それでは、どうぞ。
「・・・きょ、今日は何やるの~?」
俺が事務所に入ったと同時に掛けられた言葉がこれである。
発言者はしゃべり方で分かると思うが、天和だ。
声から若干の恐怖が漏れ出てるあたり人和のレッスンが効いたと見える。
「んー、今日は歌と踊り、どっちかの練習だな。公演は決まってるんだし、それに向けて練習していくだけだ」
「ふえーん、あんな練習一ヶ月もやらされたら死んじゃうよぉ!」
「はは、あそこまで厳しい練習はあんまりやらないって。天和と地和がちょっとだらけてたから、叩きなおすためにやったようなもんだし」
副長に地獄訓練を受けさせたのも、あまりにも隊長の俺に対する態度がひどかったからだし。
・・・いや、ひどかったといっても俺に攻撃的だったとか命令を聞かないとかそういうことじゃない。
あいつ、何とかして訓練を受けない方向に持って行こうとするんだ。話術とかで。
最初の頃はあいつ三日に一回風邪ひいて、四日に一回腕が折れて、五日に一回城壁から落ちた事になってた。
タイミングが合うと風邪ひいた上に腕折れて城壁から落ちてる事もあった。
重症で訓練にこれないとか以前に、死んでると思う。
あまりにも目に余ったので、副長に対して鬼軍曹地獄特訓プログラムを適用し、何とか訓練には出るようにしたのだ。
ああ、あの剣と盾を受け取ったときの感動はどこに。というか、常に敬語で真面目っぽい言動の副長があそこまで嫌がるとは思わなかった。
地獄特訓の後はぐちぐち言いつつも副長としての仕事はこなすようになったので良かった良かったというところか。
・・・あの後からだろうか。副長から妙な視線と毒舌が追加されるようになったのは。
「うぅ、本当? もうあんなひどい事しない?」
「それは天和たち次第だな。これから真面目に練習して、きちんと公演に当たってくれるならちゃんとご褒美だって出すし」
「ごほーび!?」
「ああ。それなりなら金を自由に出来る立場だからな、俺。天和たちが好きなシューマイだって気が済むまで食べさせてやれる。だけど、それはきちんと仕事をしてればの話だけどな」
「うー、なら、ちゃんとやる」
「偉い偉い」
涙目の天和をぐりぐりと強めに撫でてやると、くすぐったそうに目を閉じながらも嫌がりはしていないようだ。
さて、これで天和をその気にする事は出来たな。
というか、物で釣れる分地和より説得は楽だろう。
「で、地和もきちんとやってくれるな?」
「・・・まぁ、あの地獄よりはましよね。きちんとやってればそれなりに見返りもあるんでしょ?」
「もちろん。さっきも言ったけど、それなりのものなら用意してやれるし」
「じゃ、いいわよ。そこまでされたら真面目にやったほうが楽だろうし」
そういって地和も納得してくれたようだ。
人和は・・・まぁ、説得しなくとも大丈夫か。
ちらりと視線を向けると、何かを理解した表情でこくりと頷いてくれたし。
私は大丈夫、というような感じのメッセージが込められているんだろう。うん、勝手に解釈したけど。
「よし、じゃあ早速はじめていこうか」
元々歌と踊りが好きでこの仕事をやっているんだし、最初はこうして褒美とか物で釣っていけば、それぞれきちんとやる気を出していってくれるだろう。
最終的には、物で釣らなくても自分で練習を始めるくらいのやる気が欲しいね。
ま、その辺は俺の采配次第か? ・・・責任重大だな。頑張らなくては。
「それじゃあ、今日は・・・そうだな、昼飯を美味しく食べるために、踊りの練習をして腹を空かせておくか」
後で少しくらいなら食事を奢ってやろう。
最初はそのくらい極端なほうが彼女たちのやる気も出やすいだろう。
「よっし、がんばろー!」
「おー!」
「・・・おー」
声色とテンションは違うものの、三姉妹は片手を突き上げて気合の声を上げていた。
うんうん、真面目に取り組んでくれるようで何より。
・・・
「・・・ふぅ」
あ、今のは別に賢者モードになったわけじゃないぞ。ちょっと眠気を押し殺していたところだ。
ただいま何をしているかというと、月に膝枕をしてもらっているのだ。
月が木に背中を預けて座り、その膝の上に俺の頭があるのだが、木の葉で柔らかくなった日光が心地よい眠気を誘う。
膝枕というと座っている人に対して横向きに寝転がるのが通常だが、ここは少し坂になっており、横になると重力に誘われて転がり落ちそうになってしまい、ゆっくり出来ない。
なので、今は月の足の延長線上に真っ直ぐになるように寝転がっており、俺の頭頂部が月の柔らかい腹部に当たっている。
・・・太っているとも痩せすぎとも言えないなんとも触り心地の良い月の腹部と、さらさらと俺の髪を梳く月のほっそりとした綺麗な手も、俺の眠気を誘う原因である。
「ふふ、ギルさん、眠かったら眠っても良いんですよ?」
「・・・んー、いや、もうちょっと起きてるよ。久しぶりにこうして月とゆっくり出来る事だし」
「へぅ・・・」
ちょっと気障っぽい台詞と共に月の頬を撫でると、照れたように声を漏らす。
くるくると俺の髪を梳く手が「の」の字を描き始めたのも、きっと照れているからだろう。
愛いやつめ。もっと可愛がってやろう。
「それにしても、月の膝枕柔らかくて気持ちいいなぁ」
「そうですか? それなら良かったです」
「ああもう、良い娘だなぁ、月は」
なんて可愛いんだっ。
ちょっと俺この娘持って帰る! ・・・はっ、そうだ、ここでやらかしちゃえば良いじゃない!
