次話は今月中に投稿が叶えば幸いですが、もしかしたら年を跨いでしまうかもしれません。ご了承いただければと思います。
「退いて良かったのですか? サソリは、組織の情報をあっさりと渡しますよ?」
砂隠れの里から遠く離れた森の中。鬼鮫は腕を組み、背を木に預けながら呟いた。話しかけているのは、同じ組織に所属する白ゼツと黒ゼツである。彼らはいつものように地面から生えて現れてはいたが、鬼鮫からは少しだけ距離を取っていた。
というのも、笑顔を浮かべている鬼鮫だが、その瞳には怒りが浮かんでいたからだ。同じ組織の者に向けるべき視線ではなかった。
同時に、白ゼツと黒ゼツは静かに思う。
此処まで怒りを滲ませる鬼鮫も珍しかった。
彼には獰猛なまでの才能がある。組織で最もタフネスであり、チャクラの量も多く、そして何よりも扱う水遁はどれも規格外のレベルだ。術の巨大さという面では、組織一と言っても過言ではない。
しかし、その莫大な力を律し繊細にコントロール出来る、身体の巨大さには不釣り合いな紳士的な面があるのも、組織で唯一と言ってもいいかもしれない。
冷静で空虚。
そんな彼のイメージから遠く離れてしまっている。白ゼツと黒ゼツが鬼鮫から離れているのは、それが大きかった。
「サソリノ裏切リハ見過ゴセナイ。ダガ、人柱力ガ健在ナラバ、無理ヲシテアノ場ニ残ルノハ危険ダ」
黒ゼツが語ると、白ゼツは少しだけ怯えた笑顔を浮かべながら、軽薄に続ける。
「最初からサソリは、自分を引き渡すつもりだったみたいだね。あわよくばデイダラを捕らえて、一緒にという算段だったのかもね」
「それがどうしたのです?」
鬼鮫は肩を上下させた。
「現にこちらは、デイダラは死に、人柱力も確保できていない。サソリの思惑通りに進んでしまっている。必ずサソリの情報は、五影会談で出され共有される。尾獣回収は諦めるという事ですか?」
サソリの捕縛はそのまま【暁】の目的の露呈を意味している。
尾獣を集めていると分かれば、疎遠だった五大里は連携する。1つの里の尾獣が奪われるという事は、自分が保有する尾獣も奪われることの証左になるからだ。
ただでさえ、尾獣は半数も確保できていない。粒揃いの【暁】とはいえ、五大里を相手に継続的な活動は不可能だ。
「今後、暁ノ活動ハ大キク方向転換ヲスル」
「方向転換?」
「尾獣ノ回収ハ変ワラナイ。ダガ、手段ヲ変エル」
「ほう?」
「暁ハ──」
「ブハァッ!」
と。
二人の間に。
デイダラが土から這い出てきた。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
急激に、間の抜けた空気が、鬼鮫と白ゼツ、黒ゼツの間に流れた。デイダラは必死に地面の下を潜り抜けてきたからか、長い黄色の髪を頭ごとブンブンと左右に振り土埃を振り払うのに必死だった。
「白ゼツ、黒ゼツ。貴方に兄弟がいたとは知りませんでしたよ」
「バレた?」
「違ウ」
と、白ゼツは笑い、黒ゼツは淡々と応えた。
「よく生きていましたね、デイダラ。驚きですよ。華々しく死んだと思っていたのですがねえ」
鬼鮫が呆れ半分、可笑しさ半分と言った具合に口角を吊り上げているのを、デイダラは不愉快そうに見上げた。
「五月蝿えッ! お前のせいで、砂ん中で溺れかけたんだぞッ! うん」
「貴方が地面の下に潜るなんて想像、組織の誰が想像できます?」
「白ゼツ、黒ゼツ、オレの腕を取ってこい、うん」
両腕が無い状態でもなんとか地面から出てくると、デイダラは「それで?」と呟いた。
「何の話をしてたんだ?」
「国盗リノ話ダ」
毅然として呟いた黒ゼツの後に、白ゼツがニヤリと笑った。
☆ ☆ ☆
テマリは焦りを禁じ得なかった。
木ノ葉隠れの里で行われる中忍選抜試験の協力者として、砂隠れの里から出向という形で訪れていた彼女は、半ば軽い観光気分であった。特に、料理という部分では木ノ葉隠れの里は明確に砂隠れの里よりも秀でている。
