真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

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「そういえば隊長」「ん?」「先日の北郷さんはなぜ私のことを男性だと思ったのでしょうか」「・・・さ、さぁ」「・・・目を逸らすくらいならはっきり言ってもらったほうがマシですよ!」「じゃあはっきり言うけど、副長って胸無いし、髪形もどっちかって言うと少年っぽいし、戦ってるとき女捨てすぎだし・・・」「私が悪かったです! 私が悪かったんでたいちょー! ちょっとやめてもらっても良いですかね!?」「後ズボラだし。んー、後は・・・」「聞こえてますかたいちょー!?」

それでは、どうぞ。


第三十六話 副長が主役に

「やー、いい天気だな」

 

「そうですね・・・わん」

 

「今日は訓練も休みだし、ゆっくり散歩できるな」

 

「あんまりゆっくりしたくないです・・・わん」

 

俺の隣を真っ赤になりながら付いてくるのはもちろん副長である。

昨日貰ったリードを早速使い、語尾に「わん」を強制しているところである。

 

「くぅ・・・これ副長としての仕事の範疇超えてますよね? ・・・わん」

 

「隊長のストレス発散に付き合うのも部下の仕事だって」

 

「すとれす、ですかわん?」

 

「精神的疲労みたいな意味だよ」

 

「んなもん隊長にあるわけないじゃないですかわん! 隊長は私のこといつもいたぶって楽しむくせに! わん!」

 

「語尾うざいな」

 

「自分でやらせておいて!? わんっ」

 

いや、なんと言うか、予想以上に微妙と言うかなんというか・・・。

 

「取り合えず普通に話せるようにしておくか」

 

魔力を通してリードの命令を解除する。

副長は何度かしゃべって語尾の強制がなくなったのを確認してため息をつく。

 

「は、恥ずかしかったぁ・・・」

 

「さて、そろそろ満足したし、戻るか」

 

「そうしましょう。是非そうしましょう」

 

俺を引っ張るように城へと急ぐ副長。

城内に入ると、動物の世話をしている恋と出会った。

 

「・・・あ、ぎる。散歩?」

 

「おう」

 

「・・・ども」

 

「ん。恋も、さっき行ってきた。ぎるは、これから暇?」

 

「んー、今日は部隊休みにしたし・・・何かあったっけ?」

 

「何も無いですよ。だから隊長は私とこんなことしてるんじゃないですか」

 

俺の言葉にリードを弄りながら返してくる副長。

 

「で、いつまでこの紐繋げてるんですか?」

 

「今日一日くらいかな」

 

「・・・私も人間なので、厠とかお風呂とか行きたいのですが」

 

「? 別に構わんぞ?」

 

別にそこまで制限する気はないし。

と言うかそれを我慢すると健康にあんまり良くないだろう。

 

「紐、付いてるんですよね?」

 

「ああ、そういう。大丈夫、ちゃんと付いて行ってやるから」

 

「一人で行けますよ。子供じゃないんですから。・・・ああもう、じゃなくて、乙女の秘密の領域に立ち入らないで欲しいってことですよ」

 

「人の服に思いっきりゲロるやつを乙女とは言わないんだぜ」

 

「うぐっ・・・」

 

昨日のことに若干罪悪感はあるのか、自身の胸を抑える副長。

 

「・・・ぎる、暇?」

 

「ん、ああ。ごめんごめん、暇だよ。どうかしたのか?」

 

「・・・んと、恋も、一緒に散歩したい」

 

「呂布将軍に首輪付けてあげたらどうですか隊長。とっても喜ぶと思いますけど」

 

「副長、おすわり。おだまり」

 

「・・・」

 

俺のリードを介した命令に従い、とても滑らかにお座りの体勢になり、口も真一文字に閉じられた。

恨めしげにこちらを見上げてくるが、無理矢理命令を解除しようと思わないのは狼男を斬ったことに相当罪悪感を感じているんだろう。

 

「・・・セキトとお揃い」

 

セキトがとてとてと副長の隣まで来て同じようにおすわりの体勢を取る。

副長が無言ながらプルプルしてるのは恥ずかしく思ってるからだろうか。

 

「解除」

 

首輪も一緒に解除する。

もう十分楽しんだし、副長も反省している。

これ以上するのは副長も嫌がるだろうしな。

・・・壱与なら一日と言わず一年中喜んで首輪を付け続けるだろうが。

 

「はれ? ・・・全部取れましたけど」

 

「取ったんだよ。そろそろ見てて可哀想になってきたし」

 

「命令下してた張本人が何を言う・・・ってやつですね」

 

「・・・副長、楽しかった?」

 

「た、隊長隊長っ。この飛将軍頭もブッ飛んでるんですかね? 「辛かった?」とかじゃなくて「楽しかった?」ですってよ! 発想が斜め上過ぎますよ。・・・末恐ろしい」

 

「楽しかったろ?」

 

「あれ? 私が可笑しいんですかね?」

 

おお、良い感じに駄目になってきてるぞ副長のやつ。

 

「恋、すまんが俺は副長送ってくる。だから・・・そうだな、十分後にまたここで」

 

「ん・・・ばいばい、副長」

 

・・・

 

副長を送り届けた後、恋の元へと戻ってくる。

この十分ほどの間にやって来たのか、恋の隣にはセキトだけではなくねねもいた。

 

「遅いのですぞー!」

 

「・・・すまんな」

 

ちょっとだけ理不尽を感じつつねねに謝る。

あの威嚇のポーズはやっぱり低身長を補うためにあるんだろうか。

 

「罰としてねねの乗り物になるのですっ。さぁっ、かがみなさいなのです!」

 

「・・・肩車してもらいたいだけか。それならそうと言えばいいのに」

 

ねねの両脇を抱えて肩の上へと乗せる。

 

「おぉーっ。やっぱり高くて心地いいのですっ」

 

「・・・ねね、照れ屋さん」

 

「十分理解してるよ」

 

そういうところが可愛いんだよなぁ。

ふっふっふ。今日も存分に可愛がってやることにしよう。

 

「さ、どこ行こうか?」

 

「・・・お腹、へった」

 

「とりあえず腹ごしらえからだな」

 

いつもどおりの無表情の中に少しだけ嬉しそうな表情を混ぜて、恋が頷く。

前に行ったたくさん食べられる店にでも行こうかな。

あそこなら恋も満足する質と量だし。

 

「よっと。ねね、落ちるなよー」

 

「失礼な、なのです! ねねはそこまでおっちょこちょいじゃないのですぞー!」

 

「それならいいけど」

 

位置的に肩車しているねねの顔は見えないが、きっと顔を赤くして反論しているのだろう。

流石はねね。的確にポイントを突いてくるじゃあないかッ。

璃々といい鈴々といい、同じ文字を繰り返す名前の娘は小動物的な可愛さがあるよな。

 

「・・・ぎる、ねねばっかりずるい」

 

「ん? ・・・ああ、そっか。そうだよな、ごめん」

 

くいくいと服を引っ張ってくる恋の言葉を一瞬理解できなかったが、すぐにやきもちを焼いているのだと気づいた。

なんというか、恋からそんなこと言われるの初めてだったからな。びっくりした。

 

「大丈夫だって。恋のこと蔑ろにする訳ないだろ?」

 

「・・・いま、ねねのことばっかりだった」

 

「そういわれると若干反論できないが・・・」

 

「むむっ。恋殿を悲しませるのは許さないですぞーっ」

 

「あたたっ、大丈夫だって。あ、こら、髪の毛引っ張るな!」

 

「うっさいのです!」

 

うっさいとはなんだ!