でも駄目だ! もうちょっと膝枕してもらいたい・・・!
「・・・というわけで、もうちょっとだけ膝枕してくれるか?」
「? 何がというわけなのか分かりませんけど、もうちょっとなんて言わずにずっとでも良いですよ?」
「いや、流石にそれは月も辛いだろ?」
「全然辛くなんてないですっ。ギルさんに膝枕してるんですから、辛さなんて感じません」
駄目だ・・・まだこらえるんだ・・・まだ、まだ襲っちゃ駄目だ・・・!
日も高いし、それにこの後詠も来るんだし・・・というか何より、屋外でするって確実に誰かに見られるフラグだろ!
可愛い月のあんな姿は誰にも見せん! 当然です。
というわけで、今日部屋に帰るまでは我慢だ我慢。
「えへへ・・・なんだか、幸せです。こうしてゆっくりギルさんと過ごすの、一番落ち着くんです」
「はは、俺もだよ」
そう言って、俺は月の手を握る。
侍女の仕事で少し荒れているが、それでも綺麗な手をしている。
こういうのをなんというのだったか。白魚のような、とか白磁のような、と言うんだったか。
「・・・ん、む、流石にちょっと限界か。ごめん月、ちょっとだけ寝る」
「はい、分かりました。詠ちゃんが来たら起こしますね?」
「ありがとう、頼むよ」
そういって、瞼を閉じる。
木漏れ日が瞼の裏からでも分かるほどいい天気だ。結構深く眠っちゃうかもな。
俺の頭を包む柔らかい感触に幸せを感じながら、俺の意識は沈んでいく。
・・・
「ギルさん、ギルさん」
ゆさゆさ、と体が揺れる感覚。
外部からの接触に、俺の意識は急速に覚醒し、体の感覚を取り戻していく。
それと同時に寝る前の状況も思い出し、詠が来たか、と瞼を開いてあたりを見回す。
起き上がらないのは・・・分かるだろ。もうちょっとだけでも月の膝を楽しんでおきたいんだよ。
「ふん。おはよう、ギル。ずいぶんぐっすりと眠ってたみたいね?」
「いきなり絶好調だな、詠。・・・月、ありがとな」
そういいながら起き上がる。
目の前には、腰に手を当てるいつものポーズで立つ詠が。
まぁ、詠は月に負けず劣らずのやきもち焼きだというのは分かっているので、不機嫌になっていてもあまり気にしない。
そりゃ、フォローぐらいはするけどさ。
「まったく・・・今日の軍事演習はあんたもいないと始まんないんだからねっ。こんなところで呑気に寝てる場合じゃないんだから!」
「はは、分かってるって。でもほら、戦いの前にはゆっくり休息する事も必要だろ?」
「それっぽい事言ってごまかさない!」
「へぅ、そんな事まで考えてたなんて・・・ギルさん、流石ですっ」
「月もごまかされないのっ」
ひとしきり突っ込みをいれた詠に苦笑を返してから、立ち上がる。
うん、眠気も完全になくなってる。これなら、十全の力を発揮できるだろう。
「ほら、月」
「あ・・・はいっ」
振り返り、座りっぱなしの月に手を伸ばす。
その手が何なのか理解した月は、嬉しそうに返事しながらその手を掴んだ。
軽く力を入れて引っ張り起こすと、月のスカートについた草なんかを払う。
「へぅ、ありがとうございます」
「良いって事よ。じゃ、行こうか、二人とも」
「はいっ」
「分かってるわよ。・・・ん!」
月からは元気な返事だけだったが、詠からは返事の後に一文字だけの要求が。
ん、という声と共に伸ばされたのは、詠の片手。・・・ああ、成る程ね。
「はいはい。困ったお姫様だなぁ」
「ばっ、お、お姫様とかそんな・・・馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ!」
そう言いつつも繋いだ手を離したりはしないあたり、詠も可愛いよな。
いやいや、みんな可愛いんだけどさ。それぞれ違った可愛さがあるというか。
「さて、それじゃあ久しぶりに軍事訓練に行きますか」
・・・
今回の軍事演習では、カリスマの力を極力使わないことにしている。
カリスマ全開で事に当たると、敵兵士ですら自身に従わせてしまうからだ。
まぁ俺だってカリスマに頼らないと兵士に言う事を聞かせられないような腑抜けではない。
それに今回使うのは俺の遊撃隊もいる。
俺の指示に従わずに勝手な行動を取る事もないはず。
「よーし・・・準備のほうはどうだ?」
「ええ、ほぼ完璧といっていいでしょう。なんせ、隊長の地獄の訓練に耐えた私がいるのですから!」
「・・・副長、帰ったらもっと訓練しような」
