真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

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「なんかさ、策謀を張り巡らせる系のキャラって奇襲とか突発的なことに弱いイメージ」「・・・まぁ、その『奇襲』とか『思いも寄らないこと』まで考えて考えてっていうのが軍師って仕事だからさ」「そこまで考えて、それでも『奇襲』が成功するのなら、軍師が突発的なことに弱いのではなく、奇襲をかけた側が上手だったと言うことだ」「・・・うぐぅ、慢心はいけない・・・頭の中で、誰かの声が・・・。わ、私は陸軍なのですが・・・! な、何故でしょう」「あー・・・それはなんていうか、ホント・・・慢心、ダメぜったい、としか言えないな」


それでは、どうぞ。


第七十七話 軍師を奇襲に

「そういえばギル、いつごろ冥琳と子作りするの?」

 

「・・・は?」

 

ある日、厨房で偶然出会った雪蓮と共に食事をしていると、そんなことを切り出された。

まぁ呑みなさいよ、と勧められた酒をちびちびと飲みながら、雪蓮に話の続きを促す。

 

「いやさ、祭も無事子供が出来たわけでしょ? 私の妹のシャオもだしさ。で、冥琳だけ独り身っていうのも可哀想じゃない?」

 

「・・・まぁ、確かに」

 

雪蓮たち三姉妹と祭、思春達含め、呉の子たちはほぼ全員手を出してしまったと言っていいだろう。

・・・いや、悪いことじゃないんだけどさ。確かに冥琳は今までそういうこと無かったなぁ、と思う。

言い訳させてもらうと、これまでも良い雰囲気になったことはあったよ? あったけどさ、その場の雰囲気で手を出すってどうよ、と俺の理性が今までブロックしてきたのである。

――と言うことを雪蓮に伝えると、悪戯っ子のような笑みを浮かべ、なるほどねー、と呟く。

 

「じゃあ、今からでも行くわよ!」

 

「え、奇襲かけるの? 冥琳キレない?」

 

「多分怒るけど、ギルだったら『悔しい・・・でも、感じちゃうっ』くらい出来るでしょ?」

 

「いや、確かに冥琳は気が強いほうだと思うけど・・・そんな事にはならんだろ」

 

「えー。もう、じゃあどうすれば冥琳を襲うのよっ」

 

「というより、何でそんなに冥琳襲って欲しいんだよ」

 

「・・・えと、そのぉ・・・」

 

雪蓮は上目遣いにはにかむと、指先で酒器を弄りながらぼそりと話し出す。

 

「・・・冥琳と私って、親友・・・じゃない?」

 

「ん、だろうな」

 

断金の交わりとまで言われる二人の仲だ。生半可な友情じゃないだろう。

 

「だから、なのかな。えっと、私だけだと寂しいっていうか、冥琳と一緒に子を育てられれば、それほど嬉しいことは無いでしょ?」

 

「あー・・・」

 

「で、周りで冥琳が好きだって思ってる男なんて、ギルしかいないじゃない。冥琳も、前は呉の為とは言いつつ子供を作ることには肯定的だったじゃない?」

 

「まぁ、最近でも言ってたけどな。あ、後穏が本を読んだときに俺を処理係にするの辞めて欲しい。そのうちホントに手を出しそうだ」

 

「出せばいいじゃない。穏も、お腹に子を宿せば少しは落ち着くでしょ?」

 

「・・・鬼か、お前」

 

きょとん、とした顔で、『何かおかしい事言った?』とばかりにこちらを見つめる雪蓮に、俺はそんな言葉しか返せなかった。

穏のことは兎も角として、冥琳か。・・・まぁ、雪蓮の言うことにも一理あるだろうが・・・果たして冥琳が乗ってくるだろうか。

なんというか、一番欲が薄そうな感じするけど。大人の魅力溢れるクール系というか。

どうなんだろ、と雪蓮にそのあたりの話を聞いてみる。経験とかあるんだろうか、冥琳。

 

「どうなんだろ。冥琳の近くに男がいたのは見たことないわね。・・・あ、でも興奮した私の処理は手伝ってもらってるから、全く経験無いわけじゃないと思うけど」

 

「・・・」

 

「な、なによぅ。仕方ないじゃない。血を見ると滾っちゃうんだからさー」

 

俺の抗議するような視線を感じ取ったのか、雪蓮は気まずそうにそっぽを向く。

お前、それで俺に襲い掛かっただろうが。アレから冥琳が『・・・良かった』って言ってたの聞いたんだからな、俺。

凄くいい笑顔で肩に手をぽん、と置かれたぞ。『任せたぞ』みたいな表情込みで。

 

「あ、だから、冥琳にも同じことやりましょうよ。私は血を見てたぎるから・・・ギルには女王殺しかな?」

 

「おいやめろ。アレで意識飛ぶと、正直何をするか分からんからな」

 

「だから良いんじゃない。・・・ね? っていうか、何で断るのか分からないわ。冥琳ね、結構可愛い声でなくのよ?」

 

「うぐっ・・・」

 

なんという魅力的な誘惑! いつもはクールな冥琳の可愛らしいところとか、見たいに決まってる!

・・・だ、だが、俺にもプライドというものがあってだな。そんなほいほいと手を出すとか・・・。

 

「・・・袁紹には誘われてホイホイ手を出したのに?」

 

「何処から聞いたっ!」

 

「あのね、私ギルの優しいところとか好きだけど、過ぎると優柔不断になるのよ?」

 

「・・・ぐ、分かった、でも、冥琳が少しでも嫌がったらやめるからな!」

 

「お、思い切ったわね! ま、私もついてってあげるから!」

 

・・・

 

煽って説得して、何とかギルをその気にさせることに成功した。

・・・まぁ、冥琳と共に子育てを、って言うのは私の本心だ。今まで苦労かけたし、今も苦労かけてるけど、子を育てる喜びを一緒に感じられたら、と思った。

そう思ったきっかけは、子を抱く月を見てなんだけど、それは内緒にしておこう。なんか恥ずかしいし。

 

「景気づけにもう一杯いっとく?」

 

「・・・あんまり酔っ払って止まらなくなっても嫌だから、この辺にしておくよ」

 

「そ?」

 

いかにも残念、って顔はしてみるけど、心の中ではよく言った、とギルを賞賛する。

酔っ払ってその場の勢いで、なんて場合によっては冥琳も傷つくかもだし、そう言ってくれたのは嬉しい。

確か、冥琳って男は初めてだったはずだし。・・・だ、大丈夫だよね? ギル、痛くないように出来る・・・よね?

