『あはは……大丈夫だよ』
イロミの笑顔からは、ただただ、歯を食いしばって我慢している印象しか伝わってこなかった。アカデミーの頃からずっと友人だった彼女の表情を見分けるのに、時間は一瞬でも、十分だった。
生死を彷徨ったことへの肉体の疲労を隠そうとしていた。
両目を失ったことへの喪失感と、抜かれた瞬間の恐怖を隠そうとしていた。
だけど、他にも何かを隠している。イタチはそう判断した。だが、その最後の一つだけは、明確に掬い取ることは難しかった。
―――……もしかしたら…………。
それでも、一つの大きな予想だけは手にしていた。
ヒルゼンから知らされた―――イロミの真実。
それを彼女自身が、大蛇丸から伝えられていたのではないか。その可能性は、十分に想定していたものだった。いや、当事者である大蛇丸からならば、ヒルゼンから聞いた情報よりも正確で―――たとえ当時の記憶を持っていなくても、他人に話したくはないと思ってしまうほど―――凄惨だったのかもしれない。
『イロミは大蛇丸が幾つか隠し持っていた研究所の、その一つで発見された、事件で唯一の生存者じゃ。どういう経緯で彼女がその研究所にいたのか、今となっては、何も確信は出来ぬ。両親と共に連れていかれたのか、研究所内で生まれたのか、あるいは、彼女だけが連れてこられたのか……』
ヒルゼンは語らなかったが。
イロミの特異な体質は、大蛇丸の研究によるものではないかと、イタチは考えを少しだけ広げた。しかし、すぐにその先を中断させる。大蛇丸から自身の真実を伝えられたのかどうかさえ、直接的に尋ねることはしなかった。予想が誤りであった場合、突いてはいけない藪から蛇を出してしまうのではないかと判断したためだ。
故に、遠回しに。
そして、自然に。
尋ねた。
どうして大蛇丸が接触してきたのか? と。
もしイロミが、大蛇丸から過去の事を知らされていたのなら、ガードを強くしなければいけない。外側へのガードではなく、内側からのガードだ。どこまで知らされているのか定かではないが、たとえば、両親の事を中途半端に伝えられていた場合、イロミは再び一人で大蛇丸の元へと向かうことが考えられる。
そして、イロミの反応をイタチは観察した。
予想外の問いだったのか。
イロミは口元を一瞬だけ震わせて。
慌てたように、躊躇ったように、小さな間を開けて。
『少し、分からないかな』
呟いた。
それだけで、彼女が、大蛇丸がどうして接触してきたのか、知っているという事が分かってしまった。さらに続けて、彼女は『もしかしたら、フウコちゃんから何か、聞いてるのかも』と言ったが、やはり内心では慌てていたのか、あまりにも筋の通らない理屈だ。
イタチは自然に肯定を装いながら、部屋を出る。後ろ手に閉めたドアの音は、空洞のように誰もいない通路を抜けていった。木ノ葉病院の最上階。この階には、イタチとイロミ、他にはイロミの部屋を守っていた部下の二人しか、人はいない。
通路を進み、下に降りる為の階段。その近くに設けられた談話スペースには、先ほど、離れていろと指示を出しておいた部下二人がいた。
「彼女の様子はいかがでしたか?」
四六時中、いつどのタイミングで静寂が打ち破られるか分からないストレスに晒されながらも、面の奥からの声には、規律を重んじる丁寧さがありながらも、人間味のある抑揚がある。
二人は【根】ではない。
火影直属の暗部で、イタチの本当の部下である。
「すまない、話している時間が無くなった」
イタチは少し早い口調で呟く。
「指示を変える。彼女の護衛は継続だが、彼女の監視も行ってくれ。気取られないようにだ。少なくとも、病院からは出さないようにしてくれ」
指示に部下二人は確かな判断を以て頷き、返す。
「万が一にも、力づくで出ようとした場合は、こちらも相応に対処を?」
部下二人にはイロミが大蛇丸に目を付けられているという情報は与えてはいないものの、状況を鑑みれば、ある程度の察しはついてしまう事だろう。イロミが大蛇丸の元へ向かう可能性を指摘してきたのだ。
イタチに迷いは無かった。
「ああ。だが、間違っても殺しはするな」
「本当に、よろしいのですか? 彼女は貴方のご友人では?」
「構わない。気にするな」
イロミに対して。
一つだけ、嘘をついた。
それは、一人の部下が―――報告内容が内容だけに、仕方のない事ではあるとイタチは理解を持っているものの―――不用意にイロミの部屋に入り、カブトの動向を伝えに来た時だ。
