「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート   作:ダイスケ@異世界コンサル(株)

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モビルスーツを用いた戦闘教義の話


第17話 戦闘教義の戦争講義

戦争を教わりにいく。

 

アランの言葉に、秘書は無言でじろりと上司を睨み付けた。

その冷たい瞳が雄弁に「この人は本当はバカなんじゃないだろうか」に語っているので、アランとしては弁明の必要に駆られた。

 

「私は軍事のぐの字も知らない素人なんだ。そんな無知な状態でジオン公国の将来を左右する決断はできないだろう?都合の良い情報だけ与えられて操られるのは困るが、必要だと思えば自発的に専門家のアドバイスを受けるのは当然じゃないか」

 

秘書は無言で非難の矛を納めると「それでは、軍に行きますか」と尋ねた。

軍であればドズル将軍の宇宙攻撃軍、キシリア将軍の戦略防衛軍、どちらにコンタクトを取るべきか、手順について算段する必要があるためである。

ジオニック社がドズル将軍派、ツィマッド社がキシリア将軍派なのは周知の事実だけれども、できるだけバランスのとれた見解を得られるように努力しなければならない。

 

「こないだのリスト、見せてくれるかな」

 

アランに言われて、マリーは「アランを脅そうとして逆に脅される材料を渡してしまった間抜けな軍と官僚のリスト」を持ってきた。

このリストには、ドズル、キシリア両派閥の官僚達がバランスよく記されているため、現状の勢力把握に大変に役立ってくれている。

 

「この人に聞きに行こうか」

 

リストを捲る手がとまり、アランが候補者に、と指し示した人物の所属先を見てマリーは絶句した。

書類に添付された額の広い写真の人物のプロフィールには「総帥監部作戦局所属」と記されていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

ジオン公国の行政組織は、その機能によって大きく2つに別れている。

1つは行政府を中心とした民政を司る部門。先日アラン達が訪問した財政院も、基本的には民政側の機関である。

もう1つは総帥監部を中心とした軍政を司る部門。行政府が民政であるならば、総帥監部はまさに軍政を司る部門であると言って良い。

その組織は総帥のギレン=ザビを頂点として総監官房、軍務局、作戦局、情報局、軍需局、技術局、訓練局、開発局がぶら下がる。

まさに10年にわたりジオン公国を戦争に向けて駆動してきた組織そのものである。

 

「作戦局は、官僚の中でも本当のエリートが行くところですから」とは、マリーの説明である。

 

「こないだのビルの隣だね。窓から財政院が見える。こっちの方が背が高い」

 

待合室の廊下には採光用の大きな強化プラスチックの窓があり、行政府ビルを見下ろせるようになっている。

組織と組織の力関係は、こうした些細なところに出るものだ。子供っぽい力の誇示には違いないが、それだけに分かりやすい。

つまり、ジオン公国では民政より軍政がずっと偉い。

 

「本当に軍に聞くのではダメだったんですか?」

 

マリーが小声でささやく。

どうもエリートの巣窟に乗り込むので緊張しているらしい。

アランから見ればマリーも十分にエリートなのだが、エリートはエリートの世界でいろいろ順列があるらしい。

 

「軍もいいんだけどね。たぶん忙しくて相手をしてくれなかったと思うよ」

 

「戦争中はどこも忙しいんです!」

 

と、マリーがもっともな言葉を返した。

 

「そうだけど・・・報道で発表はされていないけれど、先日の大作戦はジオン公国にとっても乾坤一擲の作戦で・・・相当に大きな被害を受けたと思う。だから今ごろは補給や修理、整備に再編と大忙しのはずだよ。私のような部外者がノコノコでかけて行っても、下心のある人以外には、まともに相手にされないさ」

 

「それは・・・そうかもしれませんが」

 

「それにね、軍は実行組織であって研究したり考案するための組織じゃない。官公庁の組織図と組織の職務説明を見ればそれは明らかだし。総帥監部の作戦局が今回の戦争のモビルスーツの使い方を考案したに違いないよ」

 

「まさか、それが根拠ですか?」

 

「それだけじゃ不足かい?」

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

先日の財務官僚氏と異なり、今度の作戦局の官僚は逃げ隠れしたりしなかった。

アポを取るとすぐにやってきて、真っ正面からアランと相対する。

 

エリートにも腰の座ったのと座ってないのがいる。

この額の広い官僚は前者だ、とアランは感じた。

 

「ご用の向きは?」

 

「次期主力MSの選定にあたり、今後の戦争の形を知りたいのです」

 

アランが率直に用件を告げると、傍らの秘書が「えっ」と小さく叫んだのが聞こえた。

 

「ほう」

 

一方、作戦局のエリート官僚はふてぶてしく片方の眉をあげた以外に表情を変化させなかった。

 

アランが「モビルスーツを用いた戦闘の一般的な方法を知りたい」と要望すると、すぐに別室へ通され説明のための資料と手筈が整えられる。

 

「いいね。さすがエリートさんは話が早い」

 

「アランさん、黙ってください」

 

小声でお喋りをしていると、先程の官僚が書類を抱えてやってきた。

 

「ルウムでの戦闘解析はまだですが、一般的な戦闘ドクトリンについては説明ができると思います。それでよろしいですか?」

 

「ええ、お願いします」

 