「何故に!? 何故にそんなに冷徹な決定を!?」
いやほら、副長若干調子に乗ってるっぽいし。
そういうときに天狗の鼻を折るのは隊長である俺の仕事だろう。
「まぁ、それは冗談として。副長、今回の訓練はちょっと勝手が違うみたいだ」
いつもの軍事訓練は、バランスよく将や軍師、兵士を割り振るものだが、今日は違う。
俺の側・・・何故か俺をトップに据えた軍と、それ以外の三国という意味の分からない分配になっているからだ。
本当に意味が分からない。何とか頼み込んでねじ込めたのが軍師としての朱里と雛里、補佐としての恋、そしてセイバーだけだった。
兵力は遊撃隊が五百人と、恋の部隊六百人。そして、三国から貸し出された三万の合計三万一千百人で向こうに勝たなければいけないらしい。
向こうはほぼすべての将、軍師が出動している上に兵力も三万二千とこちらを上回っている。
まぁやれといわれたからには全力で勝利を取りにいくが、これ辛くないか・・・?
「確か後数十分で開始の銅鑼がなるはずだったな・・・朱里、雛里」
「は、はいっ」
「なんでしゅ・・・なんですか?」
「部隊の運用は任せる。そう易々と旗は取らせないから、俺も戦力の一つとして数えてくれていい。なんだったら、前線で一番槍でもやってやる」
「はわわ・・・ギルさんが今出せる限界はどれほどですか?」
「んー・・・宝物庫は使えないだろうが、装備できる宝具は全て装備してるし、ステータスもそれなりに開放してる。恋より少し上位に考えてくれれば良いかな」
「でしたら・・・んー・・・ど、どうしよう。結構悩むね、雛里ちゃん」
「うん・・・。賊とかの戦いだと手加減必要ないんだけど・・・怪我させるわけにもいかないから・・・」
「そうだよね。ギルさんって縛りがある状況だとこんなに奇妙な戦力になるんだね・・・」
はわわあわわと話し合う二人はいったん放っておく事にして、恋とセイバーを呼び出す。
セイバーはいつもの兵士としてではなく、一つの部隊を任せる隊長である。
何とか頼み込んでやってもらっているのだが、問題なく運用できているようで何よりだ。
「・・・どうしたの、ギル」
「何か問題か?」
「いや、そろそろ始まるけど、調子はどうかなって」
俺の言葉に、恋とセイバーは力強く頷いて答える。
「ばっちり。ご飯もいっぱい食べてきた」
「私も万全だ。しかし向こうの戦力が馬鹿げているな。こっちの将ってあれだろ? 一人で数人ぶっ飛ばす感じの・・・」
「・・・すまないけど、二人とも頑張ってくれ。俺も前線に出る場合もあるから、それも頭の中に入れておいてくれ」
「そりゃそうなったら全力で守るが・・・ううむ、結界の中から二人を呼んでおくか・・・?」
本気で悩みだしたセイバーの隣で、恋がこちらをじっと見つめてくる。
「どうした?」
「・・・ギル、勝ちたい?」
「負ける気はないよ。全力を尽くす」
「・・・ギルのために、頑張る」
「あまり無理はするなよ?」
そう声を掛けると、恋はいきなりととと、とこちらに近づいてきた。
そして、軽く頭を下げてくる。
一瞬考え込んでしまったが、すぐに理由に思い当たる。
「はは、恋は仕方がないなぁ」
片手を伸ばして恋の頭を撫でる。
くしゃくしゃと少し乱暴に撫でると、ん、と声を漏らす。
「・・・ありがと。これで、全力、いける」
ほう、と軽く息をついた恋が、
「よし、行くぞ」
俺の前を去った恋たちが配置につくのとほぼ同時。
開戦の、銅鑼が鳴った。
・・・
「いく」
「サーヴァント、セイバー・・・参るっ!」
右翼と左翼、それぞれの先頭では恋とセイバーの二人が爆発的な速度で駆けはじめていた。
ちなみに、恋の持つ
いや、弓に変わるときとか双剣や長剣に変わるときに無理がありすぎだろ。とか、盾の形態は確実に質量が変わっているだろと思うのだが、その辺はみんな何故か疑問に思わないらしい。
宝具故の神秘性のためだろうか。そうなっても仕方ないと思わせる神秘が宿っているのかもしれないな。
今回の軍事訓練、ある程度の実力を持つ人間は自分の獲物を持って来ているのだが、危険性はほとんどないだろう。
以前と同じように、腕についている布を切断、もしくは奪取することによって脱落が決定する。
後は、武器を無くして戦闘力を無くした時とか、降参したときも脱落することになる。
「右翼は恋さんを先頭に、遊撃隊、呂布隊が主立って当たってください! まずはそちらを崩します!」
