「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート 作:ダイスケ@異世界コンサル(株)
翌日、またしてもアランは書類の紙束を机に放り投げた。
「やっぱりわからん」
「またですか。今度は何がわからないんですか?」
3回目ともなれば、だんだんと秘書の呆れ声もトーンが上がってくる。
もう3回も放り投げれば腰の拳銃を引き抜いてこちらを撃ちそうな剣呑さを感じさせる。
「そうだなあ。ほとんど全部、かな」
しかし、アランは気にしない。
解らないのに解った振りをしていると最後に痛い目をみる。
寄宿舎学校時代の数学の試験と同じだ。
「では昨日の面談は無駄でしたか」
「いやいや、有益だったとも。そして何もわかっていないということがわかった」
「それじゃあ、わかったことは何もないんですか?」
「そういうアプローチはいいね。ちょっと整理してみるか」
アランは立ち上がると、事務室の壁に設置されたスマートボードにまとめを書き始めた。
ジオニック社提案
・モビルスーツは建設機械
・頑丈で生存性重視
・ザクで実戦の実績あり
ツィマッド社提案
・モビルスーツはロケット
・機動力重視
・新規機種開発中で実戦投入間近
「以上、これだけだよ?これで決めたらコインを投げて決めるのと変わらんでしょう」
「いろいろと性能諸元のデータに抜けがありますが」
「そんなの信用できない。いや、言い過ぎか。書類の数値が盛ってあるのか事実なのか、今の私の能力では判断できない」
元より兵器開発には非常に多くの要素が絡むため、その選定を、ただの素人が1日や2日の聞き取りで判断できるような内容のものではない。
「では、どうします?」
「そうだな・・・ちょっと昨日来た人達の名簿を見せて」
「こちらです」
マリーが示したリストには、先日ホテルのロビーに押し寄せた軍人と官僚の名簿が写真入りで作成されていた。
各人のプロフィールと詳細な経歴、家族構成までが書かれているのを見て、さすがにアランも苦笑をうかべる。
「怖いね、監視カメラと顔認識ソフトって」
「この程度の備えは当然です。彼らが迂闊なんです」
集団で脅しに来たつもりが、脅される材料を提供する結果になったわけだ。
これを自業自得と言わずになんというべきか。
「さて・・・それじゃあ外出しようか!ホテル住まいも飽きて来たしね」
アランがスーツの上着を手に取ると、マリーが訊ねた。
「護衛の兵士が同行するなら構いませんが・・・どちらへ?」
「そりゃあもちろん、専門家にレクチャーを受けにいくのさ!」
「・・・はあ?」
◇ ◇ ◇ ◇
ジオン公国の実務上の行政の中心は、行政府と内閣にあり、その下の各局にある。
そして行政府の建物は官公庁が密集したブロックの中でも、中心地近くに存在する。
アランとマリーは、その行政府のビルの7Fの冷たい廊下に設けられた来客用のソファーに腰かけていた。
「待たされますね」
「直前のアポだからね。慌ててるんじゃないかな。あるいは単に先日の件で意趣返しをされているとか」
「わかってはいるんですね」
「まあね、それにしても静かだね。官公庁というのは、もう少し官僚や公務員で溢れているものかと思ってた」
待たされて30分ほどになるが、廊下はしんと静まり返り歩く人影を見かけない。
「・・・地球連邦政府とは事情が違います。それに戦争中ですから」
肥大化した連邦の官僚組織を遠回しに皮肉られてーーしかも、その給与はスペースノイド達に対する税金から出ているのだーーアランは肩を竦めた。
たしかにギレン総帥は、組織に余分や怠惰を許さないであろうし、連邦と比較してジオンは国家の規模が小さく運営費用が少ないということもあるだろう。
だが、それらの要素を考慮しても、やはり人が少ないようにアランには感じられた。
ジオンの勝利も、国力を傾けた結果の薄氷の勝利だった、ということだろううか。
独裁者はスペースノイド全員の命と財産を賭けて博打に挑み、結果として勝利したわけだ。
ジーク・ジオン。スペースノイドの独立万歳。
「ところで、なぜこの部署を選んだんです?」
「まあ、よく言うだろう?金から始めよ、って」
廊下に張られた部署看板には「ジオン公国行政府財政院」と刻まれていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「お待たせしました、アラン様」
ようやく案内されたのは、それからさらに15分が過ぎてからだった。
ザビ家の係累に対する対応としては、信じられないほどの欠礼であるとも言える。
だというのに握手しながら、アランは殊更にこやかに対応した。
「いえいえ。先日はどうも連絡にミスがありましたようで。本日はレクチャーいただければとうかがいました。なにせ、全く門外漢の素人ですから」
やはり自分が指名されたのは偶然ではなかったのだ、と悟った相手の官僚の頬がわずかにひきつったのを見て、アランは僅かに溜飲を下げる。
「ところで、本日はどのようなご用件で」
「ちょっと教えていただきたいことがありまして」
「なんでしょう。私どもで答えられることであれば、喜んで答えさせていただきます」
教えると見せかけて大量の情報に重要な事実を隠したり、都合の良い情報を提供して操るのは官僚の得意技だ。
自分の得意な領域での勝負になったことで、官僚がほっとしたところに、アランは爆弾を投げ込んだ。
「実はですね、ザクの製造には幾らかかったのか、正確な金額を教えてほしいのです」
官僚の顔がひきつった笑みで固まるのは、少しばかり愉快な光景だった。
平日なので1話更新。感想、お待ちしております