ああもう。ねねの性格もだんだん丸くなってきたかなと思ったとたんにこれだよ!

恋のことになるとすさまじいポテンシャル発揮するよな、ねねって。

ちんきゅーきっくもそうだし。

・・・そういえば最近食らってないなぁ。

 

「はっ!? な、なんだか思考が変態よりに・・・!?」

 

「・・・? ぎるは、元々へん」

 

「ぐぅっ!?」

 

さっ、三国最強なだけはあるな、飛将軍・・・呂布!

精神的ダメージがえげつないことになってるぞ・・・。

 

「・・・あ。へん、っていうのは、悪い意味じゃ・・・ない」

 

俺の態度で自分が何をしたのか理解したらしく、慌ててフォローを入れてくる恋。

というか、それはフォローじゃない気がするんだけど。

 

「えと、んと・・・ぎる、元気出して」

 

ね? と言いながら、俺に抱きついてくる恋。

おおお? 恋にしては大胆な慰め方だな。

追加で頭撫でてきてるのはちょっと恥ずかしいが、俺の体に押し付けられてつぶれている二つの凶器の感触が気持ち良い。

 

「・・・ぎるが落ち込んだときは、こうするといいって星が言ってた」

 

「あんにゃろう・・・今度一緒に寝るときは足腰立たなくしてやるぞ・・・」

 

二度と朱里とか雛里とか恋とかに変な入れ知恵出来ないように矯正してやろうか!

でも今回ばかりはありがとうな!

 

「元気、でた?」

 

「ああ、もちろん。ありがとな、恋」

 

「・・・ん」

 

そっと頬を染めながら、少し俯き加減に頷く恋。

こういうときは、恋が照れているときだ。

照れているといっても満更でもなさそうな顔してるので、やめる必要はないだろう。

 

「むー・・・。仲間外れは不快なのですぞー」

 

「いてててて・・・ねねっ、今度髪の毛引っ張ったらちょっと面白いことになるぞ!」

 

「奇妙な脅し文句を聞いたのですっ」

 

「え? なに? お仕置きはお尻ペンペンが良いって?」

 

「誰もそんなこと言ってないのですぞー!?」

 

嫌だ、と否定しないということは、やってもいいということだ。

きちんと覚えておこう、と心のメモ帳に記していると、ねねがぽふぽふ頭を叩きながら「聞いているのですかー!?」と叫ぶ。

 

・・・

 

「あいよ、毎度!」

 

いつもどおり大盛り、並盛り、小盛りのラーメンをそれぞれ平らげた後、屋台を後にする。

この後は腹ごなしに少し町でも見て回るかな。

恋はまだまだ食べたいものとかあるだろうし、ねねはこういうことでもないと町の屋台なんて見ないからなぁ。

 

「ほら、ねね。手繋ぐぞ」

 

「はぁっ!? な、なな何を馬鹿なことを言ってるのですかっ。そ、そんな恥ずかしいこと・・・!」

 

「ねね、照れてる。・・・ほんとうは嬉しいのに」

 

「恋殿っ!? 別にギルと手を繋ぐのなんて嬉しくないのですぞー!」

 

「・・・ほんとに?」

 

恋がねねの瞳をじっと見つめながら小首をかしげる。

ねねはうっ、と唸りながら一歩後ずさる。

ここで否定しないということは実は嬉しいということなのだろうか。

ねねには蹴られたり髪の毛を引っ張られたりしていたのだが・・・照れ隠しというやつだったのか?

 

「うっ。・・・うぅぅ~・・・」

 

「・・・ねねも、恋と一緒」

 

「ふぇ?」

 

ねねに目線を合わせながら、恋がつぶやく。

それから一瞬の間のあと、いきなり立ち上がった恋は俺とねねの手を掴んで歩き出した。

・・・俺に抵抗の意思がないとはいえ、恋や愛紗は簡単に英霊引っ張るよなぁ。

あ、愛紗は俺が抵抗してもずるずる引っ張れるな。

 

「・・・ついた」

 

そんなことを考えていると、目的の場所に着いたらしい。

意識をそっちに向けると、そこは恋の家族であるセキトたちを世話している屋敷だ。

恋はさらに足早に進むと、自分の部屋に俺たちを連れてきた。

 

「・・・ここなら、大丈夫」

 

「え? 何が?」

 

完全に素で聞き返していた。

恋の言葉と行動に突拍子がなかったりするのは慣れているが、ここまで理解不能なのは久しぶりだ。

 

「? ねねは、ぎるが好き。ぎるも、ねね好き?」

 

「そりゃまぁ、好きかと聞かれたら好きだけど・・・まさか!」

 

ここで「しろ」と!?

 

「大丈夫。恋も一緒にいるから」

 

「そういう問題じゃないよな!?」

 

「? お二人は何の話をしているのですか?」

 

一人だけ理解していないねねが小首をかしげながら聞いてくる。

いや、うん、張本人なんだけど、説明をするのは憚られるというかなんと言うか・・・。

 

「初めは痛いけど、ぎるは優しいから大丈夫」

 

「初め? 痛い・・・? はっ!」

 

あ、気づいたっぽい。

 

「な、なななななななな・・・!」

 

わなわなと口を振るわせるねね。

何を言うのですかー、とか言いたいのだろうけど、あまりのショックに声が出ないのだろう。

 

「大丈夫。恋も一緒。仲間はずれじゃなくなる」

 

凄い理論だ。無茶苦茶と言っても良いだろう。

・・・だけど、恋なら。

ねねのことをきちんと理解している恋なら、たぶんあの台詞は正解なのだろう。

 

「う、ううぅ・・・」

 

「いや?」

 

「れ、恋殿が言うのなら別にいやでは・・・ひゃうんっ!?」

 

