流石に、この話だけを投稿するのは問題があると思いましたので、すぐに次の話を投稿します。
ここで、厳密にしなければならないことがある。
【フウコ】についてだ。
これまで、部分的にではあるが、【フウコ】という登場人物には不可解な言動が観測されている。
かつて盲目だったイロミが遭遇した【フウコ】が、彼女のことを素直に「イロミ」と呼んでいるにもかかわらず、二度目の邂逅では、イロミのことすら覚えておらず、友人関係になってからは「イロリ」と【フウコ】が呼んでいること。
たびたび、【フウコ】にだけ聞こえる、頭の中からの声。
意識の中に存在する【何か】との対話を試みようとする【フウコ】。
そして、明らかに生前の時代を主として活躍した、猿飛ヒルゼン、志村ダンゾウ、うちはカガミ、さらには千手扉間のことを【フウコ】が知っているということ―――等々。
これらの不可解な側面は、しかし【フウコ】が暗部の副忍という地位に着くまでの間において、彼女が所有する人間関係とそれらによって構成される年月には、一抹の影響を与えることはなく、故に重要性は生じなかった。
しかし前回、同じ名を持つ二人の【フウコ】が対峙することによって、その不可解な側面の大部分が明確化されることとなった。また、二人が現時点では敵対関係―――少なくとも、シスイが恋人として選んだ人格の【フウコ】はそう認識している―――ではないことも、この記述が成されるための要因となった。
つまり、この対峙を最後に、二人の間に決定的な亀裂が発生するということである。
そして―――その亀裂が、後に観測される事実から顧みた場合、巨大な分岐点と判断される可能性を否定できない危険が潜んでいるため、【フウコ】について厳密にする必要が生じたのである。
以上の経緯を以て【フウコ】について厳密にしなければならないのだが、まずは、現時点での【フウコ】という存在そのものを説明する。
イタチやシスイ、フガクにミコトらなどが、【フウコ】と認識されている肉体の中には、二人の魂が内包されている。
一人は、盲目だった頃のイロミと偶然に出会い、友達となり、彼女のことを「イロミ」と呼ぶ、感情表現豊かで、そして檻の中にいた【フウコ】。
もう一人は、イロミのことを「イロリ」と呼び、感情表現が平坦で、檻の外にいた【フウコ】である。うちは一族のクーデターを止めようとしているのはこの【フウコ】であり、イタチとシスイの二人が出会い、そして現時点に至るまでの間、表に出てきていたのもこちらの人物である。また、彼女たち二人のことについて何ら知識を抱いていない者にとって【フウコ】ないし【うちはフウコ】という名前で認識される魂も、後者ということになる(例外として、イロミに限り、【フウコ】の二面性への疑いは、些細なほどだが獲得はしている)。
続いて、彼女ら二人を知っている者についてだ。
まずは、うずまきナルトを託した、四代目火影・波風ミナト。
彼が【フウコ】の背景を知っているのは、その先代の火影である猿飛ヒルゼンから伝聞されていたからである。明らかに年下だと判断できる彼女のことを、彼が【さん】付けで呼んでいたのは、その為である。
次に、波風ミナトの死を招いた、仮面の男。さらに彼の仲間である、白ゼツと黒ゼツ。
彼らがどのような経緯で【フウコ】を知ることになったのか、それは現時点で記す必要性の無い事実であるため、割愛する。
次に、未だ姿を現していないが、大蛇丸も、名が挙がる。
彼が
最後に、猿飛ヒルゼン、志村ダンゾウ、うちはカガミ……そして、千手扉間。
しかし、彼らが【フウコ】のことを知る経緯は、上述の者たちとは条件が大きく異なる。その条件とは、【フウコ】についての記述の大きなトピックスの一つと直結するものだ。
波風ミナト、仮面の男と白ゼツ黒ゼツ、大蛇丸。彼らは、何らかの媒体を通して、情報として知った者たちである。
しかし、猿飛ヒルゼン、志村ダンゾウ、うちはカガミ、千手扉間は、経験を通して知った者たちだ。