「あわわ・・・左翼はセイバーさんを中心に、右翼に相手を受け流してください・・・! 決して無理はせず、右翼に任せるように・・・!」
戦法としては、鶴翼の陣の変型だろうか。
右翼に恋と呂布隊、俺の遊撃隊を中心に三万の内の一万程度を配置する。
左翼にはセイバーに二万程度の兵を預け、右翼に兵を受け流すように動いていく。
正直に言って真正面から当たっても勝てる気がしないので、少しでも自分たちに有利になるように動かすしかあるまい。
幸い右翼が当たっている部分には将が少なめなようなので、順調に脱落者が増えているようだ。
大変なのは相手を誘導しないといけない左翼だが、そこはセイバーのカリスマで統率された動きを見せている。
雛里の指示もきちんと行き届いているようだし、しばらくは問題ないだろう。
・・・ただ。
「はわわ! 中央を霞さんと翠さんが突撃してきました!」
「やっぱりか・・・」
どうしても薄くなる中央。
数千ほどの兵力しかいないここは、ある程度の突破力を持っている将ならば駆け抜けることが出来るだろう。
後ろに一人も兵を連れていないところを見るに、左翼から右翼へ移動中の人の波に浚われていったか。
「中央を守る戦力は朱里と雛里の防衛に全力を尽くせ! 副長、旗の防衛も頼む!」
「了解いたしました! ふっふっふ、隊長の旗は絶対に取らせませんよぉ!」
その中央をどうするかという話になったとき。
真っ先に出たのは「俺が相手をする」ことだった。
それなりの技術も持っているし、ステータスも大分全力近くに戻している。
数人ならば俺一人で相手できるし、相手によっては脱落させる事も可能だろう。
「任せた!」
朱里と雛里、そして旗の防衛のために残した数千の兵は将とともに兵が突破してきたときのためのものだ。
俺は本当に将しか相手にしない。
それ以外の討ちもらした兵は、副長が率いる最後の砦が守る事になっている。
馬には乗らず、自身の足で駆ける。
右手にはゲイボルグの原典を。左手には
「ギルぅっ! やっぱあんたが待ってたかぁっ!」
「ギル! あんたはあたしが討ち取らせてもらうよ!」
俺の姿を視認したのか、二人が雄たけびを上げる。
「そう簡単には討ち取らせない・・・よっ!」
まず最初に俺にたどり着いた霞の青龍偃月刀に
勢いと運がよければこのまま武器を絡め落とせるかと思ったが、そこは流石というべきか。
絡め取られかけた青龍偃月刀を一旦離し、バトンのようにくるりと回転させてもう一度手に取った。
「あたしもいるんだぞっ!」
「分かってるって!」
霞と同じく、騎乗したまま放たれた槍の一撃を
そのままゲイボルグの原典で腕に巻いてある布を狙うが、霞に邪魔されてしまう。
ちっ、一対一だったら完璧に今ので脱落させられていたんだが・・・。
「助かった!」
「ぼけっとすなや! ギル、大分本気や!」
「分かってるっ!」
視線を霞に向けると、すでに馬からは下りているようだ。
馬に乗ったままだと戦いにくいと判断したのかは分からないが、どっちみちやる事は変わらない。
「はっ!」
足元を狙って
意外だな。身軽な霞だったら、打ち返すより跳んでかわしそうなものだが。
「いち、にい、さんっ!」
掛け声と共に、ゲイボルグの原典を突き出す。
頭、鳩尾、腕の布だ。
もちろん霞なら避けるだろう。
「ふっ、はっ!」
俺の予想通り、霞は危なげなくそれを避けた。
「そこっ!」
弾かれたままだった
ついでに足を引っ掛けてやる。
槍を避けるために片方の足に体重を掛けている今、その足に足を引っ掛けてこちら側に引っ張れば、霞は勝手に
「なんやとっ!?」
崩れかけた体勢ではこれを避ける事は不可能だろう。
一人では、と続くけど。
「せいっ!」
翠の声が響くと同時。
俺の腕に衝撃が走り、
霞の背後から接近していた翠が俺の
・・・少し間違えれば霞が真っ二つだって言うのに、凄いなこの二人。
「霞、大丈夫かっ!?」
「ああ、たすか・・・!? あかん、避けぇ!」
「狙い通りだ!」
だが、それは俺の思惑にぴったりと合っている。
最初から霞を脱落させようなんて思ってない。
狙いは最初から、意外とこんな状況でのフォローが上手い翠だったのだ。
「え、なっ!」
体勢を崩して転びそうになっている霞の上方を通り、狙い違わず翠の伸びきった腕・・・その腕に巻いてある布を切り裂く。