ねねがそういうのと、恋がねねのショートパンツに手を伸ばすのはほぼ同時だった。

・・・同意取ってから一秒も経ってないんだけど。

 

「・・・?」

 

「はぅう・・・れ、恋殿・・・?」

 

「ぎる、どうすればいいか良く分からない。手伝って」

 

「・・・これは、諦めたほうがいいのだろうか」

 

ふぅと一つ息をついてから、恋たちの元へ。

 

「・・・ええと、ねね、良いか?」

 

「あ、えと・・・ギルなら、良いのです。や、優しくするのですよ!?」

 

「お、おう」

 

若干勢いに飲まれつつ、ねねの服を脱がしにかかる。

恋もねねの隣で準備万端のようだ。

ねねは小さいからなぁ。あんまり無理しないようにしないと。

 

・・・

 

「うー、うー・・・! まだ違和感があるのです! 優しくしてほしいといったのですよー!」

 

「あれ以上は無理だと思うぞ・・・」

 

ぺちぺち叩かれつつ、ねねの対応が凄くやわらかくなっていることに驚いた。

恋とした翌日は親の敵のごとくちんきゅーきっくしてきたものだが。

 

「これで、ねねも一緒。仲間はずれじゃなくなった」

 

「そ、それはそうですがー・・・」

 

「まぁ、ちょっといきなりすぎてびっくりしたけどな」

 

「それはねねの台詞なのですぞー!」

 

いつもどおりうがー、と威嚇のポーズをとるねねの頭を撫でて、帽子をかぶせる。

 

「さ、すっかり日も暮れちゃったし、晩飯食べに行こうか」

 

「ん。・・・運動したら、お腹減った」

 

「むむぅ・・・ねねも、お腹減ったかもしれないのです」

 

「お、良いぞねね。いっぱい食べないと大きくならないからな」

 

「どこをみて言ってるですか!?」

 

「よし、出発しようか」

 

無視するなですー! と俺の脚を叩くねねをあしらいつつ、再び町へと出かける。

ねねが歩き辛そうにしているので、背負っていくことにする。

 

「晩御飯は何にしようか」

 

「・・・いっぱい食べたい」

 

「はいはい」

 

量が多いことは恋にとって前提条件なのだろう。

ま、幸いこの町は恋たち大食いの将を満足させられる店が多く存在している。

ねねも珍しく沢山食べたいといっているので、それなりの場所を探すとしよう。

 

・・・

 

晩御飯も終え、二人を部屋へ送り届けた後。

俺は大浴場へとやってきていた。

 

「ふぃー・・・」

 

いいよね、お風呂。

このあと用事があるのでゆっくりはできないが、疲れを取るには十分だ。

 

「よしっと」

 

湯船から出て、脱衣所へ。

服を着替え、通路を歩く。

 

「さて、冥琳の部屋はどこだったか・・・」

 

なにやら呉の軍師たちが集まる会議に協力してほしいと冥琳に言われたのが二人を送り届けた直後。

そこから風呂に入り、すっきりしてから向かうと伝えたのはいいのだが・・・。

 

「部屋の場所を聞くのを忘れたな」

 

呉の政務室なら分かるのだが、今回は冥琳の私室で行われるらしい。

まぁいい。適当に部屋を訪ねていけばいつかは正解にたどり着くだろう。

それに、歩いている途中で明命とかに会うかもしれないし。

 

「ええと、この辺から呉の将たちの部屋か。片っ端から当たっていくか」

 

まず一つ目の部屋。

ノックをしてみるが、誰もいないらしい。

次だ次!

二つ目の部屋をノックする。

 

「・・・何のようだ」

 

少しだけ扉を開いてそう言い放ったのは思春だった。

やっべ。そういえば呉にはこのお方がいたか。

間違いでした、とか冗談でも言えない雰囲気だぞ・・・。

 

「あー、えーっと。冥琳の部屋がどこか知らないか?」

 

「・・・冥琳様の部屋? それならここを・・・いや、少し複雑だから私が案内してやろう」

 

・・・何ということでしょう。

あの蓮華以外はどうでもいいとでも言いたげな態度ばかりとる思春さんが自ら案内役を買って出てくれるなんて!

 

「ついて来い」

 

そう言って音もなく歩き始める思春。

そんな思春の後をついていくと、前を向いたまま思春が口を開いた。

 

「・・・貴様は、蓮華様とかなり親しい間柄になったそうだな」

 

「え? ・・・あ、ああ、そういうことか。うん、まぁ」

 

「そうか・・・まぁいい。言うことは一つだけだ。蓮華様を悲しませるようなことはするな。もしそんなことがあれば・・・英霊だろうと、容赦はしない」

 

最後だけ、顔をこちらに向けてそう言い放つ思春。

蓮華のことを想っているのだろう。その目には覚悟の炎が見えるようだった。

 

「もちろん」

 

「ふん。・・・ならば良い。・・・と、ここだ」

 

思春が立ち止まった部屋は、確かに少し複雑な場所にあった。

初めて訪れたならまず迷うだろう。

 

「・・・じゃあな」

 

「ああ。ありがとな、思春」

 

礼を言うが、いつものように「ふん」と鼻を鳴らして去っていってしまった。

さて、気を取り直して・・・。

とんとん、と扉をノックする。

 

「どうぞ。開いている」

 

「お邪魔します」

 

「ああ、ギルか。部屋の場所を言っていなかったのだが、よくたどり着けたな」

 

「思春に案内してもらった。優しいところあるよなぁ」

 

「ほう。・・・まぁ、ギルなら誰か掴まえて案内くらい頼むとは思っていたが・・・まさか思春とはな。よく了承してくれたものだ」

 

「了承も何も、思春から買って出てくれたぞ」

 

「・・・本当か?」

 

「嘘ついてどうなるんだよ」

 

苦笑しながらそう言うと、冥琳は目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべる。

やはり、思春が俺の案内を買って出たというのが信じられないらしい。

かくいう俺も夢かと思ったものだ。

 

「こういってはなんだが、信じられんな」

 

「俺もだ。・・・そういえば、他の軍師たちはまだ来てないのか?」

 

「ああ。・・・まったく、そろそろ時間だというのに」

 

茶を用意してくる、と冥琳が部屋の奥へ引っ込んだ。

とりあえず椅子を勧められたのでまったりとしていることにする。

 

「・・・ふむ」

 

部屋の内装を見たりして暇を潰すものの、やることがない。

早く誰か来いよ、と思い始めたころ、勢い良く扉が開いた。

 

「すっ、すみませんっ! 遅れました!」

 

「おーっす。まだ大丈夫な時間だぞ」

 

「はうっ!? ぎ、ギル様!?」

 