咄嗟に放った嘘。
イロミを―――友人を―――傷付けない為に。大蛇丸に繋がる、些細な情報すらも渡さない為に、嘘をついた。
また何も出来ないまま、大切な繋がりを失うのだけは、耐えられない。
―――あとは全て、俺がやる。
「後から、新たに人員を送る。それまでは、二人で彼女を警護、及び監視をしてくれ」
頷く二人を確認してから、イタチは病院を抜けた。木ノ葉隠れの里を正門から出てると、すぐに一羽の小鳥が目の前を旋回し、右手の方向へと飛び立っていった。カブトを捕縛に追いかけている部下が残した印だ。
思い切り、地面を蹴る。
決して逃がしはしない。
どれほどの距離が離れているかは分からないが。
小鳥が飛んでいった先を写輪眼で見据え続けた。
☆ ☆ ☆
厄介事というのは不思議なことに、重なるものだ。問題なのは、降りかかる厄介事が一斉に押し寄せてくるのか、それとも連続するものなのかである。どちらのパターンかによって、難易度は大幅に変わってくる。前者が難しいか、後者が容易いか。それらは個人の裁量に依存するが、少なくとも、薬師カブトにとっては、連続するパターンの方が簡単だった。
何せ、これまでずっとスパイとして、あらゆる場所で活動してきたのだ。些細な一つのミスから、まるでドミノのように一つ一つがズレて行き、厄介事が連続してやってくる、というのは、まだ未熟だった幼少の頃に何度か経験してきている。おそらく、そのせいもあるのだろう。
総じて、厄介事が一斉に降りかかるというのは、ミスを積み重ねた時なのだと、カブトは考える。風船に蛇口の水を少しずつ入れるみたいに、ミスが限界を超えた時に降りかかってくるのだ。
だが、連続してやってくるというのは、逆に、ミスを一度か二度程度しかしていない時に引き起こされる。つまりは、修正がしやすい。一つや二つのミスを挽回するのに、力はいらない。分析し、解析し、どこか一点の道筋を見つけて実行すれば、簡単に決着が着いてしまうものだ。
故にカブトは考えていた。
どこで自分がミスをしてしまったのか。
どこで厄介事が生まれてしまう隙間を作ってしまったのか。
どこだろう、どこだろう。
久方ぶりに、スパイとしての活動に過ちが生まれてしまったのだと、どこか楽しむように考えていた―――のは……つい、数分前の事。
木ノ葉隠れの里を正々堂々と正門から出てしばらく道なりに進み。
アジトに向かおうとさりげなく方向を変え。
追いかけてきていた暗部の者たちを殺した。
その辺りまでは、自身の落ち度を考えていたのである。
―――うちはイタチか…………。
中忍選抜試験に参加してから、第二の試験後に行われた最終試験の前試験までの、自身の行動を分析しても、ミスらしいミスは見当たらない。
あるとすれば、二つ。
一つは、中忍選抜試験が始まる前に一度と、中忍選抜試験を辞退した後に一度、大蛇丸と接触したこと。しかし、その接触でさえ、誰かに見られたという訳ではない。
そしてもう一つは、今まさに木ノ葉隠れの里を抜け出しているということが、極端な見方ではあるが、ミスといえなくもない。
おそらくは、大蛇丸がイロミに接触をしたことが口火だ。あるいは、ナルトと接触したこと。どちらにしても、彼が木ノ葉隠れの里にいる、という情報が知られたことによって、警戒態勢が積極的になったのだ。その結果が、暗部たちが追いかけてきて、こちらを捕縛しようとしてきた事態に繋がった。
うちはイタチの名前が思い浮かんだのは、単純に、木ノ葉隠れの里で最も厄介な人物だからである。
忍としてのスキルも、頭脳も、明らかに他を凌駕している。ましてや、暗部の部隊長という立場に彼はいるのだから、目の前の現状との関連性は強い。
―――ボクの経歴を調べて、違和感を抱いた程度かもしれないけど……早々に逃げた方が得策かな。下手な芝居を打つよりも。
足元に転がる、暗部たちの遺体を見下ろしながら、カブトは眼鏡の位置を丁寧に直した。逆に、治すべき部分は他にはない。傷一つ、汚れ一つ、付いていない。倒れている暗部たちの遺体は、合計で三つ。現代の忍の戦術としてフォーマンセルが基本の中、三人行動というのは、大蛇丸の部下を捕えるという目的を達成するにしては、少々役不足な感は否めない。
