真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

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「女の子と一緒に寝てるときに、別の女の子の名前を寝言とかで呼んで修羅場ったことってある?」「・・・お前、最近ほんとに遠慮なくなってきたよな。煎餅と茶を飲むだけに飽き足らず、そんな質問までしてくるようになるとは・・・。で、どうなんだ、ランサー」「私ですか!? というかお二人とも、最近私をオチ要員に使いすぎではありませんか!?」「ちなみに俺はあるぞ。潜入任務で貴族のお嬢様と懇意になって一夜を共にしたときについ前の任務のときの女性の名を呼んだことが」「・・・その、『俺は言ったぞ?』という視線をやめてくれませんか・・・?」

それでは、どうぞ。


第四十三話 彼女の名前に

「・・・隊長、話とはなんでしょう?」

 

その日の夜、早速副長を呼び出してみた。

首を傾げながら入室してきた副長に、椅子を勧める。

 

「まずは座ってくれ。今お茶をいれる」

 

「そのくらいでしたら私が・・・」

 

「いいから。取り合えず座って何で呼び出されたのか妄想しながら悶々としてろ」

 

「胸の内隠しきれてないですよ!?」

 

思わず腰を浮かせる副長に何時も通りだなと笑いながら、お湯を沸かしてお茶をいれる。

それを副長の目の前に置くと、俺も対面に座り一呼吸。

 

「副長、いくつか聞きたいことがある」

 

「はぁ、私で答えられれば」

 

「・・・名前は?」

 

「はい?」

 

「副長の名前だよ。思えば一回も名前呼んだこと無いよな。なぜか、一番最初に会ったときから『副長』って呼んでた」

 

「まぁ、そりゃあ私は遊撃隊副長ですから、副長と呼ばれてもおかしくはないと・・・」

 

「俺のところには、部隊全員の履歴書っていうか、名前とか色々な情報が載った書類があるんだよ。その中に、副長のものが無かった」

 

確かに、副長にはその書類を書いてもらっていたはずなのに。

俺の部隊が出来ると聞いたとき、現代の知識を活用し、全員に履歴書のようなものを書いてもらっていたのだ。

それならばすぐに全員の名前も分かるし、中々良いものじゃないかと俺の部隊には全員書かせてあるのだ。

副長の分だけ無いというのは副長の立場的にもあり得ない。

 

「・・・たいちょー、無くしたんじゃないですか? 意外と隊長って抜けてるところ、ありますし」

 

「それは無い。流石にそんな大事なもの無くすほどうっかりはしてないさ」

 

副長の反応がそっけなくなってきた。

こうなってくると、何か不機嫌になってるってことだから、きっと俺は何か核心に近いものを突いたのだろう。

 

「名前を、教えてくれるか?」

 

思えば、誰も副長を名前で呼ばなかった。

多分、誰も名前を知らなかったんだろう。

 

「・・・はぁっ」

 

大きなため息。

何かを諦めたような、観念したかのような大きなため息が副長から漏れた。

 

「ばーれちゃった。もう、結構鋭いんですね、隊長ってば」

 

そう言って、卓に両手をついて背もたれにもたれる様に仰け反る副長。

 

「全部話しますよ、隊長。全部ね。ええと、何処から話そうかな。・・・うん、まずは名前から」

 

とてつもなく心臓が早い。

なんだか事件を解決した後の犯人の自白を聞くような、そんなドキドキ。

 

「私の名前は、迦具夜。俗に言う、あれですね。かぐや姫って奴ですよ」

 

「・・・ああ」

 

なんだか納得いった。

だからさっき、かぐやの配役に騒いでたし、かぐや姫だというのを知っていたのか。

 

「ま、月から来たでも未来から来たでも平行世界から来たでもどれでもいいんですけど、この時代、この世界の人間じゃないのは確かですね」

 

「それで、何の目的で?」

 

「隊長なら分かってるんじゃないですか? ちょっとやらかして、地上へ・・・ここへ、追放されただけですよ」

 

まんまかぐや姫の物語の通りだ。

 

「で、日本・・・今だと邪馬台国ですか? そこからこの大陸まで旅してきたんですけど、途中の邑で力尽きちゃって。そこの老夫婦のところに厄介になってたんですよ」

 

その邑というのは、きっと副長がいたという邑なのだろう。

俺が始めて黄巾党討伐に向かった邑に、副長は居たというし。

 

「で、まぁ・・・邑が賊に襲われまして。そこへ颯爽と現れた隊長! ・・・まぁ、正直一目惚れってやつですよね。壱与さんのこと、笑えないです」

 

あそこにはセイバーもいたはずだが・・・記憶から消去されているのだろうか。

 

「そんで、お爺さんお婆さんにお礼を言って、隊長を追いかけて来たんです。で、遊撃隊を結成するって聞いたから、副長に立候補。それからは、隊長もご存知ですよね?」

 

遊撃隊副長として、大戦を戦い抜いたことを言っているのだろう。

・・・なるほどなぁ、ならば、あの妙に違和感のある言動も理解できる。

 

「自分の名前を隠してたのは?」

 

「・・・『かぐや姫』を知ってる人がいる中で『迦具夜』って名乗ったら完全に怪しいじゃないですか」

 

「ああ、そういう」

 

なんだか妙に納得いった。

まぁ、そりゃ当然そうするよね、っていう納得だ。

 

「ま、私には・・・そうですね、魔術師的に言うと礼装がいくつかあったので、それで記憶操作をさせていただきました」

 

「英霊にも効く記憶操作か。凄まじいな」

 

「天の羽衣ですからね。・・・ん? あ、やべ、これって機密だったっけ」

 

・・・こいつ、もしかして国家(あるのかはわからんが)機密漏洩の罪で追放されたんじゃ・・・。

 

「うん、まぁ、ここまで言えば罪も変わらんでしょうしぶっちゃけますけど、天の羽衣と不死の妙薬、後五つの難問の宝も私所有なんです」

 

こいつ、意外と凄いのか・・・?

