それでは、どうぞ。
「今日は、シチュエーションについて語ろうか」
「はぁ・・・。お茶のおかわりを持ってきますね」
諦めたようにため息を吐いて席を立つランサーを見送りながら、一刀に「シチュエーション?」と首を傾げてみる。
うむ、と大仰に頷いた一刀は、ちゃぶ台の上で組んだ手の上に顎を乗せながら語りだす。
「あるだろ、ほら、例えば『夕日の差し込む無人の教室』だとかさ」
「あー・・・分かる分かる。『食パン咥えて猛ダッシュしたら曲がり角でぶつかる』とか?」
「・・・まぁ、そんな感じ。まぁ、シチュエーションだけだとすぐにネタが切れそうだから、自分が好きな属性とかでも可」
その一刀の言葉を聞いてか、いつの間にか盆を手に戻ってきていたランサーが声を上げる。
「ならば! このランサーが一番槍を努めましょう!」
おお、今まで一番乗り気じゃなかったランサーが・・・。
一体どうしたというんだ。
「・・・大方、今までオチ要員に使われていたから先に言っちまえ、なんて思っているんだろうさ」
流石はマスターだな。的確にランサーの心理を見抜いている!
「折角やる気出してくれたんだし、ランサーに最初を任せようかな」
「はっ! 私が提唱するのは、やはり銭湯から上がりたての女性との帰り道でしょう!」
「ほほう」
それはあれなのだろうか。神田川とかkwsmさんのイメージで良いのだろうか。
浴衣を着て風呂道具を小脇に抱えた大和撫子とこう、少し冷える冬の道を歩きたいとかそういう・・・。
「ええ、まぁギル様の認識で大体正解です。日本人全て・・・とまで言う気はないですが、私個人はあのなんともいえない情緒、風情に興奮を覚えます。・・・後うなじ!」
「・・・最後に欲望が透けて出たな」
「でもまぁ、気持ちは分からんでもない」
一刀のツッコミを受けるも、ランサーの主張にはおおむね同意である。
だってほら、良く良く考えてみると良い。
例えば大和撫子代表の副長とか。浴衣の上に茶羽織とか着て俺より早く外に出てきた副長が、遅れて出てきた俺に「あ、もう、遅いですよー」とか言って、擦り寄ってくる感じ。
・・・良いねぇ、痺れるねぇ。
「ふん、日本人が何とやらといわれれば俺も主張せずにはいられんな。ふふん、俺は職業的にはくの一を推そうかな」
「・・・シチュエーション?」
「・・・こだわるのなら、まぁ敵に捕まったくの一とかそんなんでいいだろ。む、そう考えるとなんか興奮するな。ギル、俺もむっつりだったらしい」
「いや、うん、自覚してるのがムッツリなのかはちょっと俺にはわからんけど、甲賀が納得してるんなら良いんじゃないかな」
「うむ。というわけで、くの一は良いぞ」
俺の頭の中で考えるに・・・明命か。
まぁ、俺の宝物庫にある
懸命に心折れないようにしてるけど、「くぅ・・・!」とか悔しそうな顔するのとか「悔しい、でも・・・!」みたいな、ほら・・・。
「甲賀、俺もムッツリだったらしい」
「貴様はムッツリではなくオープンだ」
「・・・失敬な!」
「少し考え込んだな、ギル・・・。それで認めてるようなもんだぞ」
そんなはずなかろう、と甲賀に抗議してみるが、一刀からのツッコミを受けてしまった。
う、ううむ。俺はそんなにあけっぴろげだったのだろうか。
「・・・まぁ、女の子アレだけ恋人にしてれば、ムッツリではないと思う」
更に一刀から追撃を食らい、一人打ちのめされる。
これだけ変態だと言われれば流石の俺もへこむ。
「あ、おい、そんなへこむなよ。まさか自覚してないとは思わなかったんだって」
「ぐはぁっ!」
「ぎ、ギル様ー! ギル様が死んだっ!」
「ええっ!? 俺が人でなしなの!?」
「死んでねえよ! 勝手に殺すな!」
流石男しかいない空間だな・・・。一刀辺りのはしゃぎ様が半端じゃない。
朱里とか雛里は絶対に呼べないな。いや、別に他意はないんだけどさ。
ずず、とランサーの持ってきてくれたお茶を啜りながら、一刀が口を開くのを待つ。
「・・・あ、ギルがこっち見てるって事は、次は俺? 俺なぁ・・・俺は、アレだな。パンチラ」
「よっ、ムッツリ」
「うぐぅっ・・・! い、良いじゃないか! パンチラ! 好きだろ!?」
「まぁ、否定はしないよ。茶化しはするけど」
「そ、それならいいか。・・・でさ、やっぱりモロに見えるとちょっとがっかりするわけ。風が吹いた、とかさ、こう、偶然に見えた! っていうのが興奮するわけよ」
「そうか。・・・実は町の路地裏で階段の下にスペースがあって上を通る女の子のスカートの中身全部見えちゃう場所見つけたんだけど、一刀は知らなくて良いんだ」
「何それ詳しく!」
「いや、モロに見えるとがっかりするんだろ? だったら知らないほうが良いじゃないか。知らぬが仏というだろう?」
「ぐ、くぅ・・・!」
「一刀、もっと悔しく」
「くうぅううう!」
甲賀からの良く分からないあおりを受けてハンカチを噛む一刀。
・・・何やってるんだ、こいつは。
「ま、月が良く通る道だから誰にも教えてはいないけどな。そのうち埋め立てる予定だ」
でも、月と詠が通ったときとかは良かったなぁ。
あ、副長も何度か通ってたな。意外とあいつパンチラしないから結構レアだったぞ、あの光景。
「で、でもギルって月ちゃんとか絡むと怖いからなぁ・・・」
「ああ、あいつのあの溺愛っぷりは少しやばいんじゃないかと思うくらいだ」