他にも、大蛇丸の部下なのではないか? という候補はいたのだろう。他の候補も監視をしなければならなかったために、人手不足になった。カブトはそう分析した。戦力を拡散させ、いざ監視対象を捕縛しようとした結果、失敗してしまう。
中途半端な戦略だ―――とは、カブトは思わない。むしろ、薄ら寒さを感じてしまう。
数少ない情報を頼りに、こちらが気付かぬ内に、あっさりと襟元まで指を引っ掛けてきた。もし中忍選抜試験の最中に何らかのミスを一つでも残していた場合、指は襟元ではなく首を掴んでいたことだろう。
そして今、暗部を三人殺した。
この事態をイタチは察知しているのだろう。監視対象の前に暗部が姿を現したというのは、逆を言えば、指揮するイタチに報告が入ったことと同義だ。確実に、彼はこちらに向かってきている。
木ノ葉の神童と謳われる程の才覚の持ち主。
彼と直接対峙をして、逃げ切る自信を無根拠に持つほど楽観的ではない。
誤魔化しも不要だ。下手な芝居を晒して無害をアピールするよりも、全力でアジトに向かう方が遥かに可能性がある。
カブトはすぐにアジトへの帰路に戻り、移動する。
―――やれやれ……大蛇丸様にも困ったものだ……。
音を出さず、痕跡を残さず、林を駆け抜けていく。
辺りの警戒を鉄線のように張り巡らせながらも、カブトは心の中で小さく愚痴る。神社で引いたおみくじの内容を楽しむ時みたいな、軽い口だった。
―――わざわざ、中忍選抜試験の最中にやる必要なんてないのに。
カブトは二つの小瓶を持っていた。その二つは懐に隠しており、彼がそもそも木ノ葉隠れの里を抜けてアジトに戻る理由は、その二つの小瓶に入れられたサンプルを解析し、可能ならば薬品の一つや二つ完成させる為である。
眼球と血液。
それが、小瓶にそれぞれ入っている。大蛇丸が猿飛イロミから採取したサンプルだった。
『本当なら、私が直接解析をしたいんだけどねえ。まあ、誰がしたところで結果は変わらないし、貴方がしてちょうだい』
中忍選抜試験で接触したナルトの九尾について話す前に。
以前は欲していた―――あるいは今も尚、もしかしたら欲しているかもしれない―――うちはサスケについて話す前に。
何よりも優先して彼は、この二つの小瓶を渡してきて、そう言った。
邪悪な笑みを浮かべて、楽しそうに。
本来の計画には無かったはずの、アクション。
そもそものミスは、これなのではないかと、微かに思う。懐に隠している二つの小瓶が、厄介事の種なのではないかと。この種から全てが、一つずつズレて、最終的には、何もかもがおかしくなるのではないか。
冗談九割、真剣一割の割合で、考えてしまう。
考えて、木の枝を蹴り、中空へ。次の枝に着地しようと、無意識に両足にチャクラを集中させ―――そこで、次の厄介事が、真横からやってきたのだ。
「―――ッ!?」
それに気付いたのは、些末な、不自然な音のおかげだった。小枝同士が擦れる音。
風が吹いて動かされたにしては、少しだけ音は力強く。
鳥が動いたせいで鳴ったにしては、あまりにも弱々しい。
作為的に音を消そうとして、しかし失敗したかのような、そんな、音だった。
左側。すぐ横だ。左目の視界の端に、それの片鱗を捕え、眼球だけを限界まで咄嗟に動かして、全貌を捕える。
短髪の男だ。口元を布で隠している。額当てを頭に斜めに着けているせいでどこの里の所属かは分からない。上半身はノースリーブの黒いシャツ。下半身は黒い長ズボン。どちらも没個性的で、隠密活動を生業にしている雰囲気を出しているようにも見える。しかし、左手に握られている巨大な刀―――それは、包丁のような形をしていて―――は余りにも、隠密に向いているとは思えない。おまけに右腕は失ってしまったのか、二の腕から先は無く、包帯が腕の先端を隠しているだけ。片腕で巨大な刀を運用するというのは、あまりにもちぐはぐだった。
刀は今まさに、振り下ろされようとしている。しかし、不思議なことに刀は刃が付いていない背の方を下に向けられている。
殺す気はない。
捕縛するつもりだと、カブトは瞬時に理解する。
だが、何故―――。
今、カブトは宙に浮いている状態だ。次の枝に着地するまでの間に、刀は振り下ろされる。咄嗟にカブトは左腕で、刀を受け止めた。
骨が折れる音と感触、そして激痛に耐えながらも、本来なら頭部を狙っていた衝撃を受け止める。そのまま身体は地面へと向かい、着地した。
―――どうして、霧の抜け忍がこんなところに……ッ!
