それでは、どうぞ。
「っきゃぁぁぁぁぁぁ!?」
人和と迎えた朝は、そんな絶叫から始まった。
「っさいなぁ、朝っぱらから。・・・あ、昨日の仕事ほっぽっちまった」
「そっ、そんなことより大切なことがあるでしょうがぁっ! な、なななななんでギルがれ、人和と寝てるの!? し、しかも裸で!」
地和の絶叫でたたき起こされた俺が呟くと、地和が烈火のごとくキレた。
全く、これが最近の「キレる若者」という奴か。怖いなぁ。
「あ~っ、昨日人和ちゃん帰ってこないなぁ~、って心配してたんだよぅ?」
「・・・おはよう。大体、状況は理解したわ」
天和がぽやぽやと怒った辺りで、人和も目を覚まして辺りを見回した後、ため息をついた。
ヒートアップしている地和はスルーして、人和は天和に連絡しないでごめんね、と謝る。
「いいよ~、ギルと一緒だったんでしょ~? だったら、安心だよぉ」
「ありがと・・・」
「し、したの!? したのね!? い、妹に先をこされたぁ~・・・油断してたわ、人和はギルのこと好きそうな素振り見せても、一番最後だと思ってた・・・」
「・・・ふ」
「笑った! 今人和が姉を見下して笑ったわ! 背も胸もちぃより大きいからって! きぃー!」
火にニトロを突っ込む人和に、地和は更にヒートアップ。もう背後に火山が見えるほどだ。
・・・というか、今のに限っては地和自身が自分で燃料を投下したように感じたんだが。
「まぁまぁ~。人和ちゃん、おめでと~」
「ありがとう、天和姉さん」
「ね~、ギル? 今日の夜は~、お姉ちゃんだからねー?」
「ん? ・・・んー、まぁ、分かったよ。一応空けておく」
姉妹の心温まるやり取りを見ていると、まぁ大体予想できたことではあるが、今晩の予定を埋められてしまった。
・・・でもなぁ、仕事サボってるからなぁ・・・。でもま、愛紗にミンチにされなければ、きっと大丈夫だと思う。
「あーっ、ず、ずるいわよ! じゃあちぃは明日の夜! 絶対部屋にいなさいよ!」
二日連続で夜の予定が決まってしまった。・・・うん、頑張ろう。
というか、二人一緒に、という考えはないんだな。・・・いや、別に一人ずつが嫌だということはないんだけど。
俺としても、一人ずつゆっくり相手したいしな。全く問題はない。
「分かった分かった。・・・取り合えず、愛紗が来る前に準備させてくれ。流石にこの状況を見られるのはまず」
「もう、遅いですよ?」
「ひっ・・・!」
まずい、と言おうとしたが、背後からの声に被せられキャンセルさせられた。
・・・同時に、背中に凄まじいプレッシャー。これは、不味い。
絶対怒ってる。あんまり仕事放り投げたことなかったから怒られたことないけど、これ絶対桃香がサボったときより怒ってる。
「霊体化・・・ああっ、しまった俺受肉してた!」
「・・・ひとまず逃げるわよ、姉さん達」
「りょうかい~」
「・・・御免ね、ギル」
「あ、お前ら、ちょっと待て!」
「待つのは、ギル殿ですよ?」
「くっ・・・!」
そそくさと着替えだけ終わらせた人和をつれて、天和たちは部屋から逃げていってしまった。
くそ、愛紗の言葉が正論なだけに言い返せない! というかやばい。これだけのプレッシャーを放っていて声色を荒げていないということは、今の愛紗は確実に英霊にダメージ与えられる状態だ!
まさに軍神! カッコいいけど今はならないで欲しかった・・・!
「し、仕事をサボったことは謝る。今日で取り返すから、許して欲しいなー・・・な、なんてー」
「殊勝な心がけです。桃香さまにも見習って欲しいぐらいですね」
少しだけ、声に優しさが混じった。・・・おっと、まさかこれは、生存フラグ!?
「じゃ、じゃあ・・・」
「ですがそれとこれとは話が別です。お説教です」
「ああ、そうか・・・」
違ったかー、これこそが、死亡フラグだったかー。
・・・
「ギルさまっ、貴方の壱与が遊びに来ましたよっ・・・。って、テレテレ巨乳がいる。ち、ツンデレが」
「・・・ギル殿、彼女は壱与殿でお間違いないですね? ・・・随分と嫌われてしまっているようですが」
「ん、ああ・・・叩けば喜ぶ。ほっといても・・・放置プレイって喜ぶなぁ。やっぱりМは無敵か」
何処からともなく取り出した青龍刀を構える愛紗を、よせよせ、と手で制する。
「? ・・・は、はぁ。まぁ、放っておけば良いのですね?」
「そういうこと。あ、そっちの資料取ってくれ」
「こちらですね。はい、どうぞ」
突然転移してきた壱与をスルーして、仕事を進める。
基本的に壱与は俺に甘くその他に異常に厳しいので、スルーするか椅子にでもして押さえつけておくしか対処法はない。
「ギル様っ? ・・・ぎーるーさーまー?」
「壱与、お座り」
「わんっ」
俺の周りをくるくる回って興味を引こうとする壱与に命令すると、嬉しそうに跪く。
というか、ナチュラルに犬言葉になってる。・・・流石は変態。命令されなれてる。
「ついでに口にチャック。許可を出すまで喋るな」
「っ、っ」
思い出したように命令を追加すると、こくこく、と激しく首を縦に振る壱与。・・・これでよし。
「愛紗、こっちの人口なんだけど・・・」
「あ、その資料ならこちらに。人口推移も一緒に写してもらったのですが・・・」
「お、助かるよ。流石愛紗だな。撫でてやろう」
「あっ、いえっ、そんな・・・あ、う・・・」
手招きすると、顔を真っ赤にしながら愛紗がこちらに寄ってくる。
彼女の黒い髪を乱さないように撫でると、すすす、と俺の肩に頭を寄せる愛紗。そしていつの間にか俺の足に擦り寄ってきてた壱与。
「・・・ていっ」
「っ・・・」
足蹴にすると、嬉しそうにしながらも声を出さないように転がっていく壱与。
・・・何なんだ、こいつマジで。
「お座りって言ったろ。俺が良いって言うまで動くな、喋るな。命令だぞ?」
びしっ、と犬のお座りと同じ格好で動かなくなる壱与。・・・ここまで言っておけば邪魔されないだろう。
さてと・・・いいこと思いついた。
「愛紗、膝の上においで」
「えっ、あの、ま、まだお昼ですし・・・おっ、お仕事も終わってませんので・・・!」
「後で片付けるから。それとも、嫌か?」
こういえば断らない、という確信を持って聞いてみる。
予想通り、愛紗は俯きながらもこくり、と小さく頷いた。
「よし、じゃあ壱与、しっかりバッチリ見てるんだぞ」
目を血走らせながらも、こちらから目を離さない壱与。
・・・多分、壱与に対してはこれが一番の薬だろう。後で発狂しなければいいけど。
「あ、やんっ・・・」
「ん? ・・・なんか、いつもより敏感だな」
ああ、きっと・・・目の前で変態に見られてるからかな?
