もちろん却下されました。
それでは、どうぞ。
「なんでそんな面白そうなことに呼んでくんなかったのー!?」
東屋に蒲公英の元気な声が響いた。
どうやら、副長の報告書の話を聞いて興味を持ったらしい。
・・・ふむ、そういえば蒲公英は桂花に次ぐ罠師だ。
「なるほど・・・蒲公英のトラップも使えるな。冬にはまた呼ぼう」
「やたっ。約束だからね、ギルお兄様っ」
嬉しそうに笑う蒲公英に釣られて俺も笑う。
「あ、副長さんと言えばさー、また訓練とかやるの?」
「ん? ・・・そうだなぁ。最近は強すぎるのと戦わせすぎたからなぁ。ちょっと休憩挟もうかと思ってるけど」
「あはっ。ならなら、たんぽぽがあいてになろーか?」
「んー? ・・・あれ、蒲公英ってそんなに訓練好きだったか?」
副長までとは言わないが、それなりに面倒くさがりだった記憶があるが・・・。
俺が頭の中でそんな失礼なことを考えていると、蒲公英が含みのある笑いを浮かべた。
「んふふー。副長さんと戦うのは嫌いじゃないよ? いろいろ参考になる戦い方とかあるしねー」
「あー。確かに副長の戦い方は特殊だからなぁ」
どこに仕込んでるのか疑問になるほど多彩な道具を使ってくるからな。
以前
あのときの副長の発想は凄かった。まさかあそこまで爪撃ちを極めているとは・・・。
「お姉さまとかと訓練するのもいいんだけどさー、たんぽぽ的には副長の戦い方が結構参考になったりするんだよねー」
「なんと。副長も誰かの手本になるほど成長したんだなぁ」
「でもやっぱギルお兄様の右腕なだけあるよねー。なんだかんだ言って色んな将と戦ってそれなりに経験あるしさ」
「まーなー。最初なんかすぐに気絶したりしてたからな。今ではしっかりしたもんだ」
恋と戦っててもすぐ諦めなくなったしな。
障害物使うのうまいし、城の中庭だったら結構強いぞあいつ。
素のぶつかり合いでもそれなりにいけるしな。
・・・近いうち本当に隊長にしても良いかもしれん。俺もいろいろやること出来てきて忙しいしなぁ・・・。
「何一人で頷いてるの?」
「いや、そろそろ副長も隊長に格上げしないとなーって」
「ギルお兄様部隊辞めちゃうの?」
「んー・・・
「あー、そっかぁ。そっちの面倒も見てるんだもんねー。大変だねぇ」
「そう思うならちょっと労ってくれよ。肩揉むとか」
「えー? ・・・ま、いっかぁ。やったげる!」
お、マジかよ。
言ってみるもんだな。
ぐるりと後ろに回った蒲公英が肘を肩に当ててぐりぐりと押し込んでくる。
・・・あんまりこってないからか、効果を感じられない。
「どーお? きもちいー?」
「ん、んー、えっと、ま、まぁまぁかな」
「えー? まぁまぁ~? もうちょっと力入れたほうがいいのかな・・・」
そう言って、蒲公英はさらにぐりぐりと力を込めてくる。
・・・む?
どうやら、力を入れるために俺に密着しているからか、後頭部に小ぶりながらも柔らかいものがあたっているようだ。
「ど、どう? これくらいなら、いい感じっ?」
「あー、うん、いい感じー」
肩が、とは言わないのがポイントである。
俺だって正常な男だ。こういうのを楽しみたいと思うのはいけないことだろうか! 断じて否だ!
というわけで、しばらく蒲公英のマッサージを楽しもうと思います。
・・・
「えへへー。たまにはこういうことやってみるもんだねっ」
あの後、しばらく蒲公英の感触を楽しんだ俺は、最後まで気付かずに肩を一生懸命揉んでくれた蒲公英にお詫びも含めたお礼をしようと町へ出かけている。
・・・まぁ、罪悪感がないとは言えないからな・・・。
「んー、何にしよっかなぁ。いつもは食べられなさそうなの食べるのが良いよねぇ」
別に食べるものじゃなくていいんだが・・・。
服とか勧めてみるか。
「服とかには興味無いのか?」
「服ー? ・・・んー、あんまりこだわった事は無いかなぁ・・・」
「それなら丁度良いきっかけにもなるだろ。ちょっと服でも見てかないか?」
「そだなぁ・・・いいよっ。見に行ってみよっ」
おー、と片手を高く挙げた蒲公英と共に、服屋へと向かう。
この季節だとそろそろ服も厚手のものが出てくる頃だ。
・・・あれ? もうちょっと早くに出てたっけか?