役得などと考え、我愛羅やカンクロウ、それに部下たちにも軽い土産を持って帰ってもバチはあたらないだろうと考えていた時、フウという少女から急報が届けられた。
砂隠れの里が襲撃を受けている。
耳を疑った。
信じられない、という感情の揺れよりも、何を言っているんだコイツは、という軽い怒りが出ていた。全く知らない赤の他人から自分が危険だと言われる。不愉快だった。
だが、遅れて姿を現した、はたけカカシ、うちはサスケ、春野サクラらの説明で、彼女の語った事が事実であると分かった。
「フウさん。フウさんの力で、私達を運ぶことって出来ないんですか? それの方が、速いと思うのですが……」
カカシ、サスケ、フウ、サクラ、そしてテマリは砂隠れの里に向かってひた走っていた。テマリを先頭に、道案内をしてもらっている状態である。
最後尾のサクラは、縦列に走る隊のちょうど中央にいるフウに声を掛けた。人柱力という特異な背景を持つと同時に、メンバーの中で最も瞬発力に長けた彼女がメンバーの中央にいるように指示したのは、カカシである。
フウは前を向きながら応えた。
「確かに、フウと重明なら一気に運ぶ事は出来るっす。だけど、今は無理っす」
「何故だ?」
尋ねたのはサスケである。
「それは……えーっとっすねえ」
「フウの力は、おいそれと外に出す訳にはいかない」
代わりに応えたのは、カカシだった。
「フウの力は大き過ぎる。火影様の情報通りなら、砂隠れの里の風影が危険に晒されているという事だ。他の国からすれば、値千金の状況だろう。風影が狙われている事は分からずとも、同盟里の木ノ葉が砂隠れの里に向かったという情報を出す訳にはいかない」
「だけど、ここから3日も掛かるわけでしょ? それだったら……」
そこで、サクラの言葉は途切れ、静かに背中に伝わってくる躊躇いをテマリは感じていた。
「いい、気にするな」
連続する木を蹴り移動を続ける。
「我愛羅の心配はしていない。あいつの強さは折り紙付きだ」
強さ。
その言葉は、今となっては恐怖の意味は一切込められていない。
ただひたむきに人を信頼し、そして信用されるように、誠実に生きてきた。他者の死という、自分の外側だけに何かを求めるような不安定な依存性は無くなり、人間的な強さが備わった。
そして、これまでしてこなかった修行をするようになった。
自分の中にある力と向き合って、完全に制御できるように。
我愛羅の力は今や、信頼され信用される程に強く、安心を里の者に与えた。
不安は──。
「おい、フウ。今回の指示……本当に兄さんからなのか?」
「はい? 急に、どうしたんすか? そんなの、当たり前じゃないっすか。まさか、フウが会った火影様が偽物だったとでも言いたいんすか?」
「……いや、いい」
それから、三日三晩、彼らは走り続けた。
砂隠れの里に到着し、そして……。
「カンクロウッ! 話は聞いたぞッ!」
風影の執務室があると思われる建物に招かれ、出迎えてきたカンクロウを見ると、テマリは大股で彼に詰め寄った。
彼女が聞いたという話は、一度は我愛羅が連れ去られた、というものだった。しかし、我愛羅は無事に帰還し、結果として砂隠れの里には大きな被害を出すことはなく、何よりも【暁】の1人を捕縛したとのこと。
重要な機密情報ではあるが、風影の姉弟だからだろう。テマリの姿を見るや、幾人かの忍たちが状況を報告してきた。同時に、木ノ葉隠れの里の忍である疑問を持っていたが、そこはテマリからの説明があった。
そして、あらましを聞いたサスケたちはテマリに牽引される形で建物へとやってきたのだ。
カンクロウは近付いてくるテマリに両手を出すようにして、慌てて口を開いた。
「ま、まてまて! おい、テマリ! いきなりキレるってのは順序飛ばし過ぎじゃん?!」
「うるさいッ! 先代の風影と同じような事が起こる所だったんだぞッ! お前は何をしてたんだッ!」