 

「ま、貴族たちには悪いことしましたよね。宝を探して来いって言って、その宝を私が持ってんですから。完全に結婚する気無かったですよね」

 

これで、私の過去話は終わりです、と微笑む副長。

 

「どうです? 私、お姫さまだったんですよ? 跪けー」

 

「俺英雄王だけど。傅けー」

 

「・・・はっ! そっちのほうが偉い!」

 

流石馬鹿。・・・いや違う。流石副長。

 

「で、隊長。その、答えとか、聞いていいです?」

 

「答え?」

 

大丈夫、答えは得たよ、とかそういうことだろうか。

いや、そもそもそっちのアーチャーじゃねえし。

 

「ほらっ、そのっ、ひっ、一目ぼれ、とか! わ、私、隊長のこと、ぶ、ぶっちゃけ愛してる、というか!」

 

「・・・は? マジで?」

 

確かに一目惚れ云々は言っていた気がするけど、マジだったのか。

ほとんど素で聞き返してしまった。いやだって、それくらいあり得ないんだもの。

 

「うぅ、今まで結構あぴーるしてきたつもりなんだけどなぁ。足りないのかなぁ」

 

ちょっと待っててくださいね、と隣の寝室へ駆け込む副長。

しばらく(具体的に言うと、冷めたお茶を煎れ直して飲めるくらいの時間)待っていると、おずおずと寝室から副長が出てきた。

 

「ちょ、ちょっと太ったかな。何か帯とか全体的にキツイ気がする・・・ど、どうですか隊長! さっきの物語風に言えば、迦具夜・最清もーどです!」

 

出てきたのは、カラフルな十二単のような着物に身を包んだ副長。

肩に薄く何か羽織っているようだが、あれが天の羽衣という奴だろうか。

 

「勝負服ですよ、これ。なんと私のいたところの最新技術で作られたもので、一枚一枚に色んな機能が付いてる優れもの! 一緒に天の羽衣も購入すると五割引!」

 

「天の羽衣って売ってるんだ・・・」

 

「ええ。私のいたところでは思春期くらいになると女性はみんなお母さんとかに買ってもらう感じですね。あ、それ何処何処の羽衣じゃん、マジなういよねー、とか」

 

「・・・その言葉を使ってる時点でなうくない」

 

「うっさいなぁ! どうせ結婚適齢期逃したババアだよ私はぁ! 伊達に近所のおばちゃんから『迦具夜ちゃんはもう長いこと一人だけど、男友達の一人も居ないの?』とか心配されて無いもん!」

 

「うわぁ・・・」

 

急に激昂し始めた副長。

・・・いくつなんだろう、この子。

 

「どうせ年齢と彼氏いない歴一緒だよ! お見合い写真ちらつかせんな!」

 

「・・・お茶、旨いなぁ・・・」

 

何か一人で盛り上がってるので、しばらく放っておくとしよう。

ずず、とお茶を啜る。うん、自画自賛になるが、とても美味しい。

 

「って言うかまだまだ若いもんね! こっち来てから丈の短い服とか着てみたけど、意外と似合ってたもんね!」

 

それはもしかして勇者の服のことを言っているんだろうか。

・・・まぁ、あれは確かにミニスカに見えなくも無いが、元々男の着てたものだぞ?

 

「ん? ・・・ははーん、隊長、もしかして私の年齢気になっちゃう感じですかぁ?」

 

どやぁ、と若干こちらを見下ろしながらそう言い放つ副長。

気になるにはなるが、別に知らなくても構わないといえば構わない。

流れからして、どうせ、響と同じく俺より干支一回りか二回りくらい年上なだけだろ? 

それだったら桔梗とかもいるし、別に驚きは・・・

 

「なら教えちゃいましょう! 私は・・・えーっと、生まれがあの年だから、計算して・・・うん、六千と七十四歳です!」

 

「ブフゥッ!」

 

「うわ、きちゃない!」

 

思わず副長に向かってお茶を吹いてしまった。

・・・いやいやいや!

 

「うっせぇ! って言うかなんだその年齢!?」

 

「はぁ? ・・・ああ、そっか。ここの人たちって数十年で亡くなるんでしたっけ? なら驚くのも無理ないか」

 

得心いったように手を叩く副長。

 

「ちなみに結婚適齢期は二千歳から二千歳半ばくらいまでですかね。・・・ったく、ちょっと過ぎたからって行き遅れ呼ばわりされちゃたまりませんよ」

 

「うっせえ行き遅れ」

 

「隊長まで行き遅れ呼ばわり!?」

 

十二単でちょこちょこ突っ込みを入れる副長は、どう上に見ても二十前半くらいである。

というか、知能指数的に数千年生きてるとは思えない。

 

「それで、お話は戻るんですけど・・・ど、どうです? やっぱり・・・年上は嫌ですか?」

 

年上というよりは別種族みたいなものだけれど、という言葉は飲み込んでおく。

小突き回していた相手が実は超絶年上でした、とか笑えない。

 

「う、うぅー・・・えーい! 仏の御石の鉢!」

 

「は? 何取り出して、まぶしッ!?」

 

副長が懐から取り出した鉢から、なぜか凄まじい光が。

 

「隙ありっ!」

 

「ごっ」

 

その一瞬を突かれ、鉢で頭を殴られた。

 

「痛みは無いはずです。どんなに暴力をふるっても、非暴力によって無力化するのがこの鉢ですから」

 

寝台に押し倒され、上に副長が覆いかぶさってくる。

長い黒髪と、十二単が俺の身体にふわりと重なった。

 

「私の選択肢には常に『ころしてでもうばいとる』が常備されてるんです! 残念でしたね!」

 

「殺される!?」

 

完全にサイコの発想だぞこいつの頭の中!