「ま、いっか。取り合えず俺もいくつか見繕いたいし」
「? 何一人でぶつぶつ言ってるの?」
「ん? 蒲公英にはどんな服が似合うかなって考えてたんだよ」
「え、えー? もお、そういうことサラッというの反則だよー?」
いつものイタズラっ娘な雰囲気はなりを潜め、はにかみながらこちらを見上げる蒲公英。
おお・・・これは新鮮だな・・・。
「わひゃっ! きゅ、急に撫でないでよぉ。びっくりするじゃん」
「良いじゃないか。蒲公英ってあんまり撫でたことないからなぁ。存分に撫でさせろ」
「むぅ・・・お子様扱い?」
「どうだろうな。蒲公英は良い意味で子供っぽいが」
俺の言葉に頬を膨らませる蒲公英。
しかし撫でる手を払われたりはしないので、それなりに気に入ってもらえているらしい。
「まったくもう。こんなことさせるの、ギルお兄様だけなんだからねー?」
「そりゃ嬉しいな。サービスだ。ほれほれ、強めに撫でてやる」
「わぷっ。ちょ、髪の毛くしゃくしゃになっちゃうじゃん~!」
そんなやり取りをしながら、服屋へ。
店内はやっぱり秋冬に向けて厚手のものが大量に並んでいる。
・・・そういえば、恋とか蓮華とかはあの格好で冬を迎えるのだろうか・・・。
いやいや、現代でも雪国の女子高生とかスカートに生足で吹雪の中歩いたりするしな。
女子には寒さ無効とかのスキルがついてるに違いない。
「んー・・・どういうの選べば良いのか分かんないなぁ・・・。ギルお兄様、蒲公英の服とか選んでくれる?」
「もちろん。後で俺のも見てくれよ?」
「えーと、自信ないけど頑張るよっ」
「よし。じゃあまずはあっちから見てくかなぁ」
・・・
とりあえず蒲公英に似合いそうなのは・・・明るい色だろうな。
今着てるのも橙色で明るめだし。
ん? これは・・・。
「何これ?」
「これは・・・パーカー?」
なんでこんなものが・・・ああ、一刀か。
あいつの現代洋服シリーズはこんな妙なものまで網羅するように・・・。
「よし、ちょっとこれと・・・後これ」
「え? え?」
「後は・・・うん、こっち着てみるか」
「ええ?」
「ほら、試着室へゴー!」
「ら、らじゃー!」
そう言って試着室へと入る蒲公英。
勢いで押せば何とかなるらしい。
蒲公英が着替えている間、俺は次に着せたい服を選ぶ。
しばらくすると、試着室から蒲公英の声が。
「着替え終わったよー」
「お。よし、見せてくれ」
「はーいっ。・・・どうだっ!」
「おぉー・・・」
上は少し大きめのパーカー、下はキュロットスカート。
さらにニーハイも履かせてみた。
蒲公英は結構現代っ子っぽい雰囲気があるからな。こういうのは良く似合う。
「良い! 良いよ蒲公英!」
「そ、そう? こういうの着たこと無かったけど・・・意外と良いかもね」
「よし、次はこっち」
「うんっ、分かった!」
服を渡すと、ノリノリで受け取る蒲公英。
シャッ、とカーテンを閉め、中で着替えているらしい。衣擦れの音が良く聞こえる。
「さて、次の服は・・・っと」
その間に目ぼしい物をいくつかピックアップしておく。
んー、これも捨てがたい・・・。
「着たよー!」
「ん、おー。見せて見せて」
「じゃーんっ」
「おぉっ、やっぱりこれも良いな!」
次に選んだのはセーターとショートパンツだ。
蒲公英は生足も映えると思ったので、足元はいつも位の長さのソックスだ。
・・・これも良いな。
「よし、次で最後にしようか。これ、着て見てくれ」
「これは・・・中々着るのが難しそうな・・・」
「手伝おうか?」
「い、良いよっ、大丈夫! 一人で出来るもん!」
そう言って試着室の中へと戻っていく蒲公英。
うむ、からかいすぎた。
しかし、俺はなぜあんな服を蒲公英に・・・。
いや、似合うとは思うけど。
なぜかはわからないが、俺はあれを蒲公英に着せなければいけない気がしたのだ。
・・・これが、世界の修正力というやつだろうか。
いやいや、こんなことで世界の修正力が働いてたまるか。
「き、着れたよー?」
蒲公英は前二つの二倍以上の時間を掛けて、ゆっくり着替えたようだ。
・・・まぁ、あれは時間掛かりそうだもんなぁ・・・。
「ど、どうかな? いつもはこんなフリフリしたの着ないからさー・・・」
不安げにこちらを見る蒲公英は、頬を少しだけ染めつつも若干嬉しそうだ。
やはり女の子としてはこういう可愛らしい服を着るのは嬉しいのだろう。
「ど、どうなの? ギルお兄様、何か言ってくれないと不安になるよぉ」
「ん、おおっと。ごめんごめん。似合ってるよ。可愛い」
「えへへっ。そーお? やっぱりたんぽぽはこういうのも似合うんだよねーっ」
先ほどの不安そうな表情から一変して、得意げな表情を浮かべる蒲公英。
うんうん、良いねえ。
蒲公英が何を着ているかというと、皆様大好き・・・かどうかは分からないが、俺は大好きゴスロリ衣装だ。
