真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

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「俺は特に袁家に巻き込まれたりしたこと無いんだけど、ギルとかはやっぱり絡まれたりしてるわけ? 鎧とかで」「・・・俺が鎧着てるときに出会うと確実に絡まれるな。『わたくしと同じように黄金の鎧を纏うとは、貴方は中々分かってらっしゃいますわね!』みたいなことを数十倍に膨らませて言ってくる。滅茶苦茶面倒だけど、最近その傍らで謝る斗詩が可愛くて若干楽しみにしてる節もある」「・・・流石絶倫王・・・」「お前次それ言ったら麗羽にあることないこと吹き込んで華琳の元に突撃させるからな」「そっ、それだけは勘弁を! 麗羽と接触した後の華琳って凄い機嫌悪いんだよなぁ・・・」「・・・俺は話を聞いたことしかないのだが、その袁家の姉というのは人の形をした災害か何かなのか・・・?」


それでは、どうぞ。


第六十七話 袁家の姉に

「くあ・・・寝てたか」

 

痛がる思春と亞莎をつれ、他の子たちが風呂へと行ったので、一人暇になった俺は休憩していた・・・んだが、いつの間にか寝てしまったようだな。

背筋を伸ばしパキポキと解すと、立ち上がって着替える。

多人数は疲れるが・・・その分満足感は高いな。

 

「っと、そろそろ休み気分から抜けないとなー」

 

今日くらいから国の重要な役職についている人間は仕事を開始する。

朱里、雛里や、桂花に風と凛、あと冥琳、亞莎、穏なんかの文官、軍師系はもうそろそろ仕事の時間だろう。

あれ・・・そのうちの何人か今風呂行っちゃったけど・・・いいのかな。

ま、まぁ、華琳とか冥琳とか、フォローの上手い子が居るから、問題はなさそうだけど・・・。

 

「俺も俺でやることあるし、取り合えず朱里たちのところに行くか」

 

本音を言うと朱里たちにも振袖を着てもらいたかったけど、どうも頭の中では『七五三』という単語がチラついてしまってどうも乗り切れなかった。

・・・璃々に着せるともっと七五三だな。あれ? 良く考えると壱与って今卑弥呼が在位してるから・・・うん、深く考えると不味い気がするので、スルーしよう。

 

「そういえば明命に・・・あ、ちゃんと渡してるな。ぽけっとしてたけど、そこはしっかりしてたか、俺」

 

風呂に行く前の明命にきちんと渡していたらしい。

賢者モードの俺、ナイス。

 

「侍女隊ー?」

 

「はっ! ここに!」

 

「・・・何でベッドの下から出てきた?」

 

部屋の前か何処かで待機してるのかな、と思って声を掛けてみたら、ベッドの下から三人ほど滑り出てきた。

 

「待機しておりましたので!」

 

「いつから?」

 

「ええと・・・二刻ほど前でしょうか」

 

「壱与が俺の部屋に来る前・・・俺が寝てる間に来てたのか」

 

確かにこいつらに鍵は預けてるし、というよりむしろ俺の部屋は施錠してないので誰でも自由に入れるといえば入れるが・・・。

まぁ、神様に呼ばれてるときはそっちに意識を飛ばしてるから、結構隙だらけといえば隙だらけなんだよな。

それを心配してか俺の部屋の前には番兵が居たりすることもあるし。

でも俺の部屋に襲撃をかける意味は本当に薄いぞ。

重要なものとかは宝物庫の中だし、俺自身を狙われても流石に部屋の中に進入されたら気付くし。

・・・え? 神様のところに行ってると壱与の襲撃とか気付かないって?

まぁ、そのときは神様が教えてくれるしさ。・・・その割には侍女が潜んでたのは気付かなかったっぽいけど。

 

「それでギル様っ。なんの御用でしょうか?」

 

「ん、ああ、出かけるから片付けと掃除お願いしようと思って」

 

「了解いたしました。・・・それでは、作業を開始いたしますね。いってらっしゃいませ」

 

「ん、頼んだよー」

 

部屋は広いけど、三人居れば寝室の掃除には困らないだろう。

 

「・・・貴女は回収班ね。壱与様との取引が出来そうなものを選んでおいて」

 

「はっ」

 

「私たちは・・・お掃除よ。ギル様のお部屋を、まぁ、それなりにゆっくりにお掃除するわ!」

 

「了解です!」

 

部屋の中から姦しい声が聞こえてくる。・・・何の話をしてるかまでは聞き取れないが。

侍女達は嬉しいことに俺に関する業務だと士気を高めてくれるからな。きっと仕事に関する話でもしてるんだろう。

更に彼女達は『撫でるだけ』とか『褒めるだけ』とか子供のお使いレベルのご褒美で喜んでくれる可愛らしい子たちだ。

そんな彼女達に報いるため、一応侍女隊の給金は個人的にお金を出して高めにしてある。もちろん、本人達にはナイショだけどな。

 

「さーて、ささっと仕事を終わらせるかー」

 

新年一発目の仕事は、何かなー。

 

・・・

 

蜀の執務室。その扉をノックする。

多分何時も通り桃香と朱里、後は雛里が居るくらいだろう。もしかしたら愛紗も居るかもしれないが。

 

「入るぞー」

 

声を掛けて扉に手を掛けると、中から焦ったような声が聞こえてきた。

 

「おっ、お兄さんっ!? だ、ダメっ! 今はダメっ! お部屋にもどっぱう!?」

 

「・・・大丈夫か? 今凄い悲鳴が聞こえた気がするんだけど」

 

「どうぞ、ギルさん。お入りください」

 