どんなに素早くても、武器を振るった直後は流石に硬直する。
そこならば、今の俺でも十分追いつける。
「くっ~・・・!」
槍を手元に戻し、悔しそうに切り裂かれ地面に落ちた布を見つめる翠。
・・・ふぅ、これで一対一だ。
「・・・やられたわ。あそこまでウチを狙っておいて、本当の狙いは翠だったんかい」
「ああ。翠は猪突猛進な所もあるけど、それと同じぐらい手助けが上手だからな」
多分蒲公英の姉代わりだったというのもあるのだろう。
あれの世話をしていれば、それなりに気遣いも上手になるというもの。
「なるほどなぁ・・・」
「正直言って、翠が予想通りに動いてくれて助かったよ。そうじゃなかったら今頃霞は上半身と下半身が着脱可能になってるところだったし」
「止める気なかったんかい!」
「もちろん本気でやりはしないけど・・・あのまま霞の腕の布を切り裂けたとは思うよ」
まぁ、
「さて、そろそろ春蘭辺りが来るころだろうから、霞、お前にも脱落してもらうぞ!」
「はっ、やってやろやないの!」
お返しとばかりに霞からの鋭い刺突が飛んでくる。
「甘い、甘いぞ霞!」
ゲイボルグの原典で打ち払い、
それを防ごうと青龍偃月刀を構えた霞のもとへ、
予想以上の方向から来た衝撃に堪えるため、霞の表情が険しくなる。
「取ったっ!」
弾丸の様に飛び出したゲイボルグの原典が、霞の布を切り裂く。
「あ、うぅ~・・・!」
そのままがっくりと肩を落とした霞が、ひゅんひゅんと青龍偃月刀を回して肩に乗せる。
「いや~、負けたわぁ!」
「はっはっは、流石に負けられないからな」
こんな序盤で俺が抜かれていたら話にならない。
「じゃ、ウチらは見学しとるわ! いくで翠!」
「おう。じゃあなギル! 頑張れよー!」
「おーう」
去っていく二人に手を振りつつ、後退していく。
次の突破者がくるまでは、朱里と雛里の手伝いをしていないといけないのだ。
・・・
セイバーの受け持つ左翼を見ると、どうもセイバーが苦戦しているように見える。
あれは・・・まずいな、愛紗と鈴々がぶつかってる。流石のセイバーもあの二人相手は難しいだろう。
「将がいないのはヤバイなぁ・・・」
恋をそちらの救援に迎えさせたいが・・・それだと右翼が大変な事になる。
中央を突破しようと暴れている春蘭もいる事だし、何とかしないととは思うのだが、流石に無いものは使えない。
「ん・・・?」
いくつかの兵がセイバーを助けようと動き出している。
ああ・・・そういえばあの辺りには銀もいたはずだ。
ここは銀を信じるしかあるまい。
「・・・よし、やるか」
中央を突破してきた春蘭と・・・あれは・・・雪蓮か。
あの二人を出来るだけ早く倒す。
その後もセイバーがピンチだったらそちらに救援に向かい、大丈夫そうならばそのまま中央を突破し、戦場をかき乱す。
そしてすぐに転進し、旗の守りに戻る。
これならば運が良ければ何人かの将を脱落させることも出来るし、更に仕切りなおす事も出来るだろう。
まぁ俺が突出している間副長には厳しい戦いを強いる事になるが・・・まぁ、副長ならやってくれる。
俺が鍛えて、限界を突破するほどの実力を持たせたのだ。その程度で負けるわけがない。
「ギルうぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「あっはっは! やっぱりここにいたのね!」
自分の足で走ってるくせに、下手な馬よりも速い二人がこちらへと駆けてくる。
・・・あの二人に、長物は不利か。
そう判断して、
副長ならきちんと管理してくれるだろうし・・・もしものときは使いこなせるだろう。
そのために剣から弓、ハンマーやら鉄球やらオカリナやらタクトやら空きビンやら、何でも使えるように指導もしてきたんだ。
「頼んだぞ、副長」
・・・
隊長が駆けていくのを見届けつつ、自分の感覚を広げる。
今の自分の実力からして、一番怖いのは明命さんと思春さん。
人ごみの中をすり抜けてやってくる二人は、自分が感知できる限界を超える隠密を見せる。
だから、常に周りを見渡し、その二人が接近してこないかを見張ってないといけない。
・・・まぁ、隊長が抜かせなければいいだけのお話なんですが・・・。
「すまん副長! 蒲公英そっちに行った!」
「馬鹿ですかっ。絶対防衛線抜かれてるじゃないですかっ!」
将は全て止めるって言っていたあのカッコイイ隊長はどこに!