白くてフリフリでヒラヒラである。
・・・これは、翠に黒いほうも買っていかなければならないのだろうか。
「ねえねえ、こっちのほうに黒いのもあったんだけど、こっちはお姉さまに似合うと思わない?」
俺の考えを読み取ったかのように蒲公英が黒い方のゴスロリ衣装を持ってきた。
・・・買っておくか。もしかしたら翠が着てくれる可能性を捨てられない俺がいる。
蒲公英に着せた三セットと、翠へのお土産。
うん、取り敢えずはこれで良いかな。次は靴でも見てこよう。
・・・
あの後、蒲公英に靴を見繕い、俺の服も見て回ることに。
・・・一刀が女物ばかり開発しているからか、男物は極端に少ない。
その代わり甲賀やランサーが頑張ってくれているので、忍者装束と軍服は充実している。
「・・・どうしろと?」
「ふぇ?」
「いや、こっちの話」
「それにしても、男の人の服は種類少なめだね~。やっぱ一刀さんが力入れてないから?」
「だろうな。・・・あいつ、結構ムッツリだったんだな」
女性物ばかりということは、それを着てる女の人を見たいということだからな・・・。
気持ちは分からんでもないけど・・・一刀はあの制服をいつまで着回す気なのだろうか。
予備の制服滅茶苦茶作らせてたからな・・・。
かく言う俺もライダースーツとか予備作らせてたけど。
「んー・・・ギルお兄様はこういうかっちりした服も良さそうだね~」
そう言って蒲公英はランサー作の軍服を持ってくる。
「着ろと?」
「んー? ・・・んー・・・」
なぜ悩む。
「かっちりした服は似合いそうだけど・・・もうちょっとこう、色合いが違う気がするんだよね~」
「色?」
「うん。ギルお兄様は金髪だしさ。黒とか良いんじゃないかなぁって。・・・んー、あっ! この服良いかもっ」
蒲公英が持ってきたのは孔雀も愛用している執事服だ。
もちろんサイズは大きい。
「これは・・・別のアーチャーに着せるべきだな」
「別の?」
「いや、こっちの話。んー、とりあえず買っておくか。いつ使うか分からんし」
「試着しないの?」
「はは。良いよ別に。それとも、着たところ見たかったか?」
「うんっ。見たいかも」
「じゃ、また今度見せてやるよ」
「約束だよ?」
「おう。・・・後は何あるかなぁ」
忍者装束と軍服以外本当に何も無いな。
ちょこちょこ普通の服がある程度で、現代の物はほとんど無い。
そんな中からいくつか購入し、宝物庫へしまった。
「よし、そろそろ飯にするか」
「さんせーっ。お腹減ったよー!」
蒲公英は恋たちとは違って普通の胃袋してるからな。
量より質で選んだほうが良いだろう。
となると・・・屋台よりはあっちの店のほうが良いだろう。
・・・
「ごちそうさまでしたー! 美味しかったよー」
「そりゃ良かった」
店から出て、笑顔を浮かべる蒲公英。
満足してくれたようで何よりだ。
「さて、そろそろ城に戻るか」
「うんっ。お姉さまに今日の話してあげないとねー。ふふー、羨ましがるだろうな~」
そういいながら、蒲公英は軽い足取りで俺の前を歩く。
「あれ? たんぽぽじゃんか。どこ行ってたんだよ」
城へと戻ると、丁度良く翠と出会った。
翠は愛用の武器を持っている。きっと訓練帰りなのだろうとあたりをつける。
「丁度いいところにっ、お姉さまっ!」
「何だよ? 妙に機嫌良いな・・・って、ギルも一緒だったのか」
「うんっ。今日はね、一緒に服買ったりー、ご飯食べたりしてきたんだよ!」
「服~? そんなの、いつもので良いだろ?」
翠は自分の服を摘んで呆れ気味にそういった。
・・・ここにも服に無頓着な美少女が一人。
「・・・蒲公英、翠にあれを着せてやらないといけないな」
「え? ・・・ああっ、そうだね! お姉さま、きっと似合うよ?」
「な、何だよ・・・その手は何だっ!? 凄く怪しい動きしてるぞ!?」
そう言ってじりじり後ずさる翠。
俺たちはじりじりと翠との距離を詰めていく。
「・・・ん? あっ、お姉さまそっちは危ない!」
「え? ・・・きゃああああああっ!?」
急に視界から消えた翠に驚いていると、蒲公英がため息混じりに呟く。
「だから危ないって言ったのに~。そこは蒲公英が作った落とし穴があるんだよー?」
「あるんだよー、じゃねえっ! たんぽぽ! 後でお仕置きだからな!」
「ギルお兄様~、お姉さまが苛める~」
「・・・棒読みだぞ、蒲公英」
俺の指摘に、えへへー、と笑ってごまかす蒲公英。
ま、取り敢えず翠を助けてやらないとな。
「翠ー、大丈夫かー?」
「ん、あー、服が泥だらけなだけで、特に怪我はしてないぞー。ギル、早くあの鎖で引き上げてくれないかー?」
「おう。ちょっと待って・・・ん? 何だよ蒲公英」
俺が宝物庫から鎖を垂らそうとすると、蒲公英に止められた。
耳を貸して、と言われたので、蒲公英の口が届くように屈む。