 

「じゃ、いこっか?」

 

「む、むぅ。・・・ああ、行くか」

 

少しだけしり込みしたみたいだけど、よし、と決意を新たに歩き始めるギル。

そんなギルの腕を取り、寄り添って歩いてみる。・・・なんか、とっても安心してしまう。

 

「雪蓮が甘えてくるのは珍しいな」

 

「そお? 私だって人並みに甘えたりもするわよ」

 

そう言いながら、頭の中ではどうやって冥琳をその気にするかを考えていく。

・・・むぅ、冥琳ってば頭の回転速いし知識も沢山あるから、正直私じゃどうやっても攻略は出来なさそう。

というより、私はどっちかって言うと策を弄して実践に挑むって言うより、勘にしたがってその場その場で動いていくから、こんなこと考えてても意味無いだろうなぁ。

 

「そういえば、冥琳は今何処にいるか分かるか?」

 

「ん? ・・・何時も通りなら、政務室だけど」

 

「そか」

 

短い返事だけして、ギルはまた前を向く。

・・・むむむ、まぁ、幸い冥琳は私より身体能力は低いだろうし、いざとなれば私が襲うか。興奮したときに散々冥琳の体は触ってるので、弱いところも分かっているつもりだ。

そこでギルも誘えば、まぁ冥琳も乗りやすいだろう。

 

「お、ついた」

 

「あら、ホント」

 

呉の政務室の前に到着。・・・ちらり、と覗いてみると、中には冥琳だけ。しかも休憩中らしい。お茶を飲んで一息ついているところのようだ。

 

「いけるわ、ギル。冥琳一人だし、今は仕事中でもないみたい」

 

「ん、了解。・・・いくか」

 

「ええ。・・・めいりーんっ」

 

冥琳の名前を呼びながら、扉を勢い良く開く。

その音にびっくりしたのか、冥琳は少しだけ椅子から腰を浮かした。

 

「っ!? し、雪蓮? どうしたんだ、唐突に・・・」

 

「ね、ね、ちょっと寝室行きましょ。ギルと子作りしましょ?」

 

「は? 何を言って・・・ああ、ギルもいるのか。また雪蓮が妙なことを言って困らせているらしいな」

 

私が冥琳の手を取って寝室へ行こうと引っ張ると、冥琳は抵抗しながらも私の後ろにいるギルを見つけたらしい。

ため息をつきながら、失礼なことを言ってため息をつく。・・・でも、今回ばかりはギルは私の味方なのだ。

 

「一緒にこいつを止めてくれないか。・・・全く、いつもいつも唐突に・・・」

 

「・・・いや、冥琳。嫌じゃなければ、そのまま寝室に来て欲しいんだ」

 

「・・・は?」

 

「ふっふっふー」

 

ギルの一言に目を丸くして驚く冥琳が、わざとらしく笑う私に戸惑いの視線を向けてくる。

 

「ギルは私が篭絡したわ! さ、諦めてこちらに来なさいっ」

 

「・・・いや、まぁ、ほんとに嫌なら言ってくれ。そのときは、雪蓮を何とかしてとめるから」

 

その言葉に、冥琳は私たちが本気だというのを悟ったらしい。『仕方ないな』って顔でため息をついて、分かったわかったと呟く。

 

「全く。そこまで言われては、断るのも悪いじゃないか」

 

「じゃあ・・・!」

 

「ああ。雪蓮、貴様の策に負けてやろう。流石に、ギルを味方に付けられては負けを認めざるを得んな」

 

小さく笑って、冥琳は寝室へと入っていく。

まぁ、政務室に備え付けのものなので、どちらかというと仮眠室なんだけど、って言うのは口には出さない。

ぽふ、と冥琳と二人、寝台に飛び込むように寝転がる。

 

「っ・・・雪蓮、いきなり寝台に押し倒すのはやめろ。眼鏡が割れたらどうする」

 

「もー。眼鏡なんて気にしなくていいでしょ? ほら、ギル? 冥琳のこと、可愛がってあげて?」

 

寝台に倒れたときにずれた眼鏡を直した冥琳がこちらを睨んでくるのを苦笑いで流して、ギルを誘うように手を伸ばす。

ギルも苦笑いしながら、私の頭をなでて、次いで冥琳の頬に手を伸ばす。

 

「ん・・・何だ、ギル。存外優しいな」

 

「そりゃ、どっちかって言うと冥琳は被害者だしな」

 

「ふふ。気負わなくても良い。確かに経験は無いが・・・ギル、お前になら委ねられるよ」

 

そう言って目を閉じる冥琳に、ギルが優しく口付けをする。

・・・わ、わー。なんか、人の見るのって、ちょっと恥ずかしい・・・かも?

 

「じゃ、じゃあっ、後はお若い二人にお任せして・・・私は、ここで・・・」

 

そう言って離脱を試みて見る。・・・なんだか急に恥ずかしくなってきたなんて言えないっ。

 

「まぁまて、雪蓮。私とギルを結んでくれたお前には、最後まで見届けて欲しいのだ」

 

がっし、と右手を冥琳に掴まれる。え、ちょっと・・・?

 

「そうだぞ、雪蓮。冥琳との間を取り持ってくれたんだから、雪蓮にもお返しさせてくれよ」

 

もう片方、左手もギルに掴まってしまった。・・・え、ちょっとまってっ。これは、まさか・・・!

視線を二人に移すと、ニヤニヤ、と二人の笑顔が視界に入る。・・・ハメられたっ!?

