真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

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「おままごとって簡単そうに見えるけど、意外と難しいよな」「あー、ちょっと恥ずかしさとか混じっちゃうもんな」「そうそう。そういえば、甲賀ってそういうごっこ遊びってやったこと無いのか?」「・・・反抗期に忍者の修行が嫌になってな。友人たちと一斉にストライキしてやったんだ」「・・・それがごっこ遊びと何の関係が・・・?」「いや、そのときにしたストライキというのが、『全員でスパイごっこをする』というものでな・・・」「いやいやいや、ただ言い方変えただけだろ!?」「やめろ! もう言うな! その突っ込みは父に散々されたんだ! 枕、枕は何処だ! 俺は顔をうずめるぞ!」「ああっ、ま、マスターがご乱心を!」


それでは、どうぞ。


第四十一話 おままごとが混沌に

「あー・・・」

 

今日は疲れた。

恋の試合の相手の後、アレの相手もさせられて疲労困憊です。

途中でねねも混ざるし・・・。うぅ、心なしか腰が痛む・・・。

 

「はー、よっこいしょ」

 

・・・なんだかちょっと、歳を感じるなぁ。

いやいや、まだまだ俺は若いぞ! 若造だぞ!

 

「・・・一人って、虚しいなぁ」

 

はぁ、とため息を一つ。

城壁の上から見える町並みはとても賑わっている様で、こちらにも喧騒が聞こえてくるほどだ。

恋とねねはあの後風呂へ行ってしまったし・・・うーん、副長でも呼ぶか?

現代だったらなぁ。ケータイで友達でも呼べたんだが。

 

「・・・あ、一刀いるじゃん」

 

あいつなら基本暇してるだろうし。

思いついたら即行動! というわけで、俺は今座っている城壁の縁から飛び降りた。

通常の人間なら即死の高さだが、英霊なら大丈夫。

俺も最初のほうはビビリまくりだったのだが、今では慣れてぴょんぴょん飛んでいる。

 

「よっと」

 

膝を曲げつつ着地して、ポーズをとる。

・・・ここまでしておかないと、なんだかむずむずするのだ。

 

「わー! ギルお兄ちゃんすごーい!」

 

「ん? ・・・お、璃々。どうしたんだ?」

 

ぱちぱちと小さな手で拍手して駆けてくる璃々を受け止めつつ、尋ねる。

えへへ、と照れくさそうに笑うと、あのね、と話を始める璃々。

 

「きょーはお母さんがいないから、おしろのなかをおさんぽしてるのー」

 

「桔梗は?」

 

「ききょうさんは、えんやお姉ちゃんとえんせー? に行ってるの」

 

「あー、そういえばそんな話あったなぁ」

 

国境近くの砦の視察だかなんだかで、二人して昨日の朝出発してたはずだ。

 

「よし、俺と遊ぼうか、璃々」

 

「ほんとー!? やったー!」

 

「何するかなぁ・・・」

 

町へお出かけ・・・は、ちょっとやめといたほうが良いかな。

今日は特別人が多いみたいだからな。もしはぐれでもしたら大変だ。

悩んでいると、目の前の璃々がみこーん、と何か思いついたように顔を上げた。

 

「璃々ね、おままごとしたい!」

 

「お、良いかもな」

 

「えーとね、えーとね、じゃあ、ギルお兄ちゃんが旦那さまで、璃々が奥さんね!」

 

「おう、良いぞ」

 

懐かしいなぁ。

幼稚園のとき、園児全員を巻き込んだ第五次おままごと大戦をしたとき以来じゃないか、ままごとなんて。

それにしても・・・璃々が奥さんか。

 

「えへへー。ギルお兄ちゃんのおよめさんだー」

 

てれりこ、と頬を染める璃々。

よし、じゃあ取り合えず・・・家を作るかな。

 

「よーし、璃々。まずは家を作ろうか!」

 

「あいのすっていうんだよね! 璃々知ってるよ!」

 

「・・・間違ってはいないけど」

 

「じゃあ、ここにしきものして、っと」

 

「お、約二秒でマイホーム完成したぞ。凄いな」

 

ござ(らしきもの)とちゃぶ台のみの自宅だが、まぁままごとの舞台なんてこんなものだろう。

後は・・・ちょっと汚いが、厨房の裏から拾ってきた壊れた茶碗なんかを並べてみる。

 

「これにごはんをいれるんだよね!」

 

「ああ。ま、本物は無いけど、こう・・・泥とかで作るんだぞ」

 

「どろだんごー!」

 

「お、上手いな」

 

すぐにころころっと団子を作り上げる璃々。

手慣れてるなぁ・・・。

 

「はい、ギルお兄ちゃん、あーん!」

 

「璃々、呼び方が違うぞ。俺は璃々の旦那さんなんだから」

 

「あ、そっか。えーと、えーと・・・あなた、あーん!」

 

「はい、あーん」

 

ぱくり、と食べるふり。

・・・食べても大丈夫だろうが、璃々がびっくりするだろうからやめておこうか。

 

「じゃあ、つぎは璃々のばんー! あーん!」

 

「おう、ほら、あーん」

 

「ぱくっ!」

 

美味しそうに団子を咀嚼する・・・振りをする璃々。

うんうん、微笑ましいなぁ。

 

「・・・うわ」

 

「あ、けいふぁお姉ちゃん!」

 

「桂花か。どうしたんだ、こんな変なところで」

 

自分で言うのもなんだが、ここは厨房の裏の少し先、ほとんど人の来ない場所だ。

 

「・・・厨房に行ったら、何か変な声が聞こえるから見に来てみたら・・・あんた、やっぱり変態じゃないの!」

 

「なぜそうなる」

 

「だ、だって璃々みたいな小さい子と、ふ、夫婦みたいなことしてるじゃないの!」

 

「いや、ままごとって大体そんなもんだろ」

 

「けいふぁお姉ちゃんも、一緒にやる?」

 

「はぁ!? 何で私がそんなこと・・・」

 

「ふぇ・・・」

 

桂花に強く言われて、少し涙ぐむ璃々。

俺はそんな璃々をかばいながら、桂花を注意する。

 