 

「隊長も数千年物の純潔とか初めてでしょう? ・・・一思いにやっちゃいましょう!」

 

・・・

 

「うー、うー、うー・・・!」

 

「こんなに消耗した夜は初めてかも知れんな・・・」

 

朝を迎えると、十二単の裾を振り乱しながら寝台の上で唸る副長に取り合えず辟易した。

こいつ、あの後やることやっていきなり正気に戻りやがったからな。

興奮して暴れてた副長が恥ずかしさで暴れ直しただけだったから、宥めるのにずいぶん体力を使った。

 

「結構痛いんだなぁ・・・で、でもでも、これで私にも子供が出来るんですよねっ」

 

「・・・まぁ、一回で出来るとは思わないけど」

 

「だったら出来るまで寝ずにやりましょうか?」

 

何なんだよこいつ。化け物か。

 

「取り合えず、隊長は早めに着替えたほうがいいかもしれませんね。月さんと詠さんがこっち向かってますよ?」

 

「そんなのまで分かるのか」

 

「あはは、天の羽衣って大抵のこと出来ますから」

 

そう言って、副長は慣れた手つきで十二単を着直す。

 

「よしっと。一人で十二単を着こなせるようになるまでずいぶん掛かっちゃいましたが、ここ数千年は和服全般ドンと来いって感じですよ。どんなものでも着こなせますからね」

 

「はぁ・・・。取り合えず、風呂にでも入って来いよ。月たちには説明しておくから」

 

「はーい。後で二人にご挨拶するんで、この部屋に居てくださいよ?」

 

「はいはい」

 

「それじゃ、一旦身体清めてきますね」

 

そう言ってその場から消える副長。

・・・天の羽衣、便利だなぁ。一着もらえないだろうか。

 

「おはようございます、ギルさん」

 

「おはよ、ギル。さっさとおき・・・なんだ、起きてるじゃないの」

 

「ん、おはよう二人とも」

 

俺が挨拶を返すと、詠が鼻をひくつかせる。

 

「・・・ん? あんた、誰か連れ込んだ?」

 

「へぅ・・・その、また新しい人ですね・・・?」

 

凄い嗅覚してるな、この二人。

・・・いや、でも普通の人でも分かるくらい昨日はやったからなぁ・・・。

 

「まぁいいや。取り合えず、色々説明するから」

 

「その前に、窓開けなさいよ!」

 

・・・

 

「へぇ、副長がねぇ・・・」

 

「天の羽衣、ということは・・・副長さん・・・えっと、迦具夜さんも天から来た方なのでしょうか?」

 

「あんたと北郷と迦具夜・・・三人も出てくるなんて、天の御使いも安くなったのねぇ」

 

「いや、別に俺も一刀も本当に天の御使いってわけじゃ・・・」

 

迦具夜も天の御使いじゃないって否定しそうだしなぁ。

 

「ただいま戻りましたー。あ、おはようございます、お二人とも」

 

しゃらん、と鈴の音が聞こえそうなほどに優雅に入室してくる副長。

 

「・・・怖い! こんなの副長じゃない! こんなお淑やかで大和撫子の鑑みたいなの認めないぞ!」

 

「入室第一声がそれですか隊長!?」

 

「・・・なんか、副長に挨拶されたの初めてみたいな気がするわ」

 

「へぅ。私は話すのも初めてな気が・・・」

 

「ええ、まぁそりゃそうでしょうねぇ。私、お二人のこと避けてましたし」

 

さらっととんでもないことを言う副長。

 

「というかお二人だけじゃないんですけどね、避けてたの。ま、それももう必要なくなったというか」

 

「じゃあ、これからは仲良く出来るんですよね?」

 

「・・・ん、まぁそうなんですけど・・・。前向きですね、あなた」

 

首を傾げながら、月にそう言い放つ副長。

正直俺もその発言は前向きすぎると思う。だがそこがいいんじゃないのか?

 

「へぅ、それは褒められているんですか・・・?」

 

「多分馬鹿にされてるんじゃない?」

 

「ま、いいじゃないですか、そんな細かいことは。それよりも、ちょっとあっちで女子会しませんか? 隊長との夜の営み、お二人はどんな風に可愛がられてるのか、情報交換しましょう」

 

「こら副長! お前なんてことをさらっと!」

 

「いいわね。こっち来なさいよ副長・・・んーと、迦具夜のほうがいいのかしら?」

 

「どちらでも。副長はただの役職名でしたが、呼ばれ慣れた今としては愛称のようなものなので」

 

愛称のような、というよりまんま愛称だろうに。

 

「そ。じゃあしばらくは副長って呼ぶわね」

 

「私は迦具夜さん、と呼ばせていただきますね」

 

「りょーかいです。よろしくお願いしますね、月さん、詠さん」

 

「さ、こっちよ。新しい茶葉が手に入ったのよ」

 