 

「初めては不安でな? 横で助言してくれると助かるのだが」

 

「俺も、冥琳を痛くさせない自信ないからさ。雪蓮がいると、心強いなーって」

 

「あ、あんた達・・・こういうときだけ息が合うんだからぁ・・・!」

 

即興で思いついただろうに、完璧に息を合わせて私を追い詰める二人に、ああもう、と諦める。

こうなったら、恥ずかしさも忘れるくらい乱れて、乱れさせるしかないかっ。

 

「後で泣かないでよ、冥琳っ」

 

「お前こそ。いつもギルを相手してるからと言って、油断しないことだ」

 

・・・こうして、私の大好きな親友と、私の大好きな恋人は、初めて一つになったのだった。

 

・・・

 

「はい、こんばんわ。呼ばれたんで出てきましたよー?」

 

「ああ、こんばんわ。・・・ちょっとまず休ませてくれるか」

 

白い空間。神様に出迎えられた俺は、取り合えず出された椅子に腰掛ける。

お疲れですね、とこちらを労ってくれた神様が、そのままテーブルとお茶を出してくれる。

 

「ありがとう。・・・あー、落ち着くー・・・」

 

「今日は、大変だったみたいですからねぇ」

 

手元のタブレットらしきものを見ながら、神様が苦笑する。

もしかして、そのタブレットって俺の監視用アプリとか入ってるのか。

 

「ええ。そうなんですよ。神様らしく、プライバシーとか無視してみました」

 

「・・・心を読むな。っていうか、さらっと凄いこと言ったな」

 

プライバシー無視されてるのか。・・・色々見られてるのか!?

 

「本当に不味いところは見てませんよ。誰かとお話してるところとか、一人で本を読んでるところだとか、誰かと愛し合ってるところだとか、その人が寝入った後頬をそっと撫でながら睦言言ってるところぐらいしか見てません」

 

「何で性生活重点で見てるんだよムッツリ神様」

 

「ムッツリ神!? 私は生命の神ですっ。ムッツリなんて司ってません!」

 

「そういうことじゃないよ、ムッツリン」

 

「ムッツリン!? あだ名も出来ちゃったんですか!?」

 

いやだって、特に俺の恥ずかしいところばっかり見てるじゃないか。これがムッツリじゃなくてなんだというんだ。

ほら、それにムッツリンって言うと無声映画の喜劇王みたいに聞こえてちょっとカッコイイだろ。

 

「ちなみに、多分その人こっちでもお仕事してますよ」

 

「え? ・・・座にいるって事?」

 

「んー・・・なんていうか、それに近いんですけど・・・神様が気に入っちゃった、みたいな?」

 

「・・・あるんだ、そういうこと」

 

「あるんです。伝統芸能とかエンターテインメントとか、娯楽関係はちょいちょい引き抜きがあるみたいです」

 

そ、そうなんだ、と引き気味に返しつつ、お茶を飲んでやり過ごす。

 

「なんていうか、神様ってそちらで言う社畜見たいな所あるんですよ。仕事ばっかで、娯楽は基本思いつかない、って感じで」

 

「へぇ」

 

「私が聞いたことある最高神だと、ほぼニートみたいな神もいるみたいですし。なんていうか、やること極端なんですよね」

 

「あー・・・。っていうか、そういう神様はどうなんだよ。娯楽とかあるわけ?」

 

「・・・あなたの観察・・・とか?」

 

「娯楽かそれ」

 

思わず突っ込んでしまう。全く、仕方ないなぁ神様は。

 

「じゃあこれをやろう」

 

「? なんです、これ」

 

「花札。その昔、願いがかなうという温泉を巡って英霊とマスターが戦ったというカードゲームだ」

 

「・・・聖杯より確実性高くないですかその温泉」

 

まぁ確かに。汚染される前の聖杯並みの純度だからな。

 

「まぁそれは冗談として。カードゲームなら一人でも出来るだろ?」

 

「それ寂しすぎません? ・・・あなたがやってたトランプの神経・・・すいじゃっく? もあのお姫様に究極の一人遊び扱いされてたじゃないですか」

 

「アレはもう、ホント暇なときにしかやんないよ。あの時は読書もなんも無くてなぁ」

 

「ま、取り合えず貰っときます。たまに遊びに来たときやりましょうね」

 

「おうよ。他にも色々カードゲーム持ってきてやるよ」

 

「はーい。・・・あ、言い忘れてました。娘さん、おめでとうございます」

 

「これは丁寧に。どうもありがとう」

 

姿勢を正してぺこり、と頭を下げる神様に、こちらも同じように頭を下げる。

 

「お約束どうり、私の加護を与えましたので、きっと健康な子に育ちますよ!」

 

「あー・・・」

 

「大丈夫ですから! 事故死なんてしませんからっ!」

 

「いや、信じてるよ? だいじょぶだいじょぶ」

 

「それ信じてない人の言葉ですからねっ!?」

 

ホントに信じてます!? と神様に問い詰められていると、ゆっくりと霊体化しているときのような感覚が俺を襲う。

あ、夢から覚め始めてる。・・・自分の意思じゃないってことは、誰かに起こされてるのかな?

 

「なんか起こされてるみたい。・・・それじゃ、また来るよ」

 

「逃げるんですかっ!? 逃げるんですねっ!? ま、また来たときには問い詰めてやるんだからぁーっ!」

 

神様の叫び声を受けつつ、俺は覚醒してくのだった。

 

・・・

 

「・・・あ、起きた」

 

「・・・休んでいるところすまんな、ギル」

 

「んん? ・・・ああ、いや、大丈夫・・・だ」

 

意識を覚醒させ、体の感覚をすべて取り戻す。

神様のところ行ってるときだけは、どうしても鈍くなっちゃうからなぁ。

そう思いながら両隣にいる二人をぐしぐしと撫でながら起き上がる。

 

「くぁ、すまんな、休憩時間過ぎてる・・・だ・・・ろ・・・?」

 

謝りながら、なにやら気配のするほうへ視線を移すと、俺は呆けた表情のまま固まった。

 

「・・・おはよう? ギル。お楽しみだったみたいじゃない?」

 

こちらを見下ろす、凶暴な肉食獣のような眼光。

胸の下で組まれた腕が、中々に豊満な胸を押し上げている。

 

