「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート 作:ダイスケ@異世界コンサル(株)
ジオニック社に続き、ツィマッド社にも面談を行った、
自分以外の人間がどう感じたのか知りたくなったアランは、秘書に印象を聞いてみた。
「ツィマッド社の人はどう思った?あの人・・・ドクター・トビアスさん」
「ドクター、をいちいちつけるんですよね。何だか変わった人でした。学者さんみたいな感じで」
マリーの印象に、アランは同意した。
「たしかに。ミスター・ジオニックとは、ずいぶん雰囲気が違ったね。我々は根本から問題を解決します、だっけ?いきなり自己紹介で言うものだから、ちょっと面食らったよ」
◇ ◇ ◇
「我々、ツィマッド社は根本から問題を解決します」
「はい?」
ドクター・トビアスと名乗った痩せたグレーのスーツの男性は、挨拶もそこそこに自説を切り出した。
「モビルスーツのコンセプトは、常に更新されなければなりません。現在のザクでは、すでに次代の技術革新に乗り遅れているのです」
握手をしたまま、ずずいと近づいてくるドクター・ツィマッドにのけぞりたくなるのをアランは我慢して訊ねた。
「と、言いますと?ドクター・トビアスはモビルスーツとは何だとお考えですか?」
「モビルスーツとは、高度な推進力を備えた宇宙船です」というのが、ドクター・トビアスの答えだった。
「巨大な建設機械だ」と言い切るジオニック社とは、まるで違った回答である。
同じ目的の機械を作っているのに、こうもアプローチが異なるものか。興味深い。
ドクターの説明、というより講義は続いた。
「旧世紀の昔より、優れた兵器とは、攻撃力・防御力・機動力のバランスがとれているものです。ですが、現在の兵器開発において、それが崩れた状態にあることはご理解いただけると思います」
別にご理解はしていないが、話の腰を折らないためにアランは「ええ」と形だけ頷いておいた。
この手のタイプは気持ちよく話してもらった方が良い情報が引き出せる。
「攻撃力については、モビルスーツは手持ち武器の交換が可能です。ですから兵器部門では、別途大口径の砲を開発中であります。完成の暁には、戦艦を沈める際のパイロットのリスクが32%低減するとの試算がでています。
防御力については、素材開発の技術レベルに依存する部分も大きく、現在、一般的に使用されている超硬スチール素材を価格や量産性で越える素材を作り出すことは、一朝一夕に解決できる問題ではありません。小型宇宙挺の小型ミサイルやデブリ程度までならば超硬スチールで防御が可能ですから、それで十分だという意見もあります。
ですが宇宙用の核ミサイル、それに戦艦のビーム兵器については、モビルスーツの装甲で受け止めることは不可能でしょう。つまり、今後のモビルスーツ開発は、いかに機動力を増すか。その一転に絞られるものとツィマッド社では考えております」
「モビルスーツには高度な推進力が必要だ、というのが結論ということですか」
「まさに、おっしゃる通りです」
最初に言われた内容をおうむ返しにしただけだったが、ドクター・ツィマッドはそれを理解したものと見たらしい。
「しかしですね、正直なところジオニック社と比較してツィマッド社のコンセプト案が劇的に推進力が大きいようには見えないのですが」
資料をめくりながら尋ねると、ドクター・トビアスは一部を手交し、一部を否定した。
「単純な数字上では、そう見えるかもしれませんな。よーいどんで直進するだけなら、そういうこともあるかもしれません」
「では、別の要素があると?」
「そうです。それは機動力の定義によります。戦闘とは推進機を目一杯吹かす競争ではありません。ツィマッド社の研究では、AMBACを効果的に用いて機動性を高めることで、推進剤の消耗を十二パーセント削減することができます。つまりは、継戦時間が延びます。
モビルスーツは核融合動力を持つことで駆動時間については無限に近い時間を持つようになった、と一部では言われております。ですが、推進剤についてはそうではありません。モビルスーツに積むことのできる推進剤の量は限られています。
例えばですね。無重力で人が浮いている状態を想像してください。ボールを投げると反動で投げたのと反対に移動できますよね。もしも勢いよくボールを投げれば、ずっと速く移動できます。もしも投げるボールが重ければ、さらに速く移動できます。単純な原理です。
推進剤をできるだけ高効率に燃焼させ、高い推進力を、できるだけ長い時間持続させる。それがモビルスーツの機動性と兵器としての価値を保証するのです。とまったモビルスーツは、射的の的です。ツィマッド社は、熟練した兵士を鉄の棺桶に載せるわけにはいかないのです」
理屈はわかる。だが、理屈だけならなんとでも言える。
ジオニック社との比較で、意地悪かもしれないが実戦経験の不在についても尋ねてみる。
「ええと、実戦のデータはないのですね」
「残念ながら。しかし近日中に何らかの形でお見せできるものと思います」
「それは初耳です」そんな情報は聞いていない。
「私もチームが違うので詳細は知らないのですが、何かの新型開発のプロジェクトが社内で走っているようです」
事実だった。別のモビルスーツが作られている?さらに実戦を経験する予定?ではいったい、この茶番は何のために行っているのか。
ドクターの情報に、頭から冷や水をかけられた気分を味わった。
次期主力モビルスーツ選定計画とは別に、他のモビルスーツ開発プロジェクトも動いている。
考えてみれば当たり前だ。あの大天才の独裁者が、己の王国であるジオン公国の命運を部外者である自分一人に賭けるはずもないのだ。
リスクに備えて他の手をうっておくのが当然ではないか。
ビクトリアを早期に探したい、という気持ちが強すぎて視野が狭まっていたらしい。
自分の立場を客観視する必要がある。
でなければ早晩、失脚する。失脚とは、すなわち死だ。
キシリア、ドズルの派閥と対立したとして、必ずギレン総帥に庇ってもらえるもわけではない、ということを肝に命じなければならない。
あの男にとって、あくまでも自分は盤上のヒト駒に過ぎないのだ。
だが一方で奇妙なことに、少しだけ肩の荷が降りた気がしたのも事実だ。
自分は独裁者に向かないな、とアランは自嘲した。
花粉で目がしぱしぱするので、本日はここまで!
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