「だから、それには事情があるんだよ! とりあえず落ち着けよ、テマリ。ああもう、面倒じゃん。我愛羅に直接事情を聞いてくれ。執務室にいるからよ。後ろの人たちの報告も必要じゃん? 後は俺が対応しておくから」
テマリは肩を小さく震わせていたが、張っていた肩を下ろして、カカシに一礼をしてから建物の奥に入っていった。テマリからの圧力から解放されて、カンクロウは「やれやれ」と頭をかいて、カカシたちに向き直った。
「悪いな、アンタら。わざわざ遠出してもらって何だが、風影は無事だ」
「いや、無事で何よりだ。道理で、里全体が落ち着いている訳だな」
木ノ葉隠れの里に比べて、単一色の強い砂隠れの里は、軽く風が横切るだけで細かい砂埃が舞い上がる。それは、サスケにとっては煩わしいものだったが、カカシの言う通り、砂隠れの里の忍たちには何てことはないようで、特に警戒も緊張した様子もなかった。むしろ、どこか浮ついているように見えるのは気のせいだろうか。
カンクロウは「とりあえず中に入るじゃん」と言い、サスケたちを建物の中へと案内した。廊下を歩きながら、サスケはとうとう、気になっていた部分を尋ねた。
「襲撃してきた相手を捕らえたという話を聞いたが、それは本当か?」
その情報は、砂隠れの里に到着した際に、テマリに対して状況報告をしてきた忍から聞いたものだ。
我愛羅が
襲撃者は、赤い雲の模様が刺繍された黒い衣を纏っていた。
それが【暁】だというのは分かっていた。
冷静な抑揚ながらも、サスケの内心は高揚していたのは、カンクロウに尋ねた事でカカシにもサクラにも、もしかしたらフウにも感じ取られていたかもしれない。
姉であるフウコを追いかける、最も考えられる限りの最短ルート。
そして、カンクロウの問いは──。
「ああ。そうだ」
肯定である。
「正確には、襲撃してきた奴らの仲間じゃん」
「会わせてくれ」
「あん?」
「そいつに会わせてくれ。今すぐ」
「いや……無理じゃん」
「どうしてだ?」
「我愛羅から止められてる。俺やテマリ、砂の忍でさえ無理」
「……どうにか出来ないのか?」
カンクロウは首を横に振るだけで何も言わなかった。
本当は、今からでも風影に赴いて願いたい所だが、そこは、サスケはストップを掛けた。彼はもう、子供じゃない。つまり、自分以外の誰かもいるという事を自覚しているという事だ。
火影は自身の兄であるイタチだ。彼もまた、フウコを追いかけている事は知っている。
ならば、彼は必ず、交渉をするはずだ。それに、当然ながら、砂隠れの里の者はまだ【暁】との関係──フウコとの関係性を知らない。強引に頼んでも、下手な邪推をされるばかりだ。
目の前に最大のチャンスがあると分かりながらも動けない。
ましてや、捕らえた【暁】の人間をどうするのか、という話がいつ行われるのかは分からない。既に砂隠れの里は情報を共有できているのか。未だ、というのならば自分が木ノ葉隠れの里に戻ってもいい。
奥歯で苦いものを噛み締めながら、歩く通路はT字に分かれた。その時だった。
「あ、ちょっといいっすか?」
フウが声をあげたのだ。彼女らしく、片手を真っ直ぐあげて。
「何だ?」
と、ちょうどT字を曲がろうとしていたカンクロウが振り返り足を止めた。
「実は、火影様から風影様へ言伝を頂いているんすよ」
「え? フウさんそんなこと頼まれていたんですか?」
サクラの疑問は当然だった。イタチからの指示の伝達と、彼女の力を風影奪還の為の戦力として来たという認識だったのだ。
フウはニカリと笑いながら「そうっすよ」と応えてみせた。
「えっと……アンタは火影様の部下ってことでいいのか?」
「はいっす。火影様の直属の部下、フウって言うっす」
「一応、確認させてもらうが、言伝の内容っていうのは?」
「明日、火影様がいらっしゃいます」
☆ ☆ ☆
イタチが砂隠れの里に到着したのは、サスケたちが到着してから翌日の事だった。