彼女ら二人が、どうして一つの肉体に内包されるようになったのか。
その経緯に関わってきたのが、この四名である。
正確に言えば、その経緯に関わった者は他にも幾人かいるのだが、この物語の時系列においてタイムリーな登場人物として、あるいは現時点で重要な意味合いを持つ人物として名を挙げているに過ぎない。著名な人物の名を敢えて挙げるならば、初代火影である千手柱間、彼の孫であり後に木の葉の三忍と称される綱手、うちはマダラなどがいるものの、彼らとの関わりは、四名よりも浅いため、敢えて強調はしない。
さて。
【フウコ】のルーツ。
それは、二代目火影・千手扉間が考案した―――穢土転生の術を原点としている。
死者の魂を本人の遺伝子情報を元に現世へと口寄せし、他者の肉体を媒介として蘇らせることを可能にした―――禁術。
蘇らせると言っても、完全な蘇生ではない。
チャクラ量は生前のそれよりも少なく、肉体は老いる事はなく、たとえ損傷したとしてもすぐさま塵芥が部位に蘇生される―――言うなれば不老不死だ。
術者の手腕一つで口寄せされた死者は単なる道具に成り下がってしまうこの術は、死者を冒涜するものとして、禁術とされている。しかし、千手扉間自身は、元々、このような効果を期待して考案したわけではなかった。
考案以前の段階では、死者の魂を必要とせず、死者の遺伝情報を元に、その者が保有していた技術を復活させる術のはずだったのだ。
技術が朽ちることなく受け継がれれば、里の力は衰弱しない。
全ては、里の為。
里が、安定した防衛力を保有するためである。
他里と対等な交渉を行うためには、自分たちが弱くては行えない。
ようやく訪れた黎明の平和を維持するために、千手扉間は客観的な視点を軸に、その術の考案を行ったのだった。そのため、考案段階では、穢土転生という名すら付けられていなかった。
しかし。
当時、初代火影として里を収めていた千手柱間は術の開発を禁止した。
ようやく互いに分かり合い始めた今の世に、不用意な事は、後の世にも陰りを指す、と。
同時に柱間は術の危険性を、天性の才気と大局の本質を突く感性によって気づいていた。
これは開発してはいけない術だ、と。
月日が経ち、千手柱間は亡くなる。火影を継いだのは、実弟の千手扉間であることは歴史が示しているところだ。彼は、柱間の言葉を真摯に受け入れ、術の開発は行わなかった。里も、他里の関係も、良好だったからだ。
そんな時にある人物が、実験を行った。
人物の名は―――うちはヒトリ。
長きに渡る、千手一族とうちは一族の戦乱に、終止符を打った男である。
戦乱の後期になると、うちは一族には大きく分けて二つの思想を持つ集団が生まれ始めた。
一つは、うちはマダラを筆頭に、千手を滅ぼすために闘争の継続を謳う者たち。一つは、これ以上の不毛な争いを止め、妥協的な停戦に踏み切るべきだと述べる者たち。うちはヒトリは、後者の集団の筆頭だった。
『マダラ。私は、もうお前に付いていくことはできない』
彼が妥協的な停戦を提案したのには、理由があった。
彼には恋人がいたのである。
名は、うちはナナギ。
これまで、千手一族を滅ぼすべく、うちはマダラと共に活動していた彼の重心は、彼女と共に過ごす日々へと移り動いたのだ。
このまま争い続けても、彼女との生活には未来を見出せない。
どうやら、同じような思いを持っていた者たちがいたようで、彼の思想に賛同する者は、うちは一族の約四割にも上った。彼ら彼女らを引き連れ、ヒトリはマダラの前に対峙した。
『どうしてだ、ヒトリ! 分かっているのか! 今更、妥協案を提示し、受け入れられたとしても、うちはは今後、確実に迫害されていくんだぞ!』
『……分かっている。だが、私は、柱間という男を信じてみようと思う。少なくとも、これ以上の争いで命を落とす可能性よりも、賭けるに値するはずだ』
『結局は、自分の命が惜しいだけか……お前たちは……』
『マダラ、お前は私よりも聡明だ。分かるはずだ。このまま闘争を続けても、命ばかりを失い、得るものは限りなく少ないということを』