・・・
「うーっ、うーっ! あんのテレテレ巨乳! ギル様と真昼間からニャンニャンとか・・・!」
「壱与、お前うーうー言うのをやめなさい。お前は引っ叩くと喜ぶだけなんだから」
「うーうー言えば引っ叩いていただけるのですか!? ほっぺたですか! ほっぺたですね!?」
「お前の頭はそればっかりだな」
ため息をついて、取り合えずスルー。
ちなみに愛紗は壱与に見られたのが恥ずかしかったのか、気まずそうに政務を共にして、終わると同時に顔を真っ赤にして慌てて部屋を出て行ってしまった。
・・・下着を忘れて行っているのだが、これは貰って良いということなのだろうか。
「そういえばギル様、こちら、卑弥呼様の弟さまからのお手紙です」
「は? ・・・久しぶりだな。彼は元気か?」
「ええ、それはもう。私や卑弥呼様のお話を聞いて、血涙を流すほどでして!」
「・・・そうか、良かった・・・のか?」
血涙流すのが嬉しくてなのかは甚だ疑問だが、まぁ取り敢えずは彼の胃腸を心配しておくとしよう。
「そういえば、卑弥呼は分かるけど、壱与も弟くんと親交あるんだな」
「親交あるも何も、壱与のお父様代わりのお方ですから!」
「へぇ、そうなんだ。・・・あんな姉と、こんな娘がいるのか。・・・可哀想に」
「いきなり罵倒なんて・・・ご褒美ですか!?」
急に呼吸が激しくなった壱与は、地面を転がって興奮を身体で表していた。
取り合えず踏んで止める。それすらも興奮材料らしく、俺に踏まれながらもはぁはぁという荒い呼吸を繰り返している。
「じ、地面に転がされて、ふ、踏まれて、踏まれてるぅっ! あふぅんっ、やっば、イッ・・・」
踏んでいる壱与の体が、びくんびくんと跳ねる。・・・こいつ。
「はふぅ・・・んっ、ふ、はぁ・・・」
色をつけたらきっと桃色なんだろうな、という吐息を吐き出す壱与。
・・・本当に自由人だな、こいつは。
「はぁ。取り合えず、次の仕事場行くぞ」
「は、はひっ。・・・あ、し、下着替えてきても・・・?」
「ダメ」
「喜んでッ!」
何が喜んで、なのかは分からないが、取り合えず壱与はそのまま駆け足でついて来る。
「次のお仕事は何なのですか?」
「訓練監督という名の休憩だよ」
「ふふっ、おサボりですね!」
「・・・「お」をつけるほどのことかねぇ」
「?」
小首をかしげ、こちらを見上げる壱与。
いつもは変態でマゾい興奮した表情しか見せないからか、新鮮で可愛く見える。
「なんでもないよ。そのままの壱与で居てくれって話」
「は、はいっ。壱与はいつまでもギル様のおそばに居ますよっ」
隣でぴょんこぴょんこ跳ねる壱与。・・・なるほど、小動物系か、この王女。
跳ねるたびに澄んだ音を立てる装飾品を眺めながら、訓練場へと歩いていく。
近づいていくにつれて、訓練しているらしい兵士たちの元気な声が聞こえてくる。
「ほらー、声が小さくなってますよー。沙和さんの地獄特訓に戻りたいんですかー?」
「声が小さい人はこちらで腕立て伏せですよ~? 回数は、私が良いって言うまでですー」
兵士たちの声に紛れて、幼げな声と間延びした声が聞こえてくる。
その声が聞こえた後、兵士たちの声が一段階大きくなる。隣の壱与が不快げに耳を塞ぐほどには声量が大きくなったようだ。
「よーう、精が出るなー」
「よーし、後十回で終わりますよー・・・って、隊長じゃないですか。どしたんです?」
「腕立ても、後五回で終わらせてあげますー。あらー、ご主人様じゃないですかー」
「おや、壱与さんも。珍しいですね、興奮して我を失っていないのは」
副長からの失礼な言葉に、壱与は忌々しげな舌打ちで返す。
二人とも笑顔で火花を散らしながら、俺を挟んでにらみ合う。
やめてくんねえかな、俺を挟んで喧嘩するの。特に壱与と副長。こいつら会うたびに静かに喧嘩してる気がする。
「はっ、壱与がいっつもギル様の魅力に心奪われてると思ったら大間違い・・・じゃないです! いっつもギル様の魅力にメロメロです! だからギル様、ぶって!」
「チョップ」
「ありがとうございますっ!」
望まれてやったこととはいえ、叩かれて喜ぶ壱与を見るとこの子、将来大丈夫なのかなぁ、と心配になる。
「ほんと、ぶれないですよねぇ、壱与さんってば。姫がそんなんじゃ、邪馬台国の・・・いや、これ以上は言いませんけど」
「壱与は別に姫ってことにこだわってませんしー。って言うかそっちが姫のダメ見本みたいなものでしょう?」
「はぁあぁ? 私は戦えるしー、しかもきちんと結婚・・・出来れば良いなぁって思える人も居るし!」
「あっはっは! そんな結婚(仮)みたいなお相手じゃあ・・・あ、壱与もそんな感じですね」
「・・・この状態もいいんですけどねー」
「よねー。でもでも、永遠に結ばれるって言うのも壱与的には全然問題なしっていうかー」
いつの間にか喧嘩の冷戦状態から仲良く姦しい話に変わっていく二人。