急いできたのか、少し息が乱れている亞莎がこちらを見て驚く。

・・・別に嫌われているわけではないと分かっていてもちょっとその反応はショックかなー。

 

「今冥琳はお茶淹れてるみたいだから、座ってると良い」

 

「は、はいっ!」

 

小さく「失礼します」と呟いてから、俺から一つ席が離れたところに座る。

・・・そんなに俺の近くは緊張するか。

 

「穏は?」

 

「穏さまですか? ・・・ちょっと分からないです。あの方、結構神出鬼没ですから・・・」

 

「・・・確かに」

 

気づいたら後ろに立ってた、位はやりそうだもんなぁ・・・。

後は穏だけなのだが・・・まぁ、ゆっくり待つか。

 

「亞莎、良く来たな」

 

「あっ、冥琳さまっ。遅れて申し訳ありません!」

 

「はは、まだ時間には余裕がある。そう畏まることもあるまい」

 

そう言って、三人分の茶器を宅の上に並べる冥琳。

 

「今急いで入れてきたものだからあまり味に自信はないが・・・まぁ、飲んでくれ」

 

「じゃ、遠慮なく」

 

「い、いただきますっ」

 

勧められるままにお茶を一口。

・・・味に自信がないと言いつつ、結構手間をかけているじゃないか。

謙遜する理由が見当たらないほどにおいしい。

 

「美味しいよ」

 

「流石は冥琳さまですね」

 

「そう褒めるな。何も出んぞ?」

 

クールな笑みを浮かべて髪をかき上げる冥琳。

・・・うぅむ、流石はクールビューティー。様になっている。

 

「こんばんわ~」

 

「・・・ようやくか、穏」

 

「うふふ~。お待たせいたしました~。ちょっと新刊の本を読んでいたら、夢中になっちゃいまして~」

 

穏は良書を読むと性的に興奮するという奇癖を持ってるからな・・・。

夢中という表現はとても恐ろしい。明命あたりを犠牲にしてないだろうな・・・?

 

「あら~、ギルさんもいらっしゃってたのですねぇ」

 

「おう。冥琳に誘われてな。予算の相談をしたいだかで」

 

「そのとおりだ。まぁ、少し意見を聞かせてもらえればそれで良い」

 

以前相談に乗ってから頼ってくれているらしい。

それで今回呼ばれたのだろう。

・・・まぁ、出来る限り協力はするが・・・。

 

「さて、全員そろったところではじめるか。ああ、茶菓子も用意してある。今は仕事の時間ではないし、これをつまみながら意見を出してほしい」

 

「はぁ~い」

 

「了解しましたっ」

 

「おーう」

 

「よし、それではまず・・・」

 

・・・

 

予算も決め終わり、後はお茶とお茶菓子を楽しむだけとなった。

 

「それにしてもギルを呼んで正解だった。無駄も無くなったしな」

 

「あまり褒めるなよ。何もでないぞ」

 

「やはりギル様は素晴らしいですっ」

 

亞莎がきらきらとした瞳でこちらを見つめてくる。

・・・同じ台詞でも、壱与が言うのとでは大違いだな。純粋さとか。

 

「うむ・・・大戦のときにギルがいれば、どうなっていたんだろうな」

 

「俺がいたら? ・・・シャオにおもちゃにされる未来しか見えんな」

 

「くくっ。確かにな。・・・ああ、雪蓮もお前のことを追い掛け回してそうだ」

 

「容易に想像できてしまうのが恐ろしいですね・・・」

 

南海覇王を持って追いかけてくる雪蓮を想像したのか、亞莎の顔色が若干悪くなる。

隣にいる穏は「うふふ~」と笑うだけだし・・・誰か否定してくれれば良いのに・・・。

 

「蓮華さまは小蓮さまとギルの取り合いをしてそうだな」

 

「・・・孫呉の姫は恐ろしいな」

 

「良いことではないか。好かれているのだから」

 

「そりゃ、男としてはこれだけ好かれてるのは嬉しいさ」

 

「ほう」

 

「何だよ、その顔」

 

こちらを見てにやりと笑う冥琳。

その視線から逃げるように、顔を背けつつお茶を一口。

 

「いやなに、そういうところがお前の良い所なのだろうなと思っただけだよ」

 

「でもでもぉ~、ギルさんは一緒に本を読んでてもすぐに鎖で縛ってくるんですよぉ~」

 

「・・・それは仕方ないだろ。正当防衛だって」

 

書庫で資料探すついでに本を見ていたとき、こっそり進入してきた穏がいつの間にか本を読んでて興奮していた時があった。

・・・なんか嬌声が聞こえるなと様子を見に行くと、時すでに遅しというか、すっかり出来上がってる穏がいたのだ。

あれは焦った。目が合った瞬間にこちらに飛び掛ってきたからな。

慌てて鎖を発射して事なきを得たが・・・。

 

「まさか壱与のようなことをされるとは思ってなかったからな・・・」

 

「む? 壱与というのは・・・ああ、世界を跨いでさらに海も渡った国の魔法使いだったか」

 

「そうそう」

 

「何度か見たことありますけど・・・何というか、凄まじい方ですよね・・・」

 

「自国の王女で自分の師匠でもある人間の後頭部躊躇わずに鈍器で殴れるような人間だからな」

 

「良くなんのお咎めもなしに生きてますよねぇ~」

 

上司・・・というか国王に逆らうとか普通なら死刑物だよな・・・。

意外と卑弥呼は大らかなのかもしれないな。

 

「国王といえば、雪蓮はもう家督を蓮華に譲って悠々自適に生活してるみたいだな」

 

「・・・家督を譲ったとはいえ、未だに雪蓮がやるべき仕事はあるのだがな。逃げるあいつを追いかけるとそれだけで一日が終わったりするからな・・・」

 

「あぁ・・・なんというか、大変だな」

 

「雪蓮にもそろそろ落ち着くことを覚えてほしいものだ。・・・子供でも出来れば落ち着くだろうか」

 

「だから、何でそこでこっちを見るんだ」

 

雪蓮と子供を作るのは無理だと思うぞ。

なんというか、雪蓮が自分の子供と共にいるのが想像できないもの。

 

「ギルならいけると思うが・・・それに、呉に英霊の血を入れるのも中々良さそうじゃないか」

 

「・・・それ、前にも言ってたよな。『呉に天の御使いの血を』どうのこうのって」

 

「ふむ? ・・・そういえば言っていたな。まぁ、優秀な人物の血を取り込みたいと思うのは当然だろう?」

 

「そこまで言うなら・・・いや、なんでもない」

 

そこまで言うなら雪蓮じゃなくて冥琳が相手になってくれれば、と言おうとして止めた。

冥琳なら「ほう、いいんじゃないか?」とか平気で言いそうだからだ。

いや、それはそれで個人的には嬉しいけども。

 