『俺は、そんな打算の為に動いている訳ではない。弟が……、そして俺が望む理想の為だ…………。お前のような男に……何が分かる……』
『……友よ、もう一度だけ言う』
『黙れ!』
『マダラさん。お願いします、ヒーくんの言葉を―――』
ヒトリは左手を挙げて、後ろのナナギの言葉を制した。
『マダラ……私と共に来てくれ』
しかし、この無謀とも思える交渉は、必然の如く決裂することとなる。ヒトリを含めた多くのうちはの者は、【柱間との対等な対話】を条件に、千手一族に降伏した。
これを機に、千手一族とうちは一族のパワーバランスは加速度的に傾き始めた。うちは一族の大幅な戦力減少、そして千手柱間の雄大な人格の元に集った他の一族の力も借りた千手一族。長きに渡る戦乱の終結は、ヒトリらの離脱から、たった数年の時しか要さなかった。
その後、木の葉隠れの里は創設され、平和の黎明期が訪れることとなる。
うちはヒトリは、技術開発の顧問という地位に就任した。理知的で効率を重視する思想に加え、非凡な知能を有した彼は、それらの才能を十二分に発揮し、木の葉隠れの里に多分に貢献していった。その姿勢に、多くの者は彼に信頼を寄せ、その中には、千手扉間も含まれている。扉間とヒトリは、親友同士で、よく新術の開発などの議論を行うほどになった。穢土転生の術の考案の際も、扉間はヒトリからの意見を度々聞き、ヒトリも彼との議論を楽しんでいた。
ようやく、訪れた平和な世。
ヒトリはナナギとの生活を油断なく育みながら、平和の維持のため、木の葉隠れの里への貢献に尽力していった。
そんな彼が行った、実験とは―――死者を現世に蘇生させるというものだった。
そう。
それこそ正に、後の世に名実を残すこととなった、穢土転生の術だった。
扉間と共に考案していた、技術のみを復活させることを目的とした術とは、一線を画すものである。
しかし実験は―――失敗に終わる。
死者の魂を現世に口寄せする事には成功したものの、魂が肉体に定着することはなく、蘇生された死者は間もなく二度目の死を迎える結果となった。
実験の事を知った扉間は、穢土転生の術を禁術とし、研究を凍結させたが、うちはヒトリに対しては、死者を冒涜するような実験を行ったにも関わらず、大きな処罰は下さなかった。
うちはヒトリには、その実験を行ってしまった、明確な原因があったからだ。
うちはナナギ。
彼女は、木の葉隠れの里が創立されてしばらくの後に、亡くなっている。
任務において、原因不明の致命傷を負ったのだ。
ナナギを隊長とした部隊は、彼女の損傷によって任務遂行不可と判断し、すぐさま木の葉隠れの里に引き返した。
運び込まれた彼女の肉体は、幾つもの穴が開いていた。血は勿論、腹部の内臓の欠片も穴から零れ落ちようとし、無残な姿だった。
『ヒーちゃん……、フウコを…………、私の分まで……幸せにしてあげて』
『何を言う……、何を言うんだ、ナナギ……。私はお前がいないと、何もできないんだぞ…………、ずっと、私の傍にいると……………、約束したではないかっ! ……医療班、早くナナギを治せッ! お前らの医療忍術は、そのためにあるのではないのかッ!』
彼女と共に幸福な日々を手にするため、果てのない闘争を重ねようとするうちは一族から離反したヒトリにとって、それらの代償として得た冷酷な現実は、あまりにも消化しきれるものではなかった。
たとえ人としての倫理を、自然の摂理を否定してでも、彼は彼女を取り戻したかったのだ。
友人であり、うちは一族との争乱に終止符を打つきっかけの一つとなった功績、そして何より、愛する者の死。
これらを考慮した扉間は、技術開発顧問の地位剥奪および三か月の謹慎処分を命じるのみとした。ヒトリも、愛する者を二度も死なせてしまった罪悪に目を覚まし、もう二度と実験は行わないと誓い、平和な世を生きていくと誓った。
だが、
僅か、数週間後。
再び、理不尽が襲い掛かる。