・・・いっつもこんなオチだから、あんまり仲裁しようと思わないんだよなー。やっぱり姫同士、仲がいいんだろうか。
「・・・取り合えず、今のうちに報告聞いておくかな。訓練の進捗はどうだ、七乃」
「はいー。とっても順調ですよー。沙和さんの訓練に一週間ほど交代で出させたら、帰ってきたときには皆さん態度が変わってましたからー」
やっぱり、交換訓練制度は良い刺激になったようだな。
いつも同じ相手から訓練を受けていると、やはり慣れというものがあり、少したるんで来る。
そこで、沙和のところから数名こちらで受け入れ、こちらの兵士も数名沙和のところで受け入れてもらった。
今までとは違う鬼教官のところでビシバシと鍛えられた兵士たちは、精神的にきりっとした顔をして帰ってきた。
「良い顔するようになったなー」
「ええー。新兵の中には少数ですけど副長さんを上司だと認めない人がいましてー」
「そんなの居たのか? そんなの少し訓練すれば分かるだろ?」
「あははー。何処にもバカっているものなんですよ~」
「あぁ・・・」
俺のときにも居たなぁ。まぁ、俺も兵士も男だったし、少し皆で騒いだりしたらそのうち仲良くなってたけど・・・副長は女の子だからなぁ。
そういう「男のバカ騒ぎ」みたいな最終手段も取れないだろうし、ちょっと荒療治だけど沙和のところに預けたのは正解だったかもしれないな。
「ま、ちょっとしたはねっかえりはある程度男にはあるものだし。大目にに見てやろうぜ」
「ええ、そこはご心配なくー。伊達に美羽様のお付をしてないですよー」
「・・・七乃って美羽のこと本当に好きなのか疑問に思うことたまにあるよな」
「えぇー? 私は美羽様のこと大好きですよー」
いつものほんわかした柔らかい笑顔でそう言うが、七乃の笑顔は下手なポーカーフェイスより感情が分かり難いからなぁ・・・。
「あ、もちろんご主人様のことも大好きですからー。ご心配なさらずにー」
私は分かってますよ、という顔でそんなことを言い放つ七乃。
隣で口論している二人の首がぐるん、とこちらを向く。
「私のほうが隊長のこと好きですよっ」
「壱与なんてギル様のこと愛してます!」
「・・・張り合うな張り合うな。嬉しいけど恥ずかしいから」
兵士たちがこっちを見ているのを感じて、少し体温が上昇する。
・・・まだ俺にも恥じらいという感覚が残っていたのか。良かった。
後はこいつらにもそういう乙女の心が残ってればいいんだけど・・・。
「・・・無理か」
「こっちを見てため息をつかないでくださいたいちょー!」
「ああっ、その残念な女を見る目・・・! イイッ!」
俺の視線から何かを感じ取ったのか、二人から・・・いや、副長からは反論が、そして壱与からは相変わらず情欲の視線が返って来た。
まだ足りんのか、壱与は。・・・というかこいつそろそろ下着換えないと大変なことになるんじゃなかろうか。許可しないけど。
「七乃、取り合えず後で報告書よろしくな。あ、今月最後の報告書だから、いつもの評価欄も埋めておけよ」
「はーい、分かってますよー。・・・そうですねー、今日、日が暮れた後に、お届けに参りますねー」
「・・・あー、悪いんだけど、今日の夜は・・・」
意味ありげな視線を送ってくる七乃の頭を撫でる。
申し訳ないが今日の夜は予約済みだ。そして明日も。
それをオブラートに包んで伝えると、こちらを恨めしそうな目で見上げてくる七乃。
「・・・そーなんですかー。わかりましたよー。ご主人様は可愛い部下よりも、新しい女の子を選ぶんですねー。流石黄金の将さんですねー」
「? 何を言ってるんだ、七乃」
「ですから・・・」
「『夜は』あいてないって言ったろ? ・・・七乃はもうちょっと聡明だと思ってたけど」
「っ! ・・・あっちのほうに、人があまり来ない東屋があるんですー」
そう言って俺の腕を抱き締める七乃。
・・・さて、壱与と副長を何とかせねば、と視線を向けてみると。
「はぁあぁあ!? ギル様の一番いいところって言えば罵ったり痛めつけてたりしても随所に優しさを混ぜてくれるところでしょうっ!?」
「それは壱与さんだけですって! なんで気付かないんですかねぇ!?」
「じゃああなたはどんなところがいいって言うのよ!」
「わっ、私ですか!? ・・・え、えと、その・・・優しいところ、ですけど」
「でっしょー!? じゃあ壱与と同じじゃないの!」
「・・・同じかなー・・・?」
良く分からないがなにやら討論に熱くなっているらしい。好都合といえば好都合である。
まぁ後で内容については問い詰めるとして・・・今のうちか。
「七乃、行くか」
「はい~」
・・・
結局、あの後七乃と二人で事が終わってまったりしてたときに二人に乱入され、最終的には三人で、となってしまったが・・・。
まぁいい、そのお陰で夜までに一人になれたわけだしな。
「・・・っと、もう居るのか」