「・・・お、おはよう、蓮華」

 

「良く眠れたみたいね? ・・・そりゃそうよね?」

 

ちらり、と俺の両隣に視線を移しながら、一人頷く蓮華。

・・・両隣にはほぼ全裸の雪蓮と冥琳。そして、体感的に遅刻を確信した時のあの超能力のような直感。

状況を把握しつつも混乱している俺に、雪蓮と冥琳が話しかけてくる。

 

「・・・説明しておくと、もう休憩時間思いっきり過ぎてるのね」

 

「・・・私も寝過ごしてしまってな。起きたときにはすでにいた」

 

それで急いで起こしてくれたって訳か。まぁ、やきもちって言うのもあるんだろうけど、真面目な蓮華のことだ。

政務の時間を圧迫してまで冥琳を拘束したことのほうに怒ってそうだ。

 

「いや、その、言い訳はしないっ。政務を手伝うから、機嫌をなおしてくれよ。な?」

 

「・・・どう見ても浮気が発覚した夫よね」

 

「・・・言うな」

 

両隣からのぼそりとした呟きを聞いて、まさにその通りだ、と内心で苦笑する。

 

「別に、機嫌なんて悪くなってない」

 

「・・・なってるわよね」

 

「なってるな」

 

「なってるよな」

 

再びの呟きに、俺も思わず頷いて参加してしまった。

あ、やべ、と思ったときにはもう遅い。

 

「ギルっ。全く私は怒ってないけど正座っ!」

 

「理不尽っ!?」

 

「姉様たちは政務を!」

 

「は、はーい・・・ごめん、ギル」

 

「無事を祈るぐらいはしておく」

 

手早く服を着なおし、気まずそうに笑って退室していく雪蓮たちを見送りつつ、寝台の縁に座りなおす。

 

「・・・正座って言ったけど?」

 

「まぁまぁ。ほら、蓮華、おいで?」

 

にこやかに笑って誤魔化そうとしてみる。

腕組みをしてそっぽは向いているものの、なんとは無しにチラチラ見てるあたり、どうやら気にはなるらしい。

 

「そ、そんなことじゃ、誤魔化されないんだからっ」

 

「取り合えずだよ、取り合えず。・・・ほらほら」

 

「う、うぅ・・・す、少しだけ・・・」

 

ふらふら、とこちらに近づいてきた蓮華を、正面から抱き締める。

 

「ごめんな、寂しい思いさせてたかな」

 

思えば、蓮華とは結構すれ違っていたような気がする。

あ、気持ちが、とかじゃなくて、物理的にな。時間合わなかったりしてさ。

 

「・・・うぅ。鈍いのか鋭いのか・・・」

 

「鋭いんだぜ、俺は。・・・まぁ、気付くのは遅れたけど」

 

「本当よね。・・・気付いてくれたって言うことを加味して、こうしてしばらく抱き締めてもらえれば、許してあげる」

 

「それ以上は?」

 

「・・・聞かないと分からないの?」

 

うるうるとした瞳で、こちらを見上げてくる蓮華。・・・隣に雪蓮たちがいるって忘れてるのかなー?

だがまぁ、据え膳食わないほど悟っているわけでもないので、蓮華を抱き締めたまま寝台に倒れこむ。

 

「わふっ。・・・もう、今回は私が上?」

 

「まぁ、反省してる立場だしな」

 

「・・・どうせ、そんな事忘れて主導権握るくせに」

 

倒れた俺の上で身体を起こした蓮華が、腰を少し浮かせて準備し始める。

・・・うん、この光景は・・・素晴らしいものである。

 

「姉様と冥琳にしたより多く、私にもしなさいよ・・・?」

 

ちなみに、隣にいた雪蓮たちにはバッチリ聞かれていたらしい。

事が終わって政務室に戻ったとき、冥琳に大きなため息をつかれた。

 

・・・

 

もう夏かのような日差し。春と夏の間・・・どっちかって言うと夏寄りの今の時期、暑さに慣れていない人は熱中症になったりする。

気をつけないとなぁ、と紫苑たちの部隊を見ながら思う。

妊娠を理由に後宮へ入った紫苑たち三人の部隊は、俺の機動部隊に一時的に編入することとなった。

まぁ、まだおなかが大きくなってきたというわけではないのだが、紫苑たちの・・・ええと、年齢的な理由から、安静にすべきと判断されたのだ。

後宮の敷地内で散歩やら軽い運動は出来るだろうけど、訓練に参加したりは我慢してもらうことにした。

仕事から離れたら飲兵衛になるんじゃ、と少し心配はしていたのだが、自動人形たちに聞く限りではどうも一滴も飲酒はしていないそうだ。

紫苑と桔梗は兎も角、祭は妊娠するとお酒が不味く感じる体質らしい。初めて聞いたぞ、そんな体質、とは思ったが、それを聞いた冥琳は『常時妊娠していて貰いたい』とやけにわくわくした顔で発言していた。

 

「あー・・・あっづい・・・」

 

「いやー、夏はホント、サーヴァントの体に感謝だよなぁ」

 

で、俺は何をしてるかと言うと、町の見回りという名の散歩である。

途中で出会った一刀を引きつれ、好きなところを練り歩いている。

 

「人混みだと更に暑いよな」

 

「だなー。・・・ん、こんなもんかな。そろそろ戻ろうぜ」

 

「おーう」

 

二人して城への道を歩く。

 

「そういや、あの三人からまだ次は出てきてないのか?」

 

「ん? ああ、妊娠した子がって事か?」

 

「そうそう」

 

「まだ聞かないなぁ」

 

次の子によって、『ロリコン』か『熟女好き』のどちらになるかが掛かっていると言っても過言ではないからな。

いや、それで白蓮に集中して手を出すとかはしないけど。皆平等に相手して、それで幸運にも子を宿してくれたのなら、それがどの子で俺がロリコンか熟女好きの称号を受けたとしてもそれは甘んじて受けよう。