「あのね、~で、~~して、~してみない?」
「・・・なるほど」
落とし穴の中から聞こえてくる翠の疑問の声を半ばスルーしつつ、声を掛ける。
「翠、助けて欲しくば我々の要求を飲んでもらおうかー!」
「飲んでもらおうかー!」
蒲公英もだが、俺もノリノリである。
「な、何だよいきなり! さっきまで助ける気満々だったのに! ・・・あっ、蒲公英! お前の入れ知恵だな!?」
「んふふ~」
「で、要求だけど・・・よっと」
「何だそれ? 服?」
「おう。これは天の国に伝わる服で、ゴスロリという」
「・・・いかつい名前だな」
落とし穴の中で首を傾げる翠。
・・・いや、気にするところそこじゃないだろう。
「兎に角! 我々の要求は一つ! 翠、これを着ろー!」
「これを着ろー!」
隣で拳を振り上げる蒲公英はとても楽しそうだ。
しかし、翠は正反対に嫌そうな顔をしている。
「なっ・・・そ、そんなフリフリの可愛い服、恥ずかしくて着れねえよっ。そ、それに、似合わないし・・・」
「いや、似合うだろ」
「大丈夫だよね~?」
二人で顔を見合わせながら頷く。
落とし穴の中の翠は納得いかないようだが、そんなこと知るか。
「まぁ、何はともあれ・・・これを着ると約束しない限り引き上げないぞー」
「ちょっ! ずるいぞギル! そんなの選択肢ないだろ!?」
「だったら答えは決まってるだろ? ・・・頷くだけで良いんだ。なぁ蒲公英?」
「うんっ。可愛い服を着るだけで良いんだよ、お姉さま?」
「う、ううぅぅ・・・お前ら性格悪いぞ!」
「褒め言葉だな」
「褒め言葉だよ」
俺と蒲公英の言葉が被る。
・・・うむ、絶好調である。
「あーもう! 分かったよ! 着れば良いんだろ!?」
こうして、翠にゴスロリを着せる約束を取り付けた俺は、鎖で翠を引き上げた。
恥ずかしがる翠にニヤニヤしながらゴスロリのことを話すのは楽しかったと言っておこう。
・・・
「・・・よし」
「あら~? もう終わっちゃったんですか~?」
書き終えた書類を纏めていると、七乃から声が掛かる。
今日は副長が休みなので俺が代わりに訓練を見て、七乃と書類を整理している。
「もう、とか言っておいて七乃も終わってるじゃないか」
「まぁ、この程度の書類整理なんて、ちょちょいのちょいですからねぇ」
そう言いながら、七乃は美羽フィギュアに色を塗っている。
「そういえば聞いてくださいよ~。お嬢様ったら、夜にはちみつ水を隠れて飲んでしまって、粗相しちゃったんですよ~」
「・・・そろそろそういう教育にも力を入れて・・・あー、七乃だもんなぁ」
「何ですか、その「こいつが教育係だったら無理だろうなぁ」って目線」
「まさにその通りだよ。七乃って美羽に甘いからなぁ」
「そうですか~?」
なぜそこで首を傾げる。
自覚ないのか・・・?
「仕方ないな。俺が一日美羽の教育係を引き受けてやろう。美羽もあの年頃で未だに、っていうのは七乃も本意じゃないだろ?」
「まぁそれはそうなんですけど~。・・・ご主人様に任せてしまったら、お嬢様が大人の階段一段飛ばしで上ってしまうのではと心配なんですよぅ」
「一段飛ばし・・・? ・・・ああ、そういう。お前、俺のことケダモノか何かと勘違いしてないか?」
「・・・間違ってる、とでも言うんですか~・・・?」
「いや、あんまり間違っているとは言えないけど・・・」
弱弱しい俺の返事に、七乃は「そうですよねぇ」と頷く。
だからといって流石に一日で美羽に手を出すようなことは・・・無い、よな?
「ま、まぁ、仮に俺が手を出しそうになっても美羽が拒否するだろ。たぶんその時に正気に戻るだろうから、心配しなくても大丈夫だって」
「本当ですかねぇ。・・・まぁ、一日くらい任せてみるのも面白そうですね~」
こうして、美羽本人のあずかり知らぬところで「美羽教育計画」が立ち上がったのだった。
・・・
「おにーさん、今日は何をしているのですか~?」
「・・・特に何も。強いて言えば日向ぼっこしてる」
「おぉ~。ではでは、風もご一緒してよろしいでしょうか~」
「ああ、構わないぞ」
そう言って、風は俺の膝の上にすとんと座る。
なんだか風の定位置みたいになっているな、俺の膝。
「おにーさんの膝に座るとすぐに眠たくなってしまうのですよ~」
「・・・いつも眠そうにしているのだが、それは突っ込んではいけないのだろうか」
「流石はおにーさんですねぇ。少女に向かって突っ込むとか突っ込まないとか卑猥な話を振るとは~」
「はっはっはー、怒るぞー?」
「口では笑っていますけど、目が笑って無いですねー」
いつもどおりぽけーっと返してくる風の頭を若干乱暴に撫でる。
あぅあぅと困ってるんだか困ってないんだか微妙な声を出しながら、風の頭が左右に揺れる。
「うむむー、頭を揺らされるとー、更に眠たくー・・・」