部屋から灯りが漏れているのを見て、うぅむ、と少しだけ考える。
だがまぁ、悩んでいても仕方があるまい。案ずるより生むが易しと言うしな。
扉を開けると、すでに寝台に腰掛けている天和が俺に気付いてあっ、と小さい声を上げる。
「おかえり、ギルー」
「ただいま。・・・なんか天和に迎えられると変な気分だな」
「そーう? えへへ、でも私も変な気分。ギルと二人っきりってあんまりないもんね」
そういわれるとそうだな。いつもは・・・というか、しすたぁずが別々に行動しているのをあんまり見たことないし。
前に二人きりになったといえばデートに行ったとき以来じゃないだろうか。
そのときに貰ったものを思い出して視線をちらりと向けると、天和も一緒にそちらに視線を向けた。
「そういえば、猫ちゃん飾ってくれてるんだねー」
「おう、初めて貰った贈り物だからな。大切にしてるよ」
「・・・そっかー。んふふ、なんか嬉しいかもー。ね?」
「聞かれてもな」
言いながら俺にもたれかかって来る天和の肩を抱く。
「あのね? ・・・れっすんの後きちんとお風呂には入ってきたから。汗臭くはないと思うんだけど・・・。ど、どう~?」
少しだけ不安そうに問いかけてくる天和に、全然問題ないよ、と答える。
「というより、良い匂いするから我慢できないかな。・・・いいか?」
「・・・えへへ。そのために来たんだよー? ・・・えっと、よろしくお願いします?」
「こちらこそ、になるのかな」
そう言って、俺は寝台に天和を静かに押し倒した。
・・・
「ん、むぅ、朝ぁ・・・?」
眩しさで目を覚ますと、なんだか身体に違和感が。
「あ、そっかぁ、昨日・・・えへへっ」
思い出すと、違和感にも心当たりがあった。
昨日、アレだけいっぱい出されたんだし、それに昨日が初めてだったんだから変な感じがするのは当たり前だよね。
「・・・寝てる。ギルが寝てるの、初めて見るかも」
小さく寝息をたてるギルの頬を軽くつついてみる。
凄くいい手触り。もしかしたら、私よりも綺麗な肌してるかも。
・・・それはちょっと、女の子として、あいどるとして負けた気分。
「えいえいっ、ぷにぷに~」
ギルに寄り添うようにしてしばらく頬をつついていると、はらり、と身体に掛けていた布団がずり落ちる。
・・・あ、そういえば服着てなかった、と少しの肌寒さを感じて気付く。
「でも、ギルにくっ付いてれば暖かいなぁ・・・」
もう一度眠りたくなるけど、それは我慢我慢。今日はれっすんもあるし、何よりこのままギルをつんつんしていたい。
すりすり、とギルに頬ずりしながら朝の時間を楽しんでいると、ギルが声を漏らす。
「む・・・ふぁ・・・朝、か」
「おはよ~、ギルっ」
「ん? 天和、早いな。おはよう。もう起きてたんだな」
「えへへー。偉い?」
「偉い偉い」
私を腕に抱いたまま、ぐしぐしと強めに撫でてくれるギル。
ギルの手は暖かくて大きいから大好きだ。それに、撫で方も上手だし。
「起きるかー。服着ろよ、風邪引くぞ。ただでさえ女の子は身体冷やしたらダメなんだから」
そう言って、ギルは寝台の下に落ちてた私の服を拾って渡してくれた。
私がそれを受け取ると、ギルは寝台から降りて一瞬で着替えを終わらせる。・・・便利だなー、あの方法。
「ほらほら、早く風呂に入っちゃわないと朝飯食べる時間なくなるぞー」
「えー、ちょ、ちょっと待ってよぉ~」
いつもライブのときに着るものより楽な服だけど、それでもやっぱり焦ってると引っかかったりする。
苦笑いするギルに助けてもらいながら、取り合えず服を着た。
まぁ、後でレッスン用のじゃーじ、っていうのに着替えるから、お風呂までの我慢我慢。
「背中流してあげるね、ギルっ」
「お、じゃあ俺は天和の背中を流そうかな」
「え、えへへー。ちょっと恥ずかしいかも~」
とてとてとお風呂に向かって歩きながらお話してると、なんだかとっても幸せな気分。
急にギルの腕に自分の腕を絡めて見ると、ギルは少し不思議そうな顔をする。
「どうした、いきなり。おっと、そうか、歩きづらいよな」
そう言って、ギルは気まずそうに笑う。
・・・歩きづらい? と首を傾げて少しして、その言葉の意味に気付いた。
「あっ、え、えーと・・・えへへ、なんだかその・・・『しちゃった』って感じがして、恥ずかしいね~」
「・・・そういうことを言われると、こっちも恥ずかしいよ」
ぽりぽりと頬を人差し指で掻くギル。そんなギルを見てると、なんだか頬が緩んでくる。
ぎゅう、と身体全体を密着させるようにギルの腕に抱きつきながら、私たちはお風呂場へと向かったのだった。
・・・
「遅い!」
「うおっ、え、んー? ち、地和!?」
「あー、ちーちゃんだー」
天和と二人でまったり入浴していると、すぱーん、と扉を開いて地和が姿を現した。
いつものサイドテールではなく、髪を纏め上げてタオルを頭に巻いているため、一瞬誰かと思った、と言うのはナイショである。