「あ、おい、桂花。璃々を泣かせるなよ。紫苑の胸に沈めるぞ」

 

「斬新な脅し文句ね・・・。わ、分かったわよ。参加してあげるわ」

 

「ほんとっ!? やったー!」

 

「ちょっとだけだからね!」

 

「うん! じゃあ、けいふぁお姉ちゃんは・・・」

 

「ペットで良いだろ。猫とか」

 

「あんたままごとの意味理解して言ってんの!?」

 

ペット、という単語の意味は分からなかったみたいだが、その後の猫という単語で自分の扱いを知ったらしい。

何時も通りショックを受けたような顔で突っ込みを入れてくる。

 

「猫・・・えーと、じゃあ、けいふぁお姉ちゃんは、おとなりにすんでるねこみみのお姉さん!」

 

「猫が定着したっ!?」

 

って言うか、隣に住んでる猫耳のお姉さんって、完全に猫と融合してるじゃないか。

そんなのが隣に住んでるなんて・・・おーう、いっつファンタジー。

 

「まぁ、隣に住んでるってくらいだから、あんたと話す機会は少なそうよね。良いわ、それで」

 

そう言って、璃々から受け取った小さいござを隣に敷く桂花。

ペットにされるよりは猫耳のお姉さんを選んだようだ。

そんなに俺と触れ合うのが嫌か。・・・ならば俺にも考えがあるぞ。

 

「そういえば璃々、お隣のお姉さんなんだけどな」

 

「んー?」

 

「いつも俺の部屋の窓から侵入して来るんだ。いくら幼馴染だといってもやりすぎじゃないか?」

 

「何変な設定追加してんのよ!」

 

お隣さんから怒声が飛んで来るが、そんなものお構いなしである。

 

「おさななじみ?」

 

「あぁ、えーと、小さいときから一緒にいる、仲良しさんのことだぞ」

 

「そっかー。えとね、なかよしさんなら、まどから入ってもだいじょうぶだと思うよ?」

 

「璃々は優しいなー。それじゃあ、仲良しのお隣さんと、ご飯でも食べようか」

 

「うんっ。さっきごはんのとちゅうだったもんね。呼んでくるね!」

 

そう言って、ござの端に脱いであった靴を履いて隣のござへと向かう璃々。

一瞬桂花が緊張した顔をするが、すぐにこほんと咳をして姿勢を正した。

 

「こんこんっ」

 

「は、はーいっ」

 

「けいふぁお姉ちゃん、ごはんいっしょにたべよ!」

 

「・・・分かったわ。今そっちへ行くから」

 

一瞬こちらを見たのは、いくらままごととはいえ俺と食事をするというのが嫌だからだろう。

いかにも渋々といった態度でこちらへやってくる桂花。

嫌だと拒否したら璃々がまた泣くからこうして付き合っているだけなのだろう。

・・・ま、桂花はアレで子供とかには優しいからな。

 

「ただいまー!」

 

「おじゃまします」

 

「お帰り。桂花・・・いや、桂花お姉ちゃん、いらっしゃい」

 

「うぐ・・・! や、やめなさいよお姉ちゃん呼びは!」

 

自分を抱きしめるような格好で一歩後ずさる桂花。

少し鳥肌が立っているようなので、結構寒気がしたのだろう。

 

「けいふぁお姉ちゃん、すわってて! いま、ごはんつくるね!」

 

「はいはい。分かったわよ」

 

そう言って、俺の対面に座る桂花。

すぐに璃々が泥団子を作って桂花の前に置く。

 

「どうぞっ」

 

「・・・ぱくぱく」

 

頬を若干赤く染めながら、泥団子を持って咀嚼の振りをする桂花。

意外とノリいいな。

 

「どうですか?」

 

「美味しいわ。璃々はお料理が上手ね」

 

「ほんとう!? やったー!」

 

わーい、と嬉しそうに万歳する璃々。

 

「えへへー。ギルお兄ちゃんの奥さんだもん! おりょうり、いっぱいべんきょうしたもん!」

 

「あー・・・ちょっとあんた、本当に璃々も手篭めにしてるわけ? 懐いてるってもんじゃないわよ、これ」

 

「はは。今は俺の奥さんだからな」

 

「・・・そういう意味じゃ・・・ああもう、これだから男は!」

 

ぺいっ、と泥団子を投げつけられる。

首を捻るだけでそれを避けると、璃々が桂花に向き直る。

 

「だめだよけいふぁお姉ちゃん! ごはんをそまつにしちゃ!」

 

「あ」

 

「もう!」

 

「・・・えぇと・・・何をなさってるんですか・・・?」

 

「あ、流流じゃない」

 

「? るるお姉ちゃん?」

 

背後から聞こえてきた声に、俺たち全員が反応する。

きょとんとして、こちらを怪訝そうに見つめるのは、魏の特級料理人、流流である。

 

「こんにちわ。おままごと・・・ですか?」

 

「おう。俺が旦那、璃々が奥さん、で、桂花が」

 

「ねこみみのお姉ちゃん!」

 

「・・・一気に意味分からなくなりましたね」

 

うーん? と首を傾げる流流。

まぁ、普通のままごとで「隣に住む猫耳のお姉さん」は出てこないだろう。

 

「流流もやるか?」

 

「え? うーんと・・・」

 

考え込みながら、一瞬璃々へと視線を向ける流流。

期待を込めた瞳を見た流流は、少し苦笑い気味に頷く。

 

「分かりました。私も仲間に入れてください」

 

「やった! あのね、あのね、るるお姉ちゃんは・・・えーと・・・」

 

少し考え込むと、あっ、と声を上げる。

 

「むすめさん!」

 

「うちの?」

 

「うん!」

 

「・・・だ、そうだが?」

 

「ふぇっ!? む、娘って・・・にーさんと璃々ちゃんの?」

 

「にーさんじゃないぞ」

 

「あぅ、えと、おとーさん?」

 

上目遣い! これは良い物だ!

