「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート   作:ダイスケ@異世界コンサル(株)

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営業マンの口上書くの楽しいです


第10話 ジオニック社

数時間の後、アランは分厚い紙束を机にばさりと放り投げた。

 

「さっぱりわからん」

 

「またそれですか」

 

マリーが冷たく応じる。

 

「ずいぶんと熱心に質問していたじゃないですか」

 

「まあね。素人だから遠慮していたら仕事にならない」

 

「それに、ヒアリングは随分と手慣れているご様子でした」

 

「仕事柄、ね」

 

秘書がアースノイド用に淹れてくれたコーヒーをすする。

 

「ジオニック社のシュミットさんだっけ?あの人、面白い人だったね」

 

「頼り甲斐のありそうな感じの人でしたね」

 

この「ものすごく頼り甲斐のありそうな秘書」から”頼り甲斐”などという普通の女性らしい言葉が出るのは違和感がある。が、なんとなく嫌な予感がしてアランは軽口を避けた。

 

とにかく、ミスター・ジオニック社の話は面白かった。

 

「モビルスーツっていうのは、デカイ宇宙用の建機なんです。民生用品では作る。軍用品は壊す。結果は違いますが、原理は同じです」

 

アランが「モビルスーツとはなにか?」と質問したときのシュミット氏の答えが、それだった。

シュミット氏は続けた。

 

「宇宙用の建機の必須条件ってなにかご存じですか?」

 

「さあ?パワーとか?」

 

「いえいえ。作業員を事故から守り、どんな条件でも生きて返すこと、ですよ」

 

サバイバビリティとかロバストとか言いますが専門用語はどうでもいいんです、と続ける姿勢にも好感が持てた。

とかく専門家というのは小難しい言葉で素人を煙に巻こうとするものだが、シュミット氏にはそうした姿勢は皆無だった。

 

「そもそも、モビルスーツの分厚い装甲と頑丈なフレームはデブリ対策なんです。アランさんは、小惑星採掘の現場をご存じですか?」

 

「いや、ないなあ」どうせリサーチも済んでいるだろうから、アランは正直に答える。

 

「サイド3の発展は、小惑星で採掘した資源を各サイドの建設資材へと輸出したことに始まります。最近でこそサイドのコロニー建設需要は一段落しましたが、採掘の現場というのは、そりゃあ過酷なもんです。空気がない。光がない。そしていちばん怖いのは、重力がないことです。ええと・・・余計な話をしているでしょうか?」

 

「いや、ものすごく興味深いよ。続けて」

 

実際、宇宙生まれであっても地球の温室育ちであったアランにとって、宇宙の現場の話は興味を惹かれる内容だった。

 

「はい。それで重力がないとですね、削った岩塊が舞い上がるんです。削られた破片も高速で飛び散りますから宇宙服なんかを銃弾みたいに切り裂くんですが、小惑星では、でかい方の塊が動くんです。そして、そのまま落ちてこない。

 

小惑星資源の採掘方式もいろいろあるんですが、一番効率がいいのは、直径が数キロ、時には数十キロの岩を堀り抜いて、中に部屋を作りながら進めていくんです。宇宙線が防げるということもありますが、結局、人が目で確かめながらやるのが早いですからね。

 

ところが、部屋の岩の結合が緩かったりして、ゆっくりと動き出すことがあるんです。1秒に数センチとか、ごくゆっくりとね。現場は空気がないですから、音もしない。何十トン、何百トンもある塊が無音でゆっくりと動き続けて、気がついた時には作業員や作業機械を押し潰してる、なんてことが何度もありました。

 

うちの親父も、それで死にましてね。自分がジオニックで人の死なない機械を作ってやろう、と思ったわけです」

 

「それは・・・お気の毒に。すると兵器開発には疑問があるのかい?」

 

「とんでもない!うちの親父が死んだのは、連邦の連中が我々スペースノイドに無茶苦茶な税金をかけて、安全管理の予算を削り、人件費を削ったせいですよ!

親父は安い賃金で無理をして、危ない現場で殺されたんです。

連邦の連中に殺されたようなものですよ!スペースノイド独立を勝ち取るため、ジオニックはいいものを作ります!お約束しますよ!」

 

営業の基本は、まず自分を売り、会社を売り、最終的に製品を売るという言葉通りの、魅力的なプレゼンであり、魅力的な人物だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「いやね、すごい説得力だったよ。もし家を買うなら、シュミット氏から買うだろうね」

 

「そんな感じでしたね。お止めしようか、少し迷いました」

 

「信用がないなあ・・・いや、それでも一対一であれだけの説得力があるんだから、ロビーにいた怖い人達が集団でかかってきたら、たしかに説得されるよね」

 

「ジオニックには実績もありますから」

 

「そこだよね。コンバットぷる・・・なんだっけ」

 

「コンバットプルーフ」

 

「そうそれ。実戦での実績」

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「ジオニックには実績があります。それも実際の戦争での実績です。これに勝る証明はないのではないでしょうか?失礼ですがアランさんは、今回の戦役でジオニックのモビルスーツ、ザクが果たした役割はご存じでしょうか?」

 

「数字では知っているけれど、パイロットの戦闘詳報はまだ届いていないんだ」

 