「遅いってお前・・・日が昇ってまだ三刻も経ってないぞ」
「うっさい! ん、しょ・・・ほら、空けて、お姉ちゃん」
「えー、ギルともっとくっ付いてたいもーん」
「うぅ~・・・あ、二人とももっとそっち寄りなさいよ。反対側に入るわ」
地和の我侭に付き合って、ざばざばと横に移動する。
開いたスペースに地和が入ってきて、顔を真っ赤にしつつ頭をこてんと俺に預けてくる。
・・・ち、今日は入浴剤の所為で水面が濁ってるから見えないか。
「ちーちゃんはここでしてもらうの~?」
「はぁ? ・・・あ、なっ、何言ってるのよ! だって、ここじゃお姉ちゃんが居るじゃないっ」
「んふふ~、ちーちゃんのためだったら、少し早くギルを貸してあげるよ~?」
「おい待て。何故俺を物扱いした」
「ほ、ホント・・・?」
「ホント~」
「あれ、誰も俺の話聞いてくれないのか」
俺を挟んで取引をしている姉妹を半分諦めた目で見つつ、すすす、と手を移動させる。
こうなったら悪戯してやる。先ほども説明したとおり、今日は湯船が濁っているため水中の動きは見えないのだ。
「ひゃんっ!?」
ふに、と柔らかいものを掴む。・・・うん、明言は避けるけど、例えるならすべすべな桃である。形的に。
いきなり変な声を上げた地和に、天和の怪訝そうな視線が向けられる。
その地和本人は誰がやったのかすぐに分かったようで、こちらに恨みがましい視線で見上げてくる。
「どうしたの~?」
「・・・ギルが、お尻触った」
「え~っ、私のは触ってくれないの~?」
「そっち・・・!?」
地和の訴えに、天和はなんともずれた返答をする。
はっはっは、手は二つあるんだよ、天和。
「わっ・・・あはは、んふ、手の動きがやらしーよ、ギルっ」
顔を真っ赤にして俺の手を掴む地和とは対照的に、天和は頬を赤く染めるものの、大らかに笑って手に押し付けるように腰を動かしてくる。
「ちょ、こら、何お姉ちゃんとイチャイチャしてるのよっ」
「? 地和ともイチャイチャしてるだろ」
「これはイチャイチャって言わないのっ。ただお尻触ってるだけじゃない!」
「いいだろ、減るもんだし」
「減るもん・・・え、何が・・・!?」
え、何が減るのよ、と突っ込みを入れてくる地和。隙を突いてぐに、と強めに掴んでみると、嬌声を上げてへなへなとこちらに倒れ掛かってきた。
どうやら腰が抜けたらしい。
「ば、ばかっ、こ、腰が抜けて・・・」
「んふふ~、ちーちゃん気持ちよさそーっ」
ざばざばと天和が地和の背後を取る。
何するんだろ、と疑問が頭をよぎるのと同時に、天和の両手は地和の体をがっちりと掴んでいた。
「ひゃっ!? な、なななな何するのよお姉ちゃんっ」
「もーっと気持ちいいこと、しよーね?」
「・・・ま、まさか・・・ちょ、ぎ、ギルっ、あんたも何その気になって・・・」
「出来るだけ、ゆっくり行くからな?」
地和を安心させるように優しく髪をなでながら、水中の下半身に手を伸ばす。
どうやら天和も手伝ってくれるようだし、痛いだけの初体験にはならないだろう。
「あ、や、も、もうちょっと心の準備を・・・は、ぅ・・・っ!」
残念ながら、『遅い!』と突撃かまして来たのは地和だ。心の準備は十分出来てると判断するぞ。
・・・
事後、少しだけ逆流してきた俺のアレが、湯船の濁った白色の中に混ざってしまったため、一回全ての湯を抜くことになってしまった。
そのため、三人で揃って風呂場から出たのだが、二人して下腹部の痛みを訴えたため、取り合えずしすたぁずの事務所へと二人を送り届けた。
そのときに凄まじいため息を人和につかれたのだが・・・まぁ、そこはごめんと苦笑いするしかなかった。
「・・・ふぅ、なんだかすっきりした気分」
そりゃそうか。あんだけアイドル三姉妹に出しまくればそりゃすっきりする。風呂にも入ったしな。
「さーってと・・・。何するかなぁ」
今日一日地和のために空けておいたのだが・・・うーむ、暇になってしまったな。
背伸びをしながら視線を左右に振ってみると、後ろに後ずさりながらこちらを見る桂花と目が合った。
「・・・げ」
「ん? ・・・おおっ、桂花っ」
「な、何よ。なんでそんなに嬉しそうなのよっ」
こんな行き場所に迷っているときに桂花に出会うなんて。いつも男だと言うだけで辛辣な言葉を投げかけられるが、あんまり気にしない俺としては桂花と話すのは楽しくて好きだ。
やはり俺の幸運のランク値はバカにならないな。
・・・え? たまにキレてる? はっはっは、俺も聖人君子じゃないんだし、あまりにもしつこくされたら怒るって。
「よっしゃ人柱ゲット」
「人柱!? 何、いつもの仕返しって訳!? 私は大人しく埋められたりしないわよ!」
「・・・言葉のあやだったんだけど。・・・まぁいいや。ちょっと付き合え」
「嫌よ! 絶対にいや! なんであんたみたいな変態男と連れ立って歩かなきゃいけないのよ!」
