量に必要する何かが、そこにあるのだ。
「そこまで言うのなら実際に見てきたらどうかね」
「は?なんと?」
何度も上申するアランに業を煮やしたのか、年老いた役員は百パーセント作りものの笑顔で言い渡した。
「君はサイド3出身だったね。里帰りも兼ねて一度視察してきてはどうかね」
現在のサイド3は政治的な扮装地帯である。その渦中に関係者を送り出そうという命令は異常としか言いようがない。
「サイド3はわが社にとっても大口の大切な顧客だよ。有望な人員を派遣して欲しいとの要請があってね。ちょうどいいじゃないか」
こうしてアランは、安逸な地球のオフィスから政争渦巻く宇宙の辺境へと赴くことになったのである。
◇ ◇ ◇ ◇
場面は冒頭の出会いへと戻る。
サイド3 ズム・シティ 総統オフィスにて、アランはザビ家の実質的な独裁者と対面を果たしていた。
「久しいな。どれくらいになるかな」
「そうですね。義兄様の葬儀以来ですから。10年近くになりますか」
「そうか。そうだな。あれから多くのことがあった」
少し俯き加減に目を閉じた若き独裁者をアランはうろんに見つめた。
議会を無力化し、ザビ家で権勢を独占するのに忙しかったのか?
心に浮かんだ皮肉を、アランは賢明にも口から出る前に打ち消した。
目の前に立つ若い男は、年齢こそアランに近いものの全能に近い権力を持っている。
一市民に過ぎないアランなど、少し機嫌を損ねた程度の理由で真空の宇宙空間に放り出されてもおかしくない。
実際、市民の間には「ギレン総帥の部屋には外部の宇宙空間に通じる粛清用の秘密の落とし穴がある」などと噂があるのをアランは掴んでいる。
代わりに彼の口から出たのは「本日の訪問の用件は」という実務的な言葉だった。
この男と形式上の親族ではあっても、長く言葉を交わす気にはなれなかったからでもある。
「うむ。貴様にやってもらいたいことができた。我が軍の次期主力モビルスーツの選定だ。民間で貴様が身に付けた識見を生かしてもらいたい」
独裁者は言いたいことだけをいうと、再び壁面のガラスから街を見下ろす作業に戻った。
「ま・・・待ってください!モビルスーツ?それに次期主力?自分は市場の分析では専門家として自負はありますが、兵器となると素人です!」
「だが、ザビ家の系譜ではある」と、独裁者は言葉を続けた。
「今、ザビ家は2つに割れておってな。あらゆるところにキシリアとドズルの奴の息がかかっている。内部の者の言うことは信用できんのでな」
「それなら、外部の専門家を雇えばいいではありませんか」アランは言い募る。
「貴様で4人目だ」それが、独裁者の答えだった。
「・・・は?」
「前任者2名が事故死。1名が睡眠中に病死した。ザビ家のものであれば、連中も手は出すまい。私は正確な情報が必要なのだ。期待している」
「しかし、私は地球の企業から出張の身で・・・」
「そちらの経営陣から許可はとっている。無期限出向だそうだ。以上だ。私は忙しい」
自分は売られたのだ、とアランが悟ったときには遅く、自失のうちに独裁者との会見は終了していた。
辞めてやる。ぜったいに辞めてやる。
帰りの高級車のなかで癖っ毛をかきむしりながら固く決心したアランだったが、滞在先の高級ホテルにまで完全武装した警護が数人つけられる段になり、かえって冷静になった。
アランは専門家ではなかったが、ギレン総帥の口調からサイド3のモビルスーツとやらは最高レベルの機密であることは想像できた。
さらに全軍が真っ二つに割れるほどの次期主力モビルスーツ選定に関わっているともなれば、例え仕事を辞めたとしても生きて地球に帰ることができるは思えない。
現に、これまで3人が死んでいる。
それも表沙汰になっているのが3人ということであって、影ではその10倍の人死にが出ていても不思議はない。
「まいったな・・・ビクトリア・・・・」
自分はいったい何に巻き込まれのだ。
面会したときのギレンの酷薄な下唇と三白眼を思い出し、アランは身震いした。
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