「結構味わい深い渋さがあるんですよね」

 

そう言ってきゃっきゃと去っていく三人。

・・・うん、気にしないことにしよう。

 

・・・

 

「・・・どうしたんですか、ご主人様? なんだかぼーっとしてるみたいですけどー?」

 

「七乃か。・・・うん、いや、なんでもないよ。今日も副長は元気に兵士を狩ってるなと思ってただけさ」

 

「はぁ。・・・まぁ、ご主人様自身が何も無いというのなら私は気にしませんが・・・」

 

「何ていうか、七乃っていい奴だよな」

 

「・・・はい?」

 

なんだか素っ頓狂な顔をした七乃が素っ頓狂な声を出した。

 

「本当にどうしたんですかー? 医療班、呼びます?」

 

「七乃と話してると癒されるんだよなー・・・まぁ取り合えず座って。お茶でも飲みながら話そうや」

 

「い、医療班? 医療班が必要なんですね?」

 

七乃がわたわたと慌てだす。

そんなに俺は変な事を言っているだろうか。

・・・いや、自分のことこそ自分ではあまり気付けないというし、もしかしたら今の俺は相当に変なのかもしれない。

取り合えず、終わったらゆっくり休むとしよう。

 

「よし、そこまで! 次の訓練に入ってくれ!」

 

俺がそう声を掛けると、兵士たちが一斉に動き出す。

 

「たいちょーたいちょー、次は弓術の訓練で良いんですよねっ?」

 

「あ、ああ。それで良いぞ」

 

「早速行ってきますね!」

 

・・・なんだか、一夜明けたら副長が真面目になってて気持ち悪い。

不真面目こそ副長のアイデンティティだったのに・・・!

いや、俺も副長が真面目になった理由くらい心当たりあるし、真面目になったほうが良いとも思ってるよ?

でもさぁ! それとこれって別問題じゃないか!?

 

「うぅ、不真面目分が足りないぃ・・・。七乃、ちょっと仕事サボって来いよ」

 

「医療はーんっ、早く、早く来てくださいー。ご主人様が、大変なことにー」

 

全く緊急性のなさそうな声で叫ぶ七乃。

はっはっは、これこれ。

・・・あれ、俺ってもしかして駄目人間になってきてる・・・?

 

・・・

 

「よっと」

 

「はい、これも判お願いしますねー」

 

「はいはーい。よっと」

 

あの後、真面目になった副長がせっせと働いてくれたお陰で・・・所為で? いや、やっぱりお陰で。

せっせと働いてくれたお陰で、いつもの五分の一くらいの時間で終わった。

後はちょろっと書類の処理をして終了なのだが・・・。

 

「それにしても、ご主人様も難儀な性格してますねー」

 

「難儀とまで言い切るか」

 

「そりゃあ、部下の不真面目を嘆く上司はいても、部下の真面目さを嘆く上司は少ないですからー」

 

書類から目を離さずにそういった七乃は、そのまま流れるようにこちらに書類を渡してくる。

それに判を押していると、七乃が一旦手を止め、こちらに視線を向ける。

 

「そういえば、明日はご主人様、お休みですよねー?」

 

「ん? そうだけど・・・なんかあったか?」

 

「いえいえ、もしご予定が空いてるなら、お嬢様のおせわ・・・面倒・・・ええと、子守をお願いしたいのですがー・・・」

 

「何で言い直したんだよ」

 

確かにお世話も面倒を見るも言い方的にちょっと変だけど。

 

「ま、いいさ。実際予定も無かったし。美羽一人くらいだったら大丈夫」

 

もし何かあったとしても、雪蓮を引き合いに出せば泣いて行動止まるだろうし。

・・・あれ、何か間違っているような・・・。

 

・・・

 

「主様ー、こっち、こっちなのじゃー!」

 

「はいはい、分かってるって」

 

翌日。俺は美羽を連れてわくわくざぶーんへと来ていた。

ある意味璃々より精神年齢低い美羽は、今までここへの立ち入りを禁じられていたらしい。分からんでもない。

 

「おぉー! ここが、わくーんか!」

 

「犬の鳴き声みたいになってるぞ。わくわくざぶーん、な」

 

「? ・・・そうじゃな!」

 

絶対分かってないな。

 

「それで主様、ここはどういうところなのじゃ?」

 

「そこからか。ええと、なんて言えばいいかな。楽しいところだよ」

 

「なるほどの。それはいいところなのじゃー!」

 

ちょろい。

・・・あ、いや、今のは本心じゃないので。悪しからず。

全然、ホント、本心とかじゃないんで。つい漏れ出た本音とかでもないので。

 

「ほら、着替えるぞー」

 

「うむ! 水着じゃな! 水着・・・うむ!」

 

「分からないなら分からないって言っていいんだぞー」

 

そう言いながら、七乃に渡された巾着をごそごそ漁る。

・・・あったあった。

 

「ほら、これ。着方は分かるか?」

 

「う、む!」

 

「一瞬間があったな。分からないってことか。ええと、確か係員のお姉さんがいたはず・・・」

 

何とか女性係員を探し出し、女子更衣室で美羽を着替えさせてもらった。

うむうむ、なんというか、Aラインが似合う娘である。

スク水だと何か違和感があるし、かといってパレオやビキニはまだ早いような、そんな感じだ。

そんなこんなで、女子更衣室から係員さんに連れられてやってきた美羽と合流し、取り敢えずは底の浅いプールへと入る。

 

「わぷっ」

 

・・・あれ、消えた?