だんだんと尻すぼみになっていく声に疑問を感じていると、寝息が聞こえ始める。
・・・寝たのか、今の状況で。
こういうときの風は膝から降ろそうと少し動かしただけで目を覚まして不機嫌そうにこちらを見上げてくるからな。
しばらく膝の上で満足いくまで寝かせなければなるまい。
「足、持つかなぁ」
きっとしばらく正座した後のような痺れが数時間後に俺を襲うんだろうけど、まぁ今は風の感触でも楽しんでおくか。
「っ!」
慌ててあたりを見回しておく。
・・・ふぅ、月あたりに見つかると死活問題だからな。
「くぅ」
「おっとっと」
かくん、と落ちた風の頭を調整し、安定させる。
よしよし、これで落ちたり倒れたりすることはないはずだ。
それにしても、そよ風に乗って届く風の匂いが心地よい。
・・・そよ「かぜ」に乗って届く「ふう」の匂いな。
今、ちょっとだけややこしい名前してるなと思ってしまったのは仕方のないことなのだろう。
星とか月とかもたまに紛らわしいときあるよな。
「そういえば、風が寝てる間ずっと宝譿がペロキャン持ってるけど・・・重くないのか?」
両手でペロキャンを持つ宝譿は、傍目から見ても大変そうだ。
自分よりでかいからな、この飴。
「それ、重くないのか?」
取り敢えず聞いてみることにした。
宝譿は一瞬びくりとしたが、すぐにこちらに顔を向けて首を横に振った。
「どっちだ、それ。重いのか?」
こくこく、と首肯。
さっき首を横に振ったのは重くないわけないだろう、という意味だったのだろう。
ふむ・・・やっぱり、重いのか。
というか、こいつどうやって動いているんだろうか。
つんつん突っついてみる。ペロキャンを持っている所為か抵抗できずに左右に揺れているのが中々面白い。
「この動き・・・そうか、ダンシングフラワー・・・か」
宝譿を初めて見てから存在していた違和感がすっきりした。
そうだ、こいつ、あの音に反応して動き出す玩具に似てるんだ。
「おりゃ、おりゃ」
まるでやめろ、とでも言うようにいやいやと首を振るが、ちょっと楽しくなってきた俺は止められない。
それからしばらく――厳密には風が起きてじとりとした目をこちらへ向けるまで――俺は宝譿をつついて遊んでいた。
・・・
「まさか、おにーさんがいたいけな少女に悪戯をして喜ぶ変態さんだったとは~」
「いたいけな少女て・・・風には何もしてないだろ」
「・・・ほほ~」
「何だよその目」
「いえいえ~。おにーさんは響ちゃんや孔雀さんを手篭めにするような方ですから~、風もその毒牙に掛かってしまうのかと心配で心配で~」
「普通自分の身を案じる人間はそんな顔して不安を語らないんだぞ?」
「おや、不安そうな顔をしていませんでしたか~?」
にやにやとこちらを見上げる風。
・・・これは、からかわれてるな。
ま、この程度なら可愛いもんだし、適当にあしらえばすぐに飽きるだろう。
「この調子で、鈴々ちゃんや美衣ちゃん・・・果ては璃々ちゃんまでも手篭めにするのでしょうね~」
「何でそんなサイズ小さ目の娘ばっかり・・・俺を変態にしたいのか、風」
「変態にしたいのではなく、おにーさんが変態であるという事実を確認しているだけなのですよ?」
どうやら、風の中では俺はすでに変態認定されてしまっているらしい。
なんと理不尽な。
だがはっきりと否定できないのはなぜだろうか。
「ああ、後壱与さんとかもいましたね~」
「よーし分かった。何が望みだ」
少し粘ろうと思ったが無理だ。すぐに降参してしまった。
流石は風。
追い詰め方がプロレベルだ。
「んふふ~。風はおにーさんとお話できればそれで満足ですよ~」
その後、「ですがー、なんだか甘いものが食べたくなりましたねぇ」と続ける風。
・・・そのくらいならお安い御用だ。
「分かったよ。どこだ? 新しく出来た甘味処か?」
名前は確か、らいむ・・・なんとかだったかな。
「おぉ、良いですね~。風も気になっていたのですが、未だにたどり着けたことが無く~」
猫に誘われたり眠気に誘われたりしているからだろう。
ふらふらと猫に誘われて路地裏に入り、うとうととしている場面が容易に想像できる。
「じゃ、早速いくか。意外と人気店だからな、あそこ」
店の制服が和服っぽいものにフリフリエプロンだというのも人気の秘密なのだろう。
開店直後に一度だけ食べたのだが、あそこの豆大福が中々おいしいのだ。
・・・
「んむー・・・」
俺の前に座る風は、いつものペロキャンの代わりに大福を咥え、これでもかと言うほどに伸ばしている。
この光景は凄く和む。眠気を我慢する桃香と元気に抱きついてくる璃々と並ぶ和み度だぞ・・・。
「んむー・・・んむ? そんなに風を見つめてどうかしましたか~?」
「いや、少し戦慄を覚えてただけだから大丈夫だ」
「おにーさんが戦慄を覚えるような状況を普通大丈夫と言わないのですよ~?」
・・・そうか?