彼には、一人の娘がいた。
娘の名は―――うちはフウコ。
たった一人の愛娘だった。
当時、四歳。
彼女は事故に遭遇した。
どのような事故だったのか、誰も目撃していないという、奇妙な事故に。
頸椎を損傷したが、医療忍者らの尽力により、何とか命を取り留めたものの、彼女の手から自由が、残酷なまでの無邪気さを伴って剥奪された。
生涯、寝たきりの生活。
ナナギと約束したばかりの、娘の幸福。手術を終えて、病院のベットで寝る我が子の額を撫でながら、彼は、嘘をつくことを決意した。
『フウコ、よく、聞きなさい。君は病気に罹った。だが、安心しなさい。その病気は、お父さんが必ず治してあげるからな』
首から下を動かすことが出来ない事に不安な表情を浮かべたフウコは、ヒトリのその言葉に希望を宿した。
その日からヒトリは、医療に関する知識をかき集め始めた。
『お父さん、いつ、病気治るの?』
『安心しなさい。お父さんが、必ず病気を治してあげるからな』
フウコが退院してから、ヒトリは一日の殆どを家で過ごした。
娘のサポートと、娘の身体を治す為の新術開発には、家で行った方がいいと判断したからだ。その日々は、意外と、充実したものだった。
『お父さん、絵本読んで』
『どんな絵本が読みたい? お父さんはこういうものを読んできたことがないから、とにかく多くを集めてきたんだ。読んでみたい本を言ってみなさい。お父さんが何度でも読んであげるからな』
身体が治った時に、他の子よりも知識が遅れてはいけないようにと、あらゆる所から、教養に富んだ絵本をかき集めた。娘と同じベットで横になりながら絵本を読んでいると、いつの間にか静かな寝息を立てる彼女の寝顔は、ヒトリに癒しと力強さを与えてくれた。
『お父さん、いつ病気治るの? 私、遊びたい。みんなと忍者ごっこしたい』
『……フウコ、あまりお父さんを困らせないでくれ』
様々な人材、様々な知識に頼っても、新術の開発は進まなかった。
他者を攻撃する為の術は、チャクラや印の知識、あとは稀有な発想さえあれば造りだすことは可能だったのに対し、医療忍術はそれらに加えて、人体の知識も必要だった。
そしてその時代、人体に関する情報は、あまりにも少なかったのだ。ましてや、神経というミクロの世界の情報など、ヒトリが求めているほどのものはまるで無かった。
焦りと恐怖が、彼の頭脳を圧迫し始める。心の中にあるのは、娘への愛ではなく、ナナギへの約束だけだった。
『お父さん、アカデミーにいつ行けるようになるの?』
『フウコ。……大丈夫だ。絶対に…………私が、お父さんが、病気を治してみせるからな………。大丈夫だ…………大丈夫』
それはもはや、フウコを安心させるための嘘ではなく、自分に言い聞かせる妄言に等しかった。何かの呪いにでも憑りつかれたかのように、日に日に彼はやつれていった。
死の恐怖をも遥かに上回る、約束を果たせない恐ろしさ。
そしてその後にやってくるかもしれない、全てを失った罪悪と絶望の人生が、意識もしていないのに脳に侵入してくる。その度に、震える両手で頭を抱えてしまう。いつかこの両手が、あまりの苦しみに、自らの首を絞めつけようとするのではないか、そんな妄想を、必死に抑え付ける日々が続いた。
フウコに絵本を朗読し、寝静まった彼女の柔らかい黒髪と丸い頭を撫でながら、ヒトリは静かに涙を流した。
『何故だ……、何故、私たちだけ…………。ただ、幸せに暮らしたいだけなのに……。
『ナナギ、教えてくれ。私は、どうすればいい? どうすれば、君との約束を果たせる? フウコを幸せにするには、君の分まで幸せにするには……、私は、分からない。教えてくれ……ナナギ…………。
『何のために、私はマダラを裏切ったんだ! 平和な世を作ったのは、私のはずだ…………! 何故、他の者ではなく、フウコなんだ……、私なんだッ!
『私にだって……幸せになる権利が、あるはずだ……。誰よりも……、他ののうのうと生きる愚かな者の、誰よりも…………!