「ふっふっふー。お兄様も抜けてるよねー」
「・・・ええ、それには同意します」
隊長を抜いた後馬から飛び降りこちらに駆けてきた蒲公英さんにそう返しながら、剣と盾を構える。
・・・背後の地面に突き刺さっている槍と鎌は使わないでおきましょう。多分使いこなせませんし。
「そういえば、よく隊長を抜いてここまでこれましたね。一応隊長も本気出してたはずですけど」
「んー? ああ、簡単だよー。春蘭と雪蓮さまが突撃するって言うから、それなら隙をつけるかなーって思っただけだから。上手くいっちゃってたんぽぽもちょっと驚いてるー」
「ああ・・・まぁいいです。私は隊長に言われたとおり、旗を守って時間稼ぎするだけですから」
「時間稼ぎ? たんぽぽを倒すー、位は言わないの?」
「ええ。だって時間を稼いでいれば隊長が助けに来てくれますから。これほど楽な訓練もありません」
そういって、左手に持つ剣をくるりと一回転。
蒲公英さんはにやりと笑いながら、槍を構える。
「ふーん? お兄様の事、よっぽど信頼してるんだねー」
「そりゃもう。この世界で一番頼りになる人ですから」
すでに隊長は二人を圧倒している。
この調子なら、少し時間を稼げば救援に入ってくれるだろう。
・・・
「ちょっと! その剣反則じゃない!?」
「反則じゃない! 避ければ良いだけだろ!」
「それが難しいのよっ! ああもう! 南海覇王が真っ二つになったら弁償してもらうんだからね!」
雪蓮が焦ったように叫びながら俺の一撃を避ける。
片手に持つ宝具、
防御に回した剣すら斬るこの剣の前に、宝具以外の防御なんて無意味だ。
宝具だとしても、ランクが下ならば斬れるだろう。これはそういう神秘を内包している。
ちなみに、こういうときに一番騒ぎそうな春蘭はすでにリタイアしている。
・・・いやー、猪突猛進な人間って騙しやすいよね!
「間違って腕ごと切断したらごめんな。もとの腕が残ってたら孔雀あたりに治して貰えるだろうから。ねちねち言われるだろうけど」
「怖い事言わないでよっ!」
ビュオッ、と風を切って迫る
だが、雪蓮はその剣に南海覇王をぶつけて軌道を逸らす。
「あっぶな~・・・勘も捨てたもんじゃないわよね」
・・・生身でスキル直感Bとかついてるのか、この化け物。
もし俺がセイバークラスでサーヴァント召還する事になったら孫策召還する事にしよう。
あれ、でも雪蓮じゃないとこの直感はないのかな。
「ああもう! どう見ても考え事してるのに、何で切っ先が鈍らないのよ!」
「え? ・・・ああ、うん」
雪蓮の叫びに意識が戻ってくる。
目の前で
反射的に南海覇王を合わせそうになり、慌てて軌道を変える雪蓮。
「隙ありだな、雪蓮」
最近は自分の力量がどれほどかも理解できているのだ。
今の俺についてこれるのはもう、恋ぐらいしかいない。
その恋が味方にいる以上、俺はこの戦場で負ける事は無いと言っていいだろう。
雪蓮の布を切り裂きながら、冷静にそう考える。
・・・
「はっ、せいっ!」
「ふ、はっ、とりゃっ」
盾で槍を弾き、剣を横に薙ぎ、時には蹴りを繰り出しながら蒲公英さんを旗へと近づけないように戦う。
なんだか戦場のあちこちで人が吹っ飛んでいるようですが、孔雀さんを筆頭に魔術を使う医療班が待機しているので死にはしないでしょう。
・・・おそらく、真っ二つになって即死でもしなければ治療してくれるはずです。
「くっ、前より強くなってないっ!?」
「当たり前です。皆さんと同じく、私も訓練しているのですから!」
そういって剣を振るう。
この剣、隊長の話を聞いたキャスターさんと甲賀さんが面白がって強化した所為で、いろいろと機能がついています。
まず、退魔の力。悪霊だとか悪魔だとか、一般的に悪とされているモノに対しての絶対有利な力ですが・・・悪魔とか悪霊とかそんなわんさかいるわけないじゃないですか。何でこんな力つけたんでしょうか?