軍隊では、戦闘の後にパイロットの証言の聞き取りや各種のセンサー記録から、戦闘詳報という記録が作られる。

戦闘で起きた事実を分析することで、パイロットの技能や戦果を分析したり、戦訓を引き出すためだ。

戦訓は戦闘ドクトリンという戦争そのもののやり方の開発や、新兵器の開発にいかされる。

 

その意味では、戦闘詳報は次期主力モビルスーツの選定に従事するアランに真っ先に届けられるべき性質の情報であったが、未だに届いていない。

戦闘の分析に時間がかかっているのか、あるいは単に疎まれてサポタージュを受けているのか。

アランとしては、後者ではないか、と睨んでいる。

派閥ごっこが好きで陰湿な官僚や軍人のやりそうなことだ。

 

「極秘ですが、こちらに戦闘のデータがあります。圧倒的ですよ!ジオニックのザクは!なにしろ熟練者の手にかかれば戦艦を一機で撃破することも可能だったのですから!」

 

シュミット氏から渡された紙の束をめくりながらアランはかねてからの疑問をぶつけてみた。

 

「それは映像放送でも見たが、本当なのかい?なかには一機で戦艦を5隻も沈めた、なんとかの彗星とかいう若いエースがいるとか・・・正直、信じられなくてね」

 

「赤い彗星、ですね。彼の戦果についてはレポートの中でも疑問視する声はありました。ですが機体の映像記録からマゼラン級宇宙戦艦4隻、サラミス級宇宙巡洋艦1隻の撃沈が確認できました。設計しておいてなんですが、いや信じがたい戦果です」

 

「ふうん。普通のパイロットでも、そんな芸当ができるの?」

 

「ジオニック社の開発部門の戦闘力シミュレーターでは、理想的な戦場を整えた上であれば、ザク3機はサラミス級巡洋艦2隻に匹敵するもの、と試算しています」

 

それはすごい、と返そうとしてアランは聞き咎めた。

 

「理想的な戦場?」

 

「そうです。撹乱兵器であるミノフスキー粒子の空間濃度が75%を越える状態、ということですね」

 

また、聞きなれない言葉が出てきた。

「ミノフスキー粒子・・・ええと、たしか資料にありましたね。静止質量がゼロの電荷を持つ粒子で核融合炉の小型化、封じ込めに資する・・・でしたっけ?ちょっと数式やグラフばかりでよくわからなかったんですが」

 

アランは、机の上に山になった紙の束の一つに、ミノフスキー博士という人が提唱した理論がのっていたことは記憶していた。

 

「ザクの核融合炉は、正式にはミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉といいます。たしかに奇妙な振る舞いを見せる粒子です。大統一理論に目処をつけたとか言われています。私も現場の人間なんで工学はともかく理学方面はあまり強くなくて・・・ですがミノフスキー物理学のお陰で熱核反応による放射能の封じ込めと画期的な小型化が実現したのです」

 

シュミット氏は、アランの疑問にもっともだ、と頷いてから付け加えた

 

「ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉では電力を取り出す副産物としてミノフスキー粒子が発生します。ミノフスキー粒子には、ある種の電波撹乱を起こす性質がありますから、今回の戦役では軍部が撹乱兵器として使用したようです。詳細はジオニック社にもわかりません。ただ、事実としてザクの被弾率は事前のシミュレーションよりもかなり低く抑えられました。今回の勝利の影の立役者、と言ってもいいかもしれません」

 

「そんな都合の良い粒子があるものでしょうか?」

 

核融合炉の制御に使うことができて、電波撹乱にも使える。

それも兵器としてばら蒔けるほど大量に生成できる。

少し都合が良すぎる性質のようにアランには思えた。

 

「実際、存在するのですから仕方ありません。ジオニック社としても、モビルスーツを用いた戦闘を考案されたドズル閣下を信じて開発に邁進した、という面も強いのです」

 

「ああ、そういうザビ家とかドズル閣下の名前を出してもダメですよ。逆効果です。一応、自分も末席ですがザビの係累ではありますし、今回の選定は総帥に直接報告する事業ですから」

 

少し気分を害してみせると、シュミット氏は慌てた。

 

「ああいえ、そう意図はありませんでした。申し訳ありません。ただ、ジオニック社としてはドズル閣下と共に、まだ海のものとも山のものとも知れない作業機械に過ぎなかった時代から、たいへんにお力添えをいただきました。

 

文字通り現場で二人三脚で開発してきたモビルスーツが、今回の戦役でドズル閣下とジオン公国勝利のために決定的な仕事ができたこと、上は社長から下は現場でネジをしめる一工員に至るまで誇りに思っております」

 

深々と頭を下げるシュミット氏に、アランは追求の言葉を失った。

 

アランにとって、全体主義で独裁国家のジオン公国が勝てようが負けようがどうでもよかった。

ビクトリアのためにはジオン軍などさっさと負けてもらって地球に帰りたい、とすら思っていたのだ。

 

だが、そんな身勝手なことを目の前の誇り高いシュミット氏に面と向かっては言うことはできない。

ジオン公国にも己の仕事に誇りを持ち、自分の義務を果たさんと努力する大勢の人間がいる。

 

アランは自分の葛藤を飲み込むことしかできなかった。




今日中にツィマッド社までいきたい

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