「天の道を行き、総てを司る男のシスコンっぷりと似通ってますよね」
こそこそとなにやら耳打ちし合う一刀たちに向かって咳払い。
苦笑いを浮かべながらお互いに離れた一刀たちは、それじゃあ最後に、と俺を促す。
誤魔化されたような気がしないでもないが、仕方がない、乗ってやるかと語りだす。
「個人的に好きなシチュエーションは、やっぱり腕枕してるとき、かな」
「やっぱりオープンだな。わざわざベッドシーン選択してくるとは」
「この後「ピロートークも良いよなー」とか「やっぱりベッドで乱れる姿が良いんだよなー」とか言い出すぞ」
「なんと・・・突撃一番を渡しておいた方が良いのでしょうか」
「いや、いらんだろ。こいつほど「甲斐性」というのを体現してる奴もいないからな。子供が出来たところで・・・いや、むしろ子供が出来たほうが溺愛具合が深まるかも知れん」
「無敵かこいつ・・・」
目の前で積極的に評判を落とそうとしてくる三人に、ちょっと左瞼が痙攣してきた・・・。
俺って子供の頃から興奮すると「眼輪筋」がぴくぴくしてきてちょっと切ない気分になるんだよなぁ。
いや、別に髪の毛は自由に動かせないけど。
「お前らさぁ・・・」
「あ、やばい、マジギレ一歩手前くらいだ」
「北郷、貴様のことは忘れん」
「俺におっかぶせる気か!」
「北郷様、あなたの犠牲は忘れません」
「犠牲って言ったか! やっぱり押し付ける気だな!?」
「北郷、貴様は犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな」
なんだか良く分からないうちに一刀が生贄になったらしいので、一刀に俺が良いと思う全てのシチュエーションを、例題つきで説明した。
例えば、腕枕するなら詠となんたら、とか、膝の上に乗せるなら璃々、とか、腕を組んで歩くなら紫苑、とかそんなもんだ。
ふふん、数多のシチュエーションを経験し! 様々な属性を学んだ俺に敵はいないね!
「わ、分かった! 俺の負けだから! 生々しい体験談はやめてくれ!」
「体験談じゃない。例えだよ、た・と・え」
「例えが生々しすぎるんだよ! 絶対体験談話してるだろ!」
・・・まぁ、八割くらいは。
流石に『学校で部活の後輩である響とお昼を食べる』とかはちょっと無理だしな。設備的にも、年齢的にも。
キャラ的には後輩キャラなんだけど、年上なんだよな、響・・・。
「学校系のシチュエーションが出来ないのが不満だよな」
「・・・そこまでのこだわりが」
「あるに決まってるだろ。一刀だって、フランチェスカの女子とかといい雰囲気になって・・・みたいな青春送りたくなかったか?」
「送りたかったな・・・」
はふぅ、と物憂げにため息を吐く一刀。
うんうん、ですよねー。
「フランチェスカの女子制服がどんなものか見たことないけど、女子の制服といえばセーラー服だよな」
「あー、分かる分かる。俺もフランチェスカの制服気に入ってるけどさ、セーラー服と学ランに憧れなかったって言うと嘘になるんだよなー」
「制服か・・・俺にはあまりかかわりのなかった世界だな・・・」
「私もですね。制服といえば軍服でしたし。学生服、というのをあまり知らないので・・・」
もちろん、聖杯からの知識としては知っているんだろうが、それと実際に学生を体験しているのとは別だからなぁ。
「・・・仕方ないな。ちょっと待ってろ」
「? おいギル、急にどこへ・・・」
「・・・行ってしまいましたね。どうしたのでしょうか」
・・・
甲賀の家を出て、響と孔雀、銀と多喜に声を掛ける。
幸運にも暇そうにしていた四人は、俺の頼みを快諾してくれた。
しつこく理由を聞かれたが、「甲賀を驚かせるためだ」と説明するとコンマ以下の反応で引き受けてくれたのだ。
どれだけ皆がクールな甲賀のポーカーフェイスを崩したいと思っているか分かるよなぁ。
「・・・それにしても、僕と響のだけじゃなくて、男子二人分、良く制服があったものだね」
「はっはっは、なぁ孔雀? 俺のことを勘違いしているようだから言っておくけど」
「な、なに?」
「俺には有り余る財宝と材料があるんだ。・・・知り合い全員分の衣装を揃えておくなんて、朝飯前だと思わないか?」
「なんてAHO発言・・・」
良くわからない戦慄を受けている孔雀と響を尻目に、珍しそうに服を引っ張ったりしている男衆に声を掛けてみる。
「で、多喜と銀はどうだ? サイズ小さくないか?」
「ん? おう、問題ないぞ。むしろ動きやすくて良いな。なぁ、多喜?」
「だな。・・・だけどやっぱ俺はいつものアレが良いかなー。なんかこれ着てると窮屈な感じがしていけねえや」
意外と銀はボタンを全て留めている優等生スタイルをしているが、多喜はその荒っぽい性格を現すようにボタン全部開けて中のTシャツ(らしきもの)までペロンと出ている。
完全に不良の格好である。なんていうか、二人して対極的だなぁ。
「おっと、ついたついた。入るぞ」
後ろの四人と、部屋の中の三人に許可を取りながら、襖を開ける。
「遅かったなぎ・・・る・・・?」
「ほほう、これがセーラー服に学ランか」
「むむぅ、確かに憧れる気持ちも分かります」
どうよ、とノリノリでポーズを取る銀と響、そして面倒そうに頭を掻く多喜、恥ずかしそうにもじもじする孔雀。
うん、自分で言うのも何だけど、お前らホントに成人してんのか・・・?