火影が他里に直接赴く。風影が狙われたという背景を考慮しても、あまりにも異例の出来事。事実、砂隠れの里の忍はざわついていた。
無事に風影が戻ってきた──サソリやチヨバアによる工作は表向きは露見していない状態である──その翌日に、火影が来る。
異例の出来事の連続。
しかし、決して悪い意味では捉えていない。数年前に犯してしまった砂隠れの里の襲撃。形式上は同盟里として、そして例年通りの中忍選抜試験を合同で開催できる間柄。そういった部分では変わりない友好関係が築けているものの、腹の奥底ではどうなのか、という部分があった。
イタチ自らが赴くことによって、木ノ葉隠れの里の意思が示された形となった。
砂隠れの里は木ノ葉隠れの里にとって重要な同盟里なのだ、と。
が。
サスケは、全く別の事を考えていた。
「風影。無事で何よりだ」
風影の執務室に足を運んだイタチは、おおらかな笑みを浮かべて、机に座す我愛羅と対面した。
「……わざわざ遠方から足を運んでもらってすまない。心配を掛けた」
執務室には、イタチと我愛羅、そしてサスケだけである。だが当然ながら、執務室の外には砂隠れの里の忍が
サスケは壁際に背を預け、イタチと我愛羅の対面を眺めていた。
特別、二人の会話に興味は無い。ただ同席しているのは、イタチとすぐに会話をする為だ。
移動中から感じていた違和。
砂隠れの里が襲撃を受けてから情報が木ノ葉隠れの里に伝わるまで速度。そして、すぐさま里から出発した迅速な行動。
全てが想定内だったのだと、言外に述べている。
おまけに【暁】の1人の捕縛に砂隠れの里は成功しているのも。
我愛羅と視線が合った。
砂漠のように無表情な彼は、すぐにイタチに視線を戻したかと思うと、尋ねた。
「火影は最初から、こうなると考えて五影会談の開催を?」
単刀直入な物言い。
同じ影同士。国、里の規模があれど、上下は存在しない。けれど、その問いはあまりにも強気であった。迂遠であるが、言葉を変えれば【こちらが襲われるのを知った上で、こうして目の前に立っているのか?】という事になる。
サスケも、それは考えていた。
砂隠れの里から見れば、迅速に行動した木ノ葉隠れの里と映るかもしれないが、あまりにも、速すぎる動きだ。
忍が走リ続けて3日かかる距離。その距離がまるで無かったかのように、情報は伝達された。まるで想定されていたかのような、迅速にも過ぎた速さだ。
「……全てではない、とだけ」
「それはどこまで?」
「応えられない。続きは、五影会談で話そうと考えている」
「………………」
嫌な沈黙が、訪れる。
我愛羅の表情は変わらない。だが、空気が乾いてきたように感じる。
「なら、別の事を尋ねよう」
「何だ?」
「猿飛イロミ、そしてうずまきナルトについてだ」
我愛羅は続ける。
「何故、あの二人を里の外に出した」
「……二人が望んだ事だ」
「本人が望めば、何をしても黙認すると?」
「自らの活動の場所を求める事に、黙認も否定も無い。黙認かどうかは、これからだ」
「居場所が誤りである事もある」
「そこまで二人は、弱くない。少なくとも、俺はそう考えている」
我愛羅は、どこか暖簾に腕押しな柔らかな声に、一度は深く瞼を閉じた。
「それで、どうしてこちらへ? わざわざ、火影自身が赴く必要もないだろう」
「単刀直入に……捕らえた【暁】と会わせて欲しい」
「……いいだろう。だが、そうだな………テマリ」
我愛羅がドアの向こう側に声を掛けると、静かにドアは開いた。開く際に「テマリかよ」とカンクロウが唇をへの字にした小さい声が入り込んできていた。
「何だ? 我愛羅」
「火影と……そして、彼を牢のところまで。他の者は連れていくな」
再び我愛羅と視線が重なる。おそらく、カンクロウから話が通っていたのかもしれない。わざわざ、イタチとの兄弟関係というだけで同席を許してもらった自分も面会を許されるというのは、そうとしか考えられない。