つん、とそっぽを向く桂花。だが、手に何も持っていないところを見ると、確実に仕事は無いだろう。
桂花はいつも仕事があって外を出歩いたりするときは必ず筆記用具やら書簡やらを持ち歩くので、仕事があるかないか一目で分かる。
「まぁまぁ。そういえば美味しい甘味処があるんだ。桂花って饅頭大丈夫だっけ」
「え? まぁ食べない事はないけど・・・いや、だから行かないわよ! ちょっと、なんで手を引くのよ、だっ、誰かーっ!」
「そういえばあそこはお茶も美味しいんだよなー。やっぱほら、甘いものの後にはお茶だよなー」
ぎゃーぎゃー騒ぐ桂花を全スルーする兵士たちに手を振りながら、俺は桂花の手を引いて城下町へと繰り出した。
・・・
「どうよ、桃まん。ここともう一つの店でしか出してない珍しいお菓子だぞ」
「・・・まぁ、美味しいわよ。あんたと一緒じゃなければもっと美味しいでしょうけど!」
俺の隣で不機嫌そうに桃まんにかぶりつく桂花は、怒ったようにもぐもぐと口を動かす。
こいつはなんだかんだ言っても結構付き合いがいいので、無理矢理連れてきても結構付き合ってくれるのだ。
試作品の学校を作ってそこで桂花には子供たちに勉強を教えてもらっているのだが、そこでも付き合いのよさと言うか面倒見のよさは発揮されていた。
子供だったら男でも女でも関係なく接してあげるみたいだし。
「そういえば学校はどうだ? それなりに授業も進んできたろ?」
「・・・そうね、まぁある程度は読み書きも計算も出来るようになったわ。それなりに勉強が好きだって言う子も居るには居るし」
なんと、それは是非春蘭あたりに見習わせたいものだな。
その勉強好きな子供たちは将来俺たちの優秀な仲間になってくれるかもしれないしな。
「あの猪に勉強教えるよりはやりがいあるわ。きちんと学習してくれるもの」
やっぱり教えるなら人に、よねー、と呟く桂花。彼女の中では、春蘭は獣扱いされているらしい。
でも確かに春蘭に勉強を教えるのはほぼ不可能だろう。華琳だって諦めたんだし。
「一応私も気をつけてるけど・・・季衣をあの猪とあんまり喋らせないようにね。猪がうつるわ」
「あー、確かに季衣は春蘭のこと真似しようとしてるからなー」
勉強など必要ない! と断言した春蘭に影響されそうになってたし、あの子はちょっと危ないかもしれないな。
俺も気をつけるとしよう。・・・流流と同じく秋蘭を見習ってくれればなぁ・・・。
「これ以上華琳様の部下にバカを増やすことは許されないわ。・・・あんたのところは少なくて良いわよね」
「いやー、少ないけどその分質が凄いぞ。麗羽を筆頭とした袁家とかな」
「あぁ・・・あんたも結構苦労してんのね」
あはは、と曖昧に笑っておく。流石にバカだと断言するのは可哀想だが、かといってきちんとした常識が麗羽にあるかと聞かれると素直に頷けない。
一応華琳と同じところで学んでいただけあって学力はあるが・・・それを活用できないんだろうなぁ。
「呉が一番まともな人間多いんじゃないか? と言うか、呉で春蘭見たいな将を見たことないんだが」
「・・・そういわれるとそうね。あの奇乳も変な性癖持ってるって言えば持ってるけど、だからと言って常識がないわけじゃないし・・・」
「冥琳は常識人筆頭みたいな性格だしな。・・・強いて言えば雪蓮か? でも雪蓮もサボりがちなだけで王としては問題ないしなぁ」
「呉にも一人くらい春蘭見たいなのが居ればいいのに」
「・・・俺の命を問答無用で狙ってくるって言う意味では思春がそうかな」
「そうね。・・・なんで死なないの?」
こちらを凄いジト目で見上げる桂花。・・・いや、普通素直に死なないだろ。
正直言って思春の攻撃ではダメージを喰らわないのだが、やっぱり心境的には背後からの一撃は避けたくなる。
まぁ改めて普通の武器じゃ傷つかないって言うのを実感するのもやだなぁという理由もあるが。
「そういや普通の武器じゃ傷つかないんだっけ? ・・・面倒ね。あ、でも落とし穴に落としても怪我しないってことね。これからはもっと仕掛けようかしら」
「・・・俺のくすぐりの刑はさらに笑えるようになったぞ?」
「くっ・・・そういえばその恨みを晴らすのを忘れていたわ」
「いつでもかかってくると良い。俺一人を標的にするなら、いつでも付き合うさ」
「ふんっ。その余裕な態度がむかつくのよっ!」
ぺちぺちと俺を叩いてくるが、まぁそれはそれで可愛いものだ。
微笑ましいものを見る目で桂花を見ていると、嫌そうな顔で距離を取られた。
「何よ、その目! あんたにそんな目で見られると妊娠するじゃない!」
「・・・久しぶりに聞いたなぁ、妊娠発言」
前は近づいたり触れたり話しかけたりしただけで聞けたけどな。最近は性格が丸くなったのか、あんまり聞かなくなったな。
そうなったらそうなったで少し寂しい気もするがな。・・・言っておくけど、変態じゃないぞ!?