「す、すげえよギル。一瞬現代に戻ったのかと思うくらいにびっくりした」
眼を真ん丸くして身体全体で驚きを表現している一刀が、ようやく言葉を搾り出した。
「だろう? 俺も最初孔雀と響のこの姿を見たときもう一度告白したもの」
「えへへー。ギルさんも惚れ直すせーらーふくの威力! もってけー! ・・・あ、もってって良いのはギルさんだけだからね?」
「うぅ、良く考えたら下スカートじゃん・・・良くこんなので人前出れるな、僕・・・」
「おらおらー、良くわかんねーけど、がくらん? だぞー」
「なんか北郷が泣き始めたぞ・・・大丈夫なのかよ、おい」
制服コスプレの四人が、それぞれに主張する。
うん、孔雀の恥らう感じも良いけど、響の元気いっぱいな感じも良いよなー。
「・・・響ちゃん、すまないけど、北郷先輩って呼んでくれないか・・・!」
「ふぇ? まー良いけど。ごほんっ。・・・北郷先輩っ。これでいーい?」
「そうか。ああ――安心した」
「良く分からんけど一刀が死んだぞ!」
全く状況が分からないし脈絡もない台詞だけど、全てに納得して死んでいった感じが溢れ出てるな・・・。
いや、でも後輩からの『先輩』呼びってなんか感動するよな。
「うぇぇ!? わ、私の所為かな!?」
「い、いや、うーん・・・八割くらいは北郷さんの自業自得というか自爆っぽい感じするけどなー」
どうしよー、と泣きつかれた孔雀が小首を傾げながら呟く。
ああ、なんというか今、孔雀の中で一刀の株が大暴落中っぽい。
「ほほう、学ランというのはこうなっていたのか」
「耐久性はありそうですね。学生ですから、外での活動も考慮されているのでしょうか」
「これで走りたくはないけどなー」
「夏場とかすっげえ蒸れそうだよな」
男子学生服のほうには甲賀とランサーが食いついてる。
多喜から上着を受け取った二人は引っ張ったり日の光に透かしたりして興味津々である。
「はっ! お、俺は一体何を・・・」
「お、一刀が再起動した」
「ほんとだ。よかったぁ~」
自分の所為で気絶させたことが相当応えていたのか、響はほっと胸をなでおろした。
「そうか、俺は響ちゃんに・・・」
「殺されかけてたな」
「事実だけを抜き出せばそうだね」
「いつの間に私犯罪者に!?」
一刀の台詞を捏造すると、ノリのいい孔雀が追撃をかましてくれた。
「それにしてもやっぱり制服って良いよなー。凪とかに頼もうかなー」
「あー・・・。凪とかだとセーラー服って言うよりブラウスにカーディガンのほうが似合いそう。・・・という宇宙的な意思を受け取った」
「え、何それ。神様からの啓示か何か? 確かギルさんって神性すごい高かったよね?」
「神性が高いと神様からの啓示くるんだ・・・」
尊敬の眼差し半分、春先に出てくる可哀想な人を見る目半分の視線が響と孔雀から向けられる。
宇宙的な意思とかいったのがおかしかったのだろうか。
「い、いや、啓示は来ないな。たまに夢の中で呼び出し食らうけど」
「呼び出し!?」
「冗談だったんだけど・・・ホントに神様との繋がりあるんだねぇ。どんな神様?」
ああ、そういえば神様の話って月と詠とセイバー以外にしたことなかったな。
質問攻めにされそうだ、と一刀にヘルプの視線を向けるも、一刀は一刀で凪たちに着せる制服のデザインを考え始めていた。
仕方がない、一人で切り抜けるしかなさそうだ。・・・別にやましい事はないので正直に言ってしまって構わないだろう。
「あ、あー、どんなっていわれてもなぁ。そんなに姿は変わらんよ。孔雀と同じくらいの年の女の子に見える」
「・・・女の」
「子・・・?」
ん? なんだ? 今何か地雷を踏んだようなイメージが頭の中に浮かんだぞ?
気のせいか、室内の温度も下がったような気が・・・。
「見ろ、ランサー。あいつ神・・・この場合女神か? 女神も手篭めにしてたらしい」
「節操のなさでは敵うものなしですね」
「おー、あれが修羅場って奴か」
「はじめて見るな。ちょっとわくわくだぜ」
甲賀たちはこちらを見てぼそぼそと何かささやくだけだし・・・。
頭の上に疑問符を浮かべていると、いつの間にか迫っていた孔雀と響にがっしと両腕を掴まれる。
「頼むから家を壊すなよー。破壊活動は城でやれ城でー」
「安心してよ甲賀。ボクたちは冷静だよ。ただギルくんに聞きたいことがあるだけさ」
「そうだよー。ギル先輩に、ちょっと聞きたいことがあるだけだからさー」
「ちょっと待て、なんで二人とも俺の呼び方変わって・・・うおお、引っ張られる!?」
俺サーヴァントだぞ!? そうでなくても成人男性だから相当重いのに!
「だーって、女神様まで手を出してたなんて知らなかったんだもんなー。私、ギル先輩から詳しい話聞きたいなー」
「ふふ。ボクからは何も質問しないさ。・・・ただ、響とギルくんの会話を月辺りに漏らすだけだよ」
「出してない出してない! っていうか用件終わったらすぐに戻されるからあの土下座神とそんなストロベリってこれるわけないだろ!」
「えー、私ギル先輩のこと大好きだけど・・・女性関係だけは絶対に信用しちゃいけないって思ってるんだー」
凄まじい信頼度の低さ!
確かに俺自身もあんまり女性関係しっかりしてるとはいえないけども!
