「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート   作:ダイスケ@異世界コンサル(株)

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別角度からの、成果の話です


第16話 リターン・オン・インベストメント

「作戦を練り直そう。金から迫るのは無理だ」

 

食事を終えてホテルの会議室に戻ると、アランは書類を投げ出した。

 

秘書は動じることなく「コーヒーを淹れましょうか」と席をたつ。

丁寧な口調とは裏腹にだんだんとマリーの態度がぞんざいになってきている気がする。

 

おまけに陶器のカップを並べつつ遠回しに非難がましいことまで言うのだ。

 

「思ったよりも諦めがいいんですね。発見と実りの多いアプローチだったと思いますが」

 

財政院への訪問は、たしかに短時間で成果があがった。

ごく短時間のヒアリングでジオン公国の組織統制上の問題や、財政に絡む会計制度の歪みなどが見えた。

ジオンの国体の問題を発見できた、という観点からは有益なアプローチであったかもしれない。

 

「別にザビ家やジオン公国の不備を暴きたいわけじゃないからね。そういうのは愛国者やジャーナリストに任せるよ」

 

コーヒーを啜りつつ、アランは今後の関与を拒否する姿勢を明確にした。

これ以上に深く関わると、ザビ家、もっと言えばギレン=ザビの権限と管理手法への疑義を挟むことになる。

どう考えても総帥のスパイである秘書を前にして、今や人類で最も権勢を誇る独裁者のお膝元で楯突くと誤解される行為は避けるべきだった。

 

「そんな寄り道をしている暇はないんだ」

 

アランはジオン公国を建て直す志に燃える愛国者ではない。

戦争で地球と引き離された婚約者に会いたいだけの、普通の男なのだから。

 

「民間なら、金銭を追っかければ何とかなるんだけどなあ」

 

アランのぼやきを、マリーが励ますように話題を変えた。

 

「アラン様は地球ではどのようなお仕事を?」

 

「知ってるんでしょ?」

 

「いえ・・・」

 

どうせ事前調査資料などで知っているに決まっているが、秘書は言葉を濁した。

 

「まあいいか。主な業務は投資アドバイザーだね。会社の財務データを分析したり、技術の将来性を見て投資の有無を判断するんだ」

 

「今のお仕事と似ていますね」

 

「ぜんぜん違う・・・」

 

と、細かな金融上の分類を説明しかけてアランはやめた。

門外漢から見れば、たしかに似たように見えるかもしれない。

 

「いっそ、同じものだと考えてみるか」

 

椅子の背もたれに身を預けつつ、アランは一人ごちた。

 

迷った時は、基本に立ち返る。

難しい問題は小分けにして一つ一つ解決する。

アランが地球の金融機関にいたときは、そうして鍛えられたものだ。

もっとも、その上司はアランをジオン公国に売り飛ばしたわけだが。

 

アランは嫌な記憶を頭を振り払って追いやると、立ち上がった。

 

「次期主力モビルスーツの選定を、投資計画の比較だと考えてみようか」

 

対象が兵器であっても、プロジェクト投資には違いない。慣れた思考方法をたどれば、なにか有益な結論が導けるかもしれない。

 

「投資といっても、利益は発生しませんよね」

 

マリーの疑問に、アランは別の方向から答えた。

 

「だめな投資は金銭だけを見る。良い投資は技術とビジネス、それと経営者を見る、と偉い人が言っていた、と大学院で読んだ教科書には書いてあったな」

 

「良い言葉、ですよね?」

 

アランの遠回しな表現にマリーは小首をかしげた。

 

「まあね。でも四半期毎の利益で評価される世界で、そんな悠長なことを言う奴はいなかったけどね。綺麗事だよ。ただ、この際は基本に帰って綺麗事で考えてみようじゃないか」

 

「小官で力になれれば良いのですが」

 

「大丈夫さ。それに軍人のものの見方を知りたいんだ。マリーにはぜひ参加してもらうよ」

 

アランはスーツの上着を脱ぐと、スマートボードの前でペンを握った。

 

「そもそも、ジオン軍にとって次期主力モビルスーツを開発することによるリターンってなんだろう?」

 

「それは簡単ですね。戦争の勝利です」とマリーが答える。

 

「でも、戦争は勝ったじゃないか」

 

「いえ。まだ終戦条約を結んだわけではありません。最後まで油断は禁物です」

 

「用心深いね」

 

「当然です。連邦の国力は圧倒的です。狡猾なアースノイドは、最後まで何をしてくるかわかりません。コロニーへ核兵器や化学兵器で攻撃などをしかけてくるかもしれません」

 

「いやあ・・・それはないんじゃないかなあ」

 

コロニーのような閉鎖系で隔壁に穴があきかねない核攻撃や、住民全員を無差別に殺戮する化学兵器による攻撃など、実際に起きれば有史以来の大虐殺になるだろう。

いくら戦争といっても、人類が絶滅しかねない行為を想定するのは軍人だからといって考えすぎではないか。

 

それだけスペースノイドのアースノイド不信が強い、ということだろう。アースノイドの知人が多いアランにとっては、なかなか耳の痛い意見だった。

とりあえずアランは議論を先に進めた。

 

「これまでの報道が事実なら、連邦政府だって交渉のテーブルにつくし、実質的な降伏の準備をしてるさ。さて、勝利が決定的になったあとでの次期主力モビルスーツの役割って何だろうね」

 

「抑止力です。二度と連邦軍が挑んで来ないようにするための」

 

「スマートな回答だね」

 

再びのマリーの回答を受けて、アランはスマートボードに記した。

 

次期主力モビルスーツに求められる仕事

・抑止力

 

「抑止力って何だろうね」

 

「戦えば負ける、と敵に思わせて戦闘を躊躇させるちからです」

 

「すごいね、マリーは先生が務まるよ」

 

「士官学校で学ぶ基礎の基礎です」

 

アランが大袈裟に誉めてみせると、マリーはわずかに胸を張った。

 

「ここでスタートに戻るわけだな。どうやれば敵に負けると思わせられるか。つまりは、どのように相手を負かしたか。我々はあまりに戦争の実態を知らない」

 

どうやってジオン軍は数に勝る連邦軍に勝つことができたのか。

モビルスーツは、戦闘でどのような役割を果たしたのか。

どのように巨大な戦艦を沈めることができたのか。

 

「では、どうなさいますか?」

 

秘書の問いに、アランは答えた。

 

「戦争を教わりに行くとしようか。できるだけ詳しい人がいいな」




明日も更新します。

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