「ん? ・・・ああ、それならば私でも良いだろうと言いたかったのか? くく、別に構わんぞ?」

 

「って、言われると思ったから言うの止めたんだよ」

 

ずず、と一気にお茶を飲み干す。

これ以上ここにいたら呉の将全員と子供を作る約束を取り付けられかねない。

嫌な訳ではないのだが、気分的な問題である。

というか、確実に大変になるであろうことは確実だからな。

もう少し時間をおきたいものである。

 

「俺は先に失礼するよ。・・・お茶、ご馳走様」

 

「ああ。今日は助かった。・・・話は、まだ終わってないからな?」

 

「ギル様、お疲れ様でしたっ」

 

「お疲れ様でしたぁ~」

 

冥琳の言葉に若干の恐怖を覚えつつ、部屋を後にする。

・・・呉の人間は行動力が凄まじいからな。

一度決めたらやり通す実力と根気がある。

美羽の元で何年も我慢して力を溜めた根性は伊達じゃない。

 

「・・・覚悟、しておくしかないかなぁ」

 

いざ迫られたら拒否する自信ないし。

 

・・・

 

いきなりだが、副長の一日は早い。

朝の五時には目を覚ます。

 

「・・・ふぁ」

 

だが、目を覚ますだけだ。

そのまま上半身を起こして意識の覚醒を待つ。

 

「あー・・・うー・・・」

 

午前六時。

たっぷり一時間使ってようやく寝台から降りて準備を開始する。

いつもは緑色の服を着るが、雨の日は青色の服へ変更する。

・・・私服と呼べるようなものを一着も持っていないのは、性格によるものか。

年頃の少女としてそれはどうなのだろうか。

ちなみに言っておくと、副長は胸に着ける下着・・・ブラというものを一着も持っていない。

・・・年頃の少女として、本当にそれはどうなのだろうか。

 

「・・・朝ごはん・・・」

 

帽子用に髪を整え、装備を確認し、ぼーっとしながら部屋を出る。

すれ違う兵士たちに挨拶を返したりしながら、食堂へ。

 

「おはようございます、副長!」

 

「おあよーごあいまふ」

 

「朝食です。どうぞ」

 

「あざーっす・・・ふあぁ・・・」

 

若干ふらふらとしつつも、食事係から朝食を受け取り自分の席へ。

その後手を合わせて食べ始める。

 

「むぐむぐ・・・」

 

「あれ? 副長さんじゃん。おはよーっ」

 

「・・・おはようございます、楽元さん」

 

「もーっ、響で良いって言ってるのにー」

 

「いえ、真名は流石に・・・」

 

目の前に座る響に視線を向けながら、遠慮がちに答える副長。

 

「そう? ま、呼びたくなったら呼んでよ。いただきまーっす」

 

「そうします」

 

「もぐもぐ・・・あ、そういや昨日ギルさん見た?」

 

「隊長ですか? 見ていませんが・・・何か、あったのですか?」

 

「んー、何か昨日呉の人に呼ばれてたみたいなんだよねぇ。まさかまさか、また恋仲増やしてきたり!?」

 

「あー・・・」

 

「あれ? あんまり興味なし?」

 

「いえ、そんなことはありませんよ。我が部隊の隊長ですからね」

 

「まーそうだよねぇ」

 

「隊長ならやりかねないな、と納得したんです」

 

なるほどねぇ、と笑う響を尻目に、朝食を食べ進める。

 

「そういう人が増えるって言うのはギルさんがそれだけ好かれてるってことで嬉いっちゃ嬉しいんだけどさー・・・」

 

「はぁ」

 

副長の気のない返事が聞こえてないのか気にしていないのか、響は持っている箸を振るいながら熱弁する。

 

「最近ギルさんと過ごす時間が少なくなってるっていうか、二人っきりで夜を過ごしたのがずいぶん前に感じちゃうんだよねぇ」

 

「・・・ご馳走様でした」

 

手を合わせて挨拶をして、副長は食器を食事係に返した。

惚気とも愚痴とも取れる話を展開している響を放っておくことにして、食堂から外へ。

 

「ふぅー。・・・ん、っと!」

 

歩きながら背伸びを一つして、完全に意識を覚醒させる。

いつもの訓練場にたどり着くと、早めに集合している兵士たちから声をかけられる。

 

「おはようございます、副長!」

 

「おはようございます。・・・あれ? 七乃さんは?」

 

「張勲さまですか? 今日はまだ見ていませんが・・・」

 

「あれ、そうなんですか。今日は早く来てやることがあるって言ってたんですけど・・・寝てんですかね?」

 

「はぁ・・・」

 

「ま、いいです。気にせず準備運動でもしていてください」

 

「はっ!」

 

兵士が去っていくのを少しだけ目で追ってから、再び歩き始める。

訓練場で人がいない場所を見つけると、そこで準備運動をする。

 

「ふ、ふ、ふっと」

 

屈伸やら柔軟を一通りこなし、後は兵士たちが集合するのを天幕の中で待つ。

 

「おはようございます~」

 

「あ、七乃さん。おはようございます」

 

書類を手にした七乃が天幕の中へやってきて、隣に座る。

 

「そういえば、今日はやることがあるって言ってませんでした?」

 

「え? ・・・あぁ、大丈夫ですよ。用事はもう終わらせてきましたので~」

 

「そなんですか。・・・あれ? その書類・・・きょ、今日は隊長が来る日でしたっけ?」

 

「? ええ。だから朝早くに起きてご主人様のお部屋まで書類を取りにいったんですよぅ」

 

「わ、わわ・・・忘れてました・・・っ!」

 

「あらら~」

 

まったく大変だと思っていなさそうな声で大変ですねぇと声をかけてくる七乃。

その言葉が聞こえていないのか、副長は一人でぶつぶつと何事かを呟いている。

 

「ちょ、ちょっと気分が優れないので帰りますっ」

 

「は~い。ご主人様には副長さんがいつもどおり逃げましたと言っておきますねぇ」

 

「いっつもそんなこと言ってたんですか!? そりゃ全力で追っかけてきますよ!」

 

「駄目でしたか?」

 

「駄目に決まってるでしょう! 体調不良ですって言っておいてくださいね!」

 

「はい~。隊長が不純ですと言っておきますねぇ」

 

「聞き間違い酷すぎです!」

 

そういいつつも副長は爪撃ちを使って逃走を開始した。

 

「あらら。・・・あ、ご主人様。え? 副長さんですか? いつもどおりですよ。・・・はい~、行ってらっしゃいませ~」

 

・・・

 