次に回転補助機能。力を溜めて振るうと、数回回転して相手に連続攻撃できる回転切りを放てるようになるのですが・・・。
この機能、回転する勢いに補助がついても、私の視界には何も補助がつかずに高速回転してしまうのです。放った後はふらふらになる諸刃の剣・・・。
そのほかにも台座に突き立てるとかっこよく見える機能とか、実戦にはまったく関係しない機能が沢山ついているのですが、剣としてはかなり凄いです。
切れ味が落ちない、刃こぼれしない、刀身は長めなのにあまり重くない、単純にカッコイイなどなど、途轍もなく私好みです。
「ふ、ふふっ!」
「い、いきなり笑わないでよっ、怖いなぁ・・・」
この剣と盾を貰ったとき、本気で隊長に命ささげようと思ったものです。
・・・まぁ、訓練からは逃げに逃げましたが。
「怖いとは失敬・・・なっ!」
ぐっと溜めた力を解放し、一気に地面を蹴る。
眼前に盾を構えたまま突撃し、剣を振るう。
袈裟斬り、逆袈裟斬り、最後に突き。
急に突撃したからか、蒲公英さんは一撃目で両手ごと槍を上に弾かれ、二撃目で槍を手から弾き飛ばされ、三撃目で腕の布を切り裂かれました。
「あぁーっ! や、やられちゃったぁ・・・」
がっくりとうな垂れる蒲公英さん。
ふっふっふー、どうだっ・・・って、あー、時間稼ぎだけで良いんでしたっけ。
思わず昂ってしまいましたがまぁ良いとしましょう。
ちらりと隊長へと視線を向けると、二人とも片付けてこちらへと駆けてくるのが見える。
ふふん、これは褒められてしかるべき功績でしょう。もしかしたら、一週間ぐらい訓練受けなくていいよ、とか言ってくれるかもしれません。
いや、むしろ自分から言います。
そんな決意を固めていると、隊長がなにやら叫んでいます。
背後を指しているようですが・・・。
「っ!?」
悪寒に従い、珍しく働いた直感の通りに振り向いて剣と盾を突き出す。
盾は曲刀を。剣は野太刀をそれぞれ受け止めている。
「ほう、まさか防ぐとはな」
「しっ、思春さんっ!? それに、明命さんも・・・!」
隠密の二人がいっぺんに私のところに来るとか、なんと言う過剰戦力・・・!
というか隊長はこれを教えたかったんですね・・・!?
「く、う・・・」
ちょっと調子に乗っていたのは認めますが、これはお仕置きとしては辛い部類に入りませんか・・・?
この二人の攻撃を片手で受けるってほとんど拷問ですよ?
「今度こそ、時間稼ぎしか出来なさそうですね・・・!」
力を振り絞って剣と盾を同時に跳ね上げる。
一瞬の隙間を縫って二人の間を前転して通り抜け、背中を旗に向けて二人と向かい合う。
「ほう、中々身軽だな。小さいからか?」
「・・・胸が小さいのはお互い様じゃないですかね?」
以前お風呂をご一緒したときに見たのですが、私は別として二人とも結構小ぶりだった気が。
私の反論を聞いた思春さんは、こくりと頷いて満足そうに口を開いた。
「よく言った、殺す」
「ちょ、訓練ですよっ!?」
「思春様」
「なんだ、明命」
明命さんが思春さんを制止しながら声をかける。
ああ良かった、この人はまともな思考回路を・・・。
「私も混ぜてくださいね?」
「もちろんだ」
駄目だった! ただ敵が増えただけでしたちくしょー!