 

「るるおねーちゃん、じゃない、えっと、るるちゃん、璃々のことも呼んで!」

 

「え、えーと、璃々おかーさん?」

 

「わぁっ!」

 

一気に表情を輝かせる璃々。

流流はそんな璃々を見て微笑みながら、ちゃぶ台へと座る。

 

「るるちゃん、おりょうりのお仕事はじゅんちょーですか!」

 

「ふぇ!? りょ、料理人の設定なの・・・? う、うんっ。順調だよ、おかーさん」

 

「そっかー。ふらんべも、できるようになったんですかっ?」

 

「っていうかなぜ敬語・・・」

 

「あ、あの・・・ふらんべって何ですか?」

 

こちらにヘルプを求めてくる流流に、フランベとは何かを説明する。

ふんふん、と納得した流流は、璃々に向き直る。

というか璃々もフランベの意味なんか理解してるとは思えないが。

おそらく最近知った言葉を使いたいだけなのだろう。

 

「ふらんべはまだ難しいから、あまり使ってないかな」

 

「へー。ふらんべはむつかしいんだね!」

 

うんうんと頷く璃々。

きっと理解はしていないのだろうけど。

しばらく流流と璃々の奇妙な会話は続く。

 

「・・・なにしてんです?」

 

「お、副長か。副長は何役かなぁ・・・」

 

「ふくちょーさん!? こんにちわっ」

 

「あ、璃々ちゃん。こんにちわです。ええと、おままごとですか?」

 

「うんっ。ふくちょーさんも一緒にやろっ」

 

「はぁ。・・・ところで、隊長は何の役なんです?」

 

「璃々の旦那」

 

ふむふむ、と副長が頷く。

 

「成程、少し前に噂になった『隊長が璃々ちゃんを襲っていた』というのは事実だったんですね」

 

「ままごとって言ってるだろうに。あとそれは事実じゃない」

 

「流流さんは何の役なんですか?」

 

「俺と璃々の娘」

 

「やっぱり事実なんじゃないですか! こんなにいたいけな璃々ちゃんにせまるなんて!」

 

ここにもままごとの意味を理解してない奴が一人・・・。

 

「ふくちょーさんは、おしゅーとめのやくね!」

 

「璃々ちゃんに姑扱いされた!? 私そんなにねちっこいですかねたいちょー!」

 

「取り合えず喧しくはあるな」

 

「お母さんがいってたよ。おしゅうとめさんは、おくさんのことをしんぱいするひとじゃないとだめだって!」

 

「ああ、天使がいますよ隊長・・・」

 

何か泣き出したぞこいつ・・・。

 

「よるな姑。陰湿さがうつる」

 

「そういうのは壱与さんに言ってくださいよ!」

 

「呼ばれた気がして!」

 

副長が壱与、という名前を出すのとほぼ同時に壱与がやってきた。

反応早すぎるだろ。コンマの世界だぞ・・・。

 

「すごーいっ。きらきらしてるー! おねえさんは、おひめさまですか?」

 

「ん? ・・・ええと、こちらの少女は・・・」

 

「璃々。紫苑って分かるか? その人の娘だよ」

 

「なるほどなるほど。敵ですね」

 

そう言って銅鏡を構える壱与。

どういう思考回路してたらそういう答えが出てくるんだ!

 

「馬鹿か! 璃々に戦闘能力とか皆無だぞ!? というか、なぜ敵!?」

 

「そんなの、決まってるじゃないですかギル様! 可愛くて! ロリっ娘で! その上ギル様に懐いている! これが敵でなくてなんなのですか!」

 

「わぁ・・・! すごいね、おねえさん! どうやって出したの!?」

 

「はい? ・・・ああ、銅鏡のことですか? これはですね、第二魔法を使って平行世界から引っ張り出して・・・」

 

「まほー?」

 

「凄い人ってことですよ。まぁ、一番凄いのはギル様なんですけどねっ。きゃーん、ギル様さいこー!」

 

いぇーい! とハイテンションに片手を突き挙げる壱与。

なんだか知らんが、煙に撒けたらしい。

 

「壱与、お前ペットの犬役な」

 

「喜んで! ところで食事はやっぱり泥とか草なのでしょうか!」

 

「ん? まぁ、ままごとで本物使うわけにもいかんからな」

 

「ああ・・・ギル様手製の泥団子・・・なんと甘美なひ・び・き! 是非! 是非私にお一つくださいな!」

 

れろん、と犬のように舌を出して口をあける壱与。

・・・す、凄いなー。壱与はすぐに役作りが出来るんだなー。

 

「・・・何あれ?」

 

「あれ? 桂花さまは壱与さんを知りませんでしたっけ?」

 

「知らないわよ。なんていうか・・・変態ってああいう奴のことを言うのね」

 

「・・・私から見たら、華琳さんと一緒にいるときのあなたもあんな感じに見えますけど」

 

「は? ・・・あんた、副長って言ったっけ? 私はあんなに変態じゃないわよ!」

 

「華琳さんに足なめろって言われたら?」

 

「喜んで舐めるけど?」

 

「・・・桂花さま・・・」

 

あっちはあっちで桂花の極まりっぷりにひき始めてるし・・・。

 

「おねえさんわんちゃんのものまねお上手だね!」

 

「喋んなロリ娘。ままごととはいえギル様と夫婦とか許されると思ってんの? だいたいああっふん!?」

 

四つんばいのまま顔だけ向けて璃々を威嚇し始めたので、むき出しの白い太ももをぺちんと叩く。

音は軽いが威力はそれなりだ。小さい子を威嚇するんじゃありません。

 

「ど、どうしたのでしょうかギル様? いきなりご褒美を下さるなんて・・・」

 

「・・・腕、出せ」

 

「はい」

 

「はぁぁぁぁ・・・しっぺ!」

 

「ありがとうございますっ!」

 

凄くいい音がしたのだが、それすらも壱与にとっては褒美扱いのようだ。

とても良い顔で礼を言われてしまった。

しかし、これでは躾にならんな。

 

「壱与、璃々は今俺の奥さんだ。ということは、俺と同じくらいこの家では偉い。壱与はどうだ?」

 

「はいっ、壱与は犬ですっ!」

 

「だったら、璃々にも従わないと」

 

「わんっ」

 

「可愛いね、あなたっ」

 