男の顔には見覚えがあった。
桃地再不斬。
ビンゴブックに名が載せられているテロリストである。しかし、テロリストと言われながらも、その目的は、彼の名と共に載せられている概要を見れば一目瞭然で、つまり現霧隠れ里の転覆だ。木ノ葉隠れの里の近くに潜んでいる意味が分からない上に、こちらを狙ってくる目的も不鮮明だった。
「水遁・
真後ろから、別の殺気が。
林の影の見えない向こうから、草木を無残に散らせながら、無数の針が―――水で模られた針が、襲い掛かる。珍しくカブトは舌打ちをして、大きく横に飛んで躱した。
厄介事が連続してやってきた。
しかも今、うちはイタチが迫ってきている。
こんな所で、よく分からない経緯で足止めされるのは全くの御免だ。
だが状況は願う方向とは全く逆へと進み始める。
躱した先には、再不斬が刀を振りかぶって待ち受けていた。今度は顎を砕こうと、横に振り抜く。
―――体術は、あまり得意じゃないんだけどな……ッ!
横薙ぎの攻撃を、上体を後ろに逸らして切り抜ける。と同時に、ホルスターから取り出したクナイを右手に握って、上体を起こす力と共に、再不斬の首を狙う―――しかし、逆に首元を、今度は鉄で作られた千本で狙われた。
クナイではじくが、その隙に、再不斬の回し蹴りが腹部を捉える。身体は後方へ飛ぶが、完全に体勢を崩すほどではなく、再不斬からの衝撃はすぐに消すことが出来た。
「―――動かないでください」
声は、後ろから。
少年のような、あるいは少女のような、中性的で氷のような声だった。
「今、ボクは貴方の首に千本を向けています。もし、攻撃的な行動をすれば、貴方を殺すことになってしまうので、動かないでください」
どこか、殺させないでほしいと懇願するようでありながらも、仕方ない時は容赦はできないという意味も含んでいるような、ハチャメチャな言葉である。だが、鼻で一笑する気にも、無謀に抗うつもりもなかった。
カブトは骨折してしまった左腕を目線だけで一瞥してから、大きく鼻から息を吐いた。
言葉通りにする、という無言のアピールである。
「右手のクナイを捨ててください。横に。横に投げてください。その後は、地面に膝を付いてください。両膝です」
言われた通り、クナイを横に放り投げ、地面に膝を付く。
「ありがとうございます。ですが、しばらく、そのままでいてください」
「よくやった、白。上出来だ」
と、再不斬は刀―――首切り包丁を起こし、左肩で持つように佇んだ。眼光をギラギラと鋭く光らせて、こちらを見下ろす。後ろの、白と呼ばれた人物より遥かに容赦のない、冷徹な空気を漂わせている。
気に食わないことがあれば、殺す。
そんな、傲慢な鬼のような殺意が、肌を刺してくる。
「霧隠れの里を狙うテロリストの貴方が、まさか木ノ葉の近くにいるとは、思いもよりませんでしたよ。桃地再不斬さん?」