だがまぁ、それと気になるかどうかって言うのは別なのだ。

ちなみに、一刀の中では『ロリコン』で決まっているらしい。何故だ。

色々反論したりしながら城門をくぐると、息を切らせた兵士が俺達に声を掛けてきた。

 

「どうした、そんなに急いで。緊急の事件か?」

 

「は、はっ! その、ご懐妊の報告が・・・」

 

そういえば確か今日は熱中症の対策のために華佗が来てたんだったか。

そのときの検診のときに発覚したのだろう。月やシャオ、紫苑たちの様子を見て、華佗は普段からでも妊娠した女性が分かるようになったらしいしな。何気に華佗の技術が強化されてきているな。

 

「へえ、おめでたいな! で、誰々? そろそろ朱里ちゃんとか? あ、それとも隊長ちゃんとか?」

 

「あ、いえ、その・・・」

 

「? 妙に歯切れ悪そうだな?」

 

「そういうわけでは・・・。ええと、どちらかと言うと北郷様への報告なのです」

 

「俺? ・・・え、俺!? って言うことは・・・!」

 

「はっ。曹操様のご懐妊が確認されたということです!」

 

兵士のその報告に、一刀は月のときの俺もかくや、というほどに喜んだ。

そっか、華琳が、かぁ。・・・良かったな、一刀。これでお前もお父さんだ。

ふふふ・・・これまで色々とからかわれて来たからな。次はお前の番だぞ!

 

「取り合えず、華琳の元に行ってやったらどうだ。俺も色々と話を通してから向かうからさ」

 

「そ、そうだなっ。悪い、案内してくれ!」

 

「はっ! こちらです!」

 

そう言って、兵士と共に駆け出して行った一刀を見送り、さて、と一息。

一刀は町でも人気だからなぁ。こりゃ、また町がお祭り騒ぎになるんじゃないかな。

 

「にしても、良かったなぁ、一刀。・・・華琳もか」

 

そういや、華琳はどうするんだろ。もし二人が希望するなら、後宮を使って貰って構わないんだけど・・・。

でも、あれなのかな。俺のために建てた後宮に華琳が入るとなるとまずいのかな。

 

「ま、華琳のことだ。その辺は上手い事考えてるだろ」

 

俺なんかより頭良い訳だしな。

 

・・・

 

妊娠した。その報せを聞いたとき、またわらわ以外の何がしかが孕みやがったのか、と怒りが湧いてきたものだったが・・・。

 

「あんたが妊娠とはねぇ。・・・ヤることヤってたのねぇ」

 

「・・・何よその目。別に、禁欲してるなんて言った覚えは無いわよ」

 

「べっつにぃ~? わらわはなんも言ってないわよー。・・・あ、一応おめでとうとは言っておくわ」

 

「はいはいどうも。・・・今執務中なの見えるでしょ? 用が終わったら帰りなさいな」

 

しっしっと手でわらわを追い出そうとする華琳。・・・はんっ、その程度でわらわが引くとでも?

 

「話し相手くらいにはなりなさいよ。手と口くらい同時に動かせるでしょ?」

 

「・・・はぁ。満足したら帰りなさいよ」

 

そう言って、諦めたようにちらりとこちらを見る華琳。どうやら、諦めてわらわの話し相手になることを選んだらしい。

ならば、と色々聞いておきたいこともあるわらわは質問を一つ一つぶつけることに。

 

「そういや、予定日は?」

 

「今一ヶ月目らしいわ」

 

「じゃあ・・・来年の四月くらい?」

 

「そうなるんじゃないかしら」

 

そんなもんか、と華琳のお腹を覗き込んでみる。

 

「・・・大きくはないものね」

 

「今どっち見て言ったのかしら? 胸? 腹?」

 

「どっちもよ」

 

「分かったわ、喧嘩を買ってあげる」

 

わらわの言葉にブチギレたのか、背後に置いてあった鎌、『絶』を手に取る華琳。

そのこめかみにははっきりと青筋が見える。

 

「落ち着きなさいよ、華琳。そんなんで頭に血が上ってたら、お腹の子に悪いわよ?」

 

「私の子よ? 少しの戦闘くらい、糧にしてくれるでしょう?」

 

「こわぁ・・・」

 

自信満々なのが腹立つわね。

 

「ふふ。心配しなくても、私と天の御使いの血を継いだ子よ。お腹の中でも強く育つでしょう」

 

そう言って、穏やかな笑みを浮かべつつお腹を擦る華琳。

・・・むぅ。わらわも、早くギルとの子を宿したいわねぇ。

 

「あ、そういえば聞いたわよ? ギルの後宮に入るんだって?」

 

「・・・これを機に産婦人科として一部開放しようかと思ってたらしくて、丁度良かったって言われたわ」

 

「広さだけはあるからねぇ、あの後宮」

 

「まぁ、私としてはギルと違って一刀の相手の数なんて高が知れてるわけだし、自室休養でも良いって言ったんだけどね」

 

華琳の口ぶりからして、旦那の北郷がギルに後宮を使用させてくれるように頼んだのだろう。

まぁ、部屋は余りまくってるわけだし、自動人形が一日中詰めてくれるという、理想に近い建物だしね。

 

「自動人形だけ借りて自室で休養、ってのもあるとは思うけど?」

 

「・・・ギルだったらすぐに首を縦に振るでしょうけど、こっちとしてはあんまり良い思いしないでしょう?」

 

「まぁねぇ。便利に使ってるようなものだものねぇ」

 

蜀国主であるほんわか巨乳の護衛に使うのですら、てれてれ巨乳が烈火のごとく怒るほどだし。

 

「まぁ、紫苑たちと一緒に入ることになるのだし、色々と話を聞いておきたいと思ってね。経験者の話は大切でしょう?」

 

「確かにね。それは自動人形だけじゃ分からないこともあるわ」

 

子持ち紫は月よりも先に妊娠を経験している経産婦である。

出産後の話なんかでも、有意義な話を聞けるであろう。

 

「・・・あんたの妊娠中に、絶対追いつくからね、わらわ」

 

「あら、じゃあ私が出産できなくなるわね。何年掛かるやら」

 