璃々が壱与を撫でながらにっこりと笑う。

うんうん、仲良きことは良き事かな。

 

「ふ、ふふふ・・・ギル様との間に娘が出来たときの予行演習だと思えば・・・」

 

すごく妖しげに笑う壱与は気にしないことにする。

さて、しばらく璃々は壱与に任せるとして・・・あっちの猫耳のお姉さんとわが娘に構ってやらんと。

 

「流流は泥団子作るの得意か?」

 

「泥団子・・・ですか? うーん、小さいころ何回か遊びで作ったくらいだからなぁ・・・ちょっと待ってくださいね」

 

そういうと、流流は置いてある甕(俺が宝物庫から出した物)から水を掬って土にかけ、泥を作る。

そこからある程度泥を取ると、土と混ぜて団子状に。

 

「・・・んっと。こんな感じですね」

 

「おぉ、すごいじゃないか。綺麗だな」

 

さっきの璃々並だぞ。

 

「はんっ。いい年して泥遊び? まったく・・・」

 

「あぁ、猫耳お姉さんは上手に出来る自信が無いみたいだからやらなくてもいいぞ」

 

「・・・なんですって? もう一度言ってみなさいよ」

 

「だから、猫耳お姉さんは泥団子上手に作れないの知られたくないからそうやって自分関係ないですみたいな顔してるんだろ?」

 

「ちょ、さっきの台詞と全然違いますよ!? 凄い挑発になってます!」

 

「いいわよ! やったろうじゃないの!」

 

俺の言葉にカチンと来たのか、桂花は泥を手に取る。

真剣な表情で泥と土を混ぜ、丁寧に形を整えていく。

 

「・・・よし、これでしばらくは大人しくなるな」

 

「にーさ、えと、おとーさま、悪い顔してます・・・」

 

「ふふん、褒め言葉だな。・・・っと、あそこの姑にも構ってやらんと」

 

「姑さんということは・・・おとーさまのおかーさまだから・・・おばぁさま?」

 

「はぐぅっ!? こ、この歳で初孫!?」

 

「おぉ、流流も結構酷いな」

 

「ごっ、ごめんなさい!」

 

「・・・いいえ、いいですよ。気にしてませんし。全然気にしてませんしー・・・」

 

そう言いながら泥団子を作っては置き作っては置きを繰り返す副長。

ああ、拗ねたな。

 

「はんっ、この歳で初孫って可笑しいですよねー。はいはい、可笑しい可笑しい」

 

「うわぁ・・・」

 

だんだんと泥団子の作成速度が上がってなんだか泥団子製造機のようになってしまった副長。

そんな副長に、流流はどうしようもない感情を吐き出すような声を出した。

 

「・・・ぎる、楽しそう」

 

「恋? あれ、ねねと風呂行ってたんじゃ・・・」

 

「行ってた。けど、ねねがのぼせたから・・・」

 

「ああ、孔雀のところにでも行ってたのか」

 

「・・・」

 

こくこく、と首肯する恋。

なるほどね、それで暇になったからふらふらとしていたらここを見つけたのだろう。

まぁ、壱与と璃々が騒がしく遊んでるからな。気づきもするだろう。

 

「泥・・・の、お団子?」

 

「おままごと、やってるんですよ」

 

「・・・恋、ぎるの奥さん」

 

「残念ながら、それは璃々ちゃんに取られてますよ、飛将軍さん」

 

「・・・そう」

 

少し悲しそうな顔をする恋。

そこまでショックか、と少し嬉しくなりながらも何とか慰めようと言葉を捜していると、壱与と遊んでいた璃々が恋に気づいた。

 

「あっ、れんお姉ちゃんだー! おままごとする?」

 

「・・・恋、奥さんが良かった」

 

「あ・・・。ごめんね、璃々がおくさんのやくもらっちゃった・・・」

 

恋の言葉に、璃々は少し申し訳なさそうな顔をする。

その表情に流石の恋も首を振って璃々を慰める。

 

「良い。・・・他に、何か役はある?」

 

「んーとねぇ・・・あ! じゃあ、れんお姉さんはおさななじみのやくがいいよ!」

 

「おさななじみ?」

 

「うんっ。ちいさいころからなかよしで、いっつもあさにまどからおはようってする人のことなんだって!」

 

「・・・窓。ん、たまに入るから、分かる」

 

「窓からたまに侵入してるんだ、この人・・・」

 

うんうん頷く恋に冷静に突っ込みを入れる副長。

まぁ確かに、毎朝窓から入ってこられたら焦るよな。

・・・うん、経験者は語るということで。サムターン回しって怖いよな。

 

・・・

 

「というか、設定を聞いたんですが・・・窓から侵入してくる幼馴染二人いるんですけど。良いんですか?」

 

「もしかしたらいるかもしれないだろ。四方八方を幼馴染の家に取り囲まれてて、毎朝八人以上の幼馴染が押しかけてくる家とかあるかもしれないだろ!」

 

「ねーですよそんな家! 四方八方取り囲まれてたらその中心に住む人はどうやって出入りしてるんですか!?」

 

「幼馴染の家からだよ。きっと。『今日はこっちかな』とか言ってその日の気分で出て行く家を決めてるんだって」

 

「じゃあもう幼馴染と一緒に住めばいいじゃないですか! 何でわざわざ取り囲まれてるんですか!?」

 

窓なんか幼馴染でぎゅうぎゅうですよ!? と付けたし、ばんばんちゃぶ台を叩いて烈火のごとく突っ込んでくる副長。

ああ、そんなにしたら割れるぞそれ。結構ぼろいんだから。

 

「はーっ、はーっ、あーもうっ、なんでお休みの日にまで隊長に突っ込みを入れなきゃならないんですか・・・」

 

「そういえば副長は俺の母親の役だったな。良かったじゃないか、役をきちんと演じられて」

 

「今のはほぼ素ですよぅ・・・」

 

そう言ってちゃぶ台に突っ伏す副長。

だが、先ほどまでばんばんぶっ叩いていたのが響いたのか、ちゃぶ台は真っ二つに。

副長はそのまま地面に頭を強かに打ち付けた。

 

「あいたっ。・・・も、もうやだぁ・・・おうち帰るぅ・・・」

 