先ほどとは打って変わって沈黙した桃香の代わりに、朱里の声が聞こえる。

何故かいつもと違って冷たい空気を纏っているようだが・・・まぁ、中に入れば分かるだろ。

 

「お邪魔しまー・・・す?」

 

扉を開けて部屋の中に視線を走らせると、なんとも反応に困る状況が展開されていた。

部屋の隅で頭を抱えて蹲る雛里、お腹を押さえて机に突っ伏す桃香。そしてその向かいで書類を見ながら表情を暗くする朱里。

 

「・・・なんだこの惨状」

 

「ギルさん、そちらにお掛けください」

 

「お、おう? ・・・朱里? なんか顔が怖いぞ?」

 

「普段通りですよ。・・・普段通りですよね?」

 

ね? と桃香と雛里に視線を送る朱里。

雛里はがたがたと震えながらコクコク頷くだけだし、桃香は突っ伏したまま動きを見せない。

取り合えず、朱里が烈火のごとく怒っていることだけは分かった。・・・さて、原因を究明しないと俺も巻き込まれそうだな。

未だに朱里がここまで怒ったのを見たことが無いので、生半可なことじゃないだろう。

いつもは『はわわ軍師』だとか呼ばれるものの、精神的には(一応、肉体的にも)成人している朱里は、例え鈴々に背の低さを指摘されようと卑弥呼に胸の大きさについて触れられようとへこみはしても怒りはしなかった。

・・・む? 桃香の突っ伏している机に、なにやら文字が。

桃香は筆を持っているので、それで書いたのだろう。ダイイング・メッセージという奴か。死んでないけど。

 

「よっと。朱里、俺の分の書類は何処だ?」

 

「・・・こちらです。それと、明命さんへの書類のお届け、ありがとうございます。助かっちゃいました」

 

「・・・い、いやいや。あのくらい容易いよ。・・・ああ、安心してくれ。中身は見てないから」

 

「ふふ。分かってますよ。ギルさんがそんな不誠実なことするわけ無いじゃないですか」

 

台詞だけを聞くと何時も通りだが、顔を見るとまさに『目が笑っていない』表情の朱里がいる。

目にハイライトが見当たらない状態である。誰だ朱里をここまで追い込んだ奴。

取り合えず、朱里と当たり障りの無い会話をしつつ、桃香の手元にあるダイイング・メッセージを盗み見る。

そこには、『しゅちゃんのてもと』と書いてあった。『しゅちゃん』というのは朱里のことだろう。

手元? と疑問に思いつつ視線だけを向けると、朱里は手元の書類を熱心に見つめていた。

・・・そういえば、部屋に入ってから朱里がこの書類以外を見ているのを確認してないな。仕事の速い朱里にしては珍しい。

 

「朱里? どうしたんだ、そんなに考え込んで。難しい案件か?」

 

もし良かったら相談に乗るぞ? と続けてみると、朱里はぐりん、とちょっとホラーっぽくこちらに振り向いた。

心臓に悪いのでやめて欲しい。

 

「乗って、くださいますか? 相談に。・・・こちらの書類なんですけど」

 

そう言って朱里が差し出してきたのは一枚の書類だ。

先ほどから穴が開くんじゃないかというくらい朱里が見つめていた書類でもある。

受け取ってさっと目を通してみる。・・・と、なるほど朱里がこんなになったのも頷ける。

 

「・・・麗羽か」

 

「分かってくださいますか、ギルさん。・・・流石に、そろそろ限界です。新年早々、やってくださいましたからね」

 

書類に書かれていたのは、麗羽に対する陳情だ。

大晦日の後彼女は新年のイベントで悉くやらかしたらしい。

祭りの雰囲気に当てられたのか、ありとあらゆる人に絡んでいき、家屋、家畜、仕舞いには住民(麗羽含む)に軽い怪我まで負わせたらしい。

詳しいことは聞き込み調査をしないと分からないだろうが・・・そろそろ、本格的に麗羽の教育が必要か。

美羽のほうは大体終わってきたからな。きちんとおしとやかな淑女になってきている。

 

「よし、朱里、俺が解決してくるから、そろそろ機嫌を戻してくれないか? 雛里も桃香も、朱里のそんな顔初めて見るからびっくりしちゃってるじゃないか」

 

「・・・そんなに変な顔してますか?」

 

「してるしてる。・・・いつもみたいに、笑ったり慌てたりする朱里がみたいな」

 

「ふふっ。慌てたりする私を見たいなんて・・・変なこと言うんですね、ギルさんは」

 

ようやく普通に笑ってくれた朱里を見て、安堵の息をつく。

さてと、後は朱里が思わずグレる程の案件を残してくれた麗羽にお仕置きの時間だな。

・・・場合によっては、猪々子と斗詩にもお仕置きかなぁ。

 

・・・

 

「ぱいれーん。ぱーいーれーん」

 

「・・・そんなに呼ばなくても聞こえてるよ。なんだよ、どうした?」

 

「麗羽の討伐に向かうから、仲間にならないか? 団子もあるぞ」

 

「ちょ、ちょっと待て。何だ? 何やらかした?」

 

あれか? それともあれか? となにやら記憶を手繰っているらしい白蓮に、一枚の書類を渡す。

怪訝そうな顔をしておずおずと受け取り、それにざっと目を通した白蓮は、深いため息を一つついた。

 

「・・・協力するよ」

 

「そう言ってくれると思っていた。さて、犬はゲット、と」

 

次は猿か。頭脳担当かな。

 

「あら~? どうなさったんですか、ご主人様~」

 

きょろきょろとしている俺を見て声を掛けてきたのは、美羽の保護者兼我が軍の副官、七乃である。

 

「よし、七乃。団子を食べて俺の僕になるか、ここで俺の剣の錆になるか。選ばせてやろう」

 