とうとう彼は、崩壊した。
損得も倫理も関係なく、ただただ―――娘の為に。
その思想は、ナナギを蘇らせようとした時のそれだった。
善意でも、悪意でもなく。
あらゆる障壁を排斥し、何事をも顧みない、無慈悲な嵐のように、
彼は、術を開発し始める。
医療忍術ではなく。
穢土転生の術をベースとした、新たな術を。
遂に、うちはヒトリは、解に辿り着く。
穢土転生の術を参考に開発された禁術―――浄土回生の術。
人一人の健康的な肉体と引き換えに、対象の人物の肉体を再構成する術。穢土転生の術は、生者に塵が纏わりつくが、浄土回生の術は、生者に【健康な生者の細胞】が入り込む。
再構成された肉体は、穢土転生の術のような不老不死などではなく、確かに老いて、怪我もする、完全な生者のそれ。さらに、チャクラ量は取り込まれた『健康な生者の細胞』との相乗効果で増加し、身体機能も増加する。
うちはヒトリは狂喜乱舞した。
組み立てられた理論には非の打ち所がなく、完璧なものだと確信していたからだ。
予備実験をする時間も暇もなかった。
一度、扉間に諌められた身だ。
もし、再び見つかってしまえば、活路は……フウコの未来は閉ざされてしまう。
何度も理論を見直し、シミュレーションを繰り返し、あらゆる変数を抽出し、処理し、そうしてようやくヒトリは、行動に移す。贄となる実験者は、既に決まっていた。もはや、他者の命について考慮できるほど、彼の思考は柔軟ではなかった。
贄となる人物―――名を、八雲フウコ。
奇しくも、彼の愛娘と同じ名を持つ少女だった。
八雲一族。
木の葉隠れの里が創設される以前から、千手一族と関わりを持っていた一族だ。創設されてからも、柱間は彼ら彼女らと交流を持ち、けれど木の葉隠れの里には加盟しなかった者たちである。
八雲一族の存在は、一部の者しか知らない。
千手柱間を始めとした木の葉隠れの里の上層部。扉間が火影になってからは、彼の側近として扱われていた、猿飛ヒルゼン、志村ダンゾウ、うちはカガミ、そして、うちはヒトリ。彼らは、八雲一族と定期的に交流を図った。
しかし、八雲一族は、八雲フウコを遺して、滅亡した。
彼女は、一族が保有する血継限界によって、心を壊されていた。
そして、扉間に、我が子のように育てられた少女だった。
当時、十二歳。
扉間に育てられ、壊れた心の一部が修復されようとしていた彼女は、既に上忍の地位にいた。
ヒトリは彼女を呼び出した。
扉間を喜ばせる、新術が開発できるかもしれない、という言葉を使って。
彼女は、扉間を心の底から慕っていたのだ。
『ヒトリさん、お久しぶりです。私にしかできないこととは、何ですか?』
『ああ、君にしかできないことだ』
『扉間様が、貴方に会いたがっています。また、里の平和の為に貢献してほしいと、願っています』
『そうか。そうだな。しかし、この術の開発が成功してからでも遅くはないだろう。私は少しでも、彼の負担を減らしてあげたいと考えている。君は違うか?』
『……そうですね。扉間様からは、多くのことを教えていただきました。私も、出来ることなら、扉間様への恩を返したいと思っています』
『君は、彼のことを大切に思っているのだな』
『はい。一時は、殺してやりたいと、思っていましたが、今では、もう、そんな風には考えません。母も、私が生きていくことを、望んでいると思います。私に残った最初の記憶が、母の言葉ですから』
『素晴らしい。では、君の為にも、彼の為にも、すぐに準備に取り掛かろう。少し痛みを感じるかもしれないが、我慢してくれ』
『……これは、何ですか?』
『ちょっとした痛み止めだ。飲みたまえ』
『いただきます。ごくごく……。あの、どれくらい痛いのですか?』
『安心しなさい。―――ただ、心臓を抉りだすだけだ』
……かくして、実験は…………偶然にも、成功してしまった。
そう、偶然にも。
ヒトリの不可解な行動を目撃していたダンゾウが扉間に報告をしてすぐ、彼らはヒトリと八雲フウコが向かった研究室へと向かった。