「あーあー。泣きっ面に鉢だな」

 

顔面に当たるという意味では蜂より鉢だろう。

・・・一回、当たったことあるしな、副長。

 

「はいはい、よしよし。こっちおいで。慰めてやろう」

 

「えぐっ、えぐっ」

 

「ほ、本気で泣いてますね、副長さん・・・」

 

俺の膝の上に頭を乗せ、身体を丸める副長を撫でながら、他の面々に視線を向ける。

泥団子を作り続ける桂花、犬の様に振舞う壱与、ござの上で窓を探す恋、胎児のように身体を丸める副長・・・。

 

「か、カオスだ・・・」

 

まるでままごととして機能してない・・・。

・・・まぁ、ねねがいないだけマシか。

何故かはわからないが、『ねね』と『ままごと』だけはくっ付けてはいけないと本能が警鐘を鳴らしているのだ。

そんな俺の心境を知ってか知らずか、璃々がこちらに笑顔を向けてくる。

 

「ギルおにーちゃんっ、おままごとってたのしいね!」

 

その言葉に、俺は苦笑いしか返せないのであった。

次は、きちんと役を決めてからままごとをしよう・・・。

 

・・・

 

突然ですが、皆さんには上司とか先輩とか、そういう目上の人はいるでしょうか。

・・・まぁ、いないって言う人のほうが少なそうですが・・・まぁいいです。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

上司に『来い』とただ一言だけ言われてこうして飲み屋へきているのですが・・・その上司が一切喋りません。

こういう時ってどうすればいいんでしょう? ・・・っていうか、何で不機嫌?

 

「・・・」

 

「・・・うぅ」

 

思わず声が漏れる。

いやいやいや、これは無理ですって。

何なのこの重い空間・・・お客さんみんな出ていっちゃったし、店員さんも一番最初に飲み物届けに着てから一切こっち来ないし。

・・・もういっそ、「なんで不機嫌なんですか?」って聞いちゃおうかな・・・。

 

「あ、あの・・・」

 

「ん?」

 

「なん、でも、ない・・・ですぅ・・・」

 

こ、怖い! 

声色は普通なのに! 目が笑ってない!

私、お酒を持つ手が震えてますよ・・・ひぃぃ、誰か助けてー・・・!

い、壱与さん! 壱与さん来てください! あの人なら変態の力で何とかしてくれるはず!

そんなことを思っていると、頭の中に声が響いてきました。

この声は・・・壱与さん? もしかして、魔術で話しかけてきてますかね!?

ええと、何々・・・? 『無理です』?

あの、変態ですら匙を投げる状態・・・だと・・・?

 

「・・・おかわり」

 

「は、はひっ、ただいまっ!」

 

高速で容器を回収して高速で奥へと引っ込む店員さん。

気持ちは分かりますよ・・・私も手が震えてますもの・・・。

 

「おまたせしましたぁっ!」

 

「ありがとう」

 

「失礼しまづっ」

 

あ、舌噛んだ。

訂正するまもなく帰っていったけど・・・。

 

「・・・ところで」

 

「・・・はい? あ、は、はいっ!」

 

一瞬、誰に声を掛けたのかわからなくて反応が遅れましたが、どうやら私に話しかけている様子。

隊長は一拍置いた後、続きを口にする。

 

「最近、調子はどうだ?」

 

「・・・えと」

 

そ、そんな・・・思春期の娘に対する接し方が分からない父親みたいなこと言われても!

とんでもなく抽象的で答え見つからないんですけど・・・。

 

「ぜ、絶好調ですよー・・・あははー・・・」

 

「そうか。・・・ふぅん、そうなのか」

 

今まさにっ、絶好調から絶不調に変わりましたけどね!

何なのこの拷問! 胃がきりきりするぅ・・・。

 

「・・・」

 

再びお酒を飲み始める隊長。

な、何で不機嫌なのか突き止めて、それを解決するしか・・・この空気を終わらせる方法は無い!

取り合えず、話しかけるくらいは大丈夫だと思います。こっちに話しかけてくるぐらいですし。

 

「たっ、たひっ、隊長は、最近・・・ええと、どうですか?」

 

うひぃぃ・・・声が裏返った上にどもったし凄く抽象的な質問に!

 

「最近? ・・・まぁ、悪くは無いな」

 

「そう、ですか」

 

「ああ」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

ま た 沈 黙 で す か 。

どうすればいいんですかこの状況!

 

「そ、そのお酒、美味しいですか?」

 

「副長のと同じものだけど」

 

「あ、う、お、美味しいですよねっ」

 

「そうかな」

 

「あうー・・・」

 

取り付く島が無い!

会話のどっぢぼーるって奴ですね。

隊長バンバンこっちに大暴投かましてきやがりますね。

 

「・・・あの、隊長」

 

「なんだ?」

 

「い、良い天気ですねっ」

 

「曇ってるけど」

 

「あ、暑く無くて、過ごし易いですねっ」

 

「ちょっと風出てきたけどな。肌寒いかもしれないぞ」

 

「・・・あうー」

 

それからしばらく。

凄く気まずい中で隊長がお酒を飲むのを見ていると、七杯目を飲み干した後(私は三杯しか飲めなかったです・・・)、急に立ち上がると

 

「よし、帰るぞ副長」

 

「は、はい!」

 

やった! 何か変な時間が終わったよー!