「・・・それ、選択肢ないですよねぇ?」

 

お団子くださいな、と苦笑い気味に手を出してきたので、はい、ときび団子一つ。

順当に猿もゲットである。後は雉か。

 

「ところで、何をしに行くんですか、ご主人様?」

 

「麗羽を討伐に鬼が島に行くところだ」

 

「一体何をやらかしたんですか~?」

 

「・・・麗羽が何かやらかした、というのは疑わないんだな、皆」

 

「そりゃあそうですよ~。美羽様なら最近ご主人様のお陰で真人間の道を歩み始めましたけど、麗羽さまは放置してしかもご主人様がお金を上げていたから増長しっぱなしでしたから~」

 

やっぱりか。俺が甘やかしすぎたんだなぁ。

桃香からのたっての願いだからと受けてしまったが、もっと早く手を打っておくべきかと後悔してしまう。

 

「まぁ、閨に連れ込んで三日三晩交われば獣から人間になるんじゃないですか~?」

 

「お前、俺に麗羽を襲えってか」

 

というか、そのエピソードはすでに何処かで使われているので、無しだ。

 

「それが一番手っ取り早いと思いますよ~? ねぇ? 白蓮さん?」

 

「ん!? そ、そこで私か? うーん・・・まぁ、私はそういう経験が無いから何とも言えないが・・・まぁ、麗羽を襲うって言うのはともかく、ギルに惚れさせるって言うのは良い考えだと思うぞ」

 

「・・・無理だろ。美羽より難易度高いぞ、あの高飛車お嬢」

 

あれが誰かにぞっこんになっている様子が想像できん。

 

「あれでも、過去華琳と好きな子を取り合うほどには人間並みの恋愛感情持ってたんだぞ」

 

「・・・華琳からそれっぽいエピソードは聞いたことあったが・・・事実だったのか」

 

「未だにたまに話してるからな、麗羽は」

 

ふむ・・・まぁ、あれの面倒を恒久的に見れて、なおかつある程度の地位を持ち、袁家の人間が納得するほどの人物。

ああ、確かに俺しかいないっぽいな。仕方ない。

 

「抱く抱かないはともかくとして、麗羽を誘うだけ誘ってみるか」

 

「お、ギルにしては珍しく積極的だな」

 

「放っておいた俺の責任でもあるからな。・・・それに、あんまり放っておいて悪い男につかまりでもしたら、それはそれで寝覚めが悪い」

 

何の拍子に行きずりの人間と関係を持つか分かったもんじゃないからな。

ストッパー役の斗詩と猪々子は若干頼りないし。・・・あの二人も再教育が必要か。

特に猪々子。斗詩を優先しすぎて、麗羽を止める事を忘れることがあるからな。

 

「となると、雉はある程度汎用性のある策が取れて、飛べる・・・のは無理としても、それなりに身軽そうな・・・」

 

「あっ、ギル様ーっ! こーんにーちわー!」

 

「・・・雉ゲットォ・・・」

 

「う、うわぁ・・・ギルの顔が今までにみたことないほどに悪い顔してる」

 

「・・・私を初めて押し倒したときもあんな顔でしたよ~」

 

こちらに駆けてくる壱与を見つけて笑うと、後ろの二人がなにやらぼそぼそと呟いている。

まぁ、取り合えず壱与を仲間に入れることが先決だな、と努めて無視するが。

 

「こんにちわ、ギル様っ。あの、どうかなさったのですか? お困りのご様子でしたが」

 

「壱与、この団子をやろう。口をあけろ」

 

「? あ、あーん?」

 

「よっと」

 

「・・・むぐ、むぐ。・・・美味しいですね。媚薬とかは・・・入ってないですね」

 

「ああ、普通の団子だ。きび団子」

 

「ごくん。ご馳走様でしたっ。えと、このお団子にはどういう意味が・・・?」

 

「うむ、良くぞ聞いてくれた。実はな――?」

 

今までのいきさつを語ると、壱与はなるほど、と頷いた。

 

「それならばこの壱与、お力になれるでしょう。・・・うふふ。卑弥呼様より教えを頂き、師を超えた私の鬼道。そして鬼道と魔法を組み合わせた魔術。その真髄をたっぷりとご覧に入れましょう!」

 

「うわぁ・・・ギルに負けず劣らずな悪い顔してやがる」

 

「あれは、副長さんとかを陥れるときの顔ですねぇ・・・」

 

「ちょっと待っていてください。化粧を変えます。・・・よっし、出来た!」

 

魔術を使用して手早く化粧を変える壱与。

あれは初めて見る化粧だな。

 

「『鏖』の化粧です。・・・勝利を、ギル様と卑弥呼様。そして邪馬台国へ捧げましょう」

 

「お、おう。・・・殺すなよ?」

 

少し不安になりつつも、俺達四人は麗羽がいつも居るという東屋へと向かった。

 

・・・

 

なんだか、今日は嫌なことがおきそうだなぁって思うこと、ありませんか?