「あんたって、変わってるわよね。よく言われないの?」
「は? いや、俺ほどの常識人も珍しいだろ。新しい罵倒か? それは」
「ちっがうわよ! ・・・ああもう、そういうところが変だって言ってんの!」
「はっはっは、良く分からんな。ま、俺が変なら桂花も変だ。お互いに似たもの同士かもな」
「きっもちわるいこと言わないでよ!」
自分の体を抱くようにして立ち上がり、俺から距離を取る桂花。
相当似たもの同士扱いが嫌だったようだ。
「そう邪険にするなよ。俺は結構桂花のこと好きだぞ? なんていうか、やり取りが楽しいしな」
「ひっ・・・あ、あんた本格的にバカになったの!?」
「だからそう人をバカバカと・・・まぁいいや。そろそろ戻ろうか」
会計を済ませ、饅頭屋を後にする。
・・・
「・・・なんなのよ、こいつは」
いつも思う。こいつは頭がおかしいんじゃないのか、と。
落とし穴に落としても、いつものように罵倒しても、大体は笑って済ます。
怒ってもくすぐりなんてお遊びみたいな罰で済ますし・・・いや、男に触られるだけでありえないほどの罰なのだけど。
「どうした、桂花。いつも以上に難しい顔してるぞ?」
「誰の所為で・・・ああもう、なんでもないわ。放って置いて頂戴!」
普通に表情で心境を読まれているのがなんだか癪に障って突き放すように歩く速度を速める。
饅頭屋では払うと言ったのに奢られてしまったし・・・。あいつが自分から誘ったんだからそれは当たり前だけどね!
「そういえば桂花」
「なによ。これ以上なんか用があるの?」
「夜、空けておいてくれよ。部屋に行くから」
「・・・は?」
「じゃ、そういうことだから。・・・ああ、俺がいく前に風呂は入っておけよ?」
私の返答を待たずして、こいつはさっさとどこかへ行ってしまった。
・・・は? ちょ、ちょっと待ちなさい!
「え? 夜? 部屋に来る? ・・・風呂に入っておけ・・・?」
それ、完全に・・・何よあいつ、私に夜這いかける気!? ・・・さっきの好きだの云々って、本気ってこと!?
とっ、取り合えず華琳様に相談を・・・!
・・・
「? ギルに? 良いんじゃないの?」
「華琳様!?」
華琳様に相談してみると、きょとんとした顔で何がおかしいの、と聞き返された。
いや、ほら・・・その・・・不味いじゃないですか!
「まぁ、何処の馬の骨か分からない男よりは、ギルのほうがいいわね。あなたが唯一認めた男でしょう?」
「そっ、そんなことありません! 男なんて、全員・・・!」
「・・・まぁ、それならそれで良いのだけど・・・ギルが桂花を求めるなら、きちんと考えてあげるのよ」
「ですが・・・」
「本当に嫌ならば、私だってこんなことは言わないわ。・・・他ならぬ桂花のことだもの。少しは分かってるつもりよ?」
ぐ、と少し言葉に詰まった。
よくよく考えてみると、確かにあいつとはちょくちょく話しているし、政務の話をして唯一意思疎通が出来る男でもあるし・・・。
こうして見てみると、やはり男と言う以外は私の理想とする人間だろう。・・・一番は華琳様だけど!
「むぅ・・・」
「ふふ、良く悩むのよ」
それから、経験者の華琳様から夜の手ほどきを色々と受けた。
・・・か、華琳様と閨で過ごすのとはまた違うのね。気をつけないと・・・。って、な、なんで私は乗り気に・・・!
・・・
「・・・い、いつ来るのかしら・・・」
入浴を済ませて、一応自室であいつを待つ。
華琳様から色々聞いたし、覚悟も決めた。・・・まぁ、華琳様から勧められたから仕方なく、なんだから!
「おーい、居るかー? ギルだけどー」
「っ、あ、あいてるわよ!」
「お、すまんな。・・・俺が言うのもなんだけど、夜だから声押さえたほうがいいんじゃないか?」
「う・・・うるさ、ごほん。・・・うるさいわねっ」
思わず言い返すときに大声を出しそうになって慌てて声を抑える。
こいつの言うことを聞くのは癪だけど、確かに夜中に騒ぐのは非常識だ。
「ん、風呂も済ませたみたいだな。・・・じゃあ行くか!」
「・・・行く? ・・・ま、まさか外でするわけ!? あ、あんたは経験済みでも、こっちは初めてなんだから・・・!」
「え、初めて? ホントに? 華琳とかとしてないのか」
「かっ、華琳様とあんたは違うじゃない! 何馬鹿なこと言ってるのよ、変態男!」
「? ・・・なんで俺は罵倒されてるんだろうか。まぁいいや。兎に角、出発するぞー」
そう言って、私の腕を掴んで歩き出すギル。・・・そ、外でのお話は聞いてなかったかも、と少ししり込みするが、こいつに腰が引けているところを見られたくないのでなんでもないように振舞う。
・・・そういえば、華琳様も始めては外とおっしゃってた様な気が・・・。ふふ、華琳様とおそろい・・・。
「よし、この辺でいいだろ。人目もないし」
立ち止まったのは、城の裏手にある広場だ。宝具、と言う超常の力を振るうときにここを良く使うのだと目の前のこいつがちょくちょく言っていた。
その宝具の標的なのか、藁で出来た人間大の人形が等間隔で並んでいる。・・・正直、ちょっと夜には見たくない光景である。
というか、人目を気にしていると言うことは、やっぱりここでするのだろうか。・・・藁人形に見つめられてと言うのはちょっと勘弁して欲しいが。
「それじゃ、行くぞ」
ぱちん、とギルが指を鳴らすと、足元から何かがせり上がって来る。
おそらくこいつの宝具である『宝物庫』から何かが出てきているのだろう。だんだんと高くなる視界に戸惑いながらも、頭では冷静に状況を把握していく。
「・・・はっ! ・・・ちょ、ちょっと! 何よこれ、説明しなさいよ!」
「・・・ん? 何って、これから南蛮のほうまで行って、そっから国境の鎮守府巡りだろ? ・・・あれ、伝えてなかった・・・?」
「初耳よ! 何それ!?」
「いやー、しばらく前に華琳から頼まれててな。回るところが凄い多くて嫌になってたんだけど、今日の桂花との話で一念発起してさ」
「は? え?」
「それに、前に華琳から「桂花だったら製図も出来るから、もし人手が必要なら連れ出してもいいわよ」って言われてたからさ、すでに何回かやってるもんだと・・・」
そ、そっち!? 「華琳としてないのか」って言うのは「華琳様と一緒に地図作りをした事がないのか」って意味だったの!?