 

「店主、支払いはこれで」

 

「はい! 毎度あり!」

 

「えと、ご馳走様です」

 

安堵の息をつく店主を横目に、私は隊長にお礼を言う。

隊長はそんな私を見下ろしながら、別に構わんよ、と微笑む。

・・・あ、良かった。いつもの隊長の目だ・・・。

 

「悪いな、付き合って貰っちゃって」

 

「・・・い、いえいえ! 私で良かったら、いつでも付き合いますよ!」

 

あぁうぅ・・・なんてことを。

またあの空気は御免被りたいですが・・・隊長がわざわざ不機嫌なときに私を呼んでくれたって言うことは、きっと。

 

「・・・それなりに、頼りにされてるんだったりして・・・」

 

隊長と分かれてから、自室に戻るまでの通路で、一人そんなことを呟いてみる。

えへへ、口にすると恥ずかしいですね。

 

・・・

 

「・・・っていうわけだったんですが・・・」

 

「ご主人様がですか? ・・・俄かには信じられないですねぇ」

 

翌日、訓練前の時間・・・本来なら訓練についての打ち合わせの時間を使って、七乃さんに昨日の出来事を話してみた。

やっぱり、そう思いますよねぇ。

隊長が不機嫌になったところなんて見たこと無いですもん。

 

「ご主人様が不機嫌だった理由なら、月さんに聞けば分かりそうなものですが~・・・」

 

「ああ、侍女長ですか」

 

うぅん、でもそこまでして聞きたいことでもないしなぁ。

自分が不機嫌だった理由を蒸し返されて良い気分で居られる人なんて居ないだろうし。

 

「おはよう」

 

「あ、ご主人様。おはようございますー」

 

「おはようございます」

 

いつもより少しゆっくりめにやってきた隊長と挨拶を交わす。

うん、今日は大丈夫みたい。まぁ、そんなやたらめったら機嫌悪くなるような人じゃないですし、そこは心配して無かったですけど。

 

「そういえば、先ほど副長さんから聞いたのですがー」

 

「ん?」

 

「きのもがっ!?」

 

「しーっ! 馬鹿ですか貴女!」

 

何で昨日の話蒸し返そうとするかなぁ!

あの重たい空気をここで再現したいんですか!? 馬鹿なの? それとも壱与さんと同じような人種なの?

 

「・・・どうしたんだ、一体」

 

「い、いえっ、なんでもないですよたいちょー! ね、七乃さん!」

 

「はぁ、まぁ、ええ、なんでもないですよ~?」

 

凄く納得してない顔をされました。

だけど、私は副長。隊長の右腕なんです。

だから、隊長が気分を害するようなことは認められないんです。

もちろん、私が迷惑をかけるのは例外ですが。

 

「? まぁいいや。ほら、仕事始めようぜ」

 

そう言って、隊長はいつものように天幕に用意された卓へとつく。

そこにある書類なんかに私の動きはどうだとか、七乃さんの指揮はどうだとか評価を書いていくのだそうです。

私は見たこと無いので知らないのですが・・・それで私とか七乃さん、兵士さんたちのお給料を決めているのだとか。

うぅ、今月も結構厳しいからなぁ。あれもこれもと買い漁っちゃってお財布が一足早く冬に突入しましたし・・・。

ここは、兵士さんたちをばったばったとなぎ倒し、隊長からの評価を上げるしかないですね!

 

「行きますよっ、私のお給料のために! 倒れてください!」

 

「不味いっ、副長が全力だー!」

 

「散れっ、散れー! 副長を取り囲みつつ消耗させていくんだ!」

 

「は、班長! 爪撃ちで上空に逃げられました!」

 

「弓だ! こちらの班は弓で副長を打ち落とすぞ!」

 

「こちらの班は落ちてきた副長を叩く! 広がれー! 広がるんだー!」

 

はんっ、消耗を狙うのは良い判断です!

ですが、私の矢立は最大の矢立! 消耗を狙うならもうちょっと量で圧倒するべきでしたね!

 

「! 班長! 副長の矢に当たったところが凍りはじめました!」

 

「副長の矢だ! それくらい起こる!」

 

「班長! 副長の扱う武器が竜巻を起こしながら武器を奪っていきます!」

 

「副長の武器だ! それくらいやってくる!」

 

「は、班長! 副長の懐から巨大な鉄球が!」

 

「副長の服だ! それくらい出てくる!」

 

なんだか下が騒がしいですが、今の私はお給料のために鬼となることにしたのです!

かわいそうですが、これも兵士さんたちがこの先戦場で死なないため! 仕方の無いことなのです!

 

「・・・いつも思うが、うちの部隊の兵士、訓練されすぎだろ。物理法則無視してんだぞ・・・?」

 

「ご主人様ー? なんだかお疲れみたいですが~?」

 

「いや、なんでもないよ。訓練された兵士って強いなって思っただけだから」

 

隊長もなにやら言ってますが、そんなの気にしないもん!

鉄球をぶん投げ、竜巻起こしで兵士の装備を奪い取り、爪撃ちで空を駆け巡り、氷の矢で兵士を凍らせる。

槌で地面を揺らし、回転する大きな独楽に乗って兵士たちを翻弄し、鉤爪つきの縄で兵士から鎧を剥ぎ取る。

 

「ひゃっはー!」

 

「おー・・・まぁ、動きはいいよな。評価しておいてやろう」

 

「あら、ご主人様にしては珍しく寛大ですね~。いつもなら、宝具で叩き落してるでしょうに」

 

「ん、まぁ、昨日は迷惑かけたからな」

 

「昨日・・・ああ、副長さんから聞きました~」

 

「はは、本当に昨日は助けられた。無言の空気の中俺に付き合ってくれるような人材、副長しかいないからさ」

 

「上空からのぉ~・・・唐竹割りぃ!」

 

「避け、うわぁぁぁぁ!」

 

隊長と七乃さんの会話、兵士の悲鳴、私の叫びを背景に、訓練はどんどん進んでいった。

 

・・・

 

「お疲れさん」

 

そう言って、副長に水筒を渡す。

どもです、と短く礼を言って一気に飲み干す副長。

この肌寒い時期に大量の汗をかいているのを見るに、相当はしゃいだらしい。

 

「ふうっ、疲れましたぁ・・・」

 

「よし、交代だ副長。次は俺が出る」

 

副長に椅子を譲り立ち上がると、休憩中の兵士たちがざわめき立つ。

 

「たっ、隊長が・・・訓練に参加・・・!?」

 

「総員、退避っ、退避ー!」

 

「訓練からは逃げられない!」

 

「班長っ、出入り口が塞がれました!」

 

「くそっ、ここは俺に任せて先に行け!」

 

「班長・・・!」

 

「お、俺、ここから逃げられたらあの子に告白するんだ・・・」

 

「ふっ、まさかこんなところで奥の手を使うことになるとはな」

 

「やったか!?」

 

「隊長と訓練なんてやってられるか! 俺は部屋に戻るぞ!」

 

「訓練するのは良いが・・・別に隊長を倒してしまっても構わんのだろう?」

 

「もう何も怖くない!」

 

「冥土の土産に教えてやりますよ」

 

「もう、終わってもいいよね・・・」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

・・・凄いな、おい。

何とは言わないが、凄まじい旗が立ちまくっている。

びんびんである。・・・少し下品か。

 

「よし、全部折ってやるか」

 

「だっ、駄目ですよたいちょー!」

 

副長ががっしと腰に抱きついてきた。

何必死になってんだ、こいつ?