ちょくちょくそういう時はあるけどな。
黒月降臨した時とかさ。
「それにしてもこの大福と言うお菓子は美味しいですねぇ。何でも、甲賀さんの故郷のお菓子だと聞いたのですが~」
「ん、そうだよ。・・・煎餅の次は大福たらふく食べさせられてちょっときつかったけどな」
「試食係が板についてきたと言うことですね~」
そんな会話をしている間にも風は大福を全力で伸ばしながら食べ終え、二つ目に手を伸ばす。
よほど気に入ったらしい。
「あんまり急いで食べるなよ?」
風にしては結構早めに口が動いているので、一応注意しておく。
こちらを見上げながらこくこくとうなずく風。
だが、口の動きは一向にゆっくりにならないので、相当夢中になっていると見える。
「正月とかはお雑煮に夢中になるタイプだな」
少し苦笑しつつ、俺も大福に手を伸ばす。
うんうん、やっぱり旨いな。
それに、ここの店員の制服も可愛い。
味覚と嗅覚、更に視覚も満足させてくれるとは、中々レベルの高い甘味処じゃないだろうか。
「じとー」
「む・・・なんだその視線」
口で「じとー」とジト目を表現するのは初めて見たぞ。
「目の前に風がいるのに他の女の子に目移りとは・・・駄目ですね~」
「悪い悪い。お詫びに俺の分も大福やるよ」
「おぉ~、拗ねてみるものですね~」
拗ねてたのか・・・。
と言うか、他の女の子を見てることを風に指摘されるとは思わなかった。
こういうのにちょっと無頓着っぽい娘だと思ってたのだが・・・やはり乙女だと言うことだろうか。
「んむー・・・」
幸せそうに大福を口に運ぶ風。
どうやら機嫌は直ったようだ。
ほっと一息ついていると、すぐそばの大通りから俺を呼ぶ声が。
「あれ? にーさま?」
「ん? お、流流じゃないか。買い出しか?」
「はい。あ、風さまもいらっしゃったんですね」
「んむー・・・こんにちわですよ~」
「あ、それ大福ですよね。天のお菓子だそうで」
「ああ。流流も食べていくか?」
俺の皿にはまだ数個残ってるし。
「良いんですか? ・・・実を言うと、結構気になってたんですよね、これ」
流流はそういうと、俺に勧められるままに卓につく。
どうぞ、と大福の皿を流流の前にずらすと、流流は一言の礼の後、ひょいと大福に手を伸ばした。
「はむっ。・・・んんっ、これ、結構伸びるんれふね」
風のように大福を口に含んだままびよんと伸ばす流流。
流流は何とか大福を噛み切ると、味わうように口を数度動かす。
表情に笑みが浮かんでいるところを見るに、流流のお眼鏡に適ったらしい。
「美味しいですっ。中身はあんこで、外側はおもちですか。・・・んむんむ、これは良いですね」
「風もお気に入りになったのですよ~。これからはお菓子が食べたくなったらここに来ることにしましょうか~」
「そういえば季衣はいないのか?」
「お買い物に季衣を連れてくると買い食いで一日が終わっちゃうので・・・」
「ああ、なるほど」
俺も以前鈴々と一緒に愛紗のお使いに行った時、そんな感じだったな。
鈴々があれもこれもとねだったおかげで、昼には用事をすべて終わらせられる予定が一日中外を回ることになったからな。
愛紗にはこっぴどく怒られたが、鈴々に笑顔でお礼を言われては恨めまい。
撫でるとくすぐったそうに笑う鈴々は最近のお気に入りである。
「どうしても一緒に行くときは出かける前にいっぱい食べさせてからじゃないと無理ですね」
苦笑いに近い笑顔を浮かべる流流だが、季衣のことが嫌いだというわけではないんだろう。
楽しそうに季衣のことを話している流流はとても微笑ましく見える。
なんだかんだ言っていいコンビなのだろう。
ちょくちょく中庭を壊滅させるような喧嘩をするが、喧嘩するほど何とやらを体現しているような二人はすぐに仲直りしている。
・・・喧嘩をした後に作る流流のお菓子や料理は若干豪華になるので、ちょっと楽しみであることは伏せておこう。
・・・
「すっかり冷えてきたなぁ」
秋になってからしばらく。
少しずつ気温が低くなっているのを肌で感じながら、顔を洗いに井戸へと向かう。
「あー・・・目が覚めるぅー・・・」
完全に気が抜けた声で呟く。
朝には滅法弱いので、こうして無理やりにでも目を覚まさないと途中で寝てしまうのだ。
毎朝ここに来ているからか、目を瞑っていても・・・それこそ、途中で寝てしまっても勝手に体が動くようになってしまった。
急に冷水が顔に掛かった、と思ったら井戸の前に立ってた、とか夢遊病を疑うレベルの習慣づけである。
「昨日は久しぶりに一人で寝たからなぁ・・・人肌が恋しい」
一日程度で何を言ってるんだと言わないでくれ。
この朝の洗顔と同様、毎日と言っていいほどに誰かと同衾していれば、いざ一人で眠ろうとしたときには違和感しか残らない。
布団に入って「さて、隣にスペースを作らないと」なんて真っ先に考えるようになってしまったからな・・・。
「嬉しいことだけど・・・あんまり慣れすぎるのも怖いなぁ」
かといってこれから一人で寝たいかと言われるとそうでもないんだよなぁ。