けれどカブトは、友好的だとでも言いたげな笑みを浮かべた。訊かれたことはすぐにでも喋りますよ、という笑みだ。
少しでも、相手の情報を引き出さなければならない。
半分は大蛇丸の為。【木ノ葉崩し】の成功率を少しでも上げる為には、利用できるものは利用しなければいけない。あるいは、邪魔なものは排除しなければいけないから。
もう半分は、すぐにでも逃げるため。訊かれたことを正直に喋っていると相手に思わせなければ、どれほど真実を語っても無駄な拷問や尋問は続けられる。白という人物が殺しに来ないのは、何かを知ろうとしているからだ。ならば、スムーズに。一分一秒でも時間は無駄に出来ない。
もしかしたら、すぐ傍にうちはイタチがいるかもしれないからだ。
首の右側に、感触が。白が右手の親指で脈拍を測っている。嘘をついているかいないかを精査するためだろう。悪くない。これならば、相手に嘘か本当か、確かに伝える事が出来る。あるいは嘘を本当に、本当を嘘に誤魔化すことも容易い。
「さっきてめえは暗部を三人ぐれえぶっ殺してたが、木ノ葉で何をやらかしたんだ?」
なるほど。
最初から、見られていたということか。
再不斬と白という人物が目的としている人物像は、木ノ葉に敵対する者ということなのだろうか。
けれどここで、本当の事を話すわけにはいかない。
大蛇丸の指示の元、猿飛イロミという人間の細胞サンプルをこれからアジトに持って行き分析するなどと言っても、ただ単に【木ノ葉崩し】の成功率が下がるだけだ。
―――全く、厄介な細胞だ……。
懐の小瓶に悪態を付く。何もかもが、この忌々しい細胞のせいだ。
脈拍は自身のチャクラを使ってコントロールする。医療忍術を得意とするカブトにとって、難しいものではなかった。この場は、嘘をついて本当だと信じ込ませることが吉だ。
「今、木ノ葉で中忍選抜試験が行われていることは知っていますか?」
「ああ。みてえだな」
と、再不斬は呟く。
「ボクは、まあ、その中に参加していたんですよ。ああもちろん、ボクは下忍ではありません。下忍だと偽って参加していただけです。そもそも、木ノ葉の忍ですらないんですよね。情報のブローカー、とでもいえばいいのか……中忍選抜試験に参加するめぼしい下忍の情報を集めて、それを売るのを生業としているんですよ。今回それがバレて、暗部に追いかけられる羽目になり、貴方がたに今こうして捕まっている、という訳です」
「……嘘は、言っていないようです」
「中忍選抜試験に参加していたってんなら、耳にしてねえか?」
「何をですか?」
「大蛇丸って奴が、木ノ葉にいるって情報をだ。あるいは、大蛇丸の部下がいるんじゃねえかって、情報だな」
もし脈拍をコントロールしていなかった場合、表情は平然とすることは出来たかもしれないが、鼓動は一度だけ大きく動いていたことだろう。内心で驚きを示しつつも、遅れて疑問が浮かび上がった。
―――何故、大蛇丸様が木ノ葉にいると分かった?