「きっと夢の中でちょめちょめしてるんだー。にゃんにゃんもしてるかもねー」
「うっわぁ、神様と、その、あれって出来るのかな・・・?」
顔を真っ赤にして頬に手を当てる孔雀は、恥ずかしそうに響に言った。
「どーだろ。でも、『女』神ってくらいだし、多分出来るよっ」
「夢の中って事はギルを独占って事だよね。うわぁ、ずるい」
「これは早いところ夢の中にいく魔術を編み出さないとね! 壱与さん辺りに聞いたら協力してくれるかな!?」
不味いぞ。なぜか知らないけど土下座神と蜜月過ごしてることになってて、更に壱与にそれをばらされそうになってる。
壱与って最近変態な面ばかり見えるけど、意外とクレイジーだからな・・・。
「待て待て待て。何が望みだ。俺に出来ることなら叶えよう」
仕方ない。副長にも使った手だが、口止めしておくしかないだろう。
響たちが執拗に俺を陥れようとしてくるのは、俺が嫌いになったわけではなく、構って欲しいからなのだろう。
「ふっふっふ、ギルくん、その言葉を待っていた!」
「ギル先輩、流石ですっ」
俺の予想は合っていたらしい。
にゅふふ、と怪しく笑う二人に、こそっと耳打ちされる。
「きょーの夜、空けといて!」
「こ、この服着て、お邪魔する、からっ」
「お、おう」
両サイドからのまさかの台詞に、返答がしどろもどろになった。
・・・なるほど、今日の夜はコスチュームプレイの日らしい。
今日は幸いにも夜は空いてたしな。・・・というか、まだ昼前だから誰も誘いに来てないだけなんだけど。
「それじゃっ、私たちは準備してくるねー。ぎーん、たきー、かーえーろっ」
「・・・子供かよ。・・・じゃあな、甲賀。また遊びに来るぜ」
「あ、忘れるところだった。これ、ライダーから。前のハロウィンのとき作ったカボチャのお菓子だってよ」
「む、美味そうだな。ありがたく頂こう」
響が銀と多喜に声を掛けると、二人も甲賀に挨拶して屋敷を去っていく。
多喜は別れ際にライダーからのものらしいカボチャのお菓子を渡していた。
・・・ライダー、お菓子も作れるのか。
というか、そのカボチャ、原料お前の頭の中じゃあるまいな・・・?
四人は学校帰りの学生のように城へと歩いていった。
「・・・どうだった、三人とも」
「うむ、制服も良いな。あれはあれでこう、何故かノスタルジィ感じる」
「あれが学生というものですか・・・ふむ・・・ふむ」
甲賀もランサーも、しきりに頷いている。
「それにしても、ギル、貴様は今日の夜女学生プレイか。・・・全員分あるんだよな?」
「あるけど・・・それが?」
「・・・いや、良いんだ。お前が気付いてないんなら、それで」
俺が甲賀の言葉の意味に気付くのは、その日の夜。
何処から聞きつけたのか、女性陣が全員いつの間にか手に入れた学生服を着て俺の部屋で待機していたのだ。
・・・総勢二十五人のセーラー服姿はある意味圧巻だったとだけ言っておく。
・・・
「昼過ぎ、か」
身体がだるい。
俺にしては珍しく寝起きが悪い。やはり、昨夜二十五人も相手したのが悪かったのだろうか。
ちょっとした酒池肉林だったからな・・・。いや、ちょっとした、というよりまさに、という様子だったのだが。
「二度寝したい・・・が、仕事もあるしなぁ」
何時もより身体に力を入れて上体を起こす。
取り合えず何もきていなかったので、ぱちんと指を鳴らして着替えを終わらせる。
俺が成長したのか、服を着るのにも宝物庫から直接着ることができるようになった。
「んー・・・っしょ」
背伸びして背骨をぽきぽきと鳴らす。
うむ、中々心地よい。
「さて、と」
部屋の惨状を一通り見て回り、取り合えず侍女隊にブン投げることにする。
そりゃあ数十人の人間がどったんばったんくんずほぐれずしていたのだ。部屋も荒れる。
気を失った人間から宝具で部屋に送り飛ばしたので、部屋にいるのは俺一人だが・・・取り合えず窓開けよう。
「書類仕事・・・はもう間に合わないな。夜に回そう。昼からの仕事って何だっけな」
部屋の窓を全て開けながら思考を巡らせる。
訓練・・・は副長と七乃に投げてきたから無い。街の散策・・・もこれと言った陳情がないから特になし。
あれ? ・・・午後から休みにしてたっけ。
なら書類をさっさと片付けるか、と部屋を出て執務室へと向かうと、城の通路の一角が騒がしくなっているのに気付いた。
「あれは・・・天和たちか?」
変装して城の中へと来たらしいが、どこかでばれたらしい。
ファンであろう兵士たちに囲まれて二進も三進もいかなくなっているしすたぁずの三人がいた。
何かの用事で来たのだろう。仕方ない、助け舟を出すか。
久しぶりに『スキル:カリスマ』を開放する。
「道をあけろ」
まるで奇跡が起きて海が割れるように、人ごみが綺麗に二分される。
何事かとこちらを見たしすたぁずと目が合う。
「やっと見つけたー! ギルー!」
「取り合えず人のいないところに避難させなさい!」
「・・・ギルさんの部屋、ここから近い?」
三姉妹に詰め寄られる。なんだなんだ、何故俺は攻め立てられているんだ。
・・・落ち着いて話を聞くためにも、いったん部屋に戻るしかないだろう。
まぁ、大惨事になっているのは寝室だし、窓も開けてあるから人を招くくらい問題ないだろう。
・・・
「ふーっ・・・やっと一息つけるわね」
俺の部屋に付いたとたん、自分の部屋のようによいしょ、と卓につく地和。
疲れたよーっ、と同じように椅子に座る天和を見て、人和がため息をつく。
・・・うん、まぁここまでは大体何時もと一緒なので怒ることはない。たまに叱るけど。躾は大事だと思うんです。
「で? なんで城に来たんだよ」
一緒にお茶の用意をしている人和に軽く尋ねてみる。ええとね、と少し考え込んだ人和は、ぽつぽつと語り始めた。
「・・・まぁ、何時も通りの我侭の結果なのだけど。会社で練習とか事務処理とかしてるとね、ちぃ姉さんがそういえばって話し始めたのよ」
どうやら、以前俺と出かけて色んなところ回ったんだ、という話をしたらしい。それを聞いた天和は、ずるーい、と言いながらも自分もそういえばお出かけして、贈り物もしたんだ~、と返す。
ちぃなんて瓦版屋とふぁんに追いかけられて、お姉ちゃんは、ちぃは、とお互いだんだんヒートアップしていった結果、天和が俺のところへ遊びに行く、と言い出したらしい。