私はちょいちょいあります。文ちゃんが何か騒ぎを起こしそうだとか、麗羽さまがまた何処かにご迷惑をお掛けしそうだとか・・・。

白蓮さんに注意されたこともありますし、これ以上何か騒ぎを起こしてギルさんの下へ陳情が行ったりすれば、ただでさえ金銭面でご迷惑を掛けているギルさんに更にご迷惑を掛けることになってしまいます。

なので、頑張って二人を止めようとはするんですけど・・・。

 

「れ、麗羽さまぁっ。ちょっと待ってくださいっ。昨日すでに沢山お買い上げになったじゃないですか!」

 

「何を仰るのかしら、斗詩さんは。このわたくしが、昨日のような買い物で満足すると思ってるんですの!?」

 

あああ・・・やっぱり聞く耳持ちません。

新年一発目からの大騒ぎ。あれが陳情か苦情としてギルさんたちの下へ上がっていないはずは無いんです。

だから、それでギルさんの堪忍袋の緒が切れたとしてもおかしくは無いんですけど・・・それを察してはくれないですよねぇ・・・。

 

「わ・た・く・しの! わたくしの威光のお陰で、町でどれだけ買い物をしても御代は結構と言われるんですから! 何も問題はありませんわ!」

 

「そ、それはギルさんが全部立て替えて・・・っていうか、白蓮さんにも注意されたじゃないですかぁ・・・!」

 

「あー、そういえばそういうのもあったなー。麗羽さまー、流石にそろそろ自重しとかないと不味いんじゃないですかねー?」

 

そのときのことを思い出したのか、文ちゃんも麗羽さまを止める側に回ってくれました。

二対一なら流石に思いとどまってくれるかな・・・なんて思ったんですけど・・・。

 

「白蓮さんが幾ら注意してきたからと言って、わたくしに負けた白蓮さんには何も出来ませんわ」

 

「・・・正直、今の状態だと白蓮のほうが偉いんだけどなー」

 

「・・・だよね。うぅ、こんなところギルさんにみられたら大変だよ・・・」

 

もちろん、お優しいギルさんなので「仕方ないなぁ」と見逃してくれることも多いのですが・・・前に握り拳を解いたときは相当イラついてらしたようだし・・・。

副長さんからお聞きした、「怒ると逆に無口になる」という情報も何故か頭をよぎり始めます。

 

「おーっほっほ! 何も心配することはございませんわ! 河北四州の雄、袁家のわたくしがいるのですから!」

 

「・・・ほう。それは興味深い。どんな理屈で、『心配することは無い』のか、教えてもらってもいいかな?」

 

「ひっ。・・・ぶ、ぶぶぶぶ文ちゃん?」

 

「・・・やっべえぞ。マジだ。纏う気が尋常じゃないぞ、アニキ」

 

背後から聞こえてきた声に振り返り、隣に居る文ちゃんの裾を握る。

そこに居たのは、後ろに白蓮さんたちを連れた、黄金の将、ギルさんの姿。

ただ、いつもと違うのは・・・とても静かな、王気とでも言うような気を纏っていること。

黄金の鎧を着けているということは、いつでも戦闘可能ということ。

背後に控える白蓮さんたちは、必死に目で訴えてきています。「今すぐ謝れ」と。

 

「れ、麗羽さまっ? あのですね・・・!」

 

「あら? ギルさんではありませんか」

 

麗羽さまに事情を説明しようとしたら、それよりも早く麗羽さまがギルさんに気付いてしまいました。

全く空気が読めない麗羽さまは、この状況でも何事も無かったかのようにギルさんに話しかけます。

 

「いや、なに、ちょっとした注意をしようとしていたんだが・・・まぁ、やはり体に覚えこませないといけないかな?」

 

ギルさんの背後に浮かぶのは水面に浮かぶような波紋。

通常と違うのは、それが水面ではなく空中に浮かんでいるということ。

・・・あの波紋・・・まさしく噂に聞く『宝物庫』! あそこから様々な武器が飛んでくるという正直人の理を超えた力です。

 

「・・・はぁ。一応忠告しておきますが、何か言い繕うなら今の内だと・・・壱与からの最後の忠告です」

 

ぶぅん、と低い何かが唸るような音を立てて、鏡が空中に浮かび上がる。

・・・あれは、確か『魔法』と呼ばれる妖術とは似て非なる超常の力。

 

「・・・いえ。何も、言うことはありません」

 

その力を前にして、言い訳も謝罪も意味を成さないと悟る。

何か罰があるのならそれを受けよう。麗羽さまに仕えて来た身として、せめて一緒に。

文ちゃんも同じ結論に至ったようだ。苦笑いしながら、力を抜いて並び立つ。

 

「あら。意外と聞き分けの良い子なのですね。何故こんなのに仕えているかは不明ですが。・・・ならば、やることは一つですわね」

 

壱与さんがそういうと同時に、ギルさんがこちらに歩いてきました。

その表情は、背後からの鏡と波紋の光によって口元以外は見えません。

が、その王の気に当てられた私たちには、特に関係ありません。ただ、近づいてくるのを見据えて。

 

「・・・あら? 体が・・・動きませんわね」

 

今異常に気づいたのか、麗羽さまが首をかしげる。

そんな麗羽さまにギルさんが近づいていき・・・。

 

「? ギルさん? あなた、なにをっぷぎゅ!?」

 

「れっ、麗羽さまー!?」

 

「で、デコピンであそこまで吹っ飛ぶのかよ・・・!」

 

近づいてきたギルさんに首をかしげて何かを問おうとした瞬間、額に受けた衝撃によって麗羽さまは後ろへと吹き飛んでいきました。

ですが・・・変です。特に強い体を持つわけでもない麗羽さまが、あれだけのデコピンを受けて頭の中身が飛び散らなかったのはどうしてなのでしょうか。

 

「な、なななななにをっ。貴方っ! わたくしに何の恨みがあってこんなことを・・・!」

 

「恨みじゃないよ。ただ、遅れたと思っただけだ」

 

ギルさんが手を下ろすと、ようやくその顔が見えました。

なんだか、複雑な表情。・・・悲しそうな、安堵したような。

 

「美羽よりも年上だからと放っておいたのが、斗詩たちが居るから大丈夫だろうと思っていたのが・・・そして、俺が麗羽を甘えさせたのが、原因なんだろうな」

 