俺が兵士と訓練することは稀だけど、やったこと無いわけじゃないんだが・・・。

 

「なんだ、どうした?」

 

「兵士さんたちだって生きてるんです! 全身の骨を折られちゃったら死んじゃいます!」

 

「いや、そっちの折るじゃねえよ」

 

「心のほうですか!?」

 

「そっち折った方が重症じゃねえか」

 

「せっ、せめて! 全身の骨206本! 折らずに曲げてあげてください!」

 

「お前は俺に何をして欲しいんだ?」

 

というか良くこの時代の人間で全身の骨が206本あるということを知っているな、おい。

こいつたまにほんとに三国時代の人間か? と思うことがあるからな。油断できん。

・・・ほんと、副長を見てると若干の懐かしさを感じるからな。あいつそっくりである。

 

「大丈夫だから。折りも曲げもしないから」

 

「出来るだけ引き伸ばしてあげてくださいね。じゃないと強くなりませんから~」

 

話の流れからして一瞬骨のことかと思ったが、どうやら七乃は訓練の時間を引き延ばせといっているらしい。

 

「この流れでそれをいえる七乃を尊敬するよ」

 

「ご主人様、褒めても何も出ませんよー?」

 

「・・・そのままの七乃で居てくれよ」

 

取り合えず撫でておくことにする。

七乃の髪はつやつやというかカラスの濡れ羽色というか、兎に角手触りが良い。

 

「ご主人様? 急にどうしたんですかー? 私を撫でても、お嬢様みたいに喜んだりはしませんけどー・・・?」

 

「ははは、なんだか最近誰かの頭を撫でてないと落ち着かなくてな」

 

月とか詠とかな。誰かしらの頭をいっつも撫でている気がする。

ちなみに、俺のように上司の権力フル活用で勝手に頭を撫でること、俗にこれをセクハラという。

覚えておいて損はないぞ?

 

「ま、大人しく撫でられておけ。撫でることには慣れてるかもだけど、撫でられるのに慣れておくのも悪くないと思うぞ?」

 

「とっても理論が破綻してると思うんですけど・・・ま、別に減るわけでもないですし。存分に撫でてくださいねー」

 

本人から許可も下りたことだし、存分に撫でることにする。

正直、訓練を見ている間は片手が暇なのである。

少しの間だけ七乃の頭を撫でてから、一歩前に出る。

 

「よし、強くなりたい奴から掛かって来い!」

 

そう言って原罪(メロダック)を握る。

 

「頑張ってくださいねー」

 

「くぅ・・・すぅ・・・」

 

七乃の気の抜けた応援と、疲れ果てて七乃の膝を枕に寝始めている副長の寝息を背に、人垣から飛び出してきた勇気ある一人の兵士を薙ぎ倒し、俺は兵士の群れに向かって駆け出した。

 

・・・

 

「そっちの書類取って」

 

「はいよ」

 

「どうも。んー・・・やっぱりちょっと苦しいかしら」

 

「そうでもないと思うが・・・」

 

しすたぁずの事務所で人和と二人、書類を処理する。

最近では城内での政策書類やら、俺の部隊の書類を早めに終わらせてこっちの手伝いをすることも増えてきた。

人和一人だと書類が溜まっていく一方だと気づいてから、こうしてたまにこっちを手伝っているのだ。

・・・別に人和の手際が悪いとかそんなわけではなく、ただ単純に労働力と仕事量が釣り合ってないだけだ。

人和の事務処理能力が10だとすると、毎日の仕事量は50くらいある。

毎日毎日40の仕事が溜まっていくので、最終的には処理しきれなくなってしまうのだ。

 

「ギル? これ、後で決済の判を押してくれないかしら?」

 

「分かった。・・・これにも目を通しておいてくれ」

 

「分かったわ」

 

この事務所に所属しているのは俺と天和、地和、人和の四人。

その中で事務仕事が出来るのは俺と人和のみだ。

しかし俺にも他の仕事がある。となると、自然と人和にそのしわ寄せがいく。

その所為で若干アイドル業のほうに集中できないらしく、地和からヘルプが来たのだ。

・・・意外と妹思いの姉である。最初に地和に頼まれたとき、何を言われたのか分からなくてぽかんとしたのを覚えている。

 

「・・・あなたがいるだけで、かなり捗るわね。流石は会社の長、社長と言うべきかしら」

 

「はは。褒めても予算は上げないぞ?」

 

「ただ単に事実を述べてるだけよ」

 

クールにそう言い放つと、俺に向けていた視線を書類に戻す。

 

「ま、これからはこっちもちょくちょく手伝えるから、遠慮なく呼び出してくれ」

 

「そうするわ。これで私も、姉さんたちとのれっすんに集中できそうね」

 

微笑みながらそう呟く人和は、声に少しだけ嬉しさを滲ませる。

人和の負担に気づくのが遅れたのは痛いが、これからそれを取り戻していくとしよう。

彼女たちの夢、歌と踊りによる大陸制覇。その手助けをこれから出来れば嬉しい。

 

「そういえば、衣装なんだけど・・・これ、どうだ?」

 

そう言って、俺は人和の目の前に衣装のデザイン案を滑らせる。

前の衣装のデザインも踏襲しつつ、アレンジも加えたものなのだが・・・。

 

「・・・ふぅん? まぁ、新曲の雰囲気には合ってるみたいだし・・・。一度試すのもいいかもしれないわね」

 

眼鏡をキラリと光らせながら、人和がデザイン画に目を走らせる。

何度か頷いていたので、十分人和のお眼鏡には適ったらしい。・・・眼鏡だけに。

 