ま、別に不自由してるわけじゃないんだし、俺なんかと一緒に寝て喜んでくれるんだったら俺も嬉しいしな。
「朝飯は・・・んー、部屋で食べるかなぁ」
寒くなってくると外に出るのがだんだん億劫になってくる。
だから冬に近づくにつれて俺が自室で食事を取る頻度は高くなるのだが・・・。
「あっ、いたいた!」
「・・・響か。おはよう」
「おはようございますっ。ご飯食べに行くよー!」
「いや、今日は部屋で」
「それじゃ、しゅっぱーつ!」
あ、やっぱり話を聞いてもらえないパターンですか・・・。
うん、分かってたよ。響が来た時点で八割くらい覚ってた。
でもさ、残り二割に賭けたくなるだろ。それが男ってもんだろ。
「今日の朝ごはんはねー、ご飯とー、お魚とー、後なんだっけ、あのぽりぽりするやつ!」
俺を引っ張りながら響が献立を説明してくれた。
なるほど、白米、焼き魚、漬物の和風献立らしい。
未だに味噌は出来てないんだよなぁ・・・。
「私は調理に参加してないけどー・・・その分、愛情たっぷり込めたから!」
「おー、楽しみだ」
調理に参加しないでどうやって愛情を込めたのか、とても興味深くはある。
ああいうのは相手のことを考えて調理することを「愛情を込める」と言うのではなかろうか。
・・・一瞬侍女喫茶のサービスが頭をよぎったが、あれは方向性の違う愛情の込め方なのでノーカンだ。
響に頼んだらやってくれるかな、「萌え萌えキュン」って。
「でもなー・・・ケチャップがないんだよなぁ」
「けちゃっぷ? なんだか可笑しい響きだね。食べ物?」
「調味料かな。赤くてとろっとしてて、ちょっと酸っぱいんだ」
「血の事?」
「え?」
「ぇ?」
「なにそれこわい」
この娘は何を言っているんだろうか。
あれ、もしかして響さんは血を吸ったりした事があるんでしょうか・・・。
「え。何なの? 何でちょっと距離を取ってるのギルさんっ」
「いえ、その、流石の俺も真祖は荷が重いと言いますか・・・」
「敬語っ!? 心の距離も取られてるよ!?」
「やはり楽元さんのように俺とは違う存在の人には敬語を使うべきかと思いまして・・・」
「まさかの姓名呼びっ!? やめてよ真名で呼んでよっ」
流石に可哀想になったのできちんと対応することに。
「冗談はここまでにして・・・あんまり怖いこと言うなよ、響。ちょっとびっくりしただろ」
こいつ、目の色赤いからな。
まさかと思って悪乗りしてしまった。
「えへへー。危険なかほりのする女を演出できたー?」
「・・・ある意味でな」
「んふー。メロメロ?」
「元からメロメロだって」
そう言いながら響の頭を撫でる。
俺の言葉が予想外だったのか、目を大きく開いて頬を染める響。
「あ、えと、てへへぇ・・・嬉しいなぁ・・・」
ふひひぃ・・・可愛いなぁ・・・。
ハッ・・・!? い、いけないいけない。意識が飛んでいた。
これがギャップ萌えと言うものか!
・・・
「よし、栄養補給完了だ」
朝食を食べ終わり、食器の片づけを同僚に手伝わされている響を置いて食堂を出る。
それにしても今日の朝食も美味しかった。
中華も良いけど和食も良いよね。そろそろハンバーグも食べたくなってきた。
「ま、その辺は一刀に丸投げかな」
太陽の光を受けながら背伸びする。
いつものことながら、仕事はすぐに終わる量だ。
気が向いたときに行けば良いだろう。
・・・なんてことを口に出してしまうと愛紗に怒られるので心のうちに留めておく。
「さぁてと。少し散歩でもするかな」
今日は・・・あっちの山のほうにでも向かってみるか。
よし、と一人頷いて一歩踏み出すと、胸部あたりに軽い衝撃。
「きゃぅっ?」
そして、やけに奇妙な声が聞こえた。
どうやら、前しか見ていなくて誰かにぶつかられたらしい。
・・・このくらいの大きさと言えば、大体想像はつくが、とりあえず視線を向けてみる。
「あいたた・・・あっ、ご、ごめんなさい! ちょっとボーっとしてて・・・って、ギル様っ」
「やっぱり明命か。大丈夫か? どこか怪我してたりは・・・」
「ぜっ、全然大丈夫です! ・・・あたたたっ」
「どこか痛めたんだな。結構勢い良くぶつかったからなぁ・・・」
どのへんだ? と声を掛けながら明命が手で押さえている場所へ視線を向ける。
どうやら、尻餅をついた時に少しだけ腰を痛めたらしい。
そこまで酷くはないみたいだが、湿布くらいの手当てはしておくべきだろう。
「歩けるか? ・・・いや、歩けても歩かないほうがいいかもな」
腰に負担の掛からない運び方は・・・担架か。
果たして俺は一人で担架を持てるだろうか。
・・・無理だな。
「ちょっと響くかもしれないが、背中で我慢してくれ」
「へ? えと、一体なんの話・・・わわっ!?」
「よっと。・・・軽いな。一瞬背負うの失敗したかと思った」
やっぱり隠密行動には軽さが必須なのだろうか。
今度アサシンの体重を響に聞いてみることにしよう。
「ぎ、ギル様っ、おろ、降ろして下さいっ」
「残念。あなたの要望は却下されてしまいました」
それにしても軽いな。
・・・背中に当たる感触も軽いな。まるで無いかのような・・・。