 

「って、沈んでる!?」

 

慌てて美羽を抱え上げる。

 

「む? ・・・いつの間にか何も聞こえないと思ったらだっこされてたのじゃ!」

 

「うん、凄いな美羽」

 

「そうかの? ふふん、もっと褒めると良いのじゃ!」

 

「すごいすごーい」

 

「きゃっきゃっ」

 

副長に続き言わせて貰おう。ちょろい。

取り合えず、手を繋ぎながら水に慣れるところから始めることにする。

いつの間にか沈んでいる美羽とプールで遊ぶには、目を離さないことが大切なのだと学んだのだ。この短時間で。

 

「璃々より目が離せないな・・・」

 

「? 主様、どうかしたのかの?」

 

「よし、滑り台行こうか」

 

「あの大きなところに行くのかの!? 楽しみなのじゃ!」

 

そう言ってはしゃぐ美羽を連れて、ウォータースライダーへ。

一人で先走って滑ろうとする美羽を何とか宥めつつ、俺の膝の上へ。

・・・うん、いつもの事ながら水着姿で女の子を膝の上に乗せるのは不味いな。

すべすべもちもちなのである。いや、何処がとはいわんけど。

 

「よし、滑るぞー!」

 

「おぉー、なのじゃー!」

 

しっかりと美羽を抱きしめて、ウォータースライダーを滑り始める。

 

「わ、わ、にゃ、のぉー!?」

 

「どうだー! 楽しいだろー!?」

 

「楽しいのじゃー!」

 

ひゃっはー、と着水。

きちんと美羽が溺れない様に気をつけながら、プールサイドへ。

もう一度、もう一度、とせがむ美羽を連れて再びウォータースライダーを滑り降りる。

 

「すっかり気に入ったみたいだな」

 

「うむ!」

 

「・・・そろそろ泳ぎの練習もしてみるか」

 

さっきから手か目を離すといつの間にか沈んでるからな・・・。

泳ぐ、とまでは行かなくても、浮くくらいは出来るようになってもらわないと。

・・・璃々ですら、水に浮くことくらい出来るのに。

 

・・・

 

「お、おー!? 浮いてるのじゃー!」

 

「あ、ああ。浮いてるな」

 

時には諦めが必要だということを、俺は今日学んだ。というか悟った。

目の前にはぷかぷか浮かぶ美羽。・・・浮き輪付きで、だが。

どうしても無理だった。最初からバリバリ泳げるようにはならないだろうなぁと思っていたが・・・ここまでとは。

 

「それにしても、先ほどの主様は何を言ってるのか分からなかったのじゃ。言葉はきちんと話さねばならぬぞ?」

 

「・・・そうだな」

 

我慢我慢。

相手は美羽だ。袁家だ。

 

「ふぅ」

 

こんなことで落ち着いてしまうのもどうかと思うが、それはそれ、これはこれ。

呪うなら袁家の特性というか、その家名を呪うといい。

 

「む? どうしたのじゃ、むつかしそうな顔をして?」

 

「うん、まぁ、撫でてあげよう」

 

「おぉっ、主様がいつもより優しいのじゃ!」

 

これが、これが「生暖かい目」という奴か。

未来の世界の猫型ロボットの気持ちが少しだけ分かった気がする。

 

「さ、そろそろ休憩しよう。あまり続けて入ってるのも良くないし」

 

「むむぅ・・・。もう少しだけ、だめかの?」

 

「はは、少し休んだらもう一度遊ぼうな」

 

「主様がそこまで言うのなら・・・分かったのじゃ」

 

そう言って、ぷかぷか浮かびながらプールサイドまで移動する。

よいしょ、と美羽を水からあげて、俺もその後に続く。

 

「きゅうけーというのは、何をするのじゃ?」

 

「・・・休もうか」

 

「うむ! そろそろ妾も疲れてきたからの。丁度いいのじゃ!」

 

適当なベンチを探して、腰を下ろす。

 

「そういえば、美羽はここ初めてだったよな。どうだった?」

 

「む? そうじゃの、お風呂で遊んでるみたいで、中々面白いのじゃ!」

 

美羽にとって温水プールとは凄く広い風呂みたいなイメージなのだろうか。

いや、あんまり間違ってないけどさ。お風呂よりは温いぞ?

 

「そういえば、この水着というのは主様からの贈り物だと聞いたのじゃが・・・」

 

「ん? ・・・ああ、七乃から聞いたのか? まぁそうだけど・・・気に入らなかったか? 俺は似合ってると思うが・・・」

 

俺の言葉に、そうかの、と返す美羽。

心なしか、顔に影が出来ている気がする。

 

「じゃがの、妾は主様からもらってばかりなのじゃ。その、妾も何かあげたいのじゃ」

 

・・・美羽からそんな殊勝な言葉が出てくるとは。

いや、殊勝とか言ったら失礼か。

成長の証、とか言っておいたほうが良いな。

ま、水着程度で美羽から何か巻き上げるほど俺も困ってるわけじゃない。

 

「美羽がそうやって思ってくれるだけで十分だって。誰かから何かを貰って、ありがとうって言えるんだったら、それで良い」

 

少し気障だが、これは本心である。

正直半分くらい欲望に任せて作った水着を渡して、さらに何か貰おうなんて、そんな厚かましくは出来ない。

まぁ、強いて言うならば水着姿の美少女の笑顔が見れてごっつぁんです、って感じである。

結局、散々遊んだ帰り道、七乃と合流して部屋へ帰っていくときも、美羽は何か考え事でもしているような表情で去っていった。

・・・妙なことを考えてないといいけど。

 