流石にそれは不味い、と止めようとする地和と人和。ただでさえ注目度の高いしすたぁずが城へと向かうなんて正気の沙汰ではない。しかもある意味では三国で一番目立つ俺のところに行くなんて、と説得したらしい。
だけど、天和は何時も通りの我侭っぷりを発揮。やだやだいくのと話を聞かない駄々っ子状態に。
人和と地和はこれは駄目だと諦め、会わせて少しお菓子でもつまんでいれば満足するだろうとやってきたらしい。
そして、変装して城までやってきたのは良いものの、城の入り口で身分確認のために変装を解かなくてはいかなくなり、正体がばれて騒ぎに。
城からは兵士、町からは町民たちがやってきて、もみくちゃになっていたらしい。・・・で、俺が現れた、と。
「・・・なるほどなぁ」
「ごめんなさいね。その、午後からはお休みって聞いていたんだけど・・・」
「ん、いや、怒ってるわけじゃないから安心しなって。ま、しすたぁず直々に会いにきてくれるなんて、嬉しかったりもするしな」
「・・・ふふ、ありがとう。あ、そうそう。手ぶらもなんだから、これ、持ってきたの」
そう言って人和が包みから取り出したのは有名店の饅頭詰め合わせだ。四人でつまむならこのチョイスは嬉しい。
やっぱり人和は気が利くな、と言って見ると、実は真っ先に天和が買っていこうと提案して一人でぱぱっと買ってきてしまったらしい。
「え、マジで?」
「? まじ?」
「本当に? って意味。なんか、前に贈り物された時といい・・・成長したんだなぁ」
「もう、姉さんは私たちの中で一番年上なのよ?」
「でも、しっかり者って言葉からは一番遠い存在だったろ? ・・・桃香と同じでさ」
俺の言葉に、人和は小さく「確かに」と頷いた。その後はっとして頭を軽く振っていたが。
お茶の用意が出来て卓に戻ると、卓に伏せていた天和が身体を起こす。
「えへへー、ごめんね、急に来て」
「大体の事情は人和から聞いたよ。ただ、これからは誰か人を使って知らせてくれれば城の入り口くらいまでなら迎えに行くからさ。騒ぎにならないようにもするし」
「ん、そうする。ごめんね」
お茶を受け取り、ありがとー、と笑う天和と、ありがとね、と不機嫌そうになる地和。
・・・なんでこの二人はこう正反対の表情を浮かべているんだ。
「・・・ちぃ姉さん、拗ねてるのよ。あそこに飾ってるの、天和姉さんからの贈り物でしょ?」
耳打ちしてくる人和の視線の先には、以前の買い物で貰った猫の置物。
「まぁ何も贈り物してないちぃ姉さんが拗ねるのもちょっと理不尽だけどね」
つまり、天和からの贈り物をこれ見よがしに飾ってるから、俺が天和贔屓だと思われてるってことか?
うん、まぁ、初めての贈り物で浮かれて飾り立てたのは俺が悪いとしよう。・・・だからって拗ねることないじゃないか。一応お姉さんだろ、地和。
何とかしてあげて、という人和の視線が痛いので、取り合えず地和に話を振ってみることにする。
「そういえば地和、前のライブのときの衣装、どうだった?」
「は? ・・・ん、まぁ、良かったわよ。あんたが考えたんだって?」
「ああ。正直言うと、地和の衣装が一番悩んだなぁ」
「そうなの?」
「ほら、天和は天真爛漫、人和は冷静沈着って感じでイメージ掴みやすかったけど、地和はなんていうか、なんにでもなれる万能さがあったからさ」
「も、もう、褒めても何もでないわよ?」
お、ちょっと機嫌が戻ってきた。・・・まぁ、衣装作りのときに悩んだのは本当だしな。
地和は元気に動き回る姿も冷静にフォローに回る姿もどっちも浮かんだし、どんな役回りでもきちんとこなしてくれるからな。
天和は無意識のフォローは出来てもそれを意識して出来るかと言われれば悩むところだし、人和に元気に盛り上げてくれと言っても少し無理をさせることになるだろう。
「だから結構地和の衣装は悩んだなぁ・・・。おっと、かといって天和と人和の衣装は適当に考えたって意味じゃないからな」
「ん~? うん、良く分からないけど、ギルが私のこときちんと考えてくれてるのは知ってるよ~?」
「私も。ギルは全員のこと、誰も蔑ろにしてないのは今までのことで知ってるから」
二人から笑顔でそう答えられると、少し照れるな。そこまで信じてもらえてると、やはり嬉しいものがある。
それから、全員で和気藹々とお茶とお茶菓子を楽しんでいると、ノックの音が。
「はい、どうぞ」
俺が扉の外に声を掛けると、侍女の一人が挨拶をしながら入ってくる。
「こんにちわ、ギル様。ええと、お部屋のお掃除を命じられたので準備してきたのですが・・・」
「おっと、そうだったな。邪魔になるから俺たちはちょっと出かけてくるよ」
「あ、いえ! そんな、わざわざギル様にお気を使っていただくなど・・・!」
「はは、良いから良いから。むしろ俺が何時も気を使ってもらってる側だからさ。気にしなくて良いよ」
毎回・・・と言うほどでもないが、俺一人では不可能なほどの汚れ(昨夜のような凄まじい騒ぎや、俺が酔っ払って記憶をなくした次の朝の寝台など)のときは侍女隊に投げてるしなぁ。
たまに侍女には「ギル様は身の回りの世話をお一人でされるので、私たちのお仕事がなくなってしまいます」と冗談交じりに言われたことがある。
詳しく聞いたところによると、侍女長の月からの命令で、俺が何か用があったときにすぐ対応できるようにローテーションを組んで侍女が常に何人か俺専属で控えているらしい。
だが、料理は自分でする(もしくは買ってきたり作ってもらったりしてもらう事もある)、洗濯はほとんど必要ない、入浴の世話は侍女長が睨みを利かせていて怖い、とほとんど仕事が無いそうなのだ。
今では、『ギル専属待機』はほとんど『休み、もしくは休憩』と同じ扱いになっているらしい。・・・初めて聞いたとき、せめて俺本人には伝えてくれよ、と月に言ったほどだ。
「あ、そんな・・・ありがとうございますっ」
気を使わなくていいよ、ということを伝えると、なにやら感極まった顔で思い切り頭を下げる侍女たち。・・・こうして皆に良い顔してるから駄目なのだろうか。
数人の侍女が頬を染めているのは気付いているし、彼女たち全員に少なからず好意を持たれてるのは気付いてるし。
聞いた話によると、俺の下について世話をしたいがために侍女を目指す少女もいるとかいないとか。・・・いや、嬉しいけどね?