あぅあぅする明命の温もりを背中に感じつつ、救護室へと向かう。
・・・
「よし、これで大丈夫だろう」
救護室にたどり着き、寝台に明命を横たわらせて湿布を用意して貼り付ける。
明命はうつ伏せに寝転んだまま顔だけを横に向けて申し訳なさそうに呟く。
「あうぅ・・・ギル様に手当てさせてしまってごめんなさい」
そんな明命の頭を撫でながら、気にしなくても良いのにと思う。
「謝ることじゃないって。むしろ俺が謝らないと駄目なぐらいなんだから」
言ってはみるが、真面目な明命が納得するとは思っていない。
とりあえず撫で続けて話をうやむやにするのを狙ってみる。
「にしても、ここに人がいないのは珍しいな。いつも誰か彼か詰めてるもんだが」
救護室と名前は厳ついが内装は学校の保健室チックだ。
と言うか、学校の保健室に似せているので保健室のようになるのは当たり前なのだが。
「そういえばそうですね。・・・え? いないんですか? だ、だったらギル様と二人きり・・・!?」
「ん? どうした?」
「い、いいえ! 何でもありません!」
「・・・なんでもないという割には顔が赤いけど・・・熱でもあるのか?」
「ちっ、違います! 少しすれば落ち着きますからっ」
そう言ってうつ伏せの格好のまま枕に顔を埋めた。
耳まで真っ赤になっているのを見るに、なにやら恥ずかしいことでも妄想してしまったのだろうか。
うんうん、大丈夫。お兄さんは理解できるよ。
朱里とか雛里が八百一本を製作してるのがばれた時もおんなじ行動とってたからな。
「ふ、二人きり・・・うぅ、なんかどきどきして来ました・・・」
・・・なにやらぶつぶつ言っているようだが、枕に顔を埋めているためかまったく聞こえない。
まぁ、聞かれたくない言葉だって言う可能性もあるし、スルーしておくことにしよう。
「そろそろ普通に歩いても大丈夫なころだと思うけど・・・大丈夫か?」
「二人っきり、二人っきり・・・あぅあぅ・・・」
「・・・明命?」
「ふぁいっ!? 何ですかっ!?」
「いや、湿布も固定したし、起き上がっても大丈夫だよって言ったんだけど・・・」
「あ、はい! えっと、えっと・・・大丈夫ですっ」
「おい、そんな急に起き上がったら!」
「ふぇ? わわっ!?」
急に起き上がった所為で少し痛みが走ったのだろう。
バランスを崩した明命がこちらに倒れこんでくる。
「おっとと。ナイスキャッチ、俺」
床にぶつかるのを想像したのか目を瞑ったままの明命をしっかり受け止める。
恐る恐ると目を開いた明命と俺の目がばっちりと合った。
・・・改めてみると、大きくてクリクリしていて可愛らしい目である。
「ぎ、ギル、さま・・・?」
「うん? そうだけど」
「・・・あぅあぅ」
俺の腕の中で俯いてしまう明命。
人差し指同士をつんつんとあわせているのを見るに、先ほどと同じように恥ずかしがっているらしい。
まぁ、明命はこういう風にされるの慣れてないだろうからなぁ。
「よっと。座るのは大丈夫か?」
「あ・・・は、はい」
寝台の縁に明命を座らせると、もじもじとし始める明命。
「明命が何であんなに慌ててたかは大体分かるけど・・・そろそろ俺に慣れて欲しいな」
「あぅ・・・ご、ごめんなさい」
「ま、急にこんなこと言われても困るよな。ゆっくりでいいからさ」
そう言って再び明命の頭を撫でる。
猫好きな明命は嗜好とは反対に犬っぽい女の子なので、撫でてあげると少し落ち着いてくれる。
「さて、今度こそ行こうか。・・・ん?」
「ふぇ?」
「手、怪我してる」
「え? ・・・わ、ほんとだ。さっきどこかに引っ掛けちゃったみたいです」
「まぁ、軽い怪我で良かった。ちょっと待ってて。消毒液と包帯があったはず」
俺は結構救護室の常連だったりするので(気絶した副長の手当てやら追いかけている途中で転んでしまった副長の手当てやら恋に吹き飛ばされた後の副長の手当てやらで)、道具の場所はすべて把握している。
記憶の通り棚に置いてあった消毒液と包帯を取り出し、明命の手当てをする。
消毒したときに少しだけ沁みたのか、一瞬顔をしかめる明命。
「ここをこうして・・・よし、完璧」
「凄いですねっ。早いし綺麗だし・・・ありがとうございますっ」
「はは、慣れれば誰でもこれくらい出来るよ」
副長は頭やら腹やら足やら腕やら背中やら色んなところ怪我するからな。
そのたびに救護室の人に応急処置を習っていたり実践してたらそりゃ上達すると言うもの。
「さ、今度こそ大丈夫だな」
「はいっ。・・・あの、色々とありがとうございましたっ」
「良いよ、全然気にしてないから。今後はお互い気をつけような」
「はいっ」
すっかり元気になった明命と共に、俺は救護室を後にした。
・・・
「あ、思い出した。らいむらいとだ」「なんだか酸っぱそうなお名前ですねぇ」「残念ながらレードルは無いんだけどな。魔法少女か・・・良いな」「おにーさんの笑顔が怪しいのですよ~」
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