「はっ、はっ・・・ここまでくれば逃げきれたでしょうか。・・・ふっふっふ。今回はいつもの逃走経路を使わずに来ましたからね。追いつかれるものですか」

 

背後を気にしながら路地裏を小走りに通過する副長。

 

「・・・やっぱり、こっちでしたか」

 

「うげっ、壱与さん!」

 

「まったく。ギル様のちょうきょ・・・げふんげふん、訓練から逃げ出すなんて。・・・ギル様も、こんな女のどこを気に入ってるんだか」

 

「はっ。やっぱ信頼されてるからじゃないですかねぇ? 私、隊長の「右腕」なもので」

 

「・・・ドヤ顔うぜぇ。やっぱ、ぶっころころします」

 

「隊長の前じゃないと陰湿で凶暴ですよね、壱与さんって」

 

「ギル様の前では性癖のほうが前に出るだけですよ? ・・・それに、陰湿じゃありません。粘着質なだけです」

 

「やっべぇ・・・マジもんの変態だこの人・・・!」

 

そういいながら剣と盾を構え、戦闘準備を完了する副長。

壱与は卑弥呼と同じように銅鏡を取り出し、胸の前で構える。

 

「新しい装備を試してやりますよ」

 

「魔法の前には装備もクソもないんですよ?」

 

・・・

 

「はははっ! 馬鹿だあの人! 誰が魔法使いと真正面から戦うかって話ですよね!」

 

表通りを人ごみを避けつつ走る副長は、高笑いしながらそう叫ぶ。

副長の奇行は日常茶飯事なのか、町のみんなは温かい視線を送るだけだ。

 

「隊長からも逃げ切れましたし、変態魔法少女も撒きましたし・・・おおっ、これは結構いい感じなんじゃないですか?」

 

そういいながら、再び裏路地へと身を隠す副長。

慣れているのか、周りの警戒も怠らず、物陰へと身を隠す。

 

「暗殺者さんに追いかけられた経験がこんなところで生きるとは・・・隊長に喧嘩売っておくもんですねぇ」

 

ふぅと一息。

逃げたのはいいけど、これからどうしようと考え始める。

 

「喫茶店に行くのも良いかも知れませんねぇ。最近お饅頭食べてないですから」

 

そう独り言を呟きながら、副長は行きつけの喫茶店へと向かった。

町の人たちが活動を始めてからそんなに時間が経っていないからか、人通りは少なめだ。

慣れた足取りで喫茶店まで向かうと、店主にお茶と饅頭を注文する。

 

「はふー・・・。・・・ん?」

 

「あれ? ふくちょーじゃない。どしたのよ、こんな朝早くに」

 

「ええと、弓腰姫さん?」

 

「それは二つ名でしょ! 名前は孫尚香! あ、でもシャオって呼んでもいいわよ。ギルの側近さんなんでしょ?」

 

「側近・・・いいですね、その表現。いただきます」

 

「な、なんか良くわかんないけど・・・一緒していい?」

 

「・・・まぁ、大丈夫ですよ。ギリギリ大丈夫です」

 

「なによ、ギリギリって。シャオのこと嫌いなの?」

 

「いいえ?」

 

「そ。なら良いわ」

 

そう言って、シャオは副長の対面に腰を下ろした。

店員に注文をした後、副長へと向き直る。

 

「今日はお仕事休みなの?」

 

「いえ?」

 

「・・・なんでここにいるわけ?」

 

「そりゃ、逃げてきたからに決まってるじゃないですか」

 

「何よその目ーっ。まるでシャオが馬鹿なこと言ってるみたいじゃないのっ!」

 

「違うんですか?」

 

「むきーっ!」

 

流石の副長も不味いと思ったのか、シャオを宥めにかかる。

しばらくして注文したものも来て、ようやく落ち着き始めたシャオに副長は尋ねる。

 

「そういえば、姫さまはどうしてここに?」

 

「シャオにはお仕事なんてないもの。お姉さま二人と、冥琳に穏、これだけいるんだから、する仕事がないっていうの? かといって武官としての仕事があるかって言われると微妙なところだし・・・」

 

「ああ、なるほど。・・・自宅警備員?」

 

小首を傾げてそう呟く副長。

小声でもしっかりシャオには聞こえていたようで、シャオも首を傾げながら聞き返してくる。

 

「そこはかとなく嫌な響きね、それ。悪口?」

 

「いえ。以前隊長が袁紹さんのことをそう言ってたのを思い出しまして」

 

「袁紹・・・あいつと同じ評価なんて完全に悪口じゃない!」

 

「相当心証悪いですねあの人・・・」

 

シャオの勢いに押されて若干引きつつ、副長は言葉を返した。

 

「あ、それと・・・。シャオはそれほどでもないけど、姉さまたちの前で袁家の話はしないことね。斬られるわよ」

 

「・・・りょ、了解です。肝に銘じておきます」

 

二人して顔面蒼白になりつつ、お茶を一口。

ちょうど饅頭もやってきたので、そちらにも手を伸ばす。

 

「こんなことしてて、ギルに怒られたりしないの?」

 

「そりゃ怒られますよ。何度か見てません? 隊長が鬼の形相で走ってるの」

 

「ああ、うん。何回か見てるけど。・・・えっ。あれ、副長を追ってたときなわけ?」

 

「ええ。あれ凄いですよ。人間の本能っていうんですか? 原始的な恐怖を感じるというか・・・」

 

「そこまでされてなんでサボれるのかが疑問だわ・・・」

 

人間以外の何かを見るような目で副長を見つつ、お茶を啜るシャオ。

副長は「なにかおかしいこと言いました?」とでも言いたげにきょとんとしている。

 

「・・・ギルの隊って相当優秀みたいだけど・・・その副長ってやっぱり人格破綻してないとこなせないの?」

 

「良く本人目の前にしてそこまで失礼なこといえますね。いえ、まぁ、否定はしませんけど」

 

「して欲しかったなぁ・・・」

 

少しだけ椅子を引いて副長から距離をとるシャオ。

私は人格破綻してますよと目の前の人に言われては仕方ないことだろう。

 

「まぁ、私は隊長がいればギリギリ社会適合できる方の破綻者なので、大丈夫ですよ」

 

「・・・出来ない方とかいるの?」

 

「ああ、壱与さんとかは隊長がいると社会適合が難しくなる破綻者ですね。見てる分には面白いですが」

 

「あぁー・・・」

 

「納得しましたね、今」

 

「えっ!? べ、別にいいじゃない!」

 

「まぁいいですけど。壱与さんとはついさっきも戦ってきたんですが、戦いのときに熱くなる人はあしらうのが楽でいいです」

 

「凄く重要なことをさらっと言われた気分なんだけど・・・え? 戦ってきた?」

 