「さて、それじゃあ俺たちは出てるよ。ほら、三人とも行こうぜ」
手早く変装を済ませたしすたぁずを連れて、俺は自室を後にする。
・・・ぱたぱたと慌しく清掃準備をする侍女たちに、ゆっくりで良いからな、と声を掛けておく。
・・・
「さーて、どうする? 何か食べに行くか?」
この時代、娯楽といえば食事くらいしかないからなー・・・。行くところも限られてくる。
あー、後はざぶーんとかあるな。・・・行くか?
「んー、お菓子食べちゃったから、ちょっと食べ物はいいかなー。・・・太っちゃうしー」
天和が頬に手を当てながら、困ったようにやんわりと拒否する。
確かに、さっき手土産の饅頭盛り合わせ食べたしな。お菓子って言うのは女子にとってカロリー的な宿敵だ。
彼女たちは『アイドル』でもあるので、さらに体重を気にするだろう。・・・衣装、大体ヘソ出しルックだし。
「じゃあ、ざぶーんいきましょうよ。食べた後の運動にはもってこいでしょ?」
「まぁ、いいけど。・・・いい、のか・・・?」
「・・・なんで私に振るの? まぁ、良いんじゃないの?」
水着に着替えるってことは完全に変装できなくなるけどいいのか? という意味を込めて人和を見ると、怪訝な顔をしながらも許可を出してくれた。
何か良い案でもあるんだろうか?
「ああ、変装? ・・・ギルさんが、何とかしてくれるんでしょ?」
「は? え? 俺に全投げ?」
「もちろん。・・・騒ぎにならないようにしてくれるんでしょ?」
「む・・・」
どうやら先ほどの言葉を覚えていたらしい。それを持ち出されると弱いなぁ。
・・・ざぶーん、閉めるか。
「よし、取り合えずざぶーんまで行くか」
「はーいっ。・・・あ、水着」
「そうね・・・ギル、あんたの宝物庫に水着あるんだっけ?」
「おう、あるぞ。・・・あ、こっちこっち。裏口から入るぞ」
変装している三人を連れて、ざぶーんの従業員入り口から入る。
裏口から入ると従業員控え室やら従業員用更衣室やらオーナーである俺の部屋だとかがあるので、オーナー室で待機しててもらうとしよう。
今日は客もあんまりいないようだし、貸しきっても問題ないだろう。・・・表に出す札は『清掃中』にするけど。
「というわけで、今いる客が出たら閉めて欲しいんだ」
「はい、分かりましたギル様」
「うん。我侭言って申し訳ないね」
「いえ! ここの主はギル様ですので! 我侭など・・・!」
恐縮して五体倒地しそうになるざぶーん管理人を止めつつ、従業員たちに急遽動いてもらう。
・・・全く、アイドルが水着姿でプール、なんてファンが見たら暴動ものだからなぁ・・・。
「よし、じゃあ従業員用の更衣室借りるぞ」
「はっ!」
きびきびと動き始めた従業員たちを見送り、天和たちが待つ支配人室へと戻る。
支配人室では変装を解いたしすたぁずがきゃっきゃとはしゃいでいた。
そういえばアイドル活動、略してアイ活が忙しかった所為でざぶーんに一度も来た事がないと言っていたな。
やっぱり女の子だし、可愛い水着を着てプールではしゃぐというのは楽しいものなのだろう。
「あ、ギル! どうだった、入れそう?」
「おう、大丈夫だぞ」
「じゃあじゃあ、ちぃたちに水着見せてよ! ずっと姉さんたちと話してて、どんなのか楽しみにしてたんだから!」
「ん、ちょっと待ってろ。・・・よっと」
ぱちん、と指を鳴らすと、三人分の水着が宝物庫からにょきにょきと現れる。
わぁ、と三人は現れた水着に瞳を輝かせる。うんうん、やっぱいいよな、一刀デザイン。
三人の特徴を上手く捉えた造詣になっていて、白を基調に三人それぞれの髪の色に合わせたアクセントがついている。
そして、それぞれに一つずつ違いがあって、天和はフリル、地和はパレオ、人和は腰周りにスカートのような飾りがついている。
「よし、じゃあ着替えてこーい」
「はーいっ」
「楽しみにしてなさいよっ」
「・・・それじゃあ、先に着替えて出てて? 後で追いつくから」
水着を手に持ち、しすたぁずは従業員更衣室へと消えていく。
俺はぱちんと指を鳴らすだけで着替えが終わるし、さっさと先に行っておくか。
・・・
「おっまたせーっ」
「おまたせっ。わ、広いわねー!」
「・・・これがざぶーんね」
人が居なくなったプールに、しすたぁずが水着姿でやってきた。
やっぱりいいなぁ、水着って。なるほど、これが役得という奴か。
「三人ともやっぱり似合ってるなぁ」
「ほんとっ? えへへっ、ギルにそういわれるとうれしいねー」
特別だよぉ、と腕に抱きついてくる天和。・・・むむむ、この天然娘は無邪気にスキンシップしてきやがって・・・いらんところに血液がいくじゃないか!