「くくっ・・・」

 

「? どうしたの? 何か、可笑しい事でもあった?」

 

思わず自分の思考に笑ってしまった。

人和が怪訝そうな目でこちらを見て首を傾げる。

 

「いや、なんでもないんだ」

 

まさか自分の考えた駄洒落で笑ったとか言えるわけが無い。

そんなことを言ってみろ。絶対零度の視線で貫かれるに決まってる。

 

「・・・まぁ、別に良いけど・・・。で? これはいつ出来るわけ?」

 

「ん、もう職人にはそれと同じの渡してあって、すぐにでも出来ると思うけど」

 

「そう。なら、出来次第姉さんたちと合わせたいから、すぐに持ってきてちょうだい」

 

「了解。・・・よし、終わった」

 

「お疲れ様。助かったわ」

 

「いいよ、このくらい。これからも仕事が多いときは呼んでくれよ?」

 

「ええ、頼りにさせてもらうわ」

 

微笑を浮かべながらそういった人和にこちらも笑みを浮かべながら頷く。

さてと、事務仕事は終わったし、レッスンしているであろう残り二人のしすたぁずを見に行くかな。

 

「天和たちを見に行くけど、人和はどうする?」

 

「・・・そうね、私も行くわ。サボってるってことは無いでしょうけど・・・一応ね」

 

・・・

 

「あ、ギルだー!」

 

「え? あ、ほんとだ。どうしたのよ、こんなところまで」

 

新しい事務所が出来る前、しすたぁずたちが拠点として使っていた小屋へと行くと、二人がこちらに気づいて駆け寄ってくる。

きちんとレッスンしていたようで、二人とも額にうっすら汗が浮かんでいる。

 

「特に用は無いよ。ただ様子見に来ただけ。ほら、饅頭買ってきたんだ。休憩にしないか?」

 

「するー! えへへー、私ね、ちゃんと頑張ってるんだよー?」

 

「はは、見れば分かるさ。偉い偉い」

 

そう言って天和の頭をぽんぽんと叩く。

それから、卓の上に饅頭を広げ、しすたぁずと共に席に着く。

 

「わぁ・・・! おいしそー!」

 

「ほんとね。これ、何処のお饅頭?」

 

「ええと・・・なんとからいとだったかな」

 

「お店の名前くらい覚えておけないの?」

 

「い、いや、不思議とあの店だけは名前をど忘れしちゃうんだよ。・・・ま、まぁ兎に角! 食べちゃおうぜ」

 

「あ、私、お茶いれてくるわ」

 

そう言って立ち上がる人和に、俺も手伝うよと後に続く。

一応お湯を沸かすくらいの機能は残っているので、ちゃちゃっと薪に火をつける。

これで後は水の入った鍋をかけておけばお湯が沸くだろう。

きゃっきゃと天和と地和の会話が聞こえる中、湯のみや茶葉を用意していた人和が、手元を見たまま口を開く。

 

「・・・ありがとね」

 

「ん?」

 

「感謝、してるのよ。これでも。ちょっと落ち目になってた私たちを支援してくれたり、仕事手伝ってくれたり」

 

「あぁ、そういうことか。気にするなよ。別に、俺だって善意で支援してるわけじゃない。投資したら返ってくるだろうな、って思ったから投資してるだけで」

 

「・・・ふふ。そう。じゃあ、そういうことにしておくわ」

 

少しだけ呆れたように、それでいて何かに納得したように笑う人和。

 

「早く戻らないと。姉さんたちがお饅頭、全部食べちゃうわ」

 

「ああ、そうだな」

 

てきぱきと手馴れたようにお茶を入れる人和。

きっと、三姉妹の中で唯一家事が出来る人間が人和なのだろう。

 

「よし、っと。じゃ、戻ろうか」

 

「ええ」

 

・・・

 

「おーいしー! 前に食べたお饅頭も美味しかったけど、こっちのお饅頭もおいしーね!」

 

饅頭ではなくどちらかというと大福に近いんだが・・・まぁ、突っ込むのもナンセンスか。

 

「あっ、前に食べたで思い出したけど・・・ギルっ、今度はちぃをどこか連れて行きなさいよ!」

 

「分かってるって。地和も最近頑張ってるみたいだし。約束は守るよ。いつにしようか」

 

「んー・・・ギルはいつ暇なのよ」

 

地和の言葉に、頭の中の予定表を探る。

 

「俺か? ・・・まぁ、どうしても駄目だって日は明日明後日くらいだから・・・それ以降ならいつでもいいぞ」

 

「じゃあ、三日後ね。ちぃもその日はお休みだし。ふふんっ。みんなの人気者のちぃと二人っきりでお出かけなんて、普通出来ないんだからねっ」

 

ファンに知られたら刺されかねんな。

まぁ、普通の刃物なら刺されてもダメージは無いが。

 

「楽しみにしておくよ。・・・さてと、そろそろ俺はお暇するよ。練習、頑張ってくれよ」

 

「はーいっ」

 

「分かってるわよ」

 

「今日は助かったわ」

 

三者三様の見送りに手を振り返しながら、練習場を後にする。

 

・・・




「・・・ギルさん、何か不機嫌だね」「そうね・・・。何かあったのかしら。月、聞ける?」「んー・・・一応、聞いてみるだけ聞いてみるね。あの、ギルさん?」「・・・ん?」「あの、何か嫌なことでもあったんですか?」「そうならボクたちに相談くらいしなさいよ。愚痴だって、少しくらいなら聞いてやるんだから」「・・・いや、これはちょっと、時間が経つのを待つしか、解決しないんだ・・・」「そ、そんなに重大なことなの・・・?」「ああ。・・・さっき風呂に入ってたんだけど・・・風呂上りに、足の小指を、思いっきりぶつけてしまったんだ・・・!」「・・・よし、月、解散よ」「へぅ、でもでも、気持ちはちょっと分かりますよ? ・・・だから、元気出してください」「・・・そうだな、いつまでもへこんでても仕方ないか! 副長でも誘って酒飲んでくる!」

・・・そして、地獄(副長にとって)が始まる――!



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