「ええ。逃げた私への追っ手なんでしょうね、きっと。その割には殺す気満々でしたけど」

 

「・・・あなたの部隊って怖いのねー」

 

諦めたようにそう呟くと、シャオはお茶と饅頭の残りを片付ける。

 

「ごちそうさまでしたっ。お話してくれたお礼に、ここの御代はシャオが払っておいてあげる!」

 

「え? ・・・いやいや、悪いですよそんなの。というかサボってお茶飲んでしかも姫さまに払わせたとか隊長に知られたら大変なことになります」

 

「ここで払わせてくれなかったら袁家と孫家って似てるよねって副長が言ってたって姉さまたちに告げ口するわ」

 

「ひっ、引いても進んでも死ぬじゃないですか!」

 

どうすればいいんですかっ、と半ばキレ気味に副長が叫ぶ。

 

「シャオに払わせれば良いの。ギルの知らなかった部分とか知れたし、そのお礼よ」

 

「・・・うぅ。分かりました。隊長のお仕置きを受けることにします・・・」

 

「それでいいのよっ。じゃねっ」

 

「はい、さようなら」

 

笑顔で手を振りながら去っていくシャオに手を振り返す。

シャオが見えなくなってから、副長は再び町へと繰り出すことにした。

 

・・・

 

「あん?」

 

町を歩いている副長は、妙に機嫌の悪そうな声を出した。

視線の先には、数人の柄の悪そうな男たちと、その男たちに脅されている店主らしき姿。

 

「おっさんよぉ、飯の中にゴミを入れちゃあいけねえよなぁ」

 

「ち、ちがっ・・・お前たちが自分で・・・!」

 

「ああん!? 俺たちが自分で入れたっていいてぇのかよぉ!」

 

「誰か見たやついんのか? ああ!?」

 

そう言って男たちが周りを見渡すが、あたりを囲んでいる人たちはとばっちりを恐れてか目をそらすだけだ。

 

「あー、そういう。・・・もしもし、これはどっちが悪いんです?」

 

「な、なんだよ嬢ちゃん。やめとけって。あいつらに楯突いたら何されるか分からないんだぞ?」

 

「いーから教えなさい。おじさん、あれはどっちが悪いんです?」

 

「・・・あの男たちの方さ。あいつら巡回の時間とか知ってるから、巡回の兵士たちがいないときに来てはこうやって悪さしてくのさ」

 

「ほほー。・・・でもそんな小物、即潰されて終わりなような・・・」

 

「この辺に詳しいから、すぐに裏路地とかに隠れちまうんだよ。どこに潜んでるか分からないから、被害者も報復を恐れてあまり大声を出せねえのさ」

 

ははぁ、と数度頷きながら副長は息をついた。

 

「なるほど、了解です。ここで叩き潰せばいいのでしょう?」

 

「ぜんぜん分かってねえな嬢ちゃん! 話聞いてたのか!?」

 

「まぁ、二割ほど」

 

「それを人は話を聞いてねえって言うんだよ!」

 

「ふふ、中々良い突っ込みですね。ですがまぁ、隊長には及びませんね。隊長はもっとこう・・・ぐりっと心を抉る様なことを言ってくるので」

 

楽しそうに笑いながら、副長は小柄な体格を生かして人ごみを潜り抜ける。

最前列まで来ると、そのまま男たちの前へと歩み出る。

 

「ああ? ・・・なぁ頭ぁ、変な頭巾被った女が出てきたぜ」

 

「は? ・・・女・・・か?」

 

「子供に見えなくもないな」

 

「店主の息子か?」

 

「あんたら段々ひどいこと言ってるって気づいてますか!? 私は乙女です! れっきとした!」

 

副長の威勢のいい声に一瞬怯んだ男たちだが、自分たちを恐れていないことを理解すると、副長へと近寄った。

 

「威勢がいいのは良いけどよぉ・・・こういうことすると寿命縮めるだけだって親に習わなかったか?」

 

「残念ですが、両親はすでにいないので。そういうことは教わらなかったですねぇ」

 

「そうかい。じゃ、俺たちが教えてやるよ。いろんなことをな」

 

そう言って下品に笑う男たち。

なぜ笑っているのかを理解した副長は口を開く。

 

「・・・一つだけ、言っていいですか?」

 

「命乞いか?」

 

「いえ。・・・私で興奮するとか、変態さんなんですね、ばーか」

 

「ぶっ殺す!」

 

そう言って男たちが各々の獲物を持って副長へと殺到する。

冷静に剣と盾を構えた副長は、向かってくる剣を盾で防ぎ、横薙ぎに剣を振るって剣を叩き落す。

 

「単純すぎます。というか、私に絡まれた時点で逃げておけば良かったのに。捕まりますよ?」

 

「うっせぇ! てめえを逆に捕まえちまえば良いんだよ!」

 

「いやぁ、どうでしょうねぇその考え。もし私を捕まえたとしたら・・・」

 

喋りながらも男たちを無力化していく副長。

最後の一人に剣を振り下ろしながら、副長は呟く。

 

「きっと、鬼の形相をした隊長がやってくると思いますけど」

 

・・・

 

「・・・ええと、隊長。サボったのは申し訳ないとは思うのですが、こうして今まで逃げていた厄介者たちを捕まえたということで相殺というわけには・・・い、いきませんよねぇやっぱり!」

 

「あら~、大変ですねぇ副長さん」

 

兵士たちが連行してきた男たちと共に城へと戻ってきた副長は、七乃にいつもどおり棒読みの労いを掛けられながら正座していた。

 

「ひぅっ。な、何ですか!? お尻ペンペンですかっ、背後に吹き飛ぶほどのデコピンですかっ、三国最強の旅連戦編ですかぁっ!?」

 

「い、いつも凄まじい罰を受けているんですねぇ・・・」

 

「うぅ・・・あとは物と物の間に挟まれて「ほら、平行世界に行けよ」ってずっと罵られる罰とか・・・」

 

「意味不明すぎます~」

 

なんだか七乃と盛り上がっている副長の足にセキトが飛びついた。

 

「あうっ!? ・・・せ、セキトさんっ、じゃれ付くのはもうちょっと後にしてもらっていいですか・・・た、隊長! セキトさんを嗾けるのをやめて・・・あひぃんっ!?」

 

正座で痺れた足に飛びつかれたからか、妙な声を出す副長。

 

「え? ちょっと色っぽいからもうちょっと続ける? ・・・だ、そうですよ副長さん」

 

「へっ、変態っ。あ、ごめんなさい嘘ですセキトさんはちょっと勘弁してくださはぁぁうんっ!?」

 

・・・

 

「あー・・・酷い目にあった」

 