「あ、こら、お姉ちゃんってばずるい! ・・・ちぃもっ」
そう言って、天和とは逆の腕に抱きついてくる地和。
小柄だからか腕を組むというよりは抱きつくという感じだが・・・それが良い!
「はぁ・・・天和姉さん、ちぃ姉さん、ギルさんが困って・・・ないわね。・・・まぁいいわ。色々と遊んでみましょう?」
「は~いっ。ねえねえ、ちーちゃん。あのおっきい滑り台、いかない?」
「凄いわね、あれ。滑り台に水が流れてるの? ・・・楽しそうね、行きましょ、天和姉さん!」
「わーいっ」
すたたたー、と駆け出していく二人。おいおい、プールサイドでは走るなと・・・武将で守る奴いないだろ、絶対。
必然的に残った俺と人和は同時にため息をついた。
「・・・ごめんなさい、自重の出来ない姉たちで」
「構わんよ。疲れることもあるけど・・・それよりも楽しいことのほうが多いから」
「・・・ふふ、流石はギルさんね。・・・私もあの滑り台、興味があるわ」
「ん、いいんじゃないか? 今なら二人に追いつけるだろ」
いってらっしゃい、という意味で声を掛けると、人和は再びため息。
「一緒に滑りましょう、って誘ってるのよ。・・・鈍感」
ぼそっとため息混じりに呟かれた言葉の後半は聞けなかったが、まぁウォータースライダーに誘われたのは分かった。
何時もは一歩引いたところで姉たちのフォロー役に回る彼女も、たまにははしゃぎたいときがあるのだろう。
「よし分かった。一緒に滑ろうか。二人で滑れば、速度も上がるんだぞ」
「あら、それは楽しそうね。・・・じゃあ、一緒に滑りましょ」
足元の滑りそうな階段を二人で手を繋ぎながら上がっていく。
途中で楽しそうな悲鳴が聞こえたので、姉二人が滑ったのだろう。
「・・・ここが一番上。・・・意外と高いのね」
「そりゃあ、高さが無いと面白くないしな」
「ふふ。・・・ほら、座って? 私を上に乗せてくれるんでしょ?」
人和に促されるがままにウォータースライダーの滑り口に座る。
その上に、ゆっくりと人和が腰を下ろしてくる。
ちょこん、と俺の脚の上に乗った人和の腹に手を回す。
「ひゃ・・・もう、急に触らないで。冷たいからびっくりしたわ」
「ごめんごめん。・・・ほら、行くぞ」
「うん。・・・わ、わ、きゃあぁっ!」
最初はおっかなびっくりだった人和も、すぐに楽しそうな声を上げる。
それでも、腹に回した俺の手を離さなかったのは少し怖かったからだろうか。何時も冷静沈着で怖がらなさそうだと思っていたが・・・こういうところも可愛いな。
どれだけ大人っぽい落ち着いた雰囲気を持っていても、やっぱり年頃の少女だということだろう。
「きゃ、わぷ」
「ぷはっ。・・・よっと」
着水して、ぱちゃぱちゃと浮かんできた人和の手を取って誘導する。
プールサイドではすでに滑った姉二人が腰に手を当てて待ち構えていた。
「やっぱりーっ。人和ちゃん、ギルと二人っきりで滑って、ずるーいー!」
「我が妹ながら、油断できないわね・・・ギル! 次はちぃとだからね!」
「分かってる分かってる。ほら、行くぞ地和。・・・その後は天和な」
「ふふん、物分りがいいじゃない。流石はちぃたちの社長ねっ」
「はーいっ。お姉ちゃん、待ってるねー」
こうして、しすたぁずとそれぞれ二回ずつ滑り、人和が実は泳げないことが判明したり、天和が身体を・・・もっと言えば胸を押し付けてきたり、それを見て対抗意識を燃やした地和が胸を押し当ててきて勝手に傷ついたりした。
・・・ちょっと地和が可哀想だったので、慰めながらもう一度ウォータースライダーを滑ったりもした。
「いいわねー、貸切りって。なんだかこう、偉くなった気がするわね」
「偉いのはギルだけどね~。えへへ、流石社長~」
ぷかぷかとプールで浮かびながら、地和と天和が妙なことを口走る。
・・・全く、ちょっと遊ばせるとこれだもんなぁ。・・・また性格矯正プログラムに参加させないとダメか、これは。
「・・・ギルさん、もしまたあの『特訓』をするなら協力するからね」
人和の協力を取り付けることも出来たし、まぁ天和たちの伸びた鼻を叩き折るのは問題ないだろう。
でもまぁ、今日くらいは羽を伸ばさせるとしよう。変装しなければ町は出歩けないし、それ以外はレッスンかライブだし・・・まぁ、こうして変装も何も無しで遊べるのはこういうときだけだろう。
たまにはこうして羽を伸ばせる時間を作ってあげようかな。
・・・
・・・と、言うわけで早速天和と地和は『特訓』漬けの日々を送った。
まぁ、ちょっと長期休暇挟んでだれてたみたいだし、気分を切り替えるには良いタイミングだったろう。
特訓開始の前の日にざぶーんで遊んだから不満もそれほど出なかったしな。
『特訓』に参加していた人和と一緒に、城内を歩く。天和と地和は久しぶりのハードなレッスンにぐったりしているところだ。
「お疲れさん、人和」
「本当に疲れたわ。久しぶりだってことで私も参加したけど・・・いつもの練習で体力をつけてなければ、姉さんたちみたいにぐったりしてたわね」
そう言って、人和はくすくす笑う。今は部屋で休んでいる姉二人のことを思っているのだろう。
最近は姉二人も体力は付いてきたほうだが・・・やっぱり、ちょくちょく顔を出すサボり癖がどうしても邪魔をする。