最初から勘違い!? ・・・こ、こっちは唯一認めた男に純潔を捧げるつもりで覚悟してたって言うのに・・・!
「こんのぉ・・・えいっ!」
「いたっ・・・くないけど、なんだよ」
「うるさいっ!」
「・・・いつにもまして理不尽だなー」
以前一度だけ見た空飛ぶ黄金の船の上で、操縦席らしきところに座るギルに蹴りを入れる。
だが、こいつは私の蹴りなんて意に介していないように船を上昇させ、私に声を掛けてくる。
「一応保護が働いてさかさまになっても落ちないようにはなってるけど・・・あんまり喋ってると舌噛むことあるからなー」
「分かってるわよ! ・・・で、道具は?」
「こっちにあるよ。ほら」
再び指を鳴らすと、私の目の前には以前風と作成したと言う未完成の地図と、筆記用具が現れる。
・・・少し拍子抜けしたのは確かだけど、まぁこれはこれで諦めてやるか、と筆を持つ。
「方角は分かるか? 一応上が北になるようには書いてあると思うけど・・・」
「分かるわよ。馬鹿にしないでくれる?」
「ん、ならオッケーだな。雲がないから下は見えるだろうけど、暗いからな・・・これかけておけ。暗視眼鏡だ」
「はいはい。・・・凄いわね、くっきり見えるわ」
「だろう? ・・・あ、南蛮から始めるからなー」
「はいはい。なら、ちょっと時間掛かるわね」
「そうだなー・・・まぁ、二十分あれば着くだろ」
・・・南蛮まで二十分って・・・。こいつの規格外っぷりにはもう言葉も出ないわね。
「あ、そうそう」
「今度は何?」
「さっき華琳から聞いたんだけど、俺と閨に入っても良いって話本当か?」
「はぁ? そんなの当たり前・・・はぁ!?」
「おう!? ど、どうした大声出して」
「ばっ、あ、あんたそれを何処から・・・!」
「だから華琳からだって。一応桂花を連れ出すわけだしさ、直前だけど許可を取りに行ったんだけど・・・そのときに色々と話を聞いてな」
そう言って、ギルは私の手を取って自分の下に引き寄せた。
英霊だと言うのを抜きにしても、男の力に逆らえるはずもなく、簡単にギルの腕に収まってしまった。
一気に体に走るのは、いつもとは違い、悪寒でも鳥肌でもなくゾクゾクとした奇妙な感覚だった。
「こういうことをするのは結構恥ずかしかったりするが・・・桂花が俺を認めてくれたって言うのは結構嬉しくてな?」
「み、認めたには認めたけど・・・」
確かに今夜は向こうから誘われたと思って覚悟も決めていったけど! なんかこいつに言われるのはむかつく!
「うんうん。そうかそうか・・・やっぱりあの話が噛み合ってなかったのはそういうことだったんだな」
「? 何か言った?」
なにやら頷いているのは分かったが、何を言っていたのかまでは聞き取れなかった。
空を飛んでいるからか、ある程度風が来るためだろう。
「いや、なんでもないよ。・・・それで、いいんだな?」
「い、いわよ。・・・あんたのことなんて好きでもなんでもない、けど! 華琳様に言われたことでもあるし・・・構わないわっ」
「ん、了解。・・・空の上って言うのも、結構いいもんだと思わないか?」
「は? ・・・お、思わない! 思わないわ!」
ギルが何を言っているのか理解した瞬間、断固拒否の姿勢をとる。
だけど、そんな私の心境を知ってか知らずか・・・いや、こいつのことだからきっと分かっててやってる。
にやりと笑ったギルは、私の体に手をかける。
「おそらく人類初だろうけど・・・空中で、してみるか」
「ちょ、ばか、なんてとこ触って・・・! そ、そこは華琳様だけの・・・ひゃんっ」
玉座のような操縦席の上で、私はギルに・・・男に、初めて身をゆだねたのだった。
・・・
「仲のいい組み合わせー」「・・・どうしたんだ、いきなり」「卑弥呼と華琳。これは結構仲がいい。共通の話題があるからか、二人でちょいちょい本屋に行っているのを見る」「あー、確かにそうかもなー」「壱与と副長。なんだかんだで喧嘩するほど仲がいい」「・・・話がヒートアップするとバトル始まるけどな」「孔雀と鈴々。凸凹コンビだけど波長は合うみたい」「あーうん、結構一緒に居るの見るな」「響と紫苑。お互いとしm・・・がふっ」「そっ、狙撃!? ギルにダメージを与えるなんて・・・はっ! や、鏃に魔術が付加してある・・・」
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