立ち尽くす私たちの横を通り過ぎたギルさんは、麗羽様の前まで歩くと、その目の前で屈みこみました。

 

「・・・もう一度、やり直そうか」

 

後姿しか見えませんでしたが、多分その顔は、とっても良い笑顔だったんじゃないかな、って。そう思います。

あれが、私の憧れる王の姿。・・・密かに恋焦がれる、黄金の王の姿。

 

・・・

 

「――だから、麗羽はそれまでのことを反省して」

 

懇々と続く説教。目の前には正座した涙目の麗羽と、周りをおろおろとしている斗詩。そして眠たそうに胡坐をかく猪々子。こら猪々子。スカートの中が見えるから椅子に座りなさい。

・・・え? 俺なら見られても大丈夫? ・・・男扱いされてないんだろうか。悲しいなぁ、おい。

 

「――というわけで、これからすべきこととはというのは――」

 

今までの小言だとか注意だとかが口からすらすらと出てくる。

デコピンで赤くなった額が痛々しいが、これも麗羽のため。なんと言われようと、時には体に教えることも必要なのだ。

ちなみに、筋力ステータスが尋常じゃなく高い俺のデコピンを受けて何故麗羽の頭が『あべし!』とならなかったのかと言うと、単純に壱与のお陰だ。

彼女が背後に展開していた『銅鏡』は、魔術発動の媒体のようなもの。『反射』の弱いものを麗羽の額に重点的に掛けたことによって、あれだけの軽症で済んだのだ。

むしろ、幾ら弱くても『反射』をあれだけ掛けて、それでも吹っ飛んでしまうというのは、単純に俺の筋力ステータスが壱与の魔術を超えてしまったということだ。流石は魅惑の人外ぼでー。

 

「――で、あるからして・・・麗羽? 聞いてるか?」

 

「は、はいっ! 聞いていますわ!」

 

「それなら良い。・・・まぁ、俺自身あまり長く説教するのも疲れるからな。お説教はこれくらいにしておこう」

 

「・・・これくらいって・・・かれこれ二刻は説教してたぞ・・・」

 

「これであまり長くないというのなら・・・ほ、本当のお説教は何時間正座コースなのでしょうか! 壱与、とっても気になります!」

 

背後の騒がしいお供たちをスルーしつつ、正座をしている麗羽に手を差し出す。

 

「まぁ、取り合えずこれからも間違ったことをしたら叱るからな」

 

「・・・はい」

 

「麗羽の素直なところと、気位の高いところは美徳だとは思う。そこを否定する気はないけど、悪い方向へ行きそうになったら俺が止める。これまでは疎かにしてたけど、これからは気をつけるよ」

 

ごめんな、と最後に付け加えると、麗羽が俺の手を取りながら口を開いた。

 

「ギルさんが謝ることじゃございませんわ。・・・貴方に吹き飛ばされて、叱られて分かったのです」

 

「ん?」

 

「・・・わたくしのことをきちんと見てくださっているから、こうして本気で怒ってくださったのですね? ・・・この袁本初、貴方の想いが、言葉でなく心で理解できました!」

 

「それ、理解してても悪い方向に向かう奴の台詞だからな?」

 

「え?」

 

「あ、いや、なんでもない。まぁ、分かってくれたなら良いんだ」

 

「ええ! これから心を入れ替え、自分に出来ることからやっていこうかと思います!」

 

「それは良い」

 

「つきましては・・・その」

 

なにやら言いにくそうにもじもじし始めた麗羽。

どうしたんだろうか。あ、何か仕事を手伝おうとしてくれてるのかな? 「今までのお詫びとして」、みたいな。

 

「あの侍女喫茶でやらせていただいたように、侍女のお仕事を手伝わせていただきたいのです」

 

「あ~・・・それは中々良いアイディアかもな」

 

ある程度知識は学んでいるし、何しろ麗羽自身、やる気を出してくれてるみたいだし。

俺のお付・・・『ギル専属待機』に混ぜれば、何かやらかしても迷惑被るのも俺だけになるしな。

 

「うん、なら侍女隊に特別編入してもらおうかな」

 

俺の言葉に、ぱぁ、と顔を輝かせる麗羽。

・・・キャラ変わりすぎだなぁ。そんなにお説教が効いたか?

まぁ、それがいつまで続くかは分からんが。言われた最初は「やってやろう」という気になるが、それを継続させるのが難しいのだ。

何処でも言われているが、「継続は力なり」なのだ。一度だけではただの気まぐれ。続けていくというのが、何よりも大切な意志。

 

「その辺も、ゆっくり教えていくか」

 

「? 何かおっしゃいまして?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

それに、侍女・・・というか、メイドというのは中世なんかでは身分の高いものしか就けなかったといわれるくらい、難しいものだ。

貴族の振る舞いを理解でき、更に身分の確かなもの、という意味で選ばれたものの職業という認識だったらしい。

ならば、麗羽に出来ない道理はない。

 

「というわけだけど・・・斗詩、猪々子。お前達はどうする? 麗羽と一緒に侍女隊に入ってもいいし・・・そうだな、ウチの遊撃隊に来ても良い」

 

後ろの二人に声を掛けてみると、二人ともお互いに目を合わせ、うぅむ、と唸る。

 

「・・・あたいは、アニキの部隊に世話になろうかな。麗羽さまが新しいことをしようってんなら、あたいもアニキの部隊で新しいことに挑戦してみたいし」

 

「私も・・・その、ギルさんの部隊でお手伝いさせていただきたいです。今までご迷惑をお掛けした分も、お返ししたいですし・・・」

 

二人の答えを聞いて、よし、と頷く。

 

「七乃、聞いてたな?」

 