ま、致命的なほどではないから放っておいてるけどな。人和からのお説教もあるみたいだし、これからの成長に期待、だな。
「それにしても、書類なら俺だけでも出来たのに。人和だって疲れただろ? 風呂で汗流して休んでても良かったんだぞ?」
「いいのよ、なんだかんだ言ってまだ動けるんだし。・・・ギルさんに任せっぱなしって言うのもなんだか情けないでしょ」
真っ直ぐ前を見たまま、冷静に言い放つ人和。・・・うぅむ、なんというクールっぷり。
どうして凛もこういう性格にならなかったのかなぁ。メガネっ娘なのにありとあらゆる場面で鼻血を噴出す危ない女って認識になってるし・・・。
「・・・でも、やっぱり少し疲れたわ」
「ん、無理するなよ? なんだったら部屋まで送って・・・」
急にこちらを見上げた人和は、小さくため息をつく。
少し気になって休むように言うと、俺の言葉に被せるように人和が口を開く。
「・・・ギルさんの、部屋に行きたい」
「そだな、そっちのほうが近いか。ま、事務所まで戻らなくても軽い書類整理くらいは出来るからな、俺の部屋」
事務所の資料が必要な書類はないし、俺の部屋でやっても問題はないだろう。
流石にもう寝室の掃除も終わってるだろうし、寝台に人和を寝かせてその間に書類だけ片付けておけばいいや。
仕事が終わった後なら、人和も部屋に帰るだけの体力は回復するだろうし。そしたら、姉二人の下へ送ってやればいい。
うむ、流石は人和。そこまで計算して俺の部屋に行こうと言ったんだな。流石はしすたぁずの頭脳担当。・・・こういう言い方をすると、何故か殴り合いをする眼鏡っ娘を連想してしまう。
「・・・緊張、するわね。流石に」
「何か言ったか?」
「なんでもないわ。久しぶりだからやっぱり足に来るわねって言ったの」
「そうだったか。・・・よっと」
「ひゃっ!? ちょ、ちょっと、恥ずかしいわ」
「足にキてるんだろ? だったら、素直に甘えておけよ」
人和を横抱きにすると、頬を赤くした人和が静かに抗議してくる。
だがまぁ、丁度昼時の城内は一部を除いて人影はない。以前しすたぁずがきたときの騒ぎも沈静化して待ち伏せする兵士もいなくなったし、この状態を見られることはないだろう。
おんぶでも良いかと思ったのだが、ミニスカートの少女をおんぶするとちょっといけないところが丸出しになってしまうので、もっぱら俺は女の子はこの持ち方をする。・・・壱与とかは脇に抱えたりするけどな。
「・・・まぁ、いいわ。こっちのほうが後々楽だろうし」
「そうだろうそうだろう。ま、いつも頑張ってる人和へのご褒美みたいなもんだ。素直に姫の気分になってろ」
「ふふ・・・何それ。でもまぁ、悪い気分じゃないわ」
素直にこちらに身体を預けた人和を抱えつつ、自室に入る。
そのまま寝室に入り、寝台に人和を下ろす。
「じゃあ、仕事終わるまでちょっと休んで・・・んむぅっ」
人和を降ろして力を抜いた一瞬、人和の腕が俺の首に回り、一気に引き寄せられた。
そのまま寝台に引き倒された俺は、人和に口を塞がれている。・・・って、冷静に考えると凄く不味い状況だぞ!?
「ぷはっ、お、おい待て人和、一瞬で状況は判断したしお前の気持ちも分かった。・・・だけどちょっと早まりす・・・うおっ」
口を離し、頬を赤く染めてとろんとした瞳をする人和を引き剥がしながらそう言うが、次はこちらのほうに体重をかけてきた。
妙な大勢で受け止めざるを得なくなり、寝台から二人して転がり落ちる。
「・・・好き」
「あー、おう、分かったよ、完敗だ。ただ、きちんと寝台の上でするぞ。・・・疲れてるって言ってなかったか、さっき?」
「ふふ・・・今の私はお姫さまなんだから、我侭も言うわ。・・・疲れてる、なんて、そんなの嘘に決まってるじゃない。まだまだね、社長さん?」
先ほどと同じようにくすくすと笑った人和は、寝台に仰向けになりながらほら、とこちらに両手を伸ばしてくる。
まるで受け止めてあげる、とでも言うような体勢の人和に、少しだけ苦笑い。ここまで強かだったか、油断したなと反省しつつ、彼女に覆いかぶさる。
「・・・姉二人と仲良く寝込む位、疲れさせてやる」
「・・・楽しみね。・・・優しく、してよ?」
もちろん、と返しながら、おろし立てのシーツの上に寝転ぶ人和の身体に手を伸ばした。
・・・
「こっ、これ、これ!」「・・・な、なんてこと・・・これは、ギル様のお召し物!」「しかも着ていた痕跡があるわ!」「と、取り合えずこれは避けておきましょう」「他にないの! ギル様のお召し物! あ、凄い良い匂いする、このお召し物」「ずるい、ちょっと皆、この娘独り占めしようとしてる!」「裏切り者には制裁よ!」
「・・・何これ」「俺の部屋掃除してる侍女たち」「ああ、びっくりした。壱与が増えたとかそういうことじゃないのね?」「・・・正直、壱与一人のほうがまだ相手しやすいと思う。数の暴力って凄いんだよな」「・・・あんた、絶対一人でこいつらに接触するんじゃないわよ。夜道を一人で歩いてる女の子並に襲われるわよ」「・・・気をつけるよ」
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