「もう少しご主人様の言うことは聞いたほうがいいですよ~?」

 

「いえ、まぁ、それは分かってるんですよ。仮にも命の恩人ですし、上司ですし。あれほどに良い上司とはこれから一生めぐり合えないと理解もしてます」

 

「・・・だったら、何であんなにサボっちゃうんですか? いくらご主人様が温厚で副長さんを信頼してるからって限度がありますよ~?」

 

「何でなんでしょうねぇ」

 

「自分でも分かってないんですか・・・」

 

七乃が副長を見る目はじとりとしている。

 

「あははー・・・申し訳ないです」

 

「まぁ、私にはあんまり関係ないんで良いんですけど」

 

「七乃さんって基本的に乾いてますよねぇ・・・」

 

「そうですか~? ・・・あ、お部屋ここです。送っていただいてありがとうございますね、副長さん」

 

「いえ、まぁついでだったんで。気にしないでください。・・・それじゃ、おやすみなさい、七乃さん」

 

「はい。おやすみなさい、副長さん」

 

そう言って七乃が部屋へと入るのを見届けてから、自室へと向かう副長。

 

「・・・まだ若干足に違和感が。隊長め、散々いたぶってくれましたね・・・」

 

足をさすりさすり歩いて、いつもより時間を掛けて自室へとたどり着く。

扉を開け、着替えもせずに寝台へと飛び込む。

 

「あー・・・今日も一日頑張りましたねぇ私。正座三時間とかやらされましたけど」

 

寝転がったまま剣と盾を外して寝台の脇に立てかける。

そのまましばらくもぞもぞとしていたが、急に起き上がる。

 

「うー、いけないいけない。お着替えしないと・・・ええと、寝巻き寝巻き・・・」

 

朝の順序を逆にしたように寝巻きに着替える副長。

着替えている途中で、疲れていて入浴を済ませていないことを思い出す。

 

「あ、お風呂・・・。ま、明日でいいです。朝早くにぱぱっと入っちゃいましょう」

 

そうは言ったものの若干匂いが気になるのか、自身の腕をすんすん嗅ぎながら、寝台へと向かう。

 

「まぁ少し汗のにおいがする程度です。このくらいならだいじょぶだいじょぶっと」

 

そう言って布団の中に潜り込み、目を閉じる。

午後十一時就寝。

こうして、副長の一日は終わる。

 

・・・

 

「はい、というわけで『副長の一日~秋のある日~』でした」

 

「いつそんなもの記録してたんですかたいちょー!」

 

俺の報告が終わった後、副長が机を叩きながら立ち上がった。

 

「アサシンとキャスター、あとライダーとランサー、それにセイバーとバーサーカーの全面協力でお送りしています!」

 

「要するに英霊さん全員ってことですよね!? 馬鹿じゃないんですか!?」

 

「褒め言葉だ!」

 

「ああもう無敵だこの人!」

 

記録係はアサシン、記録するための道具などの提供がキャスターだ。

ライダーとランサーはその人数の多さでさまざまなバックアップをしてくれたし、セイバーは兵士たちを動かしてくれていた。

バーサーカーは交通整理である。途中でシャオがどっか行ってしまったのは驚いたが、シャオがいなくても命令は遂行してくれたのでよしとする。

 

「うわああああっ! っていうか朝の着替えとか記録されてるじゃないですか!」

 

「ああ、そこは流石に響が記録係だ」

 

副長の部屋を外からのぞき見るアサシンとか、不審者以外の何者でもないからな。

 

「というか何でこんなもの作りやがったんですか隊長」

 

「ん? ああ、副長がいっつもどんな仕事してるかとかあんまり知らなかったからな。これから定期的にこうして報告書を作ろうかと」

 

「それなら隊長が私にくっついてれば良かったじゃないですか」

 

「そしたらお前逃げるだろ」

 

「そりゃ逃げますけど・・・あいたっ! ぶ、ぶちましたねたいちょー!」

 

「二度目いくか?」

 

「壱与さんにやってあげてくださいよ!」

 

「・・・あ、そういえば壱与が副長のこと探してたぞ。何だっけな「誰がコタケだ! 双生魔導士扱いしやがっててめぇ!」って伝言してくれって言われたけど・・・」

 

「ひぃっ。そ、そうでした。壱与さんを散々煽った時にいろいろ口走ったんでした!」

 

女性を老婆扱いしたらそりゃキレるだろうなぁ。

壱与がコタケということは卑弥呼がコウメなんだろうか。

 

「た、たいちょー・・・い、一緒に壱与さんのところへ・・・」

 

「行かない」

 

「そこを何とか! 逆立ちしながら鼻でラーメン食べるんで!」

 

「ひ、必死すぎる・・・」

 

・・・

 

流石にちょっと副長がかわいそうになってきたので、一緒に壱与の部屋まで行ってきた。

・・・まぁ、部屋に入ってからは副長を置いて出てきたので何が起こってるかまでは分からんが。

背後からなにやら爆発音と悲鳴が聞こえるが、俺には何が起こっているのかまったく分からん。

 

「さて、卑弥呼でも呼んでくるか」

 

「・・・その危険物処理班みたいな扱いはやめてくれる? わらわ、こう見えて結構忙しいんだけど」

 

「お、丁度いいところに。早速だけどお仕事だ」

 

「話聞いてる!?」

 

何とか卑弥呼を落ち着かせる。

壱与と副長は放っておく事にした。

鏡の盾を持たせてるし、コタケ・・・じゃない、壱与の攻撃は何とか凌げるだろう。

 

「そういやあの副長ってやつの報告書見たわよ。中々の面白さだったわ」

 

「俺のいないところで副長がなにやってんのか知れて俺も結構満足してる」

 

「あれはこれからもやるわけ?」

 

「しばらくはいいかな。また冬になったらやるかもしれん。『季刊・副長を知る』創刊」

 

「売るの!?」

 

・・・




「あ、副長さんこんにちわ」「コ・・・壱与さん、こんにちわ」「・・・チッ」「あの発言については何度も謝ったじゃないですか!」「そうですね。でも私は個人的に嫌いなので攻撃していきますけど」「すっげぇ粘着質だなこの人・・・あ、隊長、何とか言ってやってくださいよ」「ギル様のお言葉ならすべてが神託に匹敵します! 罵りの言葉ですら喜ばしい! というよりご褒美です!」「ああっ、隊長、帰らないでください! この人持って帰って・・・なんで鏡構えてるんですか壱与さん!」「新しい魔術を生み出したのよ。受けていきなさい」「実験台代わり!? あーもう! どうにでもなれー!」

「・・・今日も平和だなぁ」「現実逃避って素晴らしいよなぁ」

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