「もちろんですよぉ。斗詩さんと猪々子さんの部隊編入書類を用意しておきますね~」

 

うむ、流石はウチの副官だ。細かいところに気が回る。

それに、これで頭脳系がもう一人増えた。斗詩と七乃なら気心も知れてるだろうし、気性も荒くない。

ぶつかり合うことは少ないだろう。攻撃の面でも華雄と猪々子という爆発力のある面子が揃った。

後は色んなところで使えるバランサーの副長。うむうむ、他の軍にも負けないぐらい人材が豊富だなぁ、おい。

 

「じゃあ、早速それぞれのところに挨拶に行こうか」

 

・・・

 

何時も通りに訓練をして、何時も通りに兵士を吹っ飛ばす。

最近は魏の海兵式訓練だかなんだかに参加してくれたお陰で、私を馬鹿にするようなアホはめっきりいなくなりました。

そんな中でもまだ私を下に見るようなのは、直接けちょんけちょんにして修正してあります。

うぅ、隊長早く来ないかなー。すっごい恋しいです。

弄られるのも、いじめられるのも、試合で翻弄されるのも。隊長がしてくれるなら、とっても嬉しいのに。

 

「うー・・・なんかむかむかしてきた」

 

「・・・不味い。副長殿に変化あり! おそらく隊長のことを考えてのもの・・・暴走です!」

 

「さっ、散開! それぞれの班ごとに纏まり、班長が指揮権を持って判断せよ!」

 

今日は確か、蜀の執務室で政務だったっけ。ああもう、だったらあの巨乳の桃香さんとか、軍師の朱里さんとかとしっぽりやってんのかなー。

 

「あーもう! もやもやする! 兵士さん! 全員構えなさい!」

 

「く、来るぞー! 密集陣形! 衝撃に備えろー!」

 

いつの間にか班ごとに纏まって縦を構えている兵士さんたちに突っ込む。

ほらほらー! 踏ん張らないと怪我するぞー!

 

「吹っ飛べっ!」

 

「て、てっきゅ・・ぐわぁぁぁぁっ!」

 

どーん、と漫画のように吹っ飛んでいく兵士さんたち。

医療班がキャッチして診断を開始したので、取り合えず放置。

 

「次の獲物はどーこーだー・・・?」

 

「お、やってるやってる。おつかれさーん」

 

辺りに視線を向けて、次は何処の班を壊滅させようかと思っていると、聞きなれた声が。

慌ててそちらに目を向けると、こちらを見下ろしている隊長と七乃さんの姿が。

 

「たいちょー!」

 

「・・・た、助かった・・・! 助かったぞー!」

 

うおおおお、と何故か勝利の雄叫びを上げる兵士さんたちに変なの、と呟きつつ、隊長の下へ。

あれ? 七乃さんの他に、斗詩さんと猪々子さんも連れてきてる。どしたんだろ。

 

「おう、副長。お疲れ」

 

「えへへ。お疲れ様です。あの、どうしたんですか? 今日は確か、執務のご予定ですよね? 訓練見学は今日無かったと思うんですけど・・・」

 

「ん、いや、新しく遊撃隊に二人入ることになってな」

 

「・・・なるほど、後ろのお二人ですね。よろしくお願いします。副長の、迦具夜です」

 

すぐに合点がいった私は、自己紹介がてらぺこりと頭を下げる。

 

「あっ、こ、こちらこそ! 今日からお世話になります、斗詩です!」

 

「同じく、猪々子。副長って強いんだって? 後で手合わせしよーな」

 

それぞれと握手をして、軽く自己紹介。

取り合えず訓練の途中でしたし、と二人を迎えて訓練を再開。

 

「んー・・・じゃあ、取り合えず走りますかー」

 

基礎体力を見るという意味でも、取り合えず走りましょう。

走って走って走って。戦場では体力がものを言いますからね。

 

「副長らしいことやってるじゃないか。流石だな」

 

なでなで、と隊長が私の頭を撫でる。

大きくて温かい手が自慢の髪を梳くように動き、なんだかくすぐったいような快感を与えてくれる。

この感覚がとっても心地よくて大好きだ。直接的な快楽とは違う、なんだか幸せな快さ。

うぅむ、これになんて名前をつければいいのか。

 

「取り合えず、走りながら考えようかなー」

 

・・・

 

「・・・ま、結局こういうことになりますよね」

 

「ん? なんか言ったか、副長」

 

「いえ、何でも。・・・それにしても、ほんとに一対一なんですか? 猪々子さん」

 

彼女のことだから斗詩さんと一緒に掛かってくるもんだとばかり思ってましたが。

まぁ、隊長がこなければ大抵の人に勝てますからね、私。

ふふん、自慢の剣技、見せてあげましょう。・・・あれ? 私姫ですよね? かぐや姫なのになんで剣技が上達してるんだろ・・・。

 

「うぅ、考えない考えない。お淑やかさより、隊長のお役に立てる剣技のほうが重要だもの」

 

ぱちん、と両手で頬を叩いて、前を見据える。

猪々子さんも巨大な斬山剣を用意し終わったみたいですし、審判の隊長に二人で視線を向ける。

 

「ん、用意できたか? じゃ、用意」

 

す、とお互いの姿勢が低くなる。

隊長が挙げた手が、掛け声と同時に振り下ろされる。

 

「はじめ!」

 

「っ!」

 

「でりゃぁっ!」

 

開始の合図と同時に振り下ろされる斬山刀を身を捩って避ける。

あっぶね! デカイってそれだけで強い理由になりますからね。リーチしかり、攻撃力しかり。

単純故に真正面からぶつかり合って勝つのは難しい。

私の聖剣よりも大きさも何もかも勝っているのだから、もう打ち合うだけ無駄。防ぐのも無意味。

小柄でスピードの出せる私の体なら、飛び回って逃げ回って、体力の続く限り避け続けるのが正解だ。

そうして、隙を見つける。私の多彩な道具達なら、それが出来る。

 

「すばしっこいなぁ! あたいはそういうの苦手なんだよっ!」

 

そういいつつも、巨大な剣を真横に振るう猪々子さん。

相当な膂力がないとこの動かし方は出来ないと思うんですけど! っていうか私みたいなのと戦いなれてますね!?