「煽ってくんじゃないの、あんた・・・いいわ、挑発に乗ってあげる。これからギル襲ってくるわ!」

 

わらわは部屋を出て、ギルを探しに駆け出した。

 

「・・・はぁ、やっと帰った。・・・ま、頑張りなさい」

 

お腹を押さえながら、優しい微笑を浮かべていた華琳が、そんなわらわを見送っていたのは、誰の目にも入らなかった。

 

・・・

 

「悪いな、ギル。なんていうか・・・無理に頼んだみたいで」

 

「気にするなよ、そんなの。自分で言うのもなんだが、後宮の住み心地凄いからな。気を抜くと、堕落の極みに陥るぞ」

 

「そ、そこまでか」

 

「そこまでだ。自動人形による二十四時間の世話体制、夏涼しく、冬暖かい冷暖房システム、宝具による敵性存在迎撃システム、暇を潰すための本、道具、何でも揃ってる」

 

正直、国城よりも住み心地はいいかもしれない。そこならば、一刀も華琳も安心して休養できることだろう。

・・・いっそ、産婦人科として開くことにしたしな。俺の後宮としての部分も残しつつ、産婦人科として一般にも開放する、みたいな。

子は宝というからな。手厚く妊婦さんを保護すれば、それだけ未来の国のためになるだろう。

 

「ま、取り敢えずは仕事を片付けて、菫に会いに行くかなー」

 

「はは、すっかり親バカだな」

 

「一刀も子供が生まれればこの気持ちが分かるさ」

 

そう言って笑いながら、中庭へ向かう。

俺の機動部隊の調練を見に来たのだ。一刀は俺の補佐。

後宮を使わせてもらうから、何か手伝うよ、と一刀から申し出てくれたので、ありがたく補佐としてつれまわしているところだ。

 

「あっ、大将! ・・・全員、休憩っ」

 

俺を見つけた隊長が、部隊全員に休憩を言い渡し、こちらに駆けてくる。

息を切らせた隊員達は、安堵の息を吐いてその場に座り込んだり、水を飲み始める。

隊長を迎え入れ、うろちょろと周りを回る彼女を撫で繰り回しながら、七乃達がいるであろう天幕へ向かう。

 

「どしたんですか、今日は。北郷さんも連れてきて」

 

「ん? ああ、華琳に子供が出来たって話は聞いてるだろ?」

 

「ええ。あ、おめでとうございます、北郷さん」

 

「はは、ありがと。・・・で、ギルの後宮の一室を貸してもらうってことになってさ。ギルは気にするなって言うんだけど・・・」

 

一刀のその言葉に、隊長は何かを察したように、ああ、と呟く。

 

「それじゃ気がすまないってんで、大将のお手伝いしてるわけですね?」

 

「そうそう。ま、困ったときはお互い様の精神ってことで」

 

「なるほどぉ・・・」

 

納得したように頷く隊長を連れて、指揮官用の天幕の一つを開く。

一応七乃に話を聞いておこうという考えからだったのだが・・・。

 

「ん? あ、大将、そこは・・・」

 

「え?」

 

「あ」

 

「へ?」

 

隊長の止める声よりも、俺が天幕を開くほうが早かった。

・・・後ろであーあ、と言いながら一刀をの目を塞ぐ隊長を尻目に、俺は天幕の中の人物と一瞬見つめあう。

 

「あ、と・・・ごめんっ」

 

「ひ、ひぃぃんっ」

 

「あ、ちょ、こらアニキ!」

 

斗詩と猪々子が着替えている天幕をあけてしまったらしい。下着姿の二人を見て、すぐに出たのだが・・・。

 

「大将・・・あなた先週自分で着替え用の天幕が変更になったって言ってたじゃないですか・・・」

 

「う、なんも言えないな・・・」

 

そういえばそうだった。着替え用天幕の一つが使用不能になり、その代わりに指揮官用の天幕を一つ、女性更衣室用に流用したんだった・・・。

まぁ、後で謝り倒すとしよう。許してもらえるとは思えないが、出来る限りの償いはする。

 

「ん? 今なんでもするって」

 

「言ってねえよ。心の中を読むんじゃない」

 

ナチュラルに俺の心情を読んだボケをかまして来る隊長に軽いチョップを入れて、隣の指揮官用天幕に足を踏み入れる。

 

「あら、ご主人様じゃないですか~。先ほど隣の天幕から斗詩さんのか細い悲鳴が聞こえましたが、ついに手を出されたんですか~?」

 

「そうなんですよー、もー、また巨乳が増えるぅ~」

 

「やめろ! 手を出したことにして話を進めるのはやめろ!」

 

ナチュラルに俺を陥れてくるぞ、こいつら・・・! なんて恐ろしい部下なんだ。

そんな俺の突っ込みに、七乃と隊長は顔を見合わせ、同時にため息。

 

「大将を陥れようとしてるんじゃないって、いつになったら分かるんですかねぇ」

 

「でもまぁ、外堀埋めてるって気付かれても面倒ですからね~」

 

「大将の場合は自分で自分の堀を埋めて行ってる気がしないでもないです」

 

「ああー・・・」

 

こそこそと話をした後、胡乱な瞳でこちらを見やる二人に、少したじろぐ。

 

「な、なんだお前ら。覗いたことはちゃんと本人達に謝るから、そんな目で見るんじゃない」

 

「・・・ギル、お前、鈍いってよく言われない?」

 

「なんだとっ!? 俺が鈍い!? そんなわけないだろう。これでも、女性の気持ちの機微には鋭いと評判だぞ」

 

「鋭いと評判だぞ。きりっ」

 

「よっしゃその喧嘩買った!」

 

俺の真似をしているのか、真顔で俺の言葉を反芻した一刀に、思わず拳を振り上げる。

 

「わっ、ちょ、ストップストップ! 謝るから! おちょくった事は謝るっ!」

 

「・・・全く。なんだというんだ」

 

はぁ、と俺もため息を一つ。そうでもないとやってられん。

そういえば猪々子たちが遅いな、と天幕の入り口に何気なく目をやると、斬山剣が飛んできた。

 

「なんだとっ!?」

 