殺風景な会議室の壁のスマートボードを用いて、額の広い官僚は早口で説明を始めた。

 

「一般論として戦争は数の勝負です。技術に大きな差がなければ、戦争は数で決まります」

 

「戦争は数」

 

アランがおうむ返しにすると、小さくうなずいて説明を先に続けた。

 

「我が軍の戦闘艦艇と連邦軍の戦闘艦艇に大きな技術上の差異はありません。連邦軍の艦艇数は我が軍の数倍はありますから、正面から挑めば敗北します」

 

「敗北する」という言葉に傍らの秘書が微妙な表情をしている。

ジオン軍人としては何か言いたい、けれど相手の階級を見て躊躇している、そんなところだろうか。

 

「戦略、戦術、いろいろな言い方はありますが、基本的には局所的に多数対少数を作り出すための軍事上の技術、と捉えていただければいいでしょう。そうですね、アランさんはボクシングをご存じですか」

 

「寄宿学校の課程で少しは・・・もうずっと前の話ですが」

 

イギリスの寄宿学校には、植民地に送り込んでも大丈夫な若く壮健な若者を育てる、という伝統を持つ学校が多い。

アランもその迷惑なエリート教育方針のせいで、ラグビーかボクシングかフェンシングを選択させられたのだ。

男と肩を組むのは遠慮したい、剣は怖い、という理由で毎週、目の回りに青あざを作ることになったのは、今となっては楽しい記憶だ。

 

「そうであれば話が早い。戦略とは、自分に応援の多いボクシングの会場を選ぶこと、戦術とは自分の得意なパンチをいかす戦い方を選ぶこと、と言っても良いでしょう。

 

ですが、そもそも得意なパンチがなければ作戦の立てようがありません。その中心となる概念がドクトリンです。自分の長所や短所を十分に考慮し、どういう戦い方をするか決めて、その戦いかたができるように装備を整え、人材を育成し、地道に訓練していく。それが戦闘ドクトリンです。

 

ジオン軍は、モビルスーツを生かした戦術を実現できるよう10年にわたって戦闘ドクトリンを磨きあげてきたのです」

 

「なるほど・・・だんだんわかってきました」

 

「モビルスーツは、言うなればインファイトの得意なボクサーのような武器です。相手の体格がいかに大きく、リーチが長くとも懐に潜り込んでしまえば手が出せません。相手が何人いても同じです。インファイトは1対1でしかできませんから。

インファイトで相手を倒す。倒したら次の相手と戦う。そうやってジオン軍は戦ったのです」

 

官僚はシミュレーション映像を壁に映し出した。

 

「ちょっと例え話が多かったですね。図で説明しましょう。通常の宇宙空間の艦隊戦は、およそ数十キロの距離でビームやミサイルを撃ち合うことになります。この場合、武器の射程距離と砲の数、FCSの正確さで勝負が決まります。

 

艦艇の数が多ければ砲の数が増えます。艦隊陣形が有利であれば戦闘に参加できる砲の数が増えます。射程距離が長いと戦闘に参加できる砲の数が増えて艦隊陣形の自由度が上がります。距離が近づけば砲の命中精度があがります。

 

ですから、単純な確率の問題なんです。戦闘に参加できる砲を増やす。そのためだけにジオンも連邦も戦略、戦術、装備の更新を行ってきたと言っても過言ではありません」

 

「なるほど」

 

「ですから、我がジオンでは戦闘のルールを変えることにしました」

 

「インファイトの例えですね」

 

「そうです。それがミノフスキー粒子散布とモビルスーツを利用した戦術です」

 

画面に映る艦隊に薄いもやがかかる。

 

「ミノフスキー粒子を散布することにより、長距離砲撃はかなりの程度無力化できます。長距離ビームは粒子の電荷で屈曲されるので正確性が大きく下がりますし、粒子の電波撹乱の性質のため誘導ミサイルの類は長距離からではほぼ当たらなくなります。戦闘は有視界戦闘の大昔へと逆戻りすることになったのです。

 

旧世紀の昔、大砲が発明される前の人類がどのように艦隊同士の戦争を行っていたかご存じですか?」

 

「いや。歴史はあまり・・・弓矢で撃ち合ってもいたんですか?」

 

「いえいえ。船に乗り込んだのです。船を接舷させて、無理矢理に。モビルスーツも似たような戦術をとります。長距離砲撃を無力化したあとは、戦艦にゼロ距離戦闘を挑むのです。

今の連邦艦艇に装備されている近距離火器にモビルスーツを破壊できるだけの火力を持つ装備はありませんから、張り付いてしまえば一方的に攻撃できる理屈です。

通常は2機から3機で1隻の艦にあたります。そこで沈めることができれば、また次の艦を相手にします。いわば艦隊同士の集団戦闘を、1対多の個人戦を繰り返す形へと、戦争のルールを変えたわけです。この場合の多数はモビルスーツになります」

 

「これは・・・ジオン軍が勝つわけです」

 

「ええ。勝ちました。想定通りです」

 

額の広い官僚はごく当たり前の数式を証明した学者のように答えた。




昼頃に投稿したかったのですが遅れました・・・感想、お待ちしております

ちょっと花粉がすごすぎて執筆HPが残っていないので、月曜日更新はパスします
火曜日には更新します

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