「よっ、妖精の弓!」
そういって懐から取り出したのは簡単な装飾のなされた弓と、鏃の潰された矢。
別に妖精も精霊も宿っていないのですが、何故か名前は妖精の弓。
普通に弓って名前でいいじゃないですかと言ったら隊長に怒られた記憶が蘇る。
あれ、いまだに何故怒られたのかが分からないので、若干理不尽に思います。
「てっ!」
向かってくる内、明命さんに向けて射つ。
野太刀に弾かれてしまいましたが、一瞬でも動作が遅れてくれれば御の字です。
なぜなら・・・
「っ、後ろっ!?」
「ああ、後ろだ」
・・・一瞬遅らせれば、隊長がぎりぎり間に合ってくれるからです。
・・・
「・・・ぶー」
「何故ぶーたれる。副長」
「いえー、べっつにー」
結局あの後、明命と副長が同時に脱落し、その後思春を下したのだが、副長が抜けたのはかなりの痛手だった。
そこで朱里はこのままジリ貧になることを恐れ、右翼と左翼の間を狭め、中央を突破する事にした。
始まったばかりのときとは違い、相手側の兵力のほうが少なくなっていたため、正面突破でも大丈夫だと判断したのだろう。
と言うか、長期戦になればなるほどこちらは不利になってしまうので、あの状態ではそれしか方法がなかったとも言える。
俺は副長の代わりに旗と朱里たちを守る事になり、俺の分の突撃は恋がやってくれる事となった。
そのため若干右翼の被害が増してしまったが、最終的には勝てたのでよしとしよう。実戦ではあんな被害の大きい戦法取れないけどな!
・・・ちなみに、戦闘していたところをばっさり切ったのはあの二人の後特に特筆すべき事もなく訓練が進んでしまったからだ。
恋が突撃している間、セイバーがちまちまと将を撃破してくれたりしていたのに対し、俺は密集している味方兵の隊列を整えるくらいしか役に立っていなかった。
「・・・恋、頑張った」
「ああ、やったな」
最後にはセイバーのアシストを受けた恋が桃香と華琳と蓮華が守る旗を奪って終わった。
「ぶー。どうせ役立たずですよー」
・・・そして、何故かふくれっ面の副長。
俺の勝手な推測によると、自分が脱落してから戦況が進んだのが面白くないのだと思う。
自分がいなくなってから戦況が有利に進んだ=自分は邪魔だったと言う等式になっているのかもしれない。
「役立たずなんかじゃないって。なぁ、恋?」
「・・・ん、ふくちょー、頑張った。恋と同じぐらい頑張ってた」
「・・・ホントですか?」
「ほんと」
「いえーい」
「チョロイなー、副長」
恋に褒められてすぐに機嫌が直った副長に聞こえないように呟く。
・・・だがまぁ、あの呂布に褒められたのなら、機嫌も良くなると言うもの。
副長の事を単純だと言うのも変か。
それに、すぐに気持ちを切り替えられるというのは美点でもある。
「隊長、隊長は今日の私頑張ってたと思います?」
「ん? ああ、頑張ってたよ。蒲公英を倒したし、思春だって追い詰めてたじゃないか」
最終的には負けたけど、副長は良い所までいっていた。
あの思春が若干苦しそうに顔を歪めていたのは明命と戦っているときに何度も見た。
実力は拮抗していただろう。後は・・・そうだな、経験の差だろう。
大戦の前から戦い続けている思春と、大戦の途中で入隊した副長では、やはり経験に差が出る。
「ギル、確認終わったぞ」
小走りでやってきたセイバーが開口一番そう伝えてくれる。
「ありがと。朱里と雛里は?」
「片付けの指揮を執ってる」
セイバーの答えに、ありがとうと返す。
訓練終了後から、セイバーには重症の兵士がいないか確認を取ってもらっていたのだ。
そういう兵がいれば優先的に孔雀のところに連れて行かねばならないし、気づかずに放っておけば最悪死んでしまうからな。
幸い重症の兵士はいないようで、みんな切り傷とか打ち身、捻挫など治療をすれば問題なく治る怪我ばかりのようだ。
・・・若干名、近くで将の戦いを見てトラウマになりかけているのもいたようだが。
「今日で大体七万人近くの訓練か」
三国合わせて兵士は五十万近くいる。
まぁ兵士と言っても専業の兵士は少なくなってしまうが、最大数動員出来る人数がそれぐらいだ。
一気に訓練をしてしまって全員が疲労しているときに他国から侵略を受けて負けるとかシャレにもならないので、こうして数万ずつやる事になっているのだが・・・。
「・・・とりあえず、今日の理不尽な訓練について文句言ってこないとな」
その場の指揮を副長に任せ、俺は華琳たちのもとへと向かった。
・・・後ろで無理ですよっ、出来ませんっ。と叫んでいる副長は、意図的に無視する事にする。
・・・
「あれ? 璃々、それって・・・」「ふくちょーさんのぼーしだよっ」「いや、それは分かるんだけど・・・なんで璃々が被ってるんだ?」「あのねー、ふくちょーさんみたいにゆうしゃさんやりたいって言ったらこのぼーしとこれ、かしてくれたのー」「それは・・・! 妖精のパチンコじゃないか・・・! 俺、弓しか作った覚えないぞ・・・?」
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