イタチも遅れてこちらを向く。
「一緒に来るか?」
いつもと変わらない優しい声。
ところが、彼の思惑が分からない。
信じてはいる。隠し事があるのは仕方ない。もう、そんな事で怒りや疑惑を込み上げる事は無い。
ただ、気になるというだけだ。
テマリに案内されるままに執務室を出た。廊下には砂隠れの里の忍たちと、その外側にはフウとサクラがいた。イタチを見ると二人は近付いてきたが、フウはイタチに笑顔で、サクラは不安そうにサスケをそれぞれ見た。
「火影様、会いに行かれるのですか?」
「二人は少し、カカシさんと一緒に待機していてくれ」
「了解っす」
「あの……」
「なんだ? サクラ」
「今回の件について、ご説明はいただけるのですか?」
「君やサスケ、カカシさんが納得する形では、無いかもしれないが。必ず」
イタチとサスケはテマリに案内されるままに、件の人物が収容されている牢へと着いた。その間、二人の間にも、テマリとも会話は無かった。
牢は地下にあった。
砂漠の地下牢というのはどうにも不安定に思えたが、考えれば、脱走を企てる者からすると恐ろしい環境ではある。力づくで逃げようとすると、術か何かで固められた牢全体があっさりと崩落してしまうのだから。
しかも風影の我愛羅は砂を操る。
捕らえた者だけではなく、言うなれば他里のイタチとサスケも、下手なことはここでは出来ないような環境だ。問題を起こすつもりは毛頭ないが、変な緊張感があった。
延々と砂の階段を下りていく。階段の脇には時折、扉があったが脇目も振らずに一直線に下っていく。
やがて着いた場所には、1人の老婆が待っていた。
「チヨバア様」
テマリが老婆の名前を呟くと、老婆は静かにこちらを向いた。老婆は、堅牢な鉄の扉の前に椅子を設けて腰掛けていた。
か弱い蝋燭の火に照らされたチヨバアは、静かにこちらを向いた。
「何じゃ? そやつらは」
「木ノ葉隠れの里の火影様と、その忍です」
チヨバアは「ほぉ……」と溜息を零すような呟きをした。
「これは、随分と仰々しい事になっているようじゃの……。こちらに来たということは……。サソリに用か」
「チヨバア様!」
「すぐに、ヤツだと分かるじゃろう。隠し立てする事でもあるまい」
サソリ。
かつてフウコと共に木ノ葉へやとやってきた男。砂隠れの里の抜け忍だったが彼が、まさかの捕縛者だったというのは、意外だった。意図的にすら、思えてしまうほどに。
「初めまして。火影の、うちはイタチです」
「チヨじゃ」
「貴方が、捕縛者の監視を?」
「監視と言う程でも無いがの……わざわざ来たという事は、あやつと話を?」
「砂隠れの里と風の国に不利益になるような情報は聞き出しません。捕縛者の所属する組織について、幾つか」
「同席をしても?」
「構いません」
「なら、断る理由は無かろう。テマリ、下がってなさい」
テマリは何かを言いたげだったが、チヨバアという人物を信頼しているのだろう。頷き、踵を返してその場から離れていった。
完全に彼女の気配が消えた頃合いを見て、チヨバアは呟いた。
「さて、ではサソリと一緒に聞かせてもらおうかの。お主が……
牢が、開かれる。
「……何だ、お前か」
牢の中は暗闇だった。闇に呑み込まれているサソリの姿は見えず、声だけが通ってきた。
拘束されている者にしては、随分と声に余裕を感じた。
「久しぶりだな。うちはイタチ」
☆ ☆ ☆
雨の音は、今日は一段と強かった。
誰にでも平等に濡らす雨。大切な人と繋がりを持ち、そして大切な人を失った天気でもある。怒りも、喜びも、けれど今は感じない。虚しさと、そして一摘みのぎこちなさが心にはあった。
「サソリの裏切りは、予想外だったか?」
高い、縦に長い塔。その最上階から見下ろせる雨隠れの里の輪郭はすっかりぼやけている。それ程までに、今日の雨は強かった。耳に届く雨音は、鉄骨と石で作られた塔を低く振動させ、洞窟の小さな唸り声にも聞こえなくない。