多分一撃目はかわされること前提での大振り。その後の退避先で体勢を崩したところに広範囲のなぎ払い。

私は何とか屈んで避けましたが、もうちょっと反応が遅れてたら盾か剣で防がざるを得ないところでした。

そして、その力の押し合いでは私が猪々子さんに勝てる道理はありません。

この隙を逃さぬように、猪々子さんが剣を振り切る前に、屈んだ状態で弓を構える。

どんなに膂力があったって、あれだけ大きいものを振っている途中では小回りが利かないはず。

まぁ、たまにそのまま無理矢理軌道を戻す隊長とか恋さんとかって言う化け物はいますけど。

 

「一撃! 必中させます!」

 

「弓!? どっから・・・っだぁ!」

 

避けにくい胴に狙って撃ってみましたが、予想通り避けられてしまいました。

重い剣に逆らわず、踏ん張らないで振った勢いそのままに体を流すことで、大きく重心をずらしたのでしょう。

私も今のでしとめられたとは思っていません。・・・先ほどは私が体勢を崩されましたが、次は猪々子さんが崩される番です。

 

「今・・・! 吶喊します!」

 

屈んだ状態から地面を踏みしめて最高速へ。

真正面の猪々子さん以外が、線のような景色へと変わっていく。

剣を手元に戻せてない今、ここが接近の大チャンス!

焦る表情を浮かべる猪々子さんに向けて、剣を振るう・・・。

 

「せ・・・ぷぎゅっ!?」

 

瞬間。視界が大きくぶれました。

一瞬の空白の後、頬に走る痛みと、振り切られた猪々子さんの肘が見え、ああ、肘打ちされたのか、とおぼろげに認識。

ぐらつく視界の中、そりゃ、接近されたときのためにある程度体術鍛えますよね、と自分が油断していたのを実感する。

 

「う、あ・・・んぅっ!」

 

でも、まだ足は動く。

踏みしめた大地は泥のように覚束ないけど、握っているはずの剣と盾も取りこぼしそうなほど手の感覚も無いけど!

それでも、こんな情けない醜態を晒して、隊長の前で副長の私が負けるわけにはいかない。

 

「うわ、あんだけバッチリ入って動くのかよ。・・・流石アニキの部隊の副長って所か?」

 

「そのとーり。わらひがたいちょーの前で負けるのはだめなの。だめだから、頑張る・・・のっ!」

 

呂律も回ってない状態で、するべきことは後退。

一旦距離を取ってこのフラフラの状態を回復させ、それから体術に気をつけて接近する。

・・・それが、正解なんでしょう。

でも、私は逆にッ! 前に突っ込む!

 

「くずします!」

 

盾を構えたまま体当たり。

受身は取ったみたいだけど、尻餅をついてるみたい。

そりゃ、脳震盪起こしてる人間が体当たりしてくるとか思いませんよね。

だからこそ、私はやってやりました!

 

「あいてっ。・・・ちょ、あんまり接近戦は慣れてな・・・っとぉ!?」

 

剣で突き・・・のつもりだったんですけど、さっきの衝撃で聖剣落としてたみたいです。

私の小さい拳で効くとは思いませんけど、こっちだって護身術程度の体術は習ってるんですよ!

だけど、猪々子さんはそれを仰け反って避けると、そのままバク転をして距離を取りました。

・・・これで、状況はリセット、かな。

でも、私が退くのと、猪々子さんが退くのは意味が変わってきます。

私ではなく猪々子さんが退けば、離した斬山刀から距離を取ってしまうということ。

今彼女の獲物の斬山刀も私が取りこぼした聖剣も、私の足元にありますしね。

そして、むこうが距離を取ってくれたお陰で、こっちは考える時間と回復する時間を得られました。

月の民である私は、普通の人間よりもある程度回復力というのに優れています。

脳震盪も、軽いものであれば今の時間で十分回復可能。

猪々子さんから目を離さないように、自分の剣を拾う。

 

「・・・降参、します? 正直、勝ち目は無いと思いますよ?」

 

慢心でも油断でもなく、しっかりと状況を見た上で、そう確信する。

素手の猪々子さんなんて、正直ウチの遊撃隊の兵士に毛が生えたくらいのもの。

ぶっちゃけ、今の私なら三手くらいで勝利への道が見えてます。

踏み込んで、体勢崩して、剣を突きつける。それだけで彼女は負けるでしょう。

猪々子さんもそれを理解したのか、座り込んで手を挙げ

 

「だなぁ。降参降参。あたいの負けだ」

 

「・・・ふぅっ。ありがとうございました、猪々子さん。貴方のお陰で、初心を思い出せましたよ」

 

重い斬山刀を彼女に渡して、お礼を言う。

 

「んあー? なんかあたいがした? ・・・ま、感謝されるのは悪くないねー」

 

どもー。と斬山刀を受け取った彼女と握手をして、隊長に視線を送る。

隊長はその視線を受けて、そういえば、と思い出したように手を挙げる。

 

「そこまで! ・・・副長、猪々子、お疲れ様」

 

そう言って、隊長はこちらに歩いてくるのでした。

 