慌てて目の前に宝物庫の入り口を開き、そのまま宝物庫へイン。

あっぶねー、もしブチ当たっても弾くとはいえ、こんな狭い天幕の中であの巨大な斬山剣ブン投げられたらたまらんぞ。

 

「ちっ、気付かれたか・・・」

 

「ぶ、文ちゃんっ、危ないよぉっ」

 

「危ないことしてるからな」

 

慌てたような声と、悔しそうな声。

天幕に入ってきたのは、予想通り猪々子と斗詩だった。

 

「すまんっ!」

 

「速いっ!?」

 

「た、大将が光速で土下座を・・・!?」

 

二人を認識した瞬間の俺の行動は早かった。

隊長が説明してくれたとおり、出来うる限り高速で土下座。光速は言いすぎだけど、俺の感覚的にはホント一瞬だ。

 

「言い訳とか何もないっ。覗いてすまんっ!」

 

「え、えと、私は少し恥ずかしかっただけですし・・・うぅ、この状況のほうが困っちゃいますっ。お顔を上げてくださいっ」

 

「あーっとぉ・・・そこまで真っ直ぐに謝られるとは思ってなかったなぁ・・・」

 

二人の困ったような声が頭上から聞こえる。

斗詩はわたわたと慌てながらも頭を上げてくれと言ったし、猪々子も少し気まずそうに沈黙した後、同じように頭を上げろと言ってくれた。

いや申し訳ない、ともう一度謝りつつ、頭を上げる。正座の状態で二人を見上げると、顔を逸らす猪々子と苦笑いを浮かべる斗詩の姿。

 

「全く。急だったからあたいもびっくりしちゃったぜ」

 

「ええと・・・わ、私も文ちゃんも、びっくりしただけで怒ってません。ですから、その・・・お互い水に流しましょう・・・?」

 

「ん、そう言ってくれると助かる。・・・ま、借り一つということで。何かあれば俺を頼ってくれ。出来ることならしよう」

 

「ん? 今なんでもするって」

 

「言ってないぞ猪々子」

 

隊長と全く同じことを言おうとする猪々子に、割り込むように発言する。

 

「・・・ギルさんが『出来ることなら』って、ギルさん結構『何でも出来る』し・・・」

 

ある意味間違ってないのかも、と呟く斗詩。

いや、俺にだって出来ないことはあるし。・・・ある、し。

まぁ、それでも『なんでもする』とは言えないな。

 

「っと、思わぬ騒ぎで時間が押しちゃったな。訓練再開しようか」

 

「はい~。じゃあ、隊長さん。訓練を再開させてくださいね~」

 

「はいはーいっ」

 

「猪々子さん、斗詩さんは引き続き、班単位で新兵の訓練を見てあげてくださいね? ・・・ご主人様はどうします~?」

 

「ん? 俺? そうだなぁ・・・七乃は手伝い必要な感じ?」

 

「いえ、私の方はほぼ終わってますので、後は皆さんの動きを見て評価を付けるだけですよ?」

 

「なら、一刀と一緒に基礎訓練でもしてるかな。新兵のどっかに紛れれば、丁度いいくらいだろ」

 

一刀は魏で警備隊長として色々やっていたと聞くし、ある程度の体力はあるだろう。

武器の扱いもある程度覚えがあるだろうし、混ざっても問題あるまい。

 

「お、俺も参加するのかっ!?」

 

「もちろん。最近新兵を見てやれてなかったからな。・・・俺の補佐、してくれるんだろ?」

 

「ぐ、足元見やがって・・・でもまぁ、ある程度鍛えておくのも必要だよな・・・。よし! ギル、未熟者だけどよろしく頼む!」

 

「おうっ。訓練が終わった後は立ち上がれないと思うけど頑張れ!」

 

「ああ! ・・・え?」

 

疑問符を頭の上に浮かべている一刀を連れ、俺は新兵の部隊の、一つの班に飛び込むのだった。

 

・・・

 

「ぜ、は、ぜ、は・・・」

 

「ふむ・・・予想より体力あったな。時間を見つけてきちんと走ったりはしてたわけか」

 

目の前で荒い呼吸を繰り返す一刀を見下ろしつつ、一つ頷く。

もうちょっと早くに動けなくなるかなー、と思っていたら意外と粘ったので、ちょっとはしゃいでしまった。

俺が貸し出している宝具、『心の清らかさによって切れ味が上がる刀』を握ったまま、一刀は呼吸を整えているようだ。

 

「お、アニキじゃん。何々、北郷見てたの?」

 

「ん? 猪々子か。そっちの訓練は終わったのか?」

 

頭の後ろで手を組み、にしし、と笑いながらこちらに近づいてきた猪々子に、軽く手を挙げつつそう答える。

 

「新兵とはいえ、もう結構訓練はしてるからなー。ある程度出来上がってきてるし、後は斗詩に任せてきた」

 

そういう細かいのは、斗詩のが得意だし、と全く悪びれずに猪々子は言い放つ。

・・・厳密に言えばその仕上げまでやるのは、斗詩だけの仕事ではなく二人の仕事なのだが。

 

「あ、そうだ! 暇なら手合わせしようぜ! もちろんアニキは全力禁止な!」

 

「む? まぁ、良いか。ちょっと一刀置いてきてからやろっか」

 

笑顔でナチュラルにハンデを言い渡してきた猪々子に、潔いよなぁ、この子、と感心する。

まぁ、恋のように『自分より強く、高い壁を乗り越える』ために戦うんじゃなくて、『楽しい戦いを、ずっとしていたい』タイプの戦闘好きだからな、猪々子は。

 

「よっと。・・・水は置いとくぞー」

 

「さ、さんきゅ・・・」

 

ある程度は呼吸も整ってきたのか、俺の置いた水筒を手に持ちながらそう答える一刀。

ま、これなら脱水症状もないだろう。そうならないよう、ギリギリでやったからな。

猪々子の元に戻りながら、ステータスをいくつか抑える。鎧は元々着けてなかったから服装はいつものライダースーツ。

武器として宝物庫から取り出したのは赤い槍、ゲイボルグの原典である。

 