その音の中、くぐもりながらも、芯の通った力強さのある男の声が耳に届く。怒りも苛立ちも込められていない声でありながらも、こちらが優位に立っているのだと言わんばかりの明確さに、長門は小さく息を吐き捨て、半身になって振り返る。
「想定外ではなかったな」
「だが、サソリは裏切り、奴は自ら砂隠れの里に投降した」
「防ぐことが可能だったと?」
「……ふん、まあいい」
男はソファに腰掛けていた。直方体の室内の主は長門であるが、そんな彼を差し置いて自分が中心だと言うように深く腰掛けている。姿勢は前傾で、膝の上に両肘を置き、両手を組んでいた。顔には影が落ちて深く覗けない。だが、元々暗雲のせいの暗さは元より、そもそも彼は仮面を被っている。もはや、彼の顔が見えるか見えないかという問題はとうの昔に過ぎている。
仮面の男。彼は【暁】の衣を身に纏っている。
しかし、彼を仲間だとは思っていなかった。
互いに利用しているに過ぎない関係である。つまりは、互いに、腹の中を見せていない、という事だ。
表向きは、尾獣回収という目的を掲げながらも、そこから先のことは全く別の事を考えている。少なくとも、長門はそう感じていた。かつての友の亡骸を動かし、その身体に埋め込まれた輪廻眼によって見定める長門の視線には見せかけだけの協力的な物言いが混ざっている。
その視線を返すかのように鋭く、けれど重く仮面の男は返した。
「サソリの事は、ひとまずは保留だ。こちらはこちらで手を打たなければいけない。出来れば、五影会談が成立する前に、な」
今から【暁】のメンバーを招集し、今後の動きを伝える予定だ。ゼツ達の情報によると、デイダラの両腕が使い物にならなくなり、角都に修復してもらう必要があるという事だ。デイダラの腕が治り次第、招集をかける予定だ。
「ところで」
と、長門は尋ねた。
「アンタが直接、サソリを始末すればいいのでは?」
仮面の男の力。
それを使えば、捕らえられいるサソリを殺すことも容易いのではないか。
そもそも。
どうして、この男はフウコを組織に置くことを許したのか。
フウコの内部にいる1人の少女……本物のうちはフウコに掛けられた幻術を解く事を敢えて嘘をついて見過ごしているが、それでも、組織に身を置くことを彼は許可した。
明らかに裏切りを腹の底に抱えているというのに。
長門にとっては、賭けの対象でしかなかった。
だが、仮面の男はどうだ?
うちはフウコという、内部に存在する魂の少女には利用価値があると仮面の男はかつて語った。だが、裏切りの可能性を見逃してまで、うちはフウコに価値はあるのだろうか?
「……どうしてサソリはこのタイミングで裏切りに出たのだと思う?」
仮面の男は問いには応えず、けれど問い返してきた。そして、問うてきたにも関わらず、仮面の男は続けた。
「未だ【暁】は人柱力の半分も確保できていない。ましてや、七尾、八尾は人柱力として十分な実力を持ち、九尾は行方知れずだ。五影会談が開催される事は確実な状況で、今更、裏切るのにメリットはあるのか? 黙っていれば、一尾はこちらの手だが、それ以外は自由だ。自身に制限も掛からない」
「……砂隠れの里に情報を渡すためではないか?」
「サソリには、フウコというカードがある。厄介なカードだ。それを使えば、九尾も、火影であるうちはイタチにも有効だ。わざわざ、このタイミングで裏切る必要はない」
それに、
「うちはイタチの動きが速すぎる。砂隠れの里にデイダラを向かわせて、その日の内に動いている。情報の伝達が異常だ」
【暁】は今まで、水面下で、秘密裏に、周到に慎重に、行動してきた。悟られず、悟られれば消し、尾獣を集めてきた。
だが、今はまるで逆だ。
そして不可解なのが。
果たして今の状況は、誰の思惑の上にあるのだろう。
サソリは自ら投降した。
うちはイタチはそれに合わせたかのように行動した。
雨は何も語らず、遠くを隠していた。