・・・

 

「いやはや、やっぱり凄いな」

 

再び走り始めた副長たちを見ながら、ふと呟く。

 

「それは、副長さんが、ということですか~?」

 

「ん、あー、いや、それもあるけど・・・」

 

「猪々子さんも、と?」

 

「うん」

 

猪々子はなんだかんだ言って実力を見ることは無かったが・・・今のである程度分かった。

彼我の実力差が分かる経験もあるし、あの大剣を振り回す膂力だけではなく、とっさの体術が出てくる対応力。

間違いなく即戦力だ。実戦ですぐに使えるだろう。・・・流石は袁家。良い将と出会う運は凄まじい。

 

「? ・・・どうかなさったんですか~」

 

七乃も含めて、と思いながら視線を向けていると、その視線に気付いた七乃が首をかしげながらそう聞いてくる。

いや、なんでも、と適当に濁して再び訓練中の兵士達に視線を戻す。

 

「斗詩さんも一緒に走らせてよかったんですか~? 私と同じように文官寄りとして使うなら~・・・」

 

「まぁ、部隊での用途としては文官・・・どっちかって言うと頭脳よりだけど、七乃とは別の役割を持たせようと思って」

 

「別の役割・・・。あ~、なるほど~。私は本陣で指示を出す。斗詩さんは現場で判断を下す。そういう違いですね~?」

 

・・・やはり聡いな、この子。

 

「その通り。どうしても戦いになると連絡って言うのは通りづらくなる。そういう時、斗詩みたいな将が居ると、その場その場で冷静な判断を下せる」

 

猪々子だけ、華雄だけなら突出して窮地に陥ることもあるだろう。

そういうときに、七乃とは別の視点を持つ『目』が必要になる。

 

「目は一つだけじゃダメだということだ」

 

「流石は黄金の将ですね~。麗羽さまとは大違いと言ったところでしょうか~」

 

「どう反応していいか困るが。・・・まぁ、麗羽は麗羽で別の才能があったということだろうさ」

 

今麗羽は侍女隊に編入させ、『ギル特別待機』の担当の班に入って勉強をすることになっている。

優しく純粋な侍女隊の彼女達のことだ。麗羽にも偏見の目を持たずに平等に接し、教え導いてくれるだろう。

その中で自分の才覚を見つけて欲しいものだ。

 

「それで~・・・いつお三方を閨に御呼ばれになるのですか~?」

 

「・・・なんでそういう発想になるかなー・・・」

 

俺が女性を仲間に入れるたびに七乃はこうしてそそのかしてくる。

前華雄を入れたときも、『あの人は誘えば拒否しなさそうですよねぇ』と何を考えてるのか分からない笑顔で呟くほどだ。

 

「優秀な方は、優秀な子を残す義務がありますから~」

 

「ありますから、と言われてもなぁ」

 

優秀じゃなくても子が出来ることは嬉しいことだが・・・それを望まない子に強要させるほど人間終わってないはずだ。

え? もう人間じゃない? ・・・言葉のあやだって。

 

「まぁ、迫れば満更でもないと思いますけどねぇ。特に斗詩さんは」

 

「ん?」

 

「ふふ。聞かせるつもりの無い呟きなので、お気になさらず~」

 

上品に笑う七乃は、その言葉の通りその呟きを俺に聞かせるつもりは無かったのだろう。

言葉を続けずにそのままだんまりとこちらを見て笑顔を浮かべている。

 

「それに、麗羽さまもご主人様と関係を持てれば、少しは落ち着くでしょうし。あの雪蓮さまのように~」

 

「・・・それもあるか」

 

まぁ、後でそれとなく声を掛けてみるか。

仲良くなっていって、もしそういう気があるのであれば・・・。

む、いやいや、俺はもう少し強気で行くと決めたはずだ。

消極的より積極的。綺麗な子と関係がもてるのなら、それは嬉しいことのはずだし。

 

「・・・まぁ、前向きに考えておくよ」

 

「その言葉を待っておりましたよ、ご主人様っ」

 

語尾にハートマークでもついてるんじゃないかというくらい上機嫌にそう言った七乃は、いつもの薄い笑みではなく、満面の笑みを浮かべていたのだった。

 

・・・




「本日からお世話になります、袁本初ですわ! ご指導ご鞭撻、よろしくお願いいたしますわね!」「分かりました。まず、ギル様の寝台のお掃除からですが・・・」「お掃除。ええ、わたくしの初仕事ですわね!」「これが、ギル様が使用されたお布団です」「これをお洗濯するんですのね」「いいえ。まずは嗅いでください」「・・・? か、かいで?」「はい。顔を埋めて、大きく息を吸い込むのです」「そ、それに何の意味が」「やりなさい!」「は、はいっ! まふっ。・・・すーっ」「・・・どうです? とても芳しい、ギル様の匂いがしますよね?」「え、ええ。兵の方とは違って、汗臭くなくて・・・高貴な匂いですわ」「よろしい! 貴方には侍女の素質があるようです! この秘蔵の『ギル様のお洋服』を差し上げましょう」「え? え? あ、ありがとう・・・ございます?」

「・・・ふっふっふ。ギル様の匂いだけで満足する侍女なぞ二流! 壱与はもう、ギル様のことを思うだけで・・・お、おも、思うだけっ、でっ、んぅ・・・ふぅ。さて、これが上級者向けです」「流石壱与様だわ・・・」「私たちも頑張らないとね!」

「・・・うわぁ。大変だなぁあの人も。頻繁に夢に呼んで労ってあげるとしよう・・・」

こうして、主人公は神様に呼ばれる頻度が増え、なんだかやけに構ってくる神様に妙な悪寒を感じたという。


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