里の外に既に情報が広まっているということなのだろうか。いや、それにしては木ノ葉の対応は無茶苦茶だ。中忍選抜試験を中止するという勧告をしないままに、大蛇丸が里の内部にいるという情報を外に漏らすというのは、矛盾している。自分の家に爆弾が仕掛けられてるかもしれないが、パーティーをしよう、と言っているようなものだ。他里からの抗議は避けられない。
だが、今のところ木ノ葉にそう言った外からの抗議があるようには思えない。とどのつまりは、大蛇丸が木ノ葉にいるという情報は里の外には漏れていないということ。
なのに、この二人は大蛇丸が木ノ葉にいることを把握しているようで、しかしながら、木ノ葉に潜入はしていない。おそらくは極秘扱いになっているだろう大蛇丸の情報を取得しながらも、中に潜入しないというのもまた、おかしな話である。
「……さあ、そんな話は耳にしていませんね」
と、カブトは言う。もし自分が先ほど言った嘘の設定の立ち位置ならば、本当に耳にしないのだろう。
「ただ、今回の中忍選抜試験は色々とおかしなことが起きていますよ」
「……ほう?」
「そうですねえ。第二の試験の際に、受験者が会場の外で変死体で発見されたりだとか。試験を運営していた裏方の特別上忍の人間が何者かに襲われて、現在療養中だとか。あとは―――九尾の人柱力が半ば暴走をしたとか」
その時、白という人物の親指が微かに震えるのを感じ取った。
しかし敢えてそれを無視しながら、カブトは続ける。
「ボクの耳に入ってこなかっただけで、もしかしたらその一連のおかしなことは、大蛇丸がやったのかもしれませんね。ボク自身は直接見ていないので、何とも言えませんが」
「どうだ? 白」
「嘘を言っては、いません……。あの、一つ、良いですか?」
「ああ、いいよ。だけど、もうそろそろで暗部の増援が来るかもしれない。なるべく手短に頼むよ」
「……その、九尾の人柱力というのは…………男の子だったはずですが…………彼は今、どうしているのですか? それと、彼の友人に、うちはサスケという男の子もいたはずです。二人は、どうなったんですか?」
どうして二人を知っているのかと、不思議に思ったが、くだらない事を訊くなとも思う。
「二人は無事だよ。ただ、うちはサスケは途中で失格になった。第二の試験で受けた怪我のせいでね」
そうですか……、と白の安堵の息が髪を揺らす。他者の息が髪に当たるというのは不愉快でしかなかったが、カブトの思考は順調に回転していた。
二人はどうやら、大蛇丸を目的としている。しかし、霧隠れの里の転覆を狙っているはずの再不斬が、なぜ大蛇丸を狙っているのか。
同じ抜け忍ならば力を貸してくれると、そんなチャチな想像を働かせている訳ではないだろう。自慢ではないが、大蛇丸の狂気染みた人格は有名だ。注目こそすれ、仲間に引き入れようと考えるのは、余程に頭がイカレた人物か、自分の力に自信を―――。
―――……まさか、この二人…………?!
二回。
二回、あった。
大蛇丸を仲間に引き入れるという、現象が。
いたのだ。
大蛇丸を仲間に引き入れた、おかしな集団と人物が。
【暁】と呼ばれる集団。
そして―――うちはフウコ。
もし、このどちらかと再不斬と白が繋がっていたのならば、事情は理解できる。どちらも、大蛇丸に少なからず恨みを持っている。
そして……再不斬が【暁】のコートに身を包んでいない所を考えるに、うちはフウコと繋がりがあるのではないか。
厄介事が、連続する。
うちはフウコと繋がりのある人物が現れた。
カブトの中で、二人の評価が覆る。
確実に消しておかなければいけない。
どうして木ノ葉に直接潜入しないのか分からないが、もし大蛇丸がいるかどうか確定していないから、という背景なのだとしたら、消さなければ。このまま野放しにして、大蛇丸の情報が二人を経由してフウコに入ってしまえば【木ノ葉崩し】は完全に失敗する。
消さなければいけない。
しかし。
さらなる厄介事が、やってきた。
「その男は嘘を言っている」
うちはイタチは、そこにいた。
再不斬と白がイタチに視線を送った瞬間、カブトは動き出す。白に後ろを取られた時から既に、左腕の修復を行っていた。
大蛇丸の実験成果の幾つかを貰い、体内に蓄積していた力。それと同時に、チャクラによる修復を加え、骨折していた左腕は完全に治っていた。上体を大きく横に傾けた力のままに、左肘で白の顎を強く打ち抜く。
「ぅ……」
カブトの右腕だけを意識していた白は、予期せぬ方向からの衝撃に脳を揺らし、意識は鮮明としながらも身体のコントロールを一時的に手放してしまう。そのままカブトは白の首をへし折ろうと、彼の後ろに回り込み、両手で頭を持った。