そこで発見されたのは、生きたまま心臓を取り出され絶叫を挙げる八雲フウコと、彼女の心臓を大事そうに抱える血塗れのうちはヒトリ、そして静かに眠っているうちはフウコだった。
術は完成し、うちはフウコが目を覚まし、難なく身体を起こした。
次の瞬間、その場で何が起きたのか―――それは、想像に難しくない。
かくして、浄土回生の術は成功した。
偶然にも、成功したのである。
後に、うちはヒトリの研究ノートを読み解いた者たちは、口を揃えてこう述べた。
―――なぜ、こんなものが成功したのか。
―――これは、忍術としての工程は踏んでいるが、成功するのは幾億分の一ほど。
―――気狂いした者の、妄想だ。
何が遠因となって、成功したのか、誰にも分からない。
ただ、事実として。
うちはフウコの肉体は、八雲フウコを贄として健康体へと再構成され―――そして、八雲フウコの精神は、うちはフウコの肉体に内包される事となる。
最後に、これは【フウコ】に直接的な事柄ではないが、記述すべきことがある。
どうして彼女ら二人は、容姿を保ったまま、イタチと出会うことが出来たのか。
浄土回生の術には、穢土転生の術のような、不老不死の性質はない。それは、イタチと共に成長した【フウコ】の肉体が証明している。
時代を飛び越えた、裏の事実。
それは、千手扉間の、決断によるものだ。
彼は、うちはフウコを殺すべきだと、考えていた。
いつか彼女は、木の葉隠れの里に大きな災いを呼ぶ。
母の死を経て、自身の不幸を体験し、そして、目の前で父を殺されるのを目撃し……そして、万華鏡写輪眼を得るまでに至った、哀れな子。万華鏡写輪眼は、八雲フウコの細胞が入ったせいなのか、本来ありえない筈の、左右非対称。
しかし彼は、同時に、躊躇いもあった。
うちはフウコの身体の中には、八雲フウコの細胞も眠っている。
理知的な彼からは程遠い、情動的な思考。
本質ではなく、形質を重んじてしまった。
蘇るのは、彼女を我が子のように育てた、柔らかな記憶たち。
手が震え、奥歯を噛みしめる。
一瞬の躊躇い。
けれどその躊躇いは、思いもしない事態を巻き起こす余地となった。
『……扉間様?』
平坦な声。
聞き覚え、などという表現ではあまりにも足りないくらいに聞いてきた声質に、扉間の表情は、驚愕に包まれた。
『……フウコ、なのか?』
『はい。私です……扉間様。今、フウコちゃんを……私が抑え込んでいます』
およそ、干支一周分の年齢差がある二人。
精神チャクラを大いに上回っている八雲フウコが、身体の【支配権】を奪ったのだ。
けれど、八雲フウコは表情を歪めた。
中にいる、うちはフウコの激情が、八雲フウコの精神を痛めつけているから。
『……扉間様………、どうか、私を…………私たちを、殺してください…………』
いつかフウコちゃんは、里に復讐をします。
彼女の気持ちが分かります。
里の平和の為に、どうか、
『私を殺してください』
八雲フウコは、視線を巡らせる。
何か他にいい方法があるのではないかと、辛そうな表情を浮かべながら思案する、猿飛ヒルゼン。
状況を理解し、そして消化しようと必死に耐える、志村ダンゾウ。
悲しそうな表情を浮かべながらも、何も言わずに瞼を閉じている、うちはカガミ。
そして、扉間は―――。
『フウコ。お主を殺したりはせぬ』
『え?』
『すまぬ……、全て、ワシの責任だ』
屈み、彼の両腕が、八雲フウコの身体を包み込んだ。
彼の肩に、小さな顎が乗る。
暖かさが、首筋を通り抜けて、背中に広がった。
苦しみも、悲しみも、全てが和らぐ。
彼の両手が、自分の髪の毛をかき分ける。心地よい、感触だった。
『お主を……、封印する。フウコ』
『それは…………、火影としての、判断ですか?』
『そうだ』
『……良かった』
腕が離れる。
彼は、いつもの、厳格で、実直で……そして、優しい表情を浮かべていた。
『平和な世を、必ず、ワシと、そして木の葉の子らが実現してみせる。だから、フウコよ……お前はその世で生きろ』
【フウコ】は封印されることとなる。
長い刻を超えて。
そして、
封印は、
解かれることとなる。
第三次忍界大戦―――末期に。