「こんなもんかな」

 

余り抑えすぎると落差に慣れなくてやられてしまうので、程ほどで抑える。

 

「待たせたかな」

 

「いんや、こっちも丁度良く身体がほぐれて来たところだぜ」

 

斬山刀を振り回し、感覚を手に馴染ませた猪々子が、明るい笑顔を見せる。

 

「よっしゃ、じゃあ・・・行くぜっ!」

 

「っ、と!」

 

合図はどうしようか、と思考した隙を突いて、猪々子が突っ込んでくる。

・・・まぁ、戦場だと普通は合図なんて無しに始まるからな。訓練としては猪々子の対応が正しいんだろうけど。

 

「負けてやる気は・・・さらさらない、ぞ!」

 

上段から振り下ろされる斬山刀を、片手で振るった槍で払う。

鈍い感触と、地面が陥没する音。払ったことで軌道を逸らされた斬山刀が、俺の左半身を掠って訓練場の地面に突き刺さる。

 

「隙だらけだぞ、猪々子っ!」

 

「ああもうっ、あたいより馬鹿力かよっ!」

 

思いっきり隙を晒した猪々子に向けて、槍を突き出す。

だが、猪々子は地面に叩き付けた斬山刀の柄をそのまま右に振るう。

そうなれば、もちろん斬山刀は俺の目の前を塞ぐように動く。剣というよりは鉄板と言ったほうが正解に近いこの武器は、流石に宝具と言えど簡単には貫けない。

硬いものにぶつけた音と衝撃が、俺の腕を走る。じん、と痺れるような感覚。

 

「っりゃっ!」

 

さて次の一手はどうようか、と視界を塞がれた状態で、斬山刀の向こうにいるであろう猪々子の出方を判断するより早く、斬山刀の陰から疾駆する人影。

なるほど、巨大な武器は、何も手に持って振り回すのだけが使い方じゃない。盾にしたり、足場にしたり、隠れ場所にしたり。

そういう使い方もするので、基本的に巨大な武器を振るう将たちは近接格闘も得意だったりする。

目の前を斬山刀で塞ぎ、そこから俺が離れるよりも早く、死角から接近。素手での格闘戦を仕掛けるつもりなのだろう。

確かに懐に潜られては、槍よりも素手のほうが速いだろう。俺が槍を手放し、格闘に移るにしても、猪々子のほうが不意を突いた分有利だ。

・・・だが、俺にも意地がある。猪々子を見逃さないように視線で追いかけ、手元の槍を手繰り、両手で持って縦に構える。

素手ならば、狙うのは急所。つまり、正中線上にある顔や鳩尾、金的などだ。・・・低い姿勢で飛び出してきた猪々子が狙うのは、おそらく鳩尾・・・!

縦に構えた槍で、何処から来ても防げるように猪々子の腕の動きに注目する。時間がゆっくり、スローに感じるほどの集中。猪々子は地面に足跡が残るくらい踏み込み、利き腕の右手を掌底のように突き出してくる。

やはり、鳩尾かっ・・・!?

槍の隙間から鳩尾を狙うのだろう、と判断して、少しだけ身体を後ろに。猪々子の手の長さ、踏み込みからして、ギリギリ当たらないだろう、と言う距離だ。

だが、俺の身体を悪寒が走る。その避け方はダメだ、と培ってきた戦闘経験が俺にもう一歩の後退を求める。

――だが、一手遅かった。

 

「っ!」

 

「取ったっ!」

 

驚いて、声にならない声が漏れる。

素手だと思っていた猪々子の、服の裾。

拳を避けた俺の顔に、仕込み短剣が飛び出してくる。

 

「ぐ、うっ!」

 

このままでは、切っ先が俺の急所に当たるだろう。そうなれば致命傷扱い。一本となる。

不意を突かれて、油断して、負けるわけにはいかない、と体に無茶をさせる。

後退した勢いを使って、無理に身体をそのまま後ろに倒す。バク転をするように、ブリッジの姿勢を取る。

そうなれば、猪々子が丁度俺の上で腕を伸びきらせ、隙を見せることになる。一撃は難しいが、仕切りなおしは出来るだろう、と言う判断からだったのだが・・・。

 

「あ、めぇぞっ!」

 

とん、と俺の胸元に触れられる感触。仕込み短剣の右手ではなく、左手で俺の胸に手を付き、突き刺さったままの斬山刀を足場に、猪々子が俺を飛び越えて行く。

馬跳びを、背中ではなく胸でやるようなものだ。かなりの身体能力があって、身軽じゃないと俺ごと倒れこむような動き。

しかも、足場にされた俺は一瞬だけ動きが鈍る。――そこまで考えていたのなら恐ろしいが、猪々子の場合はその場の流れでそれを思いついた、と言うことがあるので更に恐ろしい。

ざり、と俺を飛び越えた猪々子が姿勢を整えながら着地、そのまま踏み込んで俺に接近しようとする。

ブリッジの体勢から、足を振り上げてバク転。その途中、足が丁度真上に来た状態で、腕の力だけで真上に跳びあがる。

 

「う、そだろっ・・・!」

 

次は猪々子が驚く番だ。低い姿勢で俺にタックルを仕掛けた猪々子は、腕だけの力で跳んだ俺の下を土ぼこりを上げて通り過ぎて行く。

猪々子は今のタックルが避けられることなど考えてもいなかったのだろう。タックルをした彼女は俺が避けたその先に、自分が付きたてた斬山刀があることに気付くが、もう遅い。

 

「しまっ」

 

ごいん、と少しだけ愉快な音がする。なんと言うか、硬いものどうしをぶつけたような・・・例えるなら、押さえながら叩いた銅鑼のような音だ。

空中でくるりと回って、足を下に向ける。そのまま着地して、斬山刀が刺さっている場所の土ぼこりが晴れるのを待つ。

視界をさえぎっていた土ぼこりが風で飛ばされると、そこには・・・。

 

「・・・きゅぅ」

 

斬山刀に頭をぶつけ、目を回して気絶している猪々子がいた。

 

・・・




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