だが、それをさせまいと、イタチが投擲した手裏剣が襲ってくる。絶妙な角度と回転で投げられた手裏剣は、白の背後に回ったカブトの両目を的確に切り刻もうと、大きなカーブを描く。
「ちッ!」
白を大きく突き飛ばすと同時に横に飛び、避ける。
「調子に乗るな、ガキがッ!」
すると、再不斬が。
首切り包丁の刃を、今度は間違いなくカブトに向けて、大きく振り下ろす。怒りを十二分に滲ませる重い声と恐ろしい表情。しかし、それは横から回し蹴りを入れてきたイタチによって防がれる。再不斬は横に吹き飛ばされた。
「この男は木ノ葉の重要案件の容疑者だ。殺すことは許さない」
体勢を戻した再不斬は、イタチを睨み付けた。
「てめえこそ邪魔をするんじゃ―――」
「「動くな」」
二つのイタチの声が重なった。一つは、カブトと再不斬の間に立つイタチ。もう一つは、再不斬の後ろに立っていた、影分身体のイタチだった。影分身体の方は、右手にクナイを持ち、再不斬の首に当てている。
オリジナルの方はじっと、カブトを睨み付ける。微塵の抵抗をも見逃すことはしないというプレッシャーが、真っ赤に燃える鉄のように、肌の上から襲ってきた。
―――最悪だ……。
カブトは視線を下げ、視界に写輪眼を入れないように努める。だが、それ以上にうちはイタチに抵抗する具体的な手段が思いつかない。再不斬の横っ腹を蹴り飛ばした時のイタチの移動速度を目で追えていなかったという現実が、無情にもカブトの選択肢を絶望的にした。
遥かに、速度ではイタチが上回っている。実力ではおそらく、全く歯が立たない。
「お前は確か、桃地再不斬だったな。何故、木ノ葉の近くにいる?」
決して視線はカブトから離さないまま、イタチは呟いた。本人も予想外の事ではあったのだろう。
「俺も暇じゃない。もし木ノ葉に良くないことを持ち込もうとしているのなら、見逃してやる。さっさと失せろ」
「……てめえ、その眼…………写輪眼……。うちはのガキか」
「……ああ。以前、サスケがお前と、その少年の世話になったようだな。あいつから聞いている。まさかとは思うが、下忍に仕事の邪魔をされた恨みでもあるのか?」
「んなもんねえよ。カカシの野郎には……個人的にはあるがな」
「なら、失せろ。お前らもこの男に―――いや、大蛇丸に用があるみたいだが、他を当たれ」
再不斬は静かに、地面で身体を震わせている白に視線を送った。未だ、脳の揺れは治っていないようだった。少しの間、倒れている彼を見つめ続け、何を考えたのか、再不斬は大きなため息をついた。
「……良いだろう」
と、再不斬は呟く。
「木ノ葉の神童とやり合うつもりなんざ、ハナからねえ。損しかねえもんに手を出すほど暇じゃねえんだよ、こっちは」
立ち上がり、首切り包丁を背中に背負う。そのまま、左腕を軽く上げながら、白の元へと近づく。影分身体は常に再不斬の後ろに構えているが、本当にこのまま、見逃すのだろう。
イタチの最優先は、大蛇丸。
「さて、薬師カブト。お前にはこれから、木ノ葉へ来てもらう。事情は、理解しているな?」
だが―――カブトは、それを許さなかった。
厄介事が連続してやってくるものだが、時として、厄介事というのは、互いにぶつける事が出来る。
服を汚してしまった後に降る大雨は、時に、服の汚れを落とすのに最適であるように。
火事場に遭遇してしまった時、むしろ現場の金品を誰の目にも触れられることなく盗むことが出来るように。
厄介事というのは、扱いを間違えなければ―――それとも、扱いを敢えて間違えれば―――最大のチャンスである。
そう。
力はいらない。
分析し、解析し、どこか一点の道筋を見つけて実行すれば。
修正は、容易いのだ。
「うちはフウコ」
カブトが唐突に、その言葉を、高らかに言うと。
イタチは不愉快そうに眉を顰めたが。
同時に。
左腕で白を起き上がらせようとしている再不斬の肩を一瞬だけ、大きく震わせた。
ただの可能性であったかもしれない分析が、真実味を帯びた瞬間であった。
「うちはイタチ。そのままその二人を返すのは、ボクを逃がすよりもデメリットが大きい。何せその二人は、かつての大蛇丸様のように―――今では彼女と同盟を組んでいる者たちだからね」
投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。
次話は3月20日までに投稿します。
※追記です。
誠に申し訳ありません。次話の投稿は、3月22日に行います。詳しくは、中道の活動報告の【次話、及びさらに次話について】をご参照いただけたらと思います。