・・・

 

「・・・のう、七乃?」

 

「はい? どうしましたか、お嬢様」

 

「主様はの、妾に色んなことをしてくれるのじゃ」

 

「そうですねー。拾ってもらったり、お仕事くれたり、色々お世話になってますねー」

 

「そうじゃの」

 

「どうかしたんですかー?」

 

首を傾げる七乃に、美羽は思ったことを伝える。

 

「なるほどー。ご主人様にお礼を、ですか。・・・ふぅむ」

 

歩きながら顎に手を当てて考えるそぶりを見せる七乃。

少しして、何か閃いたように手を叩く七乃。

 

「それでしたら、私に良い案がありますよ」

 

「ほんとかのっ!?」

 

「ええ。丁度日も暮れてきましたし。いいですか? ごにょごにょ・・・」

 

「んむんむ・・・分かったのじゃ! 行って来るのじゃー!」

 

「あ、ちょ、お嬢様っ!? 話聞いてましたかー!? 私がまず足止めを・・・聞いてないですねー!?」

 

・・・

 

「いや、いいから! 別にいらないから! 何でそんなに愛紗の料理を押し付け・・・いらないから! その箸を引けって!」

 

なぜか七乃に追いかけられ、行き止まりへと追い込まれた俺は、愛紗の料理(何故分かったかは愛紗の名誉のために黙秘)を食べさせられそうになっている。

七乃がさっきから一言も喋らないのが更なる恐怖を駆り立てる。

何なんだよ! 俺は何のフラグを立てたんだ!

痛っ、何で料理が肌に当たっただけで痛みが? 料理だよな!?

 

「何で引かないんだよ! 何がお前をそこまで・・・痛いって!」

 

堪らず七乃を引き剥がす。

取り合えず両手を掴んでおく。

 

「あぁっ、つかまっちゃいましたー。よよよ、私はこのままご主人様に強引に初めてを・・・」

 

「ようやく喋ったと思ったらお前・・・」

 

「あ、その視線は不要なのでー。壱与さんとかにあげちゃってくださいねー」

 

「・・・で、何のようなんだよ?」

 

「いえ? 特に。丁度愛紗さんがお料理を作っていたところだったので、これ幸いと・・・じゃなくて、これは大変だと私が処理を請け負ったのです」

 

「俺に食べさせることを処理というわけじゃないからな?」

 

何を勘違いしているか知らないが、俺は愛紗の失敗料理処理専門になった覚えは無い。

サーヴァントも、ダメージを受け続けたら消滅するのです。

 

「・・・さて、そろそろいいですか」

 

「は?」

 

「ああいえ、こちらの話ですよー。それでは、おやすみなさいませー」

 

「あ、ああ。おやすみ」

 

・・・なんだろうか。いつも変な七乃がいつもより輪をかけて変だ。

まさか、副長と同じように明日から真面目に仕事し始めたりしないだろうな?

そうなると俺が不真面目になってバランスを取るしか・・・え? 俺も結構不真面目?

・・・そうか。

 

・・・

 

「良く来たの!」

 

「・・・おぉっと、間違えたかなー」

 

そう言いながらも、そんなわけは無い、と心では確信してしまっている。

それと同時に、妙な七乃の行動にも納得がいった。このためか。

大体何でこんなことをしているのかもピンと来ているので、半ば諦めモードだ。

 

「遅かったの。妾ちょっぴりおなかが減ったのじゃ」

 

「・・・だったら帰ればよかったのに。何のようだ?」

 

九割がた答えのわかっている質問を投げかける。

美羽は、当然のように胸を張って言った。

 

「うむ! いつも主様にはたくさん貰っておるからの! 妾からお返しなのじゃ! えぇと、七乃はなんと言っておったかの」

 

ぶつぶつと口の中で呟くように何かを確認する美羽。

うむ、と小声で呟くと、半分くらい棒読みで、何かの台本でもなぞっているのではないかと言う台詞を吐いた。

 

「『主様、きょうは一晩、妾を好きにしてよいのじゃ』・・・む? どうしたのじゃ主様」

 

「いや、それ、七乃に言えって言われたのか?」

 

「うむ! いつも主様には貰ってばかりじゃからの。何かお返しがしたいと言ったのじゃ! そうしたら、こういえば主様は泣いて喜びながら妾をよろこばせてくれると教えてくれたのじゃ」

 

流石七乃じゃの、と一人頷く美羽を見て、俺はため息を一つ。

この娘に手を出せと、そう言ってるんだな、七乃。

 

「? どうしたのじゃ。この後は主様と一緒に寝て、天井のシミを数えておればよいのじゃろ? ・・・む、しかし寝てしまうと壁のシミを数えられないのじゃ」

 

美羽は平常運転である。・・・というか、天井のシミ数えてるうちに終わるとか、もう完全にあれである。

九割分かっていた答えが十割の確信に変わった。

 

「・・・仕方ないな。説明をしても要領を得ないだろうし、実践で教えてやるとしよう」

 

それで嫌がれば、潔く諦めて七乃に手を出すことにするさ。

・・・まぁ、美羽が受け入れたとしたら、俺をハメてくれた七乃に手を出すことになるんだけど。

ふふふ、これが将棋で言う『詰み』、チェスで言う『チェックメイト』という奴だ。

時間は止められないけど、大量のナイフを投げるくらいは出来るのだ。

 

「美羽、精一杯優しくするから、嫌だったら言うんだぞ?」

 

「? うむ、分かったのじゃ! 一緒に寝るのじゃろ? こっちに来ると良いのじゃ!」

 

そう言って俺の分のスペースを開けて寝台に寝転がる美羽に、俺は優しく覆いかぶさった。

可愛らしく首を傾げる美羽へ、これから俺は保健の授業をしてやらないといけないのだ。

 

・・・

 

「ふみゅぅ・・・」

 

隣で静かに寝息を立てる美羽を横目に、俺は頭を抱えていた。

・・・やっちゃった。

こういうのは、後に振り返るほうがダメージがでかいのだ。

やった後に悔いるから後悔という。昔の人は上手いことを考える。

 

「・・・ま、俺が駄目人間・・・駄目英霊? なのは今に始まったことじゃないしなぁ・・・」

 

あれ、まだ英霊じゃないんだっけ? ・・・ああもう、なんだか面倒くさいなぁ。

 

「さてと、七乃を問い詰めにいかないとな。色々吐かせてやろう」

 

物理的にも、言葉的にも。

 

「んむ・・・主様? おはようなのじゃ」

 

「おはよう。身体はなんとも無い・・・わけないよな。おきれるか?」

 

「もちろんなのじゃぅっ!?」

 

起き上がろうとしてびくんと肩を揺らす美羽。

・・・ああ、うん、分かるよ。

 

「仕方ない。しばらくここで寝てるといい。・・・あ、ちょっと待ってろ。今身体を拭く」

 

用意しておいたぬるま湯とタオルで美羽の身体を拭いてやる。

されるがままの美羽に少しだけ反応しつつも、きちんと拭き終わり、換えの服を渡す。

 

「それじゃ、大人しく寝てろよ?」

 

「うむ! 分かったのじゃ!」

 

これでよし、小一時間は大人しくしてるだろう。

その間に七乃を捕縛し、尋問、詰問すればいい。

 

・・・

 

「あ、おはようございます~。昨日はお嬢様ときゃっ!?」

 

「た、隊長!? まさかそんな、白昼堂々七乃さんとあおか・・・えすえ・・・えーと、変態行為に!?」

 

「副長が空気を察して言葉を濁すとか・・・明日は世界が滅ぶのか」

 

「私の評価って相当低いんですかね? 一応お姫さまやってたんですけど?」

 

うーん? と首を傾げる副長。

姫にあるべき高貴さとか上品さとかが足りないんだと思う。

今は十二単を着ずに勇者スタイルなのも問題だと思う。

 

「あれ着ると、なんてーか、こう、あの日のことを思い出して赤面するというか、私も一応乙女というか」

 

「はっ」

 

「鼻で笑われた!?」

 

「『私も一応乙女というか』かっこわらい。かぐやさんろくせんさいごえが何か言ってますよー」

 

「お・・・」

 

「お?」

 

「おにちく!」

 

脱兎のように逃げていってしまった。

・・・煽り耐性の低い姫である。

おや、そういえば副長は勇者でありながら姫でもあるという立場なのか。

聖なる三角形を二つ所持できる珍しい存在である。

これで後々魔王属性も追加されれば聖なる三角形独り占めである。

やったね副長! 属性が増えるよ!

 

「・・・と、ところで。私はいつまで吊り下げられてれば良いのでしょうか~?」

 

「無論、死ぬまで」

 

「死刑宣告ですかっ!?」

 

おっと、しまった。

ついつい副長のノリをそのまま使ってしまった。

 

「こほん。・・・美羽に変なこと教えただろ?」

 

「・・・何のことですか~?」

 

「一つとぼけるごとに、俺は七乃を吊り下げる日数を一日延ばす」

 

「教えましたよ?」

 

素直である。

うん、七乃のそういうところ、俺は好きである。

 

「うんうん。一週間追加な」

 

「殺生なっ。私、惚けなかったのにぃ・・・」

 

「別に、素直になったら降ろしてやるとは言ってないだろ?」

 

「・・・これが、絶望ですか」

 

なんか勝手にハイライトを消しているようだが、こんなもので絶望を感じられても困る。

というか、別に襲ってないのにハイライト消されても困る。

つまり、困る。

 

「うん、一週間追加」

 

「横暴っ」

 

満足するまで散々七乃を弄ってから、がらがらと七乃を鎖から開放した。

 

「うぅ、お嬢様もこんな風に無理やり初めてを・・・」

 

「やかましい。無理やりじゃない。同意の上だ」

 

逮捕されたとしても俺はこの主張を曲げない。

いや、逮捕されるようなことしてないけど。

 

「そうそう、本題を忘れるところだった。美羽が今俺の部屋で寝てるから、介抱してやってくれ」

 

「ご主人様に襲われて傷心中のお嬢様を慰めろ、ということですかー?」

 

おそっ・・・たけど! 無理やりではないのだ! これだけは絶対譲らんぞ!

じとりとした目を向けてくる七乃に熱弁しておく。

はふぅ、と息を吐いた七乃は、分かりました、と言ってきびすを返す。

この変わり身の早さを見るに、どうやら今までのやり取りは俺をからかうためのものだったようだ。

 

「でも、どうしてご主人様が介抱して差し上げないんですか?」

 

「昨日のこと思い出した美羽が、俺とまともに会話できると思うか?」

 

「ああ、そういう・・・。変な気だけは回るんですね」

 

「兎に角、頼んだぞ。しばらくしたら俺もそっち合流するから、出来れば俺の部屋に居てくれると嬉しい」

 

「はいはーい、了解しましたよー」

 

そう言って手を振る七乃に背を向け、歩き出す。

さてと、美羽が落ち着くまで副長追いかけてからかってくるとするか。

・・・ぱっとこんなことを思い浮かぶ当たり、俺、意外と副長のこと好きなんだなぁ、とふと思った。

 

・・・

 

「っくち・・・へぅ・・・なんだか変な予感が・・・」

 

「どうしたのよ、月?」

 

急に落ち着きをなくした月に、詠が首を傾げる。

 

「詠ちゃん・・・。ええとね、何か焦燥感と危機感と絶望感が一気にきたような胸騒ぎがしたの」

 

「何それ、聖杯でも起動したの?」

 

「それかギルさんが乖離剣ぶっぱしたの?」

 

孔雀と響も、詠に習うように首をかしげた。

ギルの評価が斜め上に高いのはいつものことである。

 

「ううん。そういうのじゃ・・・あれ? あれは、副長さん?」

 

「あら、ほんとだ。おーいっ、ふっくちょーさーん! どしたのー?」

 

どたどたと駆けてくる副長に響が声を掛ける。

その声に気付いたのか、副長は地面を滑るようにブレーキをかける。

 

「どしたもこしたもありませんよ! 全く隊長はとってもおにちくなんだからもう!」

 

「・・・うん、何時も通りの副長だね。言ってることが全くわかんない」

 

「孔雀ちゃん、辛らつすぎるよ・・・」

 

「ふんっ。・・・? あれ、月さん? 何で私の太ももをつねって・・・痛い痛い痛い! 痛いですよ!?」

 

「・・・痛く、してますから」

 

俯き加減に呟く月は、淡々と副長の太ももを抓り上げている。

 

「そりゃそうでしょうけど! 何で突然!?」

 

「へぅ・・・そういえば、何ででしょう。取り合えず、もうちょっと強くしておきますね?」

 

「何なんですかこの主従! そろって鬼畜過ぎませんかね!?」

 

その後、太ももだけではなく、わき腹、頬を抓られた副長は、後からやってきたギルに泣きながら抱きついていた。

それを見た侍女四人組が揃ってギルに飛び掛ったのは、言うまでも無いことだろう。

 

・・・

 

何故か突然抱きついてきた五人の少女にされるがままになっていると、南蛮の四人娘も飛びついてきた。

流石の俺も膝から崩れ落ちそうになったね。急いで筋力元に戻したもの。

少女九人を持ち上げるには、筋力D以上が必要なようだ。

それからそれぞれを引っぺがして合計十人の大所帯になりながらもお菓子でも食べようか、という話になった。

 

「ので、朱里と雛里にはお菓子を作ってもらいたい」

 

「はわわっ、と、唐突ですねっ」

 

「あわわ・・・お仕事も終わったところですし、構いませんけど・・・ちょっとお時間を頂きます」

 

「ああ、というか、俺たちも手伝うよ。みんなで作ったほうが楽しいし早い」

 

おーい、と料理が出来る侍女組と副長を呼ぶ。

・・・南蛮娘たちは宝物庫から出した果物に夢中である。お菓子はいらなくなるぞ?

 

「よし、工程ごとに分けたほうが良いな」

 

「はいはーい。ボクが下ごしらえをしよう。僕の魔術特性は分裂と均等だからね。お菓子作りのときに役立つのさ」

 

なんという魔術の無駄遣い。

確かにお菓子作りは分量が命だが・・・。

 

「え? 何々、自分の得意な魔術特性で協力するの? じゃあじゃあ、私の特性は浸透と混合だから・・・ええと、どうしよう?」

 

どうしよう、と首を傾げられても。

というか、そういうのって特性なのだろうか。属性なのじゃないだろうか。

さらに言えばそんなに特性持ちっているものなのだろうか。

・・・魔術には疎いのである。キャスター呼んで来い。

 

「おでんとかの味を染み込ませられますよね。羨ましい」

 

副長がぼそりと呟いた。

・・・あ、いいなぁおでん。そろそろ秋も深まってきた頃だし、温かいものが恋しくなってくるかもしれないな。

 

「おお、味を染み込ませる! いいね、その案、いただきだよっ」

 

そう言って、響は私は材料を混ぜた後にきちんと混ぜ合わせる係り! と一人で決定してしまった。

いや、うん、いいけどさ。料理に神秘を振るう君たちがちょっと分からない。

 

「へぅ。私って魔術あんまり使えないですから、お役に立てないですね・・・」

 

そう言ってへこむ月を慰める。

魔術を料理に使おうなんて人のほうが少数派だと思うから、大丈夫だよ、と。

ちなみに、後々キャスターに聞いた話によると、甲賀は隠蔽と発明、銀は貯蔵、多喜は加速らしい。

月? 月は反転と改変らしい。これを使えば愛紗の料理も美味しくなるのだろうか。

あ、ちなみに、魔術を使ったお菓子はとても美味しく出来ました。

 

・・・




「ちなみに、かぐや姫は何代かいて、その全てが追放、ないし投獄されてます」「えぇー・・・?」「先々代くらいのかぐや姫・・・輝夜という人は、何か妖怪の世界にぶっぱされたみたいですね。元気でやってますかねー」「え、なに、何なの? かぐや姫って何か犯罪起こさないとなれないの?」「あはは、やだなぁ隊長。・・・何で知ってるんです?」「え、衛兵ー! 出会え出会えー!」「ちょ、冗談ですって・・・ああもう! 仏っ!」「ごっ」

数分後、目覚めた彼は先